漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

15 / 32


 ティアナ・ランスターと言う少女は努力家である。

 彼女の実力はその努力によって築かれたものだった。機動六課のメンバーの中では、彼女には目立った部分は余りない。魔力は平凡並み。キャロのようなレアスキル。エリオのような魔力変換資質。スバルのような潜在能力や可能性の塊ではない。だが、彼女には他のメンバーにはない部隊において必要なスキルが備わっていた。

 それがあるからこそ、彼女は機動六課のFWメンバーの中で最も必要な人材だった。

 しかし、彼女はその事実には気が付いていない。その原因は機動六課のメンバーにこそあった。

 リミッターを付けているとは言え、Sランクオーバーの魔導師がニアも含めれば四人。その他の人材も優秀と呼べる成績を持っている者達。そんな中で確固たる自信だった努力が通じない事実は、ティアナに劣等感を抱かせていた。

 もしそれをティアナの教導官である高町なのはが理解していれば、ティアナとちゃんと話をしていただろう。しかし、高町なのはは、いや、機動六課の隊長陣の誰もがティアナの焦りに気が付いていなかった。

 此処で重要なのはティアナは機動六課のFWメンバーの中で最も必要な人材だったことにある。隊長である高町なのはには、小隊指揮能力はない。副隊長のヴィータにしても、高町なのはばかり気に掛ける部分があるために指揮能力が不足している。必然的にティアナがFWメンバーの指揮を執るしかないのだ。

 しかし、ティアナ自身はその事に気がついていない。いや、正確に言えば気がつける余裕が今の彼女にはなかった。周りのメンバーの豊かな才能に歳が三つぐらいしか変わらないはずなのに、輝かしいばかりの隊長陣の経歴と称号。ティアナは機動六課に来るのが早過ぎたのかもしれない。

 もっと多くの経験を積んでから機動六課に来ていれば、彼女にも余裕が少しはあったはずだ。

 だが、彼女はその機会に恵まれずに機動六課に来てしまった。故にこの時に起きた事件は必然だったのかもしれない。大切なことを忘れてしまった機動六課の隊長陣と彼女の激突は。

 

 

 

 

 

(ソレ、本当ですか?)

 

 なのはから届いて来た念話の内容に、フリートは疑問の返事を思わず返してしまった。

 オークション会場にいるせいで他の客の視線が在る為に、機動六課のロングアーチから映像をハッキング出来ないのでフリートとレナは外の様子が分からずに居た。

 隊長陣が今だにオークション会場内に居るので、外での戦闘が長引いているだけだと思っていたのだが、なのはからの念話に寄って事態はフリート達に取って宜しくない事態になって来ている事が判明した。

 

(本当です。ガジェットが自動操作から有人操作に切り替わって、かなりレベルの高い召喚士も居るみたいです)

 

(……何でソレだけ異常な事態になっているに、隊長陣達は動かないんですか!?)

 

 今まで無人でしか動かなかったガジェットが有人操作に切り替わるなど、異常事態としか言えない。

 ソレだけでこのアグスタ内に何らかの敵が求める物が存在している事に証拠になる。密輸品か、或いは出展されるロストロギアが目的なのか分からないが、非常に状況はフリート達に取って不味過ぎる事態に成って来ていた。

 敵に召喚士が居ると言う事は、アグスタ内にまでガジェットを転送する事も出来る。なのはとはやてが動き出すには十分な理由だ。

 コレでオークションそのモノが中止にでもなってしまえば、【寄生の宝珠】が手に入らなくなる。再び開かれるのならともかく、アグスタその物がガジェットに破壊されてしまえばオークションが開かれる事は二度と無いのだから。

 

(分かりました。ジャミングや映像の改ざんはやりますので、やっちゃって下さい)

 

(はい、それじゃ)

 

 なのはとの念話が途切れ、フリートは深々と溜め息を吐く。

 そのまま隣の席に座っているレナに、秘匿念話で状況を知らせる。

 

(……冗談ではないのか?)

 

(間違い無いでしょうね。本当にまさかの事態ですよ)

 

(確かにまさかだ……なのに、何故隊長陣は動かないのだ!?)

 

 レナは思わず、未だにオークション会場内でドレスを纏ったままの隊長陣達に険しい視線を向けてしまった。

 フリートは当然だと言わんばかり腕を組みながら、何度も頷いて同意を示す。

 

(有人操作に切り替わった時点で敵が何かを狙っているのは間違い無いに、隊長陣は動かないまま……つまり、敵の狙いに気が付いてないと言う事でしょう。その上、人数の少なさが此処に来て響きましたね)

 

(あぁ、もしも護衛任務を他の局員に回せていれば、隊長陣達も表に出られる。だが、この世界の機動六課はソレが出来無い)

 

(……なのはさんとはやてさん、リインちゃん、ガブモンに任せるしか無いですね。私達は外に出られませんし)

 

 フリートは出来る事ならば、何事もなくオークションが開催される事を願った。

 しかし、その願いは叶う事は無かった。フリート達の問題では無く、この世界の機動六課が抱える問題に寄って。

 

 

 

 

 

 アグスタ正面前。その場所で機動六課のFMメンバーであるスバル、ティアナ、キャロ、エリオは来るであろうガジェットの襲撃に備えていた。既に同じ召喚士であるキャロの情報から近くに別の召喚士が居るという情報とシャマルからガジェットが自動操縦から有人操作に切り替わっていると言う情報が彼女達にも届いていた。

 故に全員現れるガジェットに対して考えていると、召喚士であるキャロがいち早く異変に気がつき叫ぶ。

 

「遠隔召喚! 来ます!!」

 

 キャロが叫び終えると同時に複数の召喚陣が出現し、その中から十数機ほどのガジェットⅠ型やガジェットⅢ型が現れた。

 ガジェットの出現の仕方にエリオとスバルは驚きながら、自分達を取り囲むように動き始めたガジェットを見ながら叫ぶ。

 

「今のって……召喚魔法陣!?」

 

「召喚って!? こんなことも出来るの!?」

 

「優れた召喚師は、転送魔法のエキスパートでもあるんです! だから、こんな風にガジェットを転送させることも出来るんです!?」

 

 驚いているエリオとスバルにキャロは現れたガジェットを睨みながら叫んだ。

 それを横で聞いていたティアナは、両手にそれぞれ握っている銃型のデバイス-【クロスミラージュ】-を構えながら叫ぶ。

 

「何でもいいわ!! 迎撃行くわよっ!」

 

 ティアナは叫ぶと共にクロスミラージュを構えながらガジェット達に向かって駆け出し、スバルとエリオはそれを援護するように後に続き、キャロは支援を行うために魔力を集中させる。

 

(今までと同じだ。証明すればいい。自分の能力と勇気を証明して……あたしはそれで、いつだって、やってきた!)

 

 胸中で自分自身に言い聞かせながら、ティアナは足元に魔法陣を展開した。

 迫り来るガジェットに対してティアナは射撃で、スバルとエリオは近づいての打撃などで攻撃を行うが、通常の自動で動いていた時と違って有人操作に切り替わったことで機動性と反応速度が上がっているガジェット達は次々と攻撃を回避していく。

 その動きにティアナ達はついていくことが出来ずに徐々に焦りが募っていく。

 

 その様子をアグスタホテルの一室のベランダに立ちながら、眺めている二人の姿が在った。

 機動六課のFWメンバーのぎこちない動きに、二人の内の一人、なのはは険しい視線を何かを焦るように戦い続けているティアナに向ける。

 

「……焦っているね、ティアナ」

 

「みたいやね。不味い。FWメンバーのまとめ役のあの子が焦ったら、最終防衛ラインを護り切れへんかもしれん」

 

 なのはとはやてはFWメンバーの要が誰なのか、一目見るだけで理解出来た。

 その要が何かに追い込まれているかのように焦っている。このままでは冷静な判断をし切れず、判断を誤るかも知れない。そうなればアグスタは終わってしまう。

 本来ならば隊長陣の誰かが応援に駆け付けなければならない。だが、副隊長陣は前線に出過ぎてすぐには戻って来れない。

 

(何で遠距離攻撃が出来るなのはちゃんが外に出て来ないん? こんな偏った戦力配置じゃ、少し動きが変わっただけで簡単に防衛ラインを抜かれてしまうのは当然やのに。何でこんな偏ったメンバーでの戦力配置をしたんや!?)

 

 シグナム達の戦いぶりは確かに問題ない。

 だが、戦いはそれだけで済む問題ではないとはやては嫌と言うほど味わって来た。ほんの僅かな変化だけで戦場はガラリと様相を変化させる。

 しかし、機動六課の配置は僅かな変化が出るだけで戦闘に乱れが生じるほどに偏りが出過ぎていた。現に副隊長達が前線に出過ぎていて、すぐには戻って来れないと言う事態になっている。

 

「ほんまに何を考えてるんや、この世界の私は……なのはちゃん」

 

「分かってる。行くよ、レイジングハート」

 

《分かりました、マスター。サンダー・エレメント。セットアップ!》

 

 起動音と共になのはのバリアジャケットの白い部分が黄色に染まった。

 なのははレイジングハート・エレメンタルの矛先を、緑の深い森の方へと構える。

 既にロングアーチからの情報とはやての探知魔法によって、召喚士の大まかな位置は把握している。先ほどのガジェットの転送に寄って、その位置は更に絞れた。

 後一度敵の召喚士が魔法を使えば、完全に位置を把握出来る。故になのはは待つ。

 自らのパートナーがその一度を必ず引き起こしてくれると信じ、レイジングハート・エレメンタルの矛先に環状の魔法陣を複数発生ながら、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 ホテル・アグスタ地下駐車場。

 その場所に隠されているように置かれていたトラックの後ろ扉が何者かの手に寄って破壊されていた。

 破壊した相手の姿は異様だった。昆虫人間とでも表現するのが一番合っている容姿をした怪人。

 その怪人はトラックの中を漁り、目的の品を小脇に抱えてトラックの外に出る。そのままインゼクトに先導されて別の場所へと向かおうとする。

 

「……ッ!?」

 

 何かに気が付いたように慌てて怪人はその場から飛び去り、切り裂かれるインゼクトを目撃する。

 慌ててインゼクトを切り裂いた相手に怪人は目を向けようとするが、その前に切り裂いた相手が怪人の懐に素早く入り込む。

 怪人は持っていたトランクを放り捨てて後方へと下がる。目の前の相手は荷物を持って戦える相手ではないと、本能が叫んでいた。

 ギリギリのところで襲撃者の一撃を回避し、改めて襲撃者を確認しようとする。だが、怪人の視界に広がったのは相手の姿ではなく、蒼く輝いて燃え盛る炎だった。

 

「ッ!?」

 

 怪人は全身に広がった蒼い炎に焼かれながら苦しみ、床をのたうち回る。

 しかし、突如として怪人の足元に紫色に輝くベルカ式の魔法陣が出現し、怪人は何処かに転移して行く。

 消え去る前に怪人が目にしたのは、蒼い炎の光に照らされる、身長四メールほどの大きさを持つ狼の獣人-ワーガルルモンXの姿だった。

 

「……行ったか……それにしても、どうして【ガリュー】が盗みを?」

 

 ワーガルルモンXは目論見通りに怪人-【ガリュー】-が召喚士の手に寄り送還された事を確認した。

 先ほどの怪人であるガリューをワーガルルモンXは知っていた。自分達の世界では管理局に所属する召喚士の召喚獣。そのガリューが盗みに来た事にワーガルルモンXは驚いていたが、それでも目的を忘れずに相手を殺さずに無力化した。

 全力で暴れるには地下駐車場は狭く、暴れて破壊するのには不味過ぎる。故に奇襲で相手を動揺させ、弱点である炎に寄る攻撃でガリューを送還させると言う作戦を取ったのである。

 誰も来ていない事をワーガルルモンXは確認すると、ガリューが放り投げたトランクケースを拾い上げ、そのまま後部コンテナのドアが破壊されているトラックの中を確認する。

 

「……狙いは密輸品の方だったみたいで良かった……それにしても、この世界のなのは達はこの密輸品に気が付いて居ないのかな?」

 

 ロストロギアのオークションと言う事だけに、密輸品が持ち込まれる可能性はなのは達からワーガルルモンXは聞いていた。

 とは言え、自分達が取り締まる訳にも行かないので放置していたのだが、こうして密輸品を見つけてしまった。

 

「……どうしよう、コレ?」

 

 自分の姿を見せる訳にも行かないが、外は戦闘中なので通報する事も出来ず、ワーガルルモンXは困惑しながら密輸品の山を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫、ガリュー?」

 

 強制送還で自身の下に戻って来た全身に火傷を負ったガリューを、黒焦げになった自身のマントを持ったルーテシアは心配そうに見つめた。

 召喚士と召喚獣の繋がりで、ガリューに危機が訪れたのを感じたルーテシアは、急いで送還を行なった。

 其処で見たのは全身を蒼い炎に包まれたガリューの姿だった。すぐさまルーテシアはゼストからマントを奪い取り、ガリューを燃やしていた炎にマントをぶつけて消そうとした。

 幸いと言うべきなのか、ガリューの火傷は全身に在るが余り酷い火傷ではなく、治癒すれば助かるレベルで済んでいた。

 

「戻って休んで」

 

 ルーテシアが告げるとと共に、ガリューの体は漆黒の球体に変わり、【アスクレピオス】の宝玉部分に入って行った。

 心配そうにルーテシアは宝玉を撫でるが、すぐに険しい視線をアグスタに向ける。

 

「……ガリューを傷つけた報い。受けて貰う」

 

 稀薄ながらも怒りの気配を発しながら、ルーテシアはアスクレピオスを構える。

 ゼストはルーテシアが残っているガジェットをアグスタ内に転送させようとしている事を察し、止めようとする。

 流石に一般人にまで被害が及ぶのは今後の行動に支障が出てしまう。故にゼストは止めようとするが、その前にルーテシアは激突音と共に吹き飛び、後方の木に背中からぶつかる。

 

「ッ!? ルーテシア!!」

 

 ゼストは慌てて地面に倒れ伏したルーテシアに駆け寄る。

 だが、駆け寄る前に今度はゼスト自身が背中から強烈な衝撃と痺れが走る。

 

「ガハッ! ……そ、狙撃か?」

 

 自身とルーテシアを襲った攻撃の正体を悟り、ゼストは驚愕しながら攻撃が襲い掛かって来た方向にあるアグスタに振り向く。

 信じれない事だが、敵はアグスタから森の木々の中に隠れているゼストとルーテシアを発見し、その上で狙撃して来た。その事実に驚愕しながらも、ゼストはすぐさま気絶したルーテシアの前に移動し、今度は腹部に強烈な一撃を受ける。

 

「グハッ! (こ、この狙撃手は……冷静に……そして冷酷に俺達を無力化しようとしている)」

 

 最初にルーテシアを無力化したのは、ガジェットの有人操作を止めさせ、転移と言う手段を使用させない為。

 本来ならば二発目でゼストも無力化しようとしていたに違いない。だが、ゼストの頑丈さが相手の予想を超えて無力化には至らなかった。しかし、今の三発目。ゼストがルーテシアを護ると確信して相手は狙撃して来た。

 冷酷と言う言葉が相応しい無慈悲な狙撃。目的の為ならばこの相手は何処までも冷酷になれると、ゼストは三発目の一撃を受けて感じる。

 

(……此処までなのか? 俺は此処で捕まるのか)

 

 次の一撃は堪え切れない。デバイスを起動させる暇も無い。

 此処で終わると言う事実に悔しさを感じながら、ゼストは終わりの四発目の狙撃が来る時を待つ。

 だが、先ほどはすぐさま来た三発目と違い、四発目はすぐには訪れなかった。その事にゼストは疑問を一瞬感じるが、疑問をすぐさま振り払い、気絶しているルーテシアを抱き上げる。

 同時にルーテシアがぶつかった木が何かに抉られたかのように幹が弾け飛ぶ。だが、ゼストは最早振り返られなかった。全身を襲う痛みに構わず、気絶したルーテシアを抱えてその場から離脱して行った。

 

 

 

 

 

 アグスタの泊まっている部屋のベランダから、はやての補佐を受けてゼストとルーテシアを狙撃していたなのはは、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「……ごめん、はやてちゃん。逃げられた」

 

「……えぇよ。アレは仕方あらへん」

 

 十分に無力化出来る筈だった。

 最初にルーテシアを気絶させ、後はゼストを無力化するだけで終わる筈だった。

 だが、なのはは狙撃中に見てしまった。ティアナが放ったミスショットがスバルに向かって行くのを。

 判断は一瞬だった。ゼストに当てる筈だった四発目の狙撃用魔力弾を、スバルに向かっていたティアナの一発のミスショットに向かって放ち、消滅させた。

 そのすぐ後にゼスト達に再び照準を合わせたが、一発分のタイムラグは大きく、ゼスト達には逃げられてしまった。此処で無力化出来ていれば、後々の機動六課の戦いは楽になっていただろう。

 しかし、ティアナのミスショットもなのはは見逃せなかった。あのミスショットは直撃していたかもしれないスバルだけではなく、ティアナの心にも傷を負ってしまう危険なミスショット。此処でティアナが機動六課から離れるのは、機動六課全体の損失に繋がってしまう。

 その事実を知っているが故に、はやてはなのはを責めなかった。ゆっくりとはやては自身の横に映っている映像ディスプレイに目を向ける。

 ディスプレイには、今更(・・)戻って来たヴィータが、激しくスバルとティアナを責め立てている光景が映っていた。

 

「……ヴィータ……責めるのはえぇけど……自分も反省した方がえぇよ」

 

「……ちょっと出て来るね」

 

「なのはちゃん。機動六課の部隊長としてはなのはちゃんの判断は、間違っていないと思うわ。此処でティアナが脱落するのは、この世界の機動六課にとって大き過ぎる損失やから」

 

「……私は管理局員じゃないよ。喫茶店の店員だからね」

 

 バリアジャケットを解き、レイジングハート・エレメンタルを待機状態になのはは戻した。

 そのまま部屋の机の上に置いてあった変身魔法を発動させる道具を身に着けて起動させる。

 次の瞬間、なのはの髪の色は茶色から黒に染まり、顔も美人ではあるがなのはとは全く違う別人へと変わった。

 

「それじゃ、ちょっと行って来るよ」

 

「気ぃつけて」

 

 部屋から出て行くなのはをはやては手を振りながら送り出した。

 扉が閉まるのを確認すると、はやてもリインとのユニゾンを解き、シュベルトクロイツを待機状態に戻す。

 そのままベットに身を放り投げるように倒れ伏した。目の上に手をはやては移動させて顔を隠す。

 リインは心配そうにはやてを宙に浮かびながら見つめる。

 

「はやてちゃん……大丈夫ですか?」

 

「……正直言ってキツイわ……怒ってえぇのか、悲しんでえぇのか……頭の中がゴチャゴチャになっている気分なんよ」

 

 混乱していると言うのが今のはやての状態には相応しかった。

 もっと確り戦闘配置を考えて居れば。副隊長陣が前線に出過ぎなければ。敵を甘く見なければ。機動六課の隊長陣がティアナの心理状態を知って居れば。考えれば考えるほどに、はやての頭の中は混乱して行く。

 リインは、はやての気持ちを理解するが、如何する事も出来なかった。コレがはやて自身のミスならば叱る事も慰める事も出来る。

 だが、はやてが混乱している原因は別世界の自身の可能性と言う通常ならば考えられない原因。故にどうすれば良いのかとリインが悩んでいると、ワーガルルモンXから通信が届く。

 

『……あの……はやてさん? 今良いですか?』

 

「……何か在ったん?」

 

 自身の横に出現した空間ディスプレイに映し出されたワーガルルモンXに、はやては顔を向けた。

 

『えぇまぁ。なのはよりも管理局員のはやてさんに聞いた方が良いと思って……実は見つけたんです』

 

「……聞きたくないけど……見つけたって……まさか?」

 

『…密輸品です。しかも……どうにもこのホテルの関係者が関わっているみたいで……コレって不味いですよね?』

 

 密輸品を発見してからワーガルルモンXは、その場に隠れるように留まっていた。

 暫く隠れているとホテルの警備員がやって来た。その時はコレで自身が通報する必要は無いと思って安堵したのだが、警備員は六課の隊員には連絡せず、仲間の警備員を呼んだと思ったら、密輸品を隠そうと動き出した。

 すぐさまワーガルルモンXは隠れた場所から飛び出し、密輸品を隠そうとした警備員達を奇襲で気絶させた。だが、問題は其処ではなく、警備員が密輸品を隠そうとした事に在った。

 ホテルの関係者である警備員が密輸品を隠そうとしたという事は、ホテルの上の人物が密輸品に関わっていると言う証拠。つまり、通報して警備員が捕まり、密輸品が押収された場合、今日のオークションが中止になってしまうと言う事態にまで及んでしまうと言うワーガルルモンX達に取って最悪な事態になってしまうのだ。

 状況を聞き終えたはやては言葉を失った。密輸品が在る可能性は充分に考えられた。

 問題はソレにアグスタ関係者が関わっている事に在る。管理局員としては即座に動いてオークションを中止し、密輸品の関係者を摘発するべきである。

 だが、今日此処にはやてが居るのはオークションに出展される【寄生の宝珠】の回収にある。オークションの中止など絶対に出来ない。

 

「……もう……限界や……」

 

「はやてちゃん!!」

 

『は、はやてさん!?』

 

 様々な心労で遂に限界が訪れたのか、はやては気絶し、リインとワーガルルモンXは慌てるのだった。

 

 

 

 

 

 ホテルの裏手。

 ティアナは壁に手を着きながら泣いていた。

 任務中でのミス。危うく自身の相棒であるスバルを傷つけてしまう危険も在った。

 スバルに当たる直前に、何故か(・・・)魔力弾は(・・・・)消え去った(・・・・・)が、ソレでミスが許される筈が無い。

 上司であるヴィータには叱られ、フォローをしてくれたスバル共々前線から離れる事になった。戦闘が終わった後、スバルは慰めてくれたが、ソレが辛かった。

 いっそ罵ってくれた方が良かったとさえティアナは思っていた。だからこそ、思わずスバルに怒鳴ってしまった。

 証明したかった。優れた力を持たない凡人でもやれるという事を。ランスターの弾丸は敵を撃ち抜けるという事を。

 だが、失敗してしまった。その後にヴィータの言葉は、ティアナの心の奥に在るトラウマを思い起こさせてしまった。もしもヴィータがティアナの事情を知って居れば、もう少し言葉を選んでいただろう。しかし、ヴィータはティアナの事情を知らなかった。だからこそ、感情的な言葉で言ってしまった。

 ティアナには分からなかったのだ。何故機動六課の隊長陣が自身をエリート部隊である六課に入隊させたのか。

 それ故に日々の日常で感じていた劣等感とストレスが此処に来て爆発してしまった。その結果が味方への誤射と言う最悪なミスを呼んでしまった。

 故にティアナは泣いていた。自らの不甲斐なさと、自らの相棒であるスバルに怒鳴るような行為でしか返せなかった自身の酷さに。

 そんなティアナに背後から声が掛けられる。

 

「こんな所で泣いているなんて……どうしたの?」

 

(なのはさん!?)

 

 背後から聞こえて来た声に慌てて、ティアナは涙を腕の袖で拭って振り返る。

 

「す、すいません! すぐに警備に戻ります、なの……」

 

 頭を下げながらティアナは振り返り、ゆっくりと顔を上げようとして違和感に気が付く。

 任務の直前に隊長のなのはが着ていたのはピンクのドレスの筈。だが、視界に映って来る服装は私服。

 どう言う事なのかとティアナは顔を上げ、相手が苦笑している姿を見る。声の人物はティアナの上司であるなのはでは無かった。

 髪型はポニーテルにしている黒髪。顔立ちも美人では在るがなのはとは違う。だが、確かに聞こえて来た声は上司である筈のなのはの声。

 その声は再びなのはとは違う別人の相手の口から響く。

 

「誰かと勘違いているみたいだけど、私はタバネ。タバネ・シノだよ。管理局員さん」

 

 声は同じでは在るが上司であるなのはとは違う別人であるタバネ・シノは、ティアナに優し気な笑みを向けたのだった。




なのはの偽名は、中の人の繋がりで決めました。
因みに多分はやての変装は出ないので書きますが、偽名はリンです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。