漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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(……もう何度目でしょうね。私がこんな感想抱くのは)

 

 漸く開始されたオークションの会場の中でフリートは、はやてではなくリインから届いて来た念話に信じられないと言う気持ちを再び抱いた。

 ティアナのミスショットの件はフリートにとっては問題ない。その可能性はティアナを目にした時から考えられた事なのだから。だが、もう一つの報告。アグスタ内に密輸品が存在していると言う報告は不味過ぎる報告だった。

 その報告ではやては遂に心労が限界に達してダウンしたらしい。フリートは無理もないと思った。

 冗談で密輸品の話をしていたら、本当に存在し、しかもアグスタの関係者が関わっている可能性が高い。オークションの中止はフリート達には絶対させられない。しかし、管理局員として密輸品も放置出来ないと言うジレンマ。その他の様々な要因が原因で、はやては倒れ伏してしまったのだ。

 

(なのはさんも同じような事になりそうなので、まだ伝えてませんです)

 

(ソレが良いでしょうね。此処でなのはさんも倒れたら不味いですし……う~ん。じゃあ密輸品はワーガルルモンXに回収させて、森の中にでも隠して置いて下さい。後日機動六課の隊舎前にでも投げ捨ててやれば良いでしょう)

 

(分かりました。じゃぁ、そう伝えておきますです)

 

 現状でオークションを中止させず、尚且つこの世界の機動六課に対する嫌がらせを伝えたフリートは、リインとの念話を切った。

 そのまま同じようにレナに現状を報告する。報告を聞いたレナは険しい視線を会場内に居る高町なのはとフェイトに向ける。八神はやては先ほど会場から出て行った。

 恐らくはロングアーチからの報告を聞いているのであろう。とは言え、やはり今回の機動六課の任務内容はレナにとって不満が多かった。

 

(やはり様々な問題がこの世界の機動六課には多いようだ)

 

(まぁ、若い連中しか居ませんからね。エリートだとしても実戦経験は少ないでしょうし。とは言え、私達には関係ないので放置しましょう。さっさとオークションに出展される【寄生の宝珠】と何処かに在る最後の一つを見つけましょう。ソレが一番はやてさんとなのはさんが暴走しなくて済む事です)

 

(それしか無いな……ムッ。来たぞ!)

 

 白い布に包まれたテーブルの上に乗せた青い宝石-フリート達の目的の品である【寄生の宝珠】-が運ばれてくる。

 フリートとレナはその品に神経を集中していると、解説者である無限書庫の司書長であるユーノ・スクライアが宝石について説明し出す。

 

「こちらの宝石はとある無人の管理外世界の遺跡から発掘された代物で、魔法処置があまり施されていないのにも関わらず最高の状態が保たれたままの代物です。その世界の人々が自分達の技術を駆使して残した代物ではないかと、発掘者の人々は考えたそうです」

 

(で、真実は?)

 

(覚醒した【寄生の宝珠】は、世界を滅ぼした後に擬態を行います。恐らくその遺跡も【寄生の宝珠】が作り上げたものでしょう。どこかの馬鹿が発掘して、他の世界に自身を怪しまれずに運びだすためにね)

 

(なるほど……転送などでは、その別世界に気がつかれて対抗策が取られるかもしれないから、擬態で怪しまれずに自分達で獅子身中の獣を懐に入れさせるわけか。そして擬態しているその間に文明レベルを読み取るのだな?)

 

(えぇ、既に【寄生の宝珠】は管理局の技術を調べ終えているでしょう。覚醒したら最後……アルカンシェルさえも効かない自己進化を行うでしょうね)

 

(危険すぎる代物だな)

 

 そうレナは念話でフリートからの情報に顔を険しく歪めていると、競りが始まり色々な著名人が競りを行っていた。

 

「十五!!」

 

「二十一!!」

 

「三十だ!!!」

 

「(ただの宝石にしか見えませんからね)……五十ッ!!」

 

 余り目立たないように値をフリートは他の参加者に合わせて競り上げた。

 そのまま他の参加者に怪しまれないように競りを続けるが、突然今まで参加していなかった女性が競りに参加し出す。

 

「五百ッ!」

 

『ッ!!』

 

 突然に競りの値段が跳ね上がったことに著名人達は目を見開き、五百と叫んだ人物であるにフリートとレナも思わず視線を向ける。

 紫色の髪をロングヘア―にした女性で、美人では在るが、何処か怜悧な雰囲気を放っている人物だった。フリートとレナはその人物に目を見開いた。何故此処にと言う気持ちは強いが、すぐにフリートは競りに参加する。

 

「五百十ッ!」

 

「……六百」

 

「(何ですって!?)……千です!!」

 

「ッ!?」

 

 いきなり競りの額を跳ね上げたフリートに、今度は女性の方が目を見開いてフリートに顔を向けた。

 その動きでフリートは、最悪の可能性が高まった事を悟る。ただの宝石に対する執着ならば、競りが上がった時点で諦める筈なのだ。だが、女性はフリートに視線を向けて来た。それが意味する事は。

 

(【寄生の宝珠】を知っている!? まさか、最後の一個は奴の下に在るんですか!?)

 

 冗談では済まない。考えられる人物の下にはフリート達が恐れている最悪な代物まであるのだから。

 女性とフリートの視線はぶつかり合い、何かを悟ったのか女性は競りに参加しなかった。

 

「千が出ました!! 他に誰もいませんか!? ……いないのでしたら、こちらの商品は千でそちらの美しい女性に渡りますが?」

 

『……』

 

「では、千でこちらの商品はそちらの女性に落札されました!」

 

 そう司会者は叫ぶが、フリートは険しい視線を女性に向け続けた。

 駆け寄って来たボーイにはレナが持っていたトランクケースの三つを手渡す。

 その後にもオークションは続くが、それどころではないフリートとレナからすれば興味が湧かない代物ばかりだったので話半分に聞き逃していると、遂にオークションは終わりを向ける。

 

「以上で、本日のオークションは終了いたしました」

 

 オークションが終了すると同時に参加者達は次々と出口へと向かって歩いていき、帰路についていく。

 フリートとレナも立ち上がるが、入り口には向かわずに先ほど競り合った女性に近づく。女性の方もフリート達に近づいて来て、周囲の騒めきに紛れるようにしながら会話をする。

 

「アレの価値を知っている者が居るとは思いませんでした」

 

「こっちもですね。アレの価値に気が付く者が居るとは思ってませんでしたよ……いえ、アイツならばその可能性は考えれましたし、使用する事も迷わないでしょう。そうでしょう、〝ウーノ゛さん?」

 

「ッ!? ……何処で私の名を?」

 

「さぁ、教えて上げません……但し貴方の主に伝えておきなさい。アレを使って悪さするなら、私は本気で貴方達を潰すとね」

 

「……伝えておきましょう」

 

 ウーノと呼ばれた女性はフリートの殺気混じりの言葉に僅かに体を震わせながらも、表情は変えずに会場から出て行った。

 

「……追うべきか?」

 

「……いえ、先ずは最後の一個の場所も分かっただけで充分です。それよりも先ずやらないと行けない事が出来ました……確認しますよ」

 

「……それしかないな」

 

 何を確認するか、考えるまでもない。

 最後の【寄生の宝珠】の在処が分かった事は確かに良い。だが、事態は既にフリート達が恐れていた事態に及んで居る可能性が出て来た。もしそうなれば、この世界の者では何の対処も出来ない。

 最早機動六課の事など気にしていられる場合ではない。そんな事よりも不味い事態になって来たのだから。

 

(フリートさん)

 

(なのはさん! 丁度良かった! 実は…)

 

(お願いが在ります。私を機動六課に行かせて下さい!)

 

(……えっ?)

 

 届いて来た念話の内容に、フリートは思わず呆然としてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ホテルの裏手。

 その場所でタバネとティアナは壁に寄り掛かりながら話していた。

 

「……そっか。焦り過ぎちゃったんだね」

 

「……はい」

 

 ティアナは戸惑いながらも、タバネの言葉に頷いた。

 何故ティアナも自身が初対面である筈のタバネに、任務の失敗の件を語ってしまったのか分からない。声だけはなのはに瓜二つだが、身に纏っている雰囲気が全く違う印象を与える。有体に言えば、何時の間にか語ってしまったと言うのが近かった。

 コレはタバネがティアナの思いを正確に感じ取り、巧みにティアナの本音の部分に辿り着いたからだった。だから、何時の間にかティアナは自身の失敗の件をタバネに語ってしまったのである。

 

「……私はランスターさんが感じてる劣等感とか、本人じゃ無いから分からないけど……ランスターさんは一番大事な事を忘れているんじゃないかな?」

 

「大事な事ですか?」

 

「そう……此処に貴女は何をしに来たの?」

 

「何をしに? ……ッ!?」

 

 タバネの指摘にティアナはハッと気が付いたように目を見開いた。

 そう、ティアナは、機動六課がホテル・アグスタに来たのはホテルの護衛任務。決して、ティアナの劣等感を払拭する為に来たのでは無い。

 

「周りが優秀だから焦る気持ちは分かるよ。だけど、焦り過ぎて本質を見失っちゃ駄目。もしも見失ったりしたら、その時は自分だけじゃなくて周りの人も巻き込んじゃう。そうなったら、悔やんでも取り戻せない。分かるよね?」

 

「……はい」

 

 言われて自身の今日の行動が局員として有るまじき行為だったと理解出来た。

 証明する以前に、局員として絶対にしてはならない行為。感情や焦りに振り回されて動けば、何処かで失敗してしまう。その事をタバネに指摘された事に寄って、ティアナは理解出来た。

 

「本質が見えなくなると、そのままになっちゃって、何時の間にか何も見えなくなるんだよ。だから、気を付けてね」

 

「はい! あの……話を聞いてくれてありがとうございました!」

 

「私が聞き出したようなものだから、こっちこそゴメンね……涙の後、拭いた方が良いよ」

 

「あっ! す、すいません!」

 

 手渡されたハンカチを借りて、ティアナは顔を拭いた。

 吹いた後にタバネのハンカチをどうしたものかと気が付いて、顔を上げてタバネを見つめる。

 タバネは、ティアナが自身を見つめる意味を察して苦笑を浮かべながら告げる。

 

「ハンカチは良いよ。ランスターさんの悩みを聞き出しちゃった謝罪だから」

 

「いえ、そう言う訳には」

 

 経緯はどうあれ、自身の悩みの相談に乗ってくれただけに好意に甘える訳には行かなかった。

 どうしたものかと悩んでいると、ティアナにスバルから連絡が届く。

 

『あっ、ティア? なのはさんが皆に集まって欲しいんだって』

 

「分かった……すぐに行く……スバル、今日色々ゴメンね」

 

『うんうん。良いよ。じゃぁ、待っているからね』

 

 スバルとの通信は切れ、ティアナは改めてタバネに顔を向ける。

 なのはが呼んでいるという事は、目の前に居るタバネは本当に声だけがなのはに似ている別人だと言う事になる。もしかしたら変身魔法を使用して別人になのはが成りすましている可能性は在ったが、今の通信でそれは無くなった。

 そして当のタバネは聞こえて来た通信からティアナが呼ばれている事を察して、ティアナの肩に手をやる。

 

「上司からの呼び出しだから、すぐに行かないと駄目だよ」

 

「……はい。あの、住所とか教えて貰えませんか? 休暇が貰えたら、このハンカチを洗って返しますから」

 

「良いよ、別に。それよりも早く行かないと怒られるよ。私もホテルの中に戻るから。じゃあね」

 

「あっ!」

 

 ティアナは呼び止めようとするが、タバネは構わずに裏手に在るホテルの入り口の方に向かって歩いて行ってしまった。

 困ったようにティアナは残されたハンカチを見つめるが、招集も掛かっているのでホテルの表の方に走って行った。

 そしてティアナから離れたタバネはホテルの裏口には戻らず、裏手に在る林の方に歩いて行く。周囲にガジェットの残骸が無い事を確認し、タバネは口を開く。

 

「裏の方面からは全然来ていないと言う事は、やっぱりガジェットは囮で本命は別に在ったんでしょう?」

 

「うん。そうだよ」

 

 タバネの疑問に答えるように木々の間から、進化を解いて成長期に戻ったガブモンが姿を見せた。

 

「敵の狙いは密輸品だったよ、なのは」

 

 ガブモンの言葉と共にタバネの体が輝き、光が消えた後になのはが現れた。

 変身を解いたなのははガブモンの報告に眉を顰める。密輸品が在る可能性は充分に考えられたが、この世界の機動六課は密輸品の存在に気が付いて居ない可能性が高い。

 もしも知っているならば、ティアナをホテルの表側に呼ばず、裏側に留まらせていただろう。

 

「それじゃ、ガブモン君が見つけた密輸品は如何したの?」

 

「え~と、実は……その密輸品はどうにもアグスタの関係者が黒幕みたいで、バレたら不味いから、今のところは隠して後で機動六課に届けようって事になったんだ」

 

「……そうだね。ソレが良いと思うよ……はやてちゃんはソレを聞いてどうだった?」

 

「気絶して、今はリインが介抱してるよ」

 

「やっぱり」

 

 なのはと違い、はやては管理局員だけに心労はなのはよりも上。

 特に部隊長と言う役職についているだけに、どうやれば良いのかとはやては悩んでしまう。

 元々も仕事上のストレスで休暇が欲しいと言って来ただけに、更なる心労で限界に達しても可笑しくは無いのだ。

 

「こっちもちょっとティアナと話してみたんだけど……かなりストレスが溜まっていたよ。私に声が似ているだけで悩みを打ち明けるぐらいだから」

 

「ソレにこの世界のなのは達は気が付いていないの?」

 

「……そうだと思う。もしも気がついていたら、もっと前にケアーがされている筈だから。されていたら、あんなミスショットはしないよ」

 

「其処まで……でも、今回のミスショットの件でこの世界のなのは達も気が付く筈だよ。ちゃんと話さえすれば、ティアナの悩みは晴れるだろうし」

 

「……そうだね……でも、ちょっと覗いて見ようか」

 

 これまでの機動六課の動きに不安を覚えたなのはは、フリート製のサーチャーをホテルの表の方に動かす。

 覗きと言うのは余り良い事では無いが、先ほどのティアナの様子だけになのはは空間ディスプレイに映像を展開させる。

 ガブモンの予想通り、この世界のなのははティアナを呼び寄せて話し合う様子を見せていた。

 その様子にガブモンは安堵の息を吐く。コレでティアナの悩みもちゃんと晴れるとガブモンは確信する。

 だが、その確信を裏切るように、空間ディスプレイからこの世界のなのはの言葉が響く。

 

『ヴィータ副隊長に叱られて、もうちゃんと反省していると思うから、改めて叱ったりしないけど』

 

「……えっ?」

 

 思わずガブモンは声を漏らし、横に立つなのはの目が細くなった。

 

『ティアナは時々少し一生懸命すぎんだよね。それでちょっとやんちゃしちゃうんだ。でもね、ティアナは一人で戦っているんじゃないよ。集団戦での、私やティアナのポジションは前後左右、全部が味方なんだから。その意味と、今回のミスの理由。ちゃんと考えて、同じことを二度と繰り返さないって約束出来る?』

 

『……はい』

 

「……アレ? えっ? まさか?」

 

 何となく話が終わりそうな雰囲気に思わずガブモンは狼狽える。

 

『ん。なら、私からはソレだけ。約束したからね』

 

『……はい』

 

 ガブモンの願いは虚しくも届く事は無く、この世界のなのはとティアナの会話は終わった。

 その事実にガブモンは思わず呆然としてしまうが、突如として轟音が隣から響く。

 慌ててガブモンが目を向けてみると同時に一本の木が音を立てながらへし折れ、無言のなのはが右手を左手で擦っていた。

 魔力で強化した一撃で木を殴り折ったのをガブモンは悟るが、なのはは無言のまま立ち続ける。

 

「……な……なのは?」

 

「……ねぇ、ガブモン君。ティアナね。凄く悩んでいたんだよ。誰にも相談出来なくて、日に日に募って行くストレスを堪えて……それなのにさ……あんなに簡単に話を終わらせたりしたら駄目だよね」

 

「き、気持ちは分かるけど、落ち着こう! ほら、ヴィータが叱ったらしいし」

 

「……叱ってないよ、ヴィータちゃん」

 

「えっ?」

 

「たださ、怒鳴っただけだよ、ヴィータちゃんは」 

 

 ティアナがミスショットした時の映像をなのはは見ている。

 ヴィータはティアナのミスショットを責めたり、怒鳴ったりしたが、肝心の叱ると言う意味での言葉を発してはいない。

 なのに、高町なのははヴィータに叱られたから大丈夫だと言っていた。その事実になのはの気配は刺々しくなって行く。折角僅かながらもティアナの悩みが落ち着いた筈なのに、アレでは再発してしまう。

 生真面目なティアナの事だから、同じようなミスショットを繰り返さない為に自主鍛錬を重ねるのは間違い無い。無理な訓練を必ず。

 

「……ガブモン君。私、決めたよ」

 

「何を? まさか、この世界のなのはを倒すとかじゃ無いよね?」

 

 一番在り得そうな可能性をガブモンは思わず口にしてしまった。

 このまま前回の世界の二の舞を引き起こすのかと戦々恐々とするが、振り返ったなのはは首を横に振るう。

 

「違うよ。そんな簡単に出来る事をやっても意味ないよ。私が決めたのはね、機動六課に私が行くって事だよ」

 

「……えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」

 

 なのはの発言にガブモンは思わず叫んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

 アグスタ内のフリート達が泊まっている部屋。

 その部屋の中には頭に濡れたタオルを載せたはやてがベットの上で横になり、レナとリインが心配そうにはやてを観ていた。

 そして改めて事情をなのはとガブモンから聞き終えたフリートは、頭を抱えたい気持ちで目の前に座るなのはとガブモンを見つめる。

 

「ハァ~……本気で疲れて来ました。この世界のなのはさんって教導官でしたよね? ソレで何で教え子の悩みが気が付けないんですか? いや、本当に」

 

「この世界の私の経歴だと、長期的な教導をやった事が無いみたいです。短期が殆どみたいで、機動六課が長期での初めてだって調べたら出て来ました」

 

「……まさか」

 

 凄まじく嫌な予感を感じたフリートは、すぐさま機動六課のコンピュータをハッキングしてあるデータを探す。

 探すデータは機動六課のFWメンバーの訓練データ。それぞれのFWメンバーの訓練データやメニューを瞬時にフリートは読んで行く。

 読み進めて行く内にフリートの気配は険しくなって行く。

 

「……コレ? 実働部隊の訓練内容ですか? 訓練校の訓練内容な気がするんですけど」

 

 高町なのはの教導内容は基礎を中心としている。

 その事に問題は無い。基礎は何よりも重要な要素。基礎を疎かにすれば、必ず痛い目に合う。

 だが、高町なのはの教導内容は基礎が多過ぎるのだ。まるで新たな下地を造ろうとしていると言わんばかりに、基礎が多い。

 エリオやキャロは問題ない。二人はまだ幼いので基礎を中心とした底上げで充分に強くなれる。

 スバルも同じく格闘主体の戦闘なので、基礎を続ければ実力は上がって行く。

 問題はティアナだった。戦闘スタイルが高町なのはと似ているせいなのか、どうにも訓練メニューの内容が高町なのはに合わせた内容に近くなっている。

 

(ティアナさんって、なのはさん並みの防御力は持っていませんし、機動力も飛行出来ないので移動は地上限定……なのに、足を止める? いえ、すぐさま動ける止まり方なら問題は無いんですけど)

 

 高町なのはとティアナの魔導師としての素質は良く似ているが、根本的な部分で違っている。

 膨大な魔力を運用して戦う高町なのは。技術はともかく魔導師としては一般的な魔力しかないティアナ。

 この差は大きく、高町なのはの戦いをティアナに施して行けば必ず何処かで限界が訪れる。ティアナには膨大な魔力も、堅牢な防御力も無いのだから。

 なのはの言いたい事もフリートには分かって来たが、事態は最早機動六課に関わっていられる状況では無くなって来ていた。

 

「……正直に言います。もうこの世界には余裕が無い可能性が出て来ました」

 

「最後の【寄生の宝珠】が、スカリエッティ達の手元に在る可能性が出て来た。今日のオークションに奴の秘書であるナンバーズ1のウーノが来ていたのだ」

 

「そんな!?」

 

 【寄生の宝珠】はただの宝石にしか見えない代物。

 ソレを態々、しかも片腕と言って良いウーノが落札にやって来ていた。その時点でスカリエッティ側は【寄生の宝珠】の真実を知っている事になる。無限書庫にさえ存在していない【寄生の宝珠】の存在を知る方法は一つだけ。

 行方が分からずにいる最後の【寄生の宝珠】が、スカリエッティ側に在る可能性が高いと言う証拠だった。そしてスカリエッティ達には【聖王のゆりかご】も存在している。

 事前に聞いていた最悪の可能性が現実味を帯びて来た事実に、なのはとガブモンの顔は険しくなる。

 

「情報を少しでも得る為に、あの世界を崩壊に導いた【寄生の宝珠】から情報を抽出します」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 オークションで落札した【寄生の宝珠】を取り出したフリートに、ガブモンは心配になって質問した。

 

「大丈夫です。コイツ自体は既に強力な封印魔法を掛けてありますし、専用機器も造って調べますから。まぁ、二日ほどでデータの抽出は終わるでしょう。その間に【聖王のゆりかご】の確認をします。望みは薄いですけど、まだ【寄生の宝珠】が取り付いていなければ、即座に跡形もなく破壊します。だから、機動六課に関わっている余裕なんて在りません! と言う訳で諦めて下さい」

 

「其処をお願いします! フリートさんの言う事も分かりますけど、ティアナの事も放って置けないんです!」

 

 悩みを聞いただけになのははティアナを放って置く事が出来なかった。

 自分達の世界のティアナも仲間だっただけに、此方の世界のティアナの事も話した事で尚更に放って置けなかった。

 

「……なのはさん。私はドラ〇もんじゃないですよ。幾ら私でも管理局内の組織である機動六課に、しかも色々無茶して造り上げられてもう一杯一杯のあの部隊に、なのはさんをどうやって入り込ませろって言うんですか!?」

 

 万能に見えるフリートにも限界は在る。

 機動六課のコンピュータにハッキングして情報を盗んだり改ざんしたりは出来るが、なのはクラスの魔導師を入り込ませるのは不可能だった。変身魔法を使って容姿を変え、魔力も抑える道具を使って低ランクの魔導師にしたとしても、保有制限ギリギリの機動六課に入り込ませるのは無理なのだ。

 本局から送られて来た魔導師だと言ったとしても、機動六課の後見人の人物達と部隊長の八神はやてが連絡を取り合っているので流石に虚偽だとバレてしまう。

 もしやるとしたら途方も無い労力を使う事になるので、【寄生の宝珠】の捜索に支障が出てしまう。

 

「今回ばっかりは流石に無理ですよ! あの部隊になのはさんを潜入させるなんて、私でもむ……」

 

「なのはちゃんを機動六課に行かせる方法は在るわ」

 

「はやてちゃん?」

 

 聞こえて来た声になのはが振り向いて見ると、はやてが体をベットから起こしていた。

 

「確かに普通ならこの世界の機動六課に入れるのはキツイ……でも、今なら出来る。機動六課のミスを利用さえすれば」

 

 ゆっくりと、はやては自身が考えたなのはを機動六課に潜入させる策を語った。

 聞き終えた全員が、確かにはやての策ならば機動六課の隊長陣はなのはを機動六課に入れるしか無い事に納得する。

 今回の任務で機動六課の隊長陣が見逃してしまった途轍もないミスを利用した恐ろしい策。無論フリートの協力は必要だが、協力してさえくれれば充分に可能な策だった。

 

「……ハァ~、確かに今の策ならばなのはさんが機動六課に潜入する事は出来ますが……潜入してどうするんです? ハッキリ言って機動六課に潜入して得られるメリットが無いんですけど?」

 

「……前回の世界同様にスカリエッティは機動六課を狙って来ると思います。だって、あそこにはプロジェクトFの成功例のフェイトちゃんにエリオ。ソレに戦闘機人のスバルが居ます。この世界のスカリエッティが狙うには十分な理由だと思います」

 

 デジモンが居ないこの世界では、スカリエッティの研究目的は【生命操作技術の完成】。

 その素材になる可能性が高い人物が三名機動六課には居る。確かに機動六課を狙う理由は充分に在る。

 

「最悪の可能性がもう当たっているなら、機動六課は必ず狙われます。ソレに何時かはあの子が機動六課に来ます」

 

「……【寄生の宝珠】が取り付いて進化した【聖王のゆりかご】を見つけるのは、私でも大変ですからね……分かりました。なのはさんの機動六課行きを認めましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

「但し! 囮で機動六課を使うのなら、絶対に潰しては駄目ですよ! 入る時もBランクぐらいまで魔力は落としますし、隊長陣を直接叩きのめすのも駄目です! 凄いストレスが溜まるかもしれませんけど、コレが条件ですからね!」

 

 フリートはそう告げると、すぐさまなのはを潜入させる為の準備を行ない出すのだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティの秘書であるウーノは、現在の自分達のアジトへと帰還し、今日のオークションに関する報告を主であるスカリエッティに行なっていた。

 

「申し訳ありません、ドクター。二つ目のアレの回収に失敗しました」

 

「……やはり、そうなったみたいだね」

 

「やはりとは?」

 

「実は偶然ルーテシア達もあのオークション会場の近くにいてね。興味深い密輸品の骨董品の奪取の序にアレの奪取も頼んでみたのだが、失敗に終わってね。その上、危うくルーテシア達が捕まりかけたのだよ」

 

「ルーテシアお嬢様達が!?」

 

 ウーノはスカリエッティ達が語った事実に驚いた。

 召喚士であるルーテシアと騎士であるゼストの実力をウーノは良く知っている。そのルーテシア達が危うく捕まりかけたとなれば、由々しき事態。

 

「機動六課にそれほどの魔導師が居たのですか!?」

 

 前回のリニアレールの件で、スカリエッティ達は機動六課の戦力は把握出来ていた

 例え八神はやての個人戦力に近い守護騎士達が加わったとしても、自分達の勝利は間違い無いとウーノは確信していた。だが、ルーテシア達が捕まりかけたとなれば、戦力把握を見直さなければならなくなる。

 そう進言しようとウーノはしようとするが、その前にスカリエッティが口を開く。

 

「ソレが分からないのだよ。情報収集用(・・・・・)のガジェットから送られて来た映像を解析してみたが、幾ら調べてもあの場に居た機動六課の面々の誰も、ルーテシア達を攻撃した様子が無かった」

 

「……では、あのホテルに泊まっていた何者かがルーテシアお嬢様達を攻撃したのでしょうか?」

 

「それも不明さ。だが、手掛かりが一つだけ在る」

 

 スカリエッティは空間ディスプレイを操作し、映像を映し出す。

 ソレは、ティアナの放った魔力弾がスバルに当たる直前に、何かに消される瞬間の映像だった。

 

「運よく破壊されるのを免れたガジェットから送られて来た映像だよ。恐らくこの時の魔力弾を掻き消した主がルーテシア達を攻撃した人物だろう。そして解析を行なった結果、興味深い結果が出たんだよ」

 

 操作を行なうと共に映像がスローモーションになって行く。

 しかし、そのスローモーションの速度が問題だった。ウーノが見る限り、周囲の光景は最早止まっているに近い光景。だが、その中で通常時の魔力弾を超える速さで進む桜色の魔力弾が映し出され、ティアナの放った魔力弾を打ち消す光景が見えた。

 ウーノは信じられないと言う気持ちを抱いた。何せ最大レベルのスローモーションで漸く攻撃の正体が判明し、尚も攻撃の速度は異常としか言えない速度。人間が視認出来ないレベルの出来事が起きていたのだと判明したのだから。

 

「……ドクター。この魔力弾を放った主は一体?」

 

「分からないね。魔力光から考えれば、機動六課の部隊長の高町なのはなのだが」

 

「ソレは在り得ません。私はオークション会場内に高町なのはの姿を確認しました。彼女は戦闘中はオークション会場から一歩も外には出て居ません」

 

「そうかい。最有力候補が外れとなれば、一体何者だろうね? ……とは言え、何もにしても警戒対象が出て来た事には違いない。二つ目のアレを落札した人物も危険には違いないからね」

 

「はい。間違い無くアレの正体を彼女は知っていました」

 

「驚きとしか思えないよ。アレの正体は管理局の検査機器でさえ見破れなかったと言うのに、私以外にあの隠蔽を見破れる者が居たとはね……その人物は使うと思うかい?」

 

「いえ、ソレは無いと思います。確信は出来ませんが、悪用するならば許さないと脅して来ました。余程追い込まれでもしない限りは、使用は考えないと思います」

 

「……なるほど。となれば、戦闘用(・・・)のガジェットの派遣は暫く見合わせた方が良いようだね。追い込んで二つ目のアレを使用されるのは困るからね」

 

 そう言うとスカリエッティは再び空間ディスプレイを操作し、別の映像を映し出す。

 映し出された映像には、次元空間に浮かぶ巨大な戦艦の姿が在った。そしてその周囲には、数え切れないほどの機械の軍勢が存在していたのだった。


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