ーぴかりが丘第三倉庫 01:01 p.m.ー
ここは、どこだ。自分は、気がついたらどこか薄暗い、ホコリっぽいところで縛られていた。口の中に布が詰めらえれて、声も出せない。いわゆる猿轡という物だろう。椅子に括り付けられている腕は、ちょっとやそっとじゃほどけそうにもなく、明かりは天窓からの物だけでないに等しいと言った方がよい。だが、どうして自分はこんなところにいるのだろうか。さっきまで友達と一緒に河川敷にいて、未来の自分の人生相談に乗って。それで、そう確か、仮面ライダークロノスという仮面ライダーが現れて、それで……。
「まさか、君がプリキュアではなかったとはな」
「ッ!」
そのこもったような声と共に、眩いばかりの光がめぐみを襲った。どうやら、ライトが点けられたようだ。目が眩んだ恵みではあった物の、すぐに慣れて周りの様子を見ることが叶う。どうやら、ここは倉庫のようだ。木箱らしきものが詰みあがっていて、しかし、よく見るとホコリが積もっていることからして、あまり使用されていないとみて間違いないだろう。そして、めぐみは見る。自分の目線の先の箱の中に入れられた変身アイテムを、それも一つや二つじゃない。たくさんの、プリチェンミラーが置かれている。あれは一体……。
「めぐみ!」
「ッ!」
その声は、先ほどの箱のすぐ横から辺りから聞こえたような。めぐみは目を凝らす。すると、そこには二体のモフルンと、シャルル、そしてラケルの二人が柱に縛り付けられていた。海東大樹という男が持っていた銃もそこにはある。めぐみは、モフルン達に向かってしゃべろうとした。しかし、猿轡のせいもあって声がこもって彼らには届かない。その時だ。男が、暗闇から突然現れる。
「やぁ、びっくりしたかい?愛乃めぐみちゃん?」
「ッ……」
間違いない、遠藤だ。先ほど仮面ライダークロノスという物に変身したそいつが、今自分の目の前に現れた。こいつが、何かしたというのだろうか。遠藤は聞いてもいないのに自分からしゃべりだす。
「説明しよう!……仮面ライダークロノスは仮面ライダーエグゼイドに出てくる仮面ライダーだ。そして、その力はポーズ……つまり、時を止めることができる」
「……ッ!」
「気がついたようだね。そう、君をここに連れてきたのはこの僕だ。シャルルたちは変身されると困るから連れてきた」
そして、遠藤は自分に向かってその奇妙な笑みを浮かべて頭を撫でる。瞬間、吐き気がした。体中を虫が駆けずり回ったような感覚もして、鳥肌も立つ。なんだこの感触は、まるで世界の悪意がすべてその男に集まっているようにどす黒い感覚。何者なのだろうか、この男は。めぐみは、唯一動くことのできる足を使って遠藤を攻撃する。
「おっと……やっぱりだ。ニコポとナデポはこの世界で機能しないようだ」
「ッ……」
よくわからない単語だ。それもクロノスという仮面ライダーの能力だというのだろうか。しかし、いったいなぜこの男は自分を攫ったというのだろう。こういっては何だが、自分は他のプリキュアと違って幼児体型、これと言った特徴もない。はずはないが、それでもただでさえ高スペックの少女が大人になったマナや、気品正しい女性のはるかがいる中、どうして自分等を攫ったというのだろう。
「愛乃めぐみ、君は今気にしていることだろう。あの箱に入っている大量のプリチェンミラーは何なのかと」
「……」
それも気になる。確かにあそこにあるのは自分達ハピネスチャージプリキュアが変身する時に使う変身アイテムのプリチェンミラーだ。いや、ハピネスチャージプリキュアだけじゃない。他にも何人も同じアイテムを使ってプリキュアに変身している。それがどうしてあそこまで……まさか。
「あれは、僕のコレクションさ」
「ッッ……?」
「君はまだ知らないだろう。今、この世界の現役で戦っているプリキュアが次々と謎の失踪を遂げているということを」
「ッ!?」
「無論、幻影帝国の仕業なんてものじゃない。犯人は僕だ」
「ッ!」
「嫁だったプリキュアたちがみんな大人になっててつまらなくてね、モブキュアで我慢してたのさ。まだ子供である君には分からないだろうけどね」
「ッ……」
まさか、この男プリキュアの女の子たちを……。と、言うことは自分もこいつに……。
「本当はすぐにでも君も慰み者にしてやろうと思ったさ。けどね……失望したよ」
「ッ?」
勝手に失望されても困るのだが、それでも変なことはされないようで、別にそれで安心できるわけないのだが、一安心する。しかし、一体何に失望したというのだろう。幼児体型にだろうか。いや、だったらこんなところまでわざわざ自分を連れてきていないだろう。遠藤は、手のひらに隠してあったものを見せながら言う。
「まさか、君がプリキュアじゃなかったなんてね」
「ッ?」
それは、気がついたら自分の指にはまっていた指輪だ。プリキュアじゃなかった?どういう意味だ。自分は確かにキュアラブリーとしてひめや他の友達と共に戦ってきた。それなのに、プリキュアじゃないとは、この男は色々と自分の知らないようなことも知っていると思っていたが、しかしそうでもないのだろうか。
「全く、君は一体だれが作ったんだい?まぁ、どうせ薄汚い豚共の妄想だろうから、僕には関係ないけれど」
作った?何を言っているこの男は、自分は人間だ。物じゃない。そんな言い方してほしくない。と批判しようとしても、猿轡のせいで言葉を発することができないのだが。
「でもまぁ、このまま化け物になられても困る。だから……」
「ッ……」
「君には死んでもらう」
その眼は、冷ややかな物で冷酷に、そして息をするように人を殺すことができるのではないか。そうめぐみに思わせるほどの物だった。化け物とはどういうことだ。自分が、サイアーク等の怪物に、それとも幻影帝国の幹部たちのようになってしまうという意味なのだろうか。だが、一体どうしてそう彼は確信している。あの指輪になにか関係があるというのか。そう彼女が考えていたその時、重いドアが開く音がする。
「めぐみ!助けに来たよ!!
「ッ!!」
この声はひめの、自分たちの友達の方のひめの声だ。他にもたくさんの足音が聞こえる。助けに来てくれたのだ。
「やれやれ、友達思いだ事。さすがプリキュア……と言ったところか」
遠藤はそう言うと、天井から吊り下げられていた鎖に足をかける。鎖は、上から巻き取られているように徐々に上へと昇っていき、めぐみからの目線では死角になって見えなくなってしまった。
「いた、めぐみ!」
「モフルン!大丈夫!?」
「この箱に入っているのって……」
「まさかっ……」
その時だ。ひめたちが現れた。大人のめぐみや、二人のひめはすぐさま子供のめぐみの元に向かい、めぐみの口の中にはまっている猿轡を外す。めぐみは、口の中に入った糸くずを吐き出すように唾を吐いた。大人のほうのひめが聞く。
「めぐみ、大丈夫!?あの男に変なことされてない!?」
「う、うん……私は平気……」
「よかった……」
「ねぇ、それよりあいつはどこ?」
子供の方のひめが聞きながらあたりを見渡す。しかし、当然だがこの辺りにはいないはず。めぐみは、遠藤が上の方に向かったと言おうとしたが、しかしその前に声が響き渡った。
「よくこの場所が分かったな」
無論上からだ。
「ここは、かなり辺境の地にある倉庫だっていうのに」
「おあいにく様。シャルルには、GPS付携帯電話を持たせているの。こんなことがあった時のためにね」
「あの妖精の身体のどこに持っているか、は聞かない方がいいか?」
「四葉財閥の……」
「大体分かった皆まで言うな」
まさに、四葉財閥万能説。少し前にパルクールをしようとした際、シャルルにナビゲートを頼んだのを覚えているだろうか。あれは、シャルルがナビのアプリを入れた携帯を持っていたからだったからだ。この携帯、ナビのほかにGPS機能。テレビも見れるし、暖房機能付き、ムービーを半年分も撮ることができたり……等々、ハイスペックすぎてローテクにはよくわからない機能がついている。それはともかく。
「なるほど、十年の間に大人の狡猾さとずるがしこさでも覚えたか」
「覚えて何が悪いの?」
「ちっ……まぁいい、そのめぐみには興味が無くなったからな」
「興味が無くなった?」
その言葉を聞くと、遠藤は先ほどめぐみから奪った指輪を見せる。
「あれって、めぐみちゃんの付けてた……」
「それが何だっていうのよ!」
遠藤は、笑みを見せると一度手のひらを反す。すると指輪は、ピンク色の光を放つ宝石へと形を変えた。
「え?」
「なに、アレ……」
「説明しよう。これはソウルジェムと言ってな、魔法少女の変身アイテムだ」
「魔法少女?」
「プリキュアじゃなくて?」
「ん?プリキュアも魔法少女の部類じゃないのかい?」
「いやどうだろう……プリキュアは伝説の戦士だったり、伝説の魔法使いだったり……」
「おい、話を逸らすな海東&ひめ」
「漫才コンビのように言わないでもらいたいね士」
「オホン!そんなことよりだ」
うっかり話が横道にそれかけたものを士が止め、遠藤は改めて話を始める。
「ソウルジェムは魔法少女の変身アイテムと同時にもう一つの役割を持っている」
「役割?」
「魂さ」
「……え?」
「それって、どういう……」
「言葉の通りさ。ソウルジェムは変身アイテムと同時に、本人の魂が入っていて、肉体はただの抜け殻となっているのさ」
「そんな……」
その言葉に、めぐみと魔法少女プリキュアの三人とプリンセスプリキュアの四人は動揺する。彼の言うことが正しいとするなら、ソウルジェムはラジコンのリモコン、自分たちはいわばそれで操作する機体のような物。つまり、今心臓が動いているのも、こうして考えるという行動を取っていることすらも、全てソウルジェムが指令を送っているに過ぎないのだ。
「そして、これが壊れるということは、魂が破壊されてしまうということと同意義つまり……魔法少女は死ぬ」
「ッ!」
めぐみは、その時になって今自分がどんな状況に陥っているのか理解した。ソウルジェムを遠藤が持っている。これは、自分の命を遠藤が握っているということと同じこと。彼の言葉を信とするならば、彼がそれを破壊してしまったら、自分は死んでしまう。あっけなく、信じられないほどあっさりと。これはまずい、そう思った子供のひめは、沿道に向かって叫ぶ。
「めぐみのソウルジェムを返しなさい遠藤!!」
「やなこった。それよりも一度見てみたかったんだよな……」
「ッ!」
遠藤は、ソウルジェムを高く放り上げる。めぐみの体中に、電気が走ったような感覚、血が一瞬の内に凍り付いたような感覚が体中を駆け巡った。息を飲んだめぐみの顔を見ながら、遠藤は放り上げたソウルジェムをキャッチする。
「死ぬかもしれないっていう絶望を味わっている女の子の顔をさ……」
「貴様ッ……」
士は、その行動に対して怒りをあらわにする。奴は、間違いなく命を軽く見ている。それによって、めぐみが死んでしまおうと、関係ない。ただ、自分はいいものが見れると思っている様子。
「や、やめて……」
めぐみはそう懇願してしまう。自分の命がかかっているのだから、もうなりふり構ってなんていられなかった。めぐみは思う。多分、今自分の顔はひどいことになっているのだろう。汗もびっしょりとかいて、急に胃が痛くなる感覚。死の恐怖は、確実に彼女の心を蝕む。
「アハハハ!その顔いいね!今まで何人も絶望してきた女の子の顔を見てきたけど、そう言ったのは初めてだ……」
「何人も……ってまさか!あなたはプリキュアの女の子たちを!」
「そうさ。尊厳と自由を奪い、快楽を与えてやったらすぐみんなすぐに堕ちたよ」
「そんな、なんてことを……」
「それじゃ、いちかちゃんたちがいなくなったのも!?」
マナが言うのは、現在日本で活動している現役プリキュアの一組であり、現在最前線で戦っているプリキュアであるキラキラプリキュアアラモードのメンバーの事だ。彼女たちも少し前から行方不明になり、消息が分からなかったが、まさか彼女たちまでもあの外道の毒牙にかかってしまったというのだろうか。
「あぁ、あの子たちも探したさ。最低でも高校生あたりだと思っていたからまぁ、ちょうどいいかなと思ったけど、どうしても見つからなくてねぇ、だからモブキュアで我慢したのさ」
「モブキュア?」
時たま、あの男はよくわからない言葉を使ってくるがそれは置いといて、果たしていちか達の件は関係していないという。だったら逆にどうして彼女たちはいなくなったのだろう。分からない。いや、このことは後で考えよう。今は、めぐみだ。
「ともかく!めぐみちゃんのソウルジェムを返しなさい!!」
「やだね。とはいえ、このままめぐみちゃんが絶望したままだと濁って魔女になっちゃうし……」
「魔女……って?」
遠藤は、言葉の真意を言わないままに、冷酷に言い放つ。
「壊すか」
「え……?」
「人形一つが壊れたところで、僕は痛くも痒くもないからね」
そして、遠藤はソウルジェムを持つ手を大きく振りかぶる。今彼が乗っている通路にそれを叩きつけようというのだろう。材質は見たところ鉄、そんなことをしたら並大抵の物は壊れてしまうだろう。
「やめて!!馬鹿な真似はよしなさい!」
マナは、その通路に行く手段を探す。しかし、見たところすぐそばに階段もない。今から変身しようとしても間に合わないかもしれない。万事休す。
「いいややめないね!面白いじゃないか……僕のこの手で誰かが泣き叫ぶんだ。きっといい合唱会になるだろうね!!」
「あッ……」
不思議と、声はそれだけしか出なかった。叫ぶなんてことは、みっともないことだけはもうしたくないと本能がそれを止めたのか、それとももう彼女自身があきらめてしまったのだろうか。世界が、スローモーションのようにゆっくりと流れていく。流れて、そして過ぎていく。せめて、一言いいたい。ひめ、ゆうこ、いおな、リボン、みんなに言いたい。もし自分が死んでも、泣くなんてことしないで欲しい。あいつの言う通りにならないで欲しいと。だが、その声が出ることはなかった。その時、遠藤の腕が下に降りようとするのが、筋肉の動きから見て分かった。いやだ。死にたくない。死にたくなんて、ない。死にたくないよ。もっとみんなでいろんなところに行って、楽しいこともしたい。大人になって、結婚して、子供を産んで、その子の成長をみんなで見守って、ひめなんてきっと、すごくかわいがってくれるだろうな。もはや、現実逃避と言われても仕方のないことを考える。それに誠司が、未来の自分と誠司の喧嘩を、ゆうゆうと仲直りするのを見届けないといけないのに。そう、めぐみは思った。自分の事より先に他人の事を考えるのは、プリキュアらしいと言えるだろう。だが、思っても届かないことがある。もう、その瞬間が迫っていた。死ぬのならせめて、痛みもなく死にたいな。身体から力が抜ける感覚、そして、下半身からなにか暖かいものを感じる。あぁ、トイレ行っとけばよかったな。それが、彼女が最後に思ったことだった。
その時、破裂音が耳を貫いた。