IS学園、そこは普通の学校とは規模も施設の数も種類も一線を画した学校であった。そのため、ふと廊下を見渡してみると普通の学校にはなかなかないような教室が見える。
≪整備室≫。その名前の通りISの整備をするための教室だ。教室と言っても中はさながらロボットアニメによく出てくる格納庫のような風景で、普通の教室とは全く違っていた。
本来、授業以外で整備室に人が立ち寄ることは無い。
量産型のISは学園の所有物であるためむやみやたらに強化、改造をすることはできず、専用機のISであったとしても大掛かりの改造なんてせず、また特例を除いてISを頻繁に使うことは無いから、使う時があるとすればISの整備について学ぶためにこの学校に来た少女たちが勉強のために使うぐらい。
そんな整備室で、一人の少女がISと向かい合ってその整備を進めていた。
「……」
打鉄弐式の操縦者、更識簪である。
簪は、例の一件の後少し休んでから、ずっとこの整備室の中にいる。何時間経ったのかは自分でも分かっていない。
ディスプレイに浮かんだキーボードをタイピングする腕は、プログラマーもかくやというほど素早く正確で、彼女はただ一心不乱にディスプレイに映る文字を眼で追っていた。けど、それは病的にとでも表現できるほどに彼女の精神状態が危ういという事実を如実に表していた。
正常な人間が休みもなしにぶっ続けで作業することなどできない。例え機会であったとしても長時間作動していたらガタがきて寿命を縮めてしまうことになる。
彼女もまた同じ。本当はもうそろそろ休んでもおかしくないはずなのに、それでも画面を見続けてプログラミングを止めない。多分、何かしていないと現実を見てしまうからだろう。
怖かった。現実を見るのが、自分の好きになった織斑一夏が偽物で、ずっとずっと自分は偽物に、化け物に恋心を抱いていたという事実を認知することが、怖かった。
だから、それを考えないように彼女はただプログラミングを続ける。タイピングを続ける。二人の一夏の映像を見続ける。たとえ、自分の身体が壊れることもお構いなしに。出なければ、己の心が壊れるから。
「あっ……」
その時、彼女の鼻にホットコーヒーの匂いが届いた。ふと見ると、コーヒーカップが顔のすぐそばにあった。簪はタイピングする手を止めて、それを差し出した人物を見る。
「根詰めすぎると、身体壊すわよ」
「鈴……」
凰鈴音。昼間、自分と一緒にユウスケや夏海と戦った人物だ。
彼女もまた昼間の一件があって眠ることが出来ずにうろうろとIS学園の中を歩き回っていた。その際、整備室が使われているようなので覗いてみると簪がいた。一体いつからそんなことをやっていたのかわからなかったが、少なくとも時間的に休まなければ明日以降に支障が出てしまう。ついでに言えば夜更かしはお肌の天敵、女の子にとってはデメリットしかない。
鈴音は、彼女に落ち着いてもらうために一度部屋に帰ってコーヒーを淹れてきた。眠気覚ましとしても使われるカフェインの入っている飲料を差し出すのはどうかとも思ったのだが、この際それは言いっこなしだ。第一コーヒーを飲んだところで、眠たくなったら眠るのだから、関係はない。
「……ありがと」
簪は、鈴音からコーヒーカップを受け取る。しかし、中身はかなり熱そうなのでもう少し冷めないと飲めなさそうだ。
鈴音が熱々のコーヒーを淹れてきたのは、それが冷めるまでの間彼女に休む時間を作るため、そしてその間彼女とゆっくりと話をするためだった。何故彼女と話をしたかったのか、それは鈴音もまた話し相手が欲しかったからだ。自分の心の整理をつけるための相手が。
「何してたの?」
「打鉄二式の整備、昼間夏海さんに山嵐を片方壊されたから……」
「ふ~ん……」
昼間の試合、夏海によって両側一対のミサイルポッド山嵐はその片方を破壊されてしまった。それだけでなくあの試合は相手が仮面ライダーであったこともあって打鉄弐式のあちこちが破損して動作不良を起こしている箇所がいくつもあった。山嵐に関しては万が一のために作っていた予備を使用するとしても、その他の不良はこの整備室の設備を使ったとしても完全回復には一週間かかるだろうというのが彼女の試算であった。そのため、少しくらいレスポンスが下がることを承知で、ある程度修理することを目標としていた。
「それに、いつまたあの一夏が襲ってくるのかわからないからデータの分析も」
「……」
そうか、画面に白式、それから黒曜というISを纏った二組の一夏が映っていたのは、そのデータを使って一夏のことを分析していたからなのか。けど、どうして本物の一夏と一緒に偽物の一夏のデータもとっているのか。
理由は二つ考えられる。一つは、本物の一夏のデータがあまりにも少ないこと。彼が現れてから戦い終わるまでがかなり短く、そんな短時間でとれる情報には限度があったからだ。そのため、その本物の一夏をコピーした偽物一夏のデータを取ることによって本物一夏対策のデータを稼いでいるのだろう。
もう一つの理由は……。
「あんたは戦えるの?」
「え?」
「襲ってくるのは、本物の織斑一夏よ。それと、本当に戦えるの? ……それに、さっきのデータってやつ。あれ、もう一人の一夏のもあったんじゃないの?」
簪は、その言葉にうつむいてしまう。やはり、自分の考え通りだったか。彼女の想定している相手は、本物の一夏だけじゃない。偽物の一夏、つまり自分たちと一緒に生活をしていた一夏の方も敵というカテゴリーにいれ、もし彼も襲ってきたときに備えているのだ。
鈴音は、それをみると一度目をつぶって一呼吸置いてから言った。
「この際だから聞いとく。あんた、どっちの一夏を殺そうとしているの?」
「ッ!」
あるいは、どっちの一夏も殺そうとしているのか。
簪は、図星を突かれたようで、手に持ったコーヒーカップが小刻みに触れ、中に入っている黒い液体が外に出ようとしている。
「思い出させないで……そんなこと聞かれると、私……もう……」
彼女、更識簪にとって一夏は元々恨みの対象であった。
簪のIS、打鉄弐式は、量産機である打鉄の発展改良された後継機。このISもまた他の専用機と同じく彼女専用に作られるはずだった。しかし、ある存在によってその計画に狂いが生じた。
世界で初めての男性IS操縦者、織斑一夏である。
女性しか操縦することが出来ないというISの世界において異様、前代未聞ともいえる織斑一夏の登場によって、彼専用のISを作ることは、日本の某IS企業にとって最重要任務となった。
しかし、開発は難航した挙句頓挫、凍結、その後束によって白式は完成したのだが、その白式の開発に人員を割いてしまったために彼女の打鉄弐式の開発は後回しにされてしまい、外観しか完成しないというこっちの方が前代未聞の事態となった。。
これらのことは、一会社としてはあってはならないことであるのは言うまでもない。結果として世界唯一の男性操縦者の専用機を作ることはできず、さらには自国の代表候補生の専用機をおざなりにした等という大失態。一件は表ざたになることは無かったが、企業間では有名な話となり、その後その企業に対してISの開発を頼む会社が著しく減少した要因であるとも言われている。
とにかく、とばっちりも甚だしいが、上記の理由によって簪は自分で自分の専用機を組み立て、おまけに武装まで作り上げなければならず、さらにさらに実働データ、つまり実際に動かしてどのような動きをし、どのような欠点があるのかなど十数人単位でやるようなことをたった一人でするという無理難題を押し付けられてしまい、その原因となった一夏のことを恨んでいた。
だが、それでも彼女はたった一人で自分の専用機を組み立てようとしていた。その理由の一つに姉、更識楯無の存在がある。
実は楯無のIS、ミステリアス・レイディは楯無が一人自ら作り上げた機体なのだ。ロシアが設計したISの機体データを元にしていたとはいえ、それ以外のすべての組み立てをたった一人で行ったことには変わりなく、まさしく天才であるといってもおかしくはないだろう。
簪は、そんな優秀すぎる姉へコンプレックスを持っていた。そのため、自分もまた一人でISを作ろうと躍起になり結果。彼女は孤立していった。他人にはあまり関わらない不干渉状態となり、来る日も来る日も自分の操縦ことになるISの組み立てを続けていた。
だが、そんな簪のことを気にかかった楯無によって送り込まれた一夏、そしてIS学園整備科の尽力もあって何とか打鉄弐式は完成。その際に使われた実働データが、実は楯無から送られた物で、一夏が自分のもとに来たのも楯無の依頼であったと知り精神的にも不安になることはあったものの、何とか持ち直して今に至る。
……。
こうして自分のこれまでのことを考えると自分は転生者とやらに付け入られる隙が大きくある。というより自分を含めた一夏の友達の中で一夏に対して敵対心を持っていた自分は、もしかしたら一番最初に彼のことを裏切っていたのではないだろうか。
もしたった一人でISを組み立てていた時姉並みに優秀な人がそばにいてくれたら。もし自分の趣味について理解してくれる人がいてくれていたら。
『更識簪並びに更識楯無! 姉妹仲の仲裁に入ったらお前たちもコロッと落ちてたな』
もし、自分と姉の間を一夏以外に取り持っていくれる人がいたら。
もし、一夏以外の男の操縦者がいたら。
一番最後はともかくとして、たぶん自分はその転生者とやらのことが好きになっていたのだろう。自分が残念なほどに単純な性格であるということは、自分で分かっている。
自分は、一夏がいたから変わることが出来た。一夏以外の人間だったら絶対にこうはならなかった。そう言い切る自信がないのだ。
確かに、今の自分があるのは一夏のおかげだ。でも、自分が立ち直ったすべてのきっかけにおいて、一夏以外の誰かが介入してもさほど大差はなかったのではないだろか。一夏じゃなかったらダメだったなんてこと、あったのだろか。
どうして、自分は一夏のことを好きになったのだろうか。
考えれば考えるほどドツボにハマっていき、簪は自分が一体どうしたいのかわからなくなってきた。だからなのだろう。二人の一夏のデータを収集して、対策を考えていたのは。
もしかしたら、自分は二人とも殺したかったのかもしれない。
二人とも殺して、織斑一夏という人間がいなかったころの自分に戻りたかったのかもしれない。
例えそんなことをしてももとに戻ることなんてできない、むしろ失った後の喪失感の方が強いということを知っていてなおそのようなことを考えなければいけなかったのは、自分のあまりにも弱い心のため。こんな弱い自分だから、織斑一夏を傷つけてしまった。こんな自分がいたから偽物に恋をしてしまった。こんな自分だから、こんな。偽物に。
そもそも偽物ってなんだ。
本物ってなんだ。
自分にとって今まで話て、接して、勇気をくれたのは偽物の一夏だ。なら、自分にとっての一夏は偽物と呼ばれる一夏だ。
でも、その一夏の元々の性格は本物の一夏が持っていたわけで、でもその本物と自分は話したことがほとんどなくて。なら、自分にとって本物こそ一夏であるとは言えないのではないのだろうか。
本物か、偽物か。堂々巡りが続く中、ふと簪は顔を上げて鈴音に聞いた。
「鈴は、答え出てるの?」
か細く、消え入るようなそんな声を聴いた鈴音は、一度カップの中のコーヒーを一口飲むと言った。
「出てたらこんな夜更けまで起きてないわよ……」
「……」
と。
彼女、凰鈴音が織斑一夏と出会ったのは小学校五年生、ISのこともあって篠ノ之箒が転校していった入れ替わりという形であった。それからというもの中学二年の時に中国へと帰国するまで二人の仲は良く、一夏曰くセカンド幼馴染であるそうだ。因みに、ファーストは当然篠ノ之箒である。
昔から一夏に対して好意を抱いており、実家が中華料理屋を営んでいたこともあってか、『自分の料理が上手くなったら、毎日料理を食べてくれる』という約束を結ぶ程だった。残念なことに一夏はこの約束を『ただ飯をご馳走してくれる』と通り一遍に解釈してしまっており、一夏と再会した際に残念な結果になったことは言うまでもない。
だが、鈴音はその約束を糧として料理を上達させ、さらに一夏のIS学園入学を知ってわざわざ再来日してIS学園へと転入するという、恋する乙女の行動力には果てがないのかとも思える事をやり、努力を惜しむことは無い少女。それが凰鈴音。
だからなのだろう。彼女が他の少女たちがすぐに懐柔された中でも一夏のすぐそばにいてくれていたのは。もし彼女を懐柔する方法があるとすれば一夏に出会う前か、鈴音が一夏が自分の約束を勘違いしていたと知って激怒していた時、あるいは記憶や心を操作された時か。とにかく、彼女が他の少女たちよりもガードが高かったのは間違いない。
それほど、彼女の一夏一筋の信念は揺るぎないものだった。だからこそ悩むのだ。
自分が好きになった一夏はどっちの一夏なのだろうと。
「ねぇ、簪」
「なんです?」
「もし、もしも私が……あんたが殺そうとしている一夏を守ろうとしていたら、アンタは私も殺してくれるの?」
「え……」
自分自身なんてことを言っているのかという思いがある。
もしも、自分が好きな、自分が守ろうとしている一夏を簪が殺そうとするのなら、自分はその一夏を守るために戦わなければならない。その時、万が一の時は自分のことを殺す覚悟が彼女にあるのかどうか、それを聞きたかった。
自分が守ろうとしている一夏とはなんだ。守るべきなのは本物の一夏のはずではないか。そう、自分が初めて恋心を抱き、ずっとずっと胸の中にいた少年は、本物の一夏ただ一人のはずだ。偽物の一夏じゃない。
でも。
「私にとっての一夏って……」
小学生の時に出会った一夏か、それとも小学生の時の一夏の記憶も持って、IS学園で一緒に過ごしてきた一夏か。
けど、少なくともこれだけは分かっている。
おそらく、偽物の一夏を選ぶ自分は。
異世界の、一夏を裏切った自分になってしまうのだろうと。
それと、これもまた分かる。
本物の一夏を選ぶ自分は、このIS学園で過ごしてきた全てよりも、欲望の方を取るのだと。
そして最後にこれもまた分かる。
自分の人生は一夏ありきの人生だったのだと。
最近、自分としては文字数が少ないとおもうのですが……
-
最低でも5000文字欲しい
-
最低でも6000文字欲しい
-
もう少し心理描写を描いて欲しい
-
もう少し会話を増やして欲しい
-
このままの文字数でもいい