仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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プリキュアの世界chapter77 風打ち大地蹴りて

 今、この戦場において一番異様、だがそれでいて一番熱い真剣勝負の幕が開かれようとしていた。

 もう戦いは誰にも止めることができない。どちらが倒れ、どちらが立っているのか予想のできない死闘なのである。

 戦場に立つは九名の戦士達。誰もが、戦地に赴く一人の男の名前が呼ばれるのを待っていた。

 男は一つの木の棒を持っていた。それは、一見すればただの棒切れなのかもしれない。しかし、そこには多くの仲間の血と涙と汗が染み込んでいる。いわば仲間達の魂といっても良い。それらが染み込んだそれを使って絶対に負けるわけにはいかない。男のテンションは最高潮に達し、その気合を一欠片も落とさないように長方形の結界の中に入ろうとしていた。

 女性は、一つの皮と赤い紐で作られた物と、それを包み込む皮を持ちダイヤモンドの中心でその時が来るのを今か今かと待ち望んでいた。それは新品だから仲間たちの汗や涙と言ったものは全く含まれていない。だがその代わりに、彼女の背中には仲間たちの思いが積まれていた。左にいる一人の少女に顔を向ける。右にいる一人の男に顔を向ける。そして、後ろにいる5人の仲間たちに顔を向けたのち、もう一度一人の仲間と、そして一人の男の方に顔を向けた。

 双方臨戦態勢となって、戦いのゴングが鳴るのを待っている。果たして、勝つのは自分たちか、それとも相手なのか。この戦いが終わった後自分たちに残るのは何か。皆目見当がつかないが、それでもこれだけは言える。『負けたくない』と。

 果たして、そのフィールドに死合の始まりを告げる声が高らかに響いた。

 

『バッター 野球仮面 野球仮面 背番号1』

 

 

 

 

 

 

 

「って!こんな時になんで野球なんてやんなきゃなんないのよ!」

「てか、こないな野球場いつできたん?」

 

 以上一塁側のベンチにいるキュアルージュ&キュアサニーの突っ込みが風に乗って流れて行った。

 

「ぬはははは!!いよいよ登場。あ、現役復帰の第一打席~!」

 

 などと言いながら顔が野球のボールになっている怪人野球仮面がバッターボックスに入っていった。当然ながら敵チームである。

 いったいなぜこんなことになっているのか。簡単に言えばそれは野球仮面のこだわり。秘密戦隊ゴレンジャーの敵であった元黒十字軍の野球仮面は、自分にとっての戦場は野球場だからと、こうした試合形式での戦いを望んだのだ。

 三塁側ベンチには数多くの怪人の姿がある。が、今回一打席対決でプリキュア、ライダー、戦隊連合三人のピッチャーが一級ずつ投げて打ち取るかヒットを打つかの対決ということだった。では三塁側の怪人たちはいったい何なのか。当然ただのこだわりである。が、どういうわけかそれに対して対抗心を燃やしていたヒーロー連合はというと。

 

「みんな!いくよ!!ファイトォ……」

「「「「「「「「「オオオオォォ!!!」」」」」」」」」

『ただいま守備に就きましたプリキュア、ライダー、戦隊連合チームの守備の紹介をいたします』

『ピッチャー ハリケンブルー』

『キャッチャー ハリケンイエロー』

『ファースト 仮面ライダー電王(アックスフォーム)』

『セカンド ヘビツカイシルバー』

『サード キュアエース』

『ショート テンビンゴールド』

『レフト キュアフェリーチェ』

『センター 仮面ライダーゼロノス』

『ライト マジイエロー』

『なおこの試合の応援はマジピンク キュアハッピー ライドプレイヤーニコ』

『突っ込みはキュアルージュ キュアサニー キュアマーチ 以上でございます』

「「「そこまで紹介はいらないでしょ(んやろ)!!」」」

 

 本気で一試合するつもりなのだろうか。

 

「ってかハッピー!さっき別んところで戦っとったやろ!いつ来たんや!?」

 

 と、いうのはほかの面子にも言えるわけだが、野球仮面が試合の申し出をしてわずか数分でこの人数を、この混沌としている戦場の中から見つけ出してきたのはさすがである。

 

「え?ついさっきだけど?」

「というか、それって今更いうわけ?」

「細かいこと気にしてると、お肌が荒れるわよ」

「余計なお世話です!」

 

 と、一塁側ベンチはすでに応援三人衆と突っ込み三人衆のバトルが繰り広げられていた。それはともかくとして。

 

「長い年月を得て蘇った全盛期の野球仮面の力を見せてくれるわ!!」

「勝負!」

「プレイ!」

 

 高らかとなるサイレンを背にして、ついに勝負の幕が開いた。

 最初の投手はスーパー戦隊を代表してハリケンブルー。対する野球仮面は左のバッターボックスに入り、かつての子供達を熱狂させ、社会的なブームともなった一本足打法(元々野球仮面のものではない。むしろ野球仮面もそのブームに乗っかったと言っても過言ではない)またの名はフラミンゴ打法にて勝負を受ける。一本足打法は、その名前の通り一方の足を上げたままでバットを構えるという打法だ。足を上げることによってボールを手元にまで引き寄せたり、タイミングを取りやすくするという一本足打法は、かつてのある有名な野球選手が用いたことで知られており、練習の際には日本刀を振ったとも、畳部屋の畳が練習によりすり減りささくれ立ったとも言われる。

 

「いいわね!行くわよ!」

「よぅし!来い!!」

 

 ハリケンブルーは、大きく振り被って第一球を投げた。ボールは一直線にハリケンイエローの構えるミットに向かっていく。

 だが、ハリケンブルーの放ったボールはかなりのスピードと球威であるものの、そのコースはど真ん中の絶好球。野球仮面にとって打ちごろの球である事は間違いない。

 

「あかん!ど真ん中や!!」

「打たれる!」

 

 しかし、ハリケンブルー野乃七海は動ずることなく次なる一手を持ち出した。

 

「ソニックメガホン!」

 

 青色のメガホン型をしているハリケンブルーの固有の武器であるソニックメガホンを取り出したブルーは、それに向かって叫んだ

 

《とまれぇ!!》

「む、なんとぉ!?」

 

 ハリケンブルーの言葉通り、野球仮面の身体は、まるで石膏にでも固められてしまったかのように身動き一つとれなくなってしまった。

 ソニックメガホンは特殊な音波を発生させることのできる武器で、それをもちることによって相手を自分の思いのままに操ることのできる。また、ほかの二人の仲間と武器を合体させたときには相手を細胞レベルからバラバラにすることができるという、若干チートじみた性能を持った武器なのだ。

 

「それってずるくない!?」

「でも、これで野球仮面は!」

 

 少々ルール違反気味ではあるが、確かにこれならどんな投球であったとしても打たれることはないはずだ。誰もがそう思った。

 

「ぬ!ぬおぉぉぉぉ!!それぇぇぇい!!!」

 

 しかし、野球仮面の底力は、誰も予想することのできないものであった。

 ソニックメガホンの音波攻撃は確かに野球仮面の耳に届き、野球仮面の動きを止めた。だが、野球仮面はその呪縛をあろうことか気合一つで乗り越えてしまったのだ。そして、野球仮面はそのまま自分の目の前に来たボールを勢いよく打った。

 

「えぇぇぇぇ!!?」

「気合で打ち消したぁ!?」

「まずい!このままじゃ!」

 

 全員が、打たれたボールの軌跡を追う。勢いだけでいうのならば間違いなくホームラン性の当たりだった。

 果たして、ボールの行方は……。

 

≪ファール!!≫

 

 野球仮面が打ったボールは、スレスレでポールの横を通り抜けてのファールと認定された。野球仮面が、自分の打ったボールの行方を眼で追わなかったのも、それがホームランではないと分かり切っていたからだろう。

 

「た、助かった……」

「たぶん、一瞬だけ動きを止めたからタイミングがずれたんだよ」

「はぁ、ヒヤヒヤした……」

 

 味方連合チームは、一安心といった表情を見せる。しかしまだ油断してはいけない。勝負はあと二球残っているのだから。

 投げ終えたハリケンブルーがマウンドを降りると、一人の仮面ライダーとすれ違う。

 

「油断しないで、あの野球仮面はたぶん……」

「そんな心配はノーサンキューだ」

 

 仮面ライダーは、ハリケンブルーからの助言をそう突っぱねた。果たして、ハリケンブルーは野球仮面のプレーに対して何を見たのだろう。

 ともかく、味方連合チーム二人目のピッチャーは……。

 

≪プリキュア、ライダー、戦隊連合チーム、選手の変更をお知らせいたします。ピッチャー、ハリケンブルーに代わりまして。仮面ライダーブレイブが入ります。9番、ピッチャー、仮面ライダーブレイブ。以上のように変わります≫

 

 仮面ライダーブレイブ、鏡飛彩。ゲーマドライバーで変身し、永夢の先輩であり天才外科医の仮面ライダーだ。

 

「大丈夫なんか!相手はルール違反ギリギリでも打ち取れへんのやで!!」

「フッ、俺に打ち取れないものはない」

 

 そう言った飛彩は、一つのガシャットを取り出した。

 

≪ガッチョ~ン≫

「ファミリースタジアム、ファミリースタジアムは野球ゲームの決定版。投げて打って勝利をつかめ!」

「いやそんな古いゲームの説明はいいから!」

「っていうか、なんで今その話を……?」

 

 ファミリースタジアム、略してファミスタは、バンダイナムコエンターテインメント登録商標のゲームである。ファミリーコンピュータゲームとして1986年に前身のナムコから販売された万尾を初代として、その後もいくつかのシリーズが販売された。だが、どうして今その話をするのか。それは、ゲーマドライバーを使用する仮面ライダーが、ゲームの力を使うライダーであるから。そして、仮面ライダーブレイブが、ファミスタガシャットを所有しているからだ。

 

≪ガッシャット!ファミスタ!!≫

「術式レベル3!」

≪ガッチャ~ン!レベルアップ!タドルメグル!タドルメグル!タドルクエスト!アガッチャ!かっ飛ばせ!ストラク!ヒットエンドラン&ホームラン!かっ飛ばせ!ファミスタ!決めろ完全勝利!≫

「これより、野球仮面切除術を開始する」

 

 ファミスタガシャットによって、仮面ライダーブレイブはオレンジ色の捕手のプロテクターの簡易版のようなものを装着したような姿になった。そして左手にはグローブ、右手にはボールが握られている。ブレイブは、そのボールを野球仮面に向けると言った。

 

「投薬治療だ」

「『投』の意味違うでしょ!!というか薬でもないし!」

「ってかなんでゲームで変身できんねん!開発者の趣味どうなっとるんや!!」

「というか、敵とはいえスポーツで人を傷つけるの?」

「今回は治療の時間がない。荒療治で行かせてもらう」

「無視かい!!」

 

 諸々の突っ込みを受け流したブレイブは、ファミスタガシャットをキメワザスロットに装填する。

 

≪ガッシャット!キメワザ!!≫

≪ファミスタクリティカルストライク!!≫

「ハァッ!!」

 

 その音声と同時に、仮面ライダーブレイブはきりもみ回転を加えながら回転する。そして、その回転も途中ではないかという時、一つの球が飛び出した。

 

「って!それもそれでルール違反でしょうが!」

「いや、昔の漫画だったらセーフだって……」

「それ、何年前の話や?」

 

 野球規則においては、実際に投球するときを除いて、どちらの足も地面から上げてはならないとされている。つまり、実際に投球するときに両足が地面から離れていても大丈夫であるという理屈であるそうだ。ちなみに、かつての野球漫画において≪ハイジャンプ魔球≫というものが認められていたのもこのルールではセーフであるからというのが一般的である。野球規則『5.00試合の運行 5.07投手(a)正規の投球姿勢』より

 とにかく、野球において落差のある投球は打者の眼を狂わせててしまい打ちにくく、さらに回転しながら投げるということで打つタイミングをとりづらいこの投法は、一本足打法殺しの魔球でもある。これならば、野球仮面を粉砕することができるであろう。だが……。

 

「なんのぉ!!」

「なに!」

 

 野球仮面のバッドは、見事にブレイブの打球を捉えた。これには、ブレイブもまた驚きを隠せない。これはやられたか。そう思ったのもつかの間、野球仮面が打ったボールは炎の打球となってスタンドとは別の方向に飛んで行き、大きな爆発を起こした。そして、ついにこの試合初めての死人が出る。

 

「あぁ!向こうのベンチに!!」

「な、なんてパワー……」

 

 打球は、野球仮面のチームメイトがいる三塁側ベンチに入り込み、そこにいた敵チーム全員が爆死することになった。

 

「お、おのれぇ!よくもわしのかわいい仲間たちを!!」

「「「いや、やったの(やったん)自分でしょうが(やろう)!!」」」

 

 とはいえ、これで話は分かりやすくなった。あとは野球仮面を打ち取ればいいだけだ。それにしても、である。

 

「馬鹿な、この俺がミスをするなど……」

「まぁ、向こうでショック受けてるのは置いとくとして……あんな反則スレスレの球をよく打てるわね……」

 

 ハリケンブルーのソニックメガホンも、仮面ライダーブレイブの必殺技も軽々と破り打ち返した野球仮面の実力は、彼女たちを恐怖させるのに事足りていた。

 

「年季が違うわ!!ゴレンジャーに敗れてからおよそ半世紀……あの屈辱をバネとして、わしは最強の野球マシーンとして生まれ変わったのだ!!」

 

 数十年前、野球仮面はゴレンジャーのリモコンボールによって三球三振に打ち取られるという、人生でも初めての屈辱にあった。それから、もうにどと魔球には負けまいと努力をし、修行を重ねてきた。その結果がこれである。

 ここで、キュアルージュは聞き捨てならない言葉を野球仮面が発していたことに気が付いた。ゴレンジャーに敗れて半世紀、つまり、半世紀間修行をしていたということになる。ということは、今自分たちが目の前にしている野球仮面は……。

 

「って……あんた遠藤止が出した怪人じゃないの!?」

「遠藤止?はて、誰の事かのう?」

「えぇ……」

 

 ルージュたちは大きな勘違いをしていた。そう、野球仮面は遠藤止が出した偽物というわけではなく、正真正銘数十年前にゴレンジャーと戦った野球仮面だったのだ。正確に言えば、その時敗れた野球仮面が復活した存在であるが、ということは、自分たちは別に戦わなくてもいいような試合をしていたということになるのではないだろうか。

 なんだか拍子抜けになった気分である。さてどうするか。この怪人であれば放っておいてもさほど問題はなさそうに思える。敵もまだまだたくさんいるし、これ以上時間をとられるのもなんだか嫌だ。もうここは後日再試合とかそういうのにしてしまってもいいのではないだろうか。そう思っていた矢先のことであった。

 

≪プリキュア、ライダー、戦隊連合チーム、選手の変更をお知らせいたします。ピッチャー、カメンライダーブレイブに代わりまして。キュアブルームが入ります。9番、ピッチャー、キュアブルーム。キャッチャー、ハリケンイエローに代わりましてキュアイーグレットが入ります。2番、キャッチャー、キュアイーグレット。以上のように変わります≫

「よし!行こう、イーグレット!」

「えぇ!ブルーム!」

 

 三番手、キュアブルーム、そしてハリケンイエローから変わるキュアイーグレットもまたベンチから飛び出した。それに待ったをかけたのはルージュたち突っ込み三人衆である。

 

「ちょっと待って!もう戦う理由なんてないでしょ!」

「そうだよ!こんなの相手にしていないで他のを……」

「ううん……アカレンジャーさんから聞いた。野球仮面も、黒十字軍の一人として数多くの悪事を働いてきたんだって。ここで見逃したら、何をするのかわからない。だったら……ここで倒さないと!」

「うむ!近頃の若い者にしては度胸のある!!かかってこい!!」

「……」

 

 いつから自分たちはスポ根アニメの世界に迷い込んでしまったのか、野球仮面とキュアブルームの背中に炎が見え、その目からは火花が散っている。

 地元のソフトボールチームの投手というだけのキュアブルームは、負けてしまうかもしれない。そう彼女は思っていた。だが、男ならここで逃げの一手かもしれないが、女である彼女にそれはできなかった。

 その勝負はもはや茶番ではなかった。男と女の真剣勝負の世界。ゆっくりとマウンドに上がったブルームの炎は、後ろにいる仲間たちにも伝染、燃え上がらせる。この一球ですべてが終わる。たとえ、それがどんな結末になろうとも終わってしまうのだ。であれば、彼女は渾身の球を投げるしかなかった。自分の中にあるありったけを込めた投球を。

 野球仮面もまた、相手が女であることを理由として茶化すことも、油断することもない。そう、なぜならば目の前にいるのは自分の敵。まぎれもなく好敵手。自分がこの何十年で経験したことのないような高揚感を感じる。

 

「……あぁ、もうしょうがない!みんな!ブルームを応援するわよ!!」

「「「おぉ!!!」」」

「まぁ、しゃあないな!がんばれ!!ブルーム!!イーグレット!!」

「一球入魂だよ!負けるな!!」

 

 一塁側ベンチは突っ込みを放棄、止めようとしていた三人もまた応援に回る。もう、この試合がただのゲームであると断ずるものなどいなくなった。

 勝者と敗者が、この一球で決まってしまう。手に汗握る戦いの幕が開こうとしていた。

 

「この一球に私のありったけを……」

「ならば、わしはこの一打に野球仮面人生のすべてをかけよう!!」

≪プレイ!≫

 

 ついに、その一声が響いた。そして、静けさがその戦場を支配する。先ほどまで遠くに聞こえていた戦場の騒音もすべて、どこかの国の小さな穴の中に置いてきたかのように遠くに消え去り、ただただそのグラウンドが彼、彼女たちのすべてとなっていた。

 冬だというのにブルームの額から汗が噴き出してくる。こんな威圧感を持ったのと戦うのは生まれて初めてだ。息が詰まりそうになる。ブルームは、一度深呼吸を入れる。

 投げれる球は一つだけ。いつも使っているソフトボールの黄色い球ではなく、野球の白い、少し小さな球だが、果たしてちゃんと投げることができるだろうか。先ほど、投球練習の際にはなんとかイーグレットの構えるミットの中に収めることができたものの、ストライクゾーンに投げられたのは5割程度。それも、かなり甘いところを投げていた。そんなありさまで野球仮面を打ち取ることができるのだろか。

 いや、打ち取る。誰が自分の球をとってくれると思っている。キュアイーグレット、まさしく自分の女房役である女性ではないか。いつも自分は彼女におんぶにだっこの状態だった。でも、それはただ彼女に頼らなければ生きていけないというわけじゃない。彼女についていけば何も心配することはないという信頼だった。だから、いつも通りに投げればいいだけ。いつも通りに彼女に自分の思いを伝えたように、ただただ投げればいいだけ。しかし、このように集中しなければいけない時に雑念が表れてしまうのも人間の悪いところだ。

 南光太郎が言っていた。自分たちと遠藤止は違うのだと。けど、本当に違うのだろか。だって、自分は遠藤止と同じ、自らの欲望を満たすために人としてしてはいけない二股という悪手をしている。それは間違いないではないか。自分には、遠藤止と自分たちの違いを論ずるための物証を持ち合わせていなかった。でも、光太郎はいったい何に気が付いたのだろうか。自分たちと、遠藤止との決定的な違い。それは、いったい……。

 

「ブルーム」

「え?」

 

 気が付くと、彼女の前にはイーグレットが立っていた。どうやら、あまりにも時間をかけていたためにタイムをかけてきてくれたようだ。かのじょだけではない。ほかの7人の内外野を守る者たちもまたマウンドの上に立つブルームのもとに来てくれていた。

 

「今は何も考えないで、あなたの思う最高の球を投げ込んで」

「イーグレット……」

「なに悩んでるんかは知らんけど、今はこの一球が大事や。思うままに投げたらええ!」

「あぁ、たった一球だが……それを全力を持って投げればいい」

「人生みたいなものってことだね」

「人生みたいなもの……?」

「そう、なんなら、ハリケンブルーやブレイブみたいに反則ギリギリの球を投げるのもいいかもしれませんね」

「え?」

「そうですね。それでルール違反だと言われてもよろしいじゃないですか」

「あぁ、それが自分自身の生き方みたいなものだからな」

「例え打たれても気にするな。後ろには俺たちがいるんだからな……お前を守る仲間が、こんなにもいる」

「……」

 

 今、ブルームの胸に答えが見えた気がする。まだ何万光年先にある星の光のように小さなものではあるが、それでも何かが彼女の心の中に見えた。

 

「そっか……うん、ありがとう。みんな……私投げてみる。最高の一球を」

「えぇ!」

≪プレイ!≫

 

 もう迷わない。今は、この一球を、最高の親友であり、女房の心に届けるだけ。たとえ、その先にどれだけの障害物があったとしても、彼女の心を止めることはできない。

 

(受け止めて……私の思い!!)

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 天高くにまで届く叫び声。それと同時に、ブルームはソフトボールにとって最もポピュラーな投げ方であるウインドミルによって投げる。投球時に回る腕の様相が風車に似ていることからこの名前が付いたそれは、腕を大きく回転させることが特徴の投げ方だ。

 本当はそんなことがないはず。しかし、腕を回した時、彼女の身体から風圧を感じる。それは、彼女にとっても初めて投げるような魂のこもった一球だった。砲丸のようなボールが彼女の身体から離れる。

 

「ややっこいつは!?」

 

 野球仮面には、そのボールが燃えているように見えた。オーラを纏い、自分の身体の何倍もの体積があるようにも感じられた。これは打てるはずがない。それこそまさに風車に立ち向かうドン・キホーテだ。しかし、それでも彼はバットを振った。

 

「でぇぇぇい!!!」

 

 奇跡的にボールを真芯でとらえることができた。しかし、ボールの勢いはいまだやまず、どんどんと身体が押されていくように後退りしていく。せめてファールにしなければならない。そうすればまた仕切り直しすることができるのだから。だが、それが野球仮面の敗北を決定づけた。ホームランどころかヒットを打つことすらもあきらめたそこにいるのは、もはやホームラン王なのではない。ただ一人の老人であったのだ。

 

「ッ!!」

「ッ!!」

 

 聞いたことのないような鈍い音が球場に響き渡る。いったい何が起こった。勝ったのはどちらなのか。野球仮面がバッドを振り切った際の土煙で何も見えない。しかし、振り来たということはボールを打ったということなのだろうか。それとも、空振りしたのか。果たして勝敗は……。次第に土煙が晴れ、周りにいる人間たちの眼にもその数秒のうちに何が起こったのかがわかるようになった。

 

「あれは……」

「野球仮面のバッドが……根本から折れてる……」

「いや、粉砕したっていうほうが正しいな」

 

 まさしく、野球仮面のバッドは、グリップしか見えず、折れたというよりもボールの衝撃で粉砕したと言ったほうが正しかった。

 そして、ボールは……。

 

「あっ……」

「……届いたわよ、咲……あなたの想い」

 

 イーグレットの構えるミットの中にあった。

 

≪す、ストライク!バッターアウト!!ゲェェェムセェェェェット≫

 

 その瞬間、歓喜の叫びが球場を包んだ。内野、外野、そして一塁ベンチからもマウンド上にいるブルームのもとに集まってくる。もちろん、ボールを受け取ったイーグレットもボールを空高く放り投げてブルームのもとに向かった。

 

「やったぁ!!勝ったぁぁ!!」

「すごいでブルーム!!」

「みんなのおかげ……それに……」

「フフ、絶好調……ね」

「うん!絶好調ナリ!」

 

 歓喜の輪。しかし、それとは対照的に野球仮面の姿にはどこか寂しいものがあった。仲間は、全員自分が殺してしまった。今の自分は独りぼっち。もうチームすらも作れない。慰めてくれる者もいない。だが、それもこれも因果応報の末の末路だったのかもしれないと思い始めていた。

 

「時代も変わり、野球も変わる。わしのような老兵の出る幕はない、今は今を生きている若者たちの世界ということか……」

 

 だが、最後の最後でいい勝負ができた。魔球などといった小細工一切なしの真剣勝負。ブルームの投げた最後の一球は、キャッチャーであるイーグレットの心だけではない。野球仮面の心までも揺さぶっていた。

 

「この感情。一言で言うなら、感謝……今はもうその言葉しか」

 

 と、その時上空からイーグレットが投げたボールが野球仮面に当たった。

 

「アイターッ!……うーんサラバ!!」

「きゃぁ!」

「えっ!なに!?」

「野球仮面が爆発した……」

「イーグレットが投げたボールが当たったようですわ」

「え?私?」

「ボールの中にダイナマイトでもあったんちゃうんか?」

 

 野球仮面。謎の爆死。ともかく、野球対決は味方側連合の勝利によって幕を閉じた。ブルームは、爆炎の中に消え去った野球仮面に心の中で語った。どうせ、いつか復活してくるのであろうから、その時はまた戦おうと。彼女は、一人の好敵手に対して誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、ここできれいに終わっておけばどれだけよかっただろうか。

 

「フフフ、野球仮面の次は、この私と戦ってもらおう!文字通り、殺し合いで!!」

「え?」

 

 この試合の審判をしていた者が、その発言とともにプロテクターを脱ぎ去った。そして、その下にいたのは……。

 

「ジェラシットォォォォォ!!!」

「「「誰(や)!?」」」

 

 その場に、彼を知っている人間はいなかった。


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