仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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魔法少女リリカルなのはの世界2-7

 どこの町にも必ず存在する廃屋。それは、かつてはそこに人がいて、生活をしていたという証でもある。しかし、中には元から寄り付く人も居らずに、朽ち果てていくのを待つだけの建物も存在する。

 当然、海鳴市にも存在していた。

 ここにある廃ビルは、バブル崩壊やら不景気やらで買い手がつかなくなってから幾何年。すでに取り壊しが決まっているのにも関わらずその業者すらも決まらずにさらに年月が経ってしまった廃ビル。

 その中に二人の女の子と、一人の女性の姿があった。

 

「痛っ……」

 

 女性は少女、アリサの腕に作った擦過傷に薬を塗る。先ほどドーパントとなった彼女を元の姿に戻すために攻撃した際に作った傷だ。

 

「大丈夫? でも、手加減してたら貴方を元には戻せなかったし」

 

 と、美茄冬は言いながら手元の救急箱の箱を閉じる。

 確かに、ケガをしたものの、傷らしい傷はそれくらいで、さらに浅いものであったために痕も残らないであろう。

 普通ならこの程度では済まない。ドーパントに変身していたからこそこの程度で済んだと言ってもいいと考えるのはたやすいことであろう。

 

「それは別にいいわよ。それより、すずかは?」

「あぁ、あの子ならそこで寝てるわ。初めての事でよっぽど疲れたんでしょうね」

 

 いくら体力に自信がある彼女であったとしても、やはり最初の変身は疲れが出てしまったのだろう。この場所までは気力で何とか持っていたのかもしれないが、アリサが目を覚ますのと交代するかのように疲れを回復するために夢の中へと入っていた。

 アリサにとっては何度も見たことのある親友の寝顔だ。こんな優しい顔をする女の子であっても醜い怪物に変えてしまうガイアメモリ。恐ろしくないと言えば嘘になる。けど、それを使わなければ、なのはを戦いの中から引きずり出すことはできないのだ。だから、すずかもその力を使うことに躊躇しなかった。本当に、強い女の子、そして愚かな女の子である。

 

「……」

 

 なのに、なんてふがいない結果になってしまったのだろうか。

 初めてガイアメモリを使って、暴走した挙句なのはまで襲おうとしていたなんて本末転倒だ。

 確かに美茄冬からはうまく使えなければ暴走する恐れがあるということは伝えられていた。しかし、実際に使用してみてこんなにも制御することが難しいとは思ってもみなかった。

 だが、この力を物にすることが出来なければなのはを助けることができない。手助けすることができない。早く、この力の使い方をマスターしなければ。時間がないのだ、自分たちには。

 アリサは見た。なのはや自分たちが死ぬ世界を。アリサはその身に受けた。死の感覚を。

 最初に襲ってきたのは嫌な匂いだった。空気の中にトゲトゲしい細かい物質が入っているかのように、息を吸うと鼻やのど、そして肺を貫くかのような痛みが襲ってきた。

 もう、呼吸するのも嫌になるほどだった。でも、人間の特性上息をしないというのはあり得ないことだから、いくら嫌だと感じても身体は勝手に息を吸い込んでしまう。そうすれば、また前述の痛みのある呼吸をしなければならなくなる。

 体はその空気を外に出すために何度も何度もせき込むことを促してくる。しかし、いくら咳き込んだとしても一度吸った有害物質が外に出ることはない。

 体の中で暴れまわり、細胞の隅々まで破壊しつくしていく。手足はしびれ、頭も痛み出し、そして目の前が徐々にかすんでいく。

 怖かった。恐ろしかった。自分がこのまま死んでしまうという感覚が、とてもとても不快だった。

 二度と新鮮な空気を吸うことができない自分が、二度と日の目を見ることができない自分が、怖かった。

 命が、徐々になくなっていく感覚が怖かった。

 誰かに、助けを求めたかった。

 その時聞こえたのがすずかの声。

 彼女の、自分の名前を呼ぶ声が、聞こえてきた。

 声色から察して、自分よりもまだ元気そうだった彼女の声。それを聞くと、なんだか安心することができた。自分に迫る死の運命からは逃れることはできないというのに、その声がすると力をもらえるような気がして、痛みもどこかに行くような気がして、感覚のなくなっていた左手と右手の力が戻っていくような気がして。

 そして、アリサは笑顔で死んだ。

 心安らかに。

 その感覚は今でも覚えている。

 すずかも同じく、覚えていた。

 あのままなのはを戦わせるとあんな世界になってしまうかもしれない。

 それだけは、それだけは阻止しないといけない。

 だから、この力を―――。

 

「……」

 

 それにしても、この美茄冬という人物はいったい何者なのだろうか。自分たちにあの世界のことを見せて、自分たちにガイアメモリを渡して、一体何が目的なのだろうか。

 もしも、彼女こそがガイアメモリをこの世界で配った人間であるというのならば、なのはの、そして自分たちの敵だ。

 今、変身していない彼女であったのならば、自分でも倒すことが出来るのかもしれない。もし、彼女が敵ならば、自分は―――。

 

「アリサちゃん……」

「え?」

 

 勘づかれたか。美茄冬はうっすらと笑みを浮かべながらアリサの方を向く。もしも、彼女が変身でもしようものなら、こちらもすぐに変身できるようにとガイアメモリを握りしめたアリサ。

 果たして、彼女がいったいどんな行動に出るのか。彼女の一挙手一投足に注目するアリサ。そして、美茄冬はそんなに、うつむきながら言った。

 

「……ここから先は、古い古いおとぎ話」

「え?」

「英雄になり損ねた……馬鹿な女の話よ」

 

 そして彼女は語る。自分の、真の目的を。

 一方、なのはたちの所にいるリンディもまた、その場にいる者たちに自分が知っている簪美茄冬の情報を語ろうとしていた。それは、彼女が今まさにアリサに語ろうとしている物とほとんど同じものである。

 

「簪美茄冬がいた第四十四管理外世界。そこは、この第九十七管理外世界と同じように、魔法文明が一切ない、科学だけで進化をした世界だったわ。当然魔力の素質を持った人間も少なく、時空管理局が調べたところによると、二人だけが魔導師となる素質を持っていたそうよ」

「二人だけ……」

「そう。その二人こそ、美茄冬さんの幼馴染だった男の子と、親友だった女の子……二人の素質はたぐいまれなるものだったそうよ。なのはさんと、同じように」

「……」

 

 似ている。この世界と。似ている、その二人の境遇と高町なのはの境遇が。違うところと言ったら、幼馴染の中に男の子がいるという事。そして、魔力の素質があったのが、もう一人いて信頼できるものであったという事か。

 ユーノはどうなのかという意見があるのかもしれないが、彼の場合この世界の出身ではないというという小さいながらも大きな違いがあるため、やはり《自分と同じ世界出身で一緒に戦ってくれる仲間》がいるという時点でなのはとは違っていたのかもしれない。

 リンディも、そんな二人が似ているという事にはすでに気が付いていたらしい。

 

「そう、その活躍もなのはさんと同じような物だった。魔法との出会い方も、自分たちの世界に落ちてきたロストロギア事件を解決するため……違うところと言えば、二人は時空管理局へは入局しなかった。いえ、入局する前に……」

 

 リンディが、一瞬だけだが言葉を切った。言い淀んでいる。なにか、言ってはいけないようなことを隠し持っているかのような時間が流れていく。

 そしてそれは、桃子が話すことを促すその時まで続き、ついにリンディは意を決するよう言葉を発した

 

「二人が魔法に出会って一年。二人の世界にジュエルシード以上のロストロギアが突然現れた」

「そんな偶然が、あるのか?」

 

 シグナムのその言葉には、二つの意味がある。

 一つが、そんな世界をどうにかしてしまうようなロストロギア二つがほとんど時間を置くこともなく同じ世界に現れたという事実に対して。

 そしてもう一つが、そこまでこの世界と似ることがあるのだろうかという偶然に対して疑問の声を上げた。

 ジュエルシードがこの世界に落ちたことを発端としたPT事件。そしてそれから間もなく自分たちが起こした闇の書事件。

 ジュエルシード、そして闇の書。この二つのロストロギアによる事件が同一世界で発生したこと自体あまりにも珍しいことだと思う。しかし、まさかそれと同じようなことが別の世界でも起こっていたなんて、信じられないにもほどがある。

 

「……本局は、偶然だってことにしているわ。そして、二人は世界を守るためにロストロギアを止めようとした。でも……」

 

 再びの沈黙。しかし、この沈黙がいったい何があったのかをその場にいた者たちに容易に想像させることが出来た。

 本当なら、こんなこと考えたくもない。しかし、もしもそれがこの世界がたどる末路の中の一つだったとするのならば、もしそれが、彼女がここにいる原因であるとするのならば、きっと。その真実は―――。

 

「ダメだったのか……」

「えぇ……ロストロギアもろとも、第四十四管理外世界は、崩壊したそうよ」

「それじゃ、簪美茄冬は……」

「友達が、最後の力を振り絞って使用した転移魔法によってミッドチルダに逃がした女の子……らしいわ」

 

 やはりそうだったか。リンディに対して言葉を発した恭也と士郎は、自分の想像が当たっていないことを祈って彼女に聞いたのだが、しかしどうやら無駄な祈りだったようだ。

 けど残念なことに話はこれでは終わらないのである。

 

「それだけじゃないわ」

「まだあるんか?」

「美茄冬さんは、魔法も使えず、それどころか二人が最後の戦いに行くまで魔法の存在を知らなかった……という事よ」

「そ、それって……」

「アリサや、すずかと同じってことか……」

 

 ヴィータの発言はあまりにも的を得ている。やはりなのはと美茄冬は似ている存在であった。けど。

 

「いや……違う」

「え?」

 

 そう、違う。なのはと美茄冬では全くの逆。魔法の素質があった人間となかった人間。魔法の存在を知った人間と、知らなかった人間。それは正しく、アリサやすずかと似ていると言ってもいいだろう。それに、もう一つ違うところがある。そして、それが彼女たちの違いの際たるものであると言えるのだ。

 

「アリサさんとすずかさんは結局なのはさんを失うことは無かった。でも、彼女は……」

「親友を、幼馴染を失った挙句、自分の世界を失った……」

「それも、彼女が魔法の事を知ったのは、幼馴染の男の子が死んだ後だって聞いたわ……」

「……」

 

 哀しすぎる。その場にいた皆沈痛な面持ちでいるしかなかった。

 まさか、簪美茄冬という人物がそこまで悲しい記憶を背負っているとは、そこまで辛い出来事を経験していたとは、思ってもみなかった。

 特に、この世界の出身である高町家は、もしも自分たちが美茄冬と同じ状況に陥ったらどうなっていただろうかと考えていた。

 親、兄弟や友達。親しくしていた近しい者達が、死ぬという状況。それも、自分の知らないところで、自分の近いところで亡くなる。辛い。いや、辛いなんて言葉で表せられない。

 いや、それどころか自分の世界を失うなんて、想像もしたくない。しかし、実際に簪美茄冬はそんな経験をしてこの世界に来たのだ。

 だとすれば、彼女がガイアメモリを二人に配った理由に関しては簡単に想像がついた。

 

「二人にも、戦う力を持たせようとしているのか……悲劇を、二度と繰り返さないために」

「……」

 

 もう二度と、自分のように知らないところで友達を殺さないように、もう二度と、力がない故に失わないように。そんな願いも込めて二人に力を与えたのだとすれば、確かに彼女の行動にも理由はつく。

 けど、そんなことただの独り善がりの自分勝手な行動に過ぎない。

 そうして自分から戦いの火種を配ることによって傷つく人間や、悲しむ人間が増えるというのに、そんなことをしても、友達や幼馴染が戻ってくるということは無いのに。

 いや、実際に失った人間にとっては、何もできなかった人間にとっては、何も知らされなかった人間にとっては、そんな綺麗事よりももっと大事な物があるのだ。そんな人間に、何かを言う権利なんてない。そして、はやてはそんな美茄冬の考えに少しは同調してしまうところもあった。

 何故なら、彼女もまた家族が危険なことをしていたのを知らない中で、それを日常だと思い込んで生活していたのだから。

 自分もまた、失ったのだから。

 もしも彼女の事を救う力があったのならば、あるのならばその手に持ちたい。そう考える方の人間だから。

 だから、自分には彼女を止める理由を持てない。

 

「わたしたち、どうすればいいんや?」

「……」

 

 結局のところ、美茄冬を倒せば、それですべての事件が解決するとは思えない。そもそも、どの敵を倒せば平和な日常が戻ってくるのかも分からない。

 こんな状態で、簪美茄冬と戦えるのか。ただ一人、世界に取り残されてしまった悲しい女性を倒して、それで世界が平和になるのか。

 分からない。全く、分からない。

 何をすればいいのか。分からない。

 

「私は、二人が何を見たのか……知りたい」

「なのは……」

 

 そんななか、なのははふとつぶやいた。

 

「この猫に、一体どんな世界を見せられたのか……それが、知りたいの」

 

 もう、美茄冬の事もガイアメモリの事もどうでもいい。それに、自分の命でさえも。自分はただ、二人に会いたい。二人に謝りたい。二人とまた、友達になりたい。今、自分にできることを一つずつ一つずつやっていくしかないのなら、今は親友たちがこの猫によってどんな平行世界に飛ばされて、そしてどんな世界を見てきたのか。それが知りたかった。

 けど、この猫の力をつかって別の平行世界に行ったとして、それが二人が見てきた世界だとは限らない。それに、今弱っているこの猫がその力を使うことなんてできるか分からない。

 でも、それでも自分は知りたい。だって、自分は、二人の親友でいたいから。

 もしかしたら、もうこのとき高町なのはは壊れていたのかもしれない。悲惨な出来事の連続で負ったダメージが蓄積されて、人としてのまともな考えという物が出来なかったのかもしれない。

 だが、そんななのはにふと、悪魔のささやきをする者がいた。

 

「なら、見てみるかい?」

「え?」

 

 海東大樹である。

 

「この首輪についている差込口どこか見覚えがあったけど……実は、これと同じ物を見たことがある」

 

 海東が言う通り、猫の首輪には何か大きな差込口が付いていた。何かゲームのコントローラのようなものを接続するコネクターにも似ている物なのだ。

 この首輪、猫がするにはかなり不釣り合いな大きさであると思っていたのだが、首輪の中に基板のようなものが仕込まれているのだと仮定すれば、その大きさにも説明が付く。

 けど、もしそうだったとして何故そのような物が付けられているのであろうか。

 

「どういう事?」

「もしかして、制御ができるように誰かが改造したって事……?」

 

 なるほど、ユーノの言う通りなのかもしれない。

 そもそもロストロギアという物はどれもこれもが危険で、制御が難しい物ばかり。故に、その制御が完璧にできたとすれば使用者にとってはとても有利に働くものとなる。

 もしもその首輪が猫の力を自由に操作するために付けられたものであるとするのならば、このコネクターに合致する物があれば、猫を制御することも可能。もしかしたら、平行世界に飛ばされた士たちを連れ戻すこともできるかもしれない。

 

「僕の知っている《ある物》も、実はある世界で販売されたことのあるゲーム機さ。それをかぶることによってネットの世界に意識を飛ばすことのできる……ね」

 

 といって海東が取り出したのはバイクに乗る際にかぶるヘルメットのようなものだ。SFチックに感じるソレは、海東大樹が以前士たちと共にすれ違った《あの世界》で手にいれたお宝。

 しかし、そんなに都合よくいくだろうか。まだ本当に猫の力を制御できるとは決まっていないというのに。

 

「ダメで元々……どうしても行くのね」

「はい……」

 

 なのはは決意を込めた目でリンディを見据えて言った。

 それは、壊れていたなのはが再び戻ってきた。不屈の心を持っていたかつての彼女が帰ってきていたのかのようにも見えた。

 

「本当はお宝を他人に譲るなんてことしたくないけど……士のためでもある。もしも士に会ったら、連れ戻す。それが条件さ」

「分かったの……」

 

 なのはは、《ソレ》を受け取るとすぐにあまたにかぶった。少しだけぶかぶかのようにも思えるが、しかしプレイするには申し分はない。

 

「なのは……」

「……」

 

 士郎は、何かを言ってやりたかった。でも、何も言えなかった。だから、ただ一つ。たった一つだけ彼女の言った。

 

「帰ったら、話がある。だから、絶対に帰ってこい」

「うん、分かったの……」

 

 なのはには、士郎が何を言いたいのかうっすらと分かっていた。きっと、これからの自分の事。今のように、昔のように無茶ばかりをする自分なのだ。きっと父の話は、それなのだろう。

 分かっている。だから、これが最後。これが、最後の無茶にする。

 だから、行ってきます。

 

「その機械は、音声認識で起動する。起動のためのワードは……」

 

 そして、なのははその場にフェイトが用意した布団の上に寝転ぶと、目を閉じて言った。

 ある世界では、悪魔のワードと言われたその言葉。

 この世界と同じ、《偽物》の世界では、自分自身がいう事になるその言葉。

 その言葉とは―――。

 

「……リンク・スタート!」

 

 瞬間、高町なのはの意識は《ナーヴギア》に吸い込まれ消えていった。




『伏・線・回・収』
あるいは
『なぜただの思いつきが伏線になったのか?』
 5年前のただの思いつきが伏線になるなんて、世の中よくわからない物です。

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