ドーパントの襲撃を何とか退け、なのはたちと合流したフェイトとシグナム、そしてアルフ。
しかし、そこにあったのは自分の想像と少し違った光景だった。
彼女の記憶であれば、確か先に門矢士がなのはたちの救援に向かっていたはずだ。なのに、いたのはユーノ・スクライア一人だけ。なのはやはやて、シャマルはいたのだが、彼の姿はどこにも見えなかった。
一体どういうことなのか、疑問に思ったフェイトではあったが、とにかくこのまま同じ場所に止まり続けるのはマズイ、ということでこの街にある義母の家にまで転移した少女たち。
そして、さらに集まった仲間たちの前ではやてが語ったのは、衝撃的な事実だった。
「アリサとすずかが?」
「それに、士やレイジングハートまで……」
「……」
正直言って、耳を疑うような話だった。レイジングハートとディケイドが消え、さらにアリサとすずかの二人がドーパントに変身してなのはたちを襲った。
それだけじゃない。夏海やユウスケ、麻帆良から来たという女子中学生四人もまた、どこかに飛ばされてしまったかもしれない。
そんな、膨大な情報を突然受け取って、信じ切れるわけがない。けど、信じなければならないのだ。彼女が言っているのだから。フェイトが一番信頼を寄せているなのはが信用するはやてが、そう言っているのだから。
因みに、なのはに関しては終始黙り込んでいた。友達が怪物に変身したのだからショックだったのは仕方がない。とはいえ、この落ち込みようはフェイトも初めて見る程だ。
「……エイミィ、猫の方は何か分かった?」
「詳しくは本局の方で調べてみないと分からないですけど……色々な数値が異常な数を示してます」
リンディは、つい先ほど本局から来たエイミィ・リミエッタになのはが連れてきた猫の解析結果を聞く。
エイミィの言う通り、画面に映っている数値は、本職でなければ理解の使用がないほど複雑な物であるが、彼女が言うにはこれほどの力を持つロストロギアはめったにないという。下手をすると、この世界を滅亡に危機に陥れた二つのロストロギアよりも危険なのかもしれない。それが、エイミィの見解だ。
「今は弱まってはいますけど、もしこれが本調子だったらなんて……想像もしたくないですよ」
「猫……ロストロギアらしいけど、一体どんな力があるってのさ?」
「よく分からないけど、もしもあの人のいう事があっているのなら、人を異世界に送る能力を持っているんだと……」
「異世界、それは次元世界、ミッドチルダみたいな場所に送るという事か?」
「だったらまだいいけど、もしも……もう一つの意味だったら……」
リンディは、恭也の言葉に腕を組んでそう答えた。
確かに、次元世界を広義的な意味で観測するのであれば、異世界であると言っても過言ではない。その場合であれば、無数に存在するとはいえ行き来することは簡単であるため多少時間はかかったとしても連れ戻すことはできないわけではない。
だが、もしもその猫の能力が自分が考えている以上の能力であるとするのならば、もう一つの異世界の意味であるのだとするのならば、余計に難しい案件になるのだ。
しかし、ロストロギアの力の恐ろしさを身をもって知っているリンディは、それが最悪なパターンであるという事を想像していた。
そう、その力とは、その意味とは、猫の能力とは―――。
「パラレルワールド」
「!」
どこからか声が聞こえてきた。男性の声だ。
その場にいた全員が声が聞こえてきた方向にあるドアに注目する。すると、そこには帽子をかぶった一人の男が、壁に背を持たれかけて立っていた。
「つまり、平行世界……その猫の能力は、平行世界に関係するモノなのさ」
「貴方は?」
「僕は海東大樹、お宝を求めて世界を旅する。士よりずっと前から……通りすがりの仮面ライダーさ」
海東は、そう言いながらゆっくりと様々な機械に繋がれている猫の元へと歩む。
黒い毛が特徴的なその猫はうなだれており、元気がないように見える。恐らく、士たちを異世界に送るために力を使いすぎた影響が出てしまっているのだろう。
「ニャァ……」
「こんなに弱ってて、盗む気も起きないね」
「え?」
美由紀は、海東のその小さなつぶやきを聞き逃さなかった。弱っているから盗まない、という事は、もし弱っていなかったら盗向きがあったという事か。
だが、もしも本当に彼が門矢士の仲間であるとするのならば、心配して奪い去ってでも士の事を探しに行きたいと思っているのだろうと、そう好意的な解釈をした。
しかし当然のことながら海東にはそんな気は毛頭ない。確かに士のことが心配であるのは本当だが、もし士が猫によって消されていなかったとしても、他の誰かが消されてしまっていたとしても、きっと回答は猫を奪い去っていた。
そうしなかったのは周り、特になのはのすぐ近くにいる高町士郎が潜ませている殺気に気が付いたから。
もしこの場で盗みを働こうものなら、士郎を筆頭として時空管理局のエース級が一斉に襲い掛かってくる。そうなった時、弱っている猫が戦闘の衝撃に耐えきれるだろうか。そう考え、今回は盗むことを断念した。ただ、それだけである。
「士さんやユウスケたちの事もそうだけど……アリサやすずかも……」
ふと、フェイトもまたつぶやいた。そう、士たちは確かに心配だ。だが、それとはまた別として女性と一緒に消えていったアリサとすずかもまた心配して仕方がない。
どうして二人がドーパントに変身したのか、いや違う。どうして二人がガイアメモリを使用したのか。
ガイアメモリの危険性に関しては、彼女たちがいる目の前で既に説明はしていた。だから、彼女たちが自分自身の意思でガイアメモリを使用するという事は、それはつまり、その危険を承知のうえで、覚悟をして変身したという事なのだ。
しかし何なのだ。二人が自らの身体を怪物に変化させることも厭わないほどの覚悟を持った理由とは何なのか、フェイトには全く分からなかった。
「私には分かっちゃった……」
「え?」
消え入るような声でそう言ったのは、意外なことに事件の当事者の一人であるなのはであった。
なのはは、自らの身体を抱くように腕をつかむ。それは、まるで恐怖に耐えているようにも、押しつぶされそうな罪悪感に耐えているようにも、そんな風に見えた。
「きっと、私のせいだ……」
「え?」
「私が、自分の命を大切にしなかったから。だから、二人はそんな私の事を止めるために……私が、馬鹿だったから……二人にも辛い思いさせて……私の……」
「なのは……」
なのはの母親である桃子は、自責の念に押しつぶされそうになっているなのはを後ろから抱きしめる。自分には魔法の事なんてよくわからない。しかし、実の娘が苦しんでいる。それは分かっている。
だから、何も声をかけてあげられない。だけど、こうして怖い気持ちを取り除くことはできるかもしれない。自分にも役目がある、そう信じて桃子はそうした。例え、それでなのはの全てを救うことはできない。そう、知っていてもなお。
「あの女の人が、ガイアメモリを二人に渡したんやろうか……」
「……」
状況的には、きっとそうなのだろう。それに、ガイアメモリを他人に渡す余裕があるという事は、下手をすると彼女こそがガイアメモリをこの世界、そして時空管理局に蔓延させた元凶という可能性も無き西もあらずと言うべきだ。
リンディには、シグナムが倒した時空管理局員の事に関してはすでに連絡済みだ。本局に照会したところ、その局員は本局に勤務する一般職員であった。本局に勤務する一般職員にまでガイアメモリがいきわたっているという事になると、事態は時空管理局全体に影響を及ぼす恐れがある。
そう考えた彼女は、息子のクロノに掛け合うと、クロノはすぐ独自の調査を行うという旨の連絡をし、ミッドチルダへと向かったそうだ。
本局の事はクロノに任せるとして、今は女性の事だ。一体彼女は何者なのか、そんな疑問が周囲を包む中、一人の少年が喉の奥に骨が刺さったかのように渋い顔をしていた。
「ん? どうした、ユーノ」
「いや、あの名前……前に無限書庫の奥の方で見たことがあるような……」
ザフィーラの言葉に、ユーノは必死に頭の奥底にある記憶をひねり出しながらそう答えた。
そう、自分は確かに彼女の名前を見たことがあるのだ。本局にある無限書庫の内部にある何かの記述で。
《無限書庫》とは、時空管理局の本局内部にある、管理局が管理を受けている世界の書類やデータが全て納められた巨大なデータベースの事。その規模はとても大きく、その弊害として情報のほとんどがユーノ・スクライアが来るまでは未整理のままであり、彼が無限書庫の司書の役に就いてからようやく書類整理が始まったのだとか。
そんな膨大な情報の中、どこかの記述で彼女の名前を見たことがあったのだ。
「それ、本当?」
「うん……簪美茄冬……確かあれは……」
「!」
女性の名前を聞いた瞬間である。リンディの目が、驚愕の色に染め上げられる。
まさか、だが、もし彼女であるとするのならばありえないことじゃないのかもしれない。しかしもしそうだったとしたら―――。
「リンディさん?」
「本当、本当にその人……簪美茄冬って名乗ったの?」
「え? は、はいそう聞きましたけど……」
「……」
リンディは、改めてユーノに確認を取った。そして暫く黙り込む。言うべきか、言わざるべきか。そんな問答が彼女の中で続く。
確かに、この情報は共有してもいい情報である。だが、もしもこの情報を話したとしたら、きっとなのはは、いやなのはの家族は―――。
「リンディ義母さん?」
「……」
フェイトが、険しい顔を崩さないリンディを心配する。
いけない、義理とはいえ娘にこんなに心配かけるなんて、親失格なのかもしれない。
そう、親が子供に、子供が親に心配をかけることも、かけさせることも、本当はあってはならないのかもしれない。
子供には、親には、安心して日常を送ってもらいたい。それが、思いやりという物なのかもしれない。
全く、どうかしていた。きっと自分は、彼女の身の安全の事ではない、時空管理局という組織を守るために高町なのはへの情報の開示を迷っていたのだ。自分ではそうは思ってはいない。しかし、きっと、心の奥底では―――。
「……高町、なのはさん」
「え?」
「アリサさんとすずかさんが、彼女についていった理由……分かったかもしれないわ」
「どういう、事ですか?」
この話を知って、彼女がどんな決断を下すのか。どんな未来を選択するのか、見届けたくなってきた。そう、表現してもいい。
保身の事なんておざなりにしてもいい。組織に長い間浸かりきった自分にはいい薬なのかもしれない。
「彼女は……簪美茄冬は……」
これは、一つの、この世界と似て非なる世界の物語。
高町なのはが、たどる可能性のあった未来の話。
いや、高町なのはがこれからたどるかもしれない一つの未来の話。
愛と、嘘と、絆と、孤独と、苦しみと、平凡と、悲しみと、無力と、そして虚無と過去のおとぎ話。
「第四十四管理外世界最後の……生存者よ」
あなたは、この話を聞いてどう思うかしら?