漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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お待たせして申し訳ありませんでした。


ⅩⅢ

 機動六課に襲い掛かった悪夢のような襲撃から一夜明けた翌日。

 瓦礫が其処かしこに転がっている隊舎の屋上を、ティアナは眺めていた。

 屋上は最早跡形も無く、何かで削られたとしか思えない傷跡が深々と十も残され、その余波で吹き飛んだ床面の瓦礫が転がっていた。フェンスなども全て破壊し尽くされ、屋上にあったベンチなどは床に転がっている残骸と区別する事が出来なかった。

 

「……」

 

「あっ! ティア!」

 

 屋上から下へと繋がる階段を上がって来たスバルが、ティアナに声を掛けた。

 ゆっくりとティアナは振り返ると、スバルが駆け寄って来る。

 

「なのはさん達は大丈夫だって。今日の昼ぐらいから復帰出来るそうだよ」

 

「……そう……シグナム副隊長とザフィーラは?」

 

「シグナム副隊長とザフィーラは病院に搬送されるみたい。まだ、目を覚まさないし、やっぱりかなりのダメージを受けてるようだよ……それでタバネさんだけど」

 

「どうだったの?」

 

「……肋骨に罅が入っているみたいで、全身に打撲痕があったらしいよ」

 

「逃げられないようにする為でしょうね。それとデバイスを持って戦わせないようにも」

 

「うん」

 

 思わずスバルは両手を強く握って、顔を俯かせてしまう。

 

「悔しいよ。こんなに悔しいって気持ちを抱いたの初めてだよ」

 

「私もよ。だから、スバル。次は絶対、アイツに、タオに目にもの見せてやるわよ!」

 

「うん! ティア!」

 

 誓いを新たにしてティアナとスバルは決意する。

 再び戦う事になるであろうタオに対して。だからこそ、二人は治療が終わってから屋上にやって来た。

 少しでも相手に関する情報を集める為に。

 

「でも、どうしてタオは退いたのかな? 後から現れたローブの奴と一緒に戦う事も出来たのに?」

 

 タバネの警告を受けて、ザフィーラを抱えて屋上の手摺りの傍に移動したスバルだったが、ソレでも屋上を走った衝撃でダメージを少なからず受けた。

 あのまま戦闘を続行されていたら、間違い無く負けていたとスバルは思う。

 

「……多分だけど、あの衝撃でタオもダメージを受けたのかも知れないわ」

 

 屋上の端に移動していたティアナ達もダメージを受けたのだ。

 バインドで縛られて動けなくなっていたタオも、確実にダメージを受けた筈だ。現に受けた衝撃に呻く中、ティアナはタオがローブで姿を隠した何者かに担がれて、屋上から去って行くのを目にしている。

 

「それに元々タオが潜入していた目的は、機動六課の情報を手に入れる事だった筈。ソレを記録していたのが、あの【複製の書】とか言うロストロギアだったら」

 

 自分達の複製は使って来たが、隊長陣の複製をタオは使って来なかった。

 あの抜け目の無いタオが、自分達の情報だけを集めている筈が無いとティアナは思う。

 しかし、その情報を記録していたと思われる【複製の書】は、フリードのブラストフレアでダメージを受けている。せっかく集めた情報を失う訳には行かないと、退いた可能性が高いとティアナは考える。

 その考えをスバルに告げると、スバルは納得したように頷いた。

 

「でも……この傷跡、凄いよね」

 

「えぇ」

 

 屋上に刻まれた十の傷跡。その傷跡が走った後には、深々と傷が刻まれ、ソレが走った周囲の屋上の床は粉々砕け散り、瓦礫が転がっていた。

 もしもこの破壊を行なわれた攻撃が、隊舎そのものに振り下ろされていれば、隊舎は崩壊していたとさえ思えるほどの一撃。

 隊長陣でもこの攻撃を確実に防げるとは、ティアナとスバルは確信する事が出来なかった。

 

「ティアナさん! スバルさん!!」

 

「エリオの声?」

 

 屋上の端から聞こえて来た声に、ティアナとスバルは振り返り、声の聞こえた方に歩いて行く。

 丁度その場所はローブを着た何者かが屋上に現れた方向で、二人は落ちないようにしながら下の方を覗いてみる。

 其処にはエリオとキャロが地上に立っていて、二人は手を振っていた。

 

「こっちに来て下さい!!」

 

「此処から見えるものが在るんです!」

 

「見えるもの?」

 

「行ってみよう、ティア」

 

 疑問を覚えながらティアナとスバルは、エリオとキャロがいる場所に向かう。

 二人が自分達が居る場所に来たのを確認したエリオとキャロは、先ず地面を指さす。

 

「先ず此処です!」

 

「……コレって?」

 

「……大きな足跡?」

 

 エリオが指差した地面には、何者かの足跡が刻まれていた。

 だが、その大きさが問題だった。人間サイズの足の大きさではなく、それ以上の大きさから見て、相手の大きさは体長四メートルほど在ると思われる足跡が、深く地面に刻まれていた。

 

「ソレで、あそこにも同じモノが在るんです」

 

 キャロが指差す方にティアナとスバルが顔を向けてみると、隊舎の壁に同じように深く刻まれた足跡が残されていた。

 丁度足跡が在る場所は地上から屋上までの中間の辺り。ソレが意味する事を察したティアナとスバルは顔を険しくする。

 

「……スバル。アンタ出来る?」

 

「……無理だよ。ウイングロードを使えば別だけど」

 

「私もアンカーを撃ち込めばあそこまで移動出来るけど、其処までが限界ね。その後、屋上に向かうなんて無理」

 

 状況から推察すると、ティアナ達の前に現れたローブの何者かは、地上から飛び上がり、隊舎の壁から更にジャンプして屋上に到達した事になる。

 ローブの何者かが屋上に現れる直前に聞こえた破砕音も納得出来る。だが、問題はソレをやった相手の実力だった。何らかの魔法を使ったのならば問題は無いが、もしも身体能力だけでやっていた場合、相手はとんでもない身体能力を持っている事になる。

 FWメンバーの中で一番身体能力が優れているスバルにも出来ない事を、敵はやってのけたのだ。

 少なくとも身体能力と言う一点においては、あのローブの何者かはFWメンバーを上回っているのは明らかだった。

 今後の事も考えれば、敵に関する情報を少しでも集めなければならない。

 

(……そう言えばあの時)

 

『アレはまさか!?』

 

 ティアナの脳裏に過ったのは、ローブの何者かが技を放つ直前に叫んだタバネの言葉。

 あの言葉とその後に続いた慌てたタバネの指示のおかげで、ティアナ達は敵の攻撃を回避する事に成功したのだ。

 もしも忠告を聞いていなければ、ティアナ達は回避し切れずに大怪我。八神はやて達も防御魔法を発動せず、直撃を食らって、運が悪ければ死んでいた可能性も在る。

 タバネが忠告してくれたからこそ、ティアナ達は軽傷で済んで、八神はやて達も大怪我を負わずに済んだのである。

 だが、何故タバネが見た事も無い相手の攻撃を知っているのかと言う謎が残る。

 

(もしかしてタバネさんは、あの相手の事を知っているの?)

 

 ティアナはタバネに聞く事が出来たと思う。

 次に出会った時の為に、少しでも相手の事を知ろうと動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 部隊長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 自らの机に着く八神はやては、昨夜の一件を後見人であるクロノ提督と、聖王教会のカリムに報告していた。

 

『……まんまとそのタオと名乗る何者かにやられたと言う訳か』

 

「……言い訳はしません。機動六課はタオの術中に踊らされてました」

 

『最低でも相手の実力はSランクオーバー。加えて未知の魔法に、複製体を造るロストロギアを所持し、完全に別人に成り済ます変身能力。その上、隊舎の屋上を破壊した黒いローブで姿を隠した何者かか』

 

『クロノ提督。ソレだけではなく、海上で隊長陣が戦ったと言う人型のガジェットの方も危険です。報告を聞くだけでも、魔導師にとって危険過ぎる機能が多過ぎます……もしもソレが量産されでもしたら』

 

「高町隊長の報告では、完全に破壊したそうですけど……動力に使われていた【ジュエルシード】は敵に回収されてしまったそうです」

 

『本物の【ジュエルシード】か。となるとやはり犯人は』

 

 現在管理局が確認している【ジュエルシード】の保持者は、一人だけ。

 地方に貸し出した時に強奪したジェイル・スカリエッティ。その人物こそが人型ガジェットの製作者だとクロノは思っていた。

 だが、その考えは八神はやてが告げた報告に寄って吹き飛ばされてしまう。

 

「それが……フェイト隊長の報告なんですけど……その人型ガジェットに使われていた【ジュエルシード】のナンバーは……シリアルⅩⅣだったそうです」

 

『ッ!? 馬鹿な、在り得ない!! そのシリアルナンバーの【ジュエルシード】が存在している筈が無い!!』

 

 クロノが驚愕して否定するのは当然だった。

 何故ならばシリアルナンバーⅩⅣの【ジュエルシード】は存在している筈が無いのだ。十年前に虚数空間に消え去ったのだから。

 もしも、本当に存在していると言うのなら、虚数空間から出て来た者が居るという事になる。絶対にそんな事は在り得ない。

 虚数空間に呑み込まれたものは、絶対に戻って来れないと言うのが管理世界の認識なのだから。

 

『……フェイトの見間違いだろう。或いはスカリエッティが此方を混乱させるように、ⅩⅣに見えるようにしていたのかもしれない』

 

「私もそうやと思います」

 

『【ジュエルシード】の方も問題ですけど、それ以上に六課を襲ったタオの方も、人型ガジェットの方も問題ですね……クロノ提督。今回の件を上層部に報告して、隊長陣のリミッターの緩和を頼むべきだと思います』

 

『……六課の失態を報告する事になりますが、事が事だけにソレしか無いでしょう』

 

 敵は自分達が考えている以上に強大だった。

 本来ならば隊長陣のリミッターの解除の緩和は出来る筈が無い。機動六課は色々と無理をして造った部隊なのだから。だが、今回得られた敵側の情報を使えば、リミッターの緩和を許される可能性がある。

 それだけ魔導師にとって脅威の兵器が出て来たのだから。本局側は何とかなるかも知れない。

 しかし、問題は。

 

『……地上側がどうなるかですね』

 

 カリムの言葉にクロノとはやては沈黙するしかなかった。

 機動六課と地上本部の仲は最悪と言って良いほどに悪かった。それも実績さえ上げれば問題は無いと思っていたが、此処に来て不味い事になった。

 事情を説明する場合、タバネの事も当然説明しなければならなくなる。タバネの事も説明するなら、アグスタの密輸の件も。密輸の方は余り調査が進んでいない。

 既にオークションは終わっている上に、証拠となる密輸品はタオ達が持ち去っているので、証拠となる物が状況証拠しか見つからないのだ。その件も問題だが、保護していたタバネが機動六課隊舎内で危うく殺されかけたなど報告しようものなら、機動六課を地上本部が攻撃する材料になってしまう。

 実績を上げて地上本部に文句を言わせないつもりだったが、状況はソレを赦してくれない。

 

『先ずは僕らの方で何とかして見せる……はやて。分かっていると思うが』

 

「はい……タバネ・シノさんの方は何とかしてみせます」

 

 機動六課内で発生した最大の問題。

 保護していた民間人に重傷を負わせてしまった問題。その件は早急に何とかしなければならないと、はやては顔を暗くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふえぇぇぇぇん!! 大丈夫ですか! レナ!」

 

「落ち着いてくれ、リイン姉さん。私は大丈夫だ」

 

 涙を流して包帯を巻いて来るリインを、レナモンは落ち着かせるように声を掛ける。

 昨晩の戦いでフリードのブラストフレアを食らって、レナモンは負傷した。事前のタバネ事なのはの行動で、フリードの攻撃が来ると分かっていたので、服の中に水属性の防御符を発動させてダメージは最小に抑えたが、ソレでも負傷を負ったのには違いなく、こうしてリインが過保護にレナモンを治療を行なっているのだ。

 

「第一、私以上になのはの方が酷い傷を負っている」

 

「そうだよね。なのは、大丈夫かな」

 

 傍で話を聞いていたガブモンも、レナモンに同意するように頷く。

 あの状況でタバネが何の負傷も負っていないのは怪しまれると考え、タオモンに進化したレナモンが手加減して一発なのはを殴ったのだ。

 手加減して殴ったとは言え完全体の一撃。確実に肋骨に罅が入っている。

 

(そんな状態で魔法の行使に加え、大声も出せるのだから……やはり並みの精神力では無いな)

 

 普通なら動く事は愚か、口を開くだけで激痛が走る筈なのだ。

 本来ならば其処まで傷を負わせるつもりはレナモンには無かった。だが、なのは本人が怪しまれないようにする為にやってくれと頼んだのだ。

 ソレだけやれば、タオモンとタバネが仲間だと思う者は居ない。更に一見すれば容赦の無い攻撃をタオモンは、タバネに加えていたのだ。肋骨への罅に、全身への打撲、更に気絶したタバネへの苛烈な攻撃。

 此処までやって疑う者は少ない。

 

「コレでなのはは機動六課に残る事が出来る。目的通りだ。後は」

 

「地上本部との交渉の結果だね」

 

「そっちは今、はやてちゃんとフリートさんがやってるですよ」

 

「……大変だろうね」

 

「交渉は旨く行くだろう。あの二人ならば」

 

(いや、僕が言いたいのは……あのフリートさんを相手にする地上本部の人達の方なんだけど)

 

 レナモンの呟きに、ガブモンはそう内心で呟く。

 リンディが居ない今、フリートを止められる者は居ないのだ。交渉は旨く行くだろうが、地上側にはそれなりの被害が出るのは間違いない。

 ガブモンは出来るだけ被害が少なくて済むように祈る。すると、レナモンの治療を終えたのか、リインがガブモンの頭の上に乗っかって、小声で話しかけて来る。

 

「……ガブモン。地上本部の方も大事ですけど……あっちは、何とかなりませんか?」

 

 言われてガブモンは出来るだけ視界に入れないようにしていた方に顔を向ける。

 其処には白いテーブルが置かれていて、フリートがこれでもかと言わんばかりに封印魔法を重ね掛けし、更に物理的にも動けないようにする為にデジゾイド製で造り上げた小箱が置かれていた。

 此処までされれば、何も出来ないと普通は思うが、封印されている小箱がガタガタと震えている。つまり、封印を破ろうと中に入っている物が暴れているのだ。

 

「あそこまでされて、アレは暴れるのか?」

 

「いや……まぁね……レイジングハートにとっては、我慢出来なかったんだよ」

 

 小箱の中に封印されているのは、なのはのデジバイスであるレイジングハート・エレメンタル。

 実を言えばレイジングハート・エレメンタルは、なのはと離れた当日の内に脱走しようとしていた。昔と違い、完全にプロテクトが外されたレイジングハート・エレメンタルは自己判断で魔法を使う事が出来る。

 幻術を使って機動六課内でなのはの護衛をしようとしていたのだ。

 だが、アルハザード技術の結晶であるレイジングハート・エレメンタルに勝手な事をされる訳には行かない。

 そして過去にレイジングハート・エレメンタルに散々煮え湯を飲まされたフリートが、その事を忘れている訳もなく、隙を見て封印したのだ。

 その後は何とか封印を破ろうと、レイジングハート・エレメンタルは暴れ続けていた。

 落ち着かせようとガブモンは封印越しに説得を続けているが、ソレで止まるレイジングハート・エレメンタルではない。

 

「……なのはが負傷した事は伝えない方が良いよ」

 

「…そうだな」

 

「レナの安全の為にも、秘密にします」

 

 なのはを負傷させたのが誰なのかを話せばどうなるのか即座に理解出来た三人は、固く誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 地上本部のトップであるレジアス・ゲイズ中将の秘書であるオーリス・ゲイズは、困惑したように執務室にやって来た二人の人物を見つめていた。

 昨夜の機動六課の海上の戦闘は、実は秘密裏に情報が流されていたのだ。当然、最初は地上本部にいる幹部の誰もが訝しんでいた。だが、その情報と同時に送られて来たガジェットに関する情報が、地上本部の幹部全員に危機感を抱かせた。

 そしてその情報を送って来たと思われる人物達が、厳重な警備システムが張られている筈の地上本部に侵入して来たのだ。しかも、一番警備が厚い筈のレジアスの執務室に。

 ソレだけならば、即座に警備員を呼び出すと言う処置を取れば良いのだが、現れた二人の人物の内の一人にオーリスは困惑していた。

 その人物は現れたと同時にレジアスとオーリスに向かって、土下座をいきなり行なったのだ。

 

「本当にオリジナルの私がすいませんでした!!」

 

「あぁ、此方私が保護している子です……八神はやての人造魔導師ですよ」

 

「ッ!?」

 

 土下座をしている人物の隣に立つ白衣を纏った女性-フリートの言葉に、オーリスは息を呑んだ。

 対して執務机に座るレジアスは、僅かに眉を動かし、フリートとはやてを睨むように見つめる。

 

「……ソレで何の用だ。分かっていると思うが、お前達には局員の殺害未遂容疑がある」

 

「まぁ、そうですね。確かに私達がした事は、管理局の法だと犯罪ですから……でも、その法が完全に消滅するかも知れないって言ったらどうします?」

 

「……どう言う事だ?」

 

「そのまま意味ですよ。私が送ったガジェットのデータは、もう技術部で確認済みですよね」

 

 その言葉にオーリスは内心で頷くしか無かった。

 コレまで管理世界で確認されていたガジェットは、地上本部の魔導師達も破壊して技術部が解析を行なっていた。残念ながら本局と同じで完全に解析する事は出来なかったが、フリートが送った情報に寄って完璧に解析する事が出来ただけではなく、本局が掴んでいない情報を得てしまった。

 即ち、今管理世界で確認されているガジェットが情報収集用でしかないと言う事実を。

 オーリスは報告を受けた時、まさかと言う気持ちしか持てなかった。解析を行なった技術者達の面々は尚更に信じられなかっただろう。だが、現実は変わらなかった。

 

「ガジェットを操っているジェイル・スカリエッティ。アイツはあるロストロギアを得てしまったんですよ……そう、最悪にして最凶のロストロギアを」

 

「ほう……詳しく教えて貰いたい話だな」

 

 レジアスが告げると同時に、執務室の扉が開き、デバイスを構えた武装局員が十名ほど入って来てフリートとはやてを取り囲んだ。

 しかし、二人は慌てる様子も見せず、逆にフリートは笑みを深めながら口を開く。

 

「えぇ、教えますよ。ただ、その前に……私の名前を教えますね。私の名は」

 

 ゆっくりとフリートが自身の名を告げようとしながら、右手をゆっくりと掲げる。

 何かをするつもりなどと武装局員達は警戒心を強める。

 彼らは中将付きの武装局員達なので、地上本部の局員の中でも有数の手練れだった。だが、そんな彼らでもフリートの前では無意味だった。

 

「……アルハザード」

 

『……ッ!?』

 

 告げられた名の意味を全員が理解し、驚愕する。

 同時にフリートは掲げていた右手をグッと握り締める。

 その動きに室内にいる武装局員達の警戒心が強まるが、そんなものは無意味だった。

 何故ならば、次の瞬間、取り囲んでいた武装局員達の全員のバリアジャケットが締め付けられたのだ。

 

「な、何だ!?」

 

「バ、バリアジャケットが!?」

 

「痛い! や、止めろ!?」

 

「折れる!? 腕が!?」

 

 自らを護る筈のバリアジャケットが、自身を苦しめる武器になってしまった事実に、武装局員達は混乱する。

 

「な、何が!?」

 

 苦しむ武装局員達の姿に、フリートとはやてを捕まえられると考えていたオーリスは驚愕し、レジアスも目を見開く。

 しかし、フリートは何でもないと言うように、握っていた手をパッと開く。

 すると、バリアジャケットの締め付けが無くなり、武装局員達は拘束から解放される。

 

「私の名は……アルハザード。フリート・アルハザードです」

 

 使用者を護る筈のバリアジャケットに苦しめられ、武装局員達が床に倒れ伏す中、フリートは冷酷な笑みを浮かべながら自身の名を告げたのだった。

 

 

 

 

 

 フリート達の方の世界にある無人世界カルナージ。

 その世界にイクスヴェリアとそのパートナーデジモンであるクラモンは、ヴィヴィオとギルモン、更にミッドチルダで出来た友達と共に遊びに来ていた。

 一年を通して温暖で豊かな自然は、キャンプ場として有名な世界で在り、デジモンにとっても過ごし易い環境の世界。イクスヴェリアはその世界でキャンプを満喫していたのだが。

 来る筈が無かったリンディが訪れた事に寄って、気分は最悪に近くなっていた。

 

「……アルハザードの最悪の兵器ですか」

 

「クラ~」

 

「えぇ……そうなのよ」

 

 球体状の体に目が一つだけ在る【クラモン】を抱えながら状況を聞き終えたイクスヴェリアに、リンディは真剣な顔をして頷いた。

 

クラモン、世代/幼年期Ⅰ、属性/解析不可、種族/分類不可、必殺技/グレアーアイ

コンピューターのバグによって突如出現した謎のデジモン。幼年期でありながら高いネット侵入能力を持っている。他のデジモンとは違い、進化ルートはひとつしかないが自分自身をコピーし、病原菌のように無数に増殖が出来ると言う恐ろしい力を持っている。人間の破壊本能が詰まったデジタマから誕生したとされている最悪の幼年期デジモン。必殺技は、巨大な目の部分からアワのようなモノを出す『グレアーアイ』だ。イクスヴェリアのパートナーデジモン。

 

 【アルハザード】がどれほど恐ろしい世界なのかを、イクスヴェリアは身をもって知っている。

 まさか、その世界が完成させるのを恐れる兵器のデータを盗み出し、完成させたばかりか量産し、その上に【聖王のゆりかご】が乗っ取られて、想像を絶する兵器へと変化している可能性が高い。

 加えて兵器の使用者はジェイル・スカリエッティ。イクスヴェリアは悪夢としか言えない状況に、頭を抱えざるえなかった。

 今でこそフリートとは何とか付き合えているが、初めの頃はトラウマで常にビクビク怯えていたのだから。

 

「……このまま行けば確実にその平行世界は」

 

「えぇ、滅んでしまう可能性は高いわ。フリートさんが全力を出せば、被害は最小限に抑えられるかも知れないけれど」

 

「そうなれば、どのみちミッドチルダは終わるでしょう。【アルハザード】の魔導師が本気を出すという事は、恐ろしい結果しか現代では生み出せません」

 

「出来ればそうなる前に事を終わらせたいの。何よりもフリートさんが全力を出す前に」

 

 確かにフリートが全力を出せば、ミッドチルダだけで犠牲は済むかもしれない。

 だが、そうなった後に起きる問題が大き過ぎるのだ。【アルハザード】の存在の立証だけではない。

 管理局と言う組織の発祥の地が滅びれば、管理世界全体の治安の不安定化。ソレに類する管理外世界での次元犯罪者の横行。あちらの世界の本局の幹部は、あまり気にしていない者も多いようだが、ミッドチルダで大事件が起きるだけで治安が悪くなってしまうのだ。

 滅んだりしたら尚更に。加えて言えば、事の件は全て管理局から始まっている。ジェイル・スカリエッティの真実が明らかになれば、各管理世界の政治家達は一気に動き出すだろう。

 管理局の管理体制に不満を持つ者達は、それこそ数えられない程いるのだから。

 

「其処で私とクラモンの力ですか……ですが、知っている筈です。私とクラモンの究極体への進化は封じられています」

 

「クラッ!」

 

「えぇ、知っているわ。だから、今、ブラックが許可を貰いに行っているのよ。それで既にセラフィモンさんとドゥフトモンさんからの許可を得る事は出来たわ」

 

「……まさか」

 

「いえ、その二体とは残念ながら戦えなかったそうよ」

 

 リンディの提案を聞いたブラックは、ルインを連れて嬉々として動き出していた。

 だが、当初の予想に反してセラフィモンとドゥフトモンはあっさり許可を出したのだ。理由に関しては、セラフィモンは、平行世界とは言え、管理世界が管理している宙域の世界の中には地球が在る。その地球の裏側には【デジタルワールド】が、当然存在している。

 そして地球側が滅びれば、あちら側の【デジタルワールド】にも影響が出る。その影響を見過ごせないと判断したセラフィモンは、イクスヴェリアと進化許可を与えたばかりか、他のデジタルワールドの守護デジモンの説得にまで動いてくれたのだ。

 セラフィモンの説明を聞いたドゥフトモンは、そう言う事情ならばと許可を出してくれた。決してブラックと戦うのを嫌がった訳では無い。

 問題は最後の封印を担っているデジモン。四聖獣デジモンの南を司る【スーツェーモン】だった。

 

「スーツェーモンさんにも事情を説明したんだけど、此方側が動く前にあちら側に全部説明して自分達で責任を取らせろって、言われたのよ」

 

「ソレは難しいとしか言えません。平行世界の事は説明しなくても、その他の事を説明するだけで混乱は起きます」

 

「えぇ……ただスーツェーモンさんも事情が事情なだけに、貴女達の封印解除の許可を出さないとは言って無いのよ。許可を得たいのなら、其方の意思を見せろって言っているわ」

 

「つまり」

 

「……今、戦っているわ……ブラックが」

 

 四聖獣達が治める【デジタルワールド】で起きている戦いを思い浮かべながら、リンディは告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 息を吸えば、肺が焼け付くと思えるほどに高い温度。

 燃え盛る炎は周囲の岩をドロドロに溶けさせ、マグマに変わっていた。そのマグマの中に立つ岩に立ちながら、ルインとユニゾンしたブラックはブラックウォーグレイモンXへと進化し、心の底から楽し気に上空に飛んでいる巨大な紅い羽毛で覆った翼と四つ目と十二個の電脳核を纏った鳥の様なデジモン-【スーツェーモン】を見つめていた。

 

スーツェーモン、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/聖鳥型、必殺技/紅焔(こうえん)

デジタルワールドを守護する四聖獣の一体で、南方を守護し灼熱の火焔を操る紅い聖鳥型のデジモン。その強さはデジモンの中でも最高峰であり、もはや神そのものである。必殺技の【紅焔(こうえん)】は、太陽が爆発するような音とともに灼熱の渦で敵を包み込み焼き尽くす技だ。その威力は太陽が発するプロミネンスに匹敵する。

 

「ハハハハハハハッ!! 久々だぞ! 此処まで楽しい戦いは!!」

 

「クゥッ!! うっとおしいわ!!」

 

 心の底から歓喜するブラックウォーグレイモンXと違い、スーツェーモンは煩わしそうに口から燃え盛る炎を吐いた。

 瞬時にブラックウォーグレイモンXは背中の二つのバーニアを吹かし、超高速で移動して燃え広がる炎の範囲から逃れた。

 直前までブラックウォーグレイモンXが立っていた場所の岩場が一瞬にして溶解してドロドロに溶けた。例えブラックウォーグレイモンXでも、まともに食らえば確実に大ダメージを受けるのは間違いなかった。

 しかも、今の攻撃はスーツェーモンにとってただ炎を吐いただけの攻撃でしかないのだ。

 本気の一撃ならば、岩は溶けるどころか蒸発してしていただろう。

 だが、その事実を理解していてもブラックウォーグレイモンXにとっては歓喜が沸き上がっていた。

 

「コレだ! 俺が望む戦いは! さぁ、もっと楽しませろ!!」

 

 今のブラックウォーグレイモンXには、クラモンの封印の事など頭には無い。

 スーツェーモンとの戦いを心の底から楽しむ事だけしかない。

 

「行くぞ、スーツェーモン!!」

 

 叫ぶと共に背中のバーニアを吹かし、ブラックウォーグレイモンXは突撃するのだった。


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