仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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魔法少女リリカルなのはの世界1-11

 なんで、アリサのことを悲しませてしまったのか、なのはには理解ができていなかった。

 一体何が間違っていたのか。どんな言葉が彼女たちを傷つけてしまったのか。

 本当は、二人の事を思っていた言葉であったというのに、それで二人が傷ついていい理由なんて、どこにあったのだろう。二人が去っていった後も、自問自答を繰り返しながら悩み苦しんでいた。

 その中でなのはが思い出していたのは、アリサと同じ。三人が親友となったあの一件だ。

 あの頃の自分は、大怪我から退院した父、高町士郎と一緒にいる時間が多かった。

 どうやら、主だった仕事を怪我を理由に辞め、副業である喫茶店のマスター一本で生活することを決めたらしいことまでは、まだ幼かったなのはにも分かっていた。

 父が帰ってきて、家族が一緒にいる時間が多くなって、家族の笑顔が増えるようになったことを、なのはは楽しそうに父に当時話していた。けど、その度に士郎は寂しそうな笑顔を浮かべながら自分を抱きしめてくれていたことを、なのはは思い出の中に鮮明に残していた。

 そんな中で小学校に入学。自分は、少しだけ安心した。これで、父が自分のことに構う時間が減って、仕事に集中することができると思ったから。

 自分も、小学校に入学すれば、友達をたくさん作れる。そう考えたら楽しみで楽しみで仕方なかった。

 けど、学校に通い始めた自分に待っていたのは想像に反した孤独な学園生活だった。

 友達を作ろうにも何を話せばいいのか、どうクラスメイトと接すればいいのか分からなかったから。家に閉じ籠り、置物のように過ごしていた彼女にはそんな方法を思いつくことなんてできなかったのだ。

 だから、高町なのはは次第に学校でも、幼い時のように孤立していく様になる。

 でも、寂しくはなかった。一人でいるのに慣れていたから。ほんとは、そんな物に慣れてはならない年齢であるというのに、そんなことすらも彼女には分からなかった。それは、彼女の成長過程に問題があったからこそ起こった悲劇。けど、それを悲劇だと思えない不幸。

 もしかしたら、このままなのはが成長してしまうことも考えられた。自分の不幸も、他人の不幸も何も感じ取れず。孤独という人間にとって一番身近で無感情な世界に閉じこもったまま、何もしない、何もできない女の子として生きていく可能性もあった。

 そんな時だ。すずかの大切なカチューシャを悪ふざけで奪ったアリサ。

 許せない。次の瞬間ほぼ無意識に近い形で手が出ていた。

 そして、言ったのだ。

 

≪痛い? でも、大事な物を取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ≫

 

 別に、すずかの事を助けたかったわけじゃない。すずかとは、ただ登校する時のバスが同じであるということ以外に共通点がなかったから、そもそも助ける理由なんてあってないようなものだった。

 けど、それでも大切な物を奪われた人間がどうなるのか、大切な物が無くなった人間がどうなってしまうのか知っていたなのはは、手を出さずにはいられなかったのだ。

 けど、その時彼女にとって想定外の感情が芽生えていた。

 快感だ。

 誰かを殴って、自分の言いたいことを言って、すがすがしい気分だった。

 殴られて、茫然としているアリサを見て、心の中でほくそえんでいた。

 いい気味だと。

 他人に痛みを強いた罰なのだと。

 彼女が知らなかった、知るよしのなかった感情が次々と沸いてきて、まるで生まれ変わったかのような気分だった。

 それからは取っ組み合いの大げんかになった。

 楽しかった。

 誰かとそうして言い争いになることなんて初めてだったから、初めて自分がそこにいるという事が実感できるような気がして、嬉しかった。

 こうしてアリサを殴って、罵って、それで誰かを、すずかを助けることが出来るのであれば、自分はいくらでも力を使うことが出来る。自分はいくらでも暴力を身に宿すことが出来る。

 そうだ。

 もっと苦しめ

 もっと嘆け

 もっと怒れ。

 その分、自分も力を振るうことが出来る。力と力を拮抗させて、拳で会話しよう。貴方の気持ちを聞かせて。

 殴れば殴るほど、相手が傷つき、自分も傷ついて。痛くて、苦しくて、生きていると実感できる。

 あぁ、楽しい。暴力というものがこんなに楽しいものなんて、知らなかった。

 でも、足りない。

 もっと、もっともっと、足りない。全然足りない。

 もっと私を楽しませてよ。

 もっと、私を笑顔にしてよ。

 ねぇ

 ねぇ

 ねぇ

 誰か、私を止めてよ。

 誰か、私を助けて。

 なんで、こんなに悲しいの。

 どうして、こんなに胸が痛いの。

 何故、私が助けようとした女の子は悲しそうな眼をしているの。

 教えてよ。

 私、何をしたらよかったの。

 ねぇ、

 教えてよ。

 誰が、私を救ってくれるの。

 現れるの、そんな人。

 いや、現れなくてもいい。

 だって、私が幸せになると、その分誰かが不幸になるんだから。

 だから。助けられなくてもいい。

 だから。

 助けて。

 誰か、私の事を止めて。

 このままじゃ、私、壊れ、ちゃう。

 誰か、助け、て、よ……。

 

≪やめて!≫

 

 希望の道しるべという物は、いつだって意外なところから照らされる物だ。

 たった一言が、私を救ってくれた。

 一歩間違えれば、人の道を踏み外す可能性だってあった女の子は、自分が気まぐれで助け舟を出した女の子の勇気に救われたのだ。

 恐怖に震えていた女の子の、その泣きそうな声を聴いて、なんだか暴力を振るう事が虚しくて、馬鹿々々しくなったのだ。

 それから三人は、仲直りして、それからは友達を超えて、親友になった。そして、なのはは二人から色々と教えてもらった。自分が教えてもらえなかった人との付き合い方、人とのふれあい方、そして思いやり。様々なことを教えてもらった。

 今の高町なのはがつくりだされたのは、きっとあの二人と出会えたから。

 自分はあの二人のおかげで変わることができた。だからこそ、自分は二人の親友を助けたいのだ。

 助けたかったのに、なんで二人を悲しませてしまったんだろう。

 なんで。

 何で。

 何故。

 

「はぁ、そんなこともわからないのかいアンタって子は」 

「え?」

 

 病室。なのはにそう声をかけたのはフェイトの使い魔であるアルフだ。

 アルフは、PT事件の時からずっとフェイトとともにいる狼型の使い魔であり、ザフィーラと同じく人間形態をとる魔法を使用することのできる女性だ。

 現在、彼女は前線から離れリンディ・ハラオウンの家で家政婦の様なものをしていたり、ユーノが働いている時空管理局内にある無限書庫において手伝いをしているのだが、今回の事件において人手不足による対応の遅れを危惧したリンディからの依頼で、久々に戦いの舞台に戻ってきたのだ。

 そして、現在は病室の外で見張りをしているシグナムやシャマルと一緒になのはの護衛につきながら、自分が到着するまでにあった出来事を聞いて、なのはがアリサが起こった理由を理解していないということに対して頭を抱えてそう言った。

 

「アルフさん、分かるの?」

「わかるも何も……同じだからだよ、あたしは二人と」

「え?」

 

 なのはが前線を退いた理由。それには、二つの理由がある。

 使い魔というものは、主人たる人間から魔力を分け与えられて生きているのだ。そのため、こうして何もしていない時もであるが、戦いにおいての魔力消費はそのほとんどが主人の物を使わなければならない。アルフの主人はフェイトであるから、アルフが魔法を使えば使うほどフェイトに大きな負担をかけてしまうことになるのだ。

 そんな効率の悪い魔力の運用をしていれば、いつかフェイトが魔力切れを起こして倒れてしまうかもしれない。そう考えたから、アルフは前線での戦いから退き、さらに日常生活において魔力消費の少ない子供の形態を取ったり、子犬の形態を取ったりしていることが多いのだ。

 こと今回に関しては場合が場合であるので闇の書事件以前と同じく大人形態であるのだが。

 これが、一つ目の理由。そして、もう一つの理由は。

 

「フェイトの帰る場所を守るため……さ」

「え?」

 

 フェイトには帰る場所がある。義理の兄であるクロノや、義理の母親であるリンディ、そして友達であるなのはやはやて。

 けど、フェイトにとって唯一残った本当の家族はアルフだけなのだ。

 母親のプレシア・テスタロッサはPT事件の時に死亡に近い行方不明となり、アルフもフェイトも会ったことがなかったが姉のアリシア・テスタロッサも死んでしまい、そしてプレシアの使い魔でフェイトの教育係であったリニスも既に死んでいる。

 そんな状況で、幼い頃からのフェイトの家族は、義理ではない本当の家族はアルフただ一匹のみなのだ。

 そんな自分が、もし死んだとしたら。きっとフェイトは悲しみ、立ち直れないかもしれない。そんなことを考えたら、前線に立つことなんでできやしなかった。だから、彼女は退いたのだ。彼女の帰る場所たる自分を守るために。

 

「アンタ、アリサやすずかのことどう思っているんだい?」

「……大切な、友達だよ。死んでほしくない、大切な、友達」

「なら、アリサやすずかにとっては、なのはもそういうことじゃないのかい?」

「……そう、なのかな?」

「そうなんだよ。アンタが自覚していなかったとしてもさ……」

 

 アルフにとってなのはは自分の主人であるフェイトを救ってくれた大恩人であり、初めてフェイトと友人となってくれた大切な存在の一つだ。

 けど、アルフはなのはとここ数年話をする中、そしてなのはの家族と話をする中で。思ったことが一つある。

 もしかしたら、なのはは誰かを助ける人間じゃなくて、誰かに助けてもらう人間。だったのではないだろうか、と。

 なのはを孤独の中から救ってくれる人間が、なのはの無茶を本気で止めてくれる仲間が、なのはの人生の道標となるべき存在が、必要な人間だったのではないだろうか。

 そんな中でなのはが見つけた。自分を救ってくれるかもしれない存在であるアリサとすずか。

 側から見たらすでに彼女は救われていたのかもしれない。しかし、幼くて発達段階にそぐわない孤独を感じ取った女の子を救うには、彼女たちと出会った二年という月日はあまりにも短すぎる。

 本当はもっともっと時間が必要だったはずなのだ。五年、十年となのはの心を救わなければならなかった。もちろん、ふたりはそんなこと露にも思わないだろう。しかしこれは文字通り綺麗事じゃない。時間が解決してくれる問題だったのだ。何事もなかったら、多少時間はかかっていたかもしれないけど、彼女の傷ついた心を救うことができていたかもれなかったのだ。

 でも、その前に彼女の前に思わぬ存在が現れた。

 それが、魔法。

 魔法との劇的な出会いが彼女の人生を狂わせてしまった。

 魔法は、彼女にとって劇薬となって身体中を駆け巡って、その心を壊し始めていた。結果が、今の彼女である。

 言葉の暴力が何たるものかというものもわからずに使ってしまって、それでどうして二人が傷ついているのかも分からなくなった女の子である。自分の言葉で、何かに気がついてもおかしくなかったはずなのに、一切気がつくことなくスルーしてしまったのが、その何よりの証拠だ。

 

「なのは、アンタ。なんでミッドチルダに帰るなんて、いったのさ」

「え?」

 

 これ以上話を広げてもなのはが自分の過ちに気がつくことはないだろう。そう感じたアルフは、ついに核心に迫る発言をした。

 

「アンタにとって、帰るばしょはこの世界だろ? 地球だろ? なのに、なんでたった二年前に初めて訪れたミッドチルダに《帰る》なんて、言ったのさ」

「それは……ミッドチルダの病院なら警備も万全だし、アリサちゃんたちにも迷惑がかからないから……」

「そうじゃない……」

「え?」

 

 違う。違う。違う。

 的外れだ。全てが、彼女の中で何もつながらない。何も感じとらない。そういうことを言っているんじゃない。

 二人を傷つけたその真意を一切理解していない。

 なぜその論点に気がつかない。何故、誰かのことばかりを気にかける。もう、我慢がならなかった。

 

「アンタの居場所は、ミッドチルダじゃない。この街なんじゃなかったのか? アリサや、すずかは自分のことを待ってくれる場所なんじゃいの? アリサやすずかは、そう信じていたから離れ離れになっても笑顔で見送ってくれたんじゃないの? 自分達が親友が帰ってくる場所。そう信じているから離れることができた! アンタは、そんな二人の気持ちを思ったことがあったかい? 親友が、自分達から離れたがっているって知った時の二人の気持ちが理解できるっていうのかい!?」

「そんな! 私は、そんなこと……」

「だったら、なんでミッドチルダに帰るんだい!?」

「だからそれは……ミッドチルダの方が警備が……それに、二人が安全で……」

「違う! ミッドチルダは、アンタにとっちゃただの仕事先だろ! アンタが、本当に帰る場所は!」

「本当に、帰る……場所?」

 

 理解できなかった。なのははアルフの言葉を。

 まさか、なのはは本当に何も考えていなかったのか。

 本当に、自分以外の他人のことばかりを思って、アリサやすずかがそういえば喜ぶと思って吐いた言葉だというのか。

 アルフは、誤解していた。彼女の心は、薄氷を踏むが如く脆い、そう先程表現した。

 でも違っていたのだ。

 彼女の心はすでに壊れていた。彼女はいつからその壊れた心で戦っていたのかは分からない。しかし、アルフがこの四年間見ている中で彼女の言葉遣いや、考えが一切変わったことはなかったことを考えると、もしかしたら最初から壊れていたのかもしれない。

 止めないと。彼女を。今すぐ助けないとなのはを。

 このままじゃ、きっとすぐに手遅れになる。また大怪我をして、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 

「なのは……」

 

 アルフが声をかけようとした瞬間、聞こえてきた。

 

「!」

「悲鳴!?」

 

 病院中に轟く悲鳴。

 それはまさしく先程のドーパント騒ぎのそれと瓜二つのものだった。再び、事件が海鳴総合病院を襲う。


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