GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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祝・小説版GATEシーズン2決定!


15:Under Siege/亜神と兵士

 

 

 

 

<03:05>

 伊丹耀司

 神奈川県箱根町・山海楼閣

 

 

 

 

 

「とりあえず状況を整理しようか」

 

 

 伊丹はひどく落ち着いた口調で皆にそう言うと、男性部屋に集めた一同へ現在この温泉宿を取り巻く状況について説明した。

 

 現在襲撃を仕掛けてきている敵の正体はインナーサークル残党と判明。旅館周辺で護衛についていた特戦群は、敵の陽動と砲兵部隊による一方的な攻撃を受け旅館から引き離されたまま戻れていない。

 

 現地部隊で対処しきれない事態に備え箱根近辺の駐屯地で待機していたヘリ部隊も、敵の攻撃によって輸送ヘリが1機破壊。残りのヘリも対空砲火を警戒して離陸を見合わせている。別の駐屯地から援軍を送ろうにも最低数十分はかかる見通しとの事。

 

 一方、襲撃側の戦力。特戦群が殲滅した歩兵部隊は囮に過ぎず、まず砲撃陣地に展開中の敵影だけでも20名弱。山海楼閣へ通じる主だった道路にも数台の不審車両が待ち構えているという報告が、嘉納経由で伊丹の携帯に追加で届いていた。

 

 極めつけが、相模湾方面から接近中の未確認飛行編隊。反応が断続的だが数は推定5。飛行速度からおそらくヘリコプター。伊丹はこちらが本命だろうと読んでいる。ヘリボーンは伊丹もTF141時代に何度か経験していたからこそ予想がついた。

 

 陸路は網を張られ、敵は空からも直接兵を送り込んでこようとしている。援軍はまず間に合わない。

 

 ハッキリ言って状況は最悪であった。

 

 

「こっちには兵士が3人に残りは特地からの来賓ばかり、あっちは何丁もの銃に大砲に車にヘリ……こりゃまいったね」

 

「ちょっと、どう考えても『こりゃまいったね』で済むレベルじゃないんだけど! あと私は兵士でも来賓でもないんですけど! そもそもカウントすらされてなくない!?」

 

 

 と、抗議の悲鳴を上げたのは梨紗だ。自分の扱いや状況の詰みっぷりに対しての文句であったが、彼女の態度はむしろ一見絶望的な状況にも関わらず平然と、かつ淡々とした態度を保っている元旦那に対して抗議しているようにも感じられた。

 

 普通から外れた性癖を持つ同人作家とはいえ、そこを除けば梨紗は平均的な価値観と感性を持つ一般市民である。そんな彼女からしてみれば、むしろ喫緊の事態を受けて表情も空気もガチガチに強張らせている富田や栗林こそ当たり前の反応であると、そう思えたのである。

 

 

「く、栗林さんさ。もしかして先輩、向こう(特地)の戦場でもこんな感じなの?」

 

「ドラゴンに襲われた時は流石に慌ててましたけど……冷静に対処して、その上で他の誰よりも激しく暴れてますね」

 

「こっちの世界にぃ来た日の夜なんか凄かったのよぉ? イタミったら不届き者達をあえて近づかせてからあっという間に『ジュウ』で射殺しちゃったものぉ」

 

「いや、あの時は聖下も途中から加わって暴れておられた気が……」

 

「話はあとあと、もう時間の猶予はほとんど残っていないんだからね」

 

 

 伊丹の発言を証明するかのように、破裂音の間から新たに空気を叩く音が複数、急速に近づきつつあった。

 

 

「あれ、この音って」

 

「この音は……もしや鋼鉄の天馬か!?」

 

 

 特地勢の中でいち早く音の正体を悟ったピニャの顔から血の気が引いた。現在男部屋は電気も点けず窓もカーテンで閉められ、わずかな隙間から月明かりが差し込むのみで薄暗い。そんな中でも分かるぐらいにピニャは顔色を青褪めさせていた。

 

 何故彼女がいち早く理解できたのかといえば、イタリカで自衛隊側のヘリ部隊が野盗集団を肉片に変えていった記憶が最早魂レベルで刻み付けられていたからである。

 

 

「どっ、どどどどうするのだイタミ殿! 妾は一体どうすればいいというのだ!?」

 

 

 帝国第3皇女の仮面をかなぐり捨ててピニャは裏返った悲鳴を上げた。それほどまでに、彼女は地球側の武力というものを恐れていたのだ。

 

 連合諸王国軍に野盗集団という、地球側の武力によって叩き潰された身近な例を知っていたのも大きい。その(あぎと)がとうとうピニャ自身に剥こうとしているとなれば、彼女の恐慌っぷりもまた当然の反応であった

 

 

「俺達は追い詰められた状況にある。だったら俺達が取るべき選択はたった1つだけだ。それは……」

 

「それは?」

 

 

 視線が伊丹へと集束する。隙間から差し込む月光が彼の口元だけを浮かび上がらせていた。

 

 一同の注目を浴びながら伊丹は手にしていたM14EBRのコッキングハンドルを引き、初弾を装填。

 

 

「もちろん逃げるのさ。ただし、立ち塞がる連中は力づくで排除しながら、ね」

 

 

 そう言ってニヤリと歪んだ伊丹の口元は、獲物の喉笛を咬み千切る寸前の狼を連想させる獰猛さを帯びていた。

 

 彼の言葉にバトルジャンキーな性分のロゥリィもまた肉食獣じみた笑みを浮かべ、逆に最も荒事慣れしていない一般人代表の梨紗は竦み上がって失禁しそうになったものの、ギリギリ阻止に成功するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜の山は徒歩じゃ危険過ぎるし、ヘリで追われたら一巻の終わりだ。来る時に乗ってきた車で強行突破するぞ」

 

 

 伊丹が考えた逃走プランはいたってシンプルだった。

 

 もちろん主要な道路にも敵の手が及んでいるので相応のリスクがある。それでも伊丹が述べたように、夜の山へ逃げ込むのは移動速度の低下を招き―文明レベル上野山に慣れている特地組はともかく、インドア派な梨紗が特に足を引っ張りかねない―加えて敵がヘリを複数持ち出しているとなれば、遅かれ早かれ空から発見されてしまう。赤外線カメラが使われれば一発でおしまいだ。

 

 籠城にいたっては論外中の論外だ。手間と時間と資源をかけた防護陣地ならまだしも、ここは平和な日本の温泉宿。風光明媚といえば聞こえは良いが、山海楼閣は和様建築らしく木造部分が多めな施設であり、下手すれば火の不始末程度で容易に焼け落ちかねないような雰囲気も漂っているわけで。

 

 

(ヘリからの空爆どころかRPG(対戦車ロケット弾)を1発か2発撃ち込まれただけであっさり炎上するんじゃねここ?)

 

 

 なんて、設計元と建築会社の顰蹙を買いそうな懸念を伊丹は抱いていたり。いや、そもそものどかな温泉地を舞台に武装集団からの砲撃や空爆を受けるのを想定した建物を作れという方がおかしいのだが。

 

 ともかく、逃げると決めたら話は早い。伊丹・富田・栗林は調達した武器と装備で完全武装し、ロゥリィも愛用のハルバードの封印を解いて殺る気マンマンだ。テュカまでも昼間に購入したコンパウンドボウを携え、テュカも魔導用の杖を握っている。

 

 非常事態という事で騎士団の訓練を積んで刃物の扱いに馴染んでいるピニャとボーゼスにも調達した装備に混じっていたナイフを持たせておいたので、今の面子で非武装なのは梨紗のみとなる。当然の如く全員が浴衣から私服姿に着替え済み。

 

 栗林が持つ武器はメインウェポンがMK46軽機関銃。自衛隊でも運用しているミニミ軽機関銃の改良型で、伸縮型ストックに切り詰められた銃身と自衛隊のミニミよりコンパクトだ(自衛隊の装備更新が遅いせいで旧式が多いだけ、とも言う)。

 

 軽機関銃を運用する機関銃手は、長時間の連射が求められるポジション上、マガジンに装填するのではなくベルトリンクで繋げるという形で大量の弾薬を所持する。必然、ベルトリンク用の弾薬ポーチも普通のマガジンポーチより1回り大きく、それは栗林が装備したチェストリグも同様だった。

 

 でもって栗林という女は自衛隊の身長制限を通過したのが怪しくなるぐらい小柄でありながら、バストサイズが92という爆乳な持ち主である。

 

 今の彼女は戦闘用装備を身に着けるのに邪魔になる為、上着の革ジャンバーを羽織らず白いセーターの上に直接チェストリグを着用している。すると腹回りに配置された弾薬でパンパンのポーチとチェストリグのベルトがコルセットの役目を果たし、ただでさえ起伏の激しい栗林の上半身を殊更に強調する。

 

 ……つまり何が言いたいのかといえば、現在の栗林の胸部装甲は弾薬ポーチの上に小ぶりなスイカでも乗っけているような格好となって、その存在を一際激しく主張しているのである。

 

 

「? レレイ、どうかした?」

 

「何でもない。今後の成長に展望を巡らせていただけ」

 

 

 そのあまりの存在感に、白銀髪の某導師見習いな少女など緊迫した状況下にもかかわらず、思わず自分の絶壁な胸元を見下ろしてちょっとだけ溜息を漏らしたり。

 

 ともかく栗林は軽機関銃をメインアームに選択したが、他にも「小人数で対抗しなきゃいけない分使える火力と手段は多い方が良い」という伊丹の言いつけにより、昨日より引き続きH&K・MP7・PDWも携行する事にした。

 

 そこへ各種手榴弾にサイドアームの拳銃も加わる。コルト社のM45A1・CQBR、名作拳銃のコルト・ガバメントをアメリカ海兵隊特殊部隊のリクエストを元に現代戦に於いても通用するよう再設計した銃である。

 

 特徴としては伊丹のグロック18、ならびに富田のSIG・P320の使用弾薬は9ミリパラベラム弾だが、M45A1は名前から分かる通り45ACP弾を使用する。反動は9ミリ弾より大きいがその分パンチ力に優れた弾薬だ。栗林の戦闘能力ならこの大型拳銃も使いこなせるだろう。

 

 

「富田、お前はランチャーも持って行ってくれ。強行突破する時にはお前と栗林の火力が頼りになるから気合い入れろよぉ?」

 

「はっ、分かりました!」

 

 

 言われた富田が重々しく頷く。彼も伊丹の指示通りメインのSA58・OSWとバックアップのP320以外に、6連発のM32・グレネードランチャーを肩に背負う。40ミリグレネード弾ともなれば戦車でも持ち出されない限り大抵の車両にも有効だ。

 

 

「ところで隊長、ここ(山海楼閣)って今日は私達の貸切だから他に宿泊客はいませんけど、宿の従業員の皆さんの事は放っておいて良いんですか?」

 

「一応嘉納さんの話では地下倉庫があるらしくて宿の人らはそこに隠れてもらうってさ。俺達がここに居座ってたら彼らにも被害が出る可能性が高くなる。そういう意味でもここから離れるべきだ」

 

 

 ヘリの爆音はとうとう宿中の窓をガタガタと振動させるほどの距離まで接近していた。伊丹らが集まる部屋は窓を挟んで庭に面している。

 

 身を低くした伊丹がカーテンの隙間からチラリと庭を見やると、庭の億に広がる林の上空にヘリが2台――Mi-8・ヒップ輸送ヘリと直掩であろうMH-6・リトルバード小型ヘリが降下してくるところだった。両者に搭載されたサーチライトの光が宿の外壁を舐めるように照らす。

 

 庭に直接降下したら着地時が無防備になるので降ろすつもりだろう。丁寧に手入れされた植木などがバランス良く配置された風情溢れる和風の庭は、大小のローターが生み出すダウンウォッシュという名の暴風によってとっくに台無しにされている。

 

 伊丹の見ている前でMi-8の側部ドアが開かれ、機内から降下用ロープが蹴り落とされた。

 

 

「乗せた歩兵を降ろすつもりだ。阻止するぞ!」

 

 

 まだ伊丹らの具体的な位置は気付かれていない。

 

 今なら不意を突ける筈。そのような判断の下、部下2人も窓辺に近付かせ、ホバリング中のヘリに一斉射撃を行おうと目論んだ伊丹であったが――

 

 突如として伊丹らが潜む部屋の窓がカーテンごと開け放たれた。窓近くに張り付いていた伊丹に富田、栗林の姿も当然の如く外から丸見えとなる。

 

 

「んなっ、くそっ!?」

 

 

 思わず悪態を吐き捨てながら伊丹が顔を逸らすと、窓を開けた張本人はフリフリ満載のゴスロリドレスを吹き込む風にたなびかせて、それはもう楽しそうな笑顔である。

 

 そう、窓を全開にして自ら姿を現した犯人はロゥリィであった。サーチライトがまるで舞台の演出よろしく彼女の姿を光の中に浮かび上がらせた。

 

 

「バッカ野郎! 何してやがる、さっさと隠れろ!」

 

「い・や♪」

 

 

 空腹な時に新鮮な魚を鼻先にぶら下げられた発情期のネコ科の獣じみた笑みでもってロゥリィは拒否する。

 

 

「さっきからずぅっと近くで誰かが戦ってたっていうのにぃ、お預けされっぱなしだものぉ。もう我慢できないわぁ」

 

 

 イタリカでの出来事が脳裏に蘇る。戦死者の魂はエムロイの使徒で亜神でもある彼女の肉体を通じ天へと召され、その際にロゥリィは麻薬にも似た快楽を感じるのだ。その法則は世界を超えても同じらしい。

 

 今はイタリカの時とは全く違うのだと、ロゥリィはそれを理解できていなかった。文明レベルがはるかに違う異世界からやってきて3日と経っていないのだから認識にズレがあるのも仕方のない事だろう。

 

 だが、現在の状況での彼女の行動はあまりに迂闊で、文字通り致命的な失敗だった。

 

 ロゥリィの突然の行動のせいで伊丹だけでなく富田と栗林もまたあっけにとられ、奇襲の機会を逃してしまった。一方ヘリ部隊は照射されるサーチライトからも分かる通り、しっかりとロゥリィの姿を、そしてその周囲に集まる完全武装した伊丹らも捉えていた。

 

 リトルバードのパイロットは、目標の1人らしき特地からやってきたゴスロリ少女を巻き込む危険性よりも、武装した兵士によって攻撃を受けるリスク……つまり己の身の安全を優先し、行動に移った。

 

 すなわちロゥリィごと脅威を排除すべく、ヘリに搭載している兵装を行使したのである。

 

 MH-6・リトルバードの搭載兵装は機体両側面の兵装架にぶら下げたM134・ミニガンとロケット弾ポッド。

 

 束ねられた6本の銃身がモーターによって空転を開始。サーチライトによって視界を潰されかけながらも目ざとく発射の兆候を見て取った伊丹は、「伏せろ! 今すぐ伏せるんだ!」と叫び散らしながら、ロゥリィを無理矢理引きずり倒そうと身を起こす。

 

 が、伊丹の努力もむなしく、機銃掃射が開始される方が早かった。

 

 毎分3000発もの連射速度に設定されたミニガンから吐き出される大量の銃弾。

 

 数発ごとに装填された弾道確認用の曳光弾の軌跡が一筋の光条と化し、部屋めがけ降り注ぐ。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょおおおぉぉぉぉ!?」

 

 

 巨大なハルバードを掲げて盾にするロゥリィ。掃射を受け止めた彼女の口から素っ頓狂な悲鳴が飛び出す。

 

 発射から到達までのタイムラグは無いに等しく、1発1発の衝撃は予想外に重たい。

 

 それ以上にハルバードに襲い掛かる連打の勢いが凄まじかった。オークかミノタウロスの一撃を一瞬で何十回も受け止めているかのような、絶え間ない衝撃の連打。物理的圧力という意味では炎龍のブレスよりも格段に強烈だった。

 

 イタリカで野盗集団が自衛隊に殲滅した際に同じような兵器を使っていたので、その火力は理解していたつもりのロゥリィであったが、実際に受ける側に回ってみた感想は想定以上と言うほかない。衝撃が蓄積し、ロゥリィの許容範囲を超え、小さな体は攻撃を悠々と受け止めて前進するどころか、身動き1つ取れなくなる。

 

 ヒトの身を超越した身体能力を持つ亜神でこれなのだから、それこそいくら鍛えていてもあくまで常人の範疇でしかないロゥリィ以外の面々に至ってはたまったものではない。

 

 

「きゃああああああ!!」

 

「伏せろ! 伏せろ! 身を低くして部屋から出ろ!」

 

「何なのだこれは! ここは地獄なのか!?」

 

 

 ハルバードの防護圏から外れた銃撃が容赦なく室内を蹂躙する。窓はサッシごと粉砕され、畳は穴だらけになり、籐椅子やテーブルが原形を留めぬほど破壊され、敷かれたままの布団の綿や羽毛が舞い上がる。

 

 7.62ミリ弾の豪雨は多くがロゥリィのハルバードが受け止めたお陰で、室内にいた面々は奇跡的に銃弾の直撃を免れる事が出来た。銃弾は当たらなくとも空間中を弾丸に撃ち砕かれた品々の破片が飛び交い、少しばかりかすり傷を負いはしたが、ライフル弾には紙よりちょっとマシレベルの耐久力しか持たぬ建物で数百発の弾丸を撃ち込まれていながらその程度で済んだのは奇跡に等しい。

 

 そんな中で梨紗は今度こそしめやかに失禁した。

 

 金属の塊に直接削岩機を押し付けているような轟音の最中、這う這うの体でロゥリィ以外の面々が廊下に脱出したのを見送ってから、伊丹は騒音に掻き消されまいと絶叫した。

 

 

「ロゥリィも下がれ! ドラゴンと違ってヘリは地上に降りてきちゃくれないぞ!」

 

「そんな事言われてももももも」

 

 

 銃撃を受け続けるハルバードからの振動で奇妙に声を震わせながらロゥリィは呻く。彼女のゴスロリ神官服も受け止めた際に飛び散った銃弾や建材の破片によって所々切り裂かれてしまっている。

 

 すると急に、銃撃が止む。風通しが良くなった窓……の残骸越しに外を見やる。ロシア生まれの輸送ヘリが遠のくのが見えた。

 

 

「クソッ、歩兵を地上に展開させちまったか」

 

 

 銃撃を加えていたMH-6はまだ同じ場所に滞空していた。

 

 何故ミニガンによる射撃を停止したのか。その理由を伊丹の脳細胞が直感的に理解し、伊丹の顔がサッと蒼褪めた。

 

 手を伸ばし、今度こそロゥリィの首根っこを引っ掴む事に成功すると、伊丹は廊下へと逃れようと試みる。

 

 同時にMH-6のもう1つの兵装、ミニガンの隣にぶら下がるロケット弾ポッドから、細長い対地ロケット弾が発射された。

 

 ミニガンよりもシンプルかつ大柄な別の鉄の筒から火を噴く槍が飛び出し、一直線に自分達めがけて飛翔してくるのを見て取ったロゥリィは、咄嗟にミニガンの掃射を受け止めた時と同様にハルバードを体の前に掲げた。

 

 破壊された窓を通過してロケット弾が部屋の中心へ着弾――爆発。

 

 爆炎と爆風、弾頭に内蔵された破片が荒れ狂い、その威力は隣接する部屋の壁が消失した程だ。とうとう建物そのものが耐え切れず、攻撃に蹂躙された部屋は屋根ごと崩壊してしまった。

 

 廊下に逃れたレレイや富田らも壁を破壊しながら襲いかかってきた爆風に突き飛ばされ、全員が足元を取られた態勢で咳き込んでいた。気圧の急激な変化による耳鳴りにも襲われた。

 

 

「耳が痛ぁい……」

 

「くっ、伊丹隊長!」

 

 

 立ち込める煙によって逃げ遅れた伊丹とロゥリィの姿は確認できない。それは敵の方も同様で、効果の程を確かめるべくホバリングを維持し、全壊した部屋をサーチライトで照らし続ける。

 

 当の2人はというと、

 

 

「ゲホッ……ロゥリィ、おいロゥリィ。無事か」

 

 

 煙に包まれ、部屋の残骸に半ば埋もれるようにして横たわりながらも伊丹はほぼ無傷だった。ロゥリィの肉体と彼女が寸前に掲げたハルバードが二重の盾として彼を守った為だ。

 

 

「生きてるわよぉ。ちょおーっと見苦しい姿になっちゃってるけどすぐに戻るわぁ」

 

「何だよそ、れ、って――」

 

 

 胸元にかかる重さと感触から、伊丹に覆い被さる格好で同じように倒れているらしいロゥリィへ視線を向けた。

 

 そうしてようやく気付く。ハルバード越しとはいえ至近距離でロケット弾の爆発をもろに受け止めたロゥリィの華奢な肉体がドレスごとズタズタに引き裂かれ、四肢に至っては千切れかけてしまっている事に。

 

 

「ロゥリィ!!」

 

「だぁいじょうぶよぉ」

 

 

 叫ぶ伊丹の心境を他所に、重傷を通り越して即死していてもおかしくない惨状であるというのに、ロゥリィは虫の息から程遠い普段通りの甘い口調を返した。

 

 すると伊丹が見ている前で、急速にロゥリィの肉体が再生し始めた。

 

 生物の成長を超スピードで早回ししているかのように傷口が塞がっていく。体内に食い込んだ破片は傷口から押し出され、分離寸前だった四肢は枯れ枝の山を踏み砕く瞬間を思わせる異音を奏でながら整復され、数秒と経たず元の形を取り戻す。

 

 最後に小さな煙と泡を残し、ロゥリィの肉体は瘢痕1つ残さぬ肢体へ生まれ変わった。いや、取り戻した。

 

 ただし衣服までは再生せず、切り裂かれた布地の間から白く滑らかな肌が剥き出しになっている。流れ出た血もそのままで、彼女の服と肌を汚していた。

 

 無残なバラバラ死体半歩手前の状態から傷一つない肉体へ再生するまでの一部始終を目撃した伊丹にできたのは、

 

 

「マジかよ」

 

 

 と、短く呻く事ぐらいだ。

 

 

「驚いたぁ? 亜神はねぇ、どんな傷を負っても、バラバラになってもすぐに再生して、決して死ぬ事はないのよぉ」

 

 

 どうだ、と言わんばかりに伊丹の胸元でロゥリィは笑ってみせる。

 

 己の血にまみれた彼女の笑顔は961歳という実年齢を感じさせぬほど子供っぽく、だが外見不相応な色気を帯びて美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 美少女の姿をした亜神の笑顔に見惚れそうになった伊丹を、外で鳴り続けるヘリの爆音とサーチライトの輝きが現実に引きずり戻した。

 

 

「助かったよ、すまない。あと悪いけど体の上からどいてくれ」

 

 

 それだけ告げると、ロゥリィの体をどかし、入れ替わりに握り締めたままだったM14EBRを体の前に持ってくる。「ちょっとぉ!」というロゥリィの抗議の声を無視し、変則的な射撃姿勢をとった。

 

 両脚は開き、足の裏をしっかりと床に押し付けて安定性を確保。上半身を少しだけ起こし、ストックを右肩に押し付けると頭ではなく銃の方を斜めに傾ける事で視線と銃の照準が一直線になるよう調節を行う。

 

 煙越しに、崩れ落ちた部屋を今も探るサーチライトの出所、月光によって浮かび上がる小型ヘリのシルエットが視認できた。

 

 詳細までは見分けがつかないが敵の機体がこちらに対し正面を向けている事さえ判れば十分だ。ヘリという乗り物の性質上、パイロットの配置も容易に掴める。

 

 ヘリとの距離は100メートルもあるまい。大口径ライフルにとっては至近距離も同然だ。後はホバリング時の微妙な機体の揺れ具合を読み取りさえすれば――

 

 

「隊長!」

 

「イタミ殿!」

 

「先輩!」

 

 

 その呼びかけが号令となったかの如きタイミングで、伊丹は短く2度発砲した。

 

 ホバリング中だったMH-6に異変が生じる。フラフラと危なっかしく揺れだしたかと思うと、空中で横倒しになりそのまま真っ逆さまに林へと墜落した。

 

 木々の向こうにひっくり返った機影が消えた直後、紅蓮の爆炎が誕生した。燃料と未使用の弾薬に誘爆したのだ。

 

 おやすみだ、伊丹の口から自然とそんな呟きが漏れる。

 

 ポカーン、なんて効果音が聞こえてきそうな表情で、伊丹とロゥリィを心配して戻ってきた栗林とピニャと梨紗は、ライフルを手に立ち上がる伊丹とヘリの墜落現場に視線を行ったり来たりさせた。

 

 

「い、イタミ殿、一体どうやってあの鋼鉄の天馬を?」

 

「あの程度のヘリなら耐久性もたかが知れてるからな。M14の威力なら楽にコクピットも貫通できる」

 

 

 

 

 あっさりと言ってのける伊丹に対し、ピニャから返ってきたのは人の姿をした炎龍でも見るような視線であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『死は存在しない。生きる世界が変わるだけだ』 ――ドゥワミッシュ族の格言

 

 

 

 




ロゥリィのハルバードの強度が気になる今日この頃。
戦車クラスの炎龍殴っても平気ならもしや戦車砲でも耐えきれるのでは…?

いつの間にかお気に入りも5000人を突破し、初めての推薦文も書いて頂きました。感謝感激です。
ここから延々戦闘時々陰謀ばかりになりますが、どうかエンディングまで付き合ってやってください。

栗林のおっぱいネタを挟まなければもう少し展開は早かったんでしょうが書かずにはいられなかった、反省はしているが後悔(ry


批評・感想大歓迎です。

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