目が覚めると、心地よく柔らかな温もりが身体を包んでいた。もう肌寒さを感じるような季節だってのに、一体何だこの感触はと首を捻る。
くあっと欠伸をしながら視線を下に向けると、明らかに自分一人分ではない布団の膨らみがあった。……まだ寝ぼけている頭をフル回転させてみます。
……そういえば俺、ゆんゆんと一緒に寝たんだっけ。たった一日でまさかこんなことになるだなんて思わなかったな……。
毛布を捲って、俺の胸に抱きついたままの彼女の頭をそっと撫でる。……このくらいならセーフセーフ。
「んぅ……」
そんな可愛らしい吐息を漏らしながら、ゆんゆんは撫でられたのがくすぐったかったのかくしくしとおでこを胸にこすりつけてくる。
……いや、何これ。可愛すぎるんだけど。寝てる時まで可愛いとか反則じゃない?
そう思うと、どうしても欲が出てしまうわけで。つまるところ寝顔が見たくなってしまっただけだ。
女の子の寝顔を勝手に見るとか何か少しだけ罪悪感はあるけど、ちょっとだけな、ちょっとだけ……。
「ん……ふぅ、んん……」
なるべくゆんゆんを起こさないようにと、我ながら気持ち悪い動きをしながら顔の位置を彼女と同じ場所まで持ってくる。というか、ちょっと動いただけでそんな色っぽい声出されると困るんだけど……。
ではでは、せっかくだし拝ませてもらいましょうかね……と思ったのだが。
「……んぅ?」
「あ」
そこには可愛らしい寝顔ではなく、不思議そうに目をぱちくりさせてるゆんゆんがいた。ひたすらぱちくりぱちくりしてる。可愛い。
「ふふ、タクミさぁん……」
「え、ちょっ」
ゆんゆんはにへらっとほっぺたを緩ませながら、俺の頬に手を当ててさわさわと撫でてくる。え、何これ恥ずかしい。
……この子、完全に寝ぼけていらっしゃる。後で思い出したら恥ずか死ぬんじゃないだろうか。
「えへへぇ……顔を真っ赤にしてるタクミさんは可愛いなぁ……いい夢だなぁ……」
「っ……」
いや。いやいやいや。これは夢じゃないですよゆんゆんさん……。
……もう限界です。現実に帰ってきて貰おう。
「……もう朝だぞ、ゆんゆん」
「んぇ? ……あ、さ?」
「そう、朝。ここは夢の世界じゃないぞ」
言うと、意識が覚醒したゆんゆんは湯気でも出るんじゃないかってくらい顔を真っ赤にして。
「はわっ、はわわわ!」
「ちょ、俺の胸をぽかぽか叩かないで」
いや、物理的には痛くないし可愛いからいいんだけどさ。心臓はめっちゃ痛くなってですね……。
「あ、あのですね、今のはですね!」
「うんうん」
「ゆ、夢だと思っていまして、その、と、とにかく! あの、違うんです!」
「おお、そうなのかそうなのか」
何これ楽しい。面白いくらいにテンパってるな。
「う、うぅ……っ、わ、忘れてください……っ」
「……それはちょっと可愛すぎたから無理だわ」
「あぅ……いじわるです……」
いじけるような声音で言って、ゆんゆんは仕返しのつもりか俺の頬をぷにぷにと押してきた。そして楽しそうにくすりと微笑んだ。心臓が破裂しそう。
その日は何だか俺もテンションが上がってしまって、しばらくゆんゆんを朝のことでからかって遊んだ。可愛かったです。
××××××
「いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ。お食事なら空いてるお席へどうぞー」
受け付けのお姉さんにバイトの話をしてから数日して。正式に許可を貰った俺は、ウェイターとして本当にバイトを始めることになった。簡単に言ってしまえば雑用兼接客というところだ。
バイトって最初の1週間は楽しく感じるけど、すぐにそんな気持ちはどっかにいっちゃうんだよな。それなのに今回はまだ二日目なのにもう既にキツいです。こっちの世界に来て相当怠け癖が付いてる証だな……。
……まぁ、そんなやる気のない姿なんて見せられるわけないんだけど。そう思い、視線をギルドの奥の方の席へ向ける。
「ふわああぁ……」
俺のウェイター姿に目を輝かせてるゆんゆんさんです。そ、そんなに珍しい物なのだろうか。一応このギルドにも他に男性スタッフはいるから見たことあるはずなんだけどな。
……まぁ何か楽しそうだし別にいいか。ところで、そのテーブルの上にあるトランプタワーはいつの間に作ったんですかね……。
うん、ゆんゆんのことばかり見ていても仕方ないよな。視線は気になるけど切り替えて、注文の品を客席へ運んで行くと、俺の顔は嫌でもげんなりとした顔になってしまった。
「……お待たせしました。ご注文のしゅわしゅわです」
「あ、ありがとねタクミ! お代はあんたが払っといてくれていいわよ!」
「やだ、理不尽すぎる」
……働く側になると、何とも言えないくらい害悪な客になるなこの女神もどきは。初めて聞いたぞそんなこと俺は。
……ところで、今はそれより気になることが。
「あれはどういう状況なんだ……?」
「さぁ?」
「いや、さぁって……。揉めてるみたいだけど」
俺が視線を向けた方向。そこにはカズマと、いかにも酒癖の悪そうな金髪の兄ちゃんが口論し合っていた。
正確には、金髪兄ちゃんが一方的にカズマに絡んでいるようにしか見えないんだけど。
「おいおい、何か言い返せよ最弱職。ったく、いい女を三人も引き連れてハーレム気取りか?」
カズマらのことを知っている身としては、とんだ的外れな発言を……と呆れてしまう。しかしいくら酔っているからといって、友人がそんなことを言われていたら気分が悪くないのも事実である。
まぁ金髪兄ちゃんの言う通り、カズマらのパーティーは実績という実績があるわけではないんだけど。この街での上級職の価値は凄いものだと理解してるから、客観的に見たら金髪兄ちゃんの発言は的外れでも何でもないことなのだ。
デュラハン戦のときに一緒にいればこんなことにはならなかったんだろうけどな……。あの時は一人で無謀なことをしたなぁと反省してます。
「……しょうがないわね。ちょっと行ってくるわ」
「お、おお……」
そう言い、アクアは普段とは違う真面目な表情でずんずんと歩いて行った。めぐみんとダクネスもそれに続いて付いていく。
「……何だかんだ仲間思いだな、あいつら」
もしも手でも出されたらさすがに俺も行くが、やっぱりこれはパーティー間の問題だしな。いくら関係があったとしてもそこまで出しゃばる必要もない。
「よし、お仕事頑張りますか……」
なら俺は今出来る仕事を頑張ることにしよう。それで後でゆんゆんにお疲れ様って優しく言ってもらうんだ……!
──その後、事の経緯をこっそり見守っていたが、やっぱり出しゃばらなくて良かったと思いました。まる。
ついでに言えば、その騒動に何故かゆんゆんまで巻き込まれていました。あとでお疲れ様っていっぱい言ってあげなきゃ……。
××××××
「お疲れ様です……」
「お、おお……」
その日の夜。風呂場から戻って来たゆんゆんの目は、その、何というか……どんよりしてた。やっぱり疲れてたのね……。
ソファーに座っている俺の隣に腰掛けたゆんゆんは、はふぅとため息のようなものを漏らす。今日は本当にお疲れのようだ。
「ごめんな、俺がバイトしてるとき暇だったろ」
「いえ、働いているタクミさんを見れて何だか嬉しかったので大丈夫ですよ」
そ、それは息子のバイト先に働く姿を見に来たちょっと過保護な母親の発言にしか聞こえないのだが。もしくはニートな息子に対しての母ちゃんの発言。
「……ゆんゆんこそお疲れ様。大変だったろ、色々と」
「は、はい……カズマさんのすごさが分かった一日になりました……」
「まぁあの濃いメンツを纏めてるんだしな……」
ゆんゆんと金髪兄ちゃんじゃ多分纏められないだろうとは思っていたけど、まさかあそこまでボロボロになって帰ってくるとは思わなかった。逆にカズマと金髪兄ちゃんのパーティーメンバーはめっちゃ楽しそうに帰って来たから、そこはやっぱりカズマの統率力の凄さなんだろうな。
「ゆんゆんの話はないのか?」
「へ? わ、私のですか?」
「そうそう。久々に別行動だったんだし今日の話を聞きたいなって」
「うぅ……」
恥ずかしそうにもじもじするゆんゆんは、ちらりと上目遣いでこちらを見つめてくる。加えて、ちょこんと服の袖を握ってくる。
「は、話したら……その」
「ん?」
「いつもよりいっぱい……よしよしってしてくれますか?」
ゆんゆんがこんなことを言っちまうなんてどんだけ凄いんだカズマのパーティーは……。何か涙出そうだよ俺。
「……ん、好きなだけしてあげるよ」
「やった……」
そう言い、ゆんゆんは本当に嬉しそうに胸の前で小さくガッツポーズをした。可愛すぎるんだけど。
それから一呼吸置いて、ゆんゆんは今日のクエストについて話し始めた。最初は少し照れていたが、次第に表情をころころ変えて楽しそうに話す彼女に俺の頬も自然と緩んでしまった。
「それで初心者殺しがわーっと来たんですよ! それなのにめぐみんと言ったら……」
ほんと、ゆんゆんってめぐみんが関わると普段より楽しそうなんだよな。ちょっと妬けるくらいだ。
しかし、さっきから言っている初心者殺しというのが気になってしょうがないんだが。ネーミングからしてカッコいいだろ絶対。
「よし、明日は初心者殺しを殺しに行こう」
「はい? ギャ、ギャグですか?」
「あ、いえ、違います……」
ギャグのつもりで言ったつもりはなかったんだけどな。ちょっと恥ずかしい。
「でも、どうして行きたいんですか?」
「いや、だって結局倒してはいないんだろ? ならリベンジにいかなきゃ」
「な、なるほど……」
俺の無理難題な発言にも、ゆんゆんは真剣な表情を浮かべて考えてくれた。彼女は頭の良い子だ。きっと勝算やら計画やら色々と考えてくれているんだろう。
「……じゃあ、明日無理のない程度に行ってみましょうか」
「おう、ありがとな。無茶言ってごめんな」
「い、いえ、大丈夫です。だって、その……」
緊張した面持ちで息を詰まらせるが、不思議そうにする俺と目が合うと頬をほんのりと弛緩させて。
「わ、私はやっぱり、タクミさんとふたりきりの冒険の方が、す、好きですから……」
「……俺も好きだよ」
言って、お互い顔を真っ赤にしながらくすりと笑い合う。わしゃわしゃと髪を撫でると、ゆんゆんは嬉しそうに頬を緩ませて胸に顔を埋めてきた。
……一度一緒に寝ただけでこんなに積極的というか大胆になってくるとは思わなかったな。この距離感がずっと続いたらどうすればいいんだ俺……。
ただただイチャイチャさせたいだけの一言。ゆんゆんが幸せ笑顔なところをいっぱい見たいです。
ではでは今回もお読みいただきありがとうございました!