GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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評価とかランキングとか凄いことになってる気がしたが目の錯覚かな?(錯乱)


2:Enemy at the Gates/皇居前攻防戦(上)

 

 

<2017年夏/12:25>

 伊丹耀司

 東京・皇居前

 

 

 

 急遽防衛線を敷く事にした伊丹達に与えられた時間はわずかだった。

 

 まず行ったのは即席のバリケードの設置である。指揮系統から外れた警官や皇居前まで避難してきた民間人にとにかく声をかけまくり、協力を仰ぐと放置された車両を動かして濠にかる橋を封鎖したのである。

 

 皇居前広場を横断する内堀通りは交通量が意外と多い。車幅も広く、大型トラックや観光ツアー用の大型バスも多数放置されていたおかげで、バリケードの材料には事欠かなかった(車の持ち主達は災害避難時の手順に従いキーを挿したままドアもロックせずに逃げ出していた)。

 

 橋の官庁街側と皇居側にそれぞれバリケードをこしらえて二重の守りを形成した。各バリケード間の橋上にも多数の車両が放置されている。単なるバリケード構築以外にも短い時間なりに歓迎( ・ ・)の準備もしておいた。

 

 構築に協力してもらった一般市民は既に避難してもらい、防衛線には伊丹と寄せ集めの警官隊のみ残っている。警官達にはサブマシンガン以外にも放置車両からかき集めた、防衛線に役立ちそうなアイテムを何種類か持たせておいた。

 

 情勢把握と援軍要請に備えて無線に聞き耳を立てていた制服警官が伊丹へ報告してきた。

 

 

「たった今、正門を開放して避難民を皇居へ入れる許可が下りました!」

 

「よし! 避難民はどれぐらいで収容が完了するか分かりそうか?」

 

「20……いえ、収容と誘導が完了するまで最低でも30分は必要だと」

 

 

 報告を受けて伊丹は腕時計に30分のタイマーを設定。

 

 たかが30分、されど30分である。長い30分になるだろうな、と伊丹は経験則からそんな感想を抱いた。

 

「援軍の方はどうなってる」

 

「待って下さい……援軍は……避難民の誘導と皇居の方々の警護に回さなければならないので多くは動員できないそうですが、皇宮警察と第一機動隊の一部を送ってくれるそうです!」

 

 

 具体的な規模はハッキリしないが貴重な援軍なので正直にありがたい。実は皇宮警察の急な方針変更には皇居にお住まいの『偉い方』からの『要望』(要請ではないのがミソだ)があったのだが、今の伊丹は知る由もない。

 

 少し考え込んでから伊丹は救援に来る予定の皇宮警察と機動隊にある要請をした。

 

 

 伊丹はバリケードの最前列寄りに配置された特型警備車の屋根の上で声を張り上げた

 

 

「皆にも聞こえたかもしれないけど、避難民が収容し終えるまでの30分、俺達はここで持ちこたえなきゃならない。避難民を収容し終えれば俺達も皇居に逃げ込んで後は救援が来るまで籠城すればいい。

 いいか。まず俺が狙撃で牽制するが、皆はまだ俺が合図するまでは発砲しないでくれ。撃つ時は人間やゴブリンみたいな普通サイズのヤツは胴体を狙っても大丈夫だが、それ以上のサイズの怪物には腰から下を狙うようにしろ。それから射撃モードは3点バーストからいじらないように」

 

 

 そのようなアドバイスを行ったのはMP5が使用する9ミリ拳銃では、人間以上のサイズの生命体には威力不足であるからだ。熊や猪などの大型獣を狩るのに最低でも7.62ミリライフル弾を使用する大口径のライフルや散弾銃が用いられるのもその為である。

 

 下半身を狙えという指示を出したのは分厚い脂肪や筋肉に覆われたオークやトロールの上半身に向かって撃つよりも足を止め易いとの判断からだった。上手いこと骨や関節に当たってくれれば確実に動けなくなるだろうし、動脈を傷つければ失血死も見込めるのだ。

 

 特型警備車に搭載されていた武器の中には1丁だけ、大口径のライフルがケース入りで混じっていた。豊和・M1500という国産の狙撃用ライフルだ(実際には狩猟用だが日本警察は害獣駆除用モデルを狙撃銃として採用している)。

 

 このM1500、自衛隊では採用されていないライフルだが見た目もボルトアクション式の機構も自衛隊で使っているM24対人狙撃銃とかなり似通っている。伊丹も特戦群時代や海外の戦場を転々としている間にこの手のライフルの扱いは体で覚えていた。

 

 

「神様仏様ソープ様にプライス大尉様、どうか俺に狙撃の才能をお分けください、なんてね」

 

 

 ブツブツ言いながらバイポッド(2脚)を広げ、装甲車の屋根で伏せ撃ちの射撃姿勢を取る。

 

 ゼロイン(着弾調整)も確認していない初めて撃つ銃なだけに不安も大きいが時間がない。その場その場でアドリブを利かせて修正を加えるしかないだろう。

 

 最初に狙撃銃で狙ったのは敵最前列の怪異の集団ではなく、その後方からジリジリ進軍を行う戦列歩兵だ。彼らが構える大型盾の表面にちょうど良い感じに上下斜めに均等に交差する薄い鉄板が貼られていたのだ。

 

 交差線の中心部にスコープの十字線を据える。伊丹は大きく息を吸い、息を吐き切ったところで呼吸を止めた。

 

 呼吸を止めてから酸素不足により肉体が震え始めるまでの数秒間。狙撃手はその数秒間の間に最後の照準修正を行い、無駄な力みををライフルへ伝えないように細心の注意を払ってそっと引き金を絞らなければならない。

 

 拳銃弾を使うサブマシンガンよりもキツい衝撃が肩を叩く。

 

 スコープの中で盾の表面から破片が飛散し、構えていた兵士が盾ごと仰け反って倒れた。盾に穿たれた弾痕の位置から当初の狙いからどれだけ照準がずれているか把握しつつ、伊丹は手早くボルトを操作して次弾を送り込む。

 

 

「荒っぽい運転で散々揺らした割にはあまりズレてないな」

 

 

 更に2回、構えていた兵士ごと盾を撃ち抜いてはスコープに付いた調整用ダイヤルをカチカチといじるのを繰り返したところで銃に弾薬を詰め直し、伊丹は狙撃に本腰を入れる。

 

 敵部隊に対し狙撃による攻撃を加える場合のセオリーとは、敵部隊の組織構造に欠かせない役職……指揮官や、指揮官の命令を伝達する通信兵を優先的に叩くのが鉄則である。

 

 脊椎動物に例えれば、頭が命令を送り神経が頭からの指令を全身に伝えて肉体を動かすのであり、逆に頭と神経が機能不全を起こせばその影響もまた肉体全体にも伝播するといえば分かり易いだろうか。

 

 それを軍勢に当て嵌めるとどうなるかの見本を、伊丹は今から再現しようとしていた。

 

 戦列歩兵からより後方に周囲よりも豪華な鎧を身に着けた騎士を見つけたので、無理に頭を狙わず的の大きな胴体を撃つ。似たような騎士が他にもいたので順番に撃っていく。

 

 一見他の兵士と同じような装備だが微妙にデザインが違う兵士を見つけたので撃つ。弾が切れたので装填。他の兵士より声を張り上げて指示を飛ばしている指揮官を視界に捉えたので撃つ。大部隊へ合図を送るための角笛を携えた兵士の集団がいたので順番に撃ち倒す。

 

 結果生じたのは、異世界の軍勢の大混乱である。

 

 次から次に指揮を務める人物が胸に穴を穿たれて血の海に沈んでいったのである。しかも鎧はいとも容易く貫通されていた。矢でも飛礫(つぶて)でもない、防具が通用しない謎の攻撃によって周囲にパニックが広がっていく。

 

 優先的に後方に控えた人間の兵隊を狙撃していた代償に、異世界軍の先鋒を務めるオークやゴブリンが最初のバリケードとの距離を詰めつつある。

 

 伊丹はスコープの倍率を最低まで下げながら標的を変えた。

 

 

「もう少しだ。構えろ。よく狙えよぉ!」

 

 

 異型の戦列との距離が100メートルを切ったところで伊丹は合図を発した。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

 タタタ、タタタッ、という3連続の乾いた銃火が醜悪な戦列を出迎えた。

 

 日本の警察官でサブマシンガンの射撃経験があるのは限られた部署に限られはするが、渡されたMP5そのものは設計は古いものの、数々の特殊部隊も御墨付きの非常に優秀な銃である。狙いやすさを高めるドットサイトと1度の発砲で自動的に3発発射する3バースト射撃の瞬間火力のおかげで、放たれた銃弾の半分以上がオークやゴブリンに見事命中した。

 

 耳障りな悲鳴を発しながらバタバタと撃ち倒される異形の群れ。

 

 中には致命的な急所に命中を免れたトロールや、狙いが上に逸れて上半身で銃弾を受けたオークも混ざっていた。生半可な矢や刃を通さぬ脂肪と筋肉の鎧によってサブマシンガンの銃撃に耐えた彼らは怯む事なく突撃を続行する。

 

 そして続けて放たれた威力も銃声も拳銃弾よりはるかに強烈な7.62ミリ弾によって、心臓などのバイタルパートを伊丹に撃ち砕かれて今度こそ息絶えるのである(頭部は熊クラスの害獣ではライフル弾でも分厚い頭蓋骨に弾かれる場合が多いのをふまえて狙わない)。

 

 例外はアニメやゲームに登場してパイロットが乗り込んで戦闘を繰り広げる人型ロボットクラスに巨大なジャイアントオーガーだ。下手な家屋並みの巨体ともなれば、7.62ミリ弾も針の一刺しも同然であった。

 

 怪獣映画ばりにドスンズシンと地面を揺らすほどの重い足音で通りを闊歩している。動きは鈍重だが巨体ゆえ歩幅が大きく、時折放置車両を空のゴミ箱でも蹴飛ばすみたいに足で押しのけながら、着実にバリケードへ近づきつつある。

 

 

「さーてどうする、狙撃銃の弾薬もほとんど残ってないぞ。あんなの生身で倒すのは調査兵団でもなければ無理じゃないのか?」

 

 

 最後の弾薬を狙撃銃の装填口に押し込みながら伊丹がぼやいた時である。

 

 唐突にジャイアントオーガーが身をかがめたかと思うと、軽自動車を鷲掴みにした。アルミホイルでできたおもちゃの車で遊ぶ子供のように屋根部分をぐしゃぐしゃに握り潰しながら、なんとそのまま大きく振りかぶってバリケードめがけ投擲を行った。

 

 軽く半トンは超える鋼鉄の塊が砲弾となって宙を舞う。軽自動車の軌道は伊丹が屋根に伏せる装甲車を直撃するコースであった。

 

 

「やっばぁ!?」

 

 

 慌てて起き上がって傍らに置いておいたMP5を引っつかみ装甲車から飛び降りる。

 

 足が地面に触れた瞬間、前転を行なう事で着地の衝撃を逃がした伊丹の背後で、物凄い勢いで飛来した軽自動車と装甲車が激突する轟音がした。衝撃で弾き飛ばされた両方の車体が横転して跳ね回り、バリケードや放置車両を巻き込んで破壊をもたらす。周囲の警察官達の間に悲鳴が起きた。

 

 防衛線への被害に勢いづいたジャイアントオーガーが突撃に移る。あのままバリケードに突入されてしまえば文字通りの意味でバリケードも伊丹達も蹴散らされてしまう。しかも伊丹達の火力ではジャイアントオーガーの撃破は不可能に近い。

 

 足に硬質の物体が触れた。放置車両からかき集めた車載用消火器が足元に転がっていた。火災が起きたり至近距離まで接近された時は噴きかけて煙幕代わりにしようと考えて準備しておいた。

 

 伊丹は消火器を拾うと、どこかの神殿からもぎ取ってきたかのような極太の棍棒を振り上げてバリケードを薙ぎ払おうとしていたジャイアントオーガーへ真正面から立ちはだかるかのように放置車両の屋根に飛び乗り、下手投げで消火器を思いっきりブン投げた。

 

 

「いっっっけぇっ!!」

 

 

 飛距離ではなく高さ重視の投げ方で宙へ飛ぶ消火器。突如顔の高さまで飛んできた真っ赤な筒状の物体に、ジャイアントオーガーは虚を突かれて動きを止め、目で追ってしまう。

 

 消火器を投じた伊丹が電光石火の速度でレッグホルスターからベレッタ90-Twoを引き抜いた。

 

 意識が極限まで集中していくにつれて感覚は研ぎ澄まされ、周囲の全ての動きにスローモーションがかかる。過去の作戦でも、敵が集まっていたり、人質がいる室内に突入する時はいつもこのような状態だったので、伊丹は慣れた様子でゆっくりと正確に、しかし素早く銃の照準を合わせる。

 

 伊丹は投じた消火器がちょうどジャイアントオーガーの鼻先の高さまで到達したところで引き金を絞った。

 

 薄い鉄板製の本体が銃弾によって貫かれ、急激な圧力差が生じた消火器の穴から勢い良く吹き出た消化剤の粉末がジャイアントオーガーの顔面を直撃した。眼球部分にもろに消化剤を浴びた巨兵は、苦痛と驚愕の雄叫びをあげながら顔面を押さえてのた打ち回る。

 

 そして足元に転がっていたバイクを踏みつけてしまい、踏み砕かれた残骸から漏れたオイルに足を滑らせ、背中から倒れこんだ拍子にこれまた放置されていたコンテナトラックによって後頭部を痛打したジャイアントオーガーは、そのまま動かなくなるのであった。

 

 

「案外何とかなるもんだねぇ」

 

 

 と、伊丹は呆然とする警官達の注目を浴びながらホッと呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし戦いはここからが本番である。

 

伊丹達の注意が異形部隊に向いていた間に、数万の人間の兵隊で固められた異世界軍の本隊は態勢を立て直し、バリケードまでの距離を弓矢が届くほどまでに縮め終えていた。

 

 弓兵達による弓の攻撃が防衛線へ降り始める。曲線を描く頭上からの攻撃だ。すかさず弓の発射に気付いた伊丹達は装甲車に積んであった防弾盾を掲げたり放置車両の車内に体を押し込んで矢の雨を凌ぐ。回避が遅れて矢を受けてしまった負傷者が出たので第2バリケードまで下がらせた。

 

 弓兵の援護を受けながら肩と肩、盾と盾がぶつかり合うほど固まった重装歩兵がバリケードへにじり寄る。

 

 その時である。皇居側の方から頼もしいエンジン音が近づいてきた。顔を上げれば皇宮警察の黒塗りパトカーが数台と中型バスを改造した機動隊の大型輸送車、加えて大型トラックをベースに車体の大半を装甲板で覆った常駐警備車も第2バリケードの向こう側に停車する所だった。

 

 

「よし援軍が来たぞ!」

 

 

 皇居に隣接する事から近衛と称される第一機動隊の猛者に皇居を守る皇宮警察官、合わせて50名以上という、中々の規模の部隊であった。異世界の軍勢は下手をすれば万に届くかもしれない戦力差だが、しかし伊丹からしてみれば味方戦力が一気に数倍に増えたのはとてもありがたい。

 

 しかも、皇宮警察のパトカーから出てきた人員もMP5を所持していた。皇宮警察でも数少ない精鋭部隊である特別警備隊の証であった。

 

 

「ここの指揮は誰が!」

 

「俺です!」

 

「これだけの人数でよく耐えられましたね! 所属は何処ですか」

 

「自衛隊さ。陸上自衛隊の伊丹三等陸尉だ」

 

「自衛隊……?」

 

 

『POLICE』のワッペンが貼られた銃器対策部隊のベストを見やった機動隊の指揮官が顔に疑問符を浮かべる。

 

 

「ワケあって拝借を……それよりも頼んでおいたものは持ってきてくれました?」

 

「ええ言われた通りに」

 

 

 指揮官が手を振って合図を送ると、仲間の掲げる盾(銃器対策部隊はチタン製だが機動隊は透明なポリカーボネート製である)に守られながら機動隊員が両手にそれぞれ1つずつ、伊丹が頼んだ品物を第1バリケードまで運んできた。

 

 真っ赤に塗装された四角い物体の正体はガソリンの携行缶であった。容器に触れてみれば中身もたっぷり、満タンのガソリンが容器いっぱいに入っているのが感じ取れる。

 

 

「ありがとう、これさえあれば大分やれるぞぉ……!」

 

 

 伊丹が不敵ににんまり笑うのと、彼の狙撃で数を減らされながらも生き残っていた角笛持ちによる合図が響いたのは同時である。

 

 重装歩兵の足が一気に早まり、鬨の声を上げて防衛線へ迫る。警官隊が射撃を加えても勢いは止まらない。仲間の屍を文字通り踏み越えながらの一斉突撃であった。

 

 

「第1防衛線は放棄するぞ! 第2防衛線まで後退だ!」

 

「りょ、了解。撤退、撤退だ、下がれ下がれ!」

 

 

 伊丹は即座に決断を下した。戦場では素早い判断が生死を分けるのだ。官庁街側のバリケード前で陣形を整えようとしていた機動隊員や皇宮警察官も、盾を並べ長槍を突き出して構える重装歩兵の大波が迫るのを目にして、慌てて命令に従った。

 

 だがしかし、命令を発した張本人の伊丹だけはまだその場から動こうとしなかった。彼にはまだやらなければならない事がある。

 

 

「急げぇ、急げよ俺ぇ」

 

 

 まず携行缶のフタを開く。真夏の直射日光と熱を帯びたアスファルトに温められたガソリンは既に揮発を始めており、フタを開けた瞬間から奇妙な噴出音が漏れた。周囲にガソリンの臭いが立ち込める。

 

 伊丹は携行缶を持ち上げると、バリケードを構築していた放置車両へぶっかけた。でもってそのまま放り出す。横倒しになってどんどん中身が流れ出す携行缶を車のガソリンタンクの真下にくるよう、蹴り込んでおく。

 

 携行缶はもう1個あったが同じ事を繰り返す暇がなさそうなので、適当にぶちまけてから近くのタクシーのボンネットの上に放置。

 

 そこまで終えた頃には、歩兵の戦列は橋の前の交差点まで到達していた。

 

 

「やっべ!」

 

 

 そこでようやく伊丹も逃げ出す。逃げるのが得意なのに逃げ出すのが1番遅いなんて変だよな、なんて思いながら降ってくる矢の雨を掻い潜る。

 

 しかし橋の半ばまで到達すると、唐突に足を止めて振り返った。タクティカルベストに付属する小型ポーチから、手の平ぐらいの長さのオレンジ色に塗られた棒を取り出す。

 

 キャップを抜き、キャップの先端と本体とを擦り合わせると塗装よりも更に鮮やかなオレンジ色の炎が発煙筒から噴き出した。

 

 伊丹は発煙筒を手にしたまま待ち構えた。放置車両の屋根に上り視界を確保する。周囲に矢が降り注ぐが、歯を食いしばって逃げ出さず、伊丹は第1のバリケードを睨みつけてジッとその時を待った。

 

 重装歩兵の戦列がバリケードに到達した瞬間、伊丹は発煙筒を投じた。軌跡を見届ける事無くすぐさま屋根から飛び降り、車両の陰に隠れる。

 

 発煙筒はクルクルと回りながら、バリケードを続々と乗り越えようとしていた歩兵のど真ん中へと人の津波に呑まれて見えなくなった。

 

 薄く広がったガソリンだまりへ発煙筒の先端が触れるよりも先に、気化した燃料に着火した。

 

 直射日光と熱を吸ったアスファルトによって激しく揮発していたガソリンによって、文字通りバリケード周辺の空気が爆発的な火の玉となって燃えた。

 

 ガソリンの引火による爆発は爆薬の炸裂と違い音速を超える衝撃波は生み出さない。代わりに紅蓮の炎が範囲内のあらゆる存在を焼き焦がすのである。それでも音速には達しないが急速な気圧の変化が生み出す爆風が後続の歩兵を薙ぎ倒した。

 

 火球の中心にいた兵士達の末路は悲惨だ。鎧の隙間から炎が衣服ごと皮膚を炙って燃やし、体中の穴という穴から侵入して体内の奥まで焼き潰された彼らは、断末魔の悲鳴を上げたくても気管まで焼かれたせいでまともな言語すら発せぬまま悶え、バタバタとショック死していった。

 

 中には身動きができなくなったが、すぐには死ねないレベルの火傷で済んでしまった兵士もいた。火だるまになった彼らのうち、バリケードの外側に吹き飛ばされた兵士は仲間によって消し止めてもらえたが、内側に倒れた兵は己の肉体がゆっくりと燃えていく苦痛に絶叫を上げ続ける。

 

 不運な彼らは最終的にバリケードの材料であった車両のガソリンタンクや液化石油ガス(日本のタクシーは大半が液化ガスを燃料にしている)の二次爆発による介錯を受け、ようやく息絶える事ができた。伊丹もこれを狙って中身が残った携行缶を燃料タンクの近くへ放り込んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 時間の差はあれ、苦痛に悶えながら次々と焼け死んでいった敵兵達を前にした伊丹の表情は場違いなほどにフラットであった。

 

 昔はある事情から火を着けて自殺しようとしたが生き残ってしまった人物が味わった苦痛の一部始終を目撃してしまい、悪夢に見る程のトラウマとなって脳裏に刻まれていたのだが、世界中の戦場を駆け巡った経験が伊丹のトラウマを上書きしていた。伊丹は人の死に対し局部的に鈍感になっていたのである。

 

 バリケードの爆発に巻き込まれなかった後続の兵士は二の足を踏んでいる。炎上するバリケードという物理的な壁が行く手を塞いでいるのもさることながら、生きながら焼け死んだ仲間の二の舞にはなりたくないという気持ちが伊丹の下までありありと伝わってきた。

 

 平然と炎の惨状を見つめる伊丹の後ろでは制服警官や皇宮警察、修羅場慣れしている筈の機動隊にいたるまで愕然と動きを止めていたのは、平和な国のいち警官である彼らにはワザとバリケードに敵が集まったタイミングを狙って炎の海に変えるという手段を選んだ伊丹の凶行にショックを受けていたからである。

 

 

「お前、何て事を!」

 

 

 抗議しようとした掴みかかってきた機動隊の指揮官が伸ばした腕を、伊丹は逆に掴んで捻り上げた。

 

 戦友たちの荒っぽい部分――特にヒゲが立派な老兵辺り――がうつったのではとちょっと心配になりながらも、自然と険しくなった目つきで伊丹は機動隊員を睨みつける。

 

 そして突き飛ばすようにして腕を放してやると、非情に聞こえるほど冷徹な声でこう告げたのだ。

 

 

 

 

 

「言いたい事は分かるけどさ、これはおたくらがいつも相手してたようなデモ隊の鎮圧現場とはまったく違うんだ――――ここはもうれっきとした戦場なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

『人を殺さなければならない場合、礼儀は必要ない』  ――ウィンストン・チャーチル

 

 

 

 




やらなければならない事が多いので次回は遅くなります。
次辺りで連載カテゴリに移す予定です(原作1巻分まではプロット作成中)


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