「IS学園、ISという兵器の操縦者を育成するための学校よ」
この世界で光写真館が現れたのはIS学園のグラウンドの端の方であった。桜子が連れてきた女性はこの学校の生徒らしい。
ちなみに、士とは違い女子中学生である桜子はその持ち前の幸運も相まって全く不審者扱いはされなかったらしい。
彼女によると、そこはもともと用具入れがあった場所だったらしく、これまでかろうじて人が住んでいたであろう場所に現れていた時とは違い今度のことは、まったく初めての経験である。
「では、あの背景ロールにある絵に描かれているものが……」
そういってあやかが見た物は背景ロール。そこには機械を纏った二人の人間がぶつかり合う姿が映っている。その機械がIS〈インフィニット・ストラトス〉という物なのだろう。機械の中にある人間のシルエットから察するにそれほど大きな物ではなさそうだ。大体人間の1.5倍~2倍程であろうと推測される。ロボット、いやパワードスーツと言っていいのだろうか。
「兵器の操縦者を育成する学校。ということは、ここは軍事施設ってことなんですか?」
「う~んそういうわけじゃないんだけどなぁ……ISは、アラスカ条約っていう条約に乗っ取って軍事兵器として使われてないの。だから使われるとしたら競技種目なのよね」
「アラスカ条約?」
「そっ、だからいうなればIS専門のナショナルトレーニングセンターってことね」
女性、更識楯無はさらに手に持った扇子を開くとさらに言う。ちなみにその扇子には『説明義務』と書かれている。なんとも分かりやすい。
「ISが世に出た当時、いえ今に至るまでIS以上のスペックを持った兵器は存在しない。だから、ISの開発者が日本人であることもあって各国が、ISの軍事転用、そして日本のIS技術の独占を恐れたのよ。そこで、軍事利用を禁止し、ISに関する情報開示、そして国家機関の設立を定めたアラスカ条約が世界各国で結ばれた」
なるほど、とあやかは思った。例えば士の過去、プリキュアの世界での出来事を見た時に見かけた仮面ライダーG3は人間が作った仮面ライダーの敵とも渡り合うことのできる兵器だ。あれを軍事転用などしようものなら世界の軍事バランスが崩れてしまう。
開発者が日本人だからというのは、これは想像だが世界的に見て日本という小国がISという超兵器を独占することによる軍事バランスの崩壊を危惧しての事だろう。
「と言うことは、ISは戦争で使われることはないんですね」
「基本的には……ね」
「基本的には?」
「……時々横流しされたISをテロリストが使っていることがあるのよ。それに表上では使ってないと言っていても、裏のことまでは制し切れてないのは事実。この学園だって、何度もISによる襲撃にあってるわ」
「そっか……」
どこの世界にも私利私欲のために強大な力を使いたがる大バカ者がいる。そのせいで産まれる悲しみや憎しみなんてもの考えなしに、ただ自らの欲求を満たしたいがために世界を混乱させ、ISという平和のための機械を兵器としてしまう者たちが、この世界にいるソレだ。
「この学園は、世界で唯一のIS操縦者を育成を目的とした教育機関なの。自分たちの技能向上のために、そしてISを真の平和の象徴とするために世界各国から大勢の生徒が集まって日々努力をしているわ」
けど、この学園の子供達はISを平和のための兵器とするために努力を重ねている。確かに今は誰かを傷つけるような使い方をしている輩がいるかもしれない。けどいつか、きっといつの日にか誰もがISを世界の平和の為の機械として使ってくれる日が来てくれる。この学園の生徒たちは、その最後の希望なのだ。
「さっき外を歩いて、女の子しか見えなかったんですけどどうしてですか?」
桜子は士が写真を撮りに行ったすぐ後に、興味本位で外を出歩いていたのだ。そして、ある違和感を感じた。見渡せど見渡せど、そこには女性しかいないのだ。一度その学園が麻帆良と同じく女子校だからだろうと結論付けたものの、しかし彼女の話を聞く限りIS専門の学校が世界にただ一つしかないとなれば、女子高であるというのはなにかおかしなものを感じるのだ。
「ISは基本的に女性しか動かせないの。だから必然的にIS学園が女子校だっていっても過言ではないかもしれないわね」
「女性にしか動かせない? どうして?」
「それは、篠ノ之束博士にしか分からないでしょうね」
篠ノ之束。ISの開発者である日本人の女性で、ISの内部的な面、ならびにブラックボックスと化しているコアの製造方法、ISという兵器がそもそもなんであるのかということについて世界で唯一理解している者だ。
しかしその特殊性から、篠ノ之束は世界中の軍隊や研究機関諸々、裏の世界からも狙われており、当の本人は身を隠し極度の人間嫌いなこともあってか滅多なことがなければ人前にあらわれない。
そのためか、その親族である者たちもまた日本政府から要人と扱われ、名を変え場所を変え自分たちを守るために生活の一切を変えなければならなかったのだ。
「ただ一人の例外を除いて、今まで男性でISを起動させた人はいなかったわ」
「例外?」
先ほど楯無が基本的にと言葉に枕を付けていたが、その理由がただ一人の例外である男性なのだろう。しかし、逆に言えばどうしてその男性はISを起動させることが出来たのだろうか。考えられるのはその男性が何かしら女性に近しい物を持っていたということだ。果たして、その男性とは何者なのか。
「そう、織斑一夏君って言ってね……」
「織斑一夏? 織斑ってことは……」
「そうだ。織斑は……私の弟だ」
学校内を千冬と一緒に歩いていた士は、写真を撮りながらも彼女の話を聞いていた。
「ふとしたことでISの適性があることが分かり、このIS学園に半ば強制的に入学させたようなものだがな」
聴くに、織斑一夏はISとは一切無関係の高校を受けようととある公共施設に行ったそうだ。だが、そこはあまりにも広く迷ってしまったのだとか。そして、その中でその施設の中で同じく試験を行っていたIS学園がISを保管していた部屋へと間違って入ってしまい、そして何気なしに触れた瞬間ISが反応。その瞬間、世界初の男性のIS適性者の誕生というわけだ。
「だが、私としてはこれ以上に安心できるものはなかった」
「ん? どういうことだ?」
「IS学園特記事項『本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない』。ISは数に限りがありその適性も人それぞれだ。そのIS適性者をまだ未熟な学生の内は守ってやらなければならない。そのためにできた学園なのだからな」
なるほど、世界初のISの男性操縦者である織斑一夏は、特に世界中が喉から手が出るほど欲しい人材だろう。研究目的としても、象徴としても、そしてモルモットとしても。その一夏をこの学園に入れることによって守ろうとした、いや逆に言えばそうしなければ守れなかったのだ。
「私の弟である織斑は、立場上危険が付きまとう。あの時もそうだ……」
「あの時?」
「……」
表情から察するに、どうやら聞かれたくないことのようだ。それにしてもあの時という言葉もまた気になるが、立場上という言葉もまた気になる。これが一夏が世界で初めての男性の操縦者であるということにかかっていれば何らおかしくはないが、自分の弟であるという言葉にかかっているのは、彼女もまた特別な何かを持っている人間であることなのだろうか。
立場上とはどういうことだ。士はストレートにその疑問をぶつけた。千冬は自笑すると言う。
「この事を言うと自慢話となってしまうが私……織斑千冬はモンド・グロッソ第一回、第二回総合優勝という経歴を持っている」
「モンド・グロッソ?」
「簡単に言えばISの世界大会だ」
モンド・グロッソ。格闘、近接、射撃、飛行などの部門で競い合い、またそれぞれの部門で優秀な成績を残した者を総合優勝とする世界大会だ。なお、総合優勝者には最強の称号として『ブリュンヒルデ』が与えられるそうで、現在のところ行われた二度のモンド・グロッソで総合優勝した千冬の事をさす名称でもあるのだ。
「なるほど、つまりこの世界で一番上手にISを使いこなせる人間の弟は、一番危険がつきまとうということか」
「加えて、IS開発者の篠ノ之束は私たちの友人でもある。その点から見ても私たち姉弟を狙う者は多い……私はともかく、一夏はまだ自分自身を守れるほど強くない。だからIS学園に入学させることができてよかったと思っている」
随分と弟思いの姉である。かなりきつい一面はあるようだが、それもまた弟を、いや違う、この学園に通う全ての学生を守りたいという一心のためであるように思える。
自分の弟を織斑と苗字読みしているのもまた、他の生徒と同じ扱いをし、特別扱いをしないためという自らへのケジメのようにも聞こえてくる。
絶対に自分の教え子を守って見せる。そのプライドが彼女を突き動かしている。士は、そんな彼女の顔にあの小学生教師の顔を重ね、思い出していた。掟なんてくだらない物ではなく、教え子の命を守ろうとしたあの子供先生のことを。
「……個人的な話をしてしまった。申し訳ない」
「別にかまわん。だが、ISという物にすこし興味が出てきた。どこに行けば見れる」
「今グラウンドで私の持っているクラスがISを使った模擬戦をする。そこには代表候補生、それから織斑もいる」
「代表候補生?」
「先ほど言ったモンド・グロッソ……そのような世界大会に国の代表として出場する選手。その候補生であり、自分たちの得意分野に合った専用機と呼ばれている量産機とは一線を画したISを所有する者たちだ。一癖二癖はあるが、カメラ映えはするぞ」
「そうか。楽しみにしておこう」
「では……ん?」
「どうした?」
士は千冬が注目しているであろう場所を振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。
「……気のせいか?」
千冬はそう言い残すと、士とともにその場を離れた。その後ろにいた一人の男もまた、その後をついていく。しかし千冬が気がついた気配は、その男ではなかったのだ。
いま、一人の男がIS学園に足を踏み入れた。全てを終わらせるために、全てに決着をつけるために。