仲間たちが姿を消した。そんな連絡をリンディから受けた士は、急ぎバイク―マシンディケイダー―を走らせてなのはの下に向かっていた。
夏海やユウスケのことが心配であるということは間違いない。だが、今は戦う力を失っているなのはのことも心配だ。
それに、ふたりを消した存在がドーパントかそうでないか問わず、病院の屋上にいた人間を消したということはなのはを襲う可能性が高い。現在病院にはシグナムやフェイトがいるらしいのだが、救援は大いに越したことはないどろう。
しかし気にかかる。ふたりが消されたその場には、フェイトやはやてがいたと言う。なら、何故そのふたりは消されることがなかったのか。消せる人数には限界があるのか、それともあえて消さなかったのか。
どちらにしても、相手がドーパントだった場合ガイアメモリを破壊することができるのは現状自分だけ。先程も、シグナムたちが出くわしたドーパントの変身者を重傷にまで追い込むほどに戦わなければならなかったそうだ。
たとえ相手が悪人であったとしても、相手を痛めつけるという行為をフェイトやはやてといった子供たちにさせるのは避けたいところだ。少なくとも、ふたりの未来を傷つけることだけは―――。
「フッ……」
全く一体いつから自分は子供の味方を気取っているというのだろうか。士は自笑した。
最初はただただ破壊者として旅に出て、記憶を無くしてからは自分自身が何者であり、何をするのを探して世界中を旅した。そんな元は自分が何者なのかも知らなかった自分が正義の味方をきどる。何とも馬鹿げた話しだ。
これは自分のための旅。そして、この世界はその旅の中で訪れた一つの世界に過ぎない。
自分のための、死に場所を探すための旅。けど、一体それがどこなのか、分からない。
自分の旅が終わるその時が、分からない。
終わってもらいたくない。
終わりたくない。
まだ生きていたい。
そんな願いにも似た欲求が自分の中で燻っている限り、見つかることはないのだろう。
生きたがりなのだ。結局はそれが自分の中の決意を遮っていている。そんな気がしてならなかった。
「! 結界か」
景色が一変した。街並みが悉く色を変えて少し不気味に思える。
これは、先程にも味わったものと同じ、それが結界であると理解することができたのはそのためだ。
きっと近くに敵が、そしてその敵と戦っている魔導師がいるはず。つまり、戦場はすぐ近くにまで迫っているのだ。
士は、バイクのスピードをさらに速めた。
同じ頃、高町なのはの病室では既に戦闘が始まっていた。
「フッ! ハァッ!」
「この! ハァッ!!」
病室の外で待機していたシグナム、そしてアルフが雪崩れ込んできたマスカレード・ドーパントと素手で戦っていた。
普通に生活するには広いと言ってもいい病室ではあるが、しかし魔法を使うにしては非常に狭い。ここでデバイスを取り出すのは得策ではなく、ふたりは丸腰での戦いを余儀なくされた。不幸中の幸いだったのは、相手は先程合流前に戦ったドーパントたちとは比べ物にならないくらいに弱いことだった。
士が言うには、マスカレード・ドーパントはガイアメモリで変身する種類だけではなく、強力なドーパントがエネルギー体として放出するタイプも存在するらしい。おそらく、今回は後者であったのだろうとシグナムは推測した。
大体の敵を倒し終え、一度深く息を吸い込んだ頃。病室の外からフェイトとはやてが現れた。
「なのは、大丈夫!?」
「フェイトちゃん、はやてちゃん。うん、シグナムさんたちのおかげで……」
「テスタロッサ、話は後だ。今は外に出るぞ」
「はい!」
そう、再び敵が雪崩れ込んでこないとは限らない。ここで話をしている時間も惜しい。今は病院の外に出て、戦いに適した広い場所を探さなければならないのだ。
「シャマル! 結界は!」
「もう貼ったわ!」
「よし、いくぞ!」
《はやて! あたしの上に乗りな!》
「よろしゅうたのんます!」
狼形態となったアルフがはやてに念話でそう伝えると、はやてはアルフにまたがる。
本来こう言った事態に陥った時にはザフィーラに跨っていたはやて。しかし、今回は不在であるためアルフが代役をした形だ。
病室の外に出たなのは達は急ぎ建物の外に出るために走る。
本来であれば走ることは厳禁である病院内。しかし、こと今回に当たっては緊急事態であるし、シャマルの結界魔法のおかげで一般人はいなくなってしまったためそのことを咎めるものはいない。
しかしどう逃げるか。エレベーターを使うのは論外だ。そもそも結界の中で動いているのかすらも怪しい。
なら残る逃走手段は非常階段しか存在しない。しかし、非常階段を使うと上下を挟み撃ちにされる可能性がある。そうなってしまったら逃げるに逃げられなくなる。
だが、それしか方法がないのならば精査する時間も惜しい。少女達は急ぎ非常階段の方へと向かう。
しかし、敵もそれを予測していたのだろうか。
「ッ!」
曲がり角から三体のマスカレード・ドーパント、そして一体だけ毛色の違うドーパントが現れた。
待ち伏せされていたか。それとも、すでにこの病院の中は敵で満ちていると言う証であるのか。どちらにしても、こんなところで時間を食うわけにはいかない。
「主、私が殿を務めます。その間にお逃げください」
「大丈夫なんか、シグナム……」
「私は主を守護する騎士。このようなところで消えはしません」
少女達の中でも最前列に出たシグナムは、自らのデバイスであるレヴァンティンをどこからともなく出現させて構える。
彼女のデバイスは、なのはやフェイトのように杖状と言うわけではなく、その形は剣。そのため、変身していない時であっても生身で使用することが可能であるのだ。
とはいえ、それは元々シグナムの身体能力が常人のソレよりも強いことが理由であるため他の人間に同じことしろと言っても無理なことこの上ないのだが。
「私が彼らの気をひきます。だから、その間に……すぐ追い付きます所以」
シグナムは過信していない。一度ドーパントと戦い、倒していたとしても、それは変身してのこと。生身の状態でドーパントと、それも弱いマスカレード・ドーパント以外と戦うのは初めてのこと。しかし、それでも戦わなければならない。主を、そして仲間達を守るために。
だが、彼女にとって不運だったのは、そのマスカレード・ドーパント『ではない』ドーパントの存在。
緑色の頭と、茶色が混じる体という不気味な出立のそのドーパントの能力を彼女は知らない。そして、ソレが持つ危険な特性も。
しかしそれでも彼女は戦おうとする。無知とは残酷なものだ。
恐らく、彼女もそのドーパントがどれだけ危険な存在であるかを知っていたら逃げの選択をしていたであろう。だが彼女は知らなかった。だから戦おうとする。それが、全てだった。
「はぁぁぁ!!!」
無情にも、何も知らない女性は向かう。自ら、死の道へと。
だが、誰かが止めていたとしても、きっと彼女はそのまま戦いに向かっていたはず。
主を、仲間を、そして主の恩人を、友人を守るために。
何も知らない幸せ、それは死へと誘う道標。
何かを知る不幸、それは備える術を持つ防波堤。
何かを知っている意味、それは―――。
「ハァッ!」
「!」
誰かを助ける純粋な願いとなる。
幾つものマゼンタ色の攻撃によって変えられた。
今の攻撃、なのはには見覚えがあった。先程、自分が神社で襲われそうになった時に戦っていたある人物が使っていた物と同じだ。
そう、その人物とは。
「危機一髪ってところだな」
「士さん!」
門矢士その人である。
士は結界が見えたことからもはや一刻の猶予も無いことを悟り、バイクからもう一つの移動手段に用いている灰色のオーロラを使用して病院までショートカットしたのだ。
「おいシグナム。勇敢なのはいいが、あいつを相手にして接近戦は無茶がすぎる」
「なに?」
士はドーパントに銃口を向けたまま、灰色のオーロラを背負ってなのは達に近づく。
「奴の名前はバイラス・ドーパント。触れたものを死の病に毒す危険なドーパントだ」
「なっ……」
バイラス・ドーパント。それは、原典たる仮面ライダーWの世界においても数多くの命をその能力で奪った危険なドーパントであり、その時の戦いでもWは接近戦を禁じられて苦戦を、そしてその後味の悪い結末を刻み込まれたとても印象に深いドーパントの名前だ。
その能力が守護騎士というシステムに対しても効くかどうかは不明だが、しかし分かっていることが一つだけある。それは。
「士、感謝する」
「フン……」
もし、士がいなければ自分はあのままバイラス・ドーパントに無策で突っ込んで死んでいたことだろう。そう考えると、彼には感謝してもしきれなかった。
とにかく、今はそんなことはどうでもいいと言わんばかりにシグナムから顔を背けた士は言う。
「ここだと満足に戦えないな……。外に出る、ついてこい」
「は、はい!」
士はオーロラの中に入っていき、それに続いてなのは達もまたオーロラの中に消えていった。ドーパント達は、その姿を追おうとしたが、しかしその直前にオーロラが消失してしまったために彼らを追うことはできなかった。
病院から一瞬で移動した士達一行は、ビル街の一角にその姿を表す。
6車線程ある道だ。これだけ広ければ十分に戦うことが出来るだろう。
「シグナム。今のうちに、バリアジャケットを……」
「あぁ」
と、今のうちに臨戦体制を整えておこうとするフェイトと、それに同意したシグナム、そしてシャマルの三人は自分達のデバイスを起動させようとする。
「それなら私も……」
そして、そんな三人を見てなのはもまた自らのデバイス、レイジングハートを起動させるといいはじめる。当然、そんなこと容認することなんてできなかった。
「ダメだよ、なのは。なのはは、はやてと一緒に後ろにいて」
「でも!」
でも、狙われているのは自分なのだから、自分も戦わなければならない。そう食い下がるなのはに対して、フェイトは彼女の肩を持って言う。
「なのは、お願い。後ろにいて。もう、なのはを危険な目に合わせたくない……」
「え?」
なんだか、初めて聞くような気がする。フェイトの、その願い。いつもは、自分と一緒に戦ってとか、そうじゃなくてもすぐそばにいてといっていた。そんな彼女が願った、戦わないでほしいという懇願。
なんで、どうして。そんな《ひどい》ことを言うの。
「どうして? 私が、怪我をしたから? 私はもう、必要ないの?」
「違う! そうじゃない!」
なのはは勘違いしている。そして自分も勘違いしていた。
夏海達に言われて、気がついた。自分が、なのはに本当に求めていたこと。なのはに本当にしてもらいたいこと。
自分は、なのはがいないと戦えないと思っていた。なのはが近くにいないと何もできない、誰も救えない。そう信じていた。
でも、違っていた。私は、私の、本当になのはにしてもらいたいことは。
「私は……私は!」
「テスタロッサ!」
「!」
間が悪いとはこのことか。ビル街の奥からマスカレード・ドーパントの大群。いや、マスカレードだけではない。それ以外のドーパントの姿も何体か見える。その姿を見た士の表情が変化する。
「ティーレックスにトライセラトップスか……厄介だな」
「厄介、あの二体にも何かあるの?」
恐らく、あのティラノサウルスの頭蓋骨を頭にかぶった者がティーレックス、トリケラトプスのような顔を持つ存在がトライセラトップスなのだろう。それぞれ二体ずついるようだが、果たして一体どのような能力を持つのか。
「あの二体には、暴走体という存在がある……」
「暴走体?」
「あぁ、くるぞ!」
「!」
そう、士が言うとティーレックス・ドーパントが咆哮をあげる。
瞬間、道路のアスファルトが次々と剥がれ、ティーレックス・ドーパントへと磁石に惹きつけられているかのように集まっていく。そして、現れたのは白骨化したティラノサウルスのような身体。
トライセラトップス・ドーパントは左手、右手と巨大化し、最後に体全体が巨大化する。
大きい。このビル街の道路が先程まで広く感じていたのに、逆に手狭に思えてしまうような、そんな感覚がする。
「なに、あれ……」
「大きいな、あれが暴走体か?」
「あぁ、だが倒せない相手じゃない」
そう、原典の世界においても、Wに倒されたドーパントなのだ。たとえどれだけ大きく、強大な力を持っていたとしても、倒せない敵ではない。いや、そもそもこの世界に倒せない相手なんて存在しないのだ。あるのは、準備が不足していたか、力が劣ってて、その劣った力に勝る手段を持ち合わせていなかっただけ。
「そうか。なら、シャマルは主となのはを、アルフいけるか?」
「あぁ、もちろん!」
敵はティーレックスやトライセラトップスを除くとマスカレードのみ。ならば、あの二種類に戦力を集中させて各個撃破してからマスカレードの相手をした方が下手に戦力を分散させて二種類を自由にさせるよりはいいか。
だから、シグナムは後衛援護系統の魔法を得意とするシャマルをなのはたちの護衛に下げ、アルフを前線に移動させる。
ちなみに、はやてに関してだが、彼女は使っていた代理のデバイスが先程の戦いで、彼女の大きすぎる魔力に耐え切ることができずに壊れてしまったために戦力外に等しい。そうでなくてもまだ足が本調子ではないために十分な支援がない状態で戦うことは困難なのだ。
「さて、見せてもらおうか? 魔導師とやらの実力をな」
「あぁ、そちらもな……仮面ライダー」
「いくよ、バルディッシュ!」
《Yes sir》
「変身!」
≪KAMENRIDE DECADE≫
騎士甲冑を纏ったシグナム、バリアジャケットを見に纏ったフェイト、アルフ、そして仮面ライダーディケイドの四人が並び立つ。
だが、彼らは気がついていない。病院から今まで、出現したドーパントが、誰も言葉を発していないということを。
誰も気が付いてない。今この場所にこようとしているユーノ達仲間以外の気配を。
彼女は気がつかない。その気配のうち二つは、彼女のよく知る物であるという事を。