「おお、ついに家ゲットか」
「家というか屋敷みたいなもんだけどなー」
冬の寒さも本格的にというか、完全な冬を迎えて厳しくなってきたある日。ギルドでのバイトを終えた俺は、偶然出会ったカズマと昼食を取っていた。
「いや、まぁ脱馬小屋生活ができたなら何よりだよ」
「おう、ありがとな」
同じ日本出身の同志として、俺とカズマは時々身近であったことを情報交換することにしている。カズマなんかは特に個性的な面子と関わっているので、日本人の俺と話すのが癒しになるとか何とか。
……で、家の話が終わって今話してる内容といえば。
「……そんな店があんのか」
「美人で巨乳だぞ」
「マジ?」
「マジだ」
カズマが言うには、美人で巨乳なお姉さんが経営している道具店があるらしい。うん、今度ゆんゆんでも連れて行ってみようかな。
「そっちは何かあったりしたか?」
「や、こっちは特に。ゆんゆんが可愛いくらいしか」
「何だよ惚気は聞かないぞ。あ、もうやることやったのか?」
「やってません」
そういう話は勘弁して欲しいですね、はい。
××××××
そのカズマとの情報交換から数日後。クエストもバイトもなかった俺が暇つぶしに散歩していると、どう見ても怪しげな男三人組が路上でこそこそとしていた。
……というか、一人はつい先日話したばかりの馴染み深い人物なんだけど。
「……何やってんだ?」
「うわっ! って、何だタクミか。驚かせないでくれよ」
「悪い悪い。でもさっきからお前ら異常に怪しいからな?」
カズマの他には前にカズマと揉めていた金髪兄ちゃんと、そのパーティーメンバーの兄ちゃん。よく分からん面子ってのは確かだ。
で、金髪兄ちゃんが俺を品定めするように見て一言。
「よし、こいつは平気そうだな。こういうのは人が多ければ多いほど怖くないと思うんだが、どう思う?」
「そうだな。よし、連れてくぞ」
「え、あ、ちょっ」
がしりとカズマと金髪兄ちゃんに掴まれて路地裏に連れて行かれてしまう。歩いて行く最中にこの先に何があるか教えてもらい、期待と不安で正直気が狂いそうになる。
……サ、サキュバスってマジですか?
「いらっしゃいませー」
店に入ったら、そこは桃源郷でした。ひえっ……サキュバスさんちょっとエロすぎませんかね……?
い、いや、大変素晴らしい所に連れて来てもらったとは思うんだが……。ゆんゆんにこの事がバレたら俺は消されるんじゃないだろうか。
その後、サキュバスのお姉さんに案内された俺達は、各自で色々と記入するように指示してきた。しかも、俺の担当の金髪巨乳なサキュバスのお姉さんはとんでもないことを言ってきた。
「マ、マジ? こ、こっちの要望って何でも平気なんですか……?」
「はい、もちろんです。あなたの望む最高のシチュエーションを見させてあげられますよ」
「お、おぉ……」
これには流石に興奮が抑え切れなくなってしまう。ということは、ゆんゆんみたいな女の子って指示でも平気なんだよな……?
よし、甘えん坊な年下ロリっ子巨乳……っと。バレたら本当にヤバいですねこれ。
その他の必要事項を書き込んで、サキュバスのお姉さんに渡すとにこりと微笑まれる。
「はい、ありがとうございます。では、今日の夜そちらに向かわせてもらいます。あ、熟睡されたら困るのでお酒だけは控えてくださいね?」
「は、はいっ、分かりました……」
どうでもいいけど、相手が美人で年上だと言葉が詰まるあげく声が上擦ってしまうのは何とかしたい。情けなすぎて恥ずかしいですね。
やることも済んだし帰ろうとして、カズマ達の方を見たのだが。
「へへ、えへへへ……」
「……うん、じゃあな」
……俺もゆんゆんと一緒に暮らしてなかったらああなってたんだろうなぁ。ありがとう、ゆんゆん……。
××××××
「た、ただいまー……」
「あ、おかえりなさいタクミさん! どこに行ってたんですか?」
何だか多少の罪悪感もありコソコソと家に入ったのだが、玄関まで小走りで来て笑顔で迎えてくれるゆんゆんを見て心がへし折れました。動悸がヤバいことになってる。
「あ、え、えーっと、カズマに会ったからちょっと話してきたくらいかな。暇だったか?」
「いえ、大丈夫です。それよりこれ見てください! 今回のは自信作ですよ!」
ちょっびり興奮気味のゆんゆんが指さす先には、いつにも増して壮大なトランプタワーがあった。……またひとり遊びを極めちゃったのね。
というか、こんなに純粋な子を俺は自分の欲求解消のネタにしようとしたなんて……。
「おお、すごいな、頑張ったな……」
「えへへ……ありがとうございます」
褒められたことが嬉しかったのか頬を赤らめてくすりと微笑むゆんゆん。頭でも撫でてあげようかと思ったが、今日の自分の行動を思い出すと手を乗せる前に動きが止まってしまった。
「え、えっと、ど、どうかしましたか? それに何だか顔色が悪いような……」
「あー……確かに少し体調悪いかも。ちょっと部屋で横になってくるから」
「は、はい。私に何かできることがあったら言ってくださいね?」
「ん、ありがとな」
ゆんゆんの勘違いに便乗したのは良いが、本当に体調が悪くなって気がしないでもない。まさか罪悪感でここまで苦しくなるとは思わなかった。
俺ってゆんゆんのことになると本当に気持ち悪いくらい潔癖だな。……うん、大事にしているってことに訂正しとこう。
××××××
それから数時間中々寝付けずベッドで時間を無駄にし、夜になって軽い食事と風呂を済ませてから、ゆんゆんには悪いけどすぐにまた部屋に戻らせてもらった。サキュバスのお姉さんが来るまでには寝とかないとあっちも仕事が出来なくて迷惑になるからな。
……決して自分が心のどこかでサキュバスお姉さんのサービスを心底楽しみにしてるとかそういう訳ではない。本当です。
「…………」
まぁそうやって心の中で言い聞かせても結局寝付けないで本格的にマズい状況なんだけど。本当にどうしようこれ……。
と、俺が頭を抱えていたその時──ガチャっと音を立てて、鍵を開けていた窓が開く。電気を消しているから姿はよく見えないが、二階の窓から入ってきた時点で相手が誰だかなんて分かりきっている。
「……あら、もしかして起きてるんですか?」
「ど、ども……」
「もう……熟睡はもちろんだめですけど全く寝てないっていうのも困りますよー」
「ご、ごめんなさい……」
その透き通るような綺麗な声からして、昼間俺を担当してくれた金髪美人で巨乳なサキュバスのお姉さんだろう。そのお姉さんとこんな暗い部屋で二人きりってのは昼間より緊張するもんだな……。
まぁお姉さんには申し訳ないけどここはキャンセルして帰ってもらおうと思ったのだが、それと同時にギシッとベッドが音を立てる。どう考えても、お姉さんがベッドの上に来たと言わざるを得ない。
「お、お姉さん……?」
「もう……お客様がちゃんと寝てくれないとこちらとしても困るんですよ?」
「そ、そうですよねすみません……。だからお金は平気なんで今回はキャンセ──」
「……それはだめですよ」
俺が言い終える前に、唇に指を当てられ遮られてしまう。その柔らかな感触にドキマギしつつ、至近距離なら暗がりでも分かる彼女の肢体に目を奪われる。
「せっかくお金を払ってもらったんですし、ここでキャンセルしたらもったいないですよ? それにサービスが出来ないと私達に取っても死活問題になってしまうので」
「そ、そうですよね……。じゃ、じゃあどうすれば……」
聞くと、お姉さんが吐息混じりの甘ったるい声で俺の耳元をくすぐるように呟く。
「ほーんのちょっとだけ、直接精気を吸い取らせてもらいますね?」
「へ……?」
「夢じゃなくて、本当に良いことができるってこと、ですよ……」
ぴちゃり、と耳に今まで感じたことのない感触に全身から寒気のようなものが走る。
い、いい、今触れたのってもしかしなくてもお姉さんの舌……?
「本当ならこんなことはもちろんだめなんです。だから、これは私とお客様だけの秘密ですよ……?」
「は、はひ……っ」
「ふふ、可愛いです……見た目の割に純情な所とかちょっと好みかもしれません……」
俺が気娘のように顔を真っ赤にし冷静な思考すら出来なくなったのを見たお姉さんは、恍惚とした表情を浮かべてその顔をあと数センチで触れしまうくらい近づけてくる。そして、その距離が本当にゼロになろうとしたその時──。
「タ、タクミさんっ! 大丈夫ですか!?」
「……へ?」
「あら……」
部屋の電気の明るさが伝わると同時に、ゆんゆんの声が響き渡る。パジャマ姿で戦闘態勢のゆんゆんだったが、この状況を見た途端顔を真っ赤にして固まってしまった。
え、えーっと、この状況って色々と非常にマズくないですかね……? したくないけど状況をちょっと確認してみようか。
ドアの前で呆然とするゆんゆんと、傍から見たら完全に俺を押し倒してるサキュバスのお姉さん、一緒に暮らしている女の子に年上系、しかもサキュバスに押し倒されている俺。
いや、本当にヤバいねこれ。どうしましょう。
「ゆ、ゆんゆん……どうして?」
「帰ってきてから何だかタクミさんが元気なくて心配だったから……それで様子を見に来たら女の人の声が聞こえて……そしたら……そしたら……っ」
「ごめんなさいごめんなさい!」
受け付けのお姉さんとの件の時に見た完全にヤンデレっぽいゆんゆんに思わず全力で謝ってしまう。えっと、これ俺よりサキュバスのお姉さんのが危ないのでは……?
「いいえ、タクミさんは悪くないですよ。悪いのは元気がなくて抵抗できないタクミさんを襲ってるそのサキュバスです」
「あらあら、酷い言いようね。そんな怖い顔で怒ってるとこの子に嫌われちゃうわよ?」
「え、タクミさん……嫌いになっちゃうんですか……?」
「そ、そんなことないから……」
さっきから戦闘態勢に入ったり普通の女の子になったり忙しないゆんゆん。それを見てくすくすと笑うサキュバスのお姉さん。何も出来ない俺。
……誰も大変なことにならない打開策を全力で考えよう。最低でも俺以外の二人は無傷で終わらせなくては。
「とっ、とにかく! タクミさんから離れてください!」
「えー、どうしましょうね」
そしてなぜお姉さんはこんなに挑発的なのか。原因の俺が言うのもなんだけど平和的にいきましょうよ……。
しばらく睨み合い(睨んでるのはゆんゆんだけ)が続いていたが、先にアクションを起こしたのはお姉さんの方だった。体勢を変えてベッドの上に座って蠱惑的な笑みを浮かべたかと思うと、寝ている俺をそのまま抱き寄せてその豊かな胸の中に顔を埋めさせてきた。
あ、これ死ぬ。天国だけどこの先に待ってる展開が地獄だ。
「んむ……!? んむ……んむ……」
「タ、タタ、タクミさんに何てことしてるんですかっ!」
「こーんなに可愛い男の子は久しぶりだから、つい愛おしくなっちゃって」
「そ、そういう問題じゃないですよ!」
いや、まさか夢じゃなくて物理的にこんなに美味しい思い……ではなくとにかく柔らかい……いやほんと柔らかいなこれどうなってるの……。
……これ、あとでゆんゆんにどう弁解すればいいんだ。
「〜〜〜〜! サキュバスなんかにタクミさんの初めてはあげないんだから!」
「あらあら、そんなにムキになって可愛い子ね。でもあんまり余裕がない女の子は怒ってるのと同じくらい嫌われちゃうわよ?」
「〜〜〜〜!」
「ぷはっ……あ、あの、俺が初めてって前提で話すのはちょっと……」
いや、経験ないのは当たりなんですけどね。そう断定されると何か虚しいと言いますか。
お姉さんに言いくるめられてしばらく頬をぱんっぱんに膨らませたゆんゆんだったが、お姉さんの胸の間で天国のような時間を過ごしている俺を見てぽしょりと。
「……タクミさんは何でずっとそのままなんですか? 動こうと思ったら動けますよね?」
「んむ……!?」
まさかの標的が変わってしまった。お姉さんに口論では勝てないと悟ってしまったのか……。
……まぁ、時間はたっぷりもらったから打開策も思いついたし頃合いだな。決して残念とかそういう感情はないからね。
「……すみません。これ以上はお互いに色々と危険なんで離れてもらっていいですかね……」
「うふふ、そうですねぇ。でもけっきょく、ちゃんとした仕事は出来なかったらちょっとだけお膳立てしてあげますね」
「へ?」
俺が打開策の提案をしようとしたら、それより先に頬に柔らかい何かが音を立てて触れた。完全に固まっている俺を見て頬をほんのり赤らめたお姉さんが、今度は視線をゆんゆんの方へ向ける。
「ふふ……上書きしたいんだったら彼に同じことをしてあげなさい? そうすれば彼も私のことなんて忘れるでしょうしね」
「な、ななな……!」
完全にフリーズ状態になった俺とゆんゆんを見て、くすりと微笑んだお姉さんは窓から飛んでいってしまった。
……最後に一言だけこう伝えてきて。
『お兄さんも頑張ってくださいね』
残されてんのは、フリーズ状態のゆんゆんと半分放心状態の俺なんだけど何を頑張ればいいんですかね……。
「……タ、タクミさん?」
「ど、どうした?」
「け、怪我とかはしてないですか?」
「お、おう。大丈夫大丈夫」
「そ、それならよかったです……」
その上、お互いさっきのようなことに疎いから気まずくなっちゃうし。負の連鎖が止まらないですね。
俺が重く感じる身体を起こしベッドの上に座ると、いつの間にかベッドに来ていたゆんゆんが隣に座ってきていた。ちょこんと触れた肩は服越しなのに熱いくらいに感じられて。
「……その、上書きしないと」
「へ……?」
「上書きしないと……何か嫌です……」
ゆんゆんは俺を涙目の瞳で見つめてきて、切にそう伝えてくる。それが俺がサキュバスのお姉さんに危害を加えられたと思って言ったのか、それともそれ以外の感情があって言ってきたのかは俺には分からない。
しかし、最も大事なパートナーを心配させた事実は変わらない。だから俺は、昼間できなかったゆんゆんの頭を出来るかぎり優しく撫でる。
「……ゆんゆんがもし良ければだけど、今日は一緒に寝ないか?」
「は、はい……っ」
俺の提案にゆんゆんは照れながらも嬉しそうに頷いてくれた。……上書きの意味がサキュバスのお姉さんにされたことと同じだったら俺の理性とか絶対に飛んじゃうからね。だから今回はこういう感じでいかせてもらおう。
その代わりと言うわけではないが、今日は俺からぎゅっとゆんゆんを抱きしめてベッドで横になる。ゆんゆんはほぁっと小さな吐息を漏らし、胸元に顔を埋めてくる。
「んむ……タクミさん……タクミさん……っ」
「不安にさせてごめんな」
「そんなこと……あのサキュバスがどう考えても悪いんですし」
「あー……でも俺もやっぱり悪いしさ」
お姉さんには申し訳ないが、ここはそういう話で通させて貰うことにしよう。サキュバスの店は女性冒険者にバレてはいけないのがこの街のルールらしいし。
「だから今日は眠くなるまでいっぱい話そうか」
「は、はいっ! そうですね。いっぱい話したいです」
ゆんゆんが嬉しそうに明るく声を漏らすたびに弾む吐息が胸元にかかり、身体がぽかぽかと温かくなっていく気がする。むしろ冬なのに少し暑いと感じてしまうくらいだ。
……こんなシチュエーション、いつまで経っても慣れるわけないよな。
「あ、で、でも、その前にちょっといいですか?」
「ん? どうした?」
「少しだけ目を瞑ってくれませんか?」
位置の関係上、必然的に上目遣いで可愛らしくお願いすることになるゆんゆんに、俺は素直に従って目を閉じる。すると、ゆんゆんがもぞもぞと動いて身体に柔らかい感触が伝わってくるが今はそれにもぐっと我慢する。
……意外と距離が近いのか、顔に少しだけゆんゆんが漏らす甘ったるい吐息がかかる。そしてその熱と共に、頬に柔らかな感触と唇の接触音が伝わってくる。
「んっ……えへへ……これでちゃんと上書きできました」
「……そだな。バッチリ上書きされました」
「へへ、えへへへ……じゃあいっぱいお話しましょうか」
「……おう」
そのままお互い真っ赤になった顔には触れず、朝になって完全に寝落ちするまで楽しく話し合った。寝落ちする直前の微睡みの中、可愛らしい吐息を漏らして寝るゆんゆんを見て頬を緩ませつつ。
だから、俺とゆんゆんは昼が過ぎても気にせず一日中ぐっすりと眠っていたので、その日起こったことなんて知る由もなく。
『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報!』
そんな警報が鳴っていたことを知らされたのは、後日ギルドのお姉さんにこっぴどく怒られた時だったってのはまた別の話。
今回で2巻分のお話はおしまいです。次回からは3巻の内容ですが今までで通り絡んだり絡まなかったりします。次回も読んでくれたら嬉しいです。
ではでは今回もお読みいただきありがとうございました!