仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 前話の前書きに『後半』という文字がありましたが、あれはその前の紅渡描写と同じ話にしようとしていた名残で、つまり消し忘れです。そのため、後半というのは前話全体のことです。
 入れよう入れようと思ってどこにも入る余地のなかった文面を不自然な位置に置きました。それと、時間設定間違えた……。
 あと、今更ながらsaoの世界後編において、リズベットの説明で完全に勘違いしている部分がありましたので、いつか修正が入ります。


プリキュアの世界chapter33 糾弾

ー記者会見場 00:05 p.m.ー

 

「……これにて、私からの発表は終了します。ご清聴ありがとうございました」

「では、ここからは質問の時間にさせていただきます」

 

 世界的なデザイナーとして日本中で知られるアクセサリーデザイナーの三脇乃須下の新作アクセサリー発表会見、そこに注がれた注目はかなりの物であった。実際今回発表されたブレスレット、ネックレス等独創的なものからシンプルなものまでさまざまなものがあり、記者しかこの会場ですらもかなりの熱気を湧き起すものであった。ただ、何人かあるブレスレットの発表の際にざわついていたことが、三脇乃は少し気にかかっていた。果たして、その真相は何なのか。一人の記者の腕が挙がった。ハンチング帽によってその顔はよく見えないが、どうやら女性の様だ。司会をしていた女性が、その女性を指す。

 

「では、そちらのハンチング帽をかぶった女性、質問をどうぞ」

 

 リレーのバトンのように女性の下にマイクが渡った。女性は、トントンっとマイクの頭を数度叩き、電源が入っていることを確認するとまず、自らの所属を言った。

 

「ヨツバテレビのリポーターです」

 

 ヨツバテレビは、この記者会見が行われているホテルとは目と鼻の先にあるテレビ局だ。確か、今回の会場設営にも協力しているとか。だが、そんなことより周りの記者たちは総じてその女性の名乗りに違和感を感じた。通常このような質問をする際は、所属する新聞社やテレビ局もしくは番組名の後は、自分の名前をいう物なのだ。しかし、彼女は自分の名前を名乗らなかった。そういった礼儀をしらない新人なのだろうか。しかし、周りの不信感をよそに、彼女は話を続ける。

 

「今回、三脇乃さんが発表したアクセサリー、どれも素晴らしいものです。独創的なものから、シンプルなものまで多種多様なものがあって、とてもたった一人で考えた者とは思えません」

「アイデアが湯水のように湧き出すだけですよ。今も、私の頭には次のデザインのアイデアが……」

「でも……」

 

 三脇乃が自慢話のようなものを続けようとする。しかし、彼女はその言葉を瞬時に切り裂いてこういった。

 

「おかしいんですよね」

「おかしい?」

 

 女性は、手に持った書類をペラペラとめくる。それは、この発表会の直前に配られた資料だった。そこには、今回発表するアクセサリーについての詳細な情報が載っていた。その中から一つのアクセサリーを見つけた女性は言う。

 

「この二つ目に発表したビーズのブレスレット何ですけれど……」

「これが……どうかしましたか?」

 

 三脇乃は思い出す。確かそれは発表会直前まで話していた夏木りんの考えたデザインのはずだ。シンプルではあったがビーズの配色、配置が良く、自分でも気に入ってこの会見の目玉に自分がしたほどのものだった。女性は、三脇乃の質問にカウンターパンチを決めるように、しかし重い口を開くように言った。

 

「今から十年前。私の母校の近くのあるお店の商品がブームになりました。そのお店は、アクセサリーショップで、そこにあるアクセサリーを付けることが一種のステータスになっていました。そして……」

 

 女性は、ゆっくりと右腕を掲げる。天高く、勝ち名乗りを上げるときのようにまっすぐに挙がったその手首には、ビーズのアクセサリーがあった。そう、それは先ほど発表されたソレとほとんど同じものである。周囲の記者たちもまた資料を確認して同じものであるということを確認した。

 

「これが、そのブレスレットです。また、当時の学生……確認できただけでも七十八名の証言もあります」

 

 瞬間、周りの記者の口から、ダムが放水したかのように多くの言葉が流れていった。狼狽え、驚き、疑問。数多くの言葉が流れ、そして三脇乃の心を襲った。

 まさか、盗んだデザインが何年も前に出ていた物だなんて思いもよらなかった。しかし、まだ弁明はできる。少し笑みをこぼしながら彼は言った。

 

「ぐ、偶然でしょう。もう十年も前のデザインなんでしょ?そんな昔の物を私がパクったとでも?」

「では、これはどうです?」

 

 女性はそう言うと指を一回鳴らした。瞬間、三脇乃の後ろにあったスライドが一枚の画像を映し出した。それは、フランス語で書かれている何かの雑誌の記事のようだ。そこには、一人の女性の顔写真と、そしてあのブレスレットの画像が載っていた。先ほどまでスライドを操作していた女性の司会者は、突然自分の操作から外れた行動を取ったパソコンを慌てて操作するが、全く反応はない。

 

「こ、これは……」

「フランスの著名なアクセサリー専門の紹介雑誌、昨日発売された雑誌の一ページです」

 

 さすがにこれに三脇乃は動揺した。しかしそれで合点が言った。先ほどの発表の時、何人かの記者がザワザワしていたが、それはこういうことだったのかと一部の記者もまた思った。その雑誌にはアクセサリーをデザインした人間の名前と顔写真もきちんとあった。それは、間違いなくあの女。夏木りんである。

 

「調べによりますと、この夏木りんという女性はあなたの会社のデザイナーみたいですね。そんな女性が、昨日すでに発表したアクセサリーをあなたは発表した……。これってもしかして盗作なのでは?」

 

 『盗作』。この言葉に記者たちに動揺が走った。世界的デザイナーである三脇乃須下が、自分の会社の部下の作品を盗んだ。これは、大きなスキャンダルになる。それは、三脇乃の身の破滅を意味していた。何とか誤魔化さなければならない。少なくとも、今のこの時間を乗り越えれば後はどうとでもなるのだから。

 

「い、言いがかりだ!名誉棄損で訴えるぞ!第一、私が盗作をしたという証拠がないじゃないか!!」

 

 珍しく声を荒立てた三脇乃だが、言い分ももっともである。まだこの時点では、りんが盗作した可能性だって存在するのだから。つまり、真実が明らかになるまでは容疑者に他ならないのだ。証拠がなければどちらの犯行であるのかが分からない。証拠がなければ犯人を捕まえることのできない。ミステリーと同じだ。ならば……。

 

『どうしても、謝る気はないの?』

「ッ!!」

『何がだい?』

 

 証拠を作り出せばいい。スピーカーから発せられた音声に胸が大きく鼓動を打ったのは三脇乃である。それは自分の声、それと夏木りんのこえ、間違いなく先ほど会場に入る際の言葉と同じものである。

 

『あたしのデザインを盗用したこと。あたしだけじゃない。今まであなたがデザインしてきたと言ってきた物のほとんどは、貴方のお弟子さんがデザインしてきた物……あなたが本当に作ったのは最初のほんの一握りだけ』

「おい、これはなんだ!今すぐ止めろ!!」

 

 無論、男は大いに慌てて司会にそう言った。しかし、やはりパソコンは動作することはない。さらに、寝耳に水の事でもあるため動揺し、何か行動に移すということができなかった。音声はまだ続く。

 

『どこにその証拠がある。大体、僕の弟子にだって今やデザイナー業界で一線を走っている者だってちゃんといるじゃないか?僕が全部盗作したというのなら……』

『そうね、『女性』だけ……ね。確かにあなたはちゃんと限られた弟子が仕事を貰えるように根回しをしたわね。……肉体関係を条件にして……。あたしみたいにそれを断った人達のデザイン、あなたはそれを盗用したのよ』

 

 ざわつく会場、慌てる三脇乃、そしてほくそ笑んでいる何人かの関係者。舞台裏で待機している彼女達もその一部だ。まずい。まずい。まずい。三脇乃が慌てている理由はこの先に出てくるであろう自分の言葉のためだ。確か、この後の自分の言葉は、確か……。

 

「やめろ……」

『確かに……』

 

 一言一句が、恐ろしく遅く聞こえる。早くこの音声を止めなければならない。

 

『僕は……』

「やめてくれ……」

 

 だが、彼の言葉とは裏腹に機械音となった彼は、言葉を繋いでいく。それが、自身を破滅させるとは露知らずに。

 

『彼女たちのデザインを……』

「ヤメロォォ!!!!」

 

 

 

 

 

『盗んださ』

『でも、この僕の誘いを断った奴が悪いんだよ。僕はこのデザイナー業界の革命児、王様なんだよ。そんな僕の言うことも聞けないクズどもなんて世に出る必要なんてないんだよ』

 

 盗んだ。その言葉だけでもう十分であった。その後に続いた最低な言葉にも記者たちの目は輝きを放ちだし、その言葉が合図であったかのように荒波を作るように膝をついた三脇乃に詰め寄った。しかし幸か不幸か、彼がいる舞台は約1メートル以上は優にあり、簡単に上ることはできなかったため、舞台下から彼に声をかける事しかできない。

 有象無象の雑音が耳を貫く。だが、そんなものを気にする余裕なんてあるわけがなかった。飼い犬に手を噛まれるとはこのことである。まさか、自分の証言を証拠とするなど、録音していたなど思ってもみなかった。何とかして誤魔化さなければならない。何とかして、何とか、だがどうやって。方法なんてこれっぽちも思いつかない。嫌だ。今のこの地位を確立するために、自分はどれだけの場日雑言を浴びた。どれだけの人間に頭を下げ、どれだけの歳月を費やした。それが全てゼロになってしまうなんて、そんなの耐えられるはずがない。何とか、何とかしなければ。三脇乃は一切の策を持っていなかったがしかし、すぐ目の前に落したマイクに手を伸ばした。しかし、彼がそれを掴む直前、一人の女性に拾われてしまう。彼が顔を上げると、そこにはあの女性が不動明王の如くそこに鎮座していた。

 

「夏木、りん……」

 

 りんはマイクを口もとに寄せる。記者たちは、その姿を見るとすぐさま黙って何を喋るか、一言一句逃さないように準備している。

 

「終わりね三脇乃……今のあなたに、アクセサリーにかかわる権利はないわ」

「……いつから、このことを画策していた……この発表会が行われると知ってか?デザインを盗作されたと知ってか?僕の部下として付いたときか?」

 

 沈黙。シャッター音の雨あられ、フラッシュのネオンライトの中で彼女は言う。

 

「……そんなの、最初っからに決まってるでしょ」

「なに?」

 

 りんは、手元にあるタブレット型メディアプレーヤーを操作して三脇乃にある資料を見せる。そこにあったのは、ある女性の履歴書だった。無論記者たちにはそれを見せないようにしている。その女性が誰なのか彼はもちろん知っていた。履歴書は次々と顔写真とプロフィールを変えながらスライドしていく。その女性も、次の女性も、また次の女性も自分は知っていた。それは……。

 

「この人たちは、あなたに盗作されることを恐れてあなたの会社から辞めて業界から追放された人達、それと……あなたが肉体関係を条件として世に出したプロデザイナー達。つまり、あなたの被害者たち合計三十六人を」

「ど、どこでその情報を……」

「誰とは言わないけど、告発してきた人がいたの。肉体関係を強いられた上に、妊娠させられて、おまけに中絶までさせられたってね。あんたの下衆な行いのすべてをその人やあんたの被害者たちから聞いたの。それで、貴方を野放しにしていられないと判断して、私たちは動いたのよ」

「告発……私達だと……?」

 

 三脇乃は、何故かその言葉を使わなければならないと思った。どこからそのような言葉が出てきたかは分からないが、まるで操られているかのようにその言葉を言った。

 

「お、お前は……お前は一体、何者だ!!」

「フフッ……」

 

 瞬間、りんはタブレットを操作して一つの画面を映し出した。それは、どこかの会社の社章。いや、それは三脇乃も、そして記者たちも知っている。いや、日本で知らないのは子供ぐらいであると言われるぐらいに人々に浸透している物。それを見せながら、彼女は高らかに言った。

 

「私は……四葉財閥アクセサリーデザイナー部門日本支部ブレスレット兼ジュエリー担部門主任並びに、捜査部門前線行動隊長、夏木りん!!」

「なっ……!」

「そして!」

 

 その場にいた多くの人間が驚いている時間も与えられず、三脇乃に質問をしていたハンチング帽をかぶった女性が立ちあがり、その帽子を投げ捨ててその顔を彼らに見せて言った。

 

「皆も知りたい!私も知りたい!『プリキュアウィークリー』専属レポーター兼、ヨツバ新聞特別名誉記者!増子美香!続けて読めば、マスコミか!!」

 

 二人の正体を所属先を知った瞬間、その場にいた全員に戦慄が走った。四葉財閥、それは日本最大手の多数の事業に手を出している会社。次期社長がプリキュアであるということからも来る人脈、経済力で、日本経済のおよそ八割を掌握しているという、まさに経済界の首領。大きな会社であることから、数々の都市伝説も所有している。その中の一つに、こんな噂がある。

 

『四葉財閥は独自の警察を持っている』

 

 という物だ。四葉財閥はそのあまりの大きさに、日本警察から唯一警察署を置くことを許されている企業で、四葉財閥に関連しないところまでの捜査を許されているというのだ。普通の一般人からしたら、何を馬鹿なことだと笑い飛ばすような都市伝説であるが、記者たちは知っている。本当に四葉財閥は独自に警察署を所有しているのだと。だが、それを明かさないことが彼らの暗黙の了解となっていた。日本経済のほとんどを支配する四葉財閥の最も深いところまで明かすのは、リスクがあると誰もが判断したためだ。だから、彼らも驚いた。まさか、今ここで伝説が表舞台に登壇する場面を目撃することになるとはと。りんは、まだ呆けている三脇乃に言う。

 

「あんたの悪行三昧、秘密裏に裏付けをとっていた。けどどれも決定的な物じゃなくてね。仕方なく私があんたの会社で潜入捜査したの」

「そして、ついにりんは決定的な証拠を手に入れた。貴方自身の証言っていう決定的な物をね」

「くっ……」

「この映像は、ヨツバテレビのカメラを通してすでに日本中に届けられているわ。言い逃れなんてできない、日本中にいる『プリキュアウィークリー』視聴者全員が証人よ」

 

 三脇乃は沈黙した。これで終わりか、いやしかし三脇乃は立ち上がると記者の方を見る。記者たちは、増子を除いて事情説明を求めて詰め寄ってくる。その様子は、あの時と、十年前のあの時と同じだ。あの時の記者たちと同じ光景。目の前にいる人間の人生をすべて破壊してしまうマスゴミの顔、その一つ一つを彼は覚えていた。

 

「お前たちなんかに……」

 

 威圧感。目の前にいる記者たちはそれに圧倒されてみな黙ってしまった。その中を、静かさの中でライフル銃が撃たれたかのように男は貫くように言った。

 

「貴様たちなんかに何が分かる!!」

「……」

「偶然賞なんかを取ってしまった才能のない普通の人間が、多くのド素人共に期待され、それに沿えないとすぐに糾弾し、使えないと切り捨て、無様だとあざ笑う!!……そして、他人の作品を真似して作ったものに、批評家は諸手をあげてもてはやし、エセ評論家共は奇跡の復活!信じていた!期待の新人の栄光と挫折だと!?挫折させたのはお前たちじゃないか!!好き勝手に他人の気持ちなんて考えないで、ちょっとの真実と大きな嘘を混ぜて好き勝手に他人の人生を片手間に書き連ねて潰すただの乞えた蠅共じゃないか!!俺がどれだけ頭を下げてきたか分かるか!デザイン画を描くためにどれだけ指の皮がめくれたか、実際にアクセサリーを作るためにどれだけの傷を作ってきたか分かるか!時間を、心を、愛をも犠牲にしてきたこの俺の痛みを、お前たちは欠片でも感じることができるのか!?お前たちマスゴミは、俺だけじゃない……数多くのアクセサリーデザイナーの人生も潰したんだ!!分かっているのか!分かるまい!!人の不幸で私腹を肥やすお前たちには分かるはずもないだろう!!」

 

 減らず口、負け惜しみにしか聞こえないだろう言葉。しかし、その言葉はその場にいる若手の記者にとっては重い言葉へと変換されてしまう。このような記者会見に来るのはほとんど若手の記者しかいないため、十年前に彼の事を糾弾したような記者は一人もいない。しかし、自分達マスコミが孕んでる危険性の集大成が今目の前にいる。

 彼は語った。十年前、三脇乃は確かにある国際的な大会で審査員奨励賞を日本人で初めて受賞した。その結果、マスコミは彼を持ち上げ、大きな期待という名前のプレッシャーを彼にのしかけた。あげくに彼が作るアクセサリーは期待はずれだなんだのとアクセサリーデザインをよく知らない記者たちによって酷評され、期待に押しつぶされた三脇乃はスランプに陥ってしまい、会社をクビになってしまった。三脇乃は様々な会社を回って自分のデザインしたアクセサリーを売ってくれるように頼みこんだ。しかし、すでに終った人間を受け入れてくれるような会社はなく、最終的に彼は自分で会社を立ち上げた。だが、結局のところ小さな会社のアクセサリーなどだれも見向きしてくれず、何年間も不遇の時代を過ごした。そんなある日、ある小さな雑誌に載っていたアクセサリーに目を付けた。それを見て、彼は配色と少しだけ装飾を変えて別の雑誌に必死の思いで売り込み、そして彼の作品が何年間かぶりに大手の雑誌にのった。するとどうだろう。一気に自分の名前は知れ渡り、『かつての天才、奇跡の復活』などと書き立てる記事もあった。そこで気がついたのだ。自分の才能なんて、他人のソレよりももっと下なのだと。そこで彼は、有名になったことをいいことに、自分の会社に将来有望なデザイナーを何人も誘い込んだ。そこから、彼のデザインの盗作が始まったのだ。

 もしも、マスコミが好き勝手なことを書かなかったら、もし世論を操作するようなことをしなかったら、自分は細々とデザイナー活動をしていたはずだった。それを許さなかったマスコミのせいで、自分は盗作に手を出し、そして多くのアクセサリーデザイナーの才能や人生が潰されることはなかった。そう彼は主張した。他人が聞くと、どれだけ身勝手で、被害者面している発言だろうかと思ってしまう。しかし、若手の記者たちは、もしかしたら自分たちがそのような人間を生み出す可能性がある。それを考えたことはなかったがしかし、実際に目の前にしてみると、全員が心を痛めてしまった。ここで、このまま時間を置いたりしたら、この中から一人や二人は、記者という仕事から身を引こうと思う者が現れるだろう。だれかが、その言葉を否定しない限り。

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 否定する者は、一人だけ。

 

「あんた、自分の失敗をただ単に一部の心無いマスコミに転換したいだけじゃないの」

「なにッ?」

「あの時だって、貴方を擁護していた記事はいくらでもあったわ。あんたは悪いのばかり見ていたみたいだけどね。それに……」

 

 りんは一度深呼吸してから言う。

 

「あんたがまた売れ出したきっかけ、あんたが大手の雑誌に売り込んだからなんでしょ?」

「あぁそうだ。俺がデザインを盗んだデザイナーは今どこで何をしているのか分からんがな」

「そうじゃなくて……まだわからないの?」

「分からない……だと?」

「……どうして自分の作品を売り込もうとしなかったの?」

「ッ!」

 

 確かに、もしも彼がそこで自分の作品を売り込んでいたら、こんな事にはならなかっただろう。しかし、彼は言う。

 

「俺の作品など、誰も見向きも」

「でも、その雑誌の人は見てくれた」

 

 すぐさま反論される。そして、彼女は続ける。

 

「あんたは怖かっただけよ。自分の作った物が、また酷評されるのが。自分自身の心を込めて作った作品を、よく知りもしない人たちに自分を否定されるのが」

「……」

 

 三脇乃はしかし、反論できない。

 

「反論しないなら、もっと言ってあげるわ。あんた、自分自身が才能ないって言ったわね」

「あぁ、そうだ」

「あんたが、パクった人たちの作品も才能の塊のない物だっていうの?」

「なっ……」

「あんたは確かにたくさんのデザインを盗んだ。でも、中には盗まなかった人のもある。それは、あんたが売れないって判断したからじゃないの?……あんたは、いい作品であることを見抜く才能があっただったら!……本気になれば、いくらでもいい作品を売ることができたはずなのに……」

「……」

 

 彼は思う。確かに、自分がこれは売れると思った作品は自分の名前で売った。もしくは、夜の接待を条件にして彼女たちの名前で出した。しかしあまり良くないと思った作品は盗作しようともせずにデザイナーの名前そのままに売り出した。ただ、バックに自分という名前があったからこそ、多少は悪くともそこそこの売り上げをもたらした。実際、彼には良い作品、悪い作品を見定める眼はあったはずなのだ。しかし、彼はデザイナーであることに固執しすぎた。結果彼は破滅への道を選んでしまった。

 

「昔、貴方が審査員奨励賞を取った作品を雑誌で見たわ。その時、こんな奇抜でかっこいいデザインのアクセサリーを作れるなんて、この人すごいって本当に思った。だから……あの告発があった時、やっぱりって思った」

「……」

「この頃のあなたの作品には、あの頃の貴方らしさがなかった。……人ってね、どれだけ成長したとしても少しぐらいはその人らしさってのを残してんのよ。どれだけ隠そうとしても隠しきれないものがあるの。こんなことをしたあたしが言うのは違うかもしれないけど、一から……いえ、ゼロからやり直しなさい三脇乃」

「ゼロから……だと」

「そうよ。例えどれだけ落ちぶれたとしても、どんだけの屑になったとしても、人が人である限り、やり直せないことはない。もしも、あんたにやり直す気があるのならの話だけどね」

「……」

 

 人間は、生きている限りどこまでも屑になることのできる生き物である。どこまでも他人の事を見下げることのできる生き物である。どこまでも馬鹿になることのできる生き物である。そして、どこまでも、どこでも、どんな時でもやり直すことのできる生き物である。例えそれが、自分の望む場所ではなくても、自分の望むような結果にならなくても、やり直すことのできる唯一無二の生き物。それが『ヒト』である。笑いものにされても、後ろ指を指されても、そして泥に地面に砂利道に頭をこすりつけることになっても、心を失うことがなければ、人間でいることができる。人間でいるからこそ、やり直すことができる。たった一度の人生だからこそ、身を粉にして働くことに快楽を得ることができる。誰かの幸せのために生きる喜びが生まれる。だから、人は人間なのだ。やり直すチャンスは万人に与えられるという言葉がある。だが、そんなものは迷信だ。なぜなら、チャンスは与えられるものではないからだ。チャンスは、その扉は、自分自身でこじ開けなければならないものであるからだ。他人から与えられたチャンスなど、どぶに捨てても悔やみはしない。掴むことのできそうにないチャンスをつかむことにこそ意義があるのである。一度だけヨツバテレビのカメラの方を見ると、りんは舞台裏へと姿を消した。

 こうして、波乱づくめの記者会見は終了した。三脇乃は、詰めかける記者たちをよそに、りんの消えた舞台裏へと自分も消える。どこで歯車を間違えてしまったのだろうか。夏木りんの作品を盗んだところから?夏木りんを会社に入れてから?それとも……いや、決まっている。自分の作る物に自信を持てなくなってからだ。彼女の言う通りだ。自分は、長い時間をかけてデザインした作品をなじられるのが嫌で、ひどく言われることが嫌で、手塩にかけて作ってきた自分のデザインを、自分の子供同然のそれの批判を恐れて封印してしまった。そして、楽な道を選んでしまった。その仕打ちが来てしまっただけだ。何故だろうか。もういっそのことすがすがしさすらも感じてしまうのだ。なんだか、肩の荷が下りたようだ。全てが終わった。

 

「三脇乃さん」

「……」

 

 その時、女性の声が聞こえた。前を向くと、そこには四葉財閥の令嬢の姿。彼女は、何やら多くの文字が書かれている紙を見せると言った。

 

「貴方の会社の株を全て四葉財閥が買い取り、子会社としました。そして、あなた以外の社員、それと元あなたの会社にいたデザイナーの九割と再度契約を交わしましたわ。残るは、貴方だけです」

 

 その契約書には、アクセサリーデザイナーとして自分を契約するという旨の言葉が書いていた。多分、ここでサインをすれば、自分は四葉財閥でアクセサリーデザイナーとして働くことができるのだろう。三脇乃は、契約書を受け取る。そして……。

 

「……」

 

 無言でそれを破り捨てた。

 

「施しなんていらない……俺は、アクセアリーデザイナーから足を洗う」

「本当に、それでよろしいのですか?」

「あぁ、俺にはデザイナーとして人生は終わりだ。これからは、評論家にでもなって素人共の評価に難癖をつけることにするよ」

 

 そう言って、ありすの横を通ってその場から出ようとする三脇乃に、ありすは振り向かずに言った。

 

「分かりました。では……正式に貴方を解雇します」

「へっ、ありがとよ」

 

 そして数歩歩いた後、忘れてたと言わんばかりに一番最初の音を発してありすに行った。

 

「そうそう、礼を言うのを忘れてましたよ。あんな地雷ともいえる部下たちを雇ってくれてどうもありがとう」

「……」

 

 三脇乃との接点が明らかになった今、特に売れていた者たちに待っているのは仕方がないとはいえ、三脇乃に体を売った事実。それが、彼女たちに汚点を残すことは間違いない。だが、そんな彼女たちをありすが全員雇い入れてくれたことは、救いであったと思ってもいいだろう。

 

「……あいつらは、本当に才能がある。磨けばきっと……頼みますよ、ご令嬢……それと、りん」

「……」

 

 影から彼の事を見守っていた二つの影に、彼は言った。りんは言う。

 

「何?最後の最後にいい人ぶるの?」

「最後?笑わせるな、俺はまた戻ってくる。何十年かけてもな……それが、俺が愛したアクセサリーへの償いだ」

 

 そして、彼は表舞台から去っていった。彼の人生は、まだ始まったばかりだ。この先、彼がどうなったのかそれはここに書かなくてもよいだろう。だが、きっと彼は戻ってくる。初心を、あの頃の、三脇乃須下という夢を追い求めていた男を取り戻そうとしている、彼ならば。

 

 

 

ー??? ???ー

 

「どうやら、裏の情報は正しかったようだな。それで、首尾の方はどうだ?」

「へい、金を渡したらあっさりと」

「よし……では、頼みますよ先生方」

「任せてくだせぇ」

「フン、もうそろそろ商品価値もなくなってきたところだ、最後の一花咲かせてあげようじゃないか……なぁ?うらら」

 

「もしもし……聞いてましたか……えぇ、手はずの方は……彼女の件もすぐに終わらせます。全員……そう、だからご心配なく」




 今考えてみると、三脇乃須下ってかなり安易なネーミング。最後まで三脇乃をクズのまま終わらせようとしたけど、キャラが独り歩きを始めてなんか最後にいい人で終わってしまったのが悔しい。あと、こいつにある設定を盛り込もうとして、ある人達が激怒するのが怖くて入れることができなかったのが悔しい。
 また、諸事情により忙しく、しばらくは一週間に一度日曜の八時に投稿できればいいなと思っています(十月からは九時半になります)。

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