何もない、無の空間。光も、水も、風も、何もない虚空。
何もかもが生まれ、何もかもが消失する空間。
ここは、始まりの間。全てが始まったその時に生まれた、まだ何人も立ち入ったことのない空間。
今、そこにウォズの取り出した真逢魔降臨歴の本の頁に包み込まれたソウゴたちが一陣の風と共に現れた。
真っ暗のその場に、初めて風というものが出現した瞬間。奇しくもそれは、その空間が始まる理由と同じものであった。
「ウォズ、ここはどこなの?」
「色々と精査した結果、この方法が一番手っ取り早くて、尺を無駄にしなくていいからね」
「尺? 尺って何だ?」
「まずは、あれを見てほしい」
「無視かよ!」
万丈の疑問を右から左に流したウォズは、とある方向を指さした。当然、そこにも何もない。黒い空間が広がっているのみの無だけが広がっていた。
いや、何だあの光は。
先ほどまでは確かに存在しなかった星のようなキラメキが、突如として何もない空間から出現した。そのキラメキは、最初は豆粒のように小さなものだったのに、いつしか大きく太く、そして神々しく輝きを増やしていった。
やがて、光は徐々に上に上にと伸びていき、いつしか光の柱となってケミカルライトのようにあたりを照らし出す。
「あれ、何?」
「アレは幹さ」
「幹?」
幹、とは樹の幹の事を言っているのだろうか。ということは先ほどのあの光は、まさか種。ウォズは続ける。
「その通り、我々は今、幹の生まれたその瞬間に立ちあってるのさ。さらに時間をすすめてみよう」
そう言うと、ウォズは手に持った真逢魔降臨歴に手をかざした。すると、光の柱、幹はそれまでよりも早く、そしてより強く成長を始めた。時間を進めてみようという言葉から、ビデオテープを早送りしている感覚で時間を早めているのだろう。
肥大化していく幹。どんどんと大きくなって、はち切れんばかりに成長したころ、幹から一つの細長い何かが生まれた。
「おっ、幹からなんか伸びたぞ!」
「あれは?」
「アレもまた、一つの幹。やがて、元の幹と同じ大きさになるであろう幹さ」
アレもまた、幹。けど、どうして幹なのだろう。という疑問が戦兔には沸いた。
最初に自分たちが見ていた物が幹であるのだとすると、そこから伸びる物は枝と表現してもいいはず。なのに、何故幹なのだ。
「ウォズ、そろそろ教えて。幹って何こと? この空間は何なの?」
「知りたければ、あの幹に触れればいい」
「触れる?」
ソウゴはその言葉に疑問を持ちながらも手を伸ばしてみる。
すると、予想以上にその幹は自分たちの近くにあったようで、直に最初の幹から分岐したもう一つの幹にまで手が届いた。
その瞬間である。
「うわっ!?」
ソウゴの、そして戦兔たちの目がくらむほどの眩しい光。
数十秒後、目を見開いた彼らが見たのは、果てのない荒野。いつも、大きな戦いのときに自分たちがいるような石の広場が広がっていた。
「ここは?」
困惑するソウゴたち。先ほどまでの殺風景な景色とはまた打って変わった不思議な景色だ。全く見たことがないはずなのに、どこか懐かしさも感じてしまう。
そう、原点に帰って来たかのような、そんな望郷の念を感じてしまう。一体、ここは何処なのだ。
その時だ。バイクのエンジン音が聞こえてきた。遠くから近づいてくるらしい継続して続く音。一体、これは。
「あれは!?」
「え?」
戦兔が指さした方向をソウゴたちもみる。そして思い出したのだ。このエンジン音を響かせるバイクを、そのバイクの運転手の名前を。
「仮面ライダー……一号」
仮面ライダー一号、本郷猛だ。実際に会ったことは無い物の、多くの仲間たちからその風貌とバイクに関してはよく聞かされていた。自分たちの原点、そして最初に人間の自由のために戦い始めた仮面ライダーが、そこにはいたのだ。
「仮面ライダー一号から始まった歴史は、やがて多くの仮面ライダーを産むこととなる」
「!?」
その言葉と同時に、また風景が変わった。
そして起こったのは激しい幾重にも連なる爆発。その爆発の中を突き抜けてきたのは、赤い仮面のライダー。仮面ライダーV3。
また景色が変わった。今度は富士山をバックにして道の遠くからこちらに向かってくる銀色のライダー。仮面ライダーX。
仮面ライダーアマゾン。仮面ライダーストロンガー。栄光の7人ライダーと呼ばれるライダーの内、五人の仮面ライダーの姿を見たソウゴたちに対し、ウォズは言う。
「仮面ライダーV3、仮面ライダーX、仮面ライダーアマゾン、仮面ライダーストロンガー。多くの物語が生まれ、その度に多くの派生世界が生まれていった」
次々と生まれ、広がる仮面ライダーの世界。空を飛ぶ仮面ライダーや、拳法を使う仮面ライダー。それに、漆黒の仮面ライダーの姿。
他にも、数多くの、無数の仮面ライダーの世界が次から次へと目の前に出現し、もはや目が追い付かなくなってくる。
ウォズは、もういいだろうと言わんばかりに真逢魔降臨歴を閉じると、その映像もいったん終わり、再び幹の目の前に帰ってきた。
そして、戦兔は目を奪われた。自分達が目を話している間に生まれたの、沢山の幹から伸びる枝に。そこからさらに伸びる多くの枝の多種多様さに、驚きを隠せない。
「凄い……」
ソウゴもまた酔いしれるしかなかった。この仮面ライダーの芳醇な歴史の数々を目の当たりとして、心を奪われていたのだ。金色の孔雀の羽が広がるかの様な神秘的な光景、この景色はいつまでも忘れることは無いのだろう。
感動、いやそんな言葉じゃ言い表せないような心の底からの高揚。まるで生まれて初めておもちゃを買ってきてもらった時のような嬉しさと楽しさ、そして驚きが彼らの心を魅了して手放さなかった。
「スカイライダーの世界、スーパー1の世界、BLACKとRXの世界。あまりにも多くの世界が生まれていく」
「あれ、でも幹の殆どが大きい幹に吸い込まれていくけど……」
確かにそうだ。一度分岐したはずの枝の先は、再び大きな幹に吸収されていく。
「元々は同じ世界の物語だからね。自分達の戦いが終われば合流していくのさ」
なるほど、言われてみれば、昭和の時代から仮面ライダーたちは自分たちの敵を倒し終えると世界中に旅立っていった。だが、後輩たちの危機には駆け付け、共に戦い、何度も世界のピンチを救っていた。
自分の戦いが終わっても、人間の自由を巡る戦いは終わらない。だから、彼らは戦い続ける。同じ世界で、同じ志を持った仲間たちと共に。
「ん? おい、あの枝だけ途中で止まっちまったぞ」
「あぁ、アレは物語の《序章》で終わってしまい、その後の歴史が存在しない世界さ」
などという世界も交えながら、枝は広がる。広がり、時に合流し、時に消えていき。それは正しく、仮面ライダーの歴史と言っても過言ではない。
なるほど、仮面ライダー一号は史上初めての仮面ライダー。ソレが存在しなければ、その後続いていく仮面ライダーの歴史も存在しない。だから、仮面ライダー一号が幹なのか。
「このように、多種多様に広がった世界は、昭和から平成へと移り変わる」
と言って、平成仮面ライダーの歴史がある場所にまで幹たたどり着いた瞬間である。とんでもないことが目の前で起こった。
「さっきまでとはまるで別物みたいに枝が増えていく!」
そう、先ほどまでは一つ、二つくらいの枝分かれであったはずの歴史が、平成になってからは次々と枝分かれを始め、消えたり、再生したりを繰り返しながら、ついには幹をも多いくさんがばかりに増殖したのだ。
これは、これだけ新しい歴史が生まれたという事なのか。でも、なにか様子がおかしい。
「なんか色がおかしくねえか?」
そう、先ほどまでの幹や枝は、淀みも汚れもない純白そのものだった。それなのに、新しく生えた枝の多くが、赤かったり黒かったりと、多くの色で染め上げられている。一体、あれは。
「平成にもなってくると、ネットで自分達が想像した仮面ライダーの歴史を創造していく者も出てきてね……ほら、そのうち昭和の仮面ライダーの歴史にも変化が現れた」
というと、はるか下の方にあった昭和仮面ライダーの歴史からもいくつかの色の違う分岐が出現し始める。だが、中にはちゃんとした分岐もあるようで、それまでに見てきた純白の枝も一部混ざっているようだ。
あの辺りは確か、仮面ライダー一号やV3、それにアマゾンくらいだったはず。
「それって、どういうこと?」
「公式じゃない。二次創作、ということさ」
「お前……よくわかねぇけどよ、やべぇ発言してんじゃねぇか?」
「さて、目的の場所についた」
「無視かよ!」
万丈のとても野性的なツッコミを聞かなかったことにしたウォズ。目的の場所というのは、令和ライダーの歴史の幹の途中のようだが、なんでこんな中途半端な場所で止まるのだろうか。
「あれは?」
「我々、仮面ライダージオウの物語の、派生した世界の一つ。それを元にした二次創作の世界の一つ。想像によって描かれた仮定の世界」
「あそこに、門矢士の秘密があるの?」
「あくまで、仮定の話……だけれどね」
念を押すかのようにウォズはソウゴに言った。
とにかく、あの先に仮面ライダーディケイドの秘密の一部が隠れているようだ。ならば、早くあの枝の先にある世界を見に行かなければならない。
「私と逸れないようにして下さい。我が魔王。逸れると、二度と元の次元には戻れない」
「わかったよ、ウォズ」
「おい、俺たちを置いていくなよ!」
ウォズは、その枝に向かって歩き出す。ソウゴと万丈、そして戦兔もその後についていこうとした。
「ん?」
その時だ。戦兔は何かを感じたように下を見た。だが、何も起こっていない。
気のせいだったのか。いや、自分が感じ取れないだけで何か変化が起こったのだ。きっとあの、多くの枝に隠れた先に、何かが。
「おい、戦兔! 行っちまうぞ!」
「……あぁ、今行くって」
万丈の声に答えた戦兔は、そのすぐ後ろについていった。
そしてついに彼は気づくことは無かった。
《仮面ライダーW》
《仮面ライダーBLACK》
そして、最初の幹。《原典の原点の仮面ライダー》の三つから、新しい純白の枝がうまれたということを。
新芽は芽吹き、育っていく。
そこから生まれた枝をどうするのかは自由だ。
大きく育てるも、枯らすのも。
そこに、愛さえあれば育っていく。
愛がなければ枯れていく。
そんな儚い命だとしても、育っていく物。
それが、多くの人の命をも救う原動力となる。
さぁ、ストックが無くなったぞ。どうする?