GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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17:Good Night, and Good Luck/天空の蜂

 

 

 

 

<03:40>

 伊丹耀司

 神奈川県箱根町・山海楼閣

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹にとって不運だったのは敵――インナーサークル残党がよりにもよって日本国内にまで戦闘ヘリを持ち出してきた事だった。

 

 伊丹にとって幸運だったのは、件の戦闘ヘリ……Mi-28の射撃手(ガンナー)の腕が正確でなかった事だった。

 

 戦闘ヘリから放たれた30ミリ機銃の初弾は、伊丹の前方に着弾した。

 

 弾薬のサイズだけでも下手なペットボトル並みにあり、弾頭の重量だけでも300グラムを超える。そんな代物が超音速で発射されるとあって、威力は歩兵のそれとは比べ物にならない。1発1発が駐車場のアスファルトを深く抉ったが、それでも最初の掃射は旅館入り口から出てきたばかりの伊丹らからは外れた。

 

 だが、最初だけだ。すぐさまガンナーが照準を修正し、着弾箇所がどんどん入口へと近づいていく。

 

 後退しようにも直前まで駐車場目指して勢いよく突撃していた事と、ピニャが言うところの鋼鉄の天馬である戦闘ヘリの出現に後続が面食らった事が重なり、半ば押し合いへし合い気味に後続はもたついてしまった。

 

 何せ攻撃力に特化した戦闘ヘリの無機質な威圧感はここまで目撃していた輸送ヘリ(Mi-8)小型ヘリ(MH-6)よりも大きく、そもそも彼女らのほとんどは伊丹クラスにこの手の状況下に慣れてはいないのである。

 

 一行にとっての幸運は、伊丹の次に続いていたのがロゥリィだった事だ。

 

 ロゥリィにとっての不運は、勢い余って栗林らを追い抜き、伊丹のすぐ後続についてしまった事だった。

 

 

「ロゥリィ皆を頼む!」

 

 

 叫びながら、退却は間に合わないと判断した伊丹は横へ転がる。一瞬立っていた所を砲弾が通過し、地面を激しく穿った際の衝撃波だけで全身が軽く痺れる。

 

 伊丹から的を外した掃射は、必然的に彼のすぐ後ろにいた亜神へと襲い掛かった。

 

 

「ああもうしょうがないわねぇ!」

 

 

 具体的な説明はなくとも声をかけられたロゥリィは伊丹の魂胆を即座に察し、ハルバードを盾として掲げた。

 

 彼女まで避けたら、更に後ろに集まるレレイらが餌食になってしまう。亜神でない彼女らは1度死んだらそれでおしまいなのだから、ミニガンの掃射どころか空対地ロケット弾の爆撃にも耐える堅牢さを誇る武具を持つ彼女が受け止める以外にこの場を凌ぐ手段は存在しない。

 

 ハルバードの表面で、小さな爆発かと思うほどの激しい火花が散った。ロケット弾の爆発とは別種の凄まじい衝撃に、ハルバードを持つ手ごともぎ取られるかと思ったほどだ。

 

 ミニガンの掃射が絶え間ないオーク鬼の攻撃の連打なら、機関砲は1発1発の威力がロゥリィと同等の戦闘に特化した亜神並みである。直撃しようものなら肉体の大部分が弾け飛んでしまい、ロケット弾の時以上に再生に時間ががかるに違いない。そうロゥリィは判断した。

 

 彼女らにとって幸運だった事がもう1つある。

 

 MH-6の時とは違い、攻撃ヘリのガンナーは伊丹が回避したのを見て取ると、拘束対象である特地来賓らへの犠牲を嫌ってすぐに発射ボタンから指を離したのである。

 

 あのまま撃たれ続けようものなら砲弾は容易く入り口周辺を建物ごと瓦礫の山に変え、伊丹以外の面々を生き埋めにするか、建材を貫いた砲弾の餌食になっていた筈だ。ロゥリィが最後の数発を受け止めてくれたお陰で、奇跡的に被害は皆無だった。

 

 

「っくぅ、私の両手を痺れさせるなんてやるじゃなぁい!」

 

「敵を賞賛してどうするのよ! それよりも!」

 

 

 テュカが指差した先には回避した代償に孤立してしまった伊丹の姿があった。1度は皆の下へ戻ろうとしたが、機銃が回転してその砲口が己を追いかけるのを見て舌打ちしながら、入り口とは逆方向へ身を転じたのだ。

 

 直撃すれば大半の装甲車両を蜂の巣へと変える機関砲が再び放たれようものなら、旅館内に逆戻りしたって建物諸共ブチ抜かれるのがオチである。しかもMi-28は機関砲のみならず空対地ロケット弾ポッドに対戦車ミサイルまで搭載しているともなれば、旅館ごと穴だらけどころか相手は建物の原形すら残らぬ焦土へ変える事も余裕である。

 

 だから伊丹は、攻撃ヘリの注目を少しでも自分へ向けさせる事にした。

 

 そもそも伊丹らの任務は敵の撃退ではなく特地来賓の護衛なわけで、いちいちまともに相手をしてやる義理はないのだから、部下と護衛対象らをこの場から脱出させるチャンスを稼ぎ出せれば自分達の勝ちであった。

 

 囮になるという意味では、むしろ孤立したのは運が良かったのかもしれない。伊丹が逃れた側の駐車スペースには送迎用のマイクロバスに、おそらく従業員の私物であろう乗用車が数台停められている。

 

 行きに乗ってきたKamAZ-53949・タイフーンL装甲車は反対側のスペースに置いてあった。Mi-28のパイロットは相方のガンナーが狙い易いポジションを取るべく、タイフーンの真上近くへと機体を動かした。

 

 車両だろうが飛行機だろうがヘリコプターだろうが関係なく、大抵の乗り物にとって機体のすぐ真下は死角である。

 

 伊丹は屋内戦重視のコンパクトなM7A1から、威力と射程に優れるM14EBRに持ち替えつつ無線に呼びかける。

 

 

「栗林! 富田! 敵のヘリは俺に気を取られてる! 今の内に皆を車に乗せろ!」

 

『し、しかし隊長は!?』

 

「ここは俺に任せてさっさと行け!」

 

 

 オタクなら一度は言ってみたい台詞ランキング上位に食い込むであろう命令を、しかし伊丹は大真面目に言いながらマイクロバスの陰よりわずかに身を覗かせ、M14EBRを発砲。

 

 7.62ミリNATO弾の貫通力は生半可な防弾ガラスや防弾チョッキを貫く程だが、それはあくまで銃の範疇。20ミリだの30ミリだのといった対空砲弾(・・)の直撃や対空ミサイルの至近爆発にも耐えうるのを前提とした設計の下、攻撃ヘリのコクピット用に採用された数十ミリ厚の防弾ガラスを貫くには決定的に威力が足りない。

 

 

「やっぱダメか!」

 

 

 そういえば、と以前戦友の老兵から聞いた話を思い出す。

 

 老兵も20年以上前に今の伊丹と同じように攻撃ヘリに―奇しくもこれまた今の伊丹と同じMi-28相手に―狙撃用ライフルのみで立ち向かう羽目に陥ったのだという。

 

 その当時同行していた彼の上官は、何とその攻撃ヘリ相手にはあまりにもちっぽけ過ぎる筈の狙撃用ライフルの銃弾を、ヘリにとって共通の弱点であるローター基部へ立て続けに命中させる事で見事撃墜してみせたのだという。

 

 またその老兵も、攻撃ヘリほどではないが並みのヘリよりも極めて頑丈な軍用ヘリを、狙撃用ですらない普通のアサルトライフルを使ってローターを狙撃し撃ち落すという神業を披露してくれた。しかもこっちは濁流のど真ん中で激しく揺れるゴムボートの上からである。嘘ではない、伊丹もその現場の真っ只中にいたのだから。

 

 

「俺にも出来るかな……」

 

 

 ライフルの照準をコクピット部分から上へずらし、高速回転するメインローターの根元へ合わせようとする。

 

 初弾のチャンスを逃した伊丹が次弾を放つよりも再び機銃が発砲する方が先であった。

 

 装甲など施されていないマイクロバスなど30ミリ砲弾には紙切れも同然だ。車体に次々と大穴が生じ、火花が散り、破片が荒れ狂う。伊丹は銃を構えるのを止め、砲弾や破片が直撃しませんようにと必死に祈りながら、破壊されていくマイクロバスの陰で縮こまった。

 

 

『伊丹たいちょぉー!』

 

「いいから! さっさと行けー!!」

 

 

 砲弾がマイクロバスの隣に停まっていた乗用車にも直撃。

 

 無線への絶叫は、砲弾をガソリンタンクに食らって引火した乗用車の爆発音に掻き消される。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、伊丹とロゥリィの献身によって攻撃ヘリからの攻撃を一時的に凌いだ特地の面々は、伊丹の指示に素直に従おうとはしなかった。

 

 

「せ、先輩が!」

 

 

 呆然とマイクロバスごと機関砲の餌食にされつつある伊丹の様子に梨紗が悲鳴を上げた。

 

 

「い、嫌ああああああああぁぁぁ!」

 

 

 金髪エルフがまるで世界の終わりに直面したかのような痛切な悲鳴を上げたかと思うと、握っていたコンパウンドボウに矢をつがえ、機銃掃射を続けるMi-28へ向かって突きつける。

 

 自分を助けてくれた恩人であり、一見冴えないがその実『門』の向こう側の世界で最上位クラスに優秀な知られざる英雄である伊丹が攻撃ヘリに一方的に殺されようとしているその光景が、炎龍によって生まれ故郷を焼かれた挙句親友も家族も食い殺されるシーンと重なり合い、テュカのトラウマが刺激されてしまったのだと理解できる人物はこの場にはいない。

 

 だからテュカの弓による攻撃ヘリへの反撃は、彼女以外の面々の目には非力で無駄な抵抗にしか映らなかった。

 

 事実、その通りだ。どこぞのベトナム帰りの元グリーンベレーみたいな爆薬付きの矢か、日系の戦闘インストラクターに倣ってローターにワイヤー付きの矢を絡ませれば通用したかもしれないが、何の細工も施していない市販の矢では、生物には有効でも合金製の装甲板に分厚い防弾ガラスで守りを固める攻撃ヘリには全く通じない。

 

 幸か不幸か狙いだけは正確で、矢はガラス越しに見え隠れするガンナーへと向かった。当然ながら防弾ガラスに弾かれたが、急にコクピットを叩いた矢の存在は、テュカを筆頭とした異世界からの来賓の存在を思い出させるのに関しては十分な効果を与えた。

 

 まずサーチライトが、次にガンナーの反応に連動して30ミリ機関砲の方向が、最後に攻撃ヘリそのものが、旅館入り口に固まったままのテュカらへと向いた。

 

 これに慌てたのはテュカ以外の面々である。

 

 

「どどどどどうするのよこれぇ!?」

 

「状況は極めて危機的と判断」

 

「富田ちゃん、グレラン! グレランならハボック(Mi-28)にも通用するかも!」

 

 

 そう言って栗林はこの場で唯一対抗できる武器を装備する富田を慌てて前に出させる。確かに富田の持つM32・グレネードランチャーが放つ40ミリ弾は装甲目標にも有効だ。

 

 

「分かった、撃つぞ!」

 

 

 仲間の期待を背に雄々しく宣言しながら富田はグレネードランチャーの照準を戦闘ヘリに合わせ、引き金を引いた。

 

 だが期待とは裏腹に、グレネードランチャーから発せられたのは独特の発射音ではなく、空しく撃鉄が空撃ちする音だけであった。

 

 

「しまった、さっき援護射撃した後、装填するのを忘れてた!」

 

「富田ちゃんのバカー!」

 

 

 栗林、思わず絶叫。

 

 せめて富田が新しい弾薬を装填するまでの時間を稼ごうと軽機関銃の銃口をヘリに向けようとした時、栗林の胸元へひょいと誰かの手が延ばされた。

 

 細い指先は男の大半を魅了してやまない栗林の爆乳……ではなく、左右から乳の根元を挟み込むようにしてその豊かさを強調する効果をもたらしているチェストリグのベルト、そこに吊り下げられた球形の手榴弾に触れ、ひょいと取り上げた。

 

 

「ちょっとこれ借りるわよぉ!」

 

 

 使い方はイタリカや夜の都内での戦闘で伊丹や栗林を見て大雑把ながら把握している。丸い金具を引き抜いてレバーが外れたら、爆発する前に敵へ投げつければ良いのだ。

 

 そして破片手榴弾を手にしたロゥリィは記憶通り安全ピンを引っこ抜くと、今にも襲いかかろうとしている攻撃ヘリめがけて渾身の力を込めたオーバースローでもって手榴弾を投擲したのである。

 

 ただ投げつけると侮るなかれ。地球のある神話において小柄な英雄が巨人を倒した技であり、戦国時代では火縄銃が合戦にて本格的に実践運用されるようになってからも再装填の間隙を埋めるべく弓矢と共に活用され続け、現代に至ってからも暴徒の主な攻撃手段として機動隊を苦しめる程の攻撃こそが投擲なのだから。

 

 こぶし大の(つぶて)かレンガをぶつけられれば簡単に骨の1本ぐらいは簡単に折れ、頭部に当たれば最悪死に至る。お手軽さの割に攻撃力は抜群だ。

 

 そのような攻撃を、大の男数人がかりでも持ち運ぶのが困難な程に重く頑丈なハルバードを小枝の如く振るうロゥリィが繰り出せばどうなるのかは、逃走用の車ごと爆殺された某国工作員らの末路が証明している。

 

 

「いっけぇぇぇl!」

 

 

 昨晩に続きロゥリィ2度目の投球は攻撃ヘリという標的めがけてまっしぐらに飛翔した。

 

 亜神の剛腕によって投じられた手榴弾は、ロゥリィが何かを投じたと理解した次の瞬間には銃声にも劣らぬ轟音を立てて、攻撃ヘリへ直撃していた。

 

 手榴弾は操縦者保護の観点から特に防御が固められているコクピット部分、防弾ガラスからわずかに外れた部位に大きくめり込んでいた。装甲が施されていなければそのまま外装を突き破って機体を貫通していたかもしれない。そう思わせるほどの痕跡だ。

 

 まさしく砲弾が直撃でもしたかのような衝撃に、攻撃ヘリは大きくバランスを崩す。慌てたパイロットが機体を振って安定を取り戻そうとした際、不安定に突き刺さっていた手榴弾がポロリと落ちる。

 

 直後、時限信管が作動し、手榴弾が爆発。コクピットのキャノピーの半分が亀裂によって真っ白に変わった。対空砲の至近炸裂にも耐えうる設計が功を奏し墜落や空中爆発は起こさなかったものの、投擲と近距離での爆発によって煙を吐き出し始めた攻撃ヘリは慌てて方向転換をして駐車場上空から姿を消した。

 

 栗林らは唖然となってロゥリィをまじまじと見つめる事しかできなかった。あのレレイですら目と口を真ん丸にしていた。

 

 周囲からの驚愕の視線を受けるロゥリィの方は、薄い胸を張ってとても満足気である。

 

 

「いい気味だわぁ。さっきのお返しよぉ」

 

「そんな事よりも、父さん(・・・)!!」

 

 

 悲鳴を上げながらテュカが残骸の山と化したマイクロバスの下へ向かう。「お父さん?」と聞き間違えか翻訳ミスだったのか疑問を覚えながらも栗林らも後を追う。

 

 

「富田ちゃんは車の方をお願い!」

 

「分かった、隊長を頼むぞ」

 

 

 機銃掃射の標的となったマイクロバスも乗用車も完全に破壊され尽くしていた。

 

 ここまでの攻撃に曝されて生きているのか、それ以前に原形を留めているのか、栗林や梨紗は不安と恐怖に苛まれながらも、伊丹が隠れていたマイクロバスへと近づく。

 

 

「隊長!」

 

「せんぱぁい! 生きてますか、先輩!」

 

「お、おーう……生きてるぞ、どうにかな」

 

 

 驚くべき事に伊丹は生きていた。巨大な鉄の塊であるエンジンボックス部近くへ身を隠した事で車ごと貫かれずに済んだのだ。砲弾や飛散したマイクロバスの破片にザックリと頬を傷つけられ、手足にも細かい傷がいくつも生じていたが、それでも五体満足である。

 

 

「あー、死ぬかと思った」

 

「ああもう、良かった無事でっ……!」

 

「おおう?」

 

 

 体のあちこちから血を流しながらもふらつく事無く姿を現した伊丹にテュカが飛びついた。若干の驚きに襲われる伊丹だったが、抱き着いてきたエルフ娘の両目に涙が浮かんでいて声も酷く震えているのに気付くと、左手だけを使い抱き締め返し、背中を軽く叩いてやった。だが右手と意識はいつでも反応できるよう銃を握り、警戒を続行している。

 

 

「無事ですか伊丹隊長!」

 

 

 タイフーンLを伊丹らの下まで転がしてきた富田が運転席から顔を覗かせた。親指を立てて無事を伝える。

 

 

「まだまだ敵が残ってる。すぐに車に乗れ、脱出するぞ!」

 

 

 その発言が合図となったかのように、駐車場を囲む林から銃火が放たれ、伊丹らの周囲に着弾する。伊丹は立ち上がるとしがみついてきたままのテュカを後部の輸送用スペースへと押し込み、彼も続いて乗り込んだ。

 

 銃弾が連続して車体を叩き、梨紗が「ひぃっ」と今日何度目かの悲鳴を漏らした。

 

 

「だっ、だだだ大丈夫なのこの車?」

 

「この車は防弾だから銃弾程度じゃ貫通しないよ」

 

 

 直後、林からRPGが飛んできて装甲車のすぐ横に着弾し、車体が大きく震えた。

 

 

「……流石にロケット弾が直撃してきたらヤバいけどな。富田ぁ、さっさと出せぇ!」

 

「皆さんしっかり掴まっててくださいよ!」

 

 

 富田がアクセルを蹴飛ばすと、10トンを超える装甲車が急加速しながら飛び出した。

 

 女性陣が座席にしがみつく中、伊丹は座席の間の空間に置いていた大型のケースを探っていた。ケースの中身は、旅館内に持ち込むにはいささか憚られるサイズの重火器類である。

 

 そこから伊丹が取り出したのは、ロシア製のPKP・ペチェネグ汎用機関銃。西側の7.62ミリNATO弾よりも高威力な弾薬を使用するこの銃は細身でどこか優雅なデザインの西側製銃器と比べると武骨でタフそうな威圧感を放つ、如何にもロシア製らしい兵器であった。

 

 この手の軍用車両の常として、タイフーンLの屋根の中心部も車内の兵士が発砲したり機銃を設置できるよう、開閉可能な銃座になっている。金属製のベルトリンクに連なる弾薬を装填し終えたペチェネグを手に、伊丹は車外へ上半身を出した。

 

 温泉宿の敷地全体を取り囲む木々の間からまた銃弾とRPGが飛来した。駐車場から県道へ出る為の道路を目指していた装甲車の前方に着弾、爆発。富田の口から悪態と舌打ちが発せられ、驚きのあまり車を急旋回させてしまう。

 

 改めて脱出路へ車を向かわせようと、富田が四苦八苦しながら慣れないロシア製の装甲車を操作する間、伊丹はペチェネグを林に向けて発砲した。高威力の銃弾が派手に木の幹を抉り、それ以上に激しく敵兵の肉体に穴を穿つ。

 

 

 

 

 

 ヘリとは別種のエンジン音を察知。SUVが2台現れたかと思うと、ブレーキ音と共に尻を振り、即席のバリケードとなった車両から新たに武装した敵が下車するのが見えた。

 

 林の中から射撃を浴びせてきていた連中もバリケード周辺に集まりつつある。それどころか損傷を受けた攻撃ヘリと入れ替わりになるように、ロケット弾ポッド搭載のMi-8までバリケード上空に出現した。このままのんびりしていたらバリケードの防御を固められてしまう。

 

 

「富田! 強行突破だ! こっちは装甲車だ、相手の車ごと弾き飛ばしちまえ!」

 

「ああもう無茶苦茶だ!」

 

 

 叫びながらも富田は命令された通りアクセルを再度強く踏み込み、道路へ鼻先を向け直したタイフーンLを真っ直ぐ突っ込ませる。またも銃弾の雨が降り注ぎ、歩兵のRPGに加え今度はヘリからの空対地ロケット弾も次々と周囲に着弾しては炸裂するが、今度は爆風に持ってかれそうになる車体を微修正する程度のハンドル操作にとどめた。

 

 伊丹は伊丹で銃撃や砲火なんぞ知った事かとばかりに、装甲車の車上から機関銃の連射をバリケード代わりの車両へ集中して浴びせ続けた。やがて限界を迎えた車両の燃料系統に引火、爆発。車両周辺に固まっていた敵兵らが巻き込まれ、銃撃が若干緩む。

 

 遂に装甲車が封鎖線へと突入する。至近距離での爆発とは異なる激しい衝撃が襲う。

 

 伊丹の予想通り、民生品をそのまま転用したに過ぎないSUVはより大型で重量のあるタイフーンLの激突を受けて呆気なくひっくり返った。弾き飛ばされたとはいえ数トンはある車体が更に数名の敵兵を押し潰す。

 

 

「ぃよし!」

 

「油断するな、まだヘリが追ってきてる!」

 

「隊長、宿から脱出できたのは良いですけど、ここから一体何処に、っていうか何時まで逃げればいいんですかぁ!?」

 

「救援が来るまで逃げ回るんだよ! とにかく富田は民間人が巻き込まれないよう、温泉街に出るルートには近づかないようにしろ。なるべく人気のない山ん中の県道を選んで走れ。連中、下手すりゃ温泉街もろとも爆撃してでも俺達を狙ってくるぞ!」

 

「どれだけ形振り構わないのだその連中は!?」

 

 

 ピニャが思わず悲鳴を上げるのも当然であろう。伊丹は苦い笑みを浮かべて彼女の問いに答えてやった。

 

 

 

 

「自分達の目的の為なら、何千万もの人間を死なせようとも屁でもない人間の集まりですからね。そいつらに正気を求めるだけ無駄ってもんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

『我々が我々の運、不運をつくる。そして我々はこれを運命と呼んでいる』 ――アルベルト・シュバイツァー

 

 

 




話が進まなくて申し訳ありませぬ。
一応次回で箱根での戦闘は終了予定です…箱根では。

批評・感想随時募集中。

07/18:指摘を受けタイフーンL→タイフーンKに修正

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