ー??? ???ー
ここは、どこだ?
何も見えない、何も聞こえない。俺は、どうなっちまったんだ?
そうだ、俺は確かあの時横断歩道を渡ろうとして、それでトラックに……。
それじゃ……嫌だ。そんなの嫌だ。だってまだ恋もしていないのに、まだやりたいことが沢山あったというのに、俺は……俺は、嫌だ……。
「失礼します」
「あ、あんた……まさか……」
ー四葉財閥本社医務室 03:15 p.m.ー
「やっぱり、PC細胞は見当たらなかったわね」
「うん、それにひめ、ゆうこ、いおなさん……坂上さん以外のプリキュアの三人も、PC細胞はいちかちゃん達の半分もなかった……」
「こうなって来ますと、むしろあゆみさまだけどうしてと疑問が湧いて参ります」
ここは四葉財閥本社の医務室、というか小さな病院一つ分の機材がそろっている場所を医務室と言っていいのか甚だ疑問のところだが。ともかく、医務室に置いて過去から来た少女たちの健康診断が行われていた。現在、血液検査の結果が出てきており、研修医であるかれん、看護師のはるか、そしてPC細胞研究の共犯者であるいつきが検査結果を見ていた。そこには、指輪を持っていた少女達の体内からはPC細胞が検出されなかったということ、そうでなくても坂上あゆみ以外の三人、ひめ、ゆうこ、いおなの三人の体内にあるPC細胞が限りなく少ないということが記されていたのだ。現役のプリキュアであるいちか達から検出されたPC細胞の量から見てももっと多いはずなのにである。事実あゆみから検出されたPC細胞は、むしろいちかたちよりも多いのではないかというほどに多くある。これが一体どういう意味をもたらすというのだろうか。
「でも、取りあえず彼女たちに異常がなくてよかったわ」
「うん、魔法少女と言っても、身体構造が変わったわけじゃないみたいだしね」
それはともかくとして、彼女達が安心したのは魔法少女という物になっためぐみたちの身体に、これと言った異常がなかったことだった。魂がソウルジェムの中に入ったとあの男は言ったが、要は魂の位置が身体から少しだけ離れただけという簡単なものだったのだから、別段騒ぐまでの事ではなかった。心肺機能も正常に働いているし、意識もはっきりしている。今のところデメリットらしきものはひとつしか判明していないが、それも注意しておけばなんとかなる範囲の問題だ。
因みに、そんな過去からやってきた少女たちは、現在控え室にて待機してもらっている。また、大人のはるかに首根っこを掴まれてプリンセスレッスンの強制受講を受けたひめは、かなりぐったりしているが特に問題はないだろう。
「あっ響、連絡してきたの?」
「うん、ちょうど今日は日本で仕事があるから打ち合わせに行くって」
また、控え室には過去のプリキュア以外にも、集まれるだけのプリキュアたちが集合していた。響が電話をかけていたのは両親である。父と母は自分と奏の話が終わるまで待っていると言ってくれたが、結局奏の店からふしぎ図書館を使用して直通でこの本社にまで来てしまったため、置いてけぼりにしてしまった。そのことについて誤魔化しながら連絡を入れたところ、それじゃ自分たちは仕事についての話し合いを先方として来ると言われた。自分たちはということは、母もまた同じ仕事の依頼を受けたということなのだが、よく考えてみると二人は自分のために仕事をセーブしていたわけで、久々の仕事となるわけだ。これは想像なのだが、二人は自分が奏と再会することで、色々な考えを吹っ切ることができるということを信じていたのではないだろうか。だから今日という日に仕事を受けたのではないか。自分がまた立ち直る事を信じてくれていた。そのことに気付いた響は、少し顔が緩むことができた。
「……はぁ」
その時、控室にいる過去から来たあゆみがため息をついた。ここ数時間で色々なことが起きすぎて疲れたのだ。未来に来たと思えば、大人になった友達と出会い、変な男に絡まれ、そして自分の知っている四葉財閥の本社よりもでかくなったビルでお風呂にみんなで入って、色々な検査があって、ここまで疲れたのは、自分がプリキュアとなったあの日以来なのではないだろうか。だが、彼女は一つ未来に来てよかったと思えることがあった。それは……。
「ねぇ、私」
「え?」
そんな彼女に話しかける一人の見覚えの有りすぎる女性。間違いなくそうなのであろう。あゆみは、女性に言う。
「もしかして……未来の私?」
「そうよ」
身長も伸び、まるっきり大人の雰囲気を持った女性ではあるが、ツインテールなのも、それからつけているシュシュもどこか見覚えのある物を使っている。正真正銘未来の自分であるのは間違いなかった。確か、マナから聞いたが未来の自分は……。
「確か、今は四葉財閥の海外の支社で働いているんでしたよね」
「えぇ、通訳をしたり、服とかアクセサリーの素材を輸出したり、色々と」
「へぇ……」
そんなあゆみは今日も仕事をしていたのだが、今回の緊急招集とその事情を聴いて、仕事を同僚に引き継いで、四葉本社へとふしぎ図書館を利用して急行したのだ。パスポートはどうしたと言う話はしてはならない。
突然こんなところに来てしまって、きっと子供の自分は困惑していることだろう。そう思ったのだが、意外なことに自分は落ち着いており、取り乱している様子はなく、逆にそれに驚いてしまった。
「でも安心したわ。私の事だから、もっとあたふたしているのかと思った」
「うん、本当はそうしないといけないのかもしれないんですけれど、なにも私一人で飛ばされてきたわけじゃないですし、驚くことが多くて、もう驚き疲れたっていうのもあります」
「そう……」
「でも、未来にこれてよかった……」
「え?」
「だって……」
その時、近くの本棚が光り出した。
「ただいま戻りました」
その声と共に、城南大学に救援に向かっていた組が入ってきた。無論、一人たりともかけずにである。因みに、九条ひかりのワゴン車、通称≪TAKO CAFE二号車≫はセバスチャンに預けてきたそうだ。九条ひかりは、シャイニールミナスとしてなぎさやほのかと一緒に戦っていた。彼女自身の戦闘能力が他のプリキュアと比べても低い為積極的に敵と戦うということはなく、ふたりのサポートが主な役割ではあったが、彼女の使うバリアは今まで一度たりとも破られたことはなく、それを含めた彼女のサポート技は、かなり有能なのだ。そんな彼女は子供の頃、≪TAKO CAFE≫というワゴン車を改造したような車でたこ焼きを売っている店である女性と一緒に暮らしていた。ひかりが大人になって、ニ号店ならぬニ号車を与えられてからは、女性はひかりの弟と一号車と一緒に関西の方へと行き、ひかりは一人神奈川県の至る公園で店を開いて来たのだ。今回、ありすに召集されて久々にあの街へと戻ってきたが、なつかしがっている余裕も、時間もなかった。
ここで、情報共有するために十数分の時間が取られることとなった。
「では、魔法少女と呼称された方々には異常はないのですね」
「えぇ、ソウルジェムから少し離されると仮死状態になってしまうけど、今のところそれ以外にデメリットはないみたい」
どうやら検査の際にソウルジェムを手離してしまった者が一人いるらしく、一定の距離を置いたときに突然呼吸、脈拍が止まってしまったらしい。それに気がついた者がソウルジェムを彼女に触れさせたため事なきを得て、結果的にソウルジェムと身体を離すことはできないということが分かった。
「そして、現在来れていないプリキュアは、リコさんとことはさん、それにのぞみさんたち……来れない方々は、しょうがないですか……」
「そうね。ヨツバテレビにいる真琴達は、今収録が終わったところだからすぐに来るけど……」
異世界にいて、連絡する手段のないトワはしょうがないが、問題はなおとれいかだ。なおは、今夜大事な国際試合があるため日本サッカー協会を説得するのが困難。れいかに至ってはどこにいるかすらも分からないという始末。彼女は、半年前にエヴェレストに向かって消息を絶ってしまった。現地の人間からは登山中に滑落等の事故に遭い、死亡したのではないかと言われた。実際、エヴェレストでの遭難者はかなり減ったもののゼロではなく、毎年何人もの遭難者をだしている。れいかもまた、今も数多くの同じ志を持った仲間を迎え入れている200を超える冒険家のソレのひとつになったと一般の人間は考えていた。しかし、ここにいる誰もが彼女の生存を信じて疑わなかった。一説には、南極にいるのではないか、アマゾンから連絡が来たという人もいたものの確証はない。だが、彼女が死んでいる場合ということを想定した人間は誰一人としていなかった。そもそも遺体すらも見つかっていないのだから、当然だろう。きっと、彼女は今でもエヴェレストに登って、そしていつの日にか帰ってくる。そう彼女たちは信じているのだ。だが、それはまるでアメリア・メアリー・イアハートが、今もこの大空を飛び続けていると信じているということと同意義なのは見てわかる通りだった。
「ではアイドル組の皆さんと、みらいさんたちが来たら作戦会議を始めましょう」
と、ありすが今後のことについてかれん、そのほかのメンバーと話したその瞬間、またも本棚が輝きだし、一人の女性が姿を現した。傍目から見ても随分と焦っているように見える朝日奈みらいだ。しかし妙である。彼女はリコやことはを迎えに行ったはず、だがその後ろからは誰も続かない。何故だろうか。かくして、みらいは開口一番に言った。
「た、大変……」
「み、みらいさん?」
「魔法界に、いけなくなっちゃった……」
「え?」
曰く、あの後自分はリコ達を迎えに行くために『MAHOCA』という魔法のICカードを使用して、いつも通りナシマホウ界と魔法界を繋ぐ鉄道に入ろうとしたそうだ。いつもはそこにあるカタツムリニアという物を使用することによって二つの世界を行き来することができるそうなのだが、今回は何故か鉄道にワープすることができなかったそうだ。ふしぎ図書館は、場所移動並びに、平行世界への移動を可能にするものであるが、どういうわけか魔法界に行くこと並びに、トワやカナタのいるホープキングダムに行くことができない。そのため、魔法界に行くたった一つの手段である物が封じられた今、リコ達を迎えに行くことは不可能となったと言える。
「……『魔法の』ICカードやら『カタツム』リニアやら、冠詞がついていなかったらファンタジーの欠片もない話だな」
「それはともかくとして、何故魔法界への道が……」
「何故の前にどうやってじゃないかしら?」
「そうね、それと何のために……もしもみらいとリコ達を分断させることによって戦力の低下を狙ったのだとしても、プリキュアはみらいたちだけじゃない。私達もいる……」
集められるだけのプリキュアだけでも数十人、たった二人、いや変身できなくなるみらいを含めても三人が外れただけでどうとなる戦力ではない。ならば、狙いは何だ。それに、一体だれがそんなことをしたというのだ。その時、士は一つの考えが浮かび上がった。そう、もしもこれが副次的効果であるとするならばどうだ。もしもそれが、大きな事象の中の一つであるとするならば……。
「なるほどな……あいつか」
「え?」
「ちょっと待ってろ」
その瞬間、士はいつものオーロラを出現させ、そしてゆっくりと足を踏み入れた。自分の考えが正しいのであれば……。そしてオーロラを通りすぎた瞬間、士はまた同じ場所に戻ってしまった。
「え?」
「士さん?」
「なるほどな、大体わかった……おそらく、そのカタツムリニアという物だけでなく平行世界を行き来するあらゆる手段を封じたんだろう」
「それ、本当?」
「あぁ、現に別の世界に行こうとしても失敗した」
「それは困ったな、それじゃお宝を探しにも行けない」
と、言った海東は放っておくとしてである。士は、オーロラを使って別の世界に行こうとしたのだ。しかし、その瞬間また同じ場所に戻されてしまった。まだ自由にオーロラを制御できていないと言う点を抜きにしても、平行世界への行き来ができなくなったという何よりもの証拠だった。
「でも、それが一体……」
「つまり……平行世界からの救援は望めない。前のように仮面ライダーやスーパー戦隊に応援を頼むことができない、ということだ」
「なるほど、仮面ライダーやスーパー戦隊は全部で二百人以上いる。彼ら全員と、彼女たちプリキュアが集まれば、負けるなんて絶対にありえない」
「そして、そう考えることができるのは仮面ライダーもプリキュアもよく知っている男……」
「まさか……遠藤?」
「だろうな……」
「その遠藤ですが、潜伏場所が分かったと、先ほど連絡がありました」
「本当か?」
「えぇ、アイドル組の皆様が来たら、作戦会議を……」
その時、ありすの持つ電話が鳴った。
「来たようですね。もしもし……はい、通してください」
その内、六人の女性と三人の男性が入ってきた。この合計九人が、ありすがアイドル組と言っていた者たちなのだろう。ともかく、予定していた人数には足らない物の、一応集まれるだけ集まった。改めて見るとかなりの人数だ。特に、大多数を女性が占めているため、士と海東は少し肩身が狭くなってしまう。熊本や誠司がいるおかげでまだましであるのは幸いだ。その時、ありすがプロジェクターの前に立って言った。
「静粛にしてください。これより、本日二度目のプリキュア特別会議を開始します。一度目の会議に来ていなかった方々へは、お手持ちの資料を見てください」
「遠藤止……今度の敵は人間か……」
「ジョーカー……あいつまで」
等々、ここまでに分かっている情報がその資料にはあった。PC細胞の事は極力資料として残したくないため省いている。余談だが、ジョーカーの襲撃によって唯一ある資料の原本が焼失してしまったが、ソレを書いたほのかからしてみれば、それでよかったとすらも思っている。あれは、この世界の有り様を、自然界の常識をねじ曲げ、そしてある種族を絶滅しかねないもの、無くなって清々した。響の一件は、本人の事を思って書いてはいないが、それを除いても全員、遠藤止という男のしたことには嫌悪感がある様子だ。当たり前であろう、彼によって数多くの現役のプリキュアが攫われているのだから。
「ひどい、私達の後輩を……」
「その後輩の事なのですが……」
瞬間、プロジェクターが動き出し、ある映像が映し出された。どうやら、どこかの倉庫のようだが、人の気配はしない。時刻も書いてある。13:55:39、ちょうど自分たちが四葉財閥の本社でPC細胞の件について聞いていた時間だ。映像はそのまま数秒間なんの以上もない古びた倉庫を写していたがその時、一人の少女が監視カメラの目の前に立った。そしてカメラの方を見てから元来た道をたどって去っていった。それは、立った数秒の映像であった。
「今の子……」
「はい、攫われたプリキュアの一人です。ここは横浜にある倉庫の一つで、四葉財閥が遠藤止の潜伏先として考えていた場所の一つです」
「それじゃ、もしかしてそこにプリキュアの子たちが……」
「だったら、今すぐ助けに行こうよ!」
潜伏先が分かっているのであれば、全員で乗り込もう。そう半数のプリキュアは提言した。しかし、残り半数のプリキュアは険しい顔を崩さないでいた。その中の一人、ゆりが言う。
「少し落ち着きなさい……これは、不自然すぎるわ」
「ゆりさん?」
「そうね、いくら大勢の子供達を誘拐しているとはいえ、その中の一人を逃がすようなへまをしてくれるのなら、こっちも苦労していないわ」
真琴のその言葉に、騒がしかったその場が一気に静まった。士もまた、真琴と同じ考えをしていた。彼女の言う通り、そこまでの馬鹿であったのなら、ここまで苦労していない。それに、もう一つ気になることがあった。士は発言する。
「それに、画面に映った後の行動も不自然だ」
「え?」
「どういうこと?」
過去の方のひめが言った。士は、続けて言う。
「分からないか?こいつは、右の奥から監視カメラの方までやってきた」
「ふんふん」
「そして、監視カメラのど真ん中にちょうど良く来た後、こいつはどこに行った?」
「どこって、右奥……あっ!」
そこで、ようやく全員がこの不自然に気がついた。
「そうだ。もし逃げ出してきたのだったら、元来た道になんて戻らない。たとえ行き止まりで行ける道がなかったとしても、監視カメラの目の前で止まった後、迷わず帰るのはおかしい」
「私も、士さんと同意見です。見てください」
ありすがそう言うと、画面に映っている少女の静止画が徐々に拡大されていく。そして唯一映し出されたのは、彼女の口元だけであった。そのタイミングで、ありすは動画を再生する。すると、先ほどまでは遠くてわからなかったが、口が動いているというのが見て取れた。
「なにかしゃべってるわね」
「そうです。この映像を、読唇術の専門家に見てもらいました所……『こ』……『な』……『い』……『で』……と発していることが分かりました」
「来ないで……つまり罠が仕掛けられているということですね」
「おそらくは……」
これまでの情報から見ると、おそらく遠藤止はわざと少女の姿を見せて、こちらをおびき出そうとしているのだ。少女自身が来ないでと言っている当たり、まず間違いないだろう。しかし……。
「そやったら、今回は無視するんか?」
「いえ、ここはあえて火中の栗を拾わなければならないかと」
「理由は?」
「これ以外に情報がないのは確かだからです」
彼女の言う通りだ。もしこれを見逃したとして、その後いつ遠藤を見つけることができるのか分からない。罠が仕掛けられているということは、それは遠藤止に接触できる絶好のチャンスなのだ。だから、これがどれほど危険なことであったとしても向かわなければならない。その時、一人の男が手を挙げて言った。
「なら、話は速いぜよ……わしが行っちゃる」
熊本だ。彼は、一人で戦地に赴こうとしていた。しかし、それを制する者ももちろんいる。隣に陣取るいつきである。
「よせ熊本、一人は危険だ。私も行く」
「遠藤は獣じゃ……おなごを連れて行くなんてできん」
「しかし……」
熊本は、同じ男であるからこそ分かった。遠藤止をいま動かしているのは、支配欲と性欲のみであるということを。やつを評するならば、荒野に解き放たれた発情期の獣。もしも女性であるいつきを連れて行ったとして、なにをされるか分からない。だから、熊本はいつきを連れて行くことに反対した。だが、いつきの言う言葉ももっとも。一人であの男に立ち向かえるとは到底思えない。ならば、どうするか。その時、さつきが手を挙げていった。
「ならば、こういうのはどうだ?」
「ん?」
結論から言おう。結局、この案件はさつきの提案を元に作戦を立てられることとなった。決行時刻は午後四時。それまでは、各自自由行動となった。そのため、救出作戦に向かう者、向かわない物それぞれに分かれた。
「士」
「ん……」
向かわない者である士は、さてどうしようかと思案していたが、海東に呼び止められる。海東は、士に背中を見せたままで言った。
「ここじゃ騒がしすぎる。屋上に行こう」
「……あぁ、いい加減決着をつけるべきだな……」
海東は、フッと一つ笑うだけであった。日も、もうそろそろ傾き始めようとしていたころ合い、しかし彼らの一度沈んだ友情の火は再びその光を灯そうとしていた。