「大島空港……? ヤツらはどうしてそこを選んだんでしょうか」
『分析班曰く、二ホンの地政学的、ならびに逃走手段の問題からだそうだ』
「というと?」
『島国である二ホン国外に脱出するには海路と空路しか残されていまい。だが海路はヘリの母艦である偽装貨物船を運用している事は既に我々、そして二ホン側にも知られた。いくら平和ボケしてようが二ホン、それに駐留中の米軍も間違いなく第2の偽装船の存在に警戒するだろう』
「仮に海路で包囲網から抜け出せたとしても、その時は部隊を貨物船へと送り込めば良いだけの話だ。連中もそれは理解してるだろうさ」
「どうしてそう言えるの?」
「それはだなエルフの嬢ちゃん、俺自身全く同じ事をやってきたからさ」
「で、でもわざわざ海を渡って島の空港を利用しなくたって、本土にだって使えそうな飛行場はいくらでもあるんじゃ……」
「いや、案外そうでもないんだよ梨紗。日本、その中でも関東には海外に脱出できるだけの航続距離を持つ飛行機を飛ばせるような滑走路を持つ飛行場って、国際空港以外だと実は殆どないんだよなぁこれが」
『一方でオオシマ・エアポートの滑走路は1800メートルもの長さだ。プロペラ機どころか旅客機クラスのジェット機も運用可能な規模となると、ヤツらがどういう機体を持ち出すかにもよるが、下手をすれば地球の反対側まで逃げられてしまうぞ』
「島の空港を選んだのは他にも理由がある筈だ。そうだな……阻止部隊が駆け付けようにもやはり海を渡る必要があるから、船なり航空機なりを準備する必要がある。
完全武装した兵士の軍勢に対抗できるだけの戦力と輸送能力を両立した部隊が配備されている自衛隊の駐屯地は、この近辺になかったのでは? 駒門駐屯地で待機していた本来の救援部隊も行動不能なんだろう?」
「――クソッ! ええ野本さんの言う通りですよ! 間に合いそうな部隊といったら
「それでも間に合うかは分からないだろ? それによ、仮に戦闘機がスクランブルかけて駆け付けたとしても、パイロット連中に人質救出は無理だろ。結局は人質の安全を確保する為の歩兵が必要なのは間違いねーぜ」
「――だからこそ、どんな時代だろうが俺達のような連中が必要なのさ」
「やるんだなプライス?」
「当然だユーリ。その為に復帰したんだ。イタミ、お前はどうする」
「聞くまでもないでしょ。連中が攫ったのは俺らの護衛対象で、貴重な異世界の友人で、そして俺の部下なんだからさ」
「隊長、自分も同行します。いえ、是非同行させて下さい!」
「やはりこうなるか。まあ当然ではあるがな」
「んだよモンゴメリ、お前は気に入らないのかよ?」
「誰もそうは言ってないだろう。俺だって折角地球へ訪れてくれた異世界の女性がたがテロリストどもの手にあるのは気に食わん。野本も来るんだろう?」
「勿論だ。戦友の仲間が捕らわれているとなれば放ってはおけないさ。それに――」
「それに?」
「――彼女ら全員のサインをまだ貰っていない」
「…………」
『回線は開けておく。変化があり次第随時そちらに情報を流してやる。幸運を祈っているぞ』
「分かったマック、礼を言う」
『礼は異世界からの客人を取り戻してから改めて頼む。無論全員が生きて帰った上での話だ』
「ニコライ! ヘリのエンジンを回せ! 捕虜を取り返しに行くぞ!」
『友よ、その言葉を何時聞けるかと待ち侘びていたところだ!』
「それじゃあ行くとしようか皆――」
「――さあ、狩りのときだ」
<05:27>
伊丹耀司 陸上自衛隊・二等陸尉/タスクフォース141・
相模湾上空
軍用機というのはえてして居住性や快適さを二の次に設計されがちである。
Mi-24の兵員用スペースもその例に漏れず、完全武装の兵士が腰を下ろすにはいささか頼りないパイプ椅子型の座席はまだマシで、乗り込んだ兵員の半分は座席にすら座れず、冷たく硬い鋼鉄製の床に直接腰を下ろさなくてはならなかった。
最も乗員を辟易させる存在は、兵員用スペースの真上に配置された2基のターボシャフトエンジンである。起動中のエンジンが生み出す出力と騒音は基本的に比例するもので、武装込みで重量が10トンにも達する機体を飛ばすだけの浮力を得るべく設計されたエンジンともなると、その音量もそれはそれは凄まじいのだ。
軍用ヘリや輸送機に乗る乗員はみな、専用のインカム付きヘルメットかイヤーマフを装着する。そうしなければすぐ隣の相手との会話さえ非常に困難なのだ。
でもって野本ら傭兵組が用意したMi-24の機内には人数分の遮音装備が用意されていなかった。その為機内の人間が会話を試みようとすると、必然的に怒鳴り合いの様相を呈するのであった。
「なあ梨紗、何でついてきたんだ?」
「何? 先輩今何か言った!?」
「何で! 危険って分かってるのに、俺達についてきてるんだって聞いたんだよ!!」
声を張り上げる伊丹の視線の先には座席の隅っこで縮こまる梨紗の姿が存在した。
もちろん非武装である。各々装填済みの銃器を握り締め、弾薬でポケットをパンパンに膨らませた防弾ベスト姿で硬い表情を浮かべている屈強な兵士がひしめき合う軍用ヘリの内部で、1人武器も持たず冴えない私服姿の梨紗は非常に浮いていた。
横転した装甲車から使えそうな装備を持ち出し、戦闘準備を整え終えた伊丹やプライスらを乗せ、Mi-24は敵が迎撃態勢を整えているであろう島内の空港を目指すべく、事故現場から飛び立とうとした。
だがその直前、ここまで以上に危険だからと説得を試みる伊丹を無視し、何と梨紗も奪還作戦に同行すべく無理矢理ヘリに乗り込んできたのである。当然ながら実際には戦闘に参加せず、作戦中はずっとヘリ内で過ごす事になるだろうが、対空砲火による撃墜の危険性は極めて高いのでどちらにしても命がけなのは変わりあるまい。
「だって、だってあんな散々ドンパチやってた山の中、しかも夜中にか弱い女を1人置き去りとかマジありえないじゃない! それぐらいなら最後まで先輩達にくっついて行動した方がよっぽど安全よ!」
確かに撤退し損ねた敵兵が存在し、箱根山中に潜んでいる可能性も否定できない。一応敵側以外にも特殊作戦群隊員らも山中に配置されていたが、彼らは囮による陽動からの砲撃を受けて負傷者が続出しているので、残念ながらあまり当てにはならない状況だった。
梨紗の気持ちもそれなりに理解できた伊丹はつい口をつぐんでしまう。元夫が状勢不利と見るや元嫁は周囲を指し示して更に畳みかけた。
「それを言うなら、そこのエルフっ娘や黒ゴスはどうなのよ!」
梨紗が伸ばした指の直線状に、コンパウンドボウの具合を確かめ直すテュカ、例によって愛用のハルバードを抱えてチョコンと体育座りをしながら蠱惑の笑みを浮かべるロゥリィの姿もあった。
なお、ロゥリィのハルバードは長さだけでも並みの大人の背丈を大きく上回るとあって、斜めに保つ事でそう広くない乗員用スペース内にどうにか納めていた。
そもそも定員が完全武装の兵士8名と設定されているMi-24の人員輸送用スペースに対し、操縦担当のニコライならびに兵装担当のディアズとは別に現在乗り込んでいるのは伊丹・富田・野本・プライス・ユーリ・エンリケ・モンゴメリ・テュカ・ロゥリィ・梨紗……の計10名。
若干の差とはいえ、設計上の想定を上回る数だ。しかも人だけでなく、装甲車から持ち出した銃火器類も積んでいるので空間に余裕は殆どない。
最後の3人は身軽な女性であるので本来はまだ容量と重量はそう取られない……のだが、亜神ご自慢の異世界産ハルバードが浮いた分のリソースを余裕で食い潰してしまっていた。
ちなみにロゥリィのハルバード、装甲車が事故った際に既に1度自分の武器で自分の命を奪い……もとい傷つけたという事で、2度目がないよう都内を移動して回った時のように刀身が布で巻かれている。
それでも彼女と同じ空間に乗り込む者はみな、彼女の得物に辟易とした様子だ。エンリケなどちょうど彼の頭の辺りに分厚さも鋭さも申し分ない巨大な刀身が位置する格好になっているものだから、ヘリが気流の問題で小さく揺れるたびにおっかなびっくり首をすくめたりしていた。
「仕方ないだろ!
「でもでもでも!!」
「おい女、イタミの元嫁だか知らないが、ここではお荷物以外の何物ではない事を肝に命じておけ」
喚く梨紗にとうとう耐えかねてか、プライスが釘を刺した。
見た目からしておっかない老兵に(しかも閉め切った機内で堂々と葉巻を吸っている)注意されてしまった彼女は閉口して縮こまってしまう。
それにプライスの言葉も事実だ。機内の面子内では梨紗だけが、敵と戦うどころか己の身を守る事すらおぼつかない身である。この場の面子で唯一かつ1番の足手まといなのは間違いない。
老兵の一喝によってようやく機内に沈黙が―誰も言葉を発しないという意味であって、騒々しいエンジン音はそのままだが―戻る。
しかし、数分と経たず別の声がまた悲鳴を発した。
「ああああもう! この騒々しい音、一体どうにかならないのかしら! 頭がおかしくなっちゃいそう!」
形状と長さ以外は地球人類とさして変わらない笹穂耳に防音イヤーマフを装着したテュカが、我慢ならないとばかりに叫ぶ。
確かにヘリコプターに乗り慣れていない者には、飛行中延々と続くこの喧しさは拷問に近いだろう。何しろ下手をすれば聴覚障害を引き起こすレベルの騒音である。
訓練と実戦でヘリに乗り慣れた伊丹ですら毎度この騒音には辟易とするぐらいなのだから、化石燃料の燃焼によって駆動するエンジンの『え』の字も存在しない異世界出身の齢165歳になる生粋のエルフなテュカが苦情を発したのも当然の帰結と言えよう。彼女の場合人一倍苦手なのか、イヤーマフの上から更に手を使って耳を覆っていた程だ。
「と言ってもヘリコプターって大体はこういう乗り物だからねぇ。こればっかしはどうにもならないんだよねぇ」
苦笑を浮かべながらテュカを宥めようと試みる伊丹であったが、エルフ娘の行動力と能力は彼の予想を超えたものであった。
イヤーマフごと両耳に当てていた手をおもむろ下ろし、見えない球体を保持するようなポーズを取ったかと思うと、箱根でレレイが唱えたのとは似ているようで微妙に違う詠唱を唱え出したのである。
彼女が不可思議な言語を発するのに合わせて光の粒子がテュカの両手の中に集まっていく。これには伊丹や周囲も慌てた。
『オイオイオイ一体全体何しようとしてんだこのエルフ!?』
「待て待てテュカその魔法ちょっとタンマ!」
伊丹の静止も空しくテュカの魔法は完成を迎えた。
テュカの手の中に集まった光が一気に広がったかと思うと内側から大型ヘリを覆っていく。
伊丹らは視覚情報からではなく、聴覚によって魔法の正体と効果を理解する事となった。
「これは……エンジンの音が消えた?」
「消えたっつーよりは大幅にカットされたって言った方が正しいんじゃないかな」
伊丹の言う通り、ターボシャフトエンジンの唸り声や鋼鉄の羽が空気を叩く音が完全に消えてはいない。それでも会話さえ困難なレベルの騒音が、今やエアコンか扇風機の作動音程度の音量へと変貌していた。
「どう? 風の精霊に頼んで『えんじん』の音を減らしてもらったの! 話し声や他の音は影響を受けないから、これでいちいち叫んだりしなくても会話が出来るでしょ」
自慢げに胸を張るテュカ。実年齢はともかく外見の若さにしては意外と起伏に富んだ双丘が強調される。
梨紗は思わず自分の胸元を見下ろす――現実は非情であった。ついでに彼女の反応も周囲にはどうでもいい事であった。
『凄いな、この魔法だけでも世界中が必死になって欲しがるぞ……』
『同感だぜ。特に軍関係者とか間違いなく食いついてくるだろーな。不死身のゴスロリ娘といい、やっぱファンタジー世界の住人だわこいつら』
『ビンラディン暗殺に使われたステルスヘリも形無しだなこれは……』
感嘆混じりにユーリとエンリケと野本が英語で囁き合う。
テュカの魔法に驚愕の念を抱くと同時に、彼女のお陰で難聴と喉枯れの危機から解放された伊丹らがどことなくホッとした空気を漂わせていると、コクピットにいるニコライが声を上げた。少し焦っているのか心なし早口気味だ。
『なあ後ろの戦友達よ。いきなりエンジンの音が消えてしまったんだがそちらに心辺りはないかな』
「気にするなニコライ、エルフの小娘が少しばかりおとぎ話の真似事を披露しただけだ」
『???』
プライスからの返答に元工作員は困惑するばかりである。
今度は電子音が機内に鳴り響いた。
イギリス本国のMI6作戦指揮所との間に回線が構築された軍用タブレットが奏でた音だった。ヘリのエンジン音が大幅に抑制された分、電子端末ののコール音は際立って周囲には聞こえた。
プライスが操作する。MI6――イギリス秘密情報部長官であると同時に老兵の元戦友でもある協力者からの情報提供。
『新しい情報だ。まずこれが15分前の衛星画像』
乗員用スペースに居た全員が画面を見ようと集まる。画面に見覚えのある俯瞰図が映し出される。軌道上の偵察衛星から送られてくる大島空港周辺の画像。
飛行機から乗客や積み荷を乗り下ろしする際に待機する駐機場に、これまでの画像には映っていなかったインナーサークル側の輸送ヘリであるMi-8の姿が出現していた。
画面上に別のアイコンが出現し大型化。偵察衛星のカメラの性能は極めて優秀だった。その解像度の高さは、主に滑走路や空港施設周辺で警戒中の敵兵らが持つ火器類の具体的な種別すら判別可能なレベルだ。
その為、直上からのアングル故少々分かりにくいが、よくよく見てみれば輸送ヘリから出てくる人影の中に、他よりも明らかに体格が小柄だったり、特徴的な髪形をしていたり、両手を後ろに回されていたり周りを取り囲む兵士達と違って彼女らだけ武装していないといった情報を、伊丹達へと見事に知らしめてみせたのである。
『連れ去られた人質は全員旅客ビル内へ連行された事が確認された。続いてこれも直接見た方が早いだろう。今リアルタイムの映像をそちらへ転送する』
別のウィンドウが出現。これまでの静止画像との大きな違いは、地上で幾つもの大小さまざまな影が動いている点であった。
滑走路周辺に違和感。輸送ヘリに続き、これまでの画像になかった機体が新たに出現し、滑走路上をタキシングしている。
『5分前にオオシマへ接近する機影を赤外線センサーで捉えた。本土からのレーダーサイトにかからない、超低空からの進入だ』
「これが
「具体的な機種は分からないがそれなりに大きい機体だ。それもターボプロップじゃなく、ジェットタイプの大型輸送機だぞこれは……」
『情報班の分析結果によれば
「やれやれ、羨ましい事だね」
「テロリストって範疇超えてますよね、この資金力とか調達ルートとか」
捨て駒の為だけに30人以上の元軍人を集めて装備を与えたのを筆頭に、迫撃砲やそれらを輸送する為の移動手段、複数の軍用ヘリ、それらの母艦となる偽装貨物船、極めつけにジェット輸送機……ハードウェアだけでこれである。
そこに兵器類を運用する為の人員を養う分や維持費のコストも考慮すると、戦力はそれこそ下手な小国の軍隊レベルだ。装備も予算も不足しているのに定評のある自衛隊組が愚痴ってしまうレベルの金満っぷりである。
『その輸送機の航続距離ならロシア領内のインナーサークル勢力地の大半に無補給で到達可能だ。そうなったらもう手の出しようがなくなる』
「つまり飛行機を離陸させなきゃいいってわけね」
『その通り。輸送機への搭乗、機体への燃料補給などにかかる時間は最短で約20分と推定される。だが今教えた時間はあくまで目安に過ぎない。作業を前倒しにしてこちらの予想よりも早く離陸体勢に入る可能性だってある』
「聞いたなニコライ。最短距離を最高速度でヘリを飛ばせ」
『既にそうしているさ。こちらのヘリはあと10分で空港に到着予定だ』
操縦担当のニコライから報告が入る。離陸阻止限界までの猶予は10分――極めて短時間だ。
『すまないが悪い報告だ。こちらの衛星がもうすぐ空域を離脱する。ここから先は衛星からの情報をそちらに送る事が不可能となる』
地表のある一定箇所の情報を衛星のセンサーによって把握するには、地球の自転速度に合わせて衛星側の軌道を随時修正し続ける必要がある。それでも限界がある為、1度外れてしまうと数時間は該当地域の偵察が不可能になってしまうのだ。
「十分だ、後はこちらで何とかする。貸しにしておいてくれ」
『貸し分は日本政府に請求するから気にするな……他からも情報が入り次第連絡してやるから回線は開けておけ。幸運を祈ってるぞ』
衛星からの映像が途切れ、地球の裏側からの声も聞こえなくなる。
『島が見えてきた! もうすぐ到着するぞ!』
おもむろにプライスが窓を開けると(兵員用スペースの窓は上方向に内開く構造)、完全武装の兵士らを腹の中に抱え、時速300キロ近い速度で飛行する攻撃ヘリの機内に冷たい空気が一気に侵入してきた。
入ってくる風の勢いそのものはかなりのものだが、これもテュカの魔法の効果か風の音そのものは非常に大人しい。どういう原理で物理法則を操作しているのか疑問に思いながら老兵は火が付いたままの葉巻を外へ投げ捨てた。
「全員銃に装填しろ」
一時は牢獄に囚われ、表舞台から消え老いはしても、今なお自然と背筋が伸びる程の威厳でもってプライスが命じる。
今やこの即席部隊の隊長だな、と密かに苦笑しながら、伊丹は言われた通り銃器に弾薬を装填した。
コルト・M4A1。今やベテランの風格を持つアサルトライフル。上部にドットサイト、銃身下部にM203グレネードランチャーを追加。背中には箱根から引き続きM14EBRライフル。懐かしい手触り。
「まるで昔みたいだな!」
気が付くと口元を小さく笑みの形に歪めながら、伊丹はプライスに向けて言った。
マカロフを追う資金稼ぎに傭兵稼業をしていたあの頃。ニコライがドライバー役で、プライスがいて、ユーリもいて……
……だけどソープはもういない。それでも伊丹はつい口走ってしまったのだった。
「フン、ならそこの若造がソープの代役か?」
「あの、ソープって誰です?」
富田が疑問を口にした瞬間、不意に耳障りなアラーム音が機内に鳴り響いた。
突然の電子音に専門的な事など何も知らない梨紗とテュカとロゥリィはビックリして飛び上がり、逆に兵士らは動きも表情も凍りつかせた。そして梨紗らも彼らの反応の意味をすぐさま思い知る事になる。
『ロックオン警報――ミサイルだ!』
『全員何かに掴まるんだ!』
コクピットから絶叫と警告。直後、機体が大きく傾きながら急降下し、伊丹らは尻が浮き上がるような錯覚に襲われた。異様な感覚に内蔵が竦みあがる。
同時に窓の外で、打ち上げ花火の発射の瞬間を思わせる閃光が生じた。季節柄朝日が昇るのが遅い分、未だ薄闇が広がる空を幾つかの光球が落下していくのが視界の端に映る。
更に数拍置いて機体のすぐそばを何かが通過していったかと思うと後方で爆発が起きた。Mi-24が回避機動を取ると同時に放出された欺瞞用フレアに騙された対空ミサイルが的を外し、機体の後方で自爆したのだ。
テュカの魔法でエンジン音が極端に抑制され、また窓が開けっぱなしだったため、爆発音は一際強烈に伊丹らの鼓膜を震わせた。機体そのものも爆風に揺さぶられる。
「な、な、何!? 今の一体何!?」
例によって一般人代表の梨紗が悲鳴を上げ、場慣れしたプライスと伊丹が空中ロデオと化した攻撃ヘリに振り回されて体を機内のどこかにぶつけないよう体を踏ん張らせながらも、彼女の問いに律義に答えてやった。
「敵の歓迎委員会だ。死にたくなければ邪魔にならないよう黙ってジッとしていろ」
「あー、敵が俺達に気付いて対空ミサイルぶっ放してきたみたいだから、しばらく口をしっかり閉じてた方が良いぞ梨紗。舌噛むから」
「た、たいくうみさいる」
一時的に言語能力を退化させながら梨紗は思う――やっぱり付いてこなければ良かった、と。
後悔は何時だって手遅れになってからするものなのだ。
『兄弟達よ、花火の中に突っ込むぞ!』
「それどっかで聞いたようなセリフだけど何ニコライってプレイした事あんの……うおおおおおおおっ!?」
ヘリが更に激しく暴れ、伊丹の奇声は再び飛来したミサイルの爆発に呑み込まれた。
――太陽はまだ昇らない。
『戦術とは、一点に全ての力をふるう事である』 ――ナポレオン・ボナパルト
テュカの静音魔法はコミック版8巻冒頭でダークエルフが使ってた魔法です。
いくつかどこかで聞いた台詞がありますが、彼らに1度言わせてみたかったのでつい…
批評・感想なんでも大歓迎です
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