私達は、こことは違う世界にある学校。麻帆良学園から、この世界に来ました。
麻帆良学園は、麻帆良学園都市という場所に存在する学校で、幼等部から大学部まである、それ以外はごく普通の学校で、そして街も普通の街でした。
全長270mの巨大な木や、車よりも速く走る人、ロボットが学校に通ってて、人が生身で空を飛ぶ、そんな普通の街でした。
「いやいやいや! 全然普通じゃないから! 私たちの基準だと全然普通じゃないから!」
アリサは、あやかの話に思わずツッコミを入れてしまった。
なんだ、全長270mの木って。そんなアフリカあたりにありそうなギネス級の木がなんで日本にある。
車より速く走る人って、都市伝説とかでしか聞いたことがない。
ロボットが学校に通う、は未来とかだとまぁあり得るのかもしれないし、生身で人が空を飛ぶのも、もしかしたら航空技術系統が進化すればあり得るのかもしれない。
しかし、他世界の普通の基準があまりにもおかしすぎる。あいにく、自分達の世界には彼女達の言う普通の存在は何一つ……。
「……」
「すずか、どうしたの?」
「え? う、ううん!? なんでもない!」
「?」
言えない。自分の家にいるノエルという女の子が自動人形という機械であるということを。
ノエルが自分の家で普通にメイドをしているということを、この場で言うことはできなかった。
別に言うのは簡単だが、自動人形が家にいる経緯を説明する時に自分達の出自も一緒に説明しないといけない。自分一人だと別にいいのだが、姉の忍に黙って勝手にそんなことを言うわけにはいかなかった。
ともかくである。あやかは、そんなアリサとすずかの様子を見て笑いながら言う。
「えぇ、私達の世界でも普通じゃありません」
「え?」
「だけど、私達はそれを普通だと思い込まされてた……」
認識阻害の魔法。らしい。
それによって、どれだけ摩訶不思議で、奇怪な現象が目の前で起ころうとも、あぁそんな事もあるよねという風に捉えてしまってなんの不思議も湧かないのだ。
「魔法……」
「うん。私たちの住んでいた街は……もともと魔法使い達が作った関東一帯を統べる関東魔法協会の本拠地だったんだって」
「僕たちは何も知らないで普通に暮らしてました」
「さんぽ部を作って、街中を毎日歩いてたのに、全然気が付かなかったなぁ」
「私達は、何も知らないままその街で学び、成長し、多くの友と出会い……そして……」
ある少年が、目の前に現れました。
名前は、ネギ・スプリングフィールド。イギリスの魔法学校で学び、そして修行のために麻帆良学園の先生になった、齢10歳の少年だった。
「少年って……それじゃ、子供が先生ってこと!?」
「えぇ、私達はそれになんの疑問も持ちませんでした。例え、そんな魔法がかかっていたとしても、違和感としておかしなものだと思わなければならないのに」
それからは、彼女達の知らない世界の話。あやかの親友である明日菜や、クラスメイトの一部が経験したさまざまな命懸けの戦い。
桜通りの吸血鬼事件。京都での修学旅行の裏で起こった様々な事件。ネギの故郷を襲った者の襲撃。文化祭、麻帆良祭で起こったクラスメイトの超鈴音をきっかけとした事件。
そして、自分達はそれを何も知らずに、ただただ普通の学園生活を送っていた。それを、不思議に思う事も、キッカケもなく、傷つき、それでもなお立ち上がるクラスメイトに、なんのことのないように接して。
そして……。
「私達は、戦いによって学び、成長していった仲間達に置いてかれたんです」
同じ授業を受けて、同じように生活をして、でも彼女達は自分達の知らない間に成長してしまった。
ネギが来るまでは互角であったあやかと明日菜の力も、いつの間にか逆転してしまっていた。
夏祭りの日、自分の技を何でもないように受け流した明日菜に、虚無感を覚えてしまった。
それは、もう自分達は今までのように、それまでのような互角の関係ではなくなってしまっていた。そう、知らしめるかのようで、辛くて、苦しくて、悲しくて。
「結果的に、どの事件でも皆さんは帰ってきました。でも……」
でも……。
もし、誰か一人でも大怪我をしてしまっていたら。
もし、誰か一人でも恐怖にトラウマを感じて、学校に来なくなっていたら。
もし、誰か一人でも知らないうちに消えてしまっていたらー転校、という嘘で消えてしまった超がこれに一番近いだろうかー。
もし、誰か一人でも、≪死んで≫しまっていたら。
「命懸けの戦い、それはいつでも紙一重。幾つものもしもがあって、その分いくつもの結果がある。私たちが見てきた世界は、誰も大怪我をせず、誰も死なず、そして……私達が何も知らずに平和を満喫する世界……」
私達は、心配する権利すら与えられなかった。
私達は、応援する権利すら与えられなかった。
私達は、知る権利すら与えられなかった。
私達は、選択の機会すら与えられなかった。
私達は、命懸けで戦う友達を尻目に、ただただそれが平和であると誤認して過ごしていただけの、平和ボケした集団と成り下がっていた。
「私達が、皆んなのことを知れたのは……士さん達が来て、ネギ君が私達を守るために魔法を使ったから」
本当に、本当にイレギュラーな事件だ。あれがなかったら、自分は一体いつ魔法の事を知れたのだろう。いつ、本当のことを知れたのだろう。
いつ、友達が危険な目に遭っていたことを知れたのだろう。
「もしかしたら、友達が死んだ理由もしれないかも知れない。友達がどんな最後を迎えたのかも、どんな気持ちだったのかも知る事が出来なかったかもしれない」
「ショックでした。友達なら、なんでも話してくれると、思ってましたから」
どうして、黙っていた。そう、自分が叫んでしまって然るべきことだった。
心の中では燻っているのだ。
秘密にされた事、それを怒りだと認識している事、そして。
「置いてかれたという、悲しみも……」
今では、私たちが置いていく方になってしまいましたが、そうあやかは二人に、アリサとすずかに呟いた。
最低だ。最低だ私。あんな事言うなんて。
でも、でも悪いのはなのはじゃない。なのはが、あんな事言うなんて信じられなかったけど、でも、せめて私たちを居場所にしてくれてもいいじゃない。せめて、私たちの事をそれだけでも頼りにしてくれてもいいじゃない。
でも、やっぱり私は最低だ。
魔法もことを知って、もちろんなのはのことを怒った。自分たちに黙って、そんな危険な真似をして、死んでいたらどうしたのかと。心配かけて、自分一人だけで抱え込んで、なんで頼りにしてくれないの。私たちは親友じゃないの。親友だったら、なんでも分け隔てなく話してくれてもいいじゃないの。
なのに、なのになんで。
なんで、あの子あの時。
それは、あやかたちが二人に追いつく数分前のこと。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
気が付けば、アリサは海のすぐ近くの公園に来ていた。奇しくもその場所は、なのはと、裁判に臨むフェイトが最後に別れの場所に使った場所だった。
この場所から見る景色は、アリサも好きだった。透き通るような瑠璃色の海に、遠くまで広く見えるスカイブルー、そのところどころに見える白い雲。カモメが鳴き、海の波しぶきの音が鳴って、塩辛い海風を受け、悲しくなった。
こことは、少し違っていたと思うが闇の書事件の時。事件に巻き込まれた自分とすずかの二人が事件の終わりを見たのは、ここと同じような場所だった。
そこから、自分はなのはたちが遠くで戦っている姿を見ていた。
自分たちにはまたく想像もつかないような戦闘。いや、そもそも戦闘という事すらも分からずに見ていたっけ。
でも、これだけは分かった。あの子は、なのははきっと危ないことをしているんだ。
自分たちも、なのはを助けてあげたかった。でも、遠くにいるなのはを助けることなんてできない。力を何も持っていない自分たちはただ見ているだけしかできない。状況を把握できていなかった自分たちは、応援することも忘れて、ただただ心配してなのはのことを見ていた。
そう、きっとなのはから魔法の事を教えてもらっていたとしても、自分たちにはただ応援の言葉しかかけられなかったかもしれない。でも、それでも教えてもらいたかった。
危険な戦いをしているんだって、でも絶対に帰るからって、それだけ言ってもらえればよかったのに。
なのに、なのに、なのになのになのになのになのになのになのになのに……。
私、ミッドチルダに帰ろうと思います
私、ミッドチルダに帰ろうと思います
ミッドチルダに帰ろうと思います
ミッドチルダに帰ろうと思います
ミッドチルダに帰る
ミッドチルダに帰る
ミッドチルダに帰る
ミッドチルダに帰る
帰る
帰る
帰る
帰る
帰る
帰る
帰る
帰る
帰る帰る帰る
帰る帰る帰る
帰る 帰る 帰る
帰る
帰る
「私は、なのはにとって帰る場所じゃなかったんだ……」
ショックだった。
例え、そばにいなくても、例え離れて暮らすことになったとしても、それでも自分たちが、この街がなのはにとって帰る場所になっているんだって。そう思えれば、寂しさなんてどうってことなかった。
でも、違っていた。なのはは、私たちのことを帰る場所とは認識していなかった。
なら、自分となのはの関係ってなんだ。
望郷の友。
懐かしくもない存在。
そばにいなくても哀しくとも何ともない、どうとでもない存在。
それが、自分。
なら、なのはと一緒にいたいという願いは、ただ帰りたくもない故郷で停滞させられているという無駄な時間を作り出しているだけなのか。
なのはの夢を、停止させて、いるのは。
なのはの、魔導師としての、道を、狭めて、いるの、は。
なのは、の、邪魔を、して、いる、の、は。
≪自分≫、、、か。
「アリサちゃん……」
「すずか……」
ボゥと、海を見つめていたアリサに話しかけるすずか。全く、この友達の体力も化け物クラスだ。自分が息切れをするくらい走ったというのに、顔色一つ変えずに追いついてくるのだから。
「戻ろう、アリサちゃん」
「やだ」
「アリサちゃん……」
「あの子の方から、謝ってくれないと……戻らない」
まるで、子供のような発言だ。いや、そもそも彼女たちはまだ子供なのでこんな言葉を発しても誰も怒らないはずなのだ。それなのに、それを子供っぽいと思ってしまうのは、やはり彼女たちの親友が大人と同じ職業に就いているから錯覚しているのだろう。
ふと、すずかはそんなアリサに笑みを浮かべながら言う。
「ねぇ、アリサちゃん。きっとなのはちゃんも本心であんな事言ったわけじゃないいよ」
「分かってる! でも……」
そう、分かっている。なのはの事だ。きっと、あれは自分たちを危険から遠ざけるためにこの街から離れるという意味で言った言葉なのだ。それが、少し言葉足らずであんな言葉になってしまっただけで、きっと深い意味はないはずなのだ。
でも、それでも許せないのだ。心が、許容できないのだ。だから。
「友達なんて、分かれるのって本当に簡単だね」
「……」
「なるときには、あんなに苦労したのに……」
「……」
それは、三人がまだ小学校に入りたての一年生の時の事。
三人が初めてあった時、すずかは今よりもっと弱弱しい印象を持つ女の子で、気が弱くて、思ったことを全然言わずに、誰に何を言われても反論することのできなかった女の子だった。
アリサは、自信家でわがままで、強がりで、本人曰く、心が弱かった。だから、クラスメイトをイジメることでしか自分を慰めるスベを知らない女の子だった。
ある日、アリサがすずかの大事にしていたカチューシャを取り上げた。すずかは、それを追いかけた。でも、返してと言えなかった。すごく大切な物だから返してって。
あの時の痛みは覚えている。突然なのはが現れ、そしてこれまた突然アリサの頬を平手打ちにしたのだ。
その時の言葉は、今でもハッキリと覚えている。
≪痛い? でも、大事な物を取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ≫
そして、アリサとなのはは大げんかとなった。そして、それを止めてくれたのが、止めてと言ってくれたのが、弱弱しくて、何も言えなかったはずの女の子が、勇気を出してくれた言ったその言葉。すずかの、その言葉で止まった喧嘩。
それから、少しずつ少しずつ話をするようになって、仲良くなって、学校もいつも一緒に帰ってて、そんな自分たちの世界がまだ続くものとばかり思っていたのに。
なのに。
「知らない方が、よかったのかな?」
「え?」
ふいに、すずかの呟いたその言葉が、なぜか無性に気になってしまう。
多分、彼女自身も思っていた事だから。でも、もしそれを口に出してしまうと、もう戻れなくなる気がしたから。
その後悔は、決して晴れる物ではなかったから。
だから、言わずにいたその台詞。
「知っちゃったから、知らせたから苦しいのなら……誰も知らない方が、幸せだったのかなって」
「……」
「魔法のことも、フェイトちゃんやはやてちゃんの事も、私達が知らない間に起こってた事件の事も、なにも、何も知らなかったら……それに……」
すずかは、それ以上先を言わなかった。でも、それも当然だろう。
その言葉は、自分達の否定。自分達の関係を完全に否定する言葉だったから。
そんなものを、後悔の一つに数えては決していけないものだったから。
言えるわけがない。
もしも、自分達が……。
≪アリサ・バニングスが、月村すずかが出会わなかったら、なのはの人生がどうなっていたのか≫
なんて、言えるわけが無かった。
「知って苦しむくらいなら、知らない方がよかった……ですか」
「なんか、どこかで聞いたセリフだね」
「SAOの世界で、リーファさんが言ってたのと同じですね」
「え?」
「貴方達……」
ふと、聞こえてきた声に振り向くと、そこにいたのはなのはを救ってくれたと言う別世界から来た人間たち。
たしか、中学生なのだとか。ということは、自分達よりも年上と言う事だ。
だが、四人中二人はどう見繕ってもその身長は自分達と同じくらい、なんなら少し小さいと思える人間だ。
そんな、アンバランスな四人だったからだろうか、アリサとすずかは彼女達に敬語を使うことすら忘れて、まるで何年も前から親しかった友達のように話す。
「追ってきてたの?」
「うん、だって二人のことが心配だから……」
「……そうね、どこに敵が潜んでるかわからない中で、力のない私達を放っておいたら、命が危ないものね」
そう、自分達は彼女達のように力を持っていない。
力を持つものに憧れる訳ではない。しかし、自分達も彼女達のように力を持っていれば、戦う力があればなのはを助けることができるのに、それが四人のことを聞いた時に考えたことだ。
力無いものを守るために力あるものが追ってきた。ただ、それだけだと思っていたアリサにしかし、鳴滝姉妹は首を振って言う。
「そう言うことだけじゃないです」
「はい。二人を見てると……なんだか、少し前の僕達を見ているようですから」
「少し前の、貴方達?」
「えぇ……」
少し前の自分達を思い出す、とはどう言うことなのか。四人は、懐から一枚ずつタロットカードのような形のソレ、パクティオーカードを取り出す。
「私達は、今でこそ魔法使いの弟子のような形で力を使えます」
「あと、こう言うのもね」
と、桜子はさらに≪対非生命体魔力駆動体特殊魔装具―量産型―≫も二人に見せた。
「ですが、私たちもまた昔は……いえ、私たちは疑問に思うことすらもなかった……」
「え?」
そういうと、あやかは海の向こうの地平線を見つめていった。
それは、まるでもう二度と帰ることが叶わないかもしれない、遠い故郷を思うようなさびしくて、そして儚い目つきであった。
「どこから、話すべきでしょう……」
そう言うと、あやかは語った。自分達のことを。
自分達の世界の事を、自分達の人生のことを、そして自分達が置いてかれたと言う事を。
「そんな……貴方達も……」
自分達と、同じだったんだ。四人も、自分達と同じ、友達から置いてかれ、友達が危険な戦いをしていることを知らずに日常を過ごしていた、仲間だったんだ。
「……みんなは、その……どう言ったらいいのかな? どうやって、心の中を整理したの? その気持ち」
そんな、すずかの質問に複雑な表情をするあやか以外の三人。
あやかは、腕を掴み、悲しげな表情を浮かべて言う。
「整理なんて、できませんよ」
「え?」
「どれだけの怒りを抱えても、どれだけ私たちが辛い気持ちを抱えても……それでも私たちの日常を守るために友達が戦ってくれていたのは確かですから」
そう、友達を危険な目に合わせたくなかった。友達を守るためには秘密にするしかなかった。心配させたくなかった。
その気持ちに嘘偽りはなかったから。
その言葉が正論だったから。
だから、どれだけの悲劇に見舞われていたとしても、彼女達には感謝しかないから。
だからこそ、この怒りを清算することなんて決してできないのだ。
「私達は、ずっと……抱えて生きていくしかないんです。あの時、友達が私たちのために命懸けで戦っていたという……苦い思い出を抱えて……」
「……」
「そして友達は同じように、秘密にして……私たちのことを傷つけたという後悔を抱えて生きていかなければならない……それが、知った者、知らなかった者に待ち受けている運命なら……」
結局は同じなのだ。
傷つく時は一緒に傷つく。
しかし、悲しいという気持ちを完全に共有することは決して出来はしない。
秘密にしたという傷を共有することは決して出来はしない。
友達とは、辛いことも、苦しいことも一緒にあじわって、一緒に慰めある存在ではない。
友達とは、友達とは。友情とは。
結局は他人同士の馴れ合いに過ぎないのか。
自分を慰めるための道具に過ぎないのか。
友達がいるから、こんなに傷つくのであれば、友達なんて存在必要ないんじゃないか。
友情がこんな悲しい結末しか産まないのであれば、友達なんて必要ないんじゃないか。
友情は一生物の存在ではない。
短期的な感情でしかない。
そんなものがあるから苦しいのであれば、そんなものがあるから一生を苦しむのであれば、友達との別れが辛いのであれば。
友情なんて……友達なんて……。
「え?」
「なに、この鳴き声?」
「猫、ですか?」
「はい、そうだと思います……」
四人は聞いた。猫の鳴き声を。それは、病院の屋上でユウスケや夏海が聞いたものと同じもの。
「猫の鳴き声?」
「猫なんて、どこにもいないじゃない」
「え?」
そして、当然のようにアリサとすずかには猫の鳴き声なんて聞こえてこなかった。
四人には聞こえず、二人には聞こえる。
いったい、この謎の猫の鳴き声はなんなのか。
それになんだ。
このーーー。
「え、嘘……」
「皆……消えちゃった」
二人の目には、突然四人が消えていったように見えた。
痕跡も、何もない。まるで、最初からこの世界には存在していなかったかのように四人はいなくなってしまった。
いるのは、困惑に顔を変える二人の少女たち。そして……。
「あらあら、流石に三人以上となると不安定になってくるわねぇ……」ニャー
病院の屋上に現れた一体のドーパントだけだった。
「な、何よあんた!!」
アリサは、目の前に現れた正体不明の怪物に向けてそう叫んだ。
こいつが、はやてが言っていたドーパントという怪物なのだろうか。なら、四人を消したのも、こいつか。
どうする、逃げるか。いや、しかし怪物を相手にして逃げ切れるのだろうか。アリサは、すずかを背後に隠しながらゆっくりと後退りをしていく。
「初めまして。私は、貴方達の仲間……」
「仲間って、誰がよ!」
こんな怪物と、犯罪者と仲間なんて御免だ。そう、反論するアリサに対してしかし、ドーパントは言う。声色から判断して、おそらく笑っているのだろう。それが、その怪物の不気味さを一層際立たせていた。
「フフッ、それより貴方達は助けたくない?」
「助けたいって、誰を?」
「フフッ……もちろん」
「ッ!」
その時、ドーパントは腕の中の黒い猫をひと撫でする。すると、猫は気持ちよさそうに声を上げる。
《ニャァァァァァァ》
「これ……」
「まさか、あやかたちが聞いたのって……ッ!」
「貴方達も見てきなさい。貴方達に訪れるかもしれない、《可能性》の世界を……」
「ッ!?」
襲ってきたのは浮遊感。
鳴き声が頭の中で響くたびに浮かび上がっていくかのような感覚。
まるで、なにかに吸引されたているかのように体が、いや心だけが大地から話されていくような気持ちになる。
不安のような、しかし幸福感にも似た不安定な感情が浮かび上がる心の穴を埋めるように体を侵食していく。
やがて、それは眩暈にも似た虚無感に変わり行く。
自分の意識が途切れる直前。遊園地にあるミラーハウスの迷路のように多方向から覗く自分の姿を見る。
印象的だったのはその表情。
どの自分も悲しそうな顔をして、どの自分も辛そうな顔をして、どの自分も怒りに満ちていて、そんな自分を見ていると、自分も悲しくなって。
「何よこれ……なんなのよコレ!?」
そして、その全てが自分に重なったその瞬間。
彼女の意識は……。
「あんた大丈夫なのその傷!?」
《え? なのは? すずか? アレ、なんで私……》
血だらけのなのはに肩をかす自分となっていた。