漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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待っていて下さった方々。
お待たせしました。更新です。




 高町なのはにクロスミラージュから撃ち出したレールショットが直撃する光景を目にしたティアナは、会心の笑みを思わず浮かべた。

 何をやっても届かないと思っていた相手である高町なのはに、確かに自身の弾丸は届いたのだ。その事実にティアナはクロスミラージュを下げてしまいそうになるが、慌てて構え直した。

 まだ、模擬戦の終了宣言は出ていない。確実にクリーンヒットの一撃を加える事が出来た筈だが、宣言が出ていないのならば模擬戦が続くかも知れないのだ。

 その事をタバネから教えられていたティアナとスバルは、空中に浮かんでジッとしている高町なのはに自らのデバイスを構える。

 

「……レイジングハート。今のは?」

 

《バリアジャケットを超えてマスターはダメージを受けました。Mission completeです》

 

「……そっか」

 

 レイジングハートの報告に高町なのはは、ゆっくりと身構えているティアナとスバルに顔を向けた。

 模擬戦の結果としてはティアナとスバルの作戦勝ちだった。そもそもリミッターを付けているとは言え、高町なのはとスバル、ティアナの間には実力差が存在している。

 その差をティアナとスバルは作戦で埋め、高町なのはにダメージを与えたのだ。

 この模擬戦の結果は、一目瞭然だった。

 

「これで、スターズの模擬戦は終了」

 

「えっ?」

 

「それじゃあ……」

 

「うん」

 

 笑みを浮かべて、なのはは二人に告げる。

 

「私が撃墜されて終了……二人の勝ちだよ」

 

『……や、やったあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!』

 

 高町なのはからの勝利の報告に、ティアナとスバルは思わず両手を上げて喜んだ。

 確かに自分達は高町なのはを模擬戦で倒す事が出来たのだ。その事実にティアナとスバルは思わず抱き合ってしまう。

 その間にフェイト達が観戦しているビルの屋上に高町なのはは降り立つ。

 

「痛ッ!」

 

「なのは! 大丈夫?」

 

 降り立つと共に胸元を押さえた高町なのはに、フェイトは慌てて駆け寄った。

 

「う、うん。ちょっと痛みが走っただけだから」

 

「そう……でも、後でシャマルに見て貰った方が良いよ」

 

「分かってるよ」

 

「しっかし、まさかあの二人がお前を墜とすとはな」

 

 今だに喜び合っているティアナとスバルを見ながら、ヴィータが呟いた。

 正直良い線は行けたとしても、高町なのはを墜とせるとはヴィータは思って無かったのだ。

 ソレはフェイトも同じなのか、ティアナとスバルを、特に最後の一撃を加えたティアナを見つめてしまう。

 

「でも、何時の間にあんな魔法を覚えたんだろうね?」

 

「うん。正直最後のティアナの一撃は本当に驚いたよ。躱せると思っていたんだけど」

 

 最後のティアナが使ったレールショットは、今までティアナが使っていた魔法とはレベルが違っていた。

 強度が高い筈の高町なのはのバリアジャケットを貫きダメージを負わせた事も驚きだが、それ以上に魔力弾の速度が異常だった。

 全く見えなかったのだ。魔力弾が走った軌跡さえも見えず、ティアナが引き金を引いた瞬間には、高町なのはに届いていた。ソレだけが事実だった。

 

「後で詳しく聞いて見るね」

 

「うん。それじゃエリオ、キャロ。次は私と二人で模擬戦をやろうか」

 

『はい!!』

 

 フェイトの言葉にエリオとキャロは頷いた。

 ティアナとスバルが屋上に来ると共に、ライトニング分隊の模擬戦が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎の屋上。

 アイナに頼まれて洗濯物を干していたタバネは、海側に在る機動六課の訓練スペースの方を見ていた。

 普通ならば、いや、一般的な魔導師ならば見える距離では無いが、タバネは一部始終ティアナ、スバル、高町なのはの模擬戦を見ていた。

 

「まぁ、流石に負けを認めるよね」

 

 模擬戦の結果はどう足掻いてもティアナとスバルの勝利。

 本格的な戦闘ならば戦いは続いていただろうが、あくまで模擬戦。もしも納得出来ずに継続でもしていれば、流石にタバネも我慢の限界だったが、ソレは杞憂で済んだ。

 だが、それ以外でもタバネが見た限り、模擬戦の内容には問題が多い部分が多かった。

 

「……やっぱり、油断し過ぎだね」

 

「ですよね」

 

 タバネの言葉に何時の間にか横に立っていたシャリオ・フィニーノが同意した。

 ほんの一瞬前まで居なかった筈のシャリオが突然現れた事にも動揺せずに、タバネは話を続ける。

 

「ランスターさんとナカジマさんが勝ってくれたのは嬉しいけど」

 

「充分に対処出来るチャンスはありました。だけど、そのチャンスをなのはさんは自らの油断から不意にしてしまいましたよね」

 

 終始模擬戦はティアナとスバルの思惑通りに進んでいた。

 だが、所々で危ない場面も確かに在ったのだ。その危ない場面を乗り切れたのは、二人の頑張りよりも、高町なのはの油断が大きかったから。

 もしも最初から高町なのはがスバルよりもティアナの方に気を付けていたら、模擬戦の内容は変わっていただろう。

 

「……やっぱり必要でしょうか?」

 

「うん。出来る事なら必要無しで済んで欲しかったけど、コレじゃあね」

 

「……調査の結果、スカリエッティ達も動こうとしています。情報収集用のガジェットⅡ型が東部の海上付近に集結しようとしているようですよ。狙いは恐らく」

 

「機動六課じゃないね。目的はフリートさんか、私かな」

 

 前回のアグスタの時にタバネがルーテシア達を追い込み、ティアナのミスショットから救う為に放った【レールショット】。

 アレは確実にスカリエッティに興味を抱かせた。恐らく調査もしたのだろうが、フリートは姿を隠し、タバネもガジェットの破壊を行なっていない。脅威と見ているかは分からないが、少しでも情報を得ようとスカリエッティ達は動き出したのだ。

 勿論、フリートもタバネも見え見えの誘いに乗るつもりは無い。寧ろ、この状況はタバネ達にとって好都合だった。

 

「ガジェットが動けば機動六課は動きます」

 

「主戦力として隊長陣が」

 

「襲撃にはチャンスですよね。タバネさん」

 

 自らが所属する部隊だと言うのに、まるで他人事のようにシャリオはタバネに告げた。

 しかし、タバネは疑問に思う様子は無く、ゆっくりとシャリオに顔を向ける。

 

「準備の方はどうなの?」

 

「此処数日の間に全部終わってますよ。出撃した方の隊長陣の足止め役は用意してありますから、すぐには戻って……いえ、もしかしたら無事には戻って来れないかも知れませんね」

 

「……あぁ、そう言えば暴走したんだった。また、とんでもない物を造ったんだろうなぁ」

 

 思わずタバネは遠い目をしてしまう。

 何を造ったのか分からないが、ほんの少し、本当に数ミリ程度だけ、戦う事になるであろう隊長陣に同情した。

 

「……それじゃ、今夜お願いするね」

 

「分かりました」

 

 シャリオは頷くと共に手を差し出し、タバネは首に掛かっていた待機状態の千変を渡した。

 

「此処数日でフィニーノさんが千変を貸してくれって言っていたのは、機動六課じゃ殆どが知っている事だから」

 

「根負けして渡したって言えば、問題無しですね」

 

「うん。それじゃ」

 

「また、後でなのは(・・・)さん」

 

 笑みを浮かべながらシャリオは千変を持って、屋上から出て行った。

 

「……本当に演技が旨いよね。気配も本人にソックリだったし、どれだけはやてちゃん達は仕込んだんだろう」

 

 事前に知っていなければ、自身も気が付けなかったと思いながら、タバネは足元に置いてある洗濯籠に手を伸ばす。

 

「……あの子達の頑張り次第だけど、失敗したら今日でタバネ・シノは死ぬかも知れないね」

 

 ゆっくりとタバネは洗濯物を入れていた籠を持ち上げて、屋上の入り口の方へと歩いて行き、隊舎内へと戻って行った。

 

 それから機動六課での仕事を終えたタバネは、夕方何時もの訓練場所にしている森に居た。

 背を木に預けながら待っていると、ティアナとスバルが嬉しそうな顔をして駆けて来る。

 

「タバネさん!」

 

「私達、模擬戦に勝てました!」

 

 二人は模擬戦の結果を本当に嬉しそうに語り、タバネは笑みを浮かべながら聞く。

 

「良かったね、二人とも」

 

「タバネさんのおかげです。タバネさんが私達を鍛えてくれたから」

 

「ソレは違うよ。確かに私は二人の訓練に手を貸したけど、二人の頑張りが在ったから模擬戦に勝てたんだよ」

 

 そうタバネは告げると、ゆっくりとティアナとスバルの肩に手をやる。

 

「だけどね。今回勝てたからって次も勝てるなんて考えちゃ駄目だよ。次も勝つ為にも頑張らないとね」

 

『はいっ!』

 

「うん、良い返事。それじゃ今日の自主練は休もうか」

 

『……えっ?』

 

 タバネの言葉にティアナとスバルは思わず疑問の声を上げてしまった。

 二人の様子にタバネは苦笑を浮かべながら告げる。

 

「目的だった高町なのはさんに模擬戦で勝てたんだし、今日ぐらいは休もうよ。それに今日は二人の訓練にはちょっと付き合えないんだ」

 

「如何したんですか?」

 

「……アレ? タバネさん、デバイスは?」

 

 スバルは何時もタバネが首に掛けていた千変が無い事に気がついた。

 ティアナも遅れて気がつく。タバネが千変を手にしてから、何時も身に着けていた事を知っているので、二人が首を傾げると、タバネは苦笑を浮かべながら説明する。

 

「あはははっ、実は根負けしちゃったんだよ。フィーニノさんが熱心にお願いして来るからね」

 

「あっ、そう言う事ですか」

 

「シャーリーさん、タバネさんに会うと頼んでいたからね」

 

 最初に千変を検査した時から、シャリオはもっと詳しく調べたいとティアナとスバルにも語った時が在った。

 同時にタバネに会う度に何とか調べさせて貰えないかと頼んでいるのを、目撃した事も在る。

 

「本当は渡したくは無かったんだけど、これ以上人前で頼まれるのも困るし、今日なんてアイナさんに頼まれて洗濯物を干してる時に来られたから、流石に根負けしちゃったんだよ」

 

(そう言えば、今日はシャーリーさんの姿が見えなかったけど、タバネさんから千変を借りられたからだったのね)

 

 ティアナはタバネの説明に確かにシャリオを見ていない事に気がつき、その理由も納得出来た。

 千変に関しては門外漢な部分もあるので良く分からないが、本職のデバイスマスターからすれば絶対に調べてみたいと思えるような代物なのだろう。

 

「だから、今日の自主練はお休みにしよう」

 

「……そうですね。スバルも良い?」

 

「うん。私は別に構わないよ」

 

「ゴメンね」

 

 タバネは両手を合わせて二人に謝罪し、今日の夕方の自主練は中止になって三人は隊舎へと戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 夜九時近く、高町なのはは機動六課の訓練スペースで今日の模擬戦のデータを見ていた。

 模擬戦の結果は、高町なのはの撃墜でティアナとスバルの勝利。言い訳も出来ない程に、高町なのははティアナとスバルの作戦に負けた。

 ソレでも注意すべきところは注意したが、負けた事は事実。

 ゆっくりと撃墜の判定を受ける事になった一撃を食らった胸元に高町なのはは手を当てる。

 

「……あの魔力弾は一体……」

 

 ティアナの魔力弾の速度を高町なのはは知っていた。知っていた筈だった。

 だが、撃墜判定を受けたティアナの魔力弾の速度は異常としか言えなかった。何せ反応するどころの騒ぎでは無い。見る事さえも出来ないほどの速さだったのだ。

 観戦していたヴィータとフェイトも、ティアナが放った魔力弾の速度には言葉を失っていた。高速戦闘を得意としているフェイトでさえも、あの魔法を回避出来るか分からないぐらいだった。

 

「……何時の間にあんな魔法を」

 

「なのは」

 

「……フェイトちゃん」

 

 真剣に考え込んでいるなのはの背後から、フェイトが呼びかけた。

 振り向いたなのはは空間ディスプレイを消して、二人は並んで隊舎へと戻って行く。

 

「……今日の模擬戦」

 

「うん……今も見ていたけど、私の負けだよ」

 

 最初から最後までティアナとスバルの思惑通りだった。

 先ず最初にティアナが放った射撃は高町なのはに回避行動させる為の布石。

 次のスバルのなのはの教えに反するような行動は、高町なのはから冷静さを奪う為。そして其処に追撃を加えるようにティアナが幻術を使って、高町なのはが苛立つ行動を続けた。

 砲撃をしようとしたティアナも、その後魔力刃で突撃をしようとしたティアナも幻影。本物のティアナは高町なのはがスバルに気を取られている隙に、周囲のビルの中を移動して射撃魔法を仕掛けていた。無論、ティアナの姿が無い事に高町なのはは疑問に思うのは間違い無いので、幻影を使っていた。

 後はスバルが何とかしてティアナが張り巡らせた罠の中に高町なのはを運ぶだけ。スバルが運び終えた後は、ティアナが張り巡らせた射撃を一斉発射。しかも僅かに発射タイミングをずらして回避し難いように仕込み、防御したら弱まった事をスバルが粉砕する。ソレでも決められない時は、ティアナの【レールショット】での狙撃と、二重三重に考えれた作戦で二人は挑んだのだ。

 

「……正直嬉しいって気持ちもあるけど……悔しいって気持ちも大きいんだ」

 

「うん」

 

「ソレにティアナのあの魔法。何時の間に覚えたんだろう」

 

 模擬戦で高町なのはが最も疑問に思ったのは、ティアナの【レールショット】だ。

 あの魔法だけは他のティアナの魔法と比べられないぐらい強力な魔法だった。何せ視認出来ない程に、速度が異常過ぎるのだ。発射されたら事前に知っていなければ回避も防御も許されない。

 それほどまでに強力な魔法だと受けた高町なのはは感じていた。

 

「……私もそう感じたよ。あの魔法だけは、今までのティアナの魔法じゃない」

 

「本当に……何時覚えたんだろうね」

 

 フェイトと高町なのはは疑問を抱きながら、機動六課隊舎内へと足を踏み入れる。

 同時に機動六課全体に警報音が鳴り響き、フェイトと高町なのははハッとして指令室へと走り出した。

 

 

 

 

 

「……さて、コレで出て来てくれるかね」

 

 ミッドチルダの東部の海上に情報収集用のガジェットⅡ型を派遣したスカリエッティは、モニター上に映る光景を注視していた。

 その目的はアグスタでウーノが接触した人物であるフリートがどう行動するか見極める為だった。此処最近、情報収集用のガジェットが次から次へと破壊される事が起きていた。しかも、その犯人は不明の上に、ミッドチルダから近い世界に派遣したガジェットが破壊されている。

 情報収集用に造られたガジェットが原因も分からずに破壊される事は異常としか言えない。

 故に今回は特別に情報収集能力を更に強化したガジェットⅡ型を派遣したのだ。

 

「……一体何者なのだろうね、ウーノが接触した人物は」

 

『ドクター』

 

「おや、コレは珍しい」

 

 出現したモニターに映ったルーテシアの姿に、スカリエッティは目を向けた。

 

「ゼストとアギトはどうしたんだい?」

 

『今は別行動。それよりもドクターの玩具が遠くの空に飛んでいるみたいだけど?』

 

「あぁ、ちょっと気になる事が在ってね。その為に派遣したのだよ」

 

『それって、レリック?』

 

 僅かに執着心を見せながらルーテシアは質問した。

 それに対してスカリエッティは首を横に振るう。

 

「それだったら真っ先に君に伝えているよ。ただ君にとっても無関係とは言えないかも知れないね」

 

『……もしかして銀色の狼?』

 

 無表情だったルーテシアの顔に、怒りの感情が浮かんだ。

 アグスタでガリューに大火傷を負わせたワーガルルモンに対して、ルーテシアは怒りを覚えていた。アグスタでは結局怒りを晴らせず、逃げる事になってしまったが、ソレで怒りを忘れる訳が無い。

 今度出会ったら、必ず報いを与えると内心では誓っているのだ。

 

「ソレも出て来る可能性が在るだろうね」

 

『なら、出て来たら教えて』

 

「分かった。その時には君に連絡をさせて貰うよ」

 

『それじゃあね』

 

 ルーテシアがそう告げると共に出現していたモニターが消失した。

 スカリエッティはゆっくりと、モニターに映るガジェットⅡ型の軍勢に目を向ける。

 

「……とは言っても望み薄だろうね。こんな見え見えの手に乗るような相手だとは思えない。せめて少しぐらいは有益な情報が得られれば良いのだが。更なる進化の為にもね」

 

 スカリエッティはそう呟きながら、モニターに映るガジェットⅡ型の軍勢を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「見え見え過ぎて逆に引っ掛かりたくなるような動きですね、アレ」

 

 東海上にガジェットⅡ型が現れる事を事前に知っていたフリートは、遠くに見えるガジェットⅡ型の横にいるバリアジャケットを纏ったはやてと共に眺めていた。

 

「引っ掛かって有利になるなら、確かに引っ掛かっても悪くないんやけど」

 

「前までのガジェットⅡ型よりも情報収集能力は強化されているでしょうし」

 

「手は出さへん方がえぇでしょうね」

 

 自分達の存在は出来るだけ隠す方針は変わっていない。

 故に今回は手を出さない。スカリエッティ達側には。

 

「そろそろ機動六課側も来るでしょうね」

 

「リミッターが付い取るから、この世界の私が長距離から攻撃する事はあらへん筈ですから」

 

「今までと同じ戦法で出来るだけ情報を隠す為に、空戦が出来る隊長陣が出て来るでしょうね」

 

「もう隠す情報なんて無いも同然なんやけど」

 

 最早機動六課の情報は殆どスカリエッティ達に奪われてしまっている。

 最初の任務で隊長陣二人とFWメンバーの情報が。アグスタの任務で副隊長陣とザフィーラ、シャマルの情報が。

 この世界の機動六課で唯一戦闘情報が得られていないのは、八神はやて一人だけなのだ。後はリミッター解除時の戦闘データやリインフォースⅡとのユニゾンデータぐらい。

 真面目にはやては機動六課は詰みの段階に入ってしまっていると感じていた。

 

「ほんまに頭が痛いわ。此処から逆転するなんて七大魔王に単独で挑むぐらいの難易度なんやけど」

 

「いや~、ソレは無理でしょう。と言うか無謀ですよ、それって」

 

 自分ならば先ずやりたくない例にフリートは首を横に振るった。

 言った本人であるはやても、絶対に挑みたくない例に考えを振り払うように首を振った。

 

「さて、レナの方も準備が終わったみたいやし、ガブモンとリインもバックアップ準備は完了」

 

「こっちの準備も終わりましたから、後は機動六課があのガジェットⅡ型の軍勢を倒し終えたと同時にコレを動かせば良いでしょう」

 

 そうフリートが呟くと共に、二人の背後に何かが転移して来た。

 

「……コレ、この世界のなのはちゃん達が勝てる機動兵器とは思えないんですけど」

 

「そうでもないですよ。装甲は元々のガジェットの物ですし、追加した機能にも弱点はありますから。ソレが分かれば何とかなりますよ……勝率二割ぐらいは一応ありますね」

 

(……八割も負ける可能性がある時点で、終わりやと思うわ……まぁ、こっちは入念に準備してるから当然なんやけど……使わずに済んでくれたら良いと思ってたのに、そうも言ってられへん程に機動六課の危機意識は低過ぎる)

 

 今回の襲撃はどうやっても必要な事なのだ。

 本局のエリート部隊である機動六課と互角以上に戦える存在。地上本部に自分達が入り込む為の材料の一つとして必要なのだ。

 

(……この世界の私。悪いけど、機動六課は利用させて貰うわ)

 

 そう内心ではやては呟きながら、遠くに見える機動六課の隊長陣が乗ったヘリに顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課司令部。

 部隊長である八神はやてはモニターに映る高町なのは、フェイト、ヴィータとのガジェットⅡ型の軍勢との戦いを見ていた。

 戦況は終始機動六課隊長陣が優勢だった。多少ガジェットⅡ型の性能が上がっているからと言って、高町なのは達が負ける事は無い。

 

「スターズ2。二十四機目のガジェットを破壊」

 

「増援はありません」

 

「うん」

 

「付近の海上部隊に連絡して残骸の回収を」

 

「了解」

 

 副部隊長であるグリフィス・ロウランの指示に従い、アルトは連絡を取り出した。

 

「待機する必要も無さそうやから、三人は戻って貰ってもえぇかな」

 

「はい、ロビーで待機しているFWメンバーも解散で……」

 

「いえ、まだ終わって無いですよ」

 

「えっ? シャーリー?」

 

 突然グリフィスの発言に割り込んだシャリオに、リインフォースⅡは顔を向けた。

 他の面々もシャリオに顔を向ける。ゆっくりとシャリオは自らが座っていた椅子から立ち上がり、八神はやてに笑みを浮かべながら振り返る。

 

「寧ろ、此処から本番ですよ、八神部隊長」

 

「何言う取るんシャーリー?」

 

「フフッ、本当に笑えますよね。だって誰も気がつかないんですもの。長い付き合いのフェイトさんも私に疑問を抱きませんでした。本当に……笑ってしまうぐらいに、油断が多い部隊だ」

 

「ッ!? リイン! そのシャーリーを拘束!」

 

「は、はいです!!」

 

 口調が突然変わったシャリオにリインフォースⅡは、捕縛魔法を慌てて使用しようとする。

 だが、リインフォースⅡの魔法が発動する前に、シャリオは瞬時に自らの両手で印を組み上げる。

 

「爆ッ!!」

 

 ドゴンッとシャリオの印が組み上がると同時に、機動六課隊舎の各所から爆発が発生し、隊舎全体が激しく揺れ動いた。

 

『キャアァァァァァァーーーー!!!』

 

「ウワァァァァァァーーー!!!」

 

 揺れは司令部にまで及び、八神はやて達は立っている事も出来ずに床に倒れ伏してしまう。

 

「は、はやてちゃん!!」

 

 唯一空中に浮かんでいたリインフォースⅡだけは揺れの被害から免れる事が出来たが、自らの主である八神はやてに慌てて顔を向けてしまう。

 その隙をシャリオに扮している者は見逃さず、両手に札を出現させると四人に向かって投げつける。

 

「縛ッ!!」

 

『キャアッ!?』

 

「うわっ!!」

 

 札が四人の体に張り付くと共に力場が発生し、四人を拘束した。

 ソレを確認したシャリオに扮する者は、ゆっくりと通路側とは別方向の壁に向かって歩いて行く。

 

「司令部の無力化完了。思ったよりも容易い仕事だったな」

 

「あ、アンタは一体!?」

 

「さて、何者だろうな?」

 

 シャリオに扮した者はそう言いながら、通信機器に向かって札を投げつける。

 札は意思を持つかのように通信機器に張り付き、一瞬青白く発光したかと思われた次の瞬間、通信機器は機能を停止した。コレで海上に向かった隊長陣に連絡を取る事が出来なくなった

 最もあっちはあっちで連絡を取る暇は無いだろうと思いながら、最後に一瞬だけ八神はやてに顔を向ける。

 

(悪いとは思うが、手加減はしない)

 

 そう内心で呟き終えると共に、シャリオは司令部の壁を全力で蹴り付けて人が一人通れるぐらいの穴を開けた。

 八神はやて達はその光景に目を見開く。最早分かり切っている事だが、目の前にシャリオは偽物。何時本物のシャリオと入れ替わったのか分からないが、尋常ではない実力を秘めている事は明らかだった。

 この場には用は無いと言うようにシャリオは壁の向こう側へと飛び出し、何処かへと向かって行った。

 

「ま、不味い! リイン!!」

 

「だ、駄目です! 全然破壊出来ないですよぉ!」

 

 自らを拘束している札をバインド破壊の要領で破壊しようとしていたリインフォースⅡだったが、札を破壊する事が出来なかった。

 ソレは当然の事だった。リインフォースⅡは魔法に寄る拘束だと思っている。だが、シャリオに扮する者が使ったのは魔法では無い。その事を知らないはやて達は、助けが来るまで破壊出来ない札に悪戦苦闘する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 一方、ロビーの方で出撃待機していたFWメンバーとシグナム、シャマルは、突然機動六課隊舎各所で起きた爆発に寄る火災の鎮静化に奔走していた。

 爆発は複数個所で起きている。原因は不明だが、襲撃の可能性も在るとしてティアナとスバルにはシャマルが付き、エリオとキャロにはシグナムが付いて、別々に爆発が起きた場所に調査に向かい出した。

 そしてシャマルを先頭にティアナとスバルは、爆発が起きた場所で一番近かったデバイスルームに辿り着いていた。

 

「二人とも気を付けて……中に一人の反応があるわ」

 

『はい』

 

 クラールヴィトンでの内部の探索結果をシャマルは告げ、スバルとティアナは自らのデバイスを構える。

 ゆっくりとシャマルがデバイスルームの扉を開け、ティアナがクロスミラージュを構えながら内部に入り込む。

 

「動かないで!」

 

「んっ! ん~~~!!」

 

「えっ!? シャーリーさん!?」

 

 ロープで縛られ、猿轡をされて床に倒れているシャリオに、ティアナは目を見開いた。

 シャマルとスバルもティアナの報告に驚きながら、慌ててシャリオに巻き付いている縄を解き、猿轡を外す。

 

「ケホ、ケホッ」

 

「ど、どうして此処に!? 司令部に居る筈じゃ!?」

 

「わ、分かりません。今日の朝、点検用の機器の検査をしていたら、いきなり背後から殴られて……え~と、今何時?」

 

「今は夜の十時近くですけど……ちょっと待って下さい、今日の朝って?」

 

「それじゃ、指令室に居る筈のシャーリーさんは!?」

 

 シャリオの説明にティアナとスバルは目を見開き、シャマルは慌てて指令室に連絡を取り出す。

 

「ロングアーチ! ロングアーチ! 応答して!?」

 

 幾らシャマルが連絡を取ろうとしても、ロングアーチとの連絡が取れなかった。

 

「ロングアーチで何かが在ったみたいだわ! 私は急いで向かうから、二人はシャーリーの事をお願い!」

 

『は、はい!』

 

 只ならぬ事態になっていると感じたティアナとスバルは返事をし、シャマルは指令室に向かって駆け出した。

 ティアナはとりあえず、シャーリーを介抱しようとし、スバルは爆発が起きたであろう箇所に目を向ける。すると、爆発が起きた場所の近くの床に転がる緑色の宝石-待機状態の千変-に気がつく。

 

「ッ!? ティ、ティア!? こ、コレって!?」

 

「タバネさんのデバイス!? な、何で此処に!? 夜には返されている筈じゃ」

 

 スバルが拾い上げて見せた千変に、ティアナは目を見開く。

 夕方聞いた時には、確かに夜には返されるとタバネが言っていたのだ。

 だが、その千変がまだデバイスルームに残っている。その意味にティアナはハッとした顔をして、慌ててシャリオに質問する。

 

「シャーリーさん!? 今日タバネさんからデバイスを受け取りましたか!?」

 

「し、知らないよ! 確かにそのデバイスはジックリと調べてみたいって思ってたけど、渡された覚えなんてないよ。それに今まで私気絶していたし」

 

「……まさか!?」

 

「ティア!」

 

 何かに気がついたかのようにティアナはデバイスルームから飛び出し、スバルは慌てて追いかける。

 

「ど、どうしたのティア!?」

 

「タバネさんが危ないかも知れないのよ!」

 

「えぇぇぇぇっ!!!」

 

 スバルはティアナの言葉に驚きながら、後を追いかける。

 そのまま二人は隊舎内の廊下を急いで走り、大きな窓ガラスがある場所まで辿り着く。

 

「スバル! アンタは道を造りなさい!!」

 

「ちょっと! ティア! ま、まさか!?」

 

「緊急事態よ! 始末書は後で書くわ!!」

 

 そう叫びながらティアナはクロスミラージュを発砲し、窓ガラスを破壊した。

 スバルは慌てながらもティアナの指示に従って破壊した窓ガラスから飛び出してウイングロードを発生させ、タバネがいる筈の隊舎寮へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「ロングアーチ! ロングアーチ! 応答して!?」

 

 海上での戦闘終了後、その報告をしようとしていた高町なのはは、ロングアーチとの連絡が取れなくなっている事に気がついた。

 一緒に行動していたフェイトとヴィータも、異変を感じてロングアーチと連絡を取ろうとしたが、結果は同じ。

 ロングアーチとは完全に連絡が途絶していた。

 

「……ロングアーチの方で何かあったのかも知れない」

 

「あぁ、急いで戻ろうぜ!」

 

「うん!」

 

 三人は急いで機動六課に戻ろうとする。

 本来ならばヴァイスが操縦するヘリに乗るべきだろうが、戻るならば直接飛んで行った方が早いと思い、機動六課へと急ごうとする。

 だが、戻ろうとするヴィータの背後に突然影が差す。

 

「ッ!?」

 

 自身の背後に何かがいると悟ったヴィータは慌てて振り向こうとするが、その前に影が巨大な自らの右アームを叩きつける。

 

「ガァッ!!」

 

『ヴィータ(ちゃん)!!』

 

 殴り飛ばされて海へと吹き飛んで行ったヴィータの姿に、フェイトと高町なのはは叫んだ。

 そしてヴィータを殴り飛ばした影は、ゆっくりとフェイトとなのはにカメラアイを向ける。

 大きさは全長四メートル以上。両手はガジェットⅢ型のアームがより太くなり、先には三本のアームが飛び出していて、まるで手を思わせる形状をしていた。

 その両手は球体状の胴体から伸びて、両足もアームで構成されていた。背の部分はガジェットⅡ型の翼に加え、ロケットブースターが二つ備わっている。

 そして体格に見合った大きさで縦長の頭部には無機質なカメラアイが一つだけ存在し、フェイトと高町なのはを見ていた。

 

「……なにこれ?」

 

「新型の人型ガジェット?」

 

 今まで戦って来た空戦型のガジェットⅡ型でも、縦長のⅠ型でも、そして球状のガジェットⅢ型でもない人型と思われるガジェットにフェイトとなのはは困惑する。

 今までのガジェットはどれも兵器だと思える部分が存在していた。だが、この人型ガジェットには武装らしい武装が存在しないのだ。Ⅱ型のようなミサイルやバルカンは存在せず、レーザーの発射口らしき物も頭部のカメラアイだけ。

 それ以外はⅢ型のアーム部分しか攻撃出来る武装が見えなかった。

 

「……とにかく、敵だよね」

 

「だろうね。フェイトちゃん。此処は私に任せて、六課に急いで」

 

「うん。気を付けて」

 

 人型ガジェットに向かってレイジングハートを高町なのはは構え、フェイトは六課へと急ごうとする。

 だが、フェイトが人型ガジェットに背を向けた瞬間、人型ガジェットは高町なのはの視界から消え去った。

 

「ッ!? フェイトちゃん!?」

 

「えっ?」

 

 高町なのはの警告にフェイトが背後を振り向いた瞬間、人型ガジェットはフェイトの背後に転移した。

 

(短距離瞬間移動!? ガジェットが!?)

 

『ガッ!!』

 

 転移を終えると共に人型ガジェットは左アームの先を拳状に握り込み、フェイトに向かって振り下ろした。

 フェイトは慌ててバルディッシュを掲げて、アームの一撃を防ぐ。

 

(ッ!? お、重い!?)

 

 防いだ時の衝撃とバルディッシュから伝わって来る力に、フェイトは目を見開く。

 しかもその圧力は徐々に増して行き、バルディッシュにびきッと罅が入る。

 

「ッ!?」

 

「アクセルシューターー!!」

 

 フェイトの危機を察した高町なのはは、アクセルシューターを人型ガジェットに向かって放った。

 それに対して人型ガジェットは振り返る事もせず、関節が無い左手のアームを向ける。

 

『…キャンセル』

 

 無機質な音声が鳴り響くと共に、アームの先から振動破のようなものがアクセルシューターに向かって発生し、アクセルシューターが消え去った。

 

『AMF!?』

 

 今までと違うAMFの使い方にフェイトとなのはは驚愕する。

 その驚愕を隙と捉えたのか、人型ガジェットは更に右手のアームに力を入れようとする。

 バルディッシュを圧し折ろうと人型ガジェットは動き出すが、その前に海面から水柱が上がり、グラーフアイゼンを振り被ったヴィータが飛び出して来た。

 

「ラケーテン!!」

 

 ヴィータは背を向けている人型ガジェットに振り下ろそうとする。

 だが、グラーフアイゼンが届く直前に人型ガジェットは消え去り、ヴィータの一撃は外れた。

 

「なっ!?」

 

「ヴィータ! 気を付けて。さっきの奴、短距離瞬間移動が使えるみたい!」

 

「ま、マジかよ!?」

 

 フェイトからの報告にヴィータが驚いた瞬間、再び人型ガジェットが三人の前に出現した。

 無機質なカメラアイで三人をそれぞれ移し終えると同時に、電子音声が鳴り響く。

 

『動作テスト終了……コレヨリ……殲滅モードニ移行』

 

 この後、高町なのは達は知る事になる。

 自分達の信じていたものが全て届かないと言う恐怖を。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎寮の屋上。

 本館から急いで移動して来たティアナとスバルは、目の前に広がる光景に言葉を失っていた。

 力無く垂れ下がっている両手。厳し眼差しや優し気な笑みを浮かべていた顔は蒼白に染まり、意識を失っているのか目は閉じていた。その首には機動六課の制服を着た女性の手が添えられていて、何時でも首の骨が折れると言いたげだった。

 自分達に色々と教えてくれたタバネの変わり果てた姿に固まるティアナとスバルに、ゆっくりとタバネを戦闘不能にした人物が顔を向ける。

 

「あら? 目的が分からないように何ヵ所も爆発させたんだけど……もしかして本物の()を見つけたのかな、ティアナにスバル?」

 

 そう告げながらタバネの命を奪おうとしている人物。

 先ほど確かにデバイスルームにいた筈のシャリオ・フィニーノが、ティアナとスバルに顔を向けたのだった。




次回高町なのは達が戦う事になる機動兵器は、ギズモンXTに飛行機の翼が備わっている形状です。
詳細は次回で説明します。

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