漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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長らくお待たせしました。
漸くリアルが落ち着いたので更新を再開します。




 機動六課の隊舎内に用意されたタバネの部屋。

 急遽機動六課に保護される事になったタバネが与えられた部屋は、外部から泊まりに来る局員の為に用意された客室だった。

 ティアナとスバルが使っている寮部屋と同じぐらいの広さで、タバネは室内に在ったテーブルの上に紅茶を用意して行く。

 

「ティーバックでごめんね。この時間にコーヒーは眠れなくなるかも知れないし。明日も朝早くから訓練が在るんでしょう」

 

「いえ、お構いなく!」

 

「……頂きます」

 

 手渡された紅茶をスバルとティアナは受け取って飲んで行く。

 タバネも自分用に用意した紅茶に口を付けて、カップをテーブルに戻す。

 

「……ソレで、ランスターさんとナカジマさんはどうして上司の人達に内緒で自主練していたの? 自主練をするのは構わないと思うけど、あんなに疲れるまでの訓練を上司に内緒にしてやるなんて不味いと思うんだけど?」

 

「……なりたいんです」

 

「ん?」

 

「強くなりたいんです!!」

 

 顔を上げると共にティアナは涙を浮かべながら思わず叫んだ。

 

「あたしは! もう誰も、傷つけたくないから! 失くしたくないからっ! だから、強くなりたいんです!!」

 

 ティアナの心の底から想いをタバネは黙って聞く。

 

「……分かってるんです……自分が無茶な訓練をやっている事は……だけど、そうしないと耐えられないんです! 分からないんですよ……この部隊にどうして私が居るのかが……周りは皆優秀で……歴戦の勇士ばかり……そんな部隊にどうして私なんかが居るのか分からないんですよ……毎日訓練をやっていても、全然強くなっている実感も沸かなくて……その上、あんなミスまでやって……だから、少しでも強くなる為に」

 

「……ティア……あの、タバネさん! お願いです! 私達の自主練の事、なのはさん達は内緒にして貰えませんか!?」

 

「うん、良いよ」

 

「ちゃんと休むようにしま……えっ?」

 

「えっ?」

 

 あっさりと了承したタバネに思わずスバルとティアナは疑問の声を上げてしまった。

 てっきり自分達の自主練の事を報告されると二人は思っていたが、タバネは最初からそのつもりは無かった。

 

「だから、内緒にしておくよ。第一ね。何時私が勝負に勝ったら、上司の人達に報告するって言ったの?」

 

「そ、そう言えば」

 

「……い、言ってませんでしたね」

 

 言われてスバルとティアナは、タバネが一言も自分が勝負に勝ったら上司に報告すると言っていない事に気がついた。

 

「私はただ、どうしてランスターさんとナカジマさんがあんな自主練をしていたのか知りたかっただけだよ。別に自主練が悪い事だなんて私は思ってないもの」

 

 実際、タバネもフリートに内緒で自主練をやっていた事が在る。

 ただフリートの場合、自主練をやっていた事を簡単に悟り、ソレに合わせて訓練メニューを変えたりしている。

 自主練をやる事をフリートは否定しない。寧ろ自主練をやっていて気になった事が在ったら、自分に質問して来いと言うぐらいである。

 

「自主練をやる事は間違っていないよ。ちゃんと訓練でやっていた事を改めて知る為にも、自分で考えるのは悪くないんだから。だけど、ランスターさんとナカジマさんがやっていた自主練は、そういう類じゃ無いよね? 何だか新しい技を覚えようとしている感じだったけど」

 

「……はい。私とスバルがやっていたのは、『短期間で、現状戦力をアップさせる方法』の模索です。私のメインはシャープシュート……精密射撃ですけど……でも、ソレだけしか出来ないから駄目だと思ったんです。だから、技数を増やして対応力を上げようと思って訓練してました」

 

「……う~ん。悪くないと思うんだけど……この部隊だとちょっとキツイかな、ソレを自主練でやるのは」

 

 隠してもしょうがないと考えたのか、自分達の訓練の内容を告げたティアナに、タバネは苦笑しながら意見を告げた。

 どう言う事かとティアナとスバルが疑問に思いながらタバネを見つめると、タバネは二人に説明する。

 

「良い? 先ずランスターさんが言っていた訓練の内容は間違っていないよ。技数を増やして行動の選択肢を増やそうとするのは。だけど、ソレは通常の部隊ならの話。この機動六課だと、何時どんな時に出動が掛かるのか分からない。二人とも覚えは無いかな?」

 

『……あっ』

 

 タバネの指摘にスバルとティアナは顔を見合わせて思い出した。

 一番最初の任務がまさにソレだった。新しいデバイスを渡された直後に出動が掛かり、ぶっつけ本番で新デバイスを使って任務に出る羽目になったのだ。

 その後の任務は事前に伝えられた任務だったが、確かに初出動のような急な呼び出しが掛かる可能性は今後も充分に考えられる。

 

「そんな時に覚えたばかりで、しかも自主練だけで覚えた技や魔法じゃ付け焼刃にしかならないよ。自主練の時間も結局は正規の訓練の時間よりも短い。だから、どうやっても付け焼刃以上にはならないと私は思うの。正規の訓練で覚えた事を自主練で、磨き上げるとかなら問題ないと思うんだけど……それじゃ、納得出来ないんだよね?」

 

「……その、なのはさんの訓練は基礎ばかりで」

 

 詳しくティアナは自分達が受けている訓練の内容をタバネに説明して行く。

 聞き終えたタバネは頬が引き攣るのを抑えるので必死になってしまう。

 

(……この前有人操作のガジェットにやられた筈だよね? 何で有人操作でのガジェットとの模擬戦訓練を加えてないの?)

 

 前回のアグスタでの任務で、ガジェットが有人操作が可能だと言う事が明らかになった。

 その情報を下に訓練内容を変えているとタバネは思っていた。だが、高町なのはは訓練内容を変えていなかった。

 

(……我慢だよ私。此処で怒ったら二人に不審に思われるんだから)

 

 何とか自身の感情を抑えたタバネは、真剣な顔をしながら二人に自身の考えを告げる。

 

「基礎か。それじゃ、尚更に新しい技や魔法を覚えるのは難しいかな」

 

 基礎は確かに重要なのだが、結局のところは土台作りでしかないと言う面も在る。

 故にティアナがやろうとして自主練と高町なのはの訓練が合わないとなれば、その分の負担は確実に蓄積してしまう。

 

「となると……その基礎に反しない形で自主練をやった方が良いかも」

 

「どういう事ですか?」

 

「つまりね。新しい技や魔法を覚えるよりも、今持っている技や魔法を使って応用出来る幅を広げた方が良いと思うんだ。例えば、こんな風にね」

 

 タバネが呟くと共にテーブルの上に置かれていた中身が無くなったコップに、白い魔力光の羽が広がった。

 魔力の羽を得たコップは宙に浮かび上がり、部屋の中を高速で移動して行く。

 その動きは浮遊魔法などでは絶対に出来ない動き。ティアナとスバルはタバネがやっている事を理解する。

 飛行魔法をタバネはコップに発動させて、操作しているのだという事を。

 部屋の中を二周ほどしてコップはテーブルの上に戻った。

 

「って形で、自分が覚えている魔法を改めて理解して応用範囲を広げる。つまり、新しく覚えるじゃなくて、今の力を進化させるだね。私は怪我をして魔力が減る前までは飛行型の魔導師だった……だけど、魔力が減って飛べなくなった。何とか出来ないかなって考えて、今の魔法を思いついたんだ。飛行魔法を使った投擲魔法をね」

 

「……す、凄い」

 

「……えぇ」

 

 スバルとティアナには今のタバネが使った魔法に感嘆しか抱けなかった。

 飛行魔法の事は知っているが、ソレを投擲に利用している魔導師と二人は見た事が無い。

 勝負の時に使った魔法と言い、タバネが使う魔法は誰もが知っている筈なのに、その使い方が異常としか言えない水準のレベルで使われていた。

 先ほどの勝負からずっと悩んでいたティアナは、決意を決めたかのようにタバネに向かって頭を下げる。

 

「……シノさん! お願いです! さっきの勝負で貴女が使った魔法を教えて下さい!」

 

「……あの魔法を?」

 

「は、はい! 難しい魔法だってのは分かっています! でも、あの魔法が在ればこれからの任務で助かると思うんです! だから!」

 

「あの魔法をか……まぁ、ランスターさんなら私以上に使い熟せるかもね」

 

『……えっ?』

 

 一瞬タバネが言った発言の意味を、ティアナだけではなくスバルも理解出来なかった。

 その意味をタバネは二人に説明する。

 

「実はね。あの魔法を私が狙った場所や相手に当てられるのは、撃つ場所で止まっている時だけなんだよ。それ以外、例えば動いたりしながら撃つ場合は、良くて三割から五割。相手が更に対処したりしたら三割以下ぐらいになっちゃうんだ。狙撃ぐらいでしか私はあの魔法を使い熟せないね」

 

「そ、そんなに命中率が下がるんですか?」

 

「うん。でも、私にあの魔法を教えた相手は移動しながらも撃てて、しかも命中率が八割以上って言うレベルで……何度落とされたか分からないね」

 

 苦い表情をタバネは浮かべながら二人に説明した。

 タバネが言う相手は、自身の世界のティアナ・ランスターの事である。とある事情でタバネ同様にフリートから教えを受けたティアナ・ランスターは、自らの精密射撃に磨きを掛けた。

 しかも、タバネにとって苦い記憶が嫌と言うほどに在ると同時に味わった幻術も混ざって、二人が対戦した場合の戦歴は五分五分と言う互角だった。砲撃を撃とうとすれば、タバネが使った魔法で狙撃されて邪魔をされる。

 しかも幻術で撹乱までされるのだ。ティアナ・ランスターとの試合は、タバネにとっても一瞬でも気を抜けない試合だった。

 

(あっ、そう言えばこの前の模擬戦は私が負けたから勝率四割に下がったんだっけ……帰ったらティアナと勝負して五割に戻さないと)

 

 この時、平行世界に居るティアナ・ランスターの背中に悪寒が走ったりしていた。

 タバネに取ってティアナは平行世界での自身の妹弟子であり、同時にライバルでもあるのだ。

 故にこの世界のティアナが苦しんでいるのを放って置く事は出来ないのだ。

 

「ランスターさんが覚えたいなら教えて上げるけど、条件が在るよ」

 

「な、何ですか?」

 

「二人の自主練に私も参加させて貰えるかな?」

 

『えっ?』

 

「不安なんだよね。今、私が使っているデバイスは護身用に急遽用意して貰ったデバイスで、自分が本当に使っているデバイスじゃないから……何時また私を襲ったあのタオって人に襲われるかと思うとね」

 

「で、でも! 此処って管理局の、機動六課の隊舎ですよ! 幾ら何でも其処に保護されているタバネさんを狙われるなんて!」

 

「……何かしていないと不安な気持ちになっちゃうんだ。私が嘱託魔導師を辞める事になった原因になった相手……その相手がタオって人と同じ幻術を使う相手だったんだよ」

 

 タバネは不安そうな面持ちで、自身が嘱託魔導師を辞める事になった事件に関して大まかに語って行く。

 任務の最中に次元犯罪者の幻術に引っかかり、後遺症が残るほどの大怪我を負ってしまった事を。

 

「だから、幻術の恐ろしさを私は知っている。もしかしたら潜入して来るかもしれないって、不安でね。だから、このデバイスに慣れる為に練習したいんだ。それに二人よりも三人の方が訓練になると思うんだよ」

 

 言われてスバルとティアナは顔を見合わせる。

 確かに二人よりも三人の方が訓練は捗る。加えて言えば、タバネは魔法の応用に関して詳しい。

 もしかしたら教導官である高町なのはよりも詳しいかも知れないのだ。自分達では気づけない魔法の可能性に気がつくかもしれない。

 

「……スバル、アンタは良い?」

 

「うん。良いよ、シノさん。魔法に詳しいから、きっと助かるよ」

 

「そう……なら、シノさん。明日から宜しくお願いします」

 

「お願いします」

 

「此方こそ、お願いね」

 

 三人はそう言い合うと、明日からの自主練に関して詳しく話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ。廃棄区間都市。

 廃棄された都市区間の一角に在るビルの地下。

 其処に在った地下室の中で、フリートはガブモンとリインが鹵獲して来たガジェットⅠ型、ガジェットⅡ型、そしてガジェットⅢ型を分解して調べ上げていた。

 此処までならば問題は無かった。だが、色々とストレスがフリートも溜まっていたのか、三機のガジェットを分解し終えた後、フリートは改造を開始し出したのである。

 自身ならばこうする、ああすると、ガジェットの三機の部品を使って新たな機械を造り上げて行く。

 余りの素早さに止められる機械をはやて達は見つける事が出来なかったのだ。この場にリンディが居れば、分解を終えた直後にフリートを殴ってでも止めていただろう。

 壁際に立って眺めているはやて、レナ、リイン、ガブモンは組み上がって行く新たな機械を冷や汗を流しながら見つめる。

 既にガジェット三機の原型は無い。だが、フリートが造り上げて行くモノが、とんでもない機械兵器だと言う事は察する事は出来る。

 これ以上見て居たら精神衛生に悪いとはやて達は判断し、揃って部屋から出て行く。

 

「……本当に恐ろしい人やね」

 

「あぁ、間違い無くマッドだ」

 

「あの人が造った物を見て、他の人もマッドになってしまうんですね」

 

「……何だかすいません」

 

 時々楽し気に笑い声を漏らしているフリートを見て汗を流すはやて達に、ガブモンは思わず謝ってしまった。

 あまり見ていて影響を受ける訳には行かないと思ったはやて達は、地下室から出て行き、廊下に出ると顔を見合わせる。

 

「それではやてさん。聖王教会から手に入れた予言の内容は、どうだったんです?」

 

「……先ず、最初にこの世界の機動六課の設立の原因になった予言なんやけど、【世界の終焉と創生】なんて、とんでもない予言やったんよ」

 

「……はやてちゃん。リイン、耳が悪くなったみたいです」

 

 告げられた事実にリインは、思わず両耳に手を当ててしまう。

 しかし、逆にガブモンは納得だと言わんばかりに何度も頷いていた。

 アルハザードが関わっていて、フリートが焦るほどの兵器なのだ。当然ソレぐらいの事が起こっても全く可笑しくは無い。

 

「私も信じたくない予言やと思うけど……問題はそんなとんでもない予言なのに、機動六課しか対策に動いて無い事やね」

 

「コレほどの予言だ。地上本部と何としても協力すべきなのだが……言うまでも無く本局と地上本部は合同では動いていない」

 

「……レジアス中将がレアスキル嫌いなのは知っとるけど……それ以上にカリムの立場の方に問題がある」

 

 カリム・グラシアは名目上本局にも席を置いているが、聖王教会にも所属している人物である。

 ミッドチルダから離れている本局からすれば心強い人物かも知れないが、地上からすれば他組織に所属していると言う人物でしか無い。

 レジアスは確かに高ランクの魔導師に良い感情を持っていないが、ソレは若過ぎる年齢で重要な役職についてしまうと言う問題点から来ている。ただ高ランクの魔導師が嫌いと言うだけならば、高ランクの魔導師であるゼストが友人である筈が無い。

 話は戻すが、カリムがただの局員で在るならばレジアスも進言を素直にとは言えないかもしれないが、進言に対して聞く余地は在った。しかし、聖王教会に所属している為に素直に進言を聞くに聞けない立場にレジアスは在るのだ。

 迂闊に進言を聞けば今後も聖王教会の意見を聞かねばならなくなる。ソレだけならば何とかレジアスが他の幹部を説得すると言う形で纏まりを得られただろう。

 しかし、カリムは一つの重大な問題を起こしていた。ソレは予言を地上本部ではなく、本局経由で地上に知らせると言うミスだった。

 この事が最大の問題だった。地上で起こる事なのに、地上本部よりも本局の方が先に知って地上に進言して来た。そもそも幾らレジアスが地上のトップだからと言って、本局の要求を全て否定できる訳が無いのだ。

 レジアス以外にも当然ながら他にも高官が居る。そう言う人物達がレジアスに意見を言う事は出来るのだから、充分に本局と地上が合同で動く事は出来る。だが、ソレが現状で出来ていないという事は。

 

「……他の地上の高官の方々も怒っとるとみて間違い無いわ」

 

 冗談抜きではやては頭が痛かった。

 何とか地上と交渉しようと材料集めに専念しようとしたら、地上の殆どの高官が本局に激怒していて、ちょっとやそっとの材料では交渉の糸口も得られないと言う状況になっていたのだ。

 最初はレジアスとの交渉の為に、元ゼスト隊に所属していたメガーヌの娘であるルーテシアを捕らえて交渉の糸口にしようと思っていたのだが、他の高官まで怒っていると言う状況ならばそれだけでは足りないのだ。

 

「だから、ガジェットの分析データぐらいは必要なんですよ。同じ物を地上本部でも造れるぐらいの詳細な分析データが」

 

 そう言いながら満足げな顔をしたフリートが、作業を行なっていた部屋から出て来た。

 

「で、調べた結果ですけど……やっぱり、あのガジェットは情報収集用でした」

 

「……AAランクの魔導師でも相手にするのが難しいあの兵器が情報収集用……せやったら当然」

 

「戦闘用のガジェットが間違い無く存在しているでしょうね。しかもちょっとやそっとの解析だと情報収集用だとバレないように巧妙に細工が施されていました」

 

 そう言いながらフリートは、素早く纏めたガジェットに関する詳細なデータが記された空間ディスプレイをはやてに向ける。

 見せられたはやては専門用語も記されているので詳細な内容は分からない部分も在ったが、重要な部分だけは理解出来た。コレまで管理局が戦闘して来たガジェットは破壊されたり鹵獲されたりした場合、内部データを瞬時に書き換えて詳細なデータを得られないようにされていたのだ。

 元々ガジェット自体が管理局の技術では詳細に解析できない点も在ったので、その事実を知る事が出来なかった。加えて言えば、まさかAAランククラスの魔導師でも相手が難しいレベルの機動兵器が単なる情報収集用だと思う人間は先ずいないだろう。

 はやて自身、もしも【寄生の宝珠】の存在を知らなければ気がつけたかどうかは分からないぐらいなのだから。

 

「因みにⅢ型のガジェットの内部に、在る物が組み込まれていました。なのはさんが知ったら、確実にブチ切れるようなとんでもない物がね」

 

「な、何ですか、ソレは?」

 

「コレです」

 

 ガブモンの質問にフリートはポケットの中から蒼い宝石を取り出した。

 

「ソレは?」

 

「【ジュエルシード】です。正確に言えばその劣化品ですけど、十年ぐらい前のなのはさんが魔法に関わる事になった切っ掛けになった筈の……【ロストロギア】ですよ」

 

『ブゥッ!!』

 

 聞かされた事実に思わずはやて達は吹き出した。

 同時になのはが機動六課に行った事を、心の底から良かったと思った。

 【ジュエルシード事件】に関しては、はやても聞いた事が在る。フェイトと出会った事件で在り、なのはが魔法関連に足を踏み入れる事になった事件だ。

 その時になのはが回収して管理局に渡したロストロギアこそが、ジュエルシードである。

 ジュエルシードは次元干渉型エネルギー結晶体であり、何万分の一の威力が発揮されるだけで小規模な次元震を引き起こしてしまうと言う極めて危険な代物である。何より重要な事は、ジュエルシードは一度管理局が回収したと言う点である。

 

「気になって調べて見たら、案の定地方の研究機関に貸し出して盗まれた何てとんでもない情報が出て来ましたよ」

 

「な、な、な、何考えてるんや!! その貸し出した局員は!? そないな場所に危険なロストロギアを貸し出すなんて……ま、まさか?」

 

 ある事実に気がついたはやては、恐る恐るフリートに顔を向け、フリートは頷く。

 

「先ず間違い無く、貸し出した高官はスカリエッティと繋がっているでしょう。どう考えても盗んでくれと言っているような状況ですから……問題は、この劣化ジュエルシードは次元震を引き起こすほどのエネルギーは無いので良かったですけど……本物のジュエルシードが組み込まれたガジェットが相手だった場合、最悪破壊した瞬間に次元震が起こる可能性が高いです」

 

 はやて達の顔は一気に青褪めた。

 ジュエルシードと言う次元干渉型のロストロギアの場合、封印用の魔法か、或いは封印術式を組み込んだ魔法を使用しなければ最悪な事態になる可能性が高い。

 だが、Ⅲ型などの機械に覆われた機動兵器にまさかジュエルシードのようなロストロギアが組み込まれていると思う者は先ずいないと言って良い。現に機動六課がジュエルシードがガジェットに組み込まれていると知ったのは、捕獲して解析した後だったのだから。

 そのガジェットに組み込まれていたのも、本物に比べれば圧倒的に性能が劣る劣化品だったおかげで助かったが、もしも本物が組み込まれていた場合、リニアレールの時に次元震が起こっていただろう。

 その事実に気がついたはやては、フラッと倒れそうになり、慌ててレナモンが支える。

 

「は、はやて! 確りするんだ!」

 

「……もうほんまに嫌になって来るわ。あの時に、世界の危機が起こりかけてたなんて……ほんまにキツイわ」

 

「まぁ、劣化品ですから次元震が起こる事は先ずないでしょうけど、恐らく戦闘用のガジェットには本物と同レベルのジュエルシードの模倣品が組み込まれている可能性が高いですね。この情報が得られて良かったです。もしも知らずに普通に戦っていたら、破壊する度に次元震が起きてミッドチルダだけじゃなくて多くの世界が滅んでいたでしょうから」

 

 想像するだけで恐ろしいとしか言えない光景。

 事前に知れてよかったと心の底からはやて、レナモン、リイン、ガブモンは心の底から思った。

 迂闊に倒せば世界崩壊など冗談では済まないのだから。

 

「やはり今後の方針としては何としても地上本部と手を結べるようにしたいですね。その為には暫らく情報を集める方針で行きましょう」

 

「……具体的に私らが動く時は何時にします?」

 

「何れ戦闘用のガジェットが出て来る筈です。その時に私達は本格的に動きます」

 

「……戦闘用のガジェットが出て来る根拠は在るのか? ギリギリまで隠し通して来る可能性が高いと私は思うが?」

 

「その可能性も在りますが、確実とは言えませんが一度だけ出て来る可能性が在ります。寧ろ私達も動いて、スカリエッティが戦闘用のガジェットを出さざる得ない状況を造り上げます。まぁ、その時にちょっとこの世界の機動六課の面々が酷い目に遭うでしょうけど、問題は無いでしょう」

 

「……まぁ、現実を理解させる為にも必要な事やと思いますけど」

 

「ちゃんと周囲に被害が出ないようにもしますから。と言う訳で、ちょっとデバイスを貸して貰って良いですか、はやてさん。AMF対策用に調整しますので」

 

「分かりましたわ」

 

 言われてはやては待機状態のシュベルトクロイツをフリートに渡した。

 受け取ったフリートは大切そうに預かり、次にリインに視線を向ける。

 

「リインちゃんも後で調整しますので準備はしておいて下さいね」

 

「分かりましたです」

 

「……ソレでフリートさん……何時なのはにジュエルシードの件を伝えるんですか」

 

 ガブモンがそう恐る恐るしながら質問し、フリート達は冷や汗を流す。

 なのはにとってジュエルシードの件はかなり響くに違いない。何せ必死になって集めて管理局に渡した物なのだから。

 この世界の高町なのは達は余り問題視していないようだが、なのはが知れば確実に怒るに違いない。そうなった時に沸き上がった怒りは、言うまでも無く余りジュエルシードの件を問題視していない機動六課にも向くに違いない。

 知らせないと言う手段も在るが、ソレは悪手でしかない。何せ何れ機動六課の隊舎に戦闘用のガジェットが襲い掛かって来る可能性が高いのだ。そうなればなのはは戦うしかない。その時に事前にジュエルシードの情報を知っているのと知っていないのでは大きく違うのだから。

 

「……ガブモン。次の定期連絡の時に報告をお願い出来ますか?」

 

「……分かりました。何とかなのはを説得出来るように頑張ります」

 

 コレで更になのはのストレスが溜まる事が決まった瞬間だった。

 穏便に連絡を済ませる事が出来る事をガブモンは心の底から願う。

 

「ソレで……コレが解読した新たな予言の内容です」

 

 ゆっくりとフリートは、自身が解読した【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】の内容を空間ディスプレイに映し出す。

 

『魔の時代の終焉が近し時、交わる事なき地より神代の賢者が現れる。

 神代の悪夢の存在を知りし、神代の賢者は夜天の狐と不屈の狼と共に終焉を止めんとする。

 されど、彼の者達でも終焉を阻み切れず、法の地は戦火の地へと成り果てる。

 悪夢の翼と軍勢が戦火の地に現れし時、冥府の王は動き出す。

 戦火の地は悪魔の軍勢で埋め尽くされん』

 

「と言うのが新たな内容ですよ」

 

 聞き終えた予言の内容にはやて達は難しい顔をする。

 予言の内容が変わったのは、先ず間違い無く平行世界の存在である自分達が動き出したからに違いない。

 しかし、最初の予言と違い、結末が全く分からなくなっている。コレが良い事なのか分からないが、少なくとも新たな世界の創生だけは防げる可能性が上がったとは言える。

 ただ問題は。

 

「失敗すると管理局側、予言の内容を勘違いしそうなんですよね」

 

 途中までは問題は無い。

 予言に記されている【夜天】と【不屈】の文を、管理局側はこの世界の八神はやてと高町なのはと勘違いする可能性が在るからだ。狐と狼と言うところは疑問に思うかも知れないが、【夜天】と【不屈】は二人を現す単語なのだから。

 問題は後半の部分。【冥府の王】の行の文こそが問題なのだ。

 

(あの欠陥情報収集施設の【無限書庫】には、ベルカ時代のイクスちゃんの情報が在る筈。そうなれば、あのイクスちゃんを治した時にオミットした機能も知られるでしょう)

 

 今はフリートの手に寄って完全に失われたイクスヴェリアの能力。

 その能力の詳細を知れば、間違い無く管理局は、正確に言えば機動六課はイクスヴェリアの止めようとする。

 それほどまでに現代では忌避される能力なのだから。無論フリート達は悪魔の正体を知っているので、邪魔をする気は無い。寧ろ悪魔こそが唯一【寄生の宝珠】に対抗出来る存在なのだから。

 

「……フリートさん? この前の予言には結末まで書かれていたんですよね? でも、こっちの予言には結末が書かれてないようですけど?」

 

「そう言えば、そうやね。ガブモンの言う通り、カリムの予言は結末の辺りまで書かれる筈なんやけど」

 

「あぁ、ソレなんですけど……非常に興味深い現象が起きているんですよ、コレがね」

 

 そう言いながらフリートは、写真で撮ったカリムの予言の詩文をはやて達に見せる。

 

「良いですか……さぁ、今すぐ元の世界に戻りましょう!!」

 

『ハァッ?』

 

 一瞬言われた意味が分からず、はやて達が呆けた瞬間、写真に写っているカリムの予言の内容がブレ出す。

 

『えっ?』

 

「あぁ、やっぱり、帰るの止めましょうか」

 

 改めてフリートが発言を直した瞬間、再び予言の内容がブレて元の内容に戻った。

 信じがたい現象にはやて達は目を見開き、フリートが説明する。

 

「この予言は間違い無く私達がこの世界に来た事に寄って出現した予言です。ですが、そもそも私達の存在こそがイレギュラーなのです」

 

 フリート達はこの世界と全く無関係の存在。

 偶然平行世界に渡る術を持っていて、【寄生の宝珠】を見つけたから動いているに過ぎない。つまり、何時でもフリート達はこの世界を見捨てて元の世界に戻る事が出来るのだ。

 存在している故に【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】は、ソレに合わせて予言を示したが、いなくなれば当然ながら元の終焉と創生の予言に戻るのである。

 変わってしまう曖昧な予言ゆえに、結末まで書かれていないのだとフリートは、はやて達に説明した。

 

「なるほど……つまりこの予言は私達の行動次第で変わってしまう不確かな予言と言う事か?」

 

「……あてにせえ方が良さそうやね」

 

 説明を聞いたはやては瞬時に手に入れた予言を行動の参考にするのを止めた。

 曖昧な予言など参考にして行動する訳には行かない。やはり自分達で考えて行動すべきだと判断する。

 

「とにかく、方針としては、この予言に書かれた戦火を止める方向で私らは動くべきだと思います」

 

「まぁ、そうですね……一応これまで集めた情報で、戦火を最小限に抑える手段は在るには在るのですが、凄まじく個人的に使いたくない手段なんですね」

 

「その手段って何ですか?」

 

「……ソレについては後ほどで」

 

 何かを悩むようなフリートの様子に、はやて、リイン、レナモンは首を傾げる。

 しかし、ガブモンは何かを察したのかフリートを見つめる。協力してくれているはやて達にも秘密にしている事。

 フリートが次元世界で伝説の地として語られている【アルハザード】の存在である事を。ある程度は、はやて達は察しているが、その事実には触れないようにしている。デジモンの存在だけでも大きな混乱が発生したのだ。

 【アルハザード】など更なる混乱を生む存在でしかないのだ。

 フリートが言う手段が【アルハザード】に関わる事だと察したガブモンは、話を変えようと口を開く。

 

「そう言えば、話は変わりますけど。なのはがこの世界のスバルさんやティアナを鍛えるらしいんですけど、フリートさんは何かアドバイスしたんですか?」

 

 幾ら実力があろうと、なのははこの世界の高町なのはと違って誰かに何かを教えた事は無い。

 故にフリートがこの世界のティアナとスバルの訓練の方針をなのはに伝えているとガブモンは思った。

 だが。

 

「何もアドバイスしていませんよ」

 

『……えっ?』

 

 あっさりとフリートは何もなのはにアドバイスはしていないと告げた。

 

「私はこの世界のティアナやスバル・ナカジマを遠目で見ましたけど、直接は会っていません。それで訓練の方針を決めるのは流石に無理です」

 

「……この世界のなのはちゃんの教導データだけじゃ足らなかったんですか?」

 

「データで見ただけで必要な事が何かなんて分かる訳がないですよ。私が直接行けば、高町なのはの教導に合わせて訓練の内容を決めてケアも出来ますが、状況的に無理ですし、なのはさんが私レベルのケアを施せる訳がないんですから」

 

 他人の教導に合わせて訓練を施すと言うのは、途轍もなく難しい事なのだ。

 本来の訓練に支障が出ないレベルでやらなければ、体を壊す可能性も高く、任務にも影響が出かねない。

 幾らフリートでもなのはから届く連絡だけで、最適なサポートを行なうのは不可能。故にフリートは、なのはには何のアドバイスもしなかった。

 

「コレもなのはさんの訓練ですよ。『弟子は師が育て、師は弟子に育てられる』と言う言葉が在ります。今回はなのはさんに頑張って貰いましょう。まぁ、あの二人は素材が良いですからね。実戦的な事をやっていれば、すぐに物にしていくと思いますよ。後はなのはさん次第ですかね」

 

 そう告げると、フリートは先ほどの部屋の中に戻って行った。

 残されたはやて、レナモン、リイン、ガブモンは顔を見合わせるのだった。




次回は本編の方を更新します。
お待たせしました皆様、申し訳ありません。大体七割ぐらい完成していますので、近日中に投稿します。

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