漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝4

「子猫ッ!!」

 

「小猫ちゃん!! 大丈夫ですか!?」

 

 転移を終えたリアスと朱乃は即座に床にうつ伏せになったままの子猫に駆け寄る。

 残された兵藤と祐斗、そしてギャスパーは警戒するように、仮面とローブを纏って正体を隠している男性-一誠を警戒するように睨む。特に祐斗は一誠が握る大剣から発せられる気配に目を細め、何時でも飛び掛かれるように腰に差している剣に手を伸ばしている。

 そして兵藤も苛立ちと嫌悪に満ちた視線を一誠に向けていた。

 

(コイツか! イレギュラーは!? 畜生、あの変質者をせっかく消したのにこんなイレギュラーが出て来やがるなんて、おかげで計画がおジャンだぜ!)

 

 自らの計画-ピンチの子猫を颯爽と助けてリアス達の好感度を上げてアーシアも救うと言う計画-を阻まれた兵藤は、親の敵と言わんばかりに一誠を睨んでいた。

 逆に仮面で隠しているが、一誠は戸惑いどうするべきなのか考えていた。この場で兵藤を抹殺する事は出来る。だが、それを行なえばリアス達が敵意を持って襲い掛かって来るのは目に見えている。事情を知っているサーゼクスならともかく、眷属悪魔を大切に思っているリアスが眷属を殺されれば泥沼の戦いになってしまう。

 抹殺したいが抹殺出来ない現状に大剣を握る一誠の右手は震えるが、ソレを何とか抑え込んでいると、子猫の容態を確認したリアスが険しい視線を一誠に向ける。

 

「何者かしら、貴方は!?」

 

『……トオリスガリダ……グウゼンフシゼンナ……ケッカイヲカンチシテ……ヤッテキタ』

 

「そう言われてはいそうですかと、頷くと思う?」

 

『ムリダトオモウガ……シンジテホシイ……ソチラトタタカウキハナイ』

 

「部長……その人が言っている事は本当だと思います」

 

「子猫?」

 

 朱乃に治療を受けていた子猫の言葉に、リアスは顔を向ける。

 

「私の事を助けてくれたのは本当です。だから……」

 

「そう……分かったわ。先ずは私の眷属を助けてくれた事には感謝するわね、ありがとう」

 

『………』

 

 頭を下げたリアスの言葉に一誠は無言で頷いた。

 しかし、リアスはすぐさま顔を上げて一誠に問いただすような視線を向ける。

 

「だけど、一つだけ答えて貰うわ。つい先日この町にやって来たはぐれ悪魔を討伐したのは、貴方かしら?」

 

『……アァ、ソウダ。イキナリオソワレタカラ……オレガ……トウバツシタ』

 

「そうなの……良かったわ」

 

 リアスは心の底から安堵の息を漏らした。

 想像通りに【暴虐の竜人】だったらどうしたら良いのか夜も余り眠れずに不安だったので、違うと判明したリアスは喜ぶ。

 一誠は自身の行動が何かリアスに不安を覚えさせてしまったのかと申し訳ない気持ちを僅かに抱きながら、すぐさま振り払ってリアスからアーシアを護るように立つ。

 

『オレハモウサル……デキレバ……コンカイノコトハミノガシテホシイ』

 

「……分かったわ」

 

『部長!?』

 

 不審者を見逃す事に同意したリアスに子猫を除いた朱乃達は叫ぶが、リアスは構わずに一誠に視線を向け続ける。

 

「私は余り借りを作りたく無いの。貴方は確かに怪しいけれど今日のところは子猫を助けられたし、ソレを対価に見逃して上げるわ」

 

『……カンシャスル』

 

 リアスに頭を一誠は下げると、突然の事態に茫然となって座り込んでいたアーシアの手を握り立たせる。

 

『イコウ……キョウカイニオクル』

 

「は、はい」

 

 優し気に差し出された手をアーシアは握り返そうとする。

 だが、その手をアーシアが握り返す前に、突然一誠はアーシアを突き飛ばした。

 次の瞬間、一誠はその身に赤いエネルギー破を食らってしまう。

 

『ガアァァァァァッ!?』

 

『なっ!?』

 

 突然の攻撃をモロに食らった一誠は苦痛の叫びを上げて壁を突き破って、家の外へと吹き飛んで行った。

 リアス達は、慌てて攻撃を放った張本人である兵藤に顔を向ける。

 

「一誠!? 貴方何を!?」

 

「騙されたら行けませんよ、部長。其処に居るシスターも! ソイツは何か悪い事を企んでいるんですよ!?」

 

「何を根拠に言ってるの!?」

 

(根拠なら在るんだよ、リアス! コイツはアーシアを教会に送るって言っていた! きっとレイナーレどもの一味の一人なんだ!?)

 

 知識からアーシアに起きる未来の出来事を知っている兵藤は、一誠が漏らした教会と言う言葉からレイナーレの一味と判断したのだ。

 

「すぐに俺が化けの皮を剝いでやるぜ! 【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】ッ!!」

 

《Boost!》

 

 兵藤は叫ぶと共に一誠が吹き飛ばされた壁の向こう側に向かって飛び出して行った。

 

「ま、待ちなさい! 祐斗! ギャスパー! 一誠を止めなさい!!」

 

『はい!!』

 

 リアスの指示に慌てて祐斗とギャスパーは兵藤の後を追い駆ける。

 突き飛ばされたアーシアもハッとしたように立ち上がり、外に向かって駆け出した。

 残されたリアスと朱乃は兵藤の行動に苛立ちながらも、未だに思うように立ち上がる事が出来ない子猫の治療を急ぐのだった。

 

「グゥッ! ……(油断した! アイツの考え無しの行動を見抜くのが遅れた!)」

 

(あぁ、まさか、主の方針を無視して行動するとは思ってなかったぞ。十年経てば少しは成長していると思ったが、どうやら全く変わって居なかったようだな)

 

 纏っているローブのおかげで致命傷だけは避けられたが、ダメージは深く大剣を杖代わりにして一誠は立ち上がる。

 同時に家から兵藤が飛び出して来て、一誠に向かって左手から再び赤い閃光を撃ち出す。

 

Explosion(エクスプロージョン)!》

 

「死ね! ドラゴンショット!!」

 

『チィッ!?』

 

 向かって来た赤い閃光を一誠は大剣を使って薙ぎ払った。

 アッサリと自らの技を霧散された兵藤は目を見開くが、すぐさまその身から膨大な魔力を発して一誠に殴りかかる。

 

「オラアァァァァァッ!!!」

 

『クゥッ!!』

 

 膨大な魔力で強化された兵藤の拳を、一誠は大剣を使って防御し続ける。

 しかし、その防御の中で一誠は徐々に苛立ちが募っていた。確かに兵藤の力は凄いと一誠は感じるが、余りにも技術の方が稚拙としか言えなかった。膨大な魔力と偽物とは言え、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】と同様の力があるとしても、力を振り回しているだけとしか一誠には感じられなかった。

 工夫も何も無い。身に宿る力に溺れている者の戦い方としか、一誠には感じられなかった。

 

(こんな奴に! こんな奴に俺は全部奪われたのかよ!!)

 

「貰った!!」

 

 一瞬防御が甘くなったと感じたのか、兵藤は一誠の胴体に向かって左腕を振り抜く。

 しかし、当たる直前で一誠は体を回転させ、兵藤の拳を軽やかに受け流す。一誠が収める剣技【竜斬剣】には回転体術が組み込まれている。大剣を握ったまま、回転体術を使って隙だらけの兵藤に向かって連撃を叩き込む。

 

「グバアッ!!」

 

 次々と吸い込まれるように一誠の回転体術は兵藤に当たって行き、兵藤は苦痛の声を漏らすが、もう一誠は止まらなかった。

 後の事など関係ない。この場で全てを終わらせると怒りに支配された一誠は、回転体術で体を回転させながら次々と拳を叩き込まれて意識が朦朧となっている兵藤に向かって、回転に寄って加速した大剣を脳天に向かって振り下ろす。

 

『シネッ!! テンリュウザンハッ!!』

 

「させないよ!!」

 

 兵藤に『天竜斬破(てんりゅうざんは)』が決まる直前、横合いから剣を構えた祐斗が飛び出し、更に回転で加速していた一誠の体の勢いが不自然に弱まり、『天竜斬破(てんりゅうざんは)』を祐斗に受け止められてしまう。

 しかし、威力が弱まっても尚、凄まじい威力だったのか周囲に衝撃波が撒き散らされ、祐斗の剣は砕け散り、兵藤と共に吹き飛ばされてしまう。様子を見ていたギャスパーは祐斗に向かって叫ぶ。

 

「ゆ、祐斗先輩!?」

 

「グッ! だ、大丈夫だ、ギャスパー君!」

 

 苦痛の声を漏らしながらも祐斗は立ち上がり、新たな魔剣を出現させて両手で握り締め、一誠を、正確に言えば一誠が握る大剣を親の仇と言わんばかりに睨みつける。

 

「先ず最初に謝っておくよ。仲間が悪い事をしたね」

 

『ナラミノガスッテ……メジャナイヨナ?』

 

「兵藤君が君にした事は気に入らないけれど、個人的に君には聞きたい事があってね……その剣は『聖剣』。しかもエクスカリバーと見たけど如何だい?」

 

『……』

 

「沈黙は肯定と取らせて貰うよ」

 

 無言となった一誠に祐斗の迫力が増す。

 木場祐斗にとって聖剣、その中でもエクスカリバーは重要な代物。必ず七本全てを破壊すると祐斗は心に誓っている。

 

「コレでもエクスカリバーについてそれなりに知っているつもりだったけれど、そんな形のエクスカリバーは知らない。だけど放っているオーラはエクスカリバーのオーラ。つまり、君の持つエクスカリバーは行方不明の七本目のエクスカリバーと見たけれど?」

 

『……コタエルコトハ、デキナイ』

 

「なら、力づくで話して貰おうかい」

 

 祐斗の覇気が増し、一誠も大剣を構え直す。

 だが、内心で一誠はジクジクと痛む体に焦りを覚えて居た。

 

(不味いよな)

 

(あぁ、不味いぞ、相棒。さっきのダメージが残っている状態で『天竜斬破(てんりゅうざんは)』を使ったのが致命的だった。本来ならばあの技は禁手状態でしか使えない技だ。それを感情に任せて使ってしまったせいで、相棒の体にもダメージが来ている。力を抑えた状態で使ったおかげでダメージは深くは無いが、その前の一撃でのダメージを合わせるとかなり不味い状態だぞ)

 

(あぁ、本当に俺は馬鹿だぜ。スレイヤードラモン先生が知ったら怒られるよな)

 

(怒るに決まってるさ。それでどうする、相棒? 奴が気絶している今、使うか?)

 

 先ほどの衝撃波で兵藤は意識を失っている。

 今ならば【赤龍帝】として動けるかもしれないが、一誠は祐斗以外にもう一人、祐斗の背後に立つギャスパーを警戒していた。先ほど一瞬だけ自身の動きが鈍くなったのを一誠は覚えて居る。

 恐らくその原因はギャスパーに在ると一誠は見抜いていた。同時に何か悪寒のようなモノを一誠はギャスパーから感じていた。油断しては行けない相手だと、一誠は直感する。

 何か打開策は無いかと一誠が考えていると、祐斗と一誠の間にアーシアが飛び込んで来る。

 

「もう止めて下さい!! この人は私達を助けてくれたんです!!」

 

「君は!?」

 

(今だ!!)

 

 飛び込んで来たアーシアに祐斗の気が一瞬逸れたのを感じた一誠は、全力で大剣を地面に叩きつける。

 

「キャアッ!!」

 

「しまった!?」

 

 衝撃波と共に巻き起こった土煙によって一誠とアーシアの姿は消え去る。

 そして土煙が落ち着いた後には、一誠とアーシアの姿は何処にも存在せず、祐斗は悔し気に顔を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 駒王町の一誠とアーシアが出会った公園。

 その場所にアーシアを抱えた一誠が飛び込んで来て、アーシアをゆっくりと地面に下ろすと、一誠は荒い息を吐きながら膝をつく。

 

『ハァ、ハァ、ハァ』

 

「だ、大丈夫ですか!? すぐに治療を行ないます!」

 

『ア、アリガトウ……アーシア』

 

「えっ?」

 

 治療の為に胸に手を当てられた一誠は、思わず失言を漏らしてしまう。

 何かに気が付いたかのようにアーシアは目を見開き、治療しながら恐る恐る一誠に質問する。

 

「……もしかして……イッセーさんなんですか?」

 

『……』

 

「イッセーさんなんですね?」

 

 沈黙する一誠にアーシアは確信したように質問を繰り返した。

 その質問に一誠は申し訳なさそうな動きでゆっくりと仮面を取り、本当の顔をアーシアに晒す。

 

「……先に謝っておく。君に最初に会った時も姿を幻術で変えて居たんだ。コレが俺の本当の素顔だ」

 

「そ、その顔は!?」

 

 アーシアは一誠の顔に目を見開いた。

 一誠の顔は、先ほど一誠がボコボコにした相手である兵藤と瓜二つの顔をしていた。

 

 

 

 

 

 パアンッと乾いた音がオカルト部の部室内に木霊した。

 叩かれた兵藤は床に尻持ちをつきながら、自身の頬を叩いた主であるリアスを茫然と見つめる。逆にリアスは怒り心頭の顔で兵藤を見下ろしていた。

 

「一誠。貴方はとんでもない事をしてくれたわね」

 

「ぶ、部長?」

 

「旨く場を治める事が出来ていたのに、私の命令を無視して勝手に判断して相手に攻撃行為。相手がもしも他勢力の重要人物だったら、どうなると思っているの貴方は!?」

 

 リアスは本気で兵藤の行いに怒っていた。

 今現在三勢力は冷戦に近い状態にある。何時戦争に発展するかもしれない危機的状況にあるのだ。

 その中で祐斗の報告から先ほどの人物が聖剣を、しかも有名過ぎる聖剣エクスカリバーを所持している可能性が在る事が報告されている。子猫を襲った相手がはぐれ神父と言うはぐれ悪魔と同じように危険視される類の相手だった事を考えれば、もしかしたらはぐれ神父を追って来た正規の教会関係者だった可能性もあるのだ。

 そんな相手に何の証拠もなく、思い込みとしか思えない行動だけで攻撃した事は不味過ぎるどころの騒ぎではない。失敗すれば戦争に発展するかもしれない危険行為なのだ。

 

「部長……残念ですが、相手の痕跡は見つけられませんでしたわ」

 

「そう」

 

 転移して来た朱乃の報告に、リアスは表情を険しくする。

 相手だって馬鹿ではない。攻撃された相手の追跡を考えて、痕跡を残さないように逃走するのは当然の事だった。だが、今のリアス達にとっては不味過ぎる。相手側に正式に謝罪する為にも居所を見つけないと行けない。

 

「……不味いわね。何とか謝罪をしないといけないのに」

 

「ぶ、部長!」

 

「……何かしら、一誠?」

 

 怒りに満ちた視線を兵藤にリアスは向けながら質問した。

 底冷えするような視線に戸惑いながらも、少しでも自身の評価を戻す為に兵藤は告げる。

 

「お、俺! あのシスターに見覚えがあります! 確かこの町の教会にやって来たシスターなんですよ!」

 

「教会? あぁ、あの廃棄された教会の事ね」

 

 自らが管理する領地故に、廃棄された教会の事もリアスは知っている。

 廃棄されたとは言え、教会は悪魔が近づく訳には行かないので放置していたのだが、その教会にシスターが赴任して来たとなれば確かに怪しい。

 

「ほら変だと思いませんか? 廃棄された教会なのにシスターがやって来るなんて変ですし、その教会に連れて行こうとしたアイツも変ですよ! きっと良からぬ事を考えているんですよ!」

 

「……確かに廃棄された教会は堕天使やはぐれ神父達の根城にされている事はありますけれど」

 

「……もしかしたら、一誠を殺した堕天使は、其処に居るかも知れないわね」

 

 教えられた情報に朱乃とリアスは難しい顔をしながら考え込む。

 その様子に矛先が変わった事を兵藤は安堵し、次に沸き上がったのは怒りと屈辱だった。

 

(クソ! 油断したぜ! イレギュラーなんだからそれなりの実力が在ると思うべきだった! 美味しい場面で禁手を使うべきだと思っていたが、次は最初から使ってあのイレギュラーを葬ってやる!)

 

 兵藤はそう考えながら、明日には起こるであろう戦いでリアス達の好感度を取り戻す事を誓うのだった。

 

 

 

 

 

 深夜に近い時間帯。

 一誠は公園のベンチに横になりながら、渡された赤いローブを羽織ったアーシアの治療を受けていた。

 アーシアの治療のおかげでダメージが回復して行き、一誠は気持ちよさに安らかな息を漏らす。

 

「ハァ~、アーシア。ありがとう。何だか気持ち良いよ」

 

「いえ、これぐらいは……イッセーさんはまた私を助けてくれましたし……あのイッセーさん?」

 

「……聞きたい事はアイツと俺の関係かな?」

 

「は、はい……失礼ですけど、ご兄弟なのですか?」

 

「違う……アイツは俺から何もかも奪ったんだ。家族も名前も……そして人間としての俺も」

 

「……そ、それはどう言う事ですか?」

 

 一誠の言葉の意味が分からず、恐る恐るアーシアが質問すると、ゆっくりと一誠は右手を掲げる。

 一見すれば人間にしか見えない腕。アーシアがその右手に目を向けた瞬間、一誠の右手は変化し、赤い鱗に覆われた異形の手に変わった。

 

「そ、その手は!?」

 

「……ドラゴンの手だよ。俺も実はアーシアと同じように力を持っているんだ。まぁ、アーシアと違って優しい力じゃないけど」

 

 ゆっくりと一誠は体を起こしてベンチに座り直し、アーシアも何となくその横に座る。

 

「……十年前ぐらい、俺はこの町で暮らしていた。毎日にやんちゃで馬鹿をやったりしていたよ。だけど、ある日の夕方にアイツが現れた」

 

「さっきの一誠さんにそっくりな人ですか?」

 

「あぁ……最初は驚いたよ。いきなり自分のソックリさんが現れたんだからな。そしてアイツは俺をボロボロにしやがった」

 

「ボロボロって? ……まさか!?」

 

「想像通り、半死半生にされたよ。アイツは『俺が兵藤一誠』だって言って、さっき見たような赤い閃光の攻撃を放った。その時に目覚めたんだ。俺の中で眠っていたドラゴン、【赤龍帝】ドライグが」

 

 そう告げながら一誠は左手の籠手に嵌めていた腕輪を外し、【龍の籠手《トウワイス・クリティカル》】に変化していた籠手は【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に戻った。

 

『初めましてだな、アーシア・アルジェント』

 

「籠手から声が!? も、もしかして貴方が!?」

 

『ウェルシュ・ドラゴン。【赤龍帝】ドライグだ。話の続きだが、目覚めた俺は相棒を危機から護る為に相棒に代価を求めて神器の禁じ手である不完全な禁手を発動させた。そのせいで相棒の体は殆どドラゴン化しているのさ。今一緒に同居している女の存在が無ければ、相棒は幻術魔法を使い続けなければ最早一般的な生活は無理だな』

 

「じょ、女性の方と暮らしてるんですか!?」

 

「ドライグ!? 何余計な事を言ってるんだよ!?」

 

『ククククッ、先に話しておいた方が良さそうだったからな』

 

 何処か意地悪そうにドライグは笑いながら、僅かにショックを受けているアーシアと狼狽えている一誠に告げた。

 

「たくっ! まぁ、その後は今の俺の師匠の一人に命を助けられて、この町からずっと離れていたんだ」

 

「……ご家族の方は気づかれなかったんですか?」

 

「……見たいだ。別の俺の師匠の話だと精神操作の疑いがあるんだ。だから、十年前に俺は全部奪われたのさ」

 

「……」

 

 一誠に起きた悲劇にアーシアは何も言えなくなった。

 普通に生きていただけにも関わらず、一誠はある日突然全てを奪われた。その時に一誠が感じた絶望をアーシアは想像する事は出来ない。だが、自身の事情を話してくれた一誠に答えようと、アーシアは口を開く。

 

「私、生まれてすぐ親に捨てられたんです」

 

 其処から語られたのは救いのない【聖女】と崇められた少女の物語だった。

 ヨーロッパの片田舎の教会に一人の女の子の赤ん坊が捨てられていた事から話は始まった。

 孤児院を兼ねた教会で捨てられた赤ん坊の女の子は育てられた。その子の転機が訪れたのは、八つの時、迷い込んで来た怪我をした子犬の傷を治癒してしまった時だった。偶然それを目撃したカトリック関係者に寄って、大きな教会本部に連れていかれた。

 それからは来る日も来る日も、世界中から訪ねてくる信者の病や怪我を治す日々だった。【聖女】として祭り上げられた。少女は寂しさを覚えて居たが、それでも嬉しかった。神から与えられた力で苦しんでいる人々を助けられる事が嬉しかった。

 だが、そんな少女に呆気ないほどの破滅と絶望は簡単に訪れた。ある日、大怪我をして倒れている男性を少女は目にし、すぐさま治療した。治療を終え、男性を助ける事は出来た。しかし、それが破滅の要因だった。

 少女は気が付いて居なかったが、男性の正体は人間ではなく悪魔だったのだ。そして悪魔を治療したところを教会関係者に目撃され、【聖女】と祭り上げられていた少女は悪魔を癒してしまったことで【魔女】の烙印を押されて教会を追放された。

 

 それから少女は各地を放浪する日々になり、ある日堕天使の組織に勧誘されてこの町に訪れる事になった。

 

 全てを聞き終えた一誠が感じたのは怒りだった。

 勝手に【聖女】と祭り上げながらも、都合が悪くなれば【魔女】として追放した教会。

 そして辛い日々を過ごしていても、頑張っていたアーシアに、人殺しの片棒を担がせたフリード・セルゼン。

 それらに対して怒りが込み上げて来て、どうにかなりそうだった。だが、そんな一誠にアーシアは更に話を続ける。

 

「きっとこれは、主の試練なんです。この試練を乗り越えれば、いつか主が私の夢を叶えてくださる。そう信じてるんです」

 

「……夢?」

 

「はい……たくさんお友達ができて、お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったり、お喋りしたり……そんな夢です」

 

 【聖女】と呼ばれた者が余りにも小さな願い。それこそ簡単に叶えられそうな願いに思えるが、それがどれだけ難しく険しい願いなのかを一誠は理解出来る。

 

(……やっぱ、駄目だよな)

 

 一誠はアーシアの願いを聞いた瞬間、未練が吹っ切れた。

 自身が歩む事になる道は、最早日常と言えるものを送る事が出来ない道。その道に純真で優しい願いを持つアーシアを巻き込めないと一誠は思い、ゆっくりと外していた仮面を身に着ける。

 

「イッセーさん?」

 

『オクルヨ、アーシア……オレニデキルノハ……モウ……ソレグライシカナイカラ』

 

「……はい」

 

 アーシアは一誠の言葉に寂しげな顔をしてベンチから立ち上がり、一誠は無言のままアーシアを教会に連れて行こうとする。

 だが、突然複数の殺気を一誠は感じ取り、アーシアを護るように一誠は大剣を出現させて構える。

 

『イルノハ……ワカッテイル。デテコイ』

 

『……ホウ、サスガハイレギュラー……イヤ、アノドラゴンノシトダナ』

 

「ッ!?」

 

 夜の闇から聞こえて来た異質過ぎる声に、アーシアは怯え思わず一誠に抱きついてしまう。

 安心させるように一誠は大剣を握って居ない片手でアーシアの頭を撫でて、夜の闇の間から出て来た三人の堕天使を睨みつける。

 

「ドーナシークさん!? ミッテルトさん!? カラワーナさん!?」

 

『イヤ、チガウッ!』

 

 この町で会う筈だった三人の堕天使の姿にアーシアは叫ぶが、一誠は否定した。

 最早三人の堕天使は別の存在になっていると一誠は直感した。何せ三人の体からはこの世界と合わない異質な気配が満ち溢れている。

 仮面越しに一誠は三人の堕天使を睨むが、三人の堕天使は歪んだ、見ているだけで嫌悪感と異質感を感じさせる不気味な笑みを浮かべる。

 

『ショウジキ……予想外ダ……アノドラゴンガ……マサカ、世界の内にカンショウする術をモッテイタトハ……重要人物をケシテ安堵してイタガ……ヤハリ……アマク見るベキデハナカッタカモナ……クククククッ』

 

 三人の堕天使はそれぞれの声で同じ言葉を呟き、嘲りに満ちた笑い声を上げた。

 その様子にアーシアは恐怖を感じる。ドーナシーク、ミッテルト、カラワーナから感じる気配は、決して相容れる事が出来ない存在なのだと本能から悟れた。

 対して一誠は真の敵が動き出したと感じ取り、大剣を握る右手を震わせ、仮面越しから睨みつける。

 

『ヨウヤクアエタナ!』

 

「えっ?」

 

 一誠の言葉にアーシアは、ドーナシーク達を操っている相手を知っていると悟り目を向ける。

 しかし、一誠はアーシアの視線に構わずにドーナシーク達を睨み続ける。それに対して三人の堕天使は笑みを深めるが、戦う気は無いと言うようにまるで出来の悪い人形劇のように同時に両手を広げる。

 

『マァ、待て……キョウハ戦いに来たのではナイ。ソコニイルカトウ生物をワタシてクレルだけで……ヒコウ』

 

『フザケルナ!! ソレニ! アーシアヲ、ブジョクスルナ!!』

 

『イヤ、ヒクノハ本当だ……アノ迂闊者ハ……オモッタヨリモ愚かでナ……セッカク……悪魔勢力ニ……ハイリコメタノニ……失敗続きデ……キリステラレソウナノダ……迂闊に精神汚染モ……デキナイので……人形二出来ない。ワレらと……この世界のソンザイノ、セイシンコウゾウのチガイガゲンインなのだろうが……精神汚染をツカエバ、この人形ドモのような形でしか制御……デキナイノダ』

 

『オマエ!!』

 

 相手の言葉に一誠は怒りの声を上げ、全身からドラゴンのオーラが発せられる。

 圧力を伴うようなオーラにアーシアは驚くが、不思議と恐怖は感じず、寧ろ安心感を感じていた。逆に三人の堕天使は一誠のオーラに危機感を僅かに覚えて、口元から笑みが消える。

 

『……サスガハあのドラゴンのシト……スバラシイ力だ……ダガ、既にオソイ……ワタシガ訪れて十年間……ナニモしていないとオモッテイタノカ?』

 

『ナンダッテ?』

 

『ワタシハ、ヤツノ知識をリヨウする為に……ミズカラノ分化をオコナイ……各勢力ニ……ワタシヲ潜り込ませた』

 

『なっ!?』

 

 告げられた事実に一誠は驚愕した。

 目の前の堕天使三人に宿っている意思の源だと思われる者が宿っていると考えられる兵藤は、一誠の師であるフリート達が監視していた。女性を兵藤が時たま襲っている以外に怪しい行動はしていないと思われていたが、実はフリート達の監視を逃れて、目の前の存在も動いていたのだ。

 

『既に……ワタシノ一部は教会とイウ組織ニモハイリコンデいる。このイミがワカルトオモウガ?』

 

『マサカ!?』

 

『ソウ……ソコニイルカトウセイブツが、出身シタトイワレルコジイントヤラ焼くぐらい……造作もナイノダ』

 

「そ、そんな!?」

 

『テメエッ!?」

 

 非道な行ないを平然と言う相手にアーシアは悲痛な声を上げ、一誠が怒りに満ちた声を上げた。

 だが、迂闊に怒りに任せて飛び掛かる事は出来ない。飛び出せば、その後に待っているのはアーシアが育った孤児院が最悪の運命を辿ってしまう。

 

『サァ、下等生物……一緒ニキテモラウゾ……キサマハ……貴重な贄ナノダカラ!』

 

『ザケンナ!! ソンナコトヲイワレテ! ダマッテイラレルカヨ!!』

 

「……分かりました」

 

『アーシア!?』

 

 自身の背後から出たアーシアに、一誠は叫びながら手を伸ばす。

 それに対してアーシアは振り返ると、満面の笑みを浮かべる。

 

「助けて貰ってありがとうございました。お話出来て嬉しかったです」

 

 アーシアは一誠の名を呼ばなかった。

 事情があって正体を隠しているのだと、短い間でアーシアは悟っている。最後に仲良くなった相手の名を呼べない事に寂しさを感じるが、ソレを悟られないように一誠に笑みを向け続ける。

 

「さようなら」

 

 その言葉と共に堕天使達の羽が舞い散り、アーシアと共に消え去った。

 一誠はゆっくりと右手から大剣を地面に落とし、膝をついてしまう。

 

『……チクショオ……チクショオォォォォォォォッ!!!!』

 

 力を得ても尚味わった敗北に、一誠は夜空に向かって悔し気な咆哮を上げるのだった。




一誠の敗北でした。
実力は在ったのですが、一番重要なものが足りなかった故に敗北。

次回は再起と【赤龍帝】が遂に動きます。

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