【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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七耀暦1192
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 七耀歴1192年1月、研ぎ澄まされた冷たい大気を一機の翼が翔け抜けた。

 

 

「よし、順調だな」

 

「悪くないですね」

 

「やったな、エステル坊」

 

「女の子に坊をつけるのはやめてください」

 

 

 グスタフ整備長が空を見上げて、試作飛行機が空を飛ぶのを眺めている。彼は感心したような表情で私の頭に手をポンポンと乗せた。

 

 グスタフさんはすごく腕のいい技師で、私の飛行機開発にもとてもよく協力してくれる。彼がいなければ、ここまで早く飛行機を飛ばせなかっただろう。

 

 今回空を飛ぶのは新型の1500馬力の発動機を搭載した双発機だ。大きなエンジンにすることで出力を高め、速度と積載量を重視した。

 

 さらに重力制御機関を取り入れたことで、STOLとしての能力も獲得。およそ100アージュの滑走で空に浮かぶことができる。

 

 時速5000セルジュ、3トリムの貨物を輸送できる高速輸送機として設計されている。乗員は4人。全長15アージュ、全幅20アージュ、全高5アージュ。

 

 最大離陸重量14トリム、航続距離は30,000セルジュだ。今回は30人の人間を輸送できる人員輸送機タイプである。

 

 

「飛行船よりも安くて速い。一機あたりの輸送量は今一つだが」

 

「数を揃えても採算は取れます。カルバード共和国は欲しがるんじゃないでしょうか」

 

 

 人口大国であるカルバード共和国は、国土が広くて移動に時間がかかる。しかし、国土が広ければ空港の整備も問題なく行えるし、バスや飛行船よりもはるかに速いこの機体ならば勝負できると睨んでいる。

 

 それにこの機体は試作機だ。量産型はもう少し価格を抑えることができるだろう。

 

 

「経済の話はいまいち分からんな」

 

「大切ですよ。どれだけ性能が良くても、コストパフォーマンスが良くなければすぐに廃れてしまいます」

 

「俺は技術屋なんでね。だが、いい機体だってぇのは分かるさ。イロンデルの方がスマートだったがな」

 

「双発機は鈍重ですから。あっちの方は納入が始まるんですよね」

 

「フォコンとアベイユだな。飛行機乗りにはフォコンの方が人気あるらしいが」

 

「速いですから。でも、現状で役に立つのはアベイユですけどね」

 

 

 1000馬力の小型単発用のエンジンに換装したイロンデルの量産発展型である戦闘機フォコン、そして逆ガル翼を採用して急降下爆撃に対応するため頑丈な作りとした爆撃機アベイユ。

 

 しかし、今のフォコンは攻撃力不足で飛行船を撃墜するのは難しく、むしろ今のところ爆撃に特化したアベイユの方が軍事的には役に立つ。

 

 というわけで、現在、ZCFの銃器開発部門で戦闘機に積むための大口径の重機関砲の開発がなされている。

 

 2リジュ口径以上の重機関砲が完成して飛行船に対する十分な攻撃力を航空機に与えられたならば、フォコンは本当の意味で制空戦闘機となるだろう。

 

 さて、イロンデルはというと、現在16機のイロンデルが軍に納入されており、練習機として活躍している。クセのない性能のためか多くの飛行機パイロットを育成しているそうだ。

 

 事故は3度ほど発生していて、特に着陸に失敗した事故で1名の死者を出している。機体のトラブルではなく、人身事故だそうだがあまり気分の良くない話だ。

 

 それでも、少ない人員と予算で戦車を上回る戦果を生み出すことが可能と予測される飛行機に軍は期待しているらしく、来年度までに一個飛行大隊、飛行機にして108機分の戦力を練成するつもりらしい。

 

 

「でも良かったじゃねぇか、ちゃんと飛んでよ。弟を乗せるんだろ?」

 

「まだ男の子と決まったわけではありませんが」

 

 

 

 

 さて時は遡り昨年の12月、私の元に届いた手紙の内容に私は衝撃を受けて、即座に実家に舞い戻ったのだ。

 

 なんと、母の妊娠が分かったらしい。

 

 前々から弟か妹が欲しいと言っていたが、現実になるとは思わなかった。つまり、私はお姉さんになるわけである。なんだかとても嬉しい。わくわくする。

 

 

「お母さん、ただいま帰りました!」

 

「あらあら、エステルまで」

 

「そりゃ、一大事だからな」

 

 

 どういうわけか父まで帰って来ていた。母の様子はあまり変わらず、外見上の変化もない。まだ妊娠初期でお腹も大きくなっていないのだろう。

 

 父もなんだか浮き足立っているようで、私もなんだか不思議な気分。

 

 

「男の子でしょうか、女の子でしょうか?」

 

「父さんは男がいいな」

 

「ふふ、私は女神様のお決めになる通りに。どちらでもかまいません」

 

「どんな名前にしましょう?」

 

「そうだな……」

 

「二人とも気が早いですよ」

 

 

 母が私達二人のやり取りを見てクスクスと笑う。暖かな雰囲気。しかし、どんな子が生まれるのだろうか。私のような<知識>を持っているとか……、それはないか。

 

 私の知る限り私と同質の異常を持った人間はいないし、噂を耳にしたこともない。私だけが何故特別なのか。これは難しい命題である。

 

 とはいえ、普通の、子供らしい子供が生まれればいいと思う。私はとてもじゃないが純正の子供では無かった。

 

 父からも母からも親としての楽しみを奪ってしまったかもしれない。私は私らしく今まで生きて、後悔は微塵もないが、それでも母の幸せを願う心は本物だ。

 

 生まれてくる子供にも幸せになってもらいたい。母にも幸福な親としての人生を、人間としての人生を歩んでもらいたい。

 

 弟か妹か分からないけれども、大きくなったら一緒に空を飛ぼう。一緒に釣りに出かけよう。楽しい思い出をたくさん作ってあげよう。辛いことがあっても一緒に悩んであげよう。

 

 

「楽しそうね、エステル」

 

「はい、すごく楽しみです」

 

「エステルはお姉さんになるのよ」

 

「はい」

 

「だから、これからはもう少し女の子らしくしましょうね」

 

「女の子らしくですか?」

 

「女の子には女の子の楽しみがあるのよ。研究も剣も頑張っているのは知っているわ。でも、エステルは女の子なんだから、女の子の幸せを知ってほしいの」

 

「はぁ」

 

「ふふ、まだエステルには分からないかな」

 

「知識では知っています。女の人は綺麗な洋服を着て、お洒落をして、化粧をして、男の人の気を引くのだとか」

 

「男の子のためにするんじゃないの。自分のためよ。そして、好きになったヒトのためでもあるの」

 

「お母さんは、私が女の子らしくなると嬉しいですか?」

 

「どうして私なの?」

 

「私の好きな人ですから」

 

「あら、お父さんはいいの?」

 

「エステル、父の事を忘れないでくれ」

 

「お父さんも大好きですよ。お父さんはどう思います?」

 

「おう、エステルが可愛くなるのは嬉しいに決まっている。だが、悪い虫がつくのは……」

 

「あ・な・た」

 

「……しゅん」

 

「私もエステルが可愛くなるのは嬉しいわ。本当はもっと、いろいろな服を着せてあげたいもの」

 

「ん……、はい。分かりました。がんばってみます」

 

「ふふ、エステル。約束よ」

 

「ん、はい」

 

 

 女の子の幸せ。<知識>からは結婚とか恋とか一般的な解答しか得られなくて、それらもいまいちピンとこないせいか首をかしげてしまう。

 

 まあ、母が望むのならそういった事にも気をかけよう。弟か妹にガサツな姉だと思われるのも良くないだろう。この時私はそう考えて自らを納得させた。

 

 

 

 

 時は流れる。試作された双発機であるオラージュ2基が軍へと引き渡されるのに立ち会う。試験などいろいろと行い、初期不良などを洗い出す事になるのだろう。

 

 とはいえ、私としては双発機の完成を見たことから、私は高効率の輸送機の設計に取り掛かるとともに、1500馬力級の小型エンジンと、4発機、そしてロケットの設計に携わっていた。

 

 まだまだ先の話だが、有人宇宙飛行というのも夢があってよい。

 

 

「重力制御機関で軌道高度まで浮かべることが出来ますが、速度が足りないので人工衛星になりません。やはりロケットエンジンの開発は必要です」

 

「固体燃料ではだめなの? 重力制御機関で軌道投入の微調整は可能だと思うけれど。液体燃料形式は複雑で取扱いに難があるわよ」

 

「そうじゃの。じゃが、固体燃料は一度点火すれば止めることはできんからの。しかも、酸化剤が燃焼する際に毒ガスが発生する」

 

「でも、技術的な堅実性を考えれば、最初は固体燃料で実績を積むのがいいわね」

 

「ん……、やはりそうですか。まあ、仕方ありませんね」

 

 

 ロケットの固体燃料はポリブタジエンのような燃料と基質としての合成ゴムとアルミニウム粉、酸化剤としての過塩素酸アンモニウムを主成分とし、ここに酸化鉄のような添加物が加えられて成形される。

 

 燃焼時には酸化剤を由来とする大量の塩化水素が発生し、そもそも過塩素酸自体に毒性がある可能性がある。

 

 しかしながら、液体燃料を利用したロケットよりも安価で簡単な構造になるので扱いやすいという特徴もあり、また兵器としては即応性や保存の面から見てもロケット兵器の燃料としては固体燃料が最適であることは間違いない。

 

 RDXやHMXのような高性能爆薬を用いる固体燃料もあるが、こちらは取り扱いが難しい。

 

 導力式のブースターは推力が弱くてロケットには向かない。加速度はジェットエンジンにも及ばず、とても第1宇宙速度を突破できそうにない。

 

 理論上はイオンエンジンのように人工衛星などの推力として利用するのが理想的と言える。惑星探査機にでも導入すればいいだろう。

 

 液体燃料方式は酸化剤として液体酸素や硝酸を、燃料にケロシンや液体水素を用いて推力を得る。

 

 ポンプの動作を調整することで推力を調整でき、複雑で繊細な軌道投入を可能にするが、そもそも構造が複雑で部品数も多くコストが高い。液体酸化剤や液体水素の貯蔵に難があるなどの問題を抱える。

 

 

「まあ、とりあえず小型のロケットから実験を重ねてみます」

 

 

 そういうことで、私はロケットの開発も行うことになる。

 

 なんだかんだで技師さんたちと一緒に作り上げたのは、全長150リジュ、直径13リジュのペイロードに速度計などの機器が搭載されている小型ロケットだった。

 

 導力技術があるとはいえ、ここまで早く試作段階まで持っていくというのはXの世界ではありえないのだけれど。

 

 ロケットは秒速8セルジュで150セルジュ先まで飛翔した。

 

 青い草原。蒼穹に向かって一条の白い煙の軌跡を残して、雲の合間に消える一本の矢。甲高い燃焼音が耳に残り、後は風の音だけが。

 

 残心のような余韻を残して、私とグスタフ整備長、技師たちは作業に戻った。

 

 

「結構飛びましたね」

 

「こいつにも人間乗せる気か?」

 

「まさか。もっともっと改良しないとヒトなんて乗せられないですよ」

 

「やっぱり乗せるのか。だが、こいつぁ片道切符だぜ?」

 

「落ちるときは専用のカプセルだけ切り離して、パラシュートで減速して着陸するんです」

 

「お前、どこに飛ばそうっていうんだ?」

 

「月ですかねぇ」

 

「大きく出たな」

 

「真面目な話ですよグスタフさん」

 

「エステル坊なら本気でやりそうで怖ぇえや」

 

「じゃあ、グスタフさんが死ぬまでに月に人を送り込んだらどうします?」

 

「裸になって逆立ちでツァイスを一周してやるよ」

 

「言質はとりました。でも、それって私に何の得もないですね」

 

 

 人工衛星には価値が大きい。気象衛星や中継衛星もいい。GPS衛星があればより便利だ。そうだ、犬を飛ばそう。ライカ犬とか夢がある。

 

 生きて帰れるように工夫する必要があるけど、宇宙犬とか最高じゃないか。クドリャフカとかベルカとかストレルカとか、そういう名前をつけてやろう。

 

 そして、月ロケットだ。予算が許せばの話だが、共和国あたりとの平和的共同実験という美名にかこつけて、金を毟り取ってロケットを飛ばそう。

 

 いいな、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」とか言ってみたい。

 

 

「ん……、やっぱりいいですね」

 

「俺の裸がか?」

 

「そんなの全く興味ありません。不愉快です」

 

 

 まあ、妄想もほどほどにだ。今は超音速にだって到達していないし、飛行機にも集中したい。4発のエンジンを持つ大型機の試作も控えていて、今リベールの飛行機の発達は目覚ましい。

 

 主に私が<知識>によって無理やり牽引しているのだが、それにしては<知識>以上の成果を出しているような気もする。

 

 自画自賛だが、なんとなく問題の本質が見えてしまうというか、どのようなトラブルが起こり得るのかが事前に分かってしまう不思議な感覚がある。

 

 そして、その解決方法もなんとなく頭に浮かんでしまうのだ。直感にしては的確過ぎて、ちょっと自分でも気持ち悪い部分がある。父の遺伝子を受け継いでいるせいだろうか。

 

 最近は軍の関係者やモルガン将軍と話すこともあり、その度に父のすごさを実感する。何やら『理』なる謎の境地に達しているらしく、軍においても右に出る者がいない知略家らしい。

 

 さらに武術もリベールで一番なのだから、父の優秀さが分かるというもの。いわゆる天才というヤツなのだろう。

 

 

「まあ、とりあえずは軍に提出した案の性能は確保したと思います」

 

「そういやぁ、こいつも軍から開発予算をぶんどってきたんだったな」

 

「フォコンの戦闘能力を向上させるためです。ロケット弾を使えば、多少頑丈な飛行船でも撃墜できるでしょう」

 

 

 量産型の戦闘機フォコンは通常の機関銃を装備しているが、それでは同じ飛行機も落とすことは出来ない。

 

 戦闘機の本分は制空権の確保で、将来登場するだろう重武装の飛行船にも対抗できる火力を必要とする。飛行船なら20mmの重機関銃でも不足で、少なくとも35mm以上の砲かミサイルが欲しい。

 

 とはいえ安価かつ小型高性能の演算装置がまだ開発されていない以上、誘導や追尾は難しくミサイルは非現実的で無誘導のロケット弾から始める必要がある。

 

 まあ、成型炸薬弾を用いればパンツァーファウストだって作れる。エレボニア帝国やカルバード共和国のような大規模な機甲師団を用意できないリベール王国には最適だ。

 

 自走多連装ロケット砲だって作れるだろう。まあ、Xのいた世界のアメリカ合衆国なみの国力がなければおいそれと運用できそうにないが、カチューシャぐらいなら用意できるかもしれない。面制圧には役立つと思う。

 

 

「まあ、設計はやりましたし、武器として完成させるのは銃器開発部門の人に押し付けましょう」

 

「投げやりだねぇ」

 

「私の仕事じゃないですし。予算獲得のための方便ですし」

 

「ガキのくせにセコイこと考えやがる」

 

「予算獲得は研究者のもう一つの戦場です」

 

 

 重要な発明を行った功績があるため、ある程度話は聞いてくれるものの、やはり子ども扱いされている部分は大きい。まあ、実際に子供なのだけれど。

 

 とはいえ、予算獲得は研究者の死活問題。ZCFから優遇されていても、資金集めには苦労するのだ。特にロケットはこれからがお金がかかる。

 

 

「まあ、実戦で証明されていない兵器にお金出せって言われても首かしげますよね」

 

 

 リベール王国はこの時まで平和だった。戦争が起こるなんてほとんどの人が思ってもいなかっただろう。

 

 だけれども、世界は酷く理不尽で、意地悪で、悪意や狂気がどこに潜んでいるか分かったものではない。《知識》でそれを知りながらも、私はまだこの時は実感していなかったのだ。

 

 

 

 

「大変だ!!」

 

「どうしたんじゃ騒がしい」

 

 

 七耀歴1192年春。草木が芽吹き空気が温み始めた頃、設計室にマードック工房長が駈け込んで来た。その顔は真っ青で、息も絶え絶えで、それだけで何かとんでもない事態が起こったことを悟る事が出来た。

 

 だが、次に彼が発した言葉によって部屋にいたラッセル博士と私を含めた技師たちは凍り付く。

 

 

「エレボニア帝国がリベールに宣戦布告したらしい」

 

「え?」

 

 

 それは導力戦車から放たれた一発の導力弾によって始まりが告げられたのだと、後に知った。

 

 エレボニア帝国による宣戦布告の文書が届けられたのと同時に砲弾が発射され、ハーケン門への着弾により先制攻撃としてリベール王国に叩き付けられたのだ。

 

 ハーケン門は中世の城壁を補強しただけの前時代的な城塞で、問題視されながらも本格的な要塞化は先送りにされていたが、それが仇となった形だ。

 

 旧態依然の城壁は戦車砲の前には無力で、続けざまに降り注いだ近代的な火砲の前に容易く瓦礫の山となってしまう。城壁は何の役割も果たせなかったのだ。

 

 そして、王国に侵攻した帝国軍の総兵力は13個師団。

 

 それはエレボニア帝国軍の半数に匹敵し、5個師団体制のリベール王国の3倍近い兵力差であり、かつこれらの帝国軍の師団は王国軍よりも遥かに機甲化がなされていた。

 

 その突破力の前にリベール王国軍の国境守備隊は易々と粉砕されてしまう。そして、帝国軍は僅か数日でボースを包囲。電撃的な侵攻に王国軍はまともな対応も出来ずに各個撃破される、そう思われた。

 

 

「それで私が招聘されたわけですね。お父さん」

 

「そうだ。今から俺がお前の直属の上官となる。職務中は大佐と呼ぶように」

 

「分かりました。何をすれば?」

 

「軍用機を作れ。それが上からの命令だ」

 

 

 父は苦々しい表情で告げる。ボースを包囲した帝国軍の侵攻速度は異常の一言だったが、その電撃的侵攻はすぐさま頓挫することになる。

 

 レイストン要塞から飛び立った36機の飛行隊、戦爆連合が爆撃を開始したためだ。まともな航空戦力も対空装備も持たない帝国軍にこれらを防ぐ手段は無かった。

 

 そして、何よりも帝国の補給線がか細いものであったことが、帝国軍の侵攻を遅延させる最大の要因となった。

 

 そもそも、帝国軍がリベール王国に侵入するにはハーケン門が設置されている狭い峡谷を通らねばならない。

 

 そこに爆撃機から航空爆弾が投下され、峡谷地帯に土砂崩れを起こしてこれを塞いでしまったわけだ。

 

 帝国軍は王国領侵攻の半ばにして戦力を寸断された。重機による復旧も簡単には進まない。道を復旧してもすぐに爆撃で寸断されればそれも無意味となる。

 

 この致命的な作戦の遅延は、帝国が目論んだ電撃戦を完全に頓挫させてしまった。

 

 それだけではない。

 

 練習機であるイロンデルすら駆り出されたリベール側の航空攻撃は、戦場の支配者であった砲兵を、新時代の陸戦の王者たる戦車に一方的な打撃を与えてしまう。

 

 自分たちが航空攻撃の前には無力であったことが帝国軍の動揺を誘ったのだ。

 

 さらに軍に接収されて爆撃機に改造された試作双発飛行機は、その豊富な爆弾搭載量を如何なく発揮して後方の物資集積地を爆撃した。

 

 帝国軍の侵攻速度は目に見えて遅くなり、なんとか開戦後2週間でボース地方を勢力下に置いたものの、クローネ連峰やレナート川などの他の地方を隔てる要害を突破できずに足踏みする事態に陥っている。

 

 この間に王国軍は再編成がなされ、戦線と塹壕の構築に成功。導力戦車の突破力も十分に構築された陣地と、空から襲い来る急降下爆撃の前では上手く機能しなかった。

 

 戦線は一時的な膠着状態に陥った。

 

 そうした背景の元、会議がレイストン要塞で行われる。目の前にはモルガン将軍と父、そして多くの将官たち。

 

 

「この状態も長くは続かないでしょう。導力砲を航空機に対する高射砲に転用することは誰でも発想します。ラインフォルトならば容易に製造するはずです」

 

 

 私とラッセル博士、エリカさんは飛行機の専門家として軍に招聘された。僅か5歳の身でありながら、最重要人物として私に対し大尉という戦時階級まで与えられてしまう。

 

 それは飛行機が戦線を支えていることは火を見るより明らかで、ならば反撃も飛行機が鍵になる事は想像の範疇であったからだ。

 

 

「ならば、どうすればいい?」

 

「高射砲による軍用機の消耗は避けられません。対策として飛行船を軍用に転用して、装甲の厚い爆撃機にすることは可能ですが、そのコストは王国に大きな負担を強いるでしょう。ですので、これら高射砲を効率的に叩くことで爆撃の効率を回復することが出来ます。こちらをご覧ください」

 

 

 私は対地ロケット弾の仕様書を配る。

 

 直径13リジュ、全長180リジュ、重量は0.066トリム、炸薬の量は0.02トリム。速度は毎秒8セルジュ。安定翼により弾道は安定し、その威力は従来の榴弾砲をも上回る。

 

 しかし、現状のフォコンでは2発運用できれば良い方だ。ロケット弾の命中率はそれほど高いものではない。数を撃つべきだ。

 

 

「このロケット弾であればあまり接近せずとも高射砲を叩くことが出来ます。そのために、フォコンのエンジンの強化を早急にすべきだと考えます」

 

「アベイユでは運用できないのか?」

 

「可能ですが、どちらにせよフォコンの強化は必要でしょう」

 

「レポートにもあったな。帝国は遅からず飛行船を戦場に投入すると」

 

 

 帝国軍もハーケン門を経由した補給線の危うさは認識しているはずだ。これを打破するには海路か空路に頼ることになるだろう。

 

 しかし、海路に頼るならば、帝国軍はまずクローネ連峰を越えてルーアン地方を確保しなければならないし、海戦における勝利を手にしなければならない。

 

 であれば、まずは空路を開くことになるはずだ。

 

 

「ロケット弾の搭載は必須か」

 

「いいだろう。他には?」

 

「アベイユの発動機も並行して強化します。また、帝国本土への攻撃を考慮すべきです」

 

「帝国本土だと!?」

 

「はい。帝国本土への爆撃を行えば、彼らは戦力を爆撃機の迎撃に割かなければならなくなります。また、敵の軍需工場や工業施設、重要な橋梁を爆撃することで帝国の継戦能力を削ぐことが可能になります」

 

「なんと……」

 

 

 戦略爆撃はコストがかかるものの、それ以上のリソースの消費を敵に強いることができる。近代の戦争は資源地帯の奪い合いか工業力の潰しあいだ。

 

 特に封建的な制度を維持する帝国にとって、貴族領の橋梁や港、さらには城館が襲撃された場合、貴族たちは自らの領土を守るべく動くはずであり、それはリソースの分散に繋がるはずだ。

 

 もちろん、戦略爆撃は副であり、主は戦術爆撃、阻止攻撃と近接航空支援であるのだけど。

 

 

 

 

 兵器開発と生産がツァイス中央工房の総力を挙げて開始される。徴兵が行われ、多くの若者が兵士となるための訓練を受け始める。

 

 同時に飛行機の活躍は愛国心の高いリベール王国の市民に火をつけ、女性たちまでもが動員されて飛行機を初めとした兵器の生産が開始される。リベール王国は総力戦の体制を整えつつあった。

 

 この間、ボース地方にて公式において世界初の空戦が勃発した。

 

 もっとも、空戦とはいっても飛行船建造技術にてまだまだ未熟な帝国が送り出した大型飛行船がフォコンによって一方的に撃沈されたというものだったが。

 

 また、飛行機の活躍は陸に止まらず、海においてもその威力を発揮する。リベール王国の近海に近づく帝国の軍艦に対する急降下爆撃が効果を見せ、民間の飛行船すら動員されて爆撃が行われた。

 

 これにより帝国海軍の艦隊は敗走。戦艦1、巡洋艦7、駆逐艦18がアゼリア湾に沈み、他の多くの船が大破して逃げ出した。

 

 これにより、帝国軍は空路・海路による補給線の確立に失敗。

 

 寸断されがちなハーケン門と闇夜に紛れて行われる空輸のみが、リベールに進行した帝国軍の命綱となっていた。

 

 しかし、帝国軍も負けてばかりではない。世界最高の兵器メーカーたるラインフォルトの意地か、早々に対空砲の開発を行い、これを戦線に投入したのだ。

 

 それらは従来の機銃や大砲を改良したものでしかなく、現場においても効果的な時限信管の設定などのノウハウが確立していなかったために、命中精度はほとんど期待できないものであったが。

 

 それでも近接航空支援を行う機体に対して一定の効果をもたらしつつあった。

 

 

「というわけで、近接航空支援には飛行船が適していると思います」

 

「なるほど、確かにこれなら戦えるわね」

 

「ふむ、つまりワシにこれを作れと?」

 

「それ以上のものを作っていただいて構いません」

 

 

 私はラッセル家の天才二人に一つの仕様書を手渡した。軍用飛行艇計画。重力制御機関の使用による莫大な浮力を利用して、飛行機には不可能な装甲と重装備を搭載する。

 

 その速度は時速120セルジュ程度で構わない。近接航空支援には頑丈さと攻撃力こそが求められる。乗員の生存は最優先だ。

 

 

「いいじゃろう。お前さんはどうするんじゃ?」

 

「私は戦略爆撃機を設計します」

 

「戦略爆撃機?」

 

「はい。帝都ヘイムダル、工業都市ルーレなどの重要な施設を爆撃して破壊します。帝国が何を考えてリベールに牙をむいたのかは分かりませんが、戦争が続けば得るものより失うものの方が多いことを教えてやるのです」

 

 

 モデルとなるのはアブロ・ランカスター。現在の1500馬力級のエンジンを4つつけて、11トリムの爆弾を投下する。

 

 工業地帯、橋梁、宮殿。それら全てを瓦礫の山に変える。帝国人たちも、まさか自分たちの真上から爆弾が落ちてくるなど想像だにしないだろう。

 

 自分たちには関係のない、遠い世界の戦争だとタカをくくった帝国人たちに、自分たちが当事者であることを再認識させるのだ。

 

 

「帝国は封建的な社会です。そうして貴族たちがこぞって戦争の継続に反対すれば、帝国はこの馬鹿げた戦争を継続できなくなるはずです」

 

 

 そうして私はリベール中から集められた技師たちや工員に指示して飛行機を作る。強力なエンジン、強力な爆弾、強力なロケット。

 

 この時の私はどこか戦争を遠いものとして見ていて、どこか《知識》にあるゲームめいたものとして処理していた。人を殺す武器を作る恐怖や嫌悪よりも、どこか楽しさすら感じていた。

 

 父はそんな私に会うたびに何度も注意する。それは理性では理解できた。

 

 戦争はどこまでいっても悪である。戦場の栄誉は騎士や将軍のものだが、その負債は全て戦争を望まない民に押し付けられる。

 

 そして、子供がそんな戦争に関わる事は唾棄すべき悪であるし、人殺しの道具を持つことも、作ることも大人からすれば恥ずべき行いであることも《知識》としては理解している。

 

 しかし、楽しいのだ。

 

 私のアイディアが形になる。評価される。国を救うという免罪符は私にそういった罪悪感を薄れさせ、私は何の気兼ねもなく兵器を設計し続けた。

 

 パンツァーファウスト、自走多連装ロケット砲、誘導爆弾、巨大な地中貫通爆弾、クラスター爆弾。それらは戦場で活躍し、帝国の兵士たちを殺し続けた。多くの将兵たちは私を褒めちぎった。

 

 私は天狗になっていたのだ。おだてられ、舞い上がり、栄誉に酔いしれ、負債から目を背けていた。

 

 戦争に関わった事に後悔はない。だが、戦争を楽しんでしまったことは、数日後、大きな負債としてこの罪に報いた。

 




5話目でした。

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