「決勝戦……、モルガン将軍とですか」
最終日。決勝戦が行われるということで、グランアリーナは昨日以上の熱気に包まれていた。相手はなんというか予想通りモルガン将軍。
もう結構な歳なのに参加した王国軍の将兵や遊撃士たちを全員まとめてぶっとばして決勝に危なげなく進んできた。
王室親衛隊の隊長という人すら倒してしまうあたり、なんというかリベール王国軍は大丈夫なのかとさえ不安になってしまう。
老将軍を止められないとか、逆に軍の恥じゃないだろうか。まあ、リシャール少佐やシード少佐といった、かなりの使い手がいることは知っているが。
ちなみに彼らは試合には出ていない。二人ともそこまで自己顕示欲が強いわけではないからだ。
そういうわけで、大抵の武術大会はモルガン将軍の独壇場になるらしい。まったく年甲斐の無いお爺さんである。手加減すればいいのに。
「あのハルバード、当たったら痛そうです」
「何弱気になってるのよ。ここまで来たら優勝でしょっ」
「簡単に言わないで下さいよシェラさん。昨日は相当苦労したんですから」
「でも、相手はお爺さんなんだし」
「ユン先生を前にして言える事じゃないですよね」
「まあ、そうね」
「大丈夫だよエステル。エステルは強いんだから!」
「あはは、ありがとうございますエリッサ」
エリッサとシェラさんに応援されながら、私はみんなと分かれて控室に向かうことにする。その前に、私はユン先生に一礼をした。
「行ってまいります」
「うむ、勝て」
「はい!」
「父には何の言葉もないのかエステル?」
「…行ってきますね、お父さん」
「おう、行って来い!」
そうして私は競技場へと進む。喝采や多くの人たちの声が私を出迎えて、私は青い芝生の上をゆっくりと歩いた。
向こう側からは髪や髭が白くなったものの、見る者を威圧するような剛健さを兼ね備えた老将軍が巨大なハルバードを手にして、同じように歩いてきた。
「お久しぶりです。こうして直接言葉を交わすのは数カ月ぶりですね、モルガン将軍」
「壮健のようだな、エステル。しかし嘆かわしい。この場に残ったのがわしのような老人とお主のような年端もない女子とは。王国軍の錬度は地に落ちたか」
機嫌悪そうにしかめっ面のお爺さん将軍。怒る理由は共感できるけれども。私はそんな将軍を宥めるように応じる。
「リシャール少佐やシード少佐が出場していませんから。お二人がいれば、結果も変わっていたことでしょう」
「そう祈るしかないな。じゃがやはり情けない。王室親衛隊も出場していたのだろう」
「将軍がその隊長を倒してしまったじゃないですか」
「うむ、奴はなかなか見込みがあったな。負けてやってもよかったが、お主との試合が少々楽しみであった。年甲斐もなくな」
つい本気になって粉砕してしまったんですね。でも、クルツさん相手よりは有情だった気はしますが。
クルツさんの件は嫌な事件でしたね。
「将軍は元気ですね。いつまでも軍に残っていてほしい所ですが」
「ふん、そんなことが不可能なのは端から承知しておる。カシウスの奴がいれば、わしも安心して軍を退けたものを」
「いろいろありましたから。それに、あのお二人は見込みがあるのでしょう」
「親衛隊にもう一人、気骨のある者がいるというが。お主が倒してしまった」
「ユリアさんですか。彼女の剣は確かに速かったですね」
「士官学校では戦技において一位だったようじゃが。ふん、まあ良い。始めるとするか」
「分かりました。全力でお相手いたします」
老人と子供。異例尽くしの武術大会決勝戦。主審が前に出て咳ばらいをした。
「コホン、これより武術大会、決勝戦を行います。両者、開始位置について下さい」
少しだけ距離を取る。対してモルガン将軍は前に出たままハルバードの石突をズシンと芝生に打ち付けた。
「空の女神(エイドス)も照覧あれ…。双方、構え! 勝負始め!」
号令と共に私と将軍は同じタイミングで踏み込んだ。しかし、その速度は私が上回る。高速の抜刀をもって、私はハルバードを上段に構えたモルガン将軍の下半身を薙いだ。
しかし、その一撃は即座に引きもどしたハルバードの柄にぶつかる。峰打ちを狙った剣にこれを断つ力はなく、そして腕力においては将軍が私を上回った。
「軽いぞ!」
結果として私の一撃は弾かれ、そのまま将軍は突きを放ってきた。私はそれを体を横にそらすことで回避する。
そのまま私は長物の苦手な至近距離に入ろうとするが、将軍が豪快に石突側で横に薙いできて、これを防がれた。次に私は下段からの逆袈裟斬りを放つ。斧の部分で防がれる。
「せぇい!」
将軍は間髪入れずに飛び上がり、上段からの強烈な振り下ろしを放ってきた。流石にその一撃を刀では受けきれないと判断して、私はバックステップで一気に距離を取った。
強烈な一撃が大地にめり込み、芝の土を抉り、円形のクレーターを作り出す。私はすぐさま納刀し、そして氣を練って一気に抜刀した。
「行け!」
「ぬうっ、甘いわ!!」
飛ぶ斬撃。大気を切断する衝撃波が将軍に迫るが、将軍は同じように氣を練っていたのか、その闘気をハルバードによる突きで解き放った。
将軍の目の前で互いの放った衝撃波が中空でぶつかり、爆発音が鳴り響く。強烈な爆風が生じるが、将軍にひるむ様子はない。私はすぐさま将軍の懐に飛びこんだ。
「裏疾風」
「ぐおっ!?」
稲妻のような軌道を描く歩法。私の一太刀を将軍はなんとか受け止めたものの、彼の背後に回った私の一撃を止めることは出来なかった。峰打ちが強かに将軍の右腕を打ち据える。
本当は肩から袈裟斬りを狙っていたのだが、間一髪で腕を入れられた。剣撃と共に放たれた風の刃が将軍の体を切り刻む。
「大丈夫ですかモルガン将軍?」
「さすがじゃな。腕の骨にひびが入ったぞ」
「まだ戦えますか?」
「ふっ、馬鹿にするでない。篭手を装備していなければ危なかったがな」
「まるで中世の騎士のような防具ですね」
「かつては胸甲を着込んでいたものじゃがな」
ハルバードなどの白兵戦用の兵装は導力銃や導力砲の普及により時代遅れとなり、そして戦車の登場で戦場からは駆逐された。
それでもこうやって銃を装備する歩兵を上回る戦闘が行える者たちがいるからこそ、この世界では剣や槍などの活躍場所が残っている。不思議な世界だ。
「では行きます」
「来い」
袈裟斬りより入る。懐に入った瞬間に薙ぎが来ることを予想して、そのまま将軍の背後に回り込む。そのまま剣の間合い、ハルバードには近すぎる間合いを保って連撃を叩き込む。
将軍は上手くこれを捌いていくが、幾らかは受け漏らしてしまい、将軍の体に手傷が増えていった。
私は上手く距離を取り、特殊な歩法で死角に移動し剣を振るう。終始私のペースかと思われたが、ここで将軍が咆哮を上げた。
「ぬおおおぉぉっ!!」
「くぅっ!?」
強烈な横一線の薙ぎ。苦手な距離にも拘らず、その薙ぎは将軍の周りに円を描いて死角を消し、強烈な一撃に私はそれを剣で受けざるをえない。
私はバックステップにより衝撃を殺すが、それでも強烈な膂力を背景に放たれた一撃に私の両手は痺れてしまう。純粋な力ではどうしても将軍には敵わない。
私はハルバードで吹き飛ばされて5アージュほど投げ出された。
「ぬううぅん」
「おっと」
強烈な横薙ぎのすぐあと、将軍が間髪入れずその年齢を感じさせない速度で跳躍、強烈な闘気を纏ったハルバードによる上段を叩き付けてくる。
あれは受けては拙いと横に飛ぶが、その圧倒的なパワーが籠められた一撃は、榴弾でも着弾したのではないかという強烈な爆風じみた衝撃波を周囲に解き放った。
「これは…」
「ぜいやぁ!!」
これは遊撃士のクルツという人を屠った連撃だ。先ほどの強烈な衝撃波により足が止まってしまっている。
私は迫りくる横一線に対して回避できないことを悟り、むしろ迎撃することを選択する。
身体を弓のようにしならせた形で力を溜め、そして体内の氣を剣先へ螺旋に集束させ、そして迫るハルバードの斧に対して一撃の突きを解き放った。
「ぬぉぉっ!?」
超圧縮された氣は螺旋を描いて剣を包み込み、そして放たれた一閃の突きはハルバードと激しく衝突する。
衝突の瞬間に剣先で爆発的な氣が解放され、ハルバードの斧との接触面で激しい火花を散らし、そして斧の一部を破砕したかと思うと、そのままハルバードを将軍の手から弾き飛ばしてた。
八葉一刀流・一の型《螺旋》の派生技。実際の一の型とは随分と見た目的に違うが、本質的には同じだったりする。
「私の勝ちです」
私は将軍の首に剣を突きつけた。大きなハルバードは宙を回転しながら、十アージュほど向こう側まで飛んで、そして芝生の上に突き立った。
ハルバードの斧の部分は抉られて砕けている。武器を失ったモルガン将軍はしばし呆然としていたが、ふっと笑みを浮かべる。
「なるほど、ここまでとは。ユン・カーファイ殿は相変わらずでいらっしゃる」
「元気な老人です。この大会に出ろと言ったのも先生でしたし」
「見事。わしの負けだ」
「勝負あり! エステル・ブライト選手の勝ち!」
モルガン将軍が両手を上げたとともに、主審が私の勝利を宣言する。観客席からは歓声と拍手の津波が溢れ出し、少しばかり私を唖然とさせた。
勝った。優勝してしまった。その事を正確に理解するのには少しばかりの時間がかかってしまう。なんというか、少しばかり現実感がないというか。
「どうした、エステルよ。表彰が始まるぞ」
「あ、はい。そうですね」
そうして将軍は笑って私の頭に手を置き、そして踵を返した。壊れてしまったハルバードを引き抜くと、控室の方に去ってしまう。
私はそれを見送ると刀を鞘に納め、そして家族とシェラさん、そしてユン先生がいる場所を向いてお辞儀をし、そして観客の人たちにもお辞儀をした。
何かカワイイとかそういう声も聞こえてくるが、まあそれはそれとして表彰式が始まる。
審判たちと共に現れたのはリベール王家のヒトで、護衛を連れてやってきた。王族のヒトは優勝を記念する盾と
「エステル・ブライト選手、どうぞ前にお進みください」
「はい」
「これは可愛らしい剣士だな。君があのエステル・ブライトかね?」
「どのエステル・ブライトのことを仰っているかは分かりませんが、私の名がエステル・ブライトであることは間違いありません」
「はは、なるほど。リベール王国きっての頭脳が、リベール王国最強の剣士というわけだ。おめでとう。エステル・ブライトに賞金10万ミラと優勝賞品グラールロケットを贈るものとする!」
「ありがとうございます」
そうして優勝トロフィーが護衛の人から手渡された。少し大きなトロフィーで、私の顔が隠れてしまうほどだけれど、持てない程の重さじゃない。
「だ、大丈夫かね?」
「はい、これぐらいなら片手で」
「ふむ、意外と軽いのか」
いえ、一般の常識から言えば重いと思います。そんなちょっとずれた感想を王族の人は言って、改めて笑顔に戻った。
「そなたに《空の女神》の祝福と栄光を!」
喝采がグランアリーナを包み込んだ。
◆
「エステルっ、おめでとう!!」
「ありがとうエリッサ」
「すごいわねぇ、本当に優勝しちゃうなんて。アンタ、やっぱり先生の娘というか、何者なのかしら? 歳とか詐称してない?」
「失礼ですね。れっきとした9歳の少女です」
エリッサが相変わらず飛びつくように抱き付いて来て、私は彼女を抱えて勢い余って横に一回転のターン。
シェラさんは笑いながら、なんとなく褒めているのか貶しているのか分からない評価を言葉にする。
そして父は私の頭の上に手の平を置いて笑った。
「よくやったな、エステル。もしかしたら、お前は俺を超えるかもしれん」
「さあ、どうでしょうか」
「お前にはアレを渡してもいいかもしれんな」
「アレですか?」
「ああ、優勝祝いだ。楽しみにしていろ」
父はそんな意味深な言葉を口にする。何か特別なプレゼントをしてくれるのだろうか。
まあ、今考えても仕方がないかと思い、私は改めてユン先生に向かい合う。先生の課題である大会の優勝を手にした。彼からどんな言葉を貰えるのだろうか。
「ユン先生、勝ちました」
「うむ、見事じゃった。これならば、わしも安心してお主に奥義を伝えることができる」
「奥義ですか?」
「うむ、もはやお主に教えるべきことはほとんど無い。わしはお主に奥義を伝えたのち、再び旅に出ようかと考えておる」
「旅…、もう剣は教えていただけないのでしょうか?」
「教授すべきは与えたといったじゃろう。あとはお主自身の力で剣を研鑽するとよい。まあ、たまには見てやらんこともない」
私は少し唖然として、そして頷いた。ユン先生の教えが受けられなくなるのは痛手だった。
この2年において私がここまで強くなれたのは間違いなく彼のおかげだったし、彼がいてくれればさらなる高みに昇れたかもしれない。
しかし、私の我がままで彼を縛ることが出来ないのも事実だった。
「分かりました。ですが残りの時間、存分に使わせていただきます」
「まあ、いいじゃろう」
◆
「エステルさん、本当におめでとうございます」
「ありがとう、クローゼ」
大会の後、私はお城でクローゼと会っていた。お姫様であるクローゼ、実は武術大会を見学していたらしい。
おしとやかな彼女らしからぬ行動だが、それにはそれなりの理由があった。クローゼの傍らに立つ女性の親衛隊員。その肩には一羽の若い白隼が止まっている。
「私もまだまだ未熟です」
「ユリアさんの剣、速くて力強かったですよ」
「博士には敵いません。しかし、大変勉強になりました」
なんと、武術大会で戦ったユリアさんはクローゼお付の護衛兼教育係でもあるらしい。
私とクローゼはお城のテラスでテーブルを囲みながらお茶を飲み、ユリアさんはクローゼの傍に控えている。ボーイッシュな彼女はなんというか、幼いお姫様を守る騎士という感じで少しカッコいい。
「私も剣を習ってみようかしら」
「クローゼがですか?」
「似合いませんか?」
「クローゼが剣をとるのは少しイメージから外れます。ですが、クローゼが習いたいのなら応援しますよ。運動にもなりますしね」
クローゼが剣を取るというイメージはいまいち想像がつかない。とはいえ、フェンシング程度なら嗜みとして有りだとおもうし、温室育ちという感じの彼女にとってはいい刺激になるかもしれない。
「そうですね、ユリアさんに教えてもらおうかしら」
「私にですか?」
「いいんじゃないですか? レイピアなら王族の嗜みにもなりますし」
「しかし、私は未熟者ですので」
「でも、ユリアさんはクローゼの護衛に抜擢されているじゃないですか。士官学校でも実技ではトップだったんでしょう?」
「ジークはどう思います?」
「ピューイ♪」
「ふふ、ジークもいいんじゃないかって言ってますよ」
「お、おいジーク…、まったく」
ジークと呼ばれた白隼は楽し気に鳴く。この頭が良くて可愛らしい隼はユリアさんのお供で、クローゼともとても仲の良い友達らしい。
クローゼはジークの気持ちが分かると言っているが、本当にそうなのか首を傾げてしまう。まあ、否定なんてしないし、私もジークに気軽に話しかける。
「それとも、エステルさんが教えてくれますか?」
「私ですか? あまり頻繁にお城に来ることが出来ないのですが」
「ふふ、たまにでいいんです。私、もっとエステルさんと会いたい」
クローゼが私の手を取って見つめてくる。まあ、同年代の友達が少ないと嘆いている彼女だから、そういう気持ちにはなるのだろう。
でも、女王宮に入るのにはアポイントメントが必要だし、そう気軽には来れないのが現状だ。
「ふふ、クローゼの頼みなら断れないんですが、大人の事情というのが邪魔するんですよ」
「つれないですね、エステルさん。あんなに情熱的に私の心を奪ったくせに」
「クローゼ、そういう誤解を招く発言は控えてください。ゴシップ誌が喜ぶだけですので」
「ふふふ」
「そういえば、手紙で今度会う時はダンスを教えてくれると約束していましたね」
「エステルさんはダンスは苦手ですか?」
「自信はありませんね。剣舞なら得意ですが」
「なら、一緒に踊りましょうか」
そうしてこの日、私とクローゼはお城のテラスの上でダンスを踊る。武術大会の優勝の報告を兼ねた逢瀬。そんなお姫様とのちょっとした身分違いの逢瀬を私は楽しんだ。
◆
その夜。
「エステル、ちょっとそこに座りなさい」
「エリッサ?」
「お城のお姫様と逢引してたんでしょ。私というモノがありながら」
「えっと、逢引というか、単に武術大会優勝の報告ついでに遊びに行っただけなのですが。というか、クローゼは友達ですし」
「一国のお姫様を呼び捨てにするのが許されているとか…、それで、何をしていたんですか?」
「え、いや、一緒にダンスを踊ったり?」
「キーッ、うらやまし…、けしからん! エステル! 私たちも踊りましょう!!」
「え、いや、エリッサ!?」
特にオチはない。
気絶耐性つけておかないと一方的に蹂躙されます。軌跡シリーズの常識その1、状態異常はマジでヤバい。
18話でした。
元々は17話と一つでしたが、17話が長かったので分けました。なので、こっちは短いです。