漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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 ホテル・アグスタの護衛任務から一日後の深夜に近い時間帯。

 機動六課のライトニング分隊隊長であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、愛車に乗って機動六課の隊舎に帰還しようとしていた。

 広域次元犯罪者であるジェイル・スカリエッティの捜査などで外に出ていたので、戻る時間帯が遅くなってしまっていた。

 

(すっかり遅くなっちゃた。早く機動六課に戻らないと)

 

 そう、フェイトは思いながらハンドルを操作する。

 しかし、フッと横道に目を向けた瞬間、急ブレーキを踏み、車を止めて運転席から外に降りた。

 迷う事無くフェイトは目にした光景の方へと待機状態のバルディッシュを取り出して、走り出すのだった。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 荒い息を吐きながら黒髪をポニーテルにした女性が、何かに追われるように人通りの無い道を必死に走っていた。

 本来ならば人の多い明るい道を女性は向かいたかったが、追手がそうはさせてくれず、人通りの無い路地裏にまんまんと追い込まれてしまった。それでも女性は必死に走る。

 だが、必死に走り続けた女性の前には道が無かった。

 

「い、行き止まり!?」

 

「……此処までだな」

 

「ッ!?」

 

 背後から聞こえて来た声に女性が振り向いた瞬間、四枚の札のような物が女性に向かって飛んで来た。

 四枚の札は女性の四肢にそれぞれ張り付き、札を放った主が右手を印のように組むと共に札が輝く。

 

「縛ッ!」

 

「キャアッ!?」

 

 札が輝くと共に女性の両手は勝手に頭上で合わさり、両足も同様に合わさった。

 そのまま僅かに女性の体が宙に浮かび上がり、札を放った主がゆっくりと姿を現す。

 現れた者は地球の大昔の日本の陰陽師が着ていたような服を纏い、両手を長い袖の下に隠し、腰の辺りから狐のような尻尾を生やした生物が、白磁の目の部分しか穴が開いてないのっぺりした面を被っていた。

 ゆっくりと陰陽師らしき何者かは札で動けなくなった女性に面に隠した顔を向ける。

 

「タバネ・シノ。貴様は見てはならないものを見た。故に消えて貰う」

 

「わ、私は何も!?」

 

「疑わしき者には消えて貰うのが、我らのやり方。さらば」

 

 陰陽師は、今度は両手を合わせて素早く印を組んで行く。

 女性-タバネ・シノの顔は恐怖で歪み、陰陽師は止めの一撃を放とうとする。

 だが、突如として陰陽師は飛び上がり、背後から高速で接近し、ハーケンフォーム状態のバルディッシュを振り抜いたフェイトの一撃を避けた。

 

「クッ!」

 

 奇襲を避けられたフェイトは悔し気な声を漏らしながらも、そのままタバネを拘束している札に攻撃を加えて拘束を解いた。

 フェイトはタバネの腰を抱いて、陰陽師の姿をした何者かから離れ、バルディッシュを突き付ける。

 

「時空管理局機動六課所属フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。民間人への殺傷行為の罪により、逮捕する!」

 

「……機動六課……やはり」

 

「やはり?」

 

 聞こえて来た声にフェイトは訝しむが、陰陽師はフェイトに構わずにタバネに面を向ける。

 

「コレでハッキリした……貴様はやはり見たな」

 

「わ、私は本当に何も見てないです!」

 

「えっ!?」

 

 タバネの声を聞いたフェイトは驚いてタバネに顔を向けた。

 今、タバネの口から聞こえて来た声は、機動六課に居る筈の高町なのはと同じ声。

 一体どういう事なのかと、フェイトが疑問を覚えるが、疑問の答えを出す前に、タバネに向かって黒い細長い何かが飛んで来る。

 

「クッ!?」

 

 状況が分からないながらも、フェイトはバルディッシュを振るい、タバネに向かって放たれた棒手裏剣を弾く。

 すぐさま自身の周りに四つ環状の魔法陣を発生させ、棒手裏剣を投げた陰陽師に向かって撃ち出す。

 

「プラズマランサーー! ファイヤ!」

 

 フェイトが撃ち出したプラズマランサーは、陰陽師は慌てる事無く、袖の下から数枚の札を放ち、素早く印を組む。

 

「散ッ!」

 

 陰陽師の掛け声と共に札が輝き、向かって来ていたプラズマランサーは札が散ると共に消え去った。

 

「AMF!?」

 

 魔法が効果を発揮する事無く消え去った現象に、フェイトは叫んだ。

 しかし、フェイトの予想が間違っていると言うように、バルディッシュから報告が届く。

 

《AMFは感知出来ませんでした》

 

「AMFじゃない? じゃぁ、今のは?」

 

「悪いが、此処までにさせて貰おう」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 逃げようとする陰陽師の姿に、フェイトはタバネを地面に下ろして素早く陰陽師に近づく。

 

Haken(ハーケン) Slash(スラッシュ)

 

「ハァァッ!!」

 

 フェイトが振り抜いた一撃は、陰陽師の体を切り裂いた。

 その事実にフェイトは目を見開く。フェイトは非殺傷設定を使って攻撃したのだ。なのに陰陽師の体はまるで紙のように切り裂けた。

 思いがけない事態にフェイトが固まった瞬間、切り裂いた陰陽師の体が崩れ、大量の札に変化した。

 変化した札は上空に舞い上がり、その先に浮かんでいた陰陽師の両袖の中に入って行く。

 月を背に浮かぶ陰陽師の姿を、フェイトは呆然と見上げる。

 

「我が名はタオ」

 

「……タオ?」

 

「タバネ・シノ。貴様の命は今暫く奪わずに置こう」

 

「だから、私は本当に何も見てません!」

 

「とぼけても無駄だ。機動六課の人間が貴様を護ったのが何よりの証拠。アグスタで我らがした事は、既に語っているのであろう?」

 

「アグスタ?」

 

 フェイトはタオの言葉の意味が分からなかった。

 アグスタと言えば、昨日機動六課が護衛任務を行なったホテルの名称。一体どういう事なのかと、フェイトはタバネとタオを見回す。

 しかし、タオは最早この場には用は無いと言うように、今度は自身を札に変化させて夜の空へと散って行った。

 見た事も聞いた事もない魔法にフェイトは呆然とするが、すぐに我に返って地面に顔を向けているタバネに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……どうして……私……本当に何も見てないのに……こんな事に」

 

(やっぱり、この声はなのはの声? どう言う事なの?)

 

 聞き間違える筈のない声。にも関わらず、その声を発しているのは全くの別人。

 一体どういう事なのかと疑問に思いながらも、フェイトはタバネの肩を支えて歩き出す。

 俯いたままのタバネの口元が、笑みで歪んでいる事に気がつかずに。

 

 

 

 

 

 フェイトとタオが戦った場所から、ある程度離れた場所に在るビルの屋上。

 その場所ではやては自身の黄色のディーアークに浮かぶ空間映像から、先ほどの戦いの様子を見ていた。

 

「……作戦は成功やね、タオモン」

 

「そうだな、はやて」

 

 はやての呼び声に応えるように、背後に夜空に散った筈の札が急速に集まり人型を形成した。

 札が散ると共に先ほどまでフェイトと戦っていたタオと名乗った陰陽師が現れ、ゆっくりと付けていた面を外した。

 面に隠していた風貌は、人間の顔ではなく狐の顔。その正体は、はやてのパートナーデジモンであるレナが完全体へと進化した【タオモン】だった。

 

タオモン、世代/完全体、属性/データ種、種族/魔人型、必殺技/狐封札(こふうさつ)梵筆閃(ぼんひつせん)

陰陽道に精通し、あらゆる技を駆使して戦う完全体の魔人型デジモン。特に呪術の能力が高く、霊符や呪文の攻撃を得意としている。また暗器の達人でもあり、様々な武器を袖の下に隠し持っている。非常に寡黙で多くは語ることはなく闇に潜み闇に生きる存在である。必殺技は、袖の下から霊符を取り出し、敵の体に巻きつけて爆発させる『狐封札(こふうさつ)』と、巨大な筆で呪文を唱えながら梵字を空中に描き敵に飛ばして大爆発を引き起こす『梵筆閃(ぼんひつせん)』だ。

 

「タオモンは当然やけど、なのはちゃんも演技旨かったわ。完璧にフェイトちゃん、騙せとったし」

 

「必要な事とは言え、余り良い気分では無かったがな。だが、ガブモンには出来ない事だから私がやるしかあるまい」

 

 事は計画通りに進んだと言って良かった。

 後は事前の打ち合わせ通りにタバネ事なのはが旨くやれば、機動六課への潜入は完了する。

 とは言え、はやては気が重かった。自身も耐え切れずに気絶しただけに、なのはが機動六課内部でキレない事を願うしか無い。

 今、愛機である【レイジングハート・エレメンタル】をなのはは所持していない。【デバイス】ではなく【デジバイス】である【レイジングハート・エレメンタル】を機動六課に持ち込むのは、流石にフリートが赦さなかった。

 囮である機動六課が無くなるのは不味い。潰すのがスカリエッティ達ではなく、なのはに成るのは流石に笑えないので、【レイジングハート・エレメンタル】は没収したのである。代わりになのはにはフリートがこの世界に来る前に作製したデバイスを明日、機動六課に呼ばれる事になるであろう人間に化けたタオモンが届ける予定になっている。

 因みにデバイス関連の話の時に、【レイジングハート・エレメンタル】が強固に反対意見を述べたが、なのは本人の説得で何とか説得は成功した。

 

「この仮面のおかげで、私の声も変わっていた。問題なく潜入出来る筈だ」

 

「せやけど、大丈夫やろうか、なのはちゃん?」

 

「コレばかりは信じるしかあるまい」

 

「せやな……それでタオモン……どうやった?」

 

「……聞く必要は無い筈だ。ディーアークを通して見ていたのだからな」

 

「……出来れば否定して欲しかったわ」

 

 リニアレールの事件の時から分かっていた事だった。

 あの場でフェイトとタオモンが戦い続ければ、確実にタオモンが勝っていた。緊急事態と言う事でフェイトが飛行出来たとしても、リミッターを付けて魔力とデバイスに制限が掛けられている状況で本領を発揮出来る訳が無い。

 機動六課の隊長陣はリミッターを付けた状態で格上の相手と戦った時に、経験と技術で補うしか方法が無いのだ。だが、格上の相手がリミッターを付けた機動六課の隊長陣達よりも経験と技術が劣っている事など在り得ない。

 タオモン一体でも充分に現状の機動六課に甚大なダメージが与えられる事が、先ほどの戦闘に寄って判明したのである。

 

「……FWメンバーもその事実には気づいてないみたいやし……やっぱり、一度ぐらい攻めた方がえぇやろうか?」

 

「その判断はなのはに任せるべきだぞ、はやて。必要ならば連絡が来る筈だ」

 

「分かっとるよ。さて、あっちの方はどうなったか」

 

 この場には居ないフリート達は、【聖王のゆりかご】の調査に向かっていた。

 【聖王のゆりかご】さえ【寄生の宝珠】に寄生されていなければ、まだ最悪の事態は免れる事が出来る。最もその可能性は低い事をはやてとタオモンは知っている。

 ビルの屋上からはやてはタオモンと共にクラナガンの街並みを見下ろす。何も知らない、クラナガンの人々は知る事も出来なかった。自分達の平穏な日常が薄氷の状態になっていると言う事を。

 その事実を知っているはやてとタオモンがクラナガンの街を見下ろしていると、横に空間ディスプレイが展開され、神妙な顔をしたフリートが映し出された。

 

『……最悪の可能性は当たっていました。既に【聖王のゆりかご】は消失していました。影も形も存在せず、大空洞だけが残されていました』

 

「……先ずは機動六課が設立される事になったカリムの予言の内容の確認……それと地上本部への渡りを付ける手段の構築……カリムの方は頼むわ、タオモン」

 

「分かった」

 

『私はルーテシア・アルピーノの捜索ですかね。序にガジェットを捕獲して解体して内部を調べて見ましょう。地上本部に、正確に言えばレジアス・ゲイズに渡りをつけるなら、手土産は必要ですからね』

 

「お願いしますわ」

 

 最悪の事態になったのならば、最善をもって最悪の事態を回避する。

 クラナガンの街並みから踵を返したはやての顔は、休暇を楽しむ顔でも、この世界の自身に対して悩む顔でもなく、冷徹な機動六課の部隊長の顔になっていたのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課医務室。

 襲われたタバネを連れて帰還したフェイトは、そのまま医務室に運び、医務官であるシャマルに検査を行なって貰っていた。

 

「それでシャマル。容体の方は?」

 

「軽い打ち身程度ね。安静にしていれば大丈夫よ」

 

「……ありがとうございます」

 

「……ほ、本当にソックリな声ね、なのはちゃんに」

 

「ハハハハハッ、何だかその言葉、昨日もアグスタで会った局員さんに言われました」

 

「アグスタ? それに昨日って? 貴女、もしかしてあのホテルに?」

 

「はい、泊まっていました」

 

「凄い偶然ね。私達も任務で昨日行っていたの」

 

「……それで聞かせて貰って良いですか? どうして襲われていたのか?」

 

 フェイトは椅子を用意してタバネの対面に座り、シャマルも真剣な顔をしてタバネを見つめる。

 相手が何者かは分からないが、フェイトが駆け付けなければ命を失っていたかもしれない。何よりもタオと名乗った何者かは、機動六課とアグスタの事を口にしていた。

 どちらも自分達に関係しているだけに他人事では無い。フェイトとシャマルは真剣な顔をして、暗い顔をするタバネを見つめる。

 

「……私にもよく分からないんです。いきなり街を歩いていたら襲われて」

 

「結構遅い時間だったけど、どうして外に?」

 

「友達から連絡が在って、急用が出来たから来てくれって頼まれて……その途中でいきなり、あの人に襲われたんです……私が……密輸品(・・・)を盗み出すところを見たって言って来て」

 

『密輸品!?』

 

 告げられた事実にフェイトとシャマルは顔を見合わせた。

 昨日の調査では密輸品の報告など無かった。ガジェットの襲撃からアグスタは無事に護り切れ、オークションも無事に開催された。昨日の任務は確りと終えた筈なのだ。

 だが、もしも密輸品が在ったとなれば話は変わる。機動六課のアグスタでの任務内容の中には、密輸品の取り締まりも含まれていたのだから。

 

「た、確かなの?」

 

「……分かりません。あの人が言っていただけなので……でも、覚えみたいな事が在るんです」

 

「覚えって?」

 

「はい。あの何だか昨日のアグスタで機械のような物の襲撃が在りましたよね?」

 

「えぇ……名称はガジェットドローン。私達機動六課がアグスタの襲撃から護った機動兵器よ」

 

 シャマルはタバネにガジェットの説明を行ない、タバネは顔を下に俯ける。

 

「……実は私……戦闘が終わった後に、裏口から外に出たんです」

 

「裏口から外に? ちょっと待って、裏口には警備員が居た筈だけど?」

 

「……居ませんでしたよ、警備員なんて」

 

 タバネの発言にフェイトとシャマルは顔を見合わせた。

 可笑しいのだ。ホテルの出入り口にはアグスタの警備員が護衛を行なっていた筈。なのに、タバネが出たと言う裏口には警備員が居なかった。

 実際、タバネがティアナに会いに行く時に裏口には警備員は居なかった。その原因はワーガルルモンXが見つけた密輸品を隠す為に、呼び出されたからだった。言うまでも無くワーガルルモンXに気絶させられたので、裏口の警備に戻れる筈が無い。

 

「ソレで、外に出ても良いのかなと思って外に出たら、ホテルの裏側の警備をしていた局員さんに会ったんです」

 

「それって、もしかして……その局員の名前はティアナ・ランスターじゃないかしら?」

 

「はい、そうです」

 

(フェイトちゃん。彼女の話に矛盾は無いわ。確かに戦闘後ティアナちゃんは、ホテルの裏側の警備を行なっていたから)

 

(じゃぁ、裏口に警備員が居なかった話も?)

 

(本当だと思うわ……でもそうだとしたら)

 

(うん。彼女が言っていた密輸品の話に、アグスタの関係者が関わっている可能性が出て来る)

 

 フェイトとシャマルは念話でやり取りして確かめ合った。

 だとすれば密輸品を見つけられなかった事にも納得出来る。

 味方だと思っていた場所が、実は密輸品の売買を取り扱っていたのだから。とは言え、まだ本当がどうかは分からない。あくまでタバネを襲ったタオと言う人物が告げた事なのだから。

 

「その後、ランスターさんが上司に呼ばれた後、私もホテルの中に戻ろうとしました。でも、その時に、変な音が裏口にある駐車場の入り口から音が聞こえたんです?」

 

「どんな音ですか?」

 

「え~と、シャッターを開けるような音が……何だろうと思って駐車場に向かおうとしたんですけど、私を探しに来た友達に呼ばれて……それで駐車場には行かなかったです」

 

「……つまり、貴女は密輸品が在ったのは見てないんですね?」

 

「……はい。だけど、あの……タオって人は、私が見たって言って襲い掛かって来たんです。見てないって言っても、『疑わしき者には消えて貰うのが、我らのやり方』って言って」

 

「まさか……疑わしいと言うだけで貴女の命を奪おうとしたの!? そのタオって人は!?」

 

 信じれないと言う気持ちでシャマルは叫び、タバネは命を狙われた恐怖を思い出したのか、自身の体を抱き締めた。

 フェイトはそんなタバネの肩に手をやり、安心させるように声を掛ける。

 

「安心して下さい。此処は安全ですから」

 

「でも!? 外に出たらまた命を狙われる! だって、だって!? 私はアグスタを護衛していた機動六課の局員の貴女に助けられたんですよ!?」

 

「ッ!?」

 

 タバネの発言にフェイトは目を見開いた。

 経緯はどうあれアグスタを護衛していた機動六課に所属しているフェイトに、タバネは襲って来たタオから助けられた。密輸品の話が本当かどうかは分からない。だが、真実であれば密輸品を強奪したところを見たと思っているタオは、タバネを殺そうとするだろう。

 密輸品が強奪された場合、強奪した犯人を捕らえるのは難しい。何せ強奪した密輸品そのものが違法な代物なのだ。密輸品を取り扱っている側が、管理局の人間に報告する筈が無い。

 密輸品は何者かに秘密裏に強奪された時点で、迷宮入りしてしまう可能性が最も高い案件なのだ。

 

(だから、あのタオはこの人を殺そうとした。唯一の証人になる可能性が在るこの人を)

 

 フェイトが命を狙われた恐怖に脅えるタバネの姿に、嘘は見えない。

 因みにこの時のタバネの頭の中には、殺意全開本気のブラックに襲い掛かられると言う恐怖としか思えない光景が広がっているので、怯えているのは本当である。

 だが、タバネはハッとして申し訳なさそうにフェイトに顔を向ける。

 

「す、すいません……助けて貰ったのに」

 

「……いえ、此方こそ……もし、本当に密輸品の話が本当だったら、私達にも責任が在ります」

 

「今日はもう休んで……さぁ、こっちのベットに」

 

 シャマルは安心させるように笑みを浮かべながらタバネを、医務室のベットに案内する。

 案内されたタバネは、ベットに横になり目を閉じた。それを確認したシャマルはカーテンを引き、タバネの視界を遮ると、真剣な顔をフェイトに向ける。

 

「フェイトちゃん」

 

「分かってる。すぐにはやてに伝えて、アグスタの方を調べて見る。もう一日経過しているから、証拠が残っているか分からないけれど……それとシャマル」

 

「分かってるわ。あのタバネって人となのはちゃんの声紋チェックね」

 

「うん。ただ似ているだけかも知れないけれど……私にはなのはの声にしか聞こえなかったから……もしかしてあのタバネって人は」

 

「考え過ぎだと思うわ、フェイトちゃん。何よりも容姿が違い過ぎるもの」

 

(因みに声紋チェックも無駄だよ、フェイトちゃん)

 

 眠ったフリをして聞き耳を立てていたタバネは、布団に顔を隠して口元を笑みで歪めた。

 既に機動六課のシステムはフリートが送ったウィルスに浸食されている。幾ら調べようとタバネに関する事は虚偽の情報しか示さない。また、昨日の内にアグスタの方にも手は打っておいたので、密輸品に関する確証までは得る事が出来ない中途半端な僅かな証拠が残っている。

 機動六課はタバネを保護しなければならない状況に追い込まれる事になる証拠が。

 

(密輸品を見つけられなかったのは機動六課の失態。その失態で危うく民間人が死に掛ける。運よく保護出来たけど、機動六課が保護した事に寄って犯人は民間人を殺さないと行けない立場に追い込まれた。そして機動六課も迂闊に私を外に離せない。離して死なれでもしたら、大失態だから)

 

 普通ならば他の部隊に預けると言う手段が在る。

 だが、地上で唯一機動六課だけはソレが出来ない。密輸品に関する事。ソレに付属しての殺人未遂。

 これ等は全て機動六課がアグスタで密輸品を取り締まれなかった事から始まっている。

 地上で敵が多い機動六課の大失態を、地上の部隊が見逃すが筈が無い。つまり、機動六課はどうやってもタバネを保護して、尚且つ密輸品を強奪したと思われるタオを捕まえなければ行けない状況に追い込まれるのだ。

 

(明日が楽しみだね。さて、どうやって、ティアナ達に接触しようかな)

 

 アグスタでの思い悩みから考えて、ティアナがやっている事をタバネは予測出来ていた。

 

(……無茶しているだろうから、早めに何とかしたいけれど……出来るのは明日の夜からになりそうだね。デバイスが来るのも明日だし、とにかく明日からだね……お願いだから、私を怒らせないでね、機動六課)

 

 そうタバネは思いながら目を閉じて、本格的な眠りに着くのだった。

 

 

 

 

 

 朝日に照らされる機動六課の隊舎の傍の森の中。

 ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマは、その場所で自主練を行なっていた。

 前回のアグスタでの護衛任務での失敗を繰り返さない為に、ティアナはアグスタの任務を終えた日から、スバルは昨日の早朝から二人はずっと訓練を行なっていた。昼間の隊長陣との正規訓練の後に、僅かに休憩をした後に即座に自主練を行なっていた。

 そして朝早くに起きて早朝訓練が始まる前にも自主練を二人は行なっている。明らかに二人の鍛錬はオーバーワークで在るのだが、ソレでも二人は止めなかった。二度と過ちを繰り返さない為に、足手纏いにならない為にと、二人は自主練を続けている。

 その二人の様子を森の木々の影から見ていた人物は、予想通りの光景に溜め息を吐くと、熱中してスバルとの連携に集中しているティアナの背後に音も無く忍び寄り、ティアナの肩に手を置く。

 

「こんなに早い時間に何してるのかな?」

 

「ッ!?」

 

 いきなり肩に手を置かれて、毎日聞いている声に思わずティアナはビクッとした。

 すぐさま背後を振り返り、頭を下げて謝罪する。

 

「すいません、なのはさん! 自主練に熱中していて!」

 

「えっ!? なのはさん!?」

 

 ティアナの声に頭上に張り巡らせていたウイングロードからスバルは慌てて飛び降り、ティアナの横に降り立つと同じく頭を下げた。

 

「なのはさん! ごめんなさい!」

 

「……ハァ~、私の声って、そんなに高町なのはさんって人と似ているのかな?」

 

『……えっ?』

 

 スバルとティアナは頭を下げながら顔を見わせ、恐る恐る顔を上げてみると、困ったように額に手を当てている黒髪をポニーテールにしている女性が立っていた。

 その人物に見覚えが在るティアナは目を見開いて、思わず叫んでしまう。

 

「シ、シノさん!? 何で機動六課に!?」

 

「シノさんって? こ、この人がなのはさんに似ている声の人なの!?」

 

 アグスタでなのはの声に良く似た人物に出会った事は、ティアナからスバルは聞いていた。

 しかし、その人物がどうして機動六課に居るのかと二人が困惑していると、タバネは悩むように腕を組む。

 

「う~ん……言っちゃって良いのかな?」

 

「ワァッ! 本当になのはさんと同じ声だ!?」

 

「……会う人、皆にソレ言われるね。でも、私は高町なのはさんじゃくて、タバネ・シノだよ。宜しくね」

 

「は、はい! 初めまして、スバル・ナカジマです! え~と、アグスタでティアがお世話になったそうで」

 

「お世話なんてしてないよ、勝手に私がお節介を焼いただけだから」

 

「それで……どうしてシノさんが機動六課に居るんですか?」

 

 タバネは局員ではなく民間人だった筈。

 それなのに機動六課にタバネが居る。会った事が在るティアナも、そしてスバルも訝し気な視線をタバネに向ける。

 困った顔をタバネは浮かべるが、観念したのか、ティアナとスバルに説明する。

 

「実は……昨日の夜に暴漢に襲われて、此処の部隊長さんに助けて貰って保護して貰ったの」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!』

 

 告げられた事実にティアナとスバルは思わず叫んでしまった。

 因みにアグスタの密輸品関係の話をしないのは、タバネの配慮である。密輸品関連の責任は内部を護っていた隊長陣の方が重いが、ティアナもホテルの裏側を警備していた経緯が在る。

 ただでさえストレスが溜まっているティアナに、これ以上の心労は悪影響を与えるとタバネは判断し、密輸品の話を隠す事にしたのだ。決して隊長陣の心証が悪くなるからと言う配慮ではない。

 

「それでこの機動六課の医務室に泊まったんだけど……慣れない場所で寝たせいで早起きしちゃって……医務官の八神シャマルさんに許可を貰って機動六課の敷地内散歩していたんだけど……此処って凄い広いんだね」

 

「……あのもしかして?」

 

「シノさんが寮近くまで居る理由って、まさか?」

 

「……迷子になっちゃった」

 

 ズルッとティアナとスバルは肩から力が抜け、タバネは困ったように笑みを浮かべながら両手を二人に向かって合わせる。

 

「お願い! そろそろ約束の時間なの!? 医務室まで案内してくれないかな?」

 

「……ハァ~、仕方が無いか。スバル、今日の訓練は止めましょう」

 

「うん。困っているみたいだしね」

 

「ありがとう、二人とも!!」

 

 嬉しそうにタバネはティアナとスバルに礼を言い、言われた二人は僅かに困惑するように顔を見合わせた。

 タバネの声は高町なのはと似ている声なので、まるで高町なのはに礼を言われているようなむず痒い感覚を感じたのだ。

 しかし、当人であるタバネはニコニコと笑みを浮かべて二人を見つめる。

 

(やっぱり、オーバーワークで訓練していたね。何とかしないと、体が持たないよ。早急に何とかしないと行けないね)

 

 そう内心でタバネが考えてるとも知らずに、ティアナとスバルは医務室へとタバネを案内するのだった。




因みに言うまでも在りませんが、リミッター付きのフェイトがタオモンと戦った場合、タオモンが勝ちます。
ディーアークも所持していないのでタオモンのデータも調べられず、技も分からない。
タオモンとの相性も悪いので、リミッターを付けたフェイトがタオモンに勝てる可能性は皆無です。

最初はそれなりに戦う予定でしたが、戦ったら大怪我を負わせると判断して即座に退きました。

次は久々の本編です。

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