漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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今回の話には重要な本編のネタバレが出ています。
ソレが嫌だと言う方はプラウザバックでお願いします。




 機動六課の敷地内をティアナとスバルは、タバネを案内しながら互いの事を話していた。

 

「へぇ~、じゃあシノさんは嘱託魔導師だったんですね」

 

「元だけどね。今は喫茶店の店員なんだよ」

 

「どうして嘱託魔導師を辞めたんですか?」

 

「……昔、ちょっと大怪我してね。それでもう魔導師としてはやっていけないって、判断されて資格を取り消されたんだ」

 

「あっ……すいません」

 

 聞いては行けない事を聞いてしまったと思い、スバルはタバネに謝罪した。

 横で聞いていたティアナも罰悪そうな顔をするが、タバネは全く気にした様子は見せずに微笑む。

 

「気にしないで。色々と在ったけど、喫茶店で働くのは楽しいから」

 

 本当に楽しそうにタバネは笑顔を浮かべ、ティアナとスバルはタバネが嘱託魔導師を辞めた事を悔いていないと理解した。

 今の仕事に心の底から充実している事は、タバネの雰囲気から察する事が出来る。

 

「でも、まだまだでね。一緒に働いている皆や喫茶店を経営しているお父さんやお母さんには迷惑かけ通しなんだよ」

 

「親子で喫茶店を?」

 

「うん。でも、本当にまだまだでね」

 

「……ちょっと意外です。シノさん確りしてそうですから」

 

「私まだ十九歳なんだよ? 私よりも長く喫茶店をやっているお母さん達に比べたらまだまだに決まっているでしょう」

 

『えっ? 十九?』

 

 思わずティアナとスバルは同時に呟いてしまい、マジマジとタバネを見てしまった。

 タバネの発する雰囲気は下手な大人よりも大人びているので、てっきりもっと年上かと二人は思っていたのだ。

 それを察したタバネは落ち込みながら、ティアナとスバルに尋ねる。

 

「……もしかして二人とも? 私の事、もっと年上だと思ってた?」

 

「い、いえ」

 

「お、思って無いですよ」

 

「……そういう事にしておくね。あんまり深く突っ込むと、私の方がダメージ大きくなりそうだから」

 

 自分でも精神年齢が実年齢よりも上がっている自覚はあったが、こうして他人に指摘されると何気にショックだった。

 だが、ある意味では仕方が無いだろう。タバネがコレまで戦って来た相手は、冗談抜きで神や魔王の称号が相応しい相手ばかりで、魔導の師匠も超越的な存在なのだ。コレだけとんでもない存在を相手にしていて、精神年齢が実年齢よりも下と言う事は在り得ない。

 何気に自分が常識から外れた人生を送って来たのだと改めて理解したタバネは、思わず遠い目をしてしまう。

 ティアナとスバルはその様子に指摘しては行けない事をしてしまった事に気がつき、どうすれば良いのかと顔を見合わせる。

 すると、横を歩いていたタバネの足が突然に止まった。一体どうしたのかとティアナとスバルが前を見てみると、隊舎の入り口から教導隊の制服を着た高町なのはが出て来た。

 

「あっ! なのはさん!」

 

「スバル、それにティアナ。早いね。まだ、早朝訓練の始まりの時間じゃないのに」

 

「いえ、ちょっと」

 

「ん? それでそっちの人は誰かな? 六課の人じゃないみたいだけど」

 

「え~と、此方は」

 

 ティアナはタバネを紹介しようするが、その前にタバネがなのはに近寄り笑みを浮かべながら挨拶する。

 

「初めまして、タバネ・シノです」

 

「えっ?」

 

 タバネの口から聞こえて来た声に、思わず高町なのはは驚いた。

 今、タバネの口から聞こえて来た声は、毎日聞いている声。自分の声だった。

 

「貴女が高町なのはさんですね。昨日フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさんや八神シャマルさんが言っていました。私と似た声の人だって」

 

「……もしかして貴女が昨日の夜にフェイトちゃんに保護された人ですか?」

 

「はい。そうですよ、機動六課分隊長さん」

 

(ねぇ、ティア? シノさんの雰囲気がちょっと変わったような気がするんだけど、気のせいかな?)

 

(そんなの分かんないわよ。でも、やっぱりシノさんとなのはさんは別人だったわね)

 

 念話でスバルとティアナはやり取りし合った。

 もう分かり切っていた事だが、こうしてタバネとなのはの二人が出会ったのだから、二人はやはり別人と言う何よりの証拠。しかし、こうして二人の声を聞いて見ると、やはり同一の声にしか聞こえない。

 世の中には似た人が何人かいると言うが、声だけが似た人もいるのだとティアナとスバルは思わず感心してしまった。

 

「シャマルさんから聞いていると思いますけど、後で部隊長から昨晩の事情を改めて聞かれる事になると思います」

 

「はい。それじゃ、ランスターさん、ナカジマさん。此処まで案内してくれてありがとう。訓練、頑張ってね」

 

「あっ、医務室まで案内しなくて大丈夫ですか?」

 

「此処から先は大丈夫だから……訓練で無理はしないでね」

 

 タバネは心配そうにするティアナの肩に手を置きながら、高町なのはに聞こえるぐらいの声で呟いた。

 その言葉にティアナはハッとした顔をし、スバルも思わずタバネに目を向けてしまった。二人には訓練の激励をしていると思っている高町なのはとは違い、タバネの言葉の本当の意味を察する事が出来た。

 つまり、タバネが自身が迷子になっていると告げたのは、ティアナとスバルの訓練を止めさせる口実だったのだ。タバネの目から見て、二人の訓練は機動六課で行なわれている正規の訓練に疲れを残してしまうレベルでの訓練だった。

 疲れが残らないレベルでの自主練ならば止めるつもりは無かったが、明らかに疲れを残すレベルでの訓練だった為に、迷子と言う口実を使って訓練を中断させたのである。

 

(昨日もやっていただろうから、オーバーワークになっていた筈……それなのに昨日の時点で気がつかなかった)

 

 思わずタバネは左手を強く握ってしまう。

 会いたくは無かった。会えば確実にストレスが溜まると、コレまでの経緯から分かり切っていた。

 だが、ティアナも事情が在る程度分かってしまったので放置は出来なかった。

 同時にタバネは理解してしまった。機動六課隊長陣が、今だにティアナがミスショットをした原因に気がついていない事を。

 

(……もしかして!?)

 

 フッとタバネは一つの可能性が在る事に気がついた。

 機動六課隊長陣はティアナのミスショットの原因に気がついていないのではなく、別の事が原因でミスショットを引き起こしてしまったと勘違いしている可能性に。

 無意識に表情が変わらないように意識しながら、タバネは笑みを浮かべてティアナとスバルに告げる。

 

「訓練を頑張ってね。それじゃ」

 

 タバネはそう告げると共にティアナ、スバル、高町なのはに背を向けて機動六課隊舎内へと入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダの首都クラナガンの街中にあるそれなりの大きさを持ったアパートの一室。

 そのアパートの一室の中でフリートは、はやてと共に現在の状況を平行世界にいるリンディに報告していた。

 報告を聞いたリンディはフリートが予測していた最悪の事態に事が及んでしまっている現状に、頭が痛いと言う気持ちで一杯だった。

 

『……最悪ね。よりにもよって、フリートさんが予測していた最悪の事態に既になっていたなんて』

 

「えぇ、正直言葉も無い状況です。とは言え、本当にもう打てる手が少なくなって来ました」

 

 実際、フリート達が打てる手は少ない。

 幾ら個人の実力が高くても、【寄生の宝珠】によって未知の進化を遂げているであろう【聖王のゆりかご】に対処し切れる可能性は低い。何せ時空管理局と言う巨大な組織と、その組織が関係している世界全てを滅ぼす為の進化だ。

 ほぼ間違いなく大軍勢で攻めて来るに違いない。幾ら究極進化を会得しているなのはとはやてでも、ミッドチルダ全土に同時に攻められでもしたら、護り切れる訳が無いのだ。

 因みにフリートが本気の全力を発揮すれば、取りあえずミッドチルダだけで被害は治まるが、結局数え切れない人々に犠牲者が出るのは間違い無かった。

 

「一応方針としては、地上本部と手を結ぶつもりですが……何処まで持ち堪えられるかのレベルです」

 

「だから、リンディさん……増援を頼めませんでしょうか?」

 

 フリートとはやてがリンディに連絡を取った理由は一つ。

 新たな戦力の補充だった。事が起きた時に、少しでも犠牲者を減らす為にも、自分達の世界から増援を頼むしかない。

 リンディも充分に納得出来る事情なのだが、残念ながら増援をすぐに送れると言う保証は出来なかった。

 

『事情は分かったわ……確かに増援が必要なのも……だけど、ごめんなさい。ちょっとすぐには無理なのよ』

 

「あぁ、やっぱり、ブラックは無理でしたか」

 

『えぇ。事情を説明したんだけど……『意思の無い奴らと戦ってもつまらん。自分達で勝手に危険物を放置したのだから、自分達で処理すれば良い』って言って……聞く耳も持ってくれなかったわ』

 

 分かりきっていた事だが、やはりブラックの援護は無理だった。

 戦闘狂のブラックでは在るが、求めている相手は強い意志や信念が宿っている相手。【寄生の宝珠】は確かに絶大な力を持っているが、それはあくまで覚醒した場合であり、またブラックが求めている様な敵ではない。

 無論改めて現状を説明すれば、ブラックも興味を覚えるだろうが、確実な援護は期待出来ない。何よりも今回の件には管理局の不備の部分も存在している。他人の尻拭いどころか、自分達で災厄を放置しているような状況なのだから、ブラックが確実に動く保証は何処にもない。

 フリートが動いているのもあくまで【寄生の宝珠】がアルハザードに関係する物だからであり、はやて達にしても無関係な一般人に犠牲を出さない為でしかない。

 それにブラックが来ても、既に覚醒して動き出している【寄生の宝珠】の脅威を止め切れる保証が無いのだ。

 最終的には【寄生の宝珠】を止められるだろう。だが、その過程でどれほどの犠牲者が出るか分からない。

 最早強力な個では解決し切れない事態になってしまっている。必要なのは強力な個ではなく、軍の戦力。

 ソレに該当する存在が、フリート達の世界には存在している。

 

『……その上、事態が其処までになっているなら、やっぱり』

 

「えぇ……好転させるのには、あの子とそのパートナーデジモンの力が必要です。個の究極体じゃなくて、群の究極体」

 

『……【冥府の炎王】イクスヴェリアさんとそのパートナーデジモンであるクラモンの力が必要になってしまったのね』

 

 【冥府の炎王】イクスヴェリア。

 古代ベルカの王の一人であり、現代で目覚めた。様々な経緯に寄ってクラモンと言うパートナーデジモンを得て、究極進化も会得している。

 しかし、七大魔王デジモンとの決戦の後、イクスヴェリアとクラモンは自らの究極進化を封印した。その理由はイクスヴェリアとクラモンが会得した究極進化の個体が、個の究極ではなく、群の究極だったからだった。

 究極体のデジモンはそれぞれ個を極めていると言って良い。だが、その究極体の中で群と言う究極を極めたデジモンが存在している。イクスヴェリアとクラモンはそのデジモンへと進化出来るのだ。

 故にイクスヴェリアとクラモンは究極進化を【デジタルワールド】の守護デジモン達に頼み封印したのである。

 群の究極体デジモンは恐ろしい脅威を何れ人々に抱かせてしまう。その事を古代ベルカ時代の戦争を経験したイクスヴェリアは悟り、クラモンとの絆の象徴でありながらも封印を決意したのだ。

 

『……事情を説明すればイクスヴェリアさんとクラモンは協力してくれるでしょうけど……問題は』

 

「守護デジモンの方々にどう説明すれば良いのかですよね」

 

「平行世界に干渉するなって、言われるのが目に見えてますわ」

 

 フリート達が現状やっている事は、幾ら理由が在ったとしても本来ならばやってはならない平行世界への干渉である。守護デジモン達が封印を解除してくれるとは思えない。

 

『……一つだけ、方法が在るには在るんだけど……恐らくブラックが事情を聞けば喜んで協力してくれるわ』

 

「……あぁ、確かにソレしか無いですね」

 

「ブラックウォーグレイモンにしか出来ない手段ですわ」

 

 話し合いで納得出来なかった時に使う最後の手段。

 つまり、守護デジモン達と戦い、許可を得ると言う手段。ブラックならば喜んで手伝ってくれるに違いないが、時間の問題が在る。

 前回の世界のスカリエッティの行動を考えるならば、先ず間違い無く本格的に動き出すのは、地上本部で行われる【公開意見陳述会】の時しかない。時空管理局の名誉を潰し、尚且つ次元世界を震撼させるには打って付けの時。

 【寄生の宝珠】に寄って次元世界を滅ぼす為に進化した【聖王のゆりかご】は、その時に一気に動き出す可能性が高い。【寄生の宝珠】はただ無計画で世界を滅ぼす訳ではない。効率的に世界を滅ぼす為の最悪のアルハザードの兵器なのだ。時間の流れが違うとは言え、【公開意見陳述会】が行なわれる時までに四つの【デジタルワールド】に赴き、守護デジモン達から封印の解除許可を得なければならない。間に合うかどうかは残念ながら分からないとしか言えなかった。

 

『すぐにブラックに提案して動いて貰うわ……絶対に喜んで協力してくれるから、この件は安心して頂戴』

 

「分かりました。後イクスヴェリアちゃんとクラモンには謝っておいて下さい。せっかくのヴィヴィオちゃんと友達とのピクニックを邪魔する訳ですから」

 

「後日必ず埋め合わせはさせて貰います」

 

『分かったわ……で、話は変わるけど、なのはさんが其方の世界の機動六課に行ったそうね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「皮肉な事に、機動六課はこの世界のスカリエッティに狙われる理由が在り過ぎる部隊ですんで」

 

 最終的なスカリエッティの目的は、【生命操作技術の完成】。

 機動六課には【プロジェクトF】で生み出されたフェイトにエリオ。そして【戦闘機人】のスバルが居る。【生命体操作技術の完成】を目指し、世に認めさせようとしているスカリエッティが狙うのは充分な理由だった。

 だが、現在の世界でソレが認められる訳が無い。例え革命と言う形でも結局は認めない者達との争いになる。

 もしもスカリエッティが望む世界を創るとしたら、それこそ一度世界を滅ぼして新たに創り直すしかない。

 

「アイツにだけは【寄生の宝珠】が渡ったら不味かったんです。何せ【寄生の宝珠】はどんな使い方をしても、結局世界を滅ぼす以外に使い道はありません。普通ならば絶対に使う筈が無い筈なんですけど、スカリエッティだけは別なんです。奴と【寄生の宝珠】の相性は良過ぎます」

 

 世界を滅ぼす【寄生の宝珠】と、新しい世界を創ろうとしているスカリエッティ。

 普通ならば誰も使おうとさえ思わない【寄生の宝珠】だが、スカリエッティだけは使用しても、被害は最小で済む。いや、寧ろスカリエッティが知らない情報さえも、【寄生の宝珠】は解析してしまうのだから、メリットの方が多い可能性さえも在る。

 

『……とにかく、なのはさんが機動六課に居るなら最悪の事態だけは防げそうだけど……問題は堪えられるかどうかね』

 

「一応【レイジングハート・エレメンタル】は、持って行かせませんでしたよ。アレは調べられたらロストロギア認定を受ける代物ですから。代わりにレナモンが、私が造った現代で造れる範疇のデバイスを届けに向かってます」

 

「さっき機動六課から連絡が来ましたんで、今頃はもう届いていると思います」

 

『…………ねぇ、フリートさん?』

 

「ん? どうしました、リンディさん?」

 

 長い沈黙の後に声を掛けて来たリンディに、フリートは訝しんだ。

 今回は何の問題も無い筈。行動は慎重に行なっている上に、機動六課行きの申し出はなのはから出たもの。それになのはに届く予定のデバイスも、現代の技術で充分に造れるデバイス。

 確かにちょっと普通のデバイスマスターでは考えないし、考えても実行するだけ無駄にしかならないと言うコンセプトで造られたデバイスなのだ。完全に趣味の範囲にしか思えないデバイスなので、問題が無い筈なのだ。

 そうフリートは考えていた。だが、リンディは違った。

 

『……普通にデバイスが届いたら、どうすると思うの?』

 

「まぁ、少し検査ぐらいは受けると思いますけど、別に今回は問題が無い筈ですよ。だって、本当に現代の技術でも充分に造れるデバイスですから。私の世界の技術は一切使っていませんし、デジゾイドも一切使っていません。あくまで、本当に現代のデバイスに使われている金属類しか使ってませんから」

 

『そうね。確かに一見すれば、問題は無いでしょうね。でもね、重大な事を貴女は忘れているんじゃないかしら?』

 

「えっ?」

 

『貴女が造ったデバイスと言うだけで問題なのよ!? 忘れたの!? クイントさんから頼まれて現代の技術で造れる範囲のデバイスを、スバルさんとギンガさんに送った時の出来事を!?』

 

「……あっ」

 

 言われてフリートは思い出し、ポンと手を叩いた。

 事情が分からないはやては首を傾げる。しかし、スバルとギンガのデバイスと言う単語で徐々に理解して行き、驚いた顔をしてフリートに振り向く。

 

「あの二人のデバイスを造ったのは、フリートさんやったんですか!?」

 

『そうよ。クイントさんに頼まれてフリートさんが造ったのよ。最初は私も問題が無いと思ったんだけど、送って見たら地上本部にゲンヤさんが持ち込んで解析して、その結果』

 

「……地上本部の所属のデバイスマスターが、何故かあの二つのデバイスを至高の芸術品だとか叫んでしまい、同じ物を造り上げる為にマッド化が進んでしまったんですよね」

 

 そもそもフリートの技術力は、現代でロストロギアと呼ばれる物を解析して同じ物を造れるレベルである。

 つまり、現代レベルに技術力を抑えても、現代で最高峰の代物が出来てしまうのだ。本人が劣悪な物を造ろうとすれば別だが、ソレは技術者としての誇りが赦さないので無理。

 

「いや~、でも今回は問題ないですよ。だって、この世界の機動六課は、地上で仲の良い部隊なんてほんの僅かなんですよ。しかも、機動六課でデバイスの調整を扱っているのは一人だけですから」

 

『その一人に凄い影響が出ると思うのは、私の気のせいかしら?』

 

「別に良いんじゃないですか? ハッキリ言ってデバイスマスターとして三流ですから」

 

『……随分と棘が在るわね。貴女にしては珍しいわ』

 

 基本的にフリートは自身よりも技術が劣るとは言え、その技術者を貶めたりはしない。

 それぞれの技術者の独自性さえも、フリートに取っては研究対象なのだから。だが、例外が在る。

 技術者として最低限のルールすら護らない者に対しては、フリートは何処までも辛辣になるのだ。

 嘗てなのはが使っていた初期段階の【レイジングハート・エクセリオン】など、フリートに取っては赦せる代物では無い。

 そして機動六課はそのフリートの琴線に触れてしまう事をやってしまっていたのだ。リニアレールの事件の時に。

 

「リンディさん……私は自分の造る物を誰かに渡す時は、入念にチェックして渡します。今回なのはさんに渡す予定のデバイスも調整しましたし、私達の世界のクイントさんの娘さん達にデバイスを送る時も、ゲンヤ・ナカジマに注意事項の紙の束を送り付けました。ですけど、機動六課のデバイスマスターはやってしまったんですよ。微調整が完全に済んでないデバイスをFWメンバーに渡して、任務に参加させると言う事をね」

 

『……ハァ~、貴女が怒るには確かに充分な理由ね』

 

 技術者として到底見過ごせない事なのだ。

 いきなり渡された物を即座に扱い切れる者は先ずいないと言って良い。例え扱う者のデータを基にして造った物だとしても、性能の差と言う問題が在る。幸いと言って良いのかは分からないが、リニアレールの時に問題は起きずに済んだ。

 だが、ソレで済ませられる事態では無い。例えばキャロの竜召喚だが、リニアレールの時が本当に初めての成功だった事も、フリート達は既に調べ上げている。微調整が完全に済んでいないデバイスで、竜召喚が成功したのは本当に運が良かったと言って良い。そのぐらい竜召喚とは扱いが難しく、危険な魔法なのだ。

 でなければ、とっくの昔にこの世界のキャロは竜召喚を成功させていただろう。

 

「私も知った時は、胃が痛くなりましたわ。いや、ほんまにこの世界の私は何してるんやて思いました」

 

『……耳が少し痛いわね』

 

 昔、なのはにぶっつけ本番で尚且つ当時は研究段階だったカートリッジシステム搭載のインテリジェントデバイスを渡した過去が在るリンディにとっては、少しばかり耳が痛かった。

 

「と言う訳で、影響が出ても今回は私責任取りません。寧ろ影響を受けて良い方向に転ぶんじゃないですかね」

 

『其処まで言うなんて……ハァ~、なのはさんがキレない事を本当に願うしかないのね』

 

「正直キツイと思いましたから、リンディさん愛用の胃薬を渡して置きました」

 

『私愛用と言う時点で、凄く不安になったわ。とにかくこっちも急いで動くから、其方も出来る事を全部やって頂戴。今回ばっかりは、フリートさんも全力でね』

 

「言われなくてもそのつもりですよ。既に手は打っています」

 

「なのはちゃんにデバイスを届けたら、レナにはそのまま聖王教会への潜入を頼んでます。リインとガブモンにはガジェットの捕獲を頼みましたわ」

 

「どうにも可笑しいんですよ。【寄生の宝珠】がスカリエッティ達側に在るなら、あの程度の機動兵器で済む筈が無い筈なんです」

 

 【寄生の宝珠】がスカリエッティ側に在るならば、ガジェットの性能が余りにも低過ぎるのだ。

 本来ならばフリートが予測していたレベルのガジェットが、ミッドチルダ中に飛び回っていても可笑しくない。だが、管理局が確認しているレベルのガジェットは【寄生の宝珠】が関わっているとは思えないぐらい低レベル。

 だからこそ、フリートはウーノがオークションに現れるまでスカリエッティ側に【寄生の宝珠】が存在しているとは思って無かった。

 

『……確かにそうね。幾ら【寄生の宝珠】とスカリエッティとの相性が良いとは言え、フリートさんの話だと本来は【寄生の宝珠】は制御出来ない代物の筈だから……その辺りはどう考えられるのかしら?』

 

「う~ん……もしかしてですが、スカリエッティの奴。使い方を間違ったのかも知れません」

 

「間違った? どう言う意味ですか? ソレは?」

 

 思考が機動六課の部隊長に戻っているはやては、少しでも情報を得ようとフリートに質問した。

 

「【寄生の宝珠】は説明した通り、先ず相手側の情報を収集する事から始まります。最後の【寄生の宝珠】がスカリエッティの所に在る前は、何処に在ったのかは不明のままですが、もしもオークションに出展された【寄生の宝珠】と違い、録に情報も集められない状況に在って、情報が不十分な状態で起動した場合、【寄生の宝珠】は情報取集を最優先にします。因みにこの場合の起動には問題が在りまして、情報を集め終えた後の起動と違って、直接データ取集が行なわれてないので、長い間、世界を滅ぼす為の最適化が出来ず、最適化前に破壊する事が可能なんですよ」

 

「せやったら、まだ、間に合うんじゃないですか!?」

 

「……無理でしょう。ガジェットが姿を現して、もう何年も経っているんですよ。既に充分な最適化状態になっている可能性が高いです。探知機器を総動員しても、【聖王のゆりかご】を見つけられずにいるのが何よりの証拠です」

 

『楽観視は出来ないわね。それじゃ、そっちも出来る事は全部やって頂戴ね』

 

 そう告げると共に、リンディとの通信が途切れ、フリートとはやては即座に今後の行動に関して念入りに話し合いを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎内の食堂。

 昼食の時間と言う事で隊員達で賑わい、それぞれ思い思いに食事を取っていた。

 その中にはFWメンバー四人の姿も在り、四人は仲良く昼食を取っていた。

 

「へぇ~、そのタバネさんって人。そんなになのはさんに声が似ているんですか?」

 

「うん! もうソックリ! ティアから聞いていたけど、私も聞いてなのはさんと勘違いしちゃったんだよ」

 

 四人の話題は、やはり高町なのはの声と瓜二つのタバネの事だった。

 容姿は全く違うが、声だけはソックリなので姿を見ずにタバネの声だけで判断すれば、高町なのはと間違ってしまうほどなのだ。

 

「でも、どうして機動六課に居たんですか? その人、局員じゃないんですよね?」

 

「何でも暴漢に襲われたそうよ。ソレを分隊長に助けられたって言っていたわよ」

 

「ソレ、多分フェイトさんの事ですよ。昨日も帰りが遅かったみたいですから」

 

「フェイトさんなら、やっぱり犯人は捕まえたんですよね」

 

「残念だけど、まだ捕まってないよ」

 

『ッ!?』

 

 突然聞こえて来た声に四人が振り向いて見ると、両手で昼食が載ったトレーを持っているタバネの姿が在った。

 

「相席良いかな? どのテーブルも局員さん達が座っていて」

 

「あっ、どうぞ」

 

「ありがとう、ランスターさん」

 

 相席を了承してくれた事に礼を言いながら、タバネは席に座った。

 そのままタバネの声に驚いていると、エリオとキャロに顔を向ける。

 

「ゴメンね。仲良く話していたのに、お邪魔しちゃって。自己紹介をするね。私はタバネ・シノ」

 

「いえ、構いませんよ。僕はエリオ・モンディアルです」

 

「キャロ・ル・ルシエです……でも、本当に」

 

「ね。なのはさんの声にそっくりだよね」

 

「馬鹿!」

 

 ティアナはタバネが高町なのはの声に似ている事を気にしていた事を思い出し、スバルを注意した。

 スバルもティアナの注意で思い出し、申し訳なさそうにタバネに頭を下げる。

 

「すいません、シノさん」

 

「ううん。別に良いよ。私も高町なのはさんの声を聞いた時は驚いたから」

 

「アレ? そうだったんですか? 何だかあんまり驚いてなかったみたいですけど」

 

「その前から何度も言われてたからね。会う人と皆から似てるって言われてたら、凄くは驚けないよ」

 

「ハハハハハハハッ、そ、そうですよね」

 

「……それで、シノさん? さっき暴漢は捕まっていないって言ってましたけど、本当なんですか?」

 

「うん。本当だよ……残念だけどね」

 

 僅かに顔を暗くしながらタバネが告げた事実に、ティアナ達は思わず顔を見合わせてしまった。

 彼女達に取って隊長陣達は、任務を必ず熟せるエキスパートの管理局員と言う認識だった。リニアレールの時も空戦型のガジェットの軍勢を僅か二名で破壊し、アグスタでも戦闘の始まりの頃は三名だけで戦況を支えていた。

 その隊長陣の一人であるフェイトが犯人を取り逃がしたと言う事実は、ティアナ達に取っては驚きだった。特にフェイトと親しいエリオとキャロは、まさかと言うように驚いている。

 タバネはその四人の姿に危機感を覚える。

 

(やっぱり不味いね。無意識の内に隊長陣が居るから大丈夫だと思ってる。早めに認識を直さないと、大事な場面で危なくなるかも知れない)

 

 隊長陣達は管理局内でエリートで高ランクの魔導師だが、結局のところは一人の人間でしかない。

 一人では出来る事に必ず限界が在る。だが、隊長陣の高い実力と実績のせいでFWメンバーはその事実を認識し切れていなかった。

 

(これは思ったよりも厄介な事になりそう。この世界の私は、自分の失敗とか語って無いのかな?)

 

 何も技術を鍛えるだけが教導ではない。

 自分が失敗した事や経験した事を語り、過ちを犯さないようにする事も重要なのだ。

 因みにタバネの師匠であるフリートはその点は確りして教えていたが、本人が凄まじいウッカリ屋なので、反面教師と言う形でタバネは学んだ。

 冗談抜きでフリートがやらかした数々の事態に弟子であるタバネは何度も酷い目に在ったりしている。おかげと言うべきなのか、魔法に関して以外本気でタバネはフリートを尊敬していなかった。フリート本人がタバネの考えを聞けば、また部屋の隅でいじけるだろう。

 

「(フォローしたくは無いけど、此処は仕方が無いか)……まぁ、仕方が無いよ。その時には私を護りながらだったし、襲撃犯が他にも居る可能性が在ったからね」

 

「……確かにそうですね」

 

 タバネの説明にティアナは納得したように頷いた。

 説明された状況から考えても、戦闘場所は人通りが少なくても街中。加えて言えば突発的に起きた出来事だったので、満足な支援も受けられなかった状況。その状況下では流石にフェイトも犯人を捕らえきれるとは思えない。

 無論そう言う状況下になるようにタバネ達が仕組んだ事なのだが。

 他の面々も徐々に納得出来て来たのか頷き、スバルが改めてタバネに目を向けてみると、今朝には無かった緑色の宝石のような物が付いたネックレスが掛かっていた。

 

「アレ? タバネさん? それって?」

 

「コレはさっき友達が届けてくれたデバイスだよ」

 

「えっ? でも」

 

「スバル。タバネさんは嘱託魔導師を辞めたけど、魔導師までは辞めてないって事でしょう」

 

「うん。大怪我を負って魔力が少なくなったから嘱託の資格は無くなったけど、魔導師は辞めてないよ。運が悪い事に、丁度メンテナンスにデバイスを出していたせいで昨日は何も出来なかったけどね」

 

「そう言う事もタバネさんの襲撃者は調べていたんでしょうか?」

 

「……其処までは、ちょっと分からないかな」

 

 困ったようにタバネは告げた。

 ティアナはその様子に隊長陣から口止めされている事を察した。そもそもタバネが今だに機動六課に居ることこそが可笑しいのだ。昨日は夜遅かった為に事情を詳しく出来なかったのだろうが、既に昼の時間帯。

 午前中だけで事情を詳しく聞くのには充分なのに、タバネは機動六課に残っている。

 

(ただの暴漢じゃないのかも知れないわね。タバネさんを襲った犯人は)

 

 そうは思いながらも、ティアナには推測する事しか出来ない。

 タバネから聞こうにも、どうやら隊長陣から口止めされているらしく、事情を詳しく聞く事は出来ない。

 何れ隊長陣から説明が在るだろうと思いながらタバネに目を向けてみると、タバネはスバル、エリオ、キャロと仲良く話していた。

 ティアナもその話の中に加わり、それなりに楽しい昼食を五人は過ごしたのだった。




次回はまた本編の更新です。
今回の話で出た人物は本編の方でも近い内に出ます。

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