スタジアム。昨日のエキシビションマッチの頃には多くの歓声に包まれていたその場所も、今ではまるでゴーストタウンに立っているかつて繁栄を誇っていたであろうショッピングモールのようにその輝きを失ってしまっていた。
だが、それも当然であろう。昨日の試合は確かに激しい物であったものの所詮は試合。自分たちに危険が及ばないということがはっきりしていたからこそ、彼女たちも大いに楽しむことが出来た。どちらが勝つのかというトトカルチョにも進んで参加することが出来た。
しかし、今回の戦闘は全く違う。互いが互いを殺そうとする戦い。その際にでる被害は計り知れないものになる恐れがある。そんな戦場を喜んで観戦に行こうという者は、よほどの命知らずか、それともよほど人の死が好きな人間なのだろう。
とかく、今その場所にいるのはただ一人の戦士のみ。全てに覚悟を付けた孤独の戦士のみがそのフィールドに立っていた。
このフィールドで自分が戦うのは、これが最初で最後なのかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうなほどの辛くなるのだが、裏を返せばもう戦わなくて済む、もう苦しまなくて済むということなのだから、それはそれで喜ばしいことなのだ。
ならば、その喜ばしい瞬間に向けて、自分に何ができるのか。果たして、彼は自分の思いに答えてくれるのか。
楽しみに待つ一人の戦士に向け、一人の男が現れた。その戦士と瓜二つの顔をし、ISを纏った男である。
「なんだ? そのISは?」
ワームの織斑一夏に対してオルフェノクの織斑一夏は聞いた。
ワームの織斑一夏は、うっすらと笑いながら言う。
「これか? 知ってるだろ。量産機の打鉄だよ。借りてきたんだ」
「白式はどうした?」
「あぁ、エネルギーが充電できてないんだ。分かるだろ? 昨日の一件の後で充電する余裕なんてなかったんだ」
「そうか……」
オルフェノクの織斑一夏はその言葉に対してまるでがっかりしたかのようにいった。
その表情の意味するところは、彼の本気を見ることが出来ないという失望か、それともすぐにこの殺し合いが終わってしまうということに関しての失望か。
専用機と量産機の性能差は一目瞭然。特に、オルフェノクの織斑一夏の使う黒月は篠ノ之束が彼のために制作し、彼に合わせた調整をしたISだ。
さしずめ、巨大な風車に挑むドンキホーテのように、無謀な戦い。
その場には彼ら以外の人間はいなかったためこう表現することは不適切なのかもしれないが、誰がどう見てもこの戦いの決着は目に見えていた。
「心配すんな、量産機でも箒の戦い方をよく見ていたんだ。それなりに戦って見せるさ」
彼の友人の一人、篠ノ之箒は今でこそ姉が特別に製作した専用機を操縦しているが、その前までは代表候補生というわけでもなかったので専用機を持っておらず、ラウラと共に出たタッグ戦のトーナメントでは量産機の打鉄で出場していた。とはいえ、その際は専用機との戦力差によって真っ先に脱落していたのだが。
無論それを見ただけでワームの織斑一夏が自信満々に言い放ったわけじゃない。いうなれば、恐怖からの逃避。量産型で専用機に立ち向かうという意味を知っているからこそ、自分自身を鼓舞しなければ戦うことが出来なかったのだ。
「そんじゃ、やるか……殺し合い」
「その前に、一つ聞きたい」
「ん?」
「もし、お前が俺に勝てたとして、その後お前は何をしたい?」
「……」
「俺に勝てたとして、この学園にそのままいることは、怪物であるとばれてしまった以上不可能だ。もちろん、織斑一夏として生きることもな……お前は、一体何を目的として生きるつもりだ?」
どうするか。確かに、例えこの戦いで勝ったとしてもそれで自分がこの世界で生きる市民権を持つことにはならない。例え、本物の織斑一夏を殺したとしても自分が 偽物である以上本物になり替わることなんてできない。この戦いに勝てたとしても、自分が嫌われる存在であることには、怪物であることには変わりないのだ。
けど、だからと言ってやられるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。自分には将来の目的なんて 今は想像にできないだろうけど、今を生き残ることが出来なければ未来なんて絶対に来ないのだから。
「今はまだわからない。けど、今を生きる意志のない人間が未来のことを考えたって無意味なだけだろ!」
「人間か……自分が怪物だと知ってもなお、人間だと偽るのか?」
「確かに……俺の身体は怪物なのかもしれないけど……俺の、俺の心は……」
「人間……か。甘すぎる……甘すぎるんだよ、お前は!」
オルフェノクの織斑一夏は、瞬時に黒月を身に纏うとワームの、打鉄の一夏に対して突撃した。
打鉄の一夏は近接用ブレードの葵を構え、黒月の鎌型武装、≪イザナミ≫に備える。だが、その攻撃が打鉄の一夏に届くことは無かった。
「変身! はぁぁぁ!!!」
二人の一夏の間に割り込んできた人物がいたのだ。
その人物は人間とは違う姿に変身すると、黒月の一夏にとびかかる。
「ッ!」
黒月の一夏は、それを横目で見ると瞬時にスラスターを作動させて後ろへと逃れる。
そして戦士は打鉄の一夏を背にしてその目の前に立った。それは、まるで彼のことを守るかのように。
二人の一夏はその戦士のことを知っていた。当然だ。昨日確かにこの場所で自分たちの仲間と戦っていたのだから。忘れられるわけがない。
赤の鎧をその身に纏った戦士。その名も……。
「ゴメン、遅くなった」
「ユウスケ……さん」
仮面ライダークウガ、小野寺ユウスケである。
二人の一夏の間に入ったユウスケに対して、黒月の一夏は言った。
「クウガ、お前どうしてここに?」
「戦いに来た。ワームの織斑一夏君と一緒に」
「え?」
自分と、一緒に。その言葉に対して打鉄の一夏は困惑した。本物の、オルフェノクである一夏と一緒に自分と戦うというのならまだ分かる。しかし、何故偽物のはずの自分を守ろうとするのだ。その疑問は、本物の一夏もまた同じものであったようだ。
「ワームの一夏と共にだと? ソイツは偽物だぞ。本物に成りすましてこの学園に入り込んでいた、ただの怪物だ」
「でも、皆の笑顔のために戦っていた」
「なに?」
「俺がこの一夏君と一緒にいたのは昨日一日だけだ。でも、彼の周りにいる箒ちゃんや鈴音ちゃんたちは、笑顔を見せていた。何の不安も、恐れもない……ただただ純粋な笑顔だった」
ユウスケは昨日の箒たちを思い返す。そこにいた少女たちはみな笑顔で、一夏と一緒に笑いあって、一緒になってお昼ご飯を食べてて、その時には彼が偽物であるという事実が暴露されていなかったという事情もあるのだろう。しかし、裏を返せばワームの織斑一夏は、本当の織斑一夏として、一夏が作るべきだった笑顔を作り出していたのだ。そこには転生者のような裏も何もない。ただただ純粋なとびっきりの笑顔のために行動した一人の少年がいた。
ユウスケは、そんな笑顔を作り出した少年を助けたいと思ったのだ。
「確かに、君にも辛い出来事があった。それは事実だ。けど、それを理由として誰かの笑顔を奪おうとすることは、絶対に許さない!」
「……」
だから、復讐と称して誰かの笑顔を消し去ろうとしているオルフェノクの一夏が許せなかった。誰かの笑顔を守りたい。そこには本物も偽物も関係ない。人間であるのか、怪物であるのかなんて関係ない。ただ、誰かの笑顔を守るためなら、本当に純粋なる笑顔のためなら、自分は例え偽物であったとしても織斑一夏を守りたいと、そう考えたのだ。
一方の打鉄の一夏は、正直言えばこんな展開になることは考えていた。いや、正確に言うとこんな展開になるとは思ってはいたが、実際に行動に移してくれるとは思ってもみなかったのだ。
先ほどの栄次郎の会話からして、光写真館の面々は自分のことを受け入れてくれていると考えていた。異世界から来た人間で、さらに自分と似たような存在が受け入れられてきた世界を見てきたからこその考えなのだろうが、そんな彼らであっても自分のことは陰ながら応援してくれるだけで実際にこうして自分と一緒に戦ってくれるということは無いだろうなと思っていた。
怪物を守るということ、それによって自らに降りかかるデメリットという物はとてつもなく大きく、そのデメリットに相当するほどのリターンなんてものは想像できない。これが原因となり、この世界で生きにくくなるという大きなデメリットを無視しなければ、自分と一緒に戦うなんてことはあり得ない。だから、彼は光写真館の人間たちが自分と一緒に戦うなんて道があること自体想像していなかったのだ。
「ユウスケさん、いいんですか?」
「あぁ、大丈夫。だって俺、クウガだし」
ユウスケは一夏に対して綺麗なサムズアップをする。
原理は不明だが、一夏はその向こうにあるユウスケの笑顔を見ていると心が落ち着いていく。彼と一緒なら大丈夫だ。そんな気持ちにさせてくれるのだ。
いや、原理なんてものは関係ない。そこにどのような科学的根拠を持ち出しても意味はない。彼がクウガだから、彼が一緒に戦ってくれるから、彼が笑顔だから、だから安心できるのだ。ただ、それだけでいいではないか。
「……はい、お願いします!」
打鉄の一夏はユウスケに向けてサムズアップで返す。まるで、それが決まりでもあるかのように。
だがどちらにしろ仮面ライダークウガ、ユウスケの参戦によってISの性能差のアドバンテージも縮まることになる。これで、五分の戦いに持っていけるのかもしれない。そう一夏は考えていた。
しかし、すぐに思い知ることになる。自分の考えが甘かったということに。
「やはり、お前はそっちに付いたか」
「え?」
ゆっくりと、一人の男がこの戦場に現れた。胸にかけたマゼンタ色のカメラで二人の一夏を撮影しながら。
「士……」
門矢士。参戦、である。
「そっちにっていう事は……士は」
「あぁ、本物の織斑一夏に付く」
士はそう言いながら黒月の一夏の隣に立った。そちらの方の一夏も拒絶する意思を見せていないことから、了承していることなのだろうか。
門矢士が敵になる。昨日は一緒に偽物の仮面ライダーたちと戦ったあの男が、打鉄の一夏は分かり切っている答えを聞いた。
「そんな、どうして……」
「当然の事だろう? 所詮、お前は偽物、本物はこっちの織斑一夏だ。なら、本物のために偽物を倒すのが当たり前の事じゃないのか?」
「確かにそうだ。けど分かっているのか? オルフェノクの一夏君がこの世界に復讐しようとしている。たくさんの人たちの笑顔を奪うかもしれないんだぞ!」
「……」
士はフッ、と笑うとネオディケイドライバーを取り出して腰に巻いた。
そして、ディケイドのカードを取り出し、言う。
「世界が崩壊しようが、この学園の生徒がどうなるかなんて知ったこっちゃない。そもそも、俺は世界の破壊者だからな」
「士……」
「それでも止めたいのなら……力づくで止めて見せろ。変身!」
≪KAMENRIDE DECADE≫
士は、マゼンタの悪魔仮面ライダーディケイドに変身する。
ユウスケは一度目をつぶり深呼吸するとゆっくりと眼を開いて打鉄の一夏に言う。
「やるよ、一夏君」
「ユウスケさん……」
「きっと、士には何か考えがあるんだ。けど、だからってあいつは手加減なんてしない。本気で戦うんだ……」
「……はい!」
どちらの一夏も門矢士と一緒にいた時間という物はとてつもなく短い。だから、彼の考えを読むことなんて不可能に近い。だが、そんな士と長い時間一緒に苦楽を共にしてきた小野寺ユウスケがそういうのだ。きっと、この行動の裏には何かがあるはず。ならば、その何かという物を戦いながら見極めなければならない。それが自分にできるか、自信があると言えば嘘になる。しかし、それでもやらなければならない。また、彼女たちの笑顔を見るために、またあの場所に帰るためにも。
「これで全てが終わる。行くぞ、織斑一夏ァ!!!」
「ッ! はぁぁぁぁぁ!!!」
「「ハァッ!!」」
二人の戦士と二人の戦士、相まみえる。瞬間、IS学園中のモニターに映像
が映された。
そこには、アングルはさまざまであるが主に二つの場所の映像が流されている。
一つは上記の通り二組の戦士達が相対する姿が。
一つは外で戦艦と戦う一人の女性の姿が。
正論という暴力と戦う二組の姿を見た学生たちは何を想うのか。
命を賭けた戦いは、まだ始まったばかりである。