機動六課会議室。
昼食時でありながら、フェイトを除いた隊長陣に加え、副部隊長のグリフィス・ロウラン、そして医務官のシャマルが集まっていた。
議題は言うまでも無く、昨晩保護したタバネに関する案件だった。
「ソレで、グリフィス君。フェイト隊長からの報告は?」
「はい。アグスタに捜査に向かったフェイト隊長の報告では、ホテルの裏口を警備していた警備員が数名怪我を負って休んでいるそうです。どういう経緯で怪我を負ったのかは説明を濁されているそうです。また、搬入用のトラックが一台破棄されている事も判明しました。目下継続して調査中との事です」
「ありがとう、グリフィス君……聞いたとおりや、皆……残念やけど、アグスタで密輸が行なわれとった可能性が高い事が判明した」
悔しそうに八神はやてはそう告げ、他の面々も苦い表情を浮かべる。
アグスタでの任務は成功していた筈だった。襲い掛かって来たガジェットからホテルを護り抜き、オークションも無事に開催された。
だが、密輸が行なわれていた可能性が判明し、尚且つその密輸品が何者かに強奪されたとなれば機動六課の失態。更に密輸品強奪の目撃者と勘違いされているタバネが殺害されでもすれば、大失態になる。
運よくタバネの身柄は機動六課が得る事が出来たが、他の部隊だったら、確実に機動六課の責任問題が発生していただろう。
「でもよ、まだ判明しているのは状況証拠だけなんだろう? だったら、本当に密輸品が在ったかどうか分からねぇだろう?」
「だが、ヴィータ。少なくともそれなりの状況証拠が揃っている。確実に密輸品が無かったとも言えまい」
「そうだけどよぉ」
悔し気にヴィータはシグナムに答えた。
他のアグスタに訪れた隊員達と違って、ヴィータとシグナムの二人はオークションの前日から張り込んでいた。
それなりにアグスタの警備員とは面識もあったが、まさかその面々が密輸に関わっているとは夢にも思って無かったのだ。
「ヴィータ。悔しいのは分かるけど、今は最悪な方を考えないとあかん。とにかくフェイト隊長が何らかの手掛かりを掴んで来てくれる事を願うしかない」
「……分かった。んで、昨日をその密輸品関連の件で保護したタバネ・シノって奴は何者なんだ? 何かなのはの声に似てるって話だけどよ」
「それについて説明しますです」
リインフォースⅡがヴィータの疑問に答えるように、それぞれの隊長の前に空間ディスプレイを展開した。
展開された空間ディスプレイにはタバネに関する情報が映し出されていた。
「本名タバネ・シノさん。年齢19歳。元管理局嘱託魔導師で、現在は管理世界の一つで喫茶店で働いているそうです。今回アグスタにやって来たのはミッドに在住している友達との旅行の為だったそうです。コレに関しては午前中にその友人の方に来て貰って裏が取れました」
「元嘱託か? 何故辞めたのだ?」
「え~と、本局のデーターベースで確認したところ、とある遺跡調査任務に訪れた時に、次元犯罪者と遭遇。交戦となったそうなんですけど、犯人には逃げられ、タバネさんは負傷を負ってしまい、その時の怪我が原因で魔力が減退してしまい、嘱託資格を剥奪されたそうです」
「その次元犯罪者に関しては?」
「まだ、捕まって無いそうです。シノさんが所持していたデバイスが破壊されてしまったそうで、詳しい戦闘記録も無いらしく、当時の話では本当に次元犯罪者が居たのかも怪しいと言われたそうですよ」
因みにこれ等の記録は言うまでも無く、フリート達が造ったタバネのカバーストーリーである。
タバネ本人が経験した出来事が元になっているので、怪しまれずに答える事も出来るように事実を造ったのである。
その事を知らない機動六課の面々はタバネの経歴に僅かに同情を覚えるが、すぐに真剣な顔をして話を進める。
「それで、シャマル? シノさんって人の検査結果は?」
「声紋の方は本当によく似ているレベルで、一致はしなかったわ。血液検査の方もなのはちゃんとの一致はしなかったし、本当に声だけが似ているだけの別人と見て間違い無いでしょうね」
シャマルの報告に会議室に居る全員が安堵の息を吐いた。
【人造魔導師】と言う存在を知っているだけに、タバネが実は高町なのはの人造魔導師の可能性も考えられた。普通ならば声が似ているだけだと判断されるだろうが、高町なのはと親しいフェイトが怪しんだので一応調べたのである。
検査の結果は声が似ているだけの他人と診断された。実際のところは別世界の本人なのであるが、フリートが六課に送ったウィルスに寄ってタバネの正体がバレる事は無かった。
「とにかく、シノさんは暫く六課で保護する事にする。皆もえぇね?」
八神はやての言葉に会議室に全員が頷いた。
タバネを六課の外に出す訳には行かない。何せ実際に襲撃されて命を狙われたのである。しかも犯人はアグスタでタバネが密輸品を強奪するところを見たと思い込んでいる。
六課は密輸品強奪犯からタバネを護らなければならない。でなければ責任問題に発展するのだから。
(カリムの予言の為にも六課が無くなるのは絶対に塞がないとあかん)
「それで、主はやて? そのタバネ・シノを襲った犯人の映像は在るのですか?」
「……それなんやけど、リイン」
「はいです」
はやての命じられてリインは空間ディスプレイを操作し、映像を展開する。
しかし、展開された映像は乱れに乱れて、まともに判別するのが不可能なほどだった。
「何だこりゃ?」
「コレがフェイトちゃんのバルディッシュが記録していた犯人の映像なんよ」
「何とか頑張って映像を見えるようにしようとしたんですけど、無理でした」
「六課の設備はかなりのものなのに、それでもジャミングを解けなかったって事は」
「うん……この密輸犯。かなり大きな組織が関わっているのかも知れへん」
会議室に居る全員の顔に真剣みが増した。
ジャミングの件だけでも充分に密輸犯がただ者ではない事が分かる。実際フェイトが
「もしかしてこの件にもスカリエッティが関わっているんじゃ?」
「可能性としては考えられるな。丁度密輸品の強奪が行なわれていた時は、ガジェットの襲撃が在った時だ。加えて言えば、あの時の襲撃は今までのガジェットの襲撃と違い、ガジェットを有人操作する事が出来る召喚士が出て来た」
「シグナムの言う通りだ。あの襲撃は囮で本命は密輸品の強奪だったんだろうぜ。まんまとあたしらはやられたって事か」
「ヴィータ。あくまで今のところはスカリエッティも関わっているかもの話や。確かにその可能性は高いと思うんやけど……」
「はやてちゃん?」
状況から見てスカリエッティが犯人の可能性が高いと言うのに、歯切れの悪いはやての様子になのはは疑問を覚えた。
「……バルディッシュから映像が取れへんかったら、せめて少しでも情報を得ようとフェイトちゃんが覚えて居る限りの犯人の特徴を絵で書いてみたんよ。ソレがコレや」
はやての言葉と共に空間ディスプレイに映像が展開された。
「えっ?」
空間ディスプレイを目にしたなのはは思わず声を上げてしまった。
その様子にはやてを除いた全員の目が集まるが、なのはは構わず空間ディスプレイを見つめて恐る恐る口を開く。
「……コレって? はやてちゃん?」
「なのはちゃんも気づいたみたいやね。フェイトちゃんが見た犯人が着ている服って……どう見ても陰陽師の服装や」
黒い長帽子に神社の神主が着るような白い和装の服に、長い袖と、地球の平安時代にいたとされる陰陽師の服装。ソレがタバネを襲った犯人が着ている服装だった。
「因みにや、犯人はご丁寧に札を使ってフェイトちゃんの魔法を防いで、腰から狐の尻尾を出し取ったらしいわ」
「狐の尻尾? では、主。その襲撃犯は守護獣でしょうか?」
「その可能性も在る。ただもしかしたら捜査攪乱する為に幻影魔法を使った可能性もあるんよ。フェイトちゃんが言うには、札を自分に化けさせたり、札に変化したりと幻影魔法の使い手みたいな事をやったそうや。後な、この陰陽師風な相手は自分の事をタオと名乗ったそうや」
「タオ……本名なのか分かりませんが、厄介な相手かも知れませんね」
直接的な攻撃よりも撹乱を得意とする相手は在る意味厄介である。
経験からその辺りを理解しているシグナムとヴィータは顔を険しくした。何せ、直接的ならば迎撃すれば済むが、相手が撹乱の場合は警護に集中しなければならない。何時どこで襲撃が在るのか分からないのだから。
六課にも幻影を使うティアナが居るが、ティアナはまだ未熟故に本格的に幻術を主にして戦闘する相手よりは劣る。
「因みにさっき来たシノさんの友人から聞いたんけど、昨夜にシノさんに連絡を取ってないって話や。犯人は友人に成り済ましてシノさんを外に出したんやと思う」
「……六課からますます出せないね」
「うん。この事はシノさんにも説明して、六課が保護するのは納得してくれたわ。流石に六課にまで襲撃を掛けて来るとは思えんけど。万が一の可能性もあるさかい。とにかく皆も充分に注意してな」
その言葉に会議室に居る全員が頷き、会議は終わった。
ミッドチルダに在るベルカ自治領。
その自治区内にある聖王教会の本部。本部と言うだけにかなりの大きさを持った建物で在り、歴史的な雰囲気を放っていた。
教会内部を行き交う人々はシスター服や法衣を纏って居たり、礼拝に訪れた人々の姿も見える。
その教会内部を法衣を纏った金髪の女性が歩き、迷う事無く教会の奥の方へと歩みを進めていた。
そして迷う事無く一つの部屋と辿り着き、ゆっくりと扉を開けて内部へと入る。
入ると共に部屋の中に居た司祭服の男性が顔を上げて、女性に顔を向ける。
「こ、これは騎士カリム!」
「こんにちは」
金髪の女性-【カリム・グラシア】-は、男性に向かって微笑みながら部屋の奥へと進んで行く。
「どうして此方に?」
「例の予言の解読状況を聞きたいと思いまして」
「ソレですか」
カリムの言葉に司祭服の男性は納得したように頷き、ゆっくりと自身が座っていた大量の解読本が置かれていた。
此処はカリムの持つ古代ベルカのレアスキルである【
【
機動六課が設立された背景には、カリムの予言が関わっていた。
「やはり難解です。しかし、例の予言に関わる新たな予言なだけに、必ず解読して見せます」
「お願いします。はやて達への負担を少しでも軽くする為にも、解読は必要な事ですから」
「えぇ、分かっています。とりあえず、今解読出来ている範囲だけでも見てみますか?」
「そうですね。それじゃ、見せて貰います」
カリムは頷くと共に男性が座っていた席に近づいて行く。
そして机に載っていたカリムが書いた詩文形式の内容と、解読途中の文章に目を通す。
一、二分ほど眺めた後、カリムは机から離れて司祭服の男性に向き直る。
「ありがとうございました。まだ、はやて達に伝えられる内容ではないようですけど、どうか数週間以内に解読をお願いします」
「あぁ、例のハラオウン提督が訪れる予定の事ですね。分かりました。それまでには何とか解読してみせます」
「頼りにしています。ソレでは邪魔をしてすいませんでした」
「いえ、騎士カリムもお忙しいでしょうに」
「それじゃ、失礼します」
カリムはそう告げると共に丁寧に司祭服の男性にお辞儀をして部屋を出た。
そして周囲の人々が行き交う中、誰にも聞こえないように小声で呟く。
「……はやて。取れた?」
(バッチリや)
カリムの脳裏に、はやての声が響いた。
予定通りに事が進んだ事にカリムは内心で笑みを浮かべながらも、怪しまれないように毅然とした姿で歩き続ける。
(今、フリートさんが解読中やから、すぐに結果は出ると思う)
「聖王教会や管理局本局の予言の研究チームが知ったら、嘆くでしょうね。必死に解読を急いでるのに、僅かな時間で解読されてしまうのだから」
自身が所属している組織で在りながらも、カリムはまるで他人事のように小声で呟いた。
周囲のシスターや司祭がカリムの姿を目にすると一礼し、カリムも一礼しながら自身の執務室へと辿り着き、執務室の扉の鍵を開けて内部に入る。
入ると共に再び鍵を閉めて、執務机の方に顔を向ける。其処には執務机に寄り掛かるようにして眠る金髪の女性-【カリム・グラシア】-の姿が在った。
「本当に良く効くわね」
部屋に入って来たカリムは、ゆっくりと眠る〝カリム゛の傍に近寄り、確かに眠っているを確認すると、執務室の鍵を〝カリム゛のポケットに戻す。
戻し終えると共にカリムの姿が変化し、両手に大極図の紋章を付けた防具を身に付け、長身で黄色の毛皮のキツネの様な顔を持った生物へと変化した。その正体こそがはやてのパートナーデジモンであるレナの正体。レナモンだった。
レナモン、世代/成長期、属性/データ種、種族/獣人型、必殺技/
スピードで相手を翻弄する狐の姿をした獣人型デジモン。どんな状況下でも冷静な判断が出来る。また、テイマーとの関係がその特徴によく反映されるといわれ、幼年期の育て方によっては、他の種族と比べても高い知能を持つようになる。そして成長期の中でも珍しく、変装したり相手の姿をコピーする特殊能力を持っている。優れた格闘能力も持っていて、必殺技は、鋭い木の葉を敵に投げつけ、相手を切り裂く【
「コレで目的は果たしたな」
はやての指示で聖王教会本部に潜入したレナモンは、先ず教会内部に入る為に教会の関係者に姿を変化させてカリムの執務室へと近づいた。
その後はカリムの部屋の中にフリートから渡された無臭の睡眠ガスを少しずつ流し込み、カリムを眠らせた。
眠ったのを確認するとレナモンは入り込み、カリムの執務机にあるディスプレイを操作して目的だった機動六課設立に関わっている予言を手に入れた。だが、どうやら今年の【
レナモンの視界をはやてはディーアークを使ってみる事が出来る。ソレを利用して予言の内容をディーアークが映し出した光景を撮って、新たな予言も手に入れたのである。
(やはりレナ以外への姿の変身は疲れるな)
自らの技である他人の姿をコピーする技である【
変身魔法と違って魔力反応などで魔導師などに正体をバレなくすると言う利点がある。更に言えばレナモンは、はやて達との訓練で演技力も向上しているのでそう簡単にバレる事は無い。特にカリムの事は自分達の世界で出会っているので、演技に問題は無かった。
しかし、はやて達と考えたレナの姿はともかく他人に変身して、しかも深く知っている人物の場合、その人物に成り切ってしまう。カリムへの変身中に口調が変わっていたのもそのせいである。
序に言えば【
「しかし、やはりこの世界の機動六課では荷が重すぎる予言だったな」
カリムの方には既に解読された予言がデータ上に残っていた。
『無限の欲望と神代の悪夢が交わりし時。
魔の時代の終焉の時が、刻み出す。
法の地に古の結晶が現れし時に、創生の時が刻まれ出す。
神代の悪夢の宿し翼に寄り空と地、そして世界より魔は消え去り。
死者は生者に、生者は死者へと変わり果てる。
かくして法と魔の世は終わり、無限の欲望に寄って新たな世が創生されん』
「……現在の世界の終焉と新たな世界の創生の予言。コレをこの世界の機動六課だけで防ぐのは不可能だ」
嫌な予感を感じていたが案の定、途轍もなく恐ろしい予言だった。
【寄生の宝珠】と言う存在を知っているだけに、間違い無くこのままでは予言は成就してしまう。
(ソレだけは何としても防がなければ……しかし、新たな予言か……恐らくは私達がこの世界に来た事に寄って発生した予言だろう……内容に寄っては本格的に機動六課と事を構える事に在るかも知れない)
そうレナモンは思いながら、フリートに借りた転送装置を使ってカリムの執務室から転移した。
それから数分後にカリムは目を覚まし、眠っていた事に気がついて慌てて部屋の中を確認するが、荒らされた形跡も無く、また後の調べで部屋の中には変な様子は発見出来ず、その件は連日の疲れに寄って眠ってしまったものだと判断されたのだった。
(普通に襲撃を掛けられるんだけど、八神さん)
六課の隊舎寮の管理人であるアイナ・トライトンに案内された部屋の一室の中で、今日機動六課を案内されて得た感想にタバネは頭を抱えたくなっていた。
予定通りに事は進んでいたが、潜入してみて分かった事は、機動六課の隊舎が他の地上の部隊の隊舎よりも護りが低いと言う事だった。部隊の実働部隊の人数の少ないせいで、主要メンバーが出撃していればその隙を衝くのは簡単としか言えなかった。
無論主要メンバーが離れて居る時に別働部隊が護衛についていれば別だろうが、機動六課は残念ながらソレが出来ない。何せ地上から嫌われている上に、本局からも援軍は望めないのだから。
無理やり地上に造った部隊ゆえに、これ以上本局が介入すれば本格的に地上と本局が対立してしまう。そうなれば、最早終わりとしか言えなかった。
(……やっぱり一度襲撃を掛けて危機感を持たせた方が良いかも知れない)
そうタバネは思いながら、部屋の中に用意された家具などにレナが持って来てくれた荷物を片付けて行く。
片づけが終わる頃には日が暮れて辺りが暗くなっていた。荷物を片付け終えたタバネは立ち上がると、本日のFWメンバーの訓練が終わっているのをベランダから確認すると、部屋から出て行くのだった。
夜も遅い時間帯。
正規の訓練を終えた後、僅かに休憩を挟んでティアナとスバルは再び自主練を行っていた。
本来ならば二人とも今日の正規の訓練で体力の底をついている状態なのだが、気合いでそれをカバーし自主練を行い続けていた。
息を整えるために二人は顔を俯けて、少し休憩を取る。その二人にゆっくりと一つの影が近づき、背後から二人に持っていた物を差し出す。
「はい、お疲れ様」
突然差し出された二つのスポーツドリンクが入ったペットボトルと聞こえて来た声に振り向いて見ると、タバネがスポーツドリンクを差し出していた。
「シ、シノさん!?」
「自主練お疲れ様。だけど、水分はちゃんと取っておいた方が良いよ」
そう告げながらタバネは二人にスポーツドリンクを渡して行く。
渡された二人はタバネを見つめるが、タバネは飲むように二人に示し、スバルとティアナはゆっくりとドリンクを飲んで行く。
飲み終えたティアナはタバネに顔を向けて、今朝の事を思い出して質問する。
「……また、今朝みたいに止めに来たんですか?」
「気がついていた?」
「……あの状況と言葉で分かりました」
「まぁ、分かるよね。ソレで、どうしてランスターさんとナカジマさんは自主練してるのかな? 日中にもかなり厳しい訓練をしてるのに? しかも、この自主練……上司の人達には内緒だよね?」
(其処まで分かってるなんて)
(この人やっぱり鋭い)
スバルとティアナはタバネの言葉に内心で驚いた。
実際、二人の自主練は機動六課の上司達には知られないようにやっている。何せに昼間の内に厳しい高町なのはの教導をやっている上での自主練である。その上、今二人がやっているのは高町なのはの教導とは相反している訓練なのだ。
基礎を中心としている高町なのはの教導に対して、スバルとティアナが今やっている自主練は個人の技術を磨き上げると言う訓練。短期間で現状戦力をアップさせると言う訓練を二人は昨日からやっていた。
「自主練の様子を見ていたけど、かなりキツイ内容でやっているよね。どうして其処までやってるの?」
「……放っておいて下さい。民間人の貴女に其処まで話す理由は無いですから」
「ティ、ティア! ちょっと言い過ぎだよ! す、すいません!」
スバルはそう言いながら、タバネに頭を下げるが、当のタバネは気にしていないと言うように笑みを浮かべて、ティアナに顔を向ける。
「じゃあ、ランスターさん。勝負しない?」
「勝負ですか?」
「そう。互いに十個のスフィアを出現させて、合図と共にソレを撃ち抜く。ナカジマさんにその時間を計測して貰って、スフィアを早く撃ち抜いた方が勝者。ランスターさんが勝ったら私は二度と二人の訓練の前に現れないし、貴女達の上司にも話さない。私に負けた場合はどうして自主練をしているのか、その理由を教えてくれるだけで構わないよ」
言われたティアナはタバネの提案を考える。
とは言え受けるしかない。何せスバルとティアナがやっている訓練は、上司である高町なのはに秘密にして行なっている訓練。知られれば確実に叱られる。
しかし、ソレが分かっていてもティアナは訓練を止める気は無かった。二度とアグスタでやった時のようなミスをしない為にも、何よりも強くなる為に自主練を止める気は無かった。
タバネが提案して来た勝負を受けないと言う選択肢も在るが、そうなれば高町なのはに報告されてしまうかも知れない。
「……分かりました」
「それじゃ、ナカジマさん。準備をお願いして良いかな?」
「は、はい」
スバルは頷くとすぐさま自身のデバイスであるマッハキャリバーに指示を出す。
その間にタバネは勝負の詳しい説明を改めてティアナに告げ、ティアナは頷くと共にクロスミラージュを構え出す。
タバネはティアナの準備が整ったのを確認すると、自身の首元に掛かっているデバイスを起動させる。
「【
《
起動音と共に
同時にタバネの右手に次々とデバイスのパーツが出現して行き、蒼い色合いの杖型のデバイスに合体する。
デバイスを起動させてバリアジャケットを纏ったタバネは、調子を確かめるように杖の形態になっている千変を確かめるように振り回し、演武を披露する。
見事なタバネの動きにティアナとスバルは思わず見入ってしまう。杖を振るうタバネの動きには、一切の無駄は無く、体捌きも杖の振り方も熟練した者だけが出来る動きだった。
準備運動を終えたタバネはティアナとスバルに改めて向き直る。
「始めようか」
『は、はい!』
見惚れてしまっていたのと、まるで高町なのはから教導を受ける時のような雰囲気を発するタバネに、ティアナとスバルは返事した。
返事を受けると共にタバネは白いスフィアを十個発生させ、二十メートル先の方に移動させて準備を終える。
「ナカジマさんの合図で射撃を開始。使う魔法は直射型だけ。どっちが早く相手が発生させたスフィアを十個全部撃ち落とせるかの勝負。内容に問題は無いよね?」
「はい」
ティアナは頷くと共にタバネが示した位置に移動し、両手にクロスミラージュを構える。
(この勝負で一番重要なのはスフィアを正確に撃ち落とせる精密射撃。そして連射性!)
「開始!」
「ハアァァァァッ!!」
スバルの合図と共にティアナはクロスミラージュから魔力弾を撃ち出した。
両手に握るクロスミラージュから合わせて十発の魔力弾が撃ち出され、スフィアを次々と破壊して行く。
最後の十個目のスフィアも破壊し終えると共にティアナは構えを解き、タバネに顔を向ける。
「……良い腕だね。止まっているスフィアだったけど、正確に狙いを付けていたし、どの順番から撃ち落とせば効率良く撃ち落とせて行けるのかも判断出来ていたみたいだね」
「ありがとうございます」
「次は私だね。千変、お願い」
《
タバネの意思に従い、千変は杖の形態から片手銃型の形態に変形した。
変形を終えた銃型の千変の調子を確かめるようにタバネは腕を動かし、驚いているスバルとティアナに顔を向ける。
二人ともタバネは杖型のデバイスを扱うタイプの魔導師だと思っていたのだ。何よりも杖の形態から銃の形態へと大幅に形状を変えるデバイスを、二人は見た事が無かった。
「あ、あのタバネさん? そのデバイスは?」
「名称は千変って言ってね。私の知り合いのデバイスマスターが造った物なんだよ。本当の私のデバイスの方は調整に時間が掛かるから、代わりにコレが護身用で渡されたの。さて、始めるからランスターさんお願いね」
「分かりました」
ティアナは頷くと共にオレンジ色のスフィアを出現させて、タバネが配置した位置と同じ場所にスフィアを配置する。
配置の確認を終えたタバネはティアナが立っていた場所に立ち、右手に銃形態の千変を構える。
「開始!」
スバルが合図を発し、ティアナはタバネがどんな形でスフィアを破壊するのか気になった。
自身と同じように銃タイプのデバイスを使うとは思っていなかったが、タバネとティアナでは明確な差が在る。
両手のクロスミラージュを使ってスフィアを破壊したティアナと違い、タバネは右手にしか千変を持っていない。二丁と一丁ではその時点で差が出てしまう。
開始の合図と共に発生させた魔力弾でしかスフィアを破壊しないと言うルールが決められているので、事前準備は出来ない。シンプルな魔力弾が一番スフィアを早く破壊出来るのだ。
故に片手にしか千変を持っていないタバネが不利にしかティアナとスバルは思えなかった。だが、次の瞬間、二人は信じられない光景を目にする。
「レール……ショット」
小さな声と共にタバネが呟いた瞬間、タバネが千変を向けていたスフィアが消滅した。
『ッ!?』
本当に一瞬としか言えない光景。
だが、その光景はタバネが千変をスフィアに向け、引き金を引くと共に広がって行く。
最終的にティアナがスフィアを破壊した時間よりも短く、全てのスフィアを破壊し終えたタバネは、千変を下に下げる。
「……ナカジマさん。勝負の結果は?」
「……シ、シノさんの勝ちです」
マッハキャリバーが示した時間を改めて見たスバルは、驚きながらも勝負の結果を告げた。
「私の勝ちだね。ランスターさん」
「……い、今、な、何をしたんですか?」
「撃っただけだよ。魔力弾を……こうしてね」
千変を近くの木に向けて構え、タバネは引き金を引いた。
ドンっと言う音が木から鳴り響き、何かに抉られたかのように木の幹が吹き飛んだ。
その光景にティアナとスバルは言葉が出せなかった。今の光景を見ればタバネが魔力弾を撃った事が分かる。
問題はその魔力弾の速度だった。視認出来ないのだ。どんなに速い魔力弾でも、魔力光のおかげで視認する事が出来る。だが、タバネの魔力弾は全く視認出来ないのだ。
引き金を引いた瞬間には、既に狙った対象に届いていると言う恐ろしく速い魔力弾だった。
「この魔法はね。私の友人が使っている魔法なんだ。『何ものも撃ち抜く』為の魔法。相手に防御も回避も絶対にさせない為に考えられた魔法なんだよ」
「防御も」
「回避も」
タバネの説明にスバルとティアナは思わず呟いてしまった。
実際に今、タバネが使った魔法を自分達に使われた時に対処出来るかどうか分からなかった。何せ引き金を引かれた次の瞬間には、狙われた対象に届いていると言う魔法なのだ。
視認も出来ず、音も無く相手に届く。恐ろしい魔法としか言えない魔法だった。
「(欠点も結構在る魔法なんだけどね)……さて、もう遅いし、私が泊まる事になった部屋で改めて聞かせて貰えるかな? どうして教導官に内緒で自主練をしているのかを」
「……はい」
結果に落ち込みながらもティアナは返事を返し、スバルと共にタバネが泊まる事になった部屋へと向かうのだった。
オリジナルデバイスとオリジナル魔法に関する説明。
名称:【
詳細:万能型特殊デバイスとして造り出されたデバイス。
デバイスのパーツ収納機能を特化させ、無数のパーツを内に所持し、状況に応じて形態変化を行なわせるデバイス。万能型の極限を目指したデバイスだが、現代の魔導師は基本的にスタイルを決めてそれを中心に進むために現代の魔導師では扱いきれない面が在る。しかし、完璧に操り切れれば恐ろしい力を発揮する万能型の最強デバイスを目指して開発されている。本来は万能型であるフリートが扱う為に造られたデバイスでは在るが、現在はなのはが使用している。だが、なのはでは完全に扱い切れず、杖の形態と銃の形態しか扱う事が出来ない。
名称:【レールショット】
分類:射撃魔法
詳細:視認さえ出来ないほどの速さで撃ち出す超高速の射撃魔法。但しアクセルシューターやクロスファイヤーショットのような誘導性は全く無く、放てばただ真っ直ぐに直進するしかなく、使用者の射撃の腕が何よりも重要視される。つまり、射撃の腕が全くない人物は使用しても旨く扱う事は出来ない。
なのはが相手に確実に当てられるのは、狙撃だけで動きながらでは良くて三割ぐらいの命中率しかない。しかし、本来の使い手である人物は動きながらでも八割と言う脅威の命中率を記録している。因みにこの魔法の開発経緯は訓練でなのはの砲撃やデジモンの必殺技を使われる前に、相手の動きを邪魔する為に考えられた魔法である。