幽香さん、優しくしてみる   作:茶蕎麦

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第十二話 仙人に優しくしてみた

 実のところ、風見幽香は臆病者なのではないかと、博麗霊夢は思っていた。

 変化を求めぬ自然の具現。幻想郷の秩序に重く座す、そんな姿は並大抵の人妖には威厳溢れるように映るのかもしれない。

 だがしかし、それと反するかのように嗜虐的に全てと触れ合わんとするその様子。それはまるで小心なハリネズミが恐る恐る生き物と触れあっているかのようにも中立の位置からは見えていた。

 他者の痛みにて愉悦を覚える。そこには独りで生きられない弱さ、他を踏みしめなければ安堵出来ない脆い精神が隠れているような気がして。霊夢は幽香に幼稚を感じ、その心をどこか見下げているような様子すらあった。

 

「……まさか、こんな棘が隠れていたとは、思いも寄らなかったわね」

 

 それは、優しさという心の深層にまで突き刺さる鋭い棘。まさか、そんな以前の幽香からは想像もつかない新たな武器が顕わになるとは。

 花弁一枚で花は語れない。重なりこそ多面な美を魅せる華の所以。霊夢が幽香の底を見誤っていたのだとしても、別段おかしいことではないだろう。

 

「でも、解せないわ。どうして今まで幽香はあんなにも偏っていられたのかしら」

 

 だが、霊夢には、いや関わりがある殆どの人妖にとっては、他人に触れる棘を入れ替えた幽香の姿は奇異に映る。

 もっとも、そういう妖怪なのだと思えてしまうほど幽香の加虐が強烈に見えても、実際は徹し続けていた訳でもない。ふらふらと、どこか上方から他人をからかうような大妖怪らしき姿も頻繁に覗けていた。

 そんな彼女に引き出しが無いと考えるのは愚かであったのかもしれない。

 だがしかし、日々サディズムに浸るのは明白な幽香のカラーだった。己の色を軽々と変えられる妖怪なんて、中々考えられることではない。

 

「そんなにアイツは特別なのかしらね。あんたなら、何か分かるの?」

 

 独り言のような思案の言葉は唐突に視線と共に後方へと向けられる。先まで誰もなかった筈の社殿の階段の上には、座す一人の姿が。

 水を向けられたのは、ふわりとした桃色に乗っかる二つのシニョンキャップが愛らしい、仙人を自称する少女だった。

 

「さあ。ただの行者である私に、妖怪のことなんて分からないわよ」

 

 茨木華扇は、そう言って曖昧に微笑む。確かに、仙人ともあれば俗世に疎くて当然で、人の闇たる妖怪に無知でも不思議ではない。

 しかし彼女はとある理由によって妖怪に非常に詳しく、故にこの言もとぼけたものでしかないのである。そんな事実を知ってか知らでか、霊夢は疑わしげに表情を変えてから、ピンク色の仙人に背を向けた。

 

「そうよね。あんた妙に妖怪のことを判っている風だから、人間だってことをすっかり忘れてたわ」

「あははー……今日の霊夢は何時になく機嫌が悪いわね。何かあの花の妖怪に恨みでもあるの?」

「……そうよ。そこからしておかしいじゃない」

「何が?」

「どうして風見幽香は、花の妖怪としか呼ばれないの?」

 

 頭を振って、霊夢は空を見上げた。天は奇しくも花曇り。薄く広がる曖昧模糊は、茫洋たる青みの中で明確な形を作らず蠢き続け。見る者に人心地つかせるつもりもないようだ。

 

「初めて関わった、その瞬間から私の上でのさばっている邪魔者。暇だったからと異変を起こし、寝間着姿で平然と、私と魔理沙を墜とした特例。少し前まで何だかよく分からない世界との境で、どこか神社みたいだった館の主を務めていたというのに、その立場を簡単に捨てる破天荒。私にとって、幽香は花なんかじゃなくて、馬鹿みたいに強いよく分からないものよ。それが、今度は猫を被って何になろうというのかしらね」

 

 不安だわ、と続けて霊夢は溜息を吐いた。

 幽香という幻想郷という華の花冠そのもののような少女は、博麗霊夢にとって最強の妖怪ということ以外不明な存在だ。とても恐ろしい、ヒトガタということ以外分からない。

 だからそれが、更に変化を重ねて一体何処に向うのか、霊夢には予測不能で行末がある種怖しくすらあった。

 

「なるほどね……何はともあれ、霊夢が幽香を意識しているというのはよく分かったわ」

「不本意ながら、ね。……正直な所、あいつの前だと飛び辛くって仕方ないわ」

「その恐れ、少しは減らしておかないと、拙いかもしれないわね……いいでしょう。私に分かることを語ってあげる」

「お願い」

 

 頭も下げず、目線も合わせぬ誠意の一部もない請願。しかし、霊夢の固い表情から、それなりに切羽詰まっている内心を感じ取って、華扇は気にせず語り出す。

 

「まずは……そうね。幽香が好む向日葵は太陽が好きみたいだけれど、宴会等で花天月地がよく詠われていることを霊夢だって知っているでしょう。そう、花は光の下にあることこそ当然で、暗闇に隠れてしまった花などまず意識なんてしない。毒花ですらない一般的な花なんて、ほぼ妖怪として成立しないものなのよ」

「でも、幽香は存在するわ。それもとびきり力強く、幻想郷にある」

「花は命のたとえともなる。つまり風見幽香は比類無き生命の具現と取れる……陰の存在である妖怪としては非常に特別であるのに違いないわ」

「なるほどね。あいつが花の妖怪であること自体が別格の証明であるから、誰も他の特異を語らない、と」

 

 もしくは、一部はそれを貶める意味で使っているのかもしれないけれどね、と華扇は言葉を差し込む。陽に属する妖怪なんてまるで――みたいだと、そう口にした者で未だ生を謳歌している者はこの世のどこにも居ないが。

 

「そして、何になるつもりなのか。これは、境なんて気にも留めない風見幽香に限っていうのなら……気持ち次第で何にでもなってしまうのかもしれないわ。それこそ、人間側に寄ってしまうことすらあるかも」

「……それは困るわ。はぁ。これはもっと、あいつのこと、確り見張らなければいけないかもしれないわね」

 

 妖精人妖構わず、虐めて来た幽香。詰まるところ、それは他者の立場位置に拘泥しない、妖怪としても珍しいくらいに個の様体しか見ない生き方をしていたということだった。

 それがそのまま、今度は殆ど全てに変わらず優しくなって。無作為に味方を増やし続けている幽香の姿は、まるで境界を無視して生きているようで。数多のタブーを踏み抜きながら平然として歩いている彼女は、華扇から見れば羨ましくも映る。

 

 勿論、幻想郷のバランサーでもある博麗霊夢は、そんな強者の自由を認める訳にはいかない。傍若無人なところ、そんな色だけ変わらずに活発に行動されては堪らないと、彼女は監視を強めることを決める。

 

「幽香が優しくし始めてから、もう二年目か……結構な数の人妖が馴染み始めているのが問題よね」

「特に幼気な子たちは、順応が早いみたいね。私なら、とてもじゃないけれど、優しく寄って来る幽香なんて、信用出来ないけれど」

「そうかしら? あんた、随分とちょろそうだけれど」

 

 博麗霊夢は、言葉を濁すということをあまりしない。素直に、目の前の仙人のことをそう評した。

 最初は目的があって近づいて来た様子だったのに、最近はどうも情によって貧乏巫女自体を気にして来訪するようになっている。霊夢から見ると、華扇には、どうにも甘いところがあるような気がしてならなかった。

 

「むっ。大丈夫よ、私は騙す方の考えだって熟知しているから」

「そう思っているあんただからこそ、騙されそうなのよね……」

 

 文句を主に、わいわい言い出した華扇を余所に、霊夢は考える。さて、風見幽香の目的は何かと。相手を見定めて優しくしてはいるようだが、その際限は殆どなく。彼女が輪を広げ続けて至ろうとしている場所。到達点は、目標は。

 

「これだけ続けているということは、何か大きな企みでもありそう……」

 

 彼女にとっては二年程度。彼女にとっては二年をも。大妖怪の気の長さを理解できない霊夢は勘違いして、そう呟く。

 ただ、自分の間違いを理解はせずとも、自らの言葉が的を外していると薄々勘付いてはいた。だから言い切れなかった霊夢は、自分は紫みたいに頭脳労働するのは向いていないのよね、等と嘯こうとして。

 

「……そういえば、最近紫と遭ってないわね」

 

 曇天に、目的を持って風見幽香を放置しているだろう相手を想起しながら彼女はぽつりと、呟いた。

 

 

 

 天を蓋する曇り空を隠す紅い屋根の中。シャンデリアの美しい光とそれよりも尚豪奢な弾幕の輝きに包まれながら相対するは、四季のフラワーマスターと悪魔の妹。

 美しき花の形。再び幻想郷の地に満ち始めた花卉の生気の迸りを受けているかのように、宙空で舞う風見幽香は回避の全ての所作に溢れんばかりの美を容れて魅せていた。

 相対する、異形の翼。フランドール・スカーレットは背中の宝石に光の瞬きを映しながら大いに笑って、そんな魅力的な一輪に向かって全力を出している。

 

「凄い……」

「頑張れ、幽香ー!」

 

 そんな二人の弾幕ごっこを、大妖精とチルノは馬鹿げた広さに空けられた客間の椅子に就きながら観戦していた。

 下から望めば、広がる弾の巡りはあまりに大輪で。点は線と見紛う域を超えて、面すら伺う。自力では到底展開できない計算されたその美に大妖精は見惚れ、チルノは光の最中に揺蕩う幽香の勝利を願った。

 

「ふふ。応援されるというのも、楽しいものね」

 

 グレイズの音色騒がしい中にて応援の声は届くのか。普通ならばそんなことはあり得るはずもない。だがしかし、確かに、当の風見幽香は感じていた。

 小さな妖精の精一杯の声色を、耳朶にて受け止めることで自ずと深まった微笑みを、幽香は喜んで受け入れる。

 間近の幽香のそんな発言を聞いたフランドールは声援を送るチルノを確認してから、むくれてユーモラスに激した。

 

「む、幽香ばっかりずるいわ! チルノに大ちゃんは私のメイドさんなのにっ!」

「非常勤の子の休暇。主がそんな時の応援相手まで縛ってしまうのは、あまり歓迎できないわね」

「うっ……ふん。普段いい子にしてるんだから、こんな我儘くらいはいいでしょ?」

「そうね。その程度、目溢しをしましょうか。フランドール。貴女は間違いなく、随分と強くなった」

 

 恐怖の対象でしかなかった自分と真っ直ぐ相対することが出来るほど。それくらいに、フランドールの自制、その強さが格段に増していることに幽香は満悦を覚える。

 妖怪が心に負った恐怖感を多少の年月で忘れる筈がない。押し殺していても僅かな震えが握った手に残っている。だが、それでも自分の成長を信じて背筋を伸ばしてフランドール・スカーレットは今日この場で風見幽香に挑む。それは、非常に望ましいこと。

 周囲に向けられた針状弾幕の切っ先が大分鈍いものになっているように見えるのは、果たして幽香の気のせいなのだろうか。

 

 幽香という明確な対象ばかりに怯えるようになって破壊衝動を忘れたフランドールに、レミリアは支えとなり、咲夜は補助をし、パチュリーは教授して、美鈴は笑いかけた。

 そして、野次馬からの縁で顔見知りになったチルノと大妖精も、二匹がフランドールお付きのメイドとして採用されたことを切っ掛けとして友と繋がり。

 何れ誰もいなくなってしまうのではと恐れていた孤独な子猫の周囲は、随分と賑わっていた。今日の幽香との弾幕ごっこは、彼女の外出認定試験のようなもの。

 チルノと大妖精の言によるとその状態が完全に安定した、とはいえないらしい。満月の夜には自己を統一しきれないこともある。しかし、たった二年ぽっちでフランドールがあの深い狂気に克つことが出来るようになるとは、流石の幽香も思っていなかった。

 自分を恐れなくなった家族の絆に、新しく出来た友との絆。それを壊したくないという想いが、こうも急速に、少女の心を成長させたのだろうか。

 確かに、幽香も認められるくらいに、フランドールは強くなっていた。

 

「でも、私には未だ、届かない」

「言ったね! 私だって何時までも幽香に怯える子供じゃないんだ。いくよっ、禁忌「禁じられた遊び」!」

 

 緊張に眠れなかったフランドールは、そんな自分に合わせて早くに来て貰った幽香に怖じ過ぎることなく、むしろ発奮する。

 応援が相手に向かおうとも、今までの助けを思えば皆のために頑張る姿を見せつけたくもなった。いや、むしろ大いに魅せつけよう。

 こそりと、固唾を呑んで見守ってくれている姉に笑いかけ、フランドールは力によって十字を創り始めた。

 

 吸血鬼は十字架を恐れる。それは、人々が恐怖に弱点を求めたがために創り出されたもの。しかし、当のフランドールはむしろ図柄としてそれを好んでいた。

 折角弱点とされているのだから、それを逆手に取るためにも普段から嫌っているフリをしないと、と言われていても、平気の体で画用紙にクレヨンで二線を重ねることを繰り返し。レミリアによって禁じられるまで、フランドールはそれを続けた。

 弾幕ごっこのためとはいえ、ここでそれを解禁するとは。ひょっとすると彼女は成長だけでなく、変わらぬ部分をも遊び心と共に披露したかったのかもしれない。

 

 フランドールの紅い力によって創り上げられた長大な十字は、操作を安定させるためだろうか、中心に大玉弾を配置しながら宙にてペケに十字に角度を変えて、回りながら広がっていく。

 空を区切るは紅い閃光。一つでも飛行の邪魔になる程の大きさのそれを、彼女は一度に四つも放った。十字の回転はぶつかり合い、隙間を切り取り、奪っていく。

 

「ふぅん。コレが増える、と。少し厄介ね」

「ふふ。私を見くびっているね! 一つずつじゃないよ。倍々に、増やしてあげるから!」

 

 空を削る十字は、一度に四つ一斉に増えていく。それが壁にあたっても消滅せずに反転して向かってくるのだからたまらない。

 辺りに光線剣を振るうかのような回転に、反転と互いが干渉し合うが故の複雑さ。一定時間で空宙の全てを埋める前に消えていく、そんな制限すら助けとしては不足である。

 箱状の紅の空に、赤く。視認し辛いその十字は、これから墜ち行く相手のためなのだろうか。

 大きな弾幕のみを行使するばかりであっても、回避に緻密さを要求することが出来る。その証左になるだろう、ダイナミックな弾幕美が幽香の周囲を蹂躙していく。

 

「なるほど。交差を増やして避け辛くしていくのは、正しい選択だわ」

 

 巡る数多の切っ先に掠る音色を確認しながら、幽香はフランドールの考え方を、悪くはないものと感じ取った。

 人、それに準じた妖怪の瞳は前を見るのに適する。故に、限られた視界外から向うものは避けるのに辛くなる。

 そしてそれだけでなく、真っ直ぐ来るものは横に避ければいいが、斜め違う角度から交差が次々に向かって来られると先々の予知が必要とされていく。更にその交差点が回転によって来るとなると、高難易度になるのは自然なことである。

 難しい、一段二段も越えた狂気的な弾幕。避ける方に掛る負担は計り知れない。

 

「並大抵の相手に向けるのなら、ね」

「そんな……どうして、避けられるの!」

 

 だが、それでも足りることはなかった。大した回避運動に複雑な予測を強いられながらも、柳に風。

 催花雨に急き立てられようとも、花は自由。そして、幽香が放ち始めた白い花は、紅に染まりながらも、どういう計算の元なのだろうか、傷一つ付くことなくフランドールに送られる。

 驚くべき威力を発揮する儚き花々に、幼き吸血鬼は一つ、悲鳴を上げた。

 

「難しさも美しさも、確か。でも、落とし穴が一つ」

「な、何が悪いの!」

「一言にするなら、単調なのよ。発生こそタイミングを外そうとしているみたいだけれど回転は一定。リズムさえ掴んでしまえば、後は簡単」

 

 舞いは、調子を合わせることこそ肝要。そして、お空で踊ることが得意な幽香にとって、流れが変わらないものなど、合わせるに難しくはなかった。

 此度もスペルカードを切ることすらなく、幽香は淡々と花にてフランドールが散華する音を響かせる。

 

「うー……やられたー」

「フラン!」

 

 そして、墜ちる少女は優しいお姉さんに拾われて。

 

「……これなら合格ね」

 

 風見幽香に認められた。

 

 

 

「フランも幽香も、お疲れー!」

「お二人とも、凄かったです! フランドールさんも幽香さんも、やっぱり大妖怪さんなんですねっ」

「ありがとう、二人共……本当に、疲れたー」

「ふふ。要改善だったけれど、中々面白い弾幕だったわ」

 

 見事に調整された幽香の弾幕に寄って気絶することもなく、レミリアに受け止められたフランドールは自分の足で立ち上がり、駆け寄ってくるチルノと大妖精に健全を示そうとする。だが戦闘後直ぐのこと。流石に、疲れに肩を落とした。

 騒がしいそんな中にふわりと降りてきた幽香は、寸前の弾幕ごっこがまるでなかったかのように泰然としたまま、そう評する。

 服を僅かに焦がせた程度。渾身のスペルカードであっても殆ど損耗させられなかったその底知れなさに、フランドールは思わずぶるりと震える。やはり怖ろしい相手だと、彼女は再確認した。

 そんな彼女の様子を間近で見て、これ以上落ち込ませずに元気づけたくなったのだろう、レミリアが大きな声をあげる。

 

「フラン、お姉ちゃんもよく頑張ったと思うわよ!」

「ありがとう。お……お姉様」

「むぅ。フランはあの時みたいにお姉ちゃん、って呼んでくれないの?」

「ううー。だって、恥ずかしいもん……」

 

 赤くなったフランドールに、レミリアは満面の笑みを向けた。可愛らしい子に成長して、と思いながら。

 言の通り、レミリアは幽香が来た時に一度お姉ちゃんと呼んだ、その響きを実は酷く気に入っていた。そのため、時所を弁えずそれをねだることもままあったのだ。

 問答する二人は、微笑ましくその様子を見守る視線を知らず。

 

「仲いいなー」

「姉妹っていいですねー。羨ましいです」

「……そういうものだから」

 

 そして、戯れる吸血鬼達を眺めていたチルノと大妖精は、幽香の視線に篭められた複雑な感情に気付くことが出来なかった。

 

 

 その後改めて、客間のテーブルに就いた面々は紅茶で喉を潤し、少し会話をしてから沈黙している幽香を見やる。

 チルノがレミリアの呼び声に応じて現れスムーズに給仕をこなした咲夜を見て、やっぱメイド長はすごいなー、と感想を言ったりする段もあったが、それも終わり。

 今は裁定者として呼ばれた幽香の決定を待つばかりとなっていた。一つ、唾を飲み込んだレミリアが、質問をする。

 

「それで……フランはどう? 幽香、貴女の目から見て、今のあの子は外出しても問題ないかしら?」

「大丈夫ね。問題ないでしょう」

 

 答えは、是だった。

 あっという間に二人以外の皆の顔が、喜色に染まる。

 

「やった!」

「良かったです!」

「早苗にアリスにミスティアにリグルにルーミア……もっといるけど、フランもこれで皆と遊べるね!」

 

 フランドールはもとより、チルノと大妖精もこれには大喜び。

 チルノは友達の名前を沢山挙げて、フランドールが彼女等と輪になることを想像して、喜ぶ。

 無論のこと、挙げた者等がこの場に居ないのは、危険を避けてのこと、である。

 

 以前、幽香やチルノの口から紅魔館に引き篭もりの少女が居るということを聞いた何人かが、野次馬根性を発揮して見に来ようとしたこともあった。

 しかし、狂気を発揮した彼女相手だと、私でも一回殺されてしまったわね、と幽香がその危険性を語ったところ全員が青い顔になり、来訪を見送るようになったのだ。

 今回も、幽香という刺激による発狂の危険性を思うに、レミリア以外は皆能力の意味がない面々に絞って観戦が許されていたのだった。

 

 まるで子供の大騒ぎ。身体で喜びを表現し合うフランドール達を見ながら、しかしレミリアの表情が優れることはなかった。

 その理由を察して、幽香は言葉を掛ける。

 

「レミリア。貴女が心配しているのは、外で起きたことでフランドールの心にまた罅が入ってしまわないか、かしら?」

「……貴女は何でもお見通しね。その通り。過保護と笑うといいわ」

「ふふ。レミリア、そんな過保護な貴女を安心させる言葉を私は知っているわ」

「何かしら?」

 

「――私に任せなさい。あの子が壊れてしまっても、その度私が叩いてでも直してあげるから」

 

 その言葉はレミリアの身体に染み入るかのように響いた。

 なるほど確かに安心できる。最強の妖怪というそれだけでない、幽香という存在そのものの安定感が、どこか母性や父性を思い起こさせて。

 

「ふふ。本当に叩いたら、怒るからね」

 

 思わず彼女は不安を忘れ、笑っていた。

 

 

 

 彼女は、全てを見ていたわけではない。しかし、事が始まってから幾つかの事態を目撃していた。

 現人神に蛍に吸血鬼。他には闇や兎まで。追いかけ、様々な相手に幽香が優しくしているのを、彼女は眺めていた。その中で、思ったことは一つ。

 

 ただの強者にしてはどうも、風見幽香は痛みを知りすぎている。

 

 最強が、弱き者に目をかけるということ、それくらいはあるだろう。しかし、彼らの痛痒を慰めるためには、その痛みを熟知していなければならない。こればかりは、想像のみで届くものではないのだ。

 だから、幽香にも弱者だった時期があったのだろうと想像して、然るべき筈なのだった。誰もの痛みを経験する程の、か弱い時が、彼女にもある。そういう夢想を。

 しかし、現在のあまりの強さのために、幽香は一部も、もしかしたらという想像の余地を残してはくれない。まさか、まさかと。

 彼女は俯瞰していたから、その可能性に気付いただけに過ぎなかった。

 

 

 そして、彼女――霍青娥は思う。この妖怪は、面白い、と。

 

 

 紅魔館の帰り、見飽きた紅に暮れた空から降りて、風見幽香は自分の家に着いていた。最近来るものが増え、時折優しくしてもらったお礼として何やら入り口に置かれていることすらままあるが、今は何もなく。

 魔法の錠がかかっていたことを確認してから、幽香は自宅へと一歩踏み出す。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 そして、誰も居ない筈の中から当然のように返事が来たことに、幽香は少しも狼狽えず。ただ堂々とした侵入者を認めて、そして水色の姿に向かって口を開く。

 

「あら。やっと姿を現したのね。このまま隠れたままかとも思っていたのだけれど」

「私程度の隠形では通用しない、か。流石は風見幽香ね。……お初にお目にかかります。私は霍青娥。仙人の端くれですわ」

「そう。それで、私に何か用?」

 

 幽香に固さはない。しかし、当然のことであるが、フランドール等を相手にしている時のような柔らかさも態度には出ておらず。

 その対応に少しぞくぞくとした気持ちを感じながら青娥は簪を手に取り、幽香の質問に答えず、問いで返す。

 

「ねえ、貴女。私に利用されない?」

「いいわよ」

 

 青娥は思わず破顔した。ああ、やはりこの妖怪で間違いなかった、と。

 

「ねえ。どうして、即答したのかしら?」

 

 再びの問いに、日傘を置いて、少し勿体ぶってから幽香は応える。

 

「偶には、悪い人間に優しくしてみてもいいと思って、ね」

 

 弄ばれるのも面白そう、と続けた幽香の言葉に青娥はこの上なく頬を釣り上げ、声を上げて笑った。

 

 

 

 


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