それは、あまりにも突然の事であった。リンディやはやてからの寝耳に水な話を受けたシグナムたちが、リンディの家に集まってなおも、いまだに信じることが出来ないフェイトがはやてに聞いた。
「どう言うこと? 時空管理局が壊滅って」
自分たちの所属している時空管理局が壊滅的な打撃を受けたとは、どういうことなのか。
時空管理局は、次元世界全体を守る組織であり、その分防衛能力は高く並みのテロリストでは侵入することもママならないハズ。それなのに、何故壊滅なんてところまで行ってしまったのか。それが疑問であった。
「分からへん。どうやら、内部から攻撃を受けたみたいや」
「内部……まさか……」
シグナムは思い出す。自分が倒したドーパントが変身を解いた際に出てきた男の姿を。
彼女の言葉を受け取ったリンディは、一度頷くと言った。
「そう。さっきシグナムさん達が倒したドーパントの変身者のように……時空管理局の局員の多くがドーパントに変身して、一気に内部を掌握したそうよ」
それが、彼女の息子であるクロノから送られてきた最後の通信だったらしい。
シグナムがドーパントに変身していた時空管理局の局員の姿を見た際に、懸念事項として時空管理局全体にガイアメモリが蔓延している可能性を考えた。
しかし、まさかそれが絵に描いた餅ではなく、本当に起こっていたこと。そして、その結果、時空管理局がこんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。
だが、もしも局員たちがドーパントに変身したのならば、時空管理局が大きな打撃を受けることは想像に難くない。そもそも、管理局はガイアメモリの、ドーパントの力を甘く見ていた節がある。所詮、麻薬や銃と同じような物だと考えており、次元世界を崩壊させるロストロギアのような性能はない物であろうと。
が、実際に戦ったシグナムたちにはわかる。それが、とても希望的観測も含めた甘い考えであったことを。ドーパントの力は本物だ。例え、一つ一つに次元世界を崩壊させる力はなかったとしても、危険度はロストロギア級であってもおかしくはない。
そんなドーパントたちが油断している時空管理局を内部から攻撃したのだから、壊滅させるのはそう難しいことではなかったのかもしれない。
「義母さん、クロノは?」
「……連絡は、つかないわ。生きてるかどうかも……」
「そんな……」
そのリンディの言葉に、クロノの彼女、いや婚約者と言ってもいいエイミィの顔から色が抜けた。
ガイアメモリが内部で蔓延している可能性があるために踏査に向かったクロノは、到着した早々にクーデターに巻き込まれ、リンディにその情報を送った後すぐにその対処に向かったらしい。が、その後は一切連絡がなく音信不通。現場の混乱で通信すらもできない状態に陥っているか。それとも既に―――。
「話が急すぎないか?」
「え?」
そう、ザフィーラがつぶやいた。どういうことか、その場にいた皆の目線が一点に集められる。
「あの、簪美茄冬と言う女性が現れてから話が急転しすぎている」
確かに、彼の言う通りだ。これまでほとんどなかったような前例のない出来事ばかりが起こっている。なのはがドーパントに襲われたり、時空管理局が壊滅させられたり。
後者に関しては前例があってはおかしいのだが、そんな二つの大きな事がこんな短期間で発生するなんておかしすぎる。
そういえば、先ほどの大量のドーパントが現れた件だが、何故あれほどの数のドーパントが一斉に出現したのか。そして何故なのはたちを襲ったのか。それも時空管理局員が、である。
あの時、シグナムと士は同じ可能性を考えていた。それが、時空管理局員が操られてなのはを襲ったという可能性。ならば、操った人物は誰か。そうなると、最も怪しいのは簪美茄冬、という事になる。
もし彼女が黒幕であるとするのならば、時空管理局内部の人間を操って崩壊させた理由も分かる。自分の親友たちを二度と引き換えす事のできない魔法の世界に引きずり込んだわけだから。
だが、まだ確証はない。そもそも、彼女がドーパントたちを操ったという確固たる証拠も何もないのだから。しかし、もしも彼女が裏で糸を引いていたとするのならば、そのすぐそばにいる民間人の、アリサやすずかが危険だ。早急に彼女の居場所を探して、せめて事情の一つや二つを聞かなければ。
だが、いまだ潜伏場所も分からない人間をどうやって見つけ出す物か。それに、問題はそれ一つじゃない。占領された時空管理局の事もある。ここは、二手に分かれたほうが良いのか。そう考えていたフェイトに、リンディは言った。
「……管理局が占領されたとなると、転送ポッドも壊されている可能性だってあるわ」
「ッ! ミッドチルダ戻ることすら難しいって事……」
転送ポッド、それは個人が次元移動をする際に使用する機械の事で、この街にはすずかの家、月村家がその転送先であるため、ソレさえ使えればミッドチルダに戻ることが出来る。しかし、管理局が占領されたのならば、その転送ポッドが壊されている可能性は高い。そうリンディは考えたのだ。
もしもミッドチルダの転送ポッドが破壊されているのならば、この地球からミッドチルダに戻るのは難しい。つまり、自分たちは今現在、この地球にくぎ付けになってしまっているのだ。で、あるのならばとれる手段はそう多くはない。
「そうよ。だから、今は本事件を裏で糸を引いていると思わしき簪美茄冬を……」
「これは!?」
「どうしたの!?」
その時だ。リンディの話を聞きながら街中の様子をうかがっていたエイミィが声を上げたのは。エイミィは、画面を見ながら、ひどく慌てた様子で言った。
「海鳴市に強力な封鎖結界が! いえ、違う! 地球全体に封鎖結界が張られたようです!!」
「なっ!?」
街だけじゃなく、地球全体に封鎖結界。まさか、そんなことが出来る魔導師がいるのか。いや、この状況ならば十中八九それを無したのはドーパント。しかし、ドーパントにそんな能力があったことに衝撃を受けるリンディ。
街全体を覆う封鎖結界程度ならば一級の魔導師であれば簡単に、とまではいかないがある程度出現させることが出来るのは考えられる。しかし、星まるごと何て考えられないことが本当に起こったとでもいうのか。
ことここにおいて、自分たちも管理局の事を笑えないと思うリンディ。もしかしたら、自分たちも油断していたのかもしれない、ドーパントの力を、甘く見ていたのかもしれない。ここまでの力を持つドーパントがいるという可能性を除外していたのかもしれない。
そして―――。
『私の復讐は、次の段階に……』
「ッ! この反応、ドーパントの反応!?」
「まさか、簪美茄冬!」
「場所は何処だ! アタシが行ってぶっ倒す!」
エイミィの声にヴィータが反応する。この際、敵が美茄冬であってもそうでなくても関係ない。とにかくドーパントのいるところに彼女がいるかもしれないのならば、行って倒して、アリサやすずかを救う。
ヴィータにとっても、アリサやすずかは自分の大事な友達。はやてはなのは、フェイトと同じように分け隔てなく会話をすることが出来る貴重な存在。
彼女たちヴォルケンリッターはその性質上年を取らない存在。彼女たちが今後大きくなっていくのに対して自分はただ停滞したままとなる。
最初はそれほどでもないのかもしれない。でも、大きく、成長して行く彼女たちと比較して自分だけ小さいままというのが、少しだけ寂しかったヴィータ。だが、そんな彼女を優しく迎えてくれた友達二人をドーパントという怪物に変えた人間がいる。
許せなかった。ただ復讐のためにドーパントを送り込んだ美茄冬が、友達をドーパントに変えた美茄冬が。
だからこそ、ヴィータは志願した。自分が先行して、簪美茄冬を叩き潰すと。
そんな彼女の言葉に、エイミィは恐怖に顔を引きつらせながら言った。
「……全部です」
「え?」
聞き間違えた。あるいは意味が分からなかった。全部って、一体どういうことなのかと。
「海鳴市の全地域に! ドーパントが出現したんです!!」
「なっ……」
「なんやてぇぇぇぇ!!!!!」
ついに、火ぶたが切られてしまった。
魔導師連合VSドーパント軍団。その、誰も得をしない戦争がついに、幕を開けたのであった。
ただ、その幕開けがなんとも関西人として普通な叫びになってしまったのはやてとしては少し納得がいかなかったらしい。
んなこと言ってる場合か。