漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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 早朝機動六課裏庭。

 スバルとティアナが朝も早い時間帯に自主練を行っていることを知っているエリオとキャロは、差し入れでもと思って飲み物やタオルを抱えながら隊舎の裏庭を歩いていた。

 

「……アレ? この辺りのはずだよね?」

 

「うん。多分そうだと…」

 

「……で、行こうか?」

 

 エリオとキャロがスバルとティアナを探していると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「……今のって?」

 

「うん。なのはさんの声だよね?」

 

 何故高町なのはに秘密で訓練している筈なのに、声が聞こえたのかとエリオとキャロは訝しみながら、声の聞こえて来た方に顔を向けてみる。

 木々の間から顔を覗かせてみると、白衣型のバリアジャケットを纏い杖型のデバイスを構えているタバネと訓練着を着てリボルバーナックルを構えているスバルが向かい合っていた。

 

「えっ? あの人?」

 

「……タバネさんだよね?」

 

 機動六課で保護されている筈のタバネとスバルが何故向かい合っているのかと、エリオとキャロは疑問を覚えた。

 その答えを示すかのように、スバルはリボルバーナックルを構え、マッハキャリバーを全速力にしてタバネに向かって突撃する。

 

「ハアァァァァァァァァッ!!!」

 

「スバルさん!? 本気だ!?」

 

 気迫の籠もったスバルの叫びに、エリオは本気でタバネに殴り掛かる気なのだと悟り、キャロも思わず目を見開いて二人を見つめる。

 自身に向かって高速で向かって来るスバルの様子を見つめながら、タバネは杖型に変形している千変を構え直してスバルの右拳を受け流す。

 

「クッ!」

 

 拳が流されて体勢が崩れそうになるのを、スバルは感じると瞬時に体に力を込めて態勢を直そうとする。

 だが、その一瞬の隙をタバネは見逃さず、千変を巧みに操って柄の部分をスバルの胴体に叩き込む。

 

「ガハッ!」

 

「まだ駄目だね。何度も言うけど、受け流された場合は逆らうよりも流されるに任せた方が良い事もあるんだよ」

 

 冷静にタバネは指摘しながら、再び千変を構え直してスバルに向かって振るって行く。

 突きや払いなど、その動きは達人と表せるレベルの域。スバルも両手やプロテクションを使って防ごうとするが、タバネから見れば隙だらけなのか、次々と千変がスバルに当たって行く。

 二人の戦いの様子を見ていたエリオとキャロは、タバネの実力に驚いていた。だが、同時にタバネの戦い方に違和感を覚えた。

 タバネの戦い方は一般的な魔導師と違うのだ。魔導師は基本的に魔法を主にして戦う。

 しかし、タバネの戦い方は千変を使った杖術が基本で、魔法は補助としてか使っていない。主にプロテクションをスバルが張った時に使用するバリアブレイクや自らの身体強化の二種類しかタバネは魔法を使っていないのだ。

 

(でも、それならスバルさんは接近戦が得意だけど射撃魔法も使える筈。どうして使わないんだろう?)

 

 もしかして訓練の内容が接近戦に関する事だけなのかと思っていると、苛烈なまでに攻撃を加えていたタバネの手が止まり、スバルは膝を地面に着いてしまう。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

「うん。初日に比べれば大分動きが良くなったね」

 

(えっ?)

 

(動きが良くなったって……スバルさん、一方的にやられていたんじゃ)

 

 タバネの言葉に思わずエリオとキャロは疑問を抱く。

 その間にタバネは息が絶え絶えなスバルに肩を貸して近くの木に背を預けさせて休まさせると、再び最初に立っていた位置に戻る。

 一体今度は何をするのだろうと疑問に思っていると、木々の間からオレンジ色の魔力弾が高速でタバネに向かって行く。

 しかし、タバネは慌てた様子も見せずに千変を高速で回転させながら魔力弾に向かって振るい、魔力弾を空に弾き飛ばした。

 

「……失敗か」

 

(今なんて!?)

 

 完璧に魔力弾を弾いたにも関わらず、苦い表情を浮かべたタバネにエリオは内心で叫んだ

 少なくともエリオは、タバネと同じ事をやれと言われれば無理だとしか言えなかった。

 魔法を使わずに射撃魔法を弾く事は、大変難しい事なのだから。

 しかし、驚くエリオに構わずに、タバネの四方の森から十数発のオレンジ色の魔力弾が高速で襲い掛かった。

 

「うん。良い攻撃だね」

 

 嬉しそうな声を上げながらタバネは、次々と襲い掛かって来る射撃魔法を回避して行く。

 オレンジ色の魔力弾はただ放たれただけではなく、僅かに放つタイミングがズレていて簡単な回避では当たってしまうと言う高度な発射をされていた。

 しかも、タバネに襲い掛かって来ている射撃魔法の中には数発だけ誘導弾が含まれていて、僅かな回避しただけでは次の瞬間に方向を変えてタバネに襲い掛かって来る。

 初日に比べて良く考えられていると本心から嬉しく思いながら、タバネは射撃魔法を回避して行く。

 その動きも凄いとしか見ていたエリオとキャロには思えなかった。

 タバネの回避は全て次に繋がるように旨く立ち回っていた。瞬時に自身に向かって迫って来る射撃魔法を見切り、射撃魔法の時間差までも見抜いてソレに合わせて回避して行く。

 誘導弾に対しては僅かな動きの違いから悟り、その攻撃に対しては先ほど同様に千変を回転させて弾いて他の魔力弾にぶつけている。タバネの動きは熟練の戦闘者としか評せなかった。

 エリオとキャロはタバネの動きに見惚れてしまう。

 その二人の間から、スゥっとクロスミラージュを握ったティアナの腕が突き出される。

 

『ッ!?』

 

 突然自分達の間から突き出されたティアナの腕にエリオとキャロが驚くと同時に、ティアナはクロスミラージュの引鉄を引いた。

 引鉄を引くと同時に、オレンジ色の魔力弾が銃口から飛び出した。その速さはエリオとキャロが知る限り、なのはとの訓練でティアナが放ったどの魔力弾よりも速い魔力弾だった。

 だが、放った当人であるティアナは苦い表情を浮かべてしまう。同時にティアナが放った魔力弾はタバネが振るった千変に激突して消滅する。

 その動きには一切の乱れは無く、ティアナが隠れていた場所が分かっていた事は明らかだった。

 

「……惜しかったね」

 

「……ハァ~」

 

 疲れた溜め息と共にティアナは地面に座り込んでしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、大丈夫よ。張り詰めていた神経が切れただけだから」

 

 心配そうに声を掛けて来るキャロにティアナは返事を返した。

 その間に休んでいて回復したスバルを伴ったタバネが近づいて来て、ティアナに声を掛ける。

 

「モンディアル君とルシエちゃんの気配に紛れようとしたのは良かったけど、二人の動揺が強まったから其処に居るって逆に分かっちゃったよ」

 

「と言うか、タバネさん。普通にエリオとキャロがいるって分かってたんですね」

 

 全くエリオとキャロがいた事に気づいていなかったスバルは、何度目か分からないほどにタバネに対して驚いた。

 此処数日タバネと早朝と夕方に共に訓練を行なっていたが、その度にタバネに対しては畏怖を抱くしかなかった。タバネ自身の魔力自体は少ないので砲撃魔法や射撃魔法などの魔法は使わなかったが、その分体捌きや杖術などや身体強化魔法のレベルが違った。

 

(この人……本当に引退した魔導師なの?)

 

 もしもタバネに高町なのは並みの魔力が在ったら、どれほどの魔導師になっていたのか。

 もしかしたら高町なのはを超える魔導師になっていたかも知れないと、ティアナとスバルは此処数日訓練を共にしてそう思っていた。

 だが、タバネ本人はその考えを否定している。自身が今の実力を身に付けられたのは、魔導師としての師に出会えたからこそ。その出会いが無ければ、今の戦い方は絶対に身に付けられなかったとタバネは断言していた。

 

「ランスターさんももう少しだね。さっきの事前に気がつけてなかったら対処が間に合わなかったよ。ナカジマさんも旨く防御出来るようになって来ているから、二人とも伸びが早いね」

 

(そう言われても)

 

(実感は確かに得られているけど)

 

 ティアナはクロスミラージュに、スバルは痣だらけになっている自身の両腕を見つめながら内心で呟いた。

 実際、ティアナの射撃魔法の扱いは初日に比べて格段にレベルアップし、スバルも魔力を使わない防御のやり方が旨くなっていた。

 初日は散々な訓練だった。高町なのはの訓練に従ってタバネに二人は挑んだのだが、足を止めて撃つ癖がついていたティアナは足を止めた瞬間にタバネが投擲して来た千変が顔の横に通り過ぎて冷や汗を流し、ヴィータとの訓練で防御に必要以上に力を込めてしまう癖がついていたスバルは、タバネのフェイントに満々と引っ掛かってしまい腹部に千変の一撃を受けて悶絶する羽目になったのだ。

 そのおかげと言うべきなのか、訓練の方針は決まり、早朝はティアナはスバルが訓練を受けている間に森の中に潜み、事前に時間差で発動する魔法を仕込んだり、幻術を使ってタバネを撹乱する訓練を。

 スバルはひたすらタバネと模擬戦。但し防御魔法の使用は最小限に抑え、出来るだけ両腕を使って防御するように厳命されていた。防御魔法は確かに強力だが、発動させて効果を消す時に僅かにタイムラグが出てしまう。

 熟練の敵ならば、その隙を見逃す事は先ずない。その時の為に両腕を使っての防御のやり方をスバルに教えたのだ。

 エリオとキャロは一方的にスバルがタバネの攻撃を受けていたように思っていたが、実際のところはスバルはちゃんと防御していたのだ。

 その事をエリオとキャロにタバネは説明し、二人はティアナとスバルの実力が確かに上がっていると感じていたので納得したように頷いていた。

 

「僕達もそう思いました」

 

「ティアさんとスバルさんは確かに強くなっていますよ」

 

「……ありがとう、二人とも」

 

「へへっ、コレで明日のなのはさんとの模擬戦も勝てるかな、ティア?」

 

「……やれるだけの事はやって見せるわ」

 

 真剣な眼差しでティアナはクロスミラージュを見つめた。

 タバネとの訓練のおかげで実力は確かに上がったかも知れない。だが、ソレだけで高町なのはに勝てるとはティアナは思っていない。スバルと、そして相談に乗ってくれたタバネの意見のおかげでコレならばと言える作戦は立てたが、その作戦の最後の一手がまだ未完成なのだ。

 

(今日の夕方の訓練で何としても完成させて見せる!)

 

 夕方の訓練はタバネを仮想高町なのはに見立てての模擬戦。

 そしてティアナが今覚えようとしている超高速の射撃魔法である【レールショット】を完成させる為の訓練。

 

(完成度は八割ぐらい。あともう少しなのよ……でも、この魔法? 何だかしっくり来るのよね)

 

 覚える為に訓練を重ねる度にティアナは【レールショット】に疑問を覚えていた。

 余りにも自身のスタイルにしっくりし過ぎる魔法だと感じていたのだ。覚えるのにももっと時間が掛かると思っていたが、実際教えて貰ったら早い段階で形だけは出来るようになったのだ。

 早く覚えられる事には助かるが、言い表す事が出来ない違和感をティアナは感じていた。

 まるで、【レールショット】と言う魔法は自分(・・)の為に存在しているかのような違和感を。

 

(……まぁ、気のせいよね。タバネさんが言うには、この魔法の本来の使い手は私と同じ戦闘スタイルらしいから、私と相性が良かっただけでしょう)

 

「さて、そろそろ私は隊舎の方に戻るね」

 

「あぁ、アイナさんの手伝いですね」

 

 機動六課に保護されているタバネだが、日中部屋でジッとしているのは逆に気が滅入ってしまう。

 故に気を紛らわせる意味もあって、寮長であるアイナの手伝いをタバネはしていた。コレがタバネには助かった。

 機動六課に来てから何かとストレスが溜まる日々を送り、その上先日、ガブモンから届いた定期連絡でこの世界のスカリエッティがジュエルシードを悪用していると言う話を聞いた。

 キレなかった自身を褒めたいとタバネは何度も思っていた。ジュエルシードはタバネに取って魔法に触れる切っ掛けになったロストロギアだが、同時に忘れたくても忘れらない苦い思い出を抱く事になった物でもあるのだ。

 その時の悲劇を繰り返さない為に必死に集めたと言うのに、寄りにも寄って次元犯罪者の道具として扱われていたのだ。思わず機動六課から抜け出して、貸し出しを許可した高官を砲撃したくなってしまったぐらいである。

 ガブモンの必死の説得で何とか思い留まったが、其処から更なるストレスの日々だった。

 何せ機動六課の隊長陣はジュエルシードの件を余り問題視していないのだ。普通に考えれば回収したロストロギアが次元犯罪者に奪われるなど、大失態と言うレベルの問題では無い。

 個人的な感情としてもタバネは赦す事が出来ない。

 

「(今は我慢だけどね。その内、報いは必ず受けて貰うけど)……それじゃ、また夕方にね」

 

「はい、タバネさんも気を付けて」

 

「ありがとうございました!」

 

 ティアナとスバルはタバネに礼を言い、タバネは手を振りながら隊舎の方へと歩いて行く。

 四人の姿が見えなくなるのをタバネは後ろ目で確認し、ゆっくりと近くの木の方に顔を向ける。

 

「……見ているんだったら、少しぐらいアドバイスぐらいは上げたらどうですか?」

 

「アンタが見てるんだ。俺が教える事なんて無いだろう」

 

 タバネが見ていた木の後ろ側から、ヴァイス・グランセニックが出て来た。

 

「そうでもないですよ。狙撃のやり方は私が教えるよりもグランセニックさんが教えた方が伸びると思いますけど」

 

「……良く俺が狙撃手だって分かったな」

 

「気配の消し方や息の潜め方。それにその手で分かりました」

 

「……何者だアンタ?」

 

 油断なくヴァイスはタバネを睨んだ。

 確かにヴァイスは元武装局員で狙撃を主にしていた。とある事件で武装局員の資格は返上している。

 だが、その事を知るのは機動六課では知り合いだけの筈なのだ、赤の他人であるタバネが知っている筈はない。

 此処数日、ヴァイスは隠れながらティアナ達の訓練の様子を見ていた。と言うのも、ヴァイスはティアナの訓練の事は初日から知っていたのだ。

 故にタバネの実力の高さは理解している。

 

「正直アンタの実力はかなりのもんだ。暴漢に襲われて保護されたらしいが、アンタほどの実力が在れば何とか出来たんじゃないのか?」

 

「……グランセニックさん。魔導師にとって絶対に必要な物が無かったら、どうする事も出来ませんよ」

 

 ゆっくりとタバネは待機状態の千変をヴァイスに見せるように手に持った。

 

「デバイスが無ければ魔導師は魔法をまともに扱えない。どんなに実力があっても、変える事が出来ない弱点。相手が魔導師ならば尚更にですから」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 魔導師としての弱点。そう言われてしまえば、ヴァイスはタバネの言葉に納得するしかなかった。

 

「……だが、一つだけ教えてくれ。アンタ、どうして実力をなのはさん達に隠してるんだ?」

 

 タバネが自らの実力を見せるのはティアナ達の前だけ。

 それ以外の時は本当に一般人にしか見えないのだ。実力があるのに隠している理由が分からず、ヴァイスは油断なくタバネを見つめる。

 

「……もう、管理局の為に魔導師として戦いたくないんですよ」

 

「……何だって?」

 

「私は、昔あるロストロギアを回収して管理局に渡しました。そのロストロギアを回収する時に、被害も出てしまいました」

 

 ロストロギア関連の事件では良くある出来事。

 その被害を少なくする為に、管理局はロストロギア回収に力をいれている。

 

「だけど、私はある事件で知ったんです。私が必死になって回収したロストロギアが、次元犯罪者に奪われて利用されて沢山の人達に被害が出た事を」

 

「ソイツは!?」

 

「分かりますか? 本当に必死になって回収したのに、その想いが踏み躙られた私の気持ちが……だから、私は管理局の為に二度と魔導師としての力を使わないと決めたんです」

 

 強い意志が籠もった顔をしながら、タバネはヴァイスの横を通り過ぎる。

 

「私の実力を報告したかったらしても構いません。でも、私は絶対に管理局の為に魔導師として戦いません」

 

 最後にタバネはヴァイスにそう告げると、もうこの場には用は無いと言うように隊舎の方へと戻って行った。

 

「……コイツは思ったよりも根が深かったか」

 

 去って行くタバネの背を見つめながらヴァイスは深々と溜め息を吐いた。

 ある程度予想はしていたが、やはりタバネは余り管理局には良い印象を抱いていなかった。今回の保護の経緯もそうだが、どうやら過去にも管理局とタバネの間には何かが在った事が容易にヴァイスには想像出来た。

 

「……報告はしない方が良いだろうな」

 

 タバネの実力を隊長陣に報告するのは簡単だが、ソレで軋轢を生む可能性が高い。

 元々ヴァイスがタバネに接触したのはティアナ達の自主練の面倒を見ていたからだ。タバネには気づかれていたが、ヴァイスは初日からティアナの無茶な自主練を見ていた。

 止めても聞かなくて困り果てていたが、タバネは旨くティアナ達の自主練をコントロールして疲れを最小に抑えるようにしていたのだ。ただ言って、ティアナ達は自主練を止める訳が無いので、課題を与えてその課題を時間内でクリア出来たら終わりと言うようにして。

 コレはタバネ自身がフリートから受けた訓練内容だった。学校も在ったタバネの環境を考えて、フリートはタバネの両親と相談して出来るだけ無茶をさせない訓練を施していた。無論その分密度が濃く、タバネは無茶も出来なかった。

 そういう経験があったので、タバネは自身と似た性格をしているティアナが納得出来るように訓練を施せたのだ。おかげでティアナとスバルの負担は全くではないが、ある程度軽減する事が出来ていた。

 その事にはヴァイスも感謝しているが、尚更にタバネの正体が気になった。

 

(興味本位で手を出したら、かなり不味い事になりそうだ。ただでさえあの人の事はなのはさん達も慎重に扱ってるし、此処はもう暫く様子見だな)

 

 そう考えたヴァイスは、自身の仕事場へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜の十時近く、本日の自主練を早めに切り上げたティアナ、スバル、タバネはティアナとスバルの自室で休んでいた。

 

「悪いわね、クロスミラージュ。あんたのことも、結構酷使しちゃって……」

 

《You don't worry》

 

 連日の自主練で酷使していたクロスミラージュをティアナはメンテナンスしていた。

 

「明日の模擬戦が終わったら、シャーリーさんに頼んで、フルメンテしてもらうから」

 

「あ、じゃあ、私もマッハキャリバーをフルメンテして貰おうかな。かなり酷使したし」

 

 自身の相棒であるマッハキャリバーに油を差しながら、スバルもティアナの考えに同意した。

 やっている事がやっている事だけに自身の相棒であるデバイスのメンテナンスは自分達でやるしかなかった。ソレだけに二人のデバイスにはかなりの負担が掛かっていた。

 コレばかりはデバイスのメンテナンスに関して門外漢のタバネにはどうする事も出来ない。自らの相棒ならば簡単なメンテナンスのやり方をフリートから教えて貰ったが、他人のデバイスに関しては出来ないのだ。

 

「タバネさんもどうですか? 結構タバネさんのデバイスも負担が掛かっていますし、私達からシャーリーさんに頼みますけど?」

 

「嬉しい申し出だけど、ゴメンね。この千変は特別なデバイスでね。フルメンテすると凄く時間が掛かるから、専門家じゃないとちょっと無理なんだよ」

 

 タバネが扱っている千変は、特殊型デバイス。

 杖と銃の二形態しかタバネは使っていないが、その他にも様々な形態が存在している。ソレをフルメンテするとなれば、造った本人であるフリートはともかく、一般的なデバイスマスターならば何日もメンテナンスに掛かってしまう。

 

「……前から気になっていましたけど、そのデバイスを造った人ってどんな人なんですか?」

 

「もしかしてタバネさんの魔法の師匠とかですか?」

 

「まぁ、そうなんだけどね……どんな人かって聞かれると……すっごい傍迷惑な人かな」

 

『……えっ?』

 

「凄い人なんだけど、同じくらいウッカリやでね。凄い人なのは確かだよ。でも、やることなす事がとんでもなくて、気がついたら手遅れだったりして……どれだけ後始末が大変だったか……凄い人なんだけどね。実際さ、この千変を確認したフィニーノさんから紹介して欲しいって言われた時には、あぁ、またかって思っちゃったよ。あの人はもう本当に……」

 

 遠い目をして語るタバネの姿に、ティアナとスバルは聞いては行けない事を聞いてしまった事を悟る。

 何とか話題を変えようとティアナとスバルは目で語り合い、話題を逸らす。

 

「あ、あのタバネさん! 明日の模擬戦、私達は何処まで行けますか?」

 

「……ん~、相手にも寄るけど、多分模擬戦の相手は高町なのはさんかな」

 

 明日ティアナとスバルが模擬戦で戦う相手は決まっていないが、高確率で高町なのはになるとタバネは確信していた。

 その理由としてはもう一人の隊長であるフェイトがアグスタでの密輸捜査やスカリエッティ捜査で忙しいから。次点としてヴィータも在り得るが、自分の部下である為に高町なのはが相手をするに違いない。

 模擬戦の相手が高町なのはならば、ティアナとスバルにとっては助かる。何せタバネの訓練は、仮想の敵を高町なのはに合わせて訓練させていたのだから。

 

「もしも相手が高町なのはさんなら、何とかビルの高さが届くまで落とせるかが鍵だね……(と言うか、その辺りの制限も付けるべきだと思うんだけど)」

 

 空戦魔導師と陸戦型の魔導師の差は大きい。

 スバルのウイングロードのおかげで限定的に空戦は出来るが、ソレだって本業の空戦魔導師と比べれば差が大きいのだ。

 確かに何れ必要になる事だが、タバネからすれば基礎以外の訓練が始まってからにすべきだと思う。沢山の制限を付けて模擬戦をしてくれていたフリートを知っているだけに。

 

「その役目の鍵はナカジマさん。そして決められるかどうかは、ランスターさんの頑張り次第だね」

 

『はいっ!』

 

「良い返事だね。私はもうこれ以上何も出来ないけど、二人の事は応援してるから」

 

 そうタバネは告げ、ティアナとスバルは力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

「さーて、じゃあ、午前中のまとめ。2on1で模擬戦やるよ!」

 

 機動六課の訓練スペースで日もだいぶ昇り、そろそろお昼時というところで、なのははスバル達にそう告げた。

 

「まずはスターズからやろうか。バリアジャケット、準備して」

 

『はい!』

 

「エリオとキャロはあたしと見学だ」

 

『はい』

 

 エリオとキャロは返事を返し、ヴィータと共に近くのビルの屋上へと向かって行った。

 

「やるわよ、スバル」

 

「うん!」

 

 ティアナとスバルは瞬時にバリアジャケットを纏い、なのはの前に並び立つ。

 

「…あっ! もう模擬戦始まっちゃってる?」

 

『フェイトさん!!』

 

 一方、屋上へと移動した三人の前に現れたフェイトの姿にエリオとキャロは喜びの声を上げ、フェイトは二人に笑みを浮かべながら模擬戦を見ているヴィータの傍による。

 

「私も手伝おうと思ったんだけど」

 

「今はスターズの番だ」

 

「そう……ほんとはスターズの分も私が引き受けようと思ってたんだけど」

 

「あぁ……なのはも、ここんところずっと訓練密度濃いからな……少し休ませねぇと」

 

「なのは……部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ。訓練メニューを作ったり、ビデオで皆の陣形をチェックしたり」

 

「なのはさん、訓練中も、いつもボク達のことを見ててくれるんですよね」

 

「ホントに、ずっと……」

 

 フェイトの言葉に同意するようにエリオとキャロは付け加えた。

 だが、もしもこの場にタバネがいたのならばこう告げていただろう。

 

『訓練中だけしか見てないよ』

 

 

 

 

 

「クロスファイヤーーシューート!!!」

 

 ティアナが咆哮をあげながら叫ぶと同時に、ティアナの周りに存在していた大量のクロスファイヤーが嵐のように上空にいる高町なのはに迫る。

 しかし、その動きは何時ものティアナのクロスファイヤーよりも鋭さがなく、なのはは防御よりも回避を選択して避ける。

 それこそがティアナとスバルの狙いだった。あえて回避できる攻撃を行って相手を狙い通りの位置に運ぶ。

 狙い通りに高町なのはは、事前にティアナとスバルが打ち合わせていた方向へと進み、その先に回り込むように展開されていたウイングロードの上を走っていたスバルが高町なのはに迫る。

 だが、高町なのははそのスバルをティアナのフェイクシルエットで作り上げた幻影だと断定する。自身の教えで『余力がある相手に真っ向から向かうのはカウンターを受ける』と教え込んだ。だからこそ、迫るスバルは幻影だと“完全に思い込んでしまった”。

 

「ッ!! フェイクじゃない!? 本物!?」

 

「ウリャアァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!」

 

 漸く迫るスバルが幻影などではなく本物だと高町なのはは理解し、高町なのはは慌ててディバインシューターをスバルに向かって撃ちだした。

 しかし、スバルはプロテクションを左手から出現させて迫るディバインシューターを防御しながら高町なのはに向かって飛び掛り、右腕のリボルバーナックルを高町なのはに向かって振り被る。

 それを目撃した高町なのはは即座にラウンドシールドを展開して、スバルの攻撃を防ごうとする。だが、防ぐ直前にスバルは右腕のリボルバーナックルではなく、何時の間にか硬質のフィールドで覆った左拳を高町なのはに向かって振り抜く。

 

「ナックルバンカーーー!!!」

 

「ッ!! クッ!!」

 

 てっきりリボルバーナックルを装備した右腕で来ると思い込んでいた高町なのはは、スバルの行動に目を見開いて驚愕するが、慌てて右側に発生させていたラウンドシールドを左側に移してスバルの一撃を防いだ。

 その動きが分かっていたかのようにスバルは、瞬時にラウンドシールドと激突している左腕を戻し、今度こそ無理な体勢で攻撃を防いでしまっている高町なのはに向かって右腕のリボルバーナックルを振り抜く。

 

「ハアァァァァァァァァッ!!」

 

「グゥッ!! この!!」

 

《Barrier Burst》

 

「ぅわぁっ!?」

 

 二度目のスバルの攻撃で亀裂が走ったラウンドシールドを目撃した高町なのはは、僅か二撃で亀裂が走ったラウンドシールドを信じられないと言うように見つめながらも、慌てて爆発させてスバルを吹き飛ばす。

 その威力にスバルは吹き飛ばされ、そのまま近場のビルの窓ガラスを破りながら内部へと入って行った。

 

「スバル!! 駄目だよ!! そんな危ない機動!!」

 

「……す、すいません! でも、ちゃんと受け身は取りましたから!」

 

「……うん、ティアナは?」

 

 何時の間にか姿を消したもう一人の相手であるティアナを探そうとすると、高町なのはの頬に赤い光が当たる。

 

(クロスミラージュのレーザーポインターーッ!!)

 

 頬に当たった光の正体に気がついた高町なのはは、慌ててそちらに目を向けてみると、右手に握っているクロスミラージュの魔力チャージを行っているティアナがビルの屋上に立っていた。

 

(砲撃魔法!? ティアナが!?)

 

(スバル、準備OKよ! 特訓の成果! 行くわよ! クロスシフトC改!)

 

「応ッ!! ハアァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 目を見開いている高町なのはの様子に、自身の策に掛かったことを確信したティアナはスバルに念話を送り、スバルは応じると共に高町なのはに新たなウイングロードを発生させ、咆哮しながら突進した。

 その動きに高町なのはは慌ててカウンターの要領でスバルに向かってシューターを撃ち込むが、迫るシューターに対してスバルはマッハキャリバーをカートリッジロードさせて急加速を行い包囲網が完成する前にシューターの間を切り抜けて、高町なのはに肉薄する。

 

「いっけえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「クゥッ!!」

 

 肉薄された高町なのははラウンドシールドを展開して、スバルの猛攻を防いだ。

 今度は先ほどのようにラウンドシールドを炸裂させることは出来ない。ラウンドシールドを炸裂させれば少なからず、高町なのは自身にも影響が及ぶ。砲撃の体勢を行っているティアナがいる状況でそれを行うのは自殺行為でしかない。

 確実にティアナとスバルが考えた戦術は、高町なのはの動きを封殺していた。このままでは砲撃を食らってしまうと高町なのはは思いながら、砲撃の準備を行っているティアナに目を向けた瞬間、ビルの屋上に立っていたティアナが消失した。

 

「アレは幻影!!」

 

「ティア!!」

 

 なのはの後ろを見つめながら、スバルが叫んだ。

 その声になのはが後ろを脇目で見てみると、自身の背後のウイングロードを駆けるティアナの姿があった。

 ウイングロードを賭けるティアナは、右手のクロスミラージュの先から魔力刃を発生させ、そのままなのはの頭上にまで移動すると共に飛び掛かった。

 

「ウオォォォォォーーー!!!」

 

 同時にスバルが咆哮を上げて、なのはのラウンドシールドとリボルバーナックルが激しくぶつかり合う。

 

「……レイジングハート……モードリリース」

 

《All right》

 

 なのはの発言と共にレイジングハートは待機状態へと戻った。

 ソレと同時に頭上からティアナの魔力刃が届き、なのはは掴み取ろうとして魔力刃がなのはの手をすり抜けた。

 

「えっ!?」

 

 すり抜けた魔力刃になのはは目を見開く。

 同時に頭上から落下して来ていた筈のティアナの姿が、消え去った。

 予想外の出来事に高町なのはは固まり、その隙をスバルは逃さず、更にマッハキャリバーを加速させてなのはのラウンドシールドを突き破る。

 

「ウオォォォォーーー!!」

 

「なっ!?」

 

 シールドを突き破ったスバルは更なる攻撃を加えず、なのはの胴体を両手で掴むと、そのままウイングロードから飛び出し、地上へと落下し出した。

 

「す、スバル!? 一体何を!?」

 

「コレが作戦なんですよ!?」

 

 いきなりの事に驚くなのはにスバルは叫びながら、横目でビルの窓ガラスの高さまで落下出来た事を確認する。

 

「よし! マッハキャリバーー!!」

 

《Wing Road!!》

 

 目的の高さまで落下出来た事を確認したスバルは、なのはから手を離した。

 同時にマッハキャリバーの足元からウイングロードが発生し、スバルはなのはから離れて行く。

 一体何をとなのはが思った瞬間、周囲のビルの窓ガラスが次々に割れ、オレンジ色の魔力弾がなのはに向かって殺到した。

 

『なっ!?』

 

 突然の周囲からの奇襲攻撃に放たれたなのはだけではなく、ビルの屋上から見ていたヴィータとフェイトも驚愕した。

 慌ててなのははレイジングハートを構え直そうとするが、待機状態に戻してしまった事に気がつく。

 

「(まさか、さっきまでの行動はこの為に!? 迎撃は間に合わない。なら!)……レイジングハート!!」

 

《Wide Area Protection》

 

 全方位からの攻撃に対して、なのはも全方位での防御で対応した。

 次々と魔力弾がワイドエリアプロテクションに激突し、周囲に煙が巻き上がる。

 

「クッ!」

 

 プロテクションを突き抜けて襲い掛かる衝撃に苦し気な声を漏らしながら、なのははレイジングハートを戻そうとする。

 だが、その前に煙を突き破りながら右手を振り被ったスバルがなのはに肉薄する。

 

「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 スバルが振り抜いた拳となのはのワイドエリアプロテクションに激突し、ワイドエリアプロテクションは粉砕された。

 そのままスバルは追撃をかけようとするが、僅かに舞い上がる事でスバルの攻撃をなのはは回避する。

 

(あ、危なかった! だけど、コレで!)

 

 何とか回避出来たなのはは、手に戻ったレイジングハートを背を向けているスバルに向ける。

 先ずはスバルから撃墜しようと射撃魔法を放とうとする。だが、その前に一つのビルの部屋からクロスミラージュをなのはに向かって構えているティアナに気がつく。

 

(ティアナ!? ソレにあの場所は!?)

 

 ティアナがいた場所を目にしたなのはは目を見開いて驚く。

 その場所は最初にスバルがなのはに吹き飛ばされて、窓ガラスを割りながら入り込んだ一室。

 現在の状況で最も狙撃するに相応しい場所にティアナは立っていた。

 

(ま、不味い!?)

 

 このままでは危険だと判断したなのはは、両足のアクセルフィンを加速させようとする。

 ティアナの魔力弾の速度ならば、アクセルフィンを加速させれば回避出来る。そうなのはは確信していた。

 だが、その確信は。

 

「……レール……ショット!!」

 

 ティアナがクロスミラージュの引き金を引いた瞬間、なのはの胸に走った衝撃に寄って粉砕されたのだった。




次回は本編を更新します。
出来るだけ早く更新出来るように頑張ります。

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