仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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IS〈インフィニット・ストラトス〉の世界2-10

 人間、山田真耶は飛翔する。怪物織斑一夏を守るために。その行動の真意を掴めない自衛隊、海上保安庁の連合軍ー呼称としては誤用である者の、今後は連合軍と呼称するー。連合軍のIS部隊は状況を判断できずに山田とにらみ合いを続けるしかなかった。

 いや、正確に言うとこれは彼女たちが組織に属する人間としてただしい行為であると言ってもいいのかもしれない。彼女たちは待っているのだ。自分たちの上官であり本作戦の総指揮をとっている戦艦の艦長の指示を。

 その時、艦長は山田がたった一人で敵になったという事実に対して考えを巡らせていた。彼女がこうして自分たちの目の前に、それも臨戦態勢を整えて出てきたということ、それすなわち怪物の織斑一夏を守るために自分たち連合軍と戦うということ。確かに、自分の生徒である織斑一夏を助けたいという彼女の心境も分かる。だが、だからと言って行動に移すことが出来る人間が、先生が果たして何人いるのだろうか。生徒のために自らの人生を犠牲にできるほどの度胸と、覚悟と、そして無鉄砲さを合わせ持つ教師が果たして何人いることだろうか。それも、本来の生徒ではない。偽物の生徒に対して、そこまでの愛情を持つことが出来るのだろうか。恐らく、自分だったら怖くてそんな決断をすることはできないだろ。よしんばできたとしてももっと時間が必要なはずだ。確か、山田は代表候補生時代から気弱な人間であると風の噂で聞いたことがある。そんな彼女がこのような速さで、こんな決断を下せるまでにこの学校で成長したというのか。

 山田の行動に対しての考察が艦長の中で進む中、山田は思い返していた。昨夜麻帆良ガールズの四人から話されたある一人の少女の、彼女たちのクラスメイトの話を。

 

『私たちの先生は……いえ私たち3ーAは……クラスメイトを殺しました』

『え……』

 

 山田は言葉の意味が理解できなかった。先生が、生徒を殺した。彼女たちが、クラスメイトを殺した。こんな、ごく普通の、優しそうな少女たちが三年間ずっと共に勉学に励んできたクラスメイトを殺したというのか。彼女は、それを信じ切ることが出来なかった。

 

『それは……イジメ、ということ?』

 

 クラスメイトを殺すという結果を導き出すために山田が最初に考えついてしまったのがソレだ。恐らく、織斑一夏が千冬の弟でなかったらこのIS学園でも起こっていたであろう物。いや、もしかすると自分が把握していないだけで今もなおこの学園のどこかで行われている行為であるのだろう。それによって肉体的にも精神的にも傷ついて自殺。これが彼女が一番最初に思いついてしまった仮定。しかし、あやかは山田に対してうっすらと笑みを浮かべてゆっくりと首を振り言う。

 

『違います。実際に、私たちが手を下しました。私たち31人のクラスメイトが、彼女の人間としての心を……そして、先生が彼女の肉体だった物を……殺したんです』

 

 山田は、その後何も言葉を繋ぐことはしなかった。彼女の真剣で、そして悲しげな顔付きを見て、それ以上の言葉を出すことが出来なかったのだ。いやむしろ何も言葉をはさまない方がいいのだと思った。せめて、彼女の言葉を聞くまでは、と。

 あやかは、手元のややぬるくなったコーヒーをゆっくりと飲むと話し始める。

 

『私たち3-Aは、少し特殊なクラスでした……。この学園のように日本人だけでなく他の国からの留学生……いえ、そもそも先生が一番特殊だったかもしれませんね』

『先生……』

『私たちの先生、ネギ・スプリングフィールドはイギリス生まれの……10歳の子供でした』

『10歳……?』

 

 10歳で先生なんて普通ならありえない。第一労働基準法という法律がある限りそんな年齢の子供が先生をすることはできない筈だ。

 いや、もしかすると異世界では違うのかもしれない。例えば、何らかの出来事で世界中の人口が減って、人手不足に陥った結果若年層の人間でも仕事ができるようになったとか。

 否、だからと言って小学生の子供が年上である中学生に勉強を教えるなんてこと十中八九あり得ることではないだろ。

 

『何故そんな年齢の子供が先生なんて……』

『立派な魔法使いになるための修行だそうです』

『え? 魔法……?』

『はい……』

 

 麻帆良学園、それは色々と普通ではない街であった。

 周囲の建物よりも巨大な木。

 自動車よりも速く走る人多数。

 ロボットが普通に中学校に通い、そしてそれらすべての不可解な状況に一切の疑問も持たない街の人々。

 だが、それも当たり前だった。その街には、麻帆良学園に住む魔法使いによって認識阻害の魔法がかけられており、町中にひっそりと潜伏している魔法使いたち以外はそんな不可思議現象のことを普通であると思うようになっていたのだ。

 たった一人を除いて。

 たった一人、不幸なことにたった一人だけその状況に不思議に思うこと人間がいた。

 それが、『長谷川千雨』彼女たちが殺したという少女である。

 

『千雨さんは、ずっと不思議に思っていたそうです。周囲が自分のいうことを理解してくれない現状に、誰も不思議に思ってくれないことに……悩んで、苦しんで、誰に相談してもちゃんと取り合ってくれなくて……そうですね、山田先生の言う通りもし麻帆良じゃなかったらイジメを受けてたかもしれません』

 

 皮肉なことに、そんな彼女を救っていたのは、異常を普通と認識していたクラスメイト達だった。

 千雨の発言する様々な常識的な見解に理解を示すことはできなくても、彼女を孤立させることは無かった。

 ある少女は自分の大好きな本の話で。

 ある少女は変な味とネーミングの飲み物で。

 ある少女は、無言で中華料理をご馳走してくれ。

 ある少女たちは一緒にテスト勉強しようと頼み込んで。

 少女たちは、自分から距離を置こうとしていた彼女のことを決して見放さなかった。

 彼女たち自身、どうして千雨にそのような対応を取っていたのかはあまり思い出せない。ただ、いつの間にか彼女とは友達になれていた。ただ、それだけの話だった。

 誰にも理解されない苦しみも、自分一人だけ不可思議な世界に放り込まれたというストレスも、クラスメイトに囲まれている中で散開していた。当然クラスメイトのおよそ半数もまた彼女のストレスの種であったのだが、気が付いたら、何事もなく普通に接している彼女の姿がそこにはあった。

 絶望の中にいた少女は、たくさんの希望を持った少女たちによって救われた。だからこそあやかは思っている。彼女は、あのクラスの中でも一番3-Aの仲間たちのことを愛していたのだと。

 けど、そんなちょっとした不思議に囲まれながらも平凡としたい時間の流れは突如として打ち切られることになった。

 

『あれは、2年生の冬休みが明けた時でした。私たちのクラスにネギ先生がやってきたんです』

 

 労働基準法に抵触する10歳の少年教師。ただそれだけでも彼女のストレスに影響が出ていたことは言うまでもないが、それだけではない。その少年が現れてから自分の周囲で起こる不可思議現象は密度を増して増えていき、さらにはクラスメイトがそのネギと何か隠し事を共有している様子。それも、時が流れれば流れるほどにその隠し事を共有している人間が増えているようだった。

 

『これは、私も人伝でしか聞いたことがないのですが、どうやらネギ先生が麻帆良に来てから様々な事件が起こっていたそうです。吸血鬼騒動、修学旅行中の様々な事件、麻帆良祭の裏で起こっていた事件……当然、その中には私たちも当事者としてその場にいた物もあります。けど、私たちは少しも不思議に思わなかった……思えなかった。だから千雨さんは……』

 

 麻帆良祭の最中、彼女もまた魔法のことを知ったそうだ。いや、知ったというより、様々な状況証拠を元にネギに詰め寄ったそうだ。けど、もしかしたらそれは否定してもらいたかったのかもしれない。自分が愛した人間たちが魔法という不可思議でかつ、下手をすれば危険であるともいえる世界に足を踏み込んだという事実が、それを今目の前にいる不可思議現象のオンパレードである子供先生が原因であるとは。思いたくなかったのかもしれない。

 だが、帰ってきた答えは彼女の望んだものとは180度違う、肯定の言葉だった。

 そして、嫌々ながらも自分もまた不可思議な世界へと足を踏み入れる覚悟をした。

 

『きっと、怖かったんでしょう。自分の好きなクラスメイト達が、自分が知らないところで傷つき、汚れ、ともすれば死んでしまう。そんなことになることが……』

 

 そして、千雨は多くのクラスメイトとともに麻帆良祭の裏で発生した一つの事件を終わらせて、また再び少し変わった日常の中に帰ってきた。

 これが、彼女たちの世界の長谷川千雨の人生。ここまでは実際に自分たちの世界の長谷川千雨が経験したものであり、当然のことではあるが彼女はいまだに生存している。

 

『生きているって……それじゃ、貴方達が殺したというのは……』

『未来の……千雨さんです』

 

 問題はここからだ。この後は、実際に未来の長谷川千雨から話された情報と、3-Aのクラスメイトの宮崎のどかのアーティファクト、いどの絵日記によって彼女から知らされた情報がもとになった物語である。

 

『山田先生、ネギ先生が立派な魔法使いとして活躍すればするほど、危険な立ち位置になるのは、誰だと思いますか?』

『え?』

 

 突然の質問だ。しかし弱った。そんなこと言われても自分は……。

 

『申し訳ありません。私たちと同じ……魔法の事なんてわからない人が聞いても答えづらい質問でした……では、質問を変えます。そうですね、例えば……もしも織斑先生が今から5年後くらいに英雄として、世界中の犯罪組織と真っ向から戦い壊滅させられる。誰もが正体を知っている仮面ライダーのような存在だとしたら……』

『だとしたら……』

 

 なるほど、今度は自分の知っている人間に置き換えてくれたおかげでよくわかる。

 仮に織斑千冬が仮面ライダーのような存在で、しかもその正体が人々に知れ渡っている状態であるとするのならば、そう考えると分かりやすい。

 普通なら真っ先に思い浮かぶのはやはり危険の真っただ中にいる織斑千冬本人だ。しかし、だからこそ逆に一番安全であると言える。仮にテロリストが自らの障害たる織斑千冬を殺そうと刺客を仕向けてきたとしても、犯罪組織を単独で壊滅させられるような人間相手にするにはかなり分が悪くなる。と、いうことは一番危険であると言えるのは……。

 

『周りの人間……それも、織斑先生がすぐに駆け付けられないような遠くにいる……例えば、元教え子……』

『その通りです』

 

 悪人が何らかの被害を被った際に復讐のために当事者の周りの人間を襲うということはよくある物だ。実際に当事者、この場合は千冬であるが、千冬の身体に傷がつくことは無い。しかし、心には二度と消えることのないダメージが残る。もしも自分がその子たちと出会わなかったら、もしも自分が正義等という物に目覚めなければ、そう考えることは必至だろう。

 同時に、これは未来のネギも同じこと。もしも自分が麻帆良に来なかったら、もしも自分が立派な魔法使いなんてものを目指さなければ、自分の教え子が死に至ることも、また死地へと向かわせることなんてなかった。そう考えていたそうだ。

 実のところ、未来の千雨はそんなネギの様子を時折来る元クラスメイトの手紙によってしか知らされていなかった。何故なら、未来の千雨は自分の命を守るためにネギや麻帆良、それどころか人里離れたところで孤独に暮らしていたから。

 彼女がそんな生活を送るようになったのは、最初の犠牲者、椎名桜子、柿崎美砂、釘宮円の三人が暗殺されて間もなくのことだった。

 千雨は、いつか自分が殺されるんじゃないかという恐怖を抱えて生きるしかなかった。自分の居所を教えていたのは雪広あやかと四葉五月という二人の少女だけ、千雨はそんな二人から毎月来る手紙によってさまざまな情報を聞いていた。だが、その中には目もそむけたくなるような物もあった。特に、数か月に一度くらいの割合で来る自分の知り合いが死んだという報告を聞いた時には、一日中泣いて暮らしていた。

 自分のことを受け入れてくれた場所が、自分の愛していた人たちが、自分の知らぬところで死んでいく。自分だって何とかしたいと思った。しかし、彼女自身には戦う力なんてなく、むしろ自分が今表舞台に立ったところで何も変わる物はない。ただ、3-Aの仲間が一人減るだけ。だから、彼女は何もしなかった。それが罪だと知っていてなお、何もしなかった。いつしか、彼女は自分自身のことが嫌いになった。

 

『地球と魔法世界との間で起こった戦争。そこに私たちの友達も何人も参加していた……いえ、参加できるほどの力を持っていた。皮肉にもそのせいで戦争に駆り出された仲間たちは次々と戦死したそうです……』

 

 惨い。山田の第一印象はまずはその一言に尽きる。ただ、英雄の魔法使いを先生に持った。ただそれだけの理由で殺される女の子たち。そして殺される恐怖に何年もおびえ続ける生活。そんな物、山田には想像ができなかった。

 驚愕している山田、しかし実のところもう一人驚愕している人間がいた。

 

『あ、あのいいんちょ? えっと、私……暗殺されるの? それも一番早く?』

 

 椎名桜子だ。

 

『え? あぁ、そういえば言ってませんでしたね……』

『えぇ……』

 

 まったくもって初耳である。未来の自分が、他のクラスメイト達よりも早くに、恐らく若くして死んでしまう。そんな情報普通であればあまりにも悲劇的だ。しかし、あまりにもあっさりと言われてしまったためか衝撃こそ受ける物の、あまり悲しげになることが出来なかった。

 

『あ、あはは……そっか、私一番早く死ぬんだ……』

『い、いいんちょう僕たちは?』

『えぇっと……聞きたいですか?』

『い、いえいいです……』

 

 鳴滝姉妹もまたあやかに自分たちの未来について聞こうとしたら、しかし彼女の表情を見てやはりよからぬことにならなかったのだと感じて言葉を慎んだ。

 ふと、ここで山田に一つ疑問が生まれる。

 

『でも、3-Aの人たちは、戦争に駆り出されるほどの力があったんじゃないんですか? それなのに、どうして……』

 

 どうしてそんな簡単に殺されたり、殺されるのを恐れて逃げ出したりしていたのだろうか。それが、彼女の疑問だった。

 山田の疑問に対し、あやかはうっすらと笑みを浮かべながら言う。

 

『簡単なことです。確かに、3-Aのクラスの多くははネギ先生や他のある人物によって鍛えられて自衛手段を持てるくらいに強くなりました。けど、何人かは……結局ネギ先生の正体を知らないまま、鍛えられないまま普通の人間として生きて、さらにクラスメイトの間で秘匿された情報まで出てきてしまった……桜子さん、柿崎さん、釘宮さん、風香さんに史伽さん、それに私のルームメイトの一人だった千鶴さんは魔法のことを知るのが一番遅かったメンバーであり、クラスメイトではあったものの、ネギ先生の仲間ではなかった……もしかしたら未来の桜子さんたちは自分たちが殺される動機も知らないままに死んでしまったかもしれませんね……』

『そんな……』

 

 つまり、置いてけぼりにされてしまったのである。よく頭の良さや運動神経の差などで中の良い友達から突き放されて、いつしかその背中が遠くに見えるようになってしまって寂しくなってしまった思い出などはないだろうか。それと同じである。同じ年代、同じクラスで一緒に生活してきた仲間たちであるというのに、自分たちには知らされていない情報があったり、自分たちの知らない間に成長した仲間たち。恐らく、未来の桜子達はそんな孤独感にさいなまれながら死んでいったのかもしれない。そう考えると胸が痛くなってしまう。

 しかし当時一番胸を痛めたのは恐らく先生であったネギであろう。自分が受け持ったばかりに教え子が次々と殺されるという事実、まるで身体の一部が根こそぎ奪われていくかのような恐怖を感じたことだろう。

 話を長谷川千雨に戻そう。彼女が中学校を卒業して半世紀以上経ったとき、その時には手紙を送り合っていた五月も死んでしまい、残るは人外で実力もあり寿命も長かった龍宮やエヴァンジェリンといった者たちぐらい。自分の人生も、もうすでに指で数えるほどに短くなってしまっていた千雨は、ふとこんなことを思った。

 モシモ、ネギ先生ガ麻帆良ニ来ナカッタラ、と。

 もし彼が麻帆良に来ず、自分たち3-Aも魔法に一切かかわることのない人生を送れていたら、こんな結末を迎えることは無かっただろう。もしも彼が来なかったら、今頃は子や孫に囲まれた穏やかな生活が待っていたことだろう。老婆はそんああったかもしれない未来のことを考え、そしてそんな考えをする自分に嫌悪感を示す。

 もうすでに終わったことだというのに、どれだけ考えても変わらないことなのに。どうしてこんなにあの当時のことを思い出してしまうのだ。どうして人生の最期を目前にしてこれ程までに過去の出来事を思い出すのか。

 あぁ、そっか。楽しかったんだな、あの町の生活が。毎日毎日嫌になるほどのバカ騒ぎをしていて、自分が悩む時間なんてないほどにそのバカ騒ぎに巻き込まれて、でもそんなバカ騒ぎが好きだった。自分はあの麻帆良という街が好きだったんだ。そう気が付いた時にはもう後の祭りだった。

 そんな時、彼女のもとに現れた怪物がいた。

 

『ファントム、人間の絶望した心から生み出され、そのすべてを喰らいつくすことによって誕生する怪物。千雨さんは、そのファントムに襲われ……自分自身もまたファントムと、怪物となった』

『怪物ッ……ち、千雨さんはどうなったんですか?』

『本来であればファントムになればその依り代となった人間は死亡してし、別のファントムとしての人格がその怪物の物となります。けど、千雨さんは例外でした。千雨さんには電子精霊という物が7匹ついていて、その電子精霊の力によって千雨さん自身の人格が保たれたままファントムになったんです』

 

 とはいえ、その仕組みは全く解明できておらず、千雨自身も恐らくそうだろうという仮定の元に出来上がった考察であるため信憑性は薄い。しかし、その後の出来事から考えるに実際にそうだったのだろうと思う。

 

『その後千雨さんは、ある方法を用いて私たちの世界に来ました。千雨さんが一番愛していた3-Aのクラスメイトが現役で存在してた麻帆良学園女子中等部に……』

『どうして?』

『……自分を止めてもらうために。殺してもらうために。過去の、自分の愛していたクラスの人たちに、トドメをさしてもらうために……』

『そんな……それじゃ、殺したというのは……』

 

 ここにきてようやく最初の彼女たちの言葉の意味が分かった。自分たちはクラスメイトを殺した、その言葉の真意がついに。

 

『……私たち3-Aの生徒は全員で千雨さんに仕えていた七体の電子精霊を倒しました。それが、千雨さんの人間としての心を殺すとも知らずに……』

 

 あやか達の世界に足を踏み入れた時、千雨の身体は当然怪物だった。しかし心はまだ人間長谷川千雨のままだった。それは、偶然に偶然が重なった奇跡であると言ってもいい。しかし、あやかたち3-Aはこぞって彼女の最期の仲間で、終の時まで一緒にいるはずだった電子精霊七体を倒した。結果、その電子精霊によって守られていた千雨の心もまたファントムによって黒く塗りつぶされ、その心も怪物となってしまった。そして……。

 

『最期に引導を渡したのは、先生でした……。例え、それが、自分を倒してもらいたかったという言葉が本心であったとしても……そうするしかなかったとしても、私たちが自らの手で殺したという事実に変わりありません……』

 

 あやかは、そういうと祈るかのように二つの手を握った。その手は小刻みに震え、その時の彼女の悔しさ、無念さを思い出させるかのようだ。

 自分だったら、どうだろう。もしも自分がネギ先生と同じ状況に陥ったとしたら、自分は一体どうしたのだろう。いや違う。実際に今自分はその状況に陥っているではないか。

 二人の怪物の織斑一夏に対して自分がどうするべきなのか、それを悩んでいたからこそこの場所に来たのではないか。

 思えば、何故彼女はこのような話を自分にしたのだろうか。例えクラスメイトでも、教え子であったとしても、怪物は倒さなければならない、そう自分に教えるためにこの話をしたのだろか。いや、彼女がそんな残酷な真実を導き出すためだけにこのようなことをしたとは到底思えない。事実、彼女は最後にこう言葉を締めた。

 

『山田先生……例え、貴方がどのような答えに行き当っても構いません。しかし、その答えが本当に正しいことなのか、それを決める人間は誰一人として存在しない。これだけは覚えてください、人間は必ずしも正しい答えにたどり着くとは限らない、常識という高い壁が目の前に存在している限り、ソレを破壊することはできない……と』

『正しい答え……』

 

 その話を聞いた後、山田は一晩考えた。考え、そして一つの、自分の中では正しいと信じられる答えを見つけた。その結果が、たった一人での小さな、しかし人類にとって大きな反逆であったのだ。

 

『ISの操縦者に聞く! ……念のために確認するが、貴方はIS学園教師の山田真耶……でいいのか?』

 

 連合軍艦長が、IS部隊の隊長に出した指令、それはまず山田真耶との接触だった。怪物を守ろうとしている人間への対応としてはあまりにも優しすぎる物だとは艦長自身も思っていたが、しかしまずは自分たちに敵対する意思の有無をはっきりとさせておかなければならないと考えたのだ。無論、その際に攻撃されても対応できるようにとの指示は出してある。

 IS部隊の隊長は、部下の女性達にそれぞれ指示を出すと、まず手始めに上記の質問を山田にぶつけた。

 

「はい、そうです」

『私たちの前に出てきた目的を聞きたい』

「もちろん、織斑一夏君を守るためです」

『……』

 

 山田は、迷いなくそう言い放った。ある意味では迷いまくっている自分たちとは対照的であると隊長は思う。

 

『本気なのだな……』

「はい」

『だが、何故だ? あそこにいるのは怪物だぞ。ともすればすぐにでも他の生徒を殺すかもしれない、そんな怪物をどうして守ろうとする?』

 

 至極当然な質問だ。山田自身そう思う。世界の常識からすれば、自身の行動はあまりにも馬鹿げた物である。

 でも、馬鹿でいいんだ。山田は自信を持って言う。

 

「織斑君は、そんなことをしません」

『何故そう言い切れる?』

「だって、織斑君は……身体は怪物でも、その心は人間だから」

『……』

 

 怪物は怪物、異形は異形、しかしその心が人間であるのなら、人間とともに生きたいと願うのなら、守ってあげてもいいじゃないか、いやむしろ守ってあげなければいけないじゃないか。これが、山田が昨晩に出した結論であった。

 山田はさらに続ける。

 

「確かに、怪物であるからこそ人を殺せる力を持っている。そう言えるかもしれません。でも、それは私たちだって、貴方だって同じことです」

『何?』

「私たちにはISという力がある。それは、人を守る力にもなり、また人を殺める力でもあります。人を殺せる力があるから怪物である。その理屈が正しいとするなら、私たちもまた怪物ということです」

『……』

「しかし、私たちはこの力で人を殺めようとは思いません。何故なら、私たちには人の心があるから、それが絶対にやってはならないことだと知っているから、それが人間として、いえ……人間社会を生きる物として絶対に外すことのできない矜持であると知っているからこそ、私たちは怪物にならずに済んでいるんです。そうでない物、人を殺めたいと思う物が怪物になるんです。怪物の心を持った人間になるんです。人間だって、怪物になりうるんです。怪物になるかもしれない人間だって、この社会を生きているかもしれない。それなのに、ただ身体が人間とは違うというだけで、人間の心を持った少年たちを殺していい理由があるはずありません! もしもそんなことをしてしまえば、それこそ何のためにISが存在しているのですか。何のために、私たち教師は子供たちに教えているのですか。ただ普通の人とは違う。だから殺してしていい。そんな短絡的なことを教えるために私たち教師はいるわけじゃない。どんな国の人とでも、どんな人種の人とでも分け隔てなく仲良くしてもらいたい。そんなこと、小学校の時に習う事。私たちは、そんな簡単で、けれど大事なことを忘れるくらい大人になっても、その綺麗事を子供たちに伝えていく義務があるんじゃないですか!」

 

 IS部隊の隊員も含めた連合軍の全員が、山田の話に耳を傾ける。それは、山田の話が絶対的に正しいからというわけじゃない。けど、その話には納得できる部分があっただけだ。

 今の時勢、人を簡単に殺す道具なんていくらでもある。銃や爆弾、簡単な物で言うのならば台所にあるような包丁、金属バッド、ガラスの破片、果てはSNSまで、いくらでも存在する。しかしそれらを人を傷つける道具に使う物は限られている。

 それは何故か。答えは、痛みを知っているから。けがを負い、血を流し、下手をすれば死んでしまうかもしれない。それを知っているからこそ、人は人を傷つけることを否定する。人が人であるために人を傷つけないようにする。

 時に自分自身を傷つける者もいる。けど、それはもしかしたら他人を傷つけないように、自分のために傷つく人間がいないようにという精いっぱいの優しさなのかもしれない。

 時に人は無慈悲なほどに感情的にもなる。それが暴力となり、人を傷つけた時、何も感じない人間がいる。普通の人間であるのなら、心が傷つき、二度とこんなことをしないと心に誓うようなことを平気で繰り返す者がいる。その痛みが自分に帰ってくることを知らない人間がたくさん存在する。そして大人は、そんな存在に足を一方踏み出そうとしている危ういバランスで生きている。

 人は誰だって怪物になることが出来る存在だ。なら、怪物だって人と似た存在になることが出来る。人として生きたいと願うのであれば生きることが出来る。何故なら、自由であることが人間である証であるのだから。

 世界に示さなければならない。例え怪物だったとしても人間と共存できる未来があるということを。

 示さなければならない。人種や国籍や病や個性で差別することは最も邪悪な行いであるということを。

 伝えなければならない。力をもっている限り、人は同胞を殺すかもしれないという呪縛から逃れられないということを。

 生きなければならない。人の心を持つ限り、人として、人間として、この地球に生きているちっぽけな生物の一人として。

 生きてもらわなければならない。人と人以外が共存することが出来る可能性の一つとして。彼には、彼らには、生きてもらわなければならない。例え、それが過酷な運命であったとしても、それを受け入れて生きるというのならば、全力で生きてもらわなければならない。例えエゴだとしても、他力本願だとしても、同じ苦しみを背負えないとしても、一緒に歩くことが出来るのならば、歩いていいのかもしれない。

 

『山田先生、貴方の言い分は分かりました』

「……」

 

 そう声をかけたのは連合軍艦長である。

 艦長は、覚悟を持って現れた山田に敬意を表しながら、しかし厳しい口調で言った。

 

『ですが、我々はここで止まるわけにはいきません』

「……」

『何故なら、まだ織斑一夏の心が人間であると決まったわけではないからです。もしかすると、貴方の知らないところで本当に身も心も怪物になってしまった。その可能性がある限り、私たちは止まるわけにはいきません。また、あなた自身の考えがどうであれ、IS学園の生徒が恐怖を感じるのであれば、それを取り除くことが、我々の責務である。それが、私たちの答えです』

「そうですか……」

 

 この艦長の言葉もまた一理ある。事実彼女たちはまだ怪物の織斑一夏を実際に見たわけではない。話わけではない。故に、彼の心が本当に人間であるのかを知るすべがない。だからこそ、山田一人の言葉で全てを決めるわけにはいかないのだ。そして、それは山田もまた薄々察知していたこと。

 

「なら……戦うしかありませんね」

『えぇ……隊長、いいですね?』

『ッ、しかし……』

『迷うのであれば……戦いなさい。この戦いはきっと、そのためにあるのですから……その先のことは、貴方に一任します』

『ッ!』

 

 隊長は、その言葉を聞いて艦長が言おうとしていることが分かった。この戦い、つまり山田との戦いの先、織斑一夏の処遇については、捕獲するのか、殺すのか、それともまた別の道を探すのか、それを全て任せる。だから、今はこの戦いに集中するべきだ。そう言おうとしているのだ。隊長は、集中するように一度深呼吸をすると、叫ぶ。

 

『全員へ、例え一人であっても、相手は元日本代表候補生だ。油断するな!』

『了解!』

「私も……絶対に負けません!」

 

 こうして、戦いの火ぶたが切られたのである。

 この戦いに正義はない。

 あるのは、ただ……純粋な願いだけである。




 たぶん、これが私が魔法先生ネギま!を全巻読んだ後に心に残った原因不明のモヤモヤの正体なのだろうな、

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