いつからだろう、あの子がどこか遠くに行ってしまったと思うようになったのは。
ずっと、ずっと友達のままだと信じていた。
ずっと、一緒にいられると信じていた。
隠し事なんて何にもない。
どんなことでも笑って話し合える。
そんな存在だと思っていた。
でも、そう信じていたのは自分だけだった。
私が、あの子の事を、あの子の真実を知ったのは私が事件に巻き込まれたから。もし、巻き込まれなかったら、あの子は私たちに何にも伝えないまま私たちの元から離れていったのだろうか。あの子にとって、私たちはただの知り合い、それ以上の存在になれなかったのだろうか。
いや、何を高望みしているのだろうか。普通に友達であるというだけで十分だというのに、それ以上を望むなんて気持ち悪過ぎる。いや、そもそも友達以上の存在なんてあるのだろうか。友達で十分じゃないか。それ以上でも以下でもないじゃないか。
でも、それでも。あの日からずっと思う。
もしも、あの子が私たちに何も話してくれていなかったら。
もしも、あの子がこの世界とは全く別の場所で死んでいたのなら。
私たちは、本当のあの子のことを知れたのだろうか。
仲の良かった友達の、最後の瞬間を知りたいというそんな思いも抹消されていたのであろうか。
私達は、あの子にとってなんだったんだろう。
人生を彩る前菜、それとも重たいお荷物。
あの子のことを心配する時間も、機会も与えてくれない。そんな関係を、あの子は望んでいたのだろうか。もしもそうだったとしたらこれほど悲しいことはない。そう、断言できる。
人は、死によって人に刻まれる。なら、私もあの時、あの事件に巻き込まれたあの場所で死んでいたのなら、あの子の心にきざまれていたのだろうか。私も、あの子の後悔の一部になることができていたのなら、あの子の血肉となってその魂が傷となって一緒にいることができていたのだろうか。
私達が、魔法のことを知ってから二年。なのはの仕事仲間であり《親友》のフェイトともはやてとも、ヴィータともシグナムともザフィーラともシャマルやユーノともたまに会い、たまに遊んだりしている。でも、みんなは自分達以上になのはと一緒にいるということを彼女は知っていた。だから、彼女はずっとずっとフェイトたちと話をするとき、心の奥底で、無意識のうちに呟いてしまっているのだ。
お願い、私からなのはを奪わないで。
と。
その連絡は、瞬く間に自分の元に届けられた。なのはが、襲われたのだという。
犯人は、なのはが時空管理局の仕事の一つで潰した犯罪組織の人間だという。
その時、アリサ・バニングスは思った。また、親友が魔法で危険な目にあったと。
いつもこれだ。魔法のせいで、魔法のせいで、魔法のせいで。いったい何度こんなことを繰り返せばいいのだろう。何度親友の心配をすればいいのだろう。何度魔法を恨めばいいのだろう。
もちろん、なのはに与えられた魔法の力というものを憎むのも、恨むのもお門違いであるということはわかっている。しかし、それでも思うのだ。もしも、なのはが魔法と何の関係もなしに過ごしていたら、どんな人生を送れていたのだろうかと。無論、そんなことを考えるには小学生の自分たちはまだ若すぎると、自分でも思う。でも、そんな若い自分でも思うほどにすでになのはの人生は過酷の一途を辿っているのだ。
このままじゃ、なのははいつか壊れる。なのはは、いつか魔法に殺される。止めないと、もうこれ以上危険な真似はしないでと、いってあげないと。それができるのは、親友である自分達しかいない。
でも、なのはがそんな言葉で止まらない人間であるのは重々承知。というか、止まるような人間であれば、彼女はここまでの無茶はしていない。
アリサ自身も分かっているのだ。自分が、どれだけ利己的な考えをしているのかを。自分勝手になのはの人生が狂うことを願っているということを。
そんな自分に腹が立つ。アリサは、無力な自分の力を恥じた。
本来、小学生で何の力も持っていない彼女がそんなことを考えるのはおかしな話だ。だが、小学生だからというのは彼女のなかではすでに理由の中から外されてしまっていた。何故なら、彼女にはすでに小学生にして仕事に就き、戦っている親友のなのはがいたから。なのはを基準にしてしまうと全てがおかしくなってしまうから。
アリサの心は、崩壊と安定の二つの間で揺れていた。
「なのはちゃん、心配だね」
「あっ……」
と、アリサに声をかけたのはなのはと自分の共通の友人であり、親友の月村すずかだ。
彼女もまた、自分と同じ何もできない無力感に苛まれている女の子。アリサはそういう認識であった。
二人は魔法を使うことができない。魔力を発するリンカーコアの容量が少なかったから。けど、もし平均的でも、魔導師になれるくらいのリンカーコアという物を持っていたら、彼女たちもなのはと一緒に戦っていた。戦いたかった。親友一人が傷ついているというのに、ただ見ているだけなんて、そんなの嫌だったから。
でも、どれだけ願っても叶わないこと。二人は、なのはのことをいつまでも心配していなければならないのだ。
いつ死ぬか分からない。いつ自分たちの前から消えるか分からない。そんな親友のことを心配して、苦悩して、絶望して、過ごさなければならない。それが、無力な自分たちにできる唯一の事だから。
現在、二人は海鳴大学病院にアリサの家が所有しているリムジンで向かっている最中だ。リムジンというもののおかげで察しがつくと思うが、アリサの家は大金持ちだ。両親は実業家で、今も仕事で世界中を飛び回っているためあまり家に帰ることはない。だからなのだろう。アリサが友達というものを、友情というものを大切にしたいと願うのは。
アリサは、二人で寂しさを補っているのかもしれない。二人を心の安定剤代わりにしているのかもしれない。これまた身勝手なことなのかもしれない。でも、それでも、彼女は大切な二人の存在がいるからこそここにいることが出来る。今の自分がある。そう思っているのだ。
アリサにとっては、二人はただの親友ではない。生涯の友。一生を一緒に過ごしたいと願う友。けど、その友は自分たちが手の届かないところに行こうとしている。いや、もしかしたら自分たちの思いなどすでに届かないのかもしれない。
もしかしたら、自分たちがなのはの足を引っ張っているのかもしれない。
なのはの決意を妨げているのは、自分たちなのかもしれない。そう思うことが何度もあった。
もしも、自分たちというお荷物がいなかったら、なのはは一体どこまで飛んでいけるのだろか。そう考えたことが何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。
「大丈夫。アリサちゃんがどう思おうと、なのはちゃんは、私たちの友達だから」
「すずか……」
まるですずかに思考でも読まれていたかのようだ。いつもこうだ。すずかは、まるで他人の思考が分かるかのように相手に接してくれる。だから、自分も安心してすずかに心を許すことが出来るのだ。
「そんなこと、言われなくても分かってるわよ……でも」
「でも?」
「……友達って、何なのかしら」
「え?」
友達とは、何なのだろう。
友情とは何なのだろう。
友達が傷ついているのに、何もできないのは友達としてどうなのだろうか。
友達が悩んでいるのに、それになんの答えも出すことが出来ないのは、友達として失格なのではないだろうか。
そもそも、どうして友達なんてものが必要なのだろうか。
友達等、人生においてあってもなくても同じことだ。
中の良い人間がいなくても時計は勝手に時を刻むし、地球は勝手に回っているし、自分は普通に生きることが出来る。
孤独なんてもの、今の時代どんなものでも補うことが出来る。ゲームだったり、音楽だったり、ネットだったり、漫画だったり、妄想だったりして。友達だって、もしかするとそう言ったツールの中の一つに過ぎないのかもしれない。
自分たちが勝手に友情を大切にしているだけで、その友情のせいでなのはは人生を狂わせたのかもしれない。
そうだ。なのは自身がフェイトに言っていたそうじゃないか。
『自分が暮らしている街や、周りの人たちに危険が降りかかるのが嫌だから』
と。なのは、この街に住む人を守りたいから戦うのだ。ならば、彼女がいづれ死ぬかもしれない戦いに身を投じることになったのは、彼女を殺そうとしたのは。
「私たち……か」
「……」
すずかは、アリサのつぶやきに何も答えることが出来なかった。
何故なら、すずかとアリサは表裏一体。同じ友達を持ち、同じ悩みを持ち、そして同じ苦しみを分かち合う竹馬の友。違うところと言えば、出自くらいだ。
やめておこう。これ以上考えるのは。自分の出自を知れば、きっとアリサは今以上の疎外感に襲われるだろう。本当に、自分一人が何もない人間であると知れば、きっと彼女は壊れてしまう。
思考を停止しよう。彼女のために、自分たちの友情のために、自分の出自なんてもの、誰も知らない方が幸せなのだ。自分たちの友情を継続させるためには必要なことなのだ。
きっと、二人は自分の本性を知ったとしても、それでも笑って友達だと言ってくれるだろう。
でも、私が嫌なのだ。自分の正体を知られるのが。正体を知っても、それでもいつも通りの目で笑ってくれる二人が、嫌なのだ。特に、なのはにはそんな思いをしてもらいたくない。何故なら、なのははすでにその目で見られている当事者なのだから。
すれ違っていく三人の友情。いつかもろく、崩れ去る友情。友がいればどこまででもいける。何だって頑張れる。でも、友のせいで頑張りすぎてしまった一人の少女。
リムジンは、もうすぐ病院に到着する。その時、二人に待ち受けている物は一体何なのか。けど、これだけは言える。
すでに、友情のトライアングルは、亀裂が入り、一つきっかけがあれば崩壊する寸前であった、という事を。
その頃、高町なのはは自分の個室である女性と話を交えていた。
「検査結果は異常なし。最終の結果が出るまで時間が少しあるけど、とりあえず大丈夫ね」
「ありがとうございます、石田先生」
なのはと話をしていたのはこの病院に勤務しており、現在彼女の主治医でもある石田幸恵である。
石田は、現在なのはの友達であるとある少女の主治医である。
今ではその少女のある症状は全快に向かっておりお役御免になりそうなのであるが、それでも病気や悩み事があれば彼女に話をするほどにプライベートでも仲が良いのだ。その縁もあり、なのはもまたいつしか石田と仲が良くなり、今回この海鳴大学病院に入院する運びになったのも友達の紹介があったからだ。
「あの、他の患者さん達は」
「えぇ、逃げようとして転んで怪我した人とかはいるけど、大したことはないわ」
「そうですか、良かった……」
なのはは安堵した。自分を狙ってきた怪物によって傷ついた人がいないと言うことに。自分が襲われたために誰かが悲しむことにならなくて良かったと、心の底からの安心である。
「そっ、だ・か・ら」
「え?」
石田は、なのはにぐいっと顔を近づけると言った。
「今は自分の心配をすること。貴方は今事故にあって入院している患者、つまりこの病院の患者と同じ状況なのよ」
「あ、あははは……」
なのははそう、笑って誤魔化す。
なのはの怪我については、魔法のことを知らない人間達には総じて大きな事故に遭遇したという説明がなされた。
そのため、魔法を知らない、知る事もできない石田がなのはが事故で大怪我をしたと言う事実だと思っている事に疑問等さらさらないのだ。
なお、石田の担当しているなのはの友達という少女もまた、魔法の関係者であり、とある事件によって命の危機にまで瀕した少女だ。主治医である石田は、自分がその子供を助けられない。延命しか、最後まで悔いのない人生を送れるようにしかサポートが出来ないという無力感に苛まれた。しかし、その少女がある時期、急に病気が完治し、なおかつ二度と動かないと診断した足も治ろうとしていた。現在、彼女はなのはのようにリハビリを続けており、歩くどころか走れるようにもなっており近々使用している車椅子も必要じゃなくなると思われている。
奇跡を目の当たりにしているようだった。諦めるなんて言葉、医師が使用してはならないと分かっていたが、実質もうどうにもできないと考えていたような原因不明の病気が完全に完治しようとしているのだ。最初は困惑した、しかしそれで彼女の笑顔を、そして彼女の事を心配してくれていた親戚や友達が喜んでくれている。それを見れたことによって、その困惑も当の昔に吹き飛んでいった。
だからこそ、《なのは》は思うのだ。もし、彼女が魔法関連の事件に巻き込まれていたから死にかけていたのだと、その事件が解決したから治ろうとしているのだと知ったら、どう思うのかと。
彼女は知らないほうが良い。自分たちの正体を。知らなさないほうが良い。彼女の病気の原因を。このまま暮らしてもらいたい。魔法も何も知らない、普通の生活を。
「石田先生」
「はい?」
その個室の部屋のドアをガラガラと開けて現れたのは一人の女医。この病院に勤めている人間で、何故かは不明だが、石田の次になのはの事を気にかけている先生だ。いつ頃から彼女が勤務しているのかは不明だが、友達の少女をお見舞いに来ていた時にはいなかったはずだ。
「なのはちゃんのご家族が、もうすぐ到着するようです」
「そう、分かりました。それじゃ、なのはちゃんまた後でね」
「はい」
そう言って、石田はまた仕事に戻っていく。
その後ろ姿を見送ったなのはに対し、女医は言う。
「本当、大変だったわねなのはちゃん」
「いえ、そんな……」
「でも……」
女医は、なのはの耳元に口を近づけると言った。
「もうすぐ、終わるから……安心して、貴方は私が―――」
「え?」
聞き間違えだったか。
冷たくて、優しくて。
怖くて、温かくて。
穏やかで、怒っていて。
哀しげで、力強く。
なのはは、彼女の言った小さな言葉が気になって仕方がなかった。それは、女医の先生が部屋から出て行っても、なのはの頭の中で反響し、離れることがない。
けど、どうしてあの人はそんな言葉を言ったのだろう。
どうして―――。
『助けるから』
あの言葉が、こんなに胸を打つのだろう。
本当は、前半のアリサとすずかの心理描写だけで終わる予定でしたが、それじゃちょっと物足りないなと思い、怪しい女医の描写を追加しました。
TVだと、家族やアリサ&すずかへの説明と説得って、ほとんど一枚絵で済まされていたじゃないですか。あれなんでかなと気になったんですけど、多分そのシーンを描くと1クール分くらい使わないと誰も納得しないからじゃないかなと思う、今日このごろ。
つかマジでこのなのはの世界七匠のダークな世界観が大放出されているんですが。