別作品世界基準&捏造設定多めなんで苦手な人は注意。
あ、福袋はスカサハ師匠&嫁ネロ宝具2でした。
ダヴィンチちゃんは100連回してもまだ出ません(死んだ目)
予想より長くなったので上下編に分けます。
伊丹耀司3等陸尉(32歳)はオタクであると同時に自衛官である。
立派な国家公務員の端くれである以上、出向や配置転換、極稀に海外派遣というという名目の転勤または単身赴任も、一般企業同様に当然ながら存在していた。
伊丹に
「そんなわけで俺しばらく海外に単身赴任する事になったから」
「はぁ!? いや単身赴任は分かりましたけど海外って。海外の何処? 場所は?」
「そこらへんはスマンが一応守秘義務って事で」
妻の梨紗にはぐらかす伊丹自身も腑に落ちない態度を覗かせていた。
人理継続保障機関フィニス・カルデア――上官が告げた出向先である。
初めて聞く名前であった。国連の機関や部署に明るいとは口が裂けても言えない伊丹であっても違和感を抱いてしまう程度には怪しさが漂う。『人理継続保障機関』という機関名も何ともご大層だ。
ネットの検索でもカルデアの名前は引っかからず、辞令を告げた上官本人もカルデアの具体的な活動内容を知らされていない様子だった。
しかし上層部からの正式な辞令としての通達であるのもまた事実である。曲がりなりにも現役の特殊作戦群隊員である伊丹を一本釣りを実現する、それが許されるレベルの権力を持つ機関であると示していた。
あまりの不審さに、普段伊丹がしでかす問題に頭を悩ませ苦虫を噛み潰してばかりの上官ですら『何が待ち受けているか分からんから気をつけろよ』と心配の言葉を送ってきた程である。
怪し過ぎるが正式な手続きを踏まれた辞令である以上、宮仕えの伊丹は従わなければならない。今の伊丹に出来るのは、
(せめてネット完備でアニメやマンガを見てても御咎めのない部署でありますように。あと夏と冬の同人誌即売会シーズンには帰国出来る部署でありますように。それから――)
と祈る事ぐらいだ。
「海外出張分の手当てはキッチリ出してくれるそうだが、俺が居ない間にまたフィギュアの即売会で散在しすぎるんじゃねーぞ」
「ギクッ。こ、ここ今度は失敗しませんよーだ!」
自身の欲望に正直過ぎるせいでイマイチ信用出来ない妻に溜息を漏らしつつ、必要な荷物をトランクケースに押し込んでいく伊丹。うち4分の1近くはお気に入りの薄い本やアニメのDVDである。
そんな夫の背中を、背を向ける伊丹からは見えないが思いつめた陰のある表情で見つめていた梨紗は、おもむろに足音荒く自分の部屋に駆け戻ると数分後、息を荒くして行き以上の勢いで戻ってきたかと思うと、
「先輩。これ!」
「何だよ梨紗、って」
彼女が突き出した手に握られていたのは、
「サークル仲間から貰ったんだけど、未来の道しるべ? に導いてくれる効果があるらしいから、外国に行っちゃう先輩のお守りにちょうど良いかもって思って……少しは先輩の奥さんらしい事してあげたいし」
後半は顔を赤くし、目を逸らしながらだったが、伊丹の耳に届くには十分だった。
「ありがとな、梨紗」
伊丹も面映そうに笑いながら、感謝の言葉を述べて黄金の符を荷物の中へと滑り込ませる。
――これが分水嶺になると知る由もなく。
2015年のある日の事だ。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
存在目的は疑似地球環境モデル・カルデアスの観測による未来での人類社会存続の保証。
しかし2016年に人類が滅亡する未来がカルデアスにより観測。
人類滅亡を阻止すべくカルデアは魔術教会・聖堂協会他各地より派遣・スカウトした魔術師ならびに血液検査を経て一般公募から集めたレイシフト適性者
だが――作戦当日。レイシフト実行直前、管制室とレイシフトルーム内で謎の爆発が発生。
責任者オルガマリー・アムニスフィアを含むカルデア職員、マスターと呼称されるレイシフト適性者の大部分が死亡または重傷、安否不明という甚大な被害がもたらされた。
活動可能なマスターは2名。
直前のシミュレーションによる負荷で体調を崩し当時医務室へ一般公募枠の少女、藤丸立香。
彼女に付き添う形で同じくその場を離れていた一般公募枠の自衛官、伊丹耀司。
爆発現場に駆けつけた両名は発見した重傷の少女、マシュ・キリエライトの救助を試みる最中、誤作動を起こしたレイシフトシステムに巻き込まれ。
そして……
<2004年>
伊丹耀司
炎上汚染都市・冬木
一般人がまずお目にかかれないような光景や経験は何度も直面してきたつもりだった。
人が目の前で自殺を図る瞬間を見た事があるし、自衛隊の訓練で様々な兵器を扱ったり、飛んでいる飛行機から飛び降りたり、災害派遣で廃墟になった街から市民を救助したり、遺体を回収した事も経験済みだし、今回のカルデア出向ではるばる南極大陸に上陸まで果たした。
だが。
「魔術だの何だのもそうだけどさ、まさか本物のファンタジーな存在と戦う羽目になるなんてなぁ!」
燃え盛る街。
蠢く怪異。押し寄せる、肉を持たぬ動く骸骨の群れ。
ホラー映画かファンタジー映画に出てくるような存在がカタカタと耳障りに体を鳴らし、オレンジ色に照らされた剣や槍を手に伊丹へと襲いかかる。
伊丹は建物の残骸の一部らしき捻じ切れた鉄パイプを拾い上げて何とか抵抗を試みる。
長さとしては一般的なライフルに近い。捻じ切れた部分は鋭利に尖り、突き刺すのにも使えそうだ。バットや剣のように一端を両手で握るのではなく中央付近で間隔を空けて構える――自衛隊おなじみの銃剣格闘の構え。
武骨を通り越して粗雑な、しかし肉を切り骨を断つには十分に鋭い刃を備えた刃を、銃剣に見立てた先端で外へと受け流すと鉄パイプを反転。顔面めがけ直突きを打ち込む。
頭部に衝撃を受けた骸骨兵はあっさりと後ろに転がる。頬骨の一部を欠けさせた動く髑髏はやはりカクカクとぎこちなく、すぐに武器を手に立ち上がる動きを見せた。
剣持ちを相手している間にも他の骸骨兵が伊丹を半包囲する形で距離を詰めつつある。
武器は鉄パイプ1本、孤立して敵は多数。しかも飛び道具持ちもいる。まさに多勢に無勢。
おまけに周囲で炎上する建物のあちこちからも、サバイバル演習で隠れ場所に追っ手役が忍び寄って来ていた時に似た嫌な気配がした。
「よし、こういう時は――逃げるが勝ち!」
一転、回れ右して全力ダッシュでその場から逃げ出す伊丹。
幸いにも骸骨兵の足は遅く、弓持ちが逃げ出す伊丹の背中に矢を射かけたものの、的を絞らせない為のセオリー通り右へ左へランダムに曲がる伊丹を捉える事は出来なかった。
建物の残骸の陰からの奇襲と包囲を警戒するぐらいならと。また炎に包囲され、熱波と煙から逃れるという意味でも、見晴らしがよく火の気が少ない河原を目指して逃げて。
逃げて。
逃げて。
途中、人の形をした石像が幾つも立ち並んでいるのに気付いた直後、立香とオルガマリー、デミ・サーヴァントに目覚めたという可憐な少女に似つかわしくない巨大な盾(と何故か露出の多いレオタード姿になった)を軽々と振り回すマシュと再会し。
そこへ新たな敵が襲いかかる。
禍々しいほどに美しく、怖気が走るほどの色気を湛えた狂ったサーヴァント。鎖の結界に閉じ込めてきたコイツを斃さなければ伊丹達の命はない。
「ハアアアアァaaaaaaaaaaaa――ッ!!」
マシュが矢面に立って襲ってきたサーヴァント――ランサーの攻撃を盾で防ぐ。護る。背後の伊丹を、立香を、オルガマリーを殺らせまいと立ち向かう。
成り行きでマシュのマスターとなったが魔術師としてはド素人の立香には苦戦するマシュを見守る事しか出来ない。オルガマリーは何度かガンド、呪いを発射する魔術で援護しようと試みるも、ランサーの迫力と身軽さに翻弄されて実行に移せずにいた。
伊丹も立香と似たようなもの。自衛官で立香よりも先にカルデア入りした分だけ専門的な訓練はひとしきり経験済みとはいえ、魔術回路の存在とレイシフト適性を除けば一般人の範疇でしかない。オルガマリーみたいにガンドすらまともに使えないのだ。
せめて手元に鉄パイプではなく銃があれば、と伊丹は思う。
伊丹耀司という人間は決して逃げるしか能のない臆病者ではない。人外の存在であるサーヴァントに通用するかはともかく、転移直前まで死にかけていたマシュだけを戦わせて何も感じずにいられるほど恥知らずでもない。
民を守る自衛隊員として、敵と戦う兵士として、伊丹耀司という1人の男としての意地があった。
せめてこれぐらいはと、もしランサーの矛先がマシュから立香達へ向いた場合に備えて警戒する。
サーヴァント同士の戦いに意識が奪われている2人と違い、サーヴァント以外にも骸骨兵という敵の存在を伊丹は覚えていた。そいつらも襲ってきたらいっそ3人を川に引きずり込んで――
「――――っ!!!」
それは伊丹が最初から第3者の奇襲を警戒していたからか。
あるいは選び抜かれた特殊部隊の隊員ですら翻弄する危機察知能力の賜物か。
足音や気配、空気の震えを明確に認識して察知した自覚もなく、気が付くと伊丹は鉄パイプをせめてもの盾代わりに、更に両腕で頭部や心臓といった致命的な急所をガードしながら、立香とオルガマリーの前に飛び出した。
銃で撃たれたかのような衝撃。肉が穿たれる感覚。灼熱の痛み。
傷口から噴き出した血が服を汚す。腕の筋腱を傷つけられたせいで握力が失われた手から鉄パイプが滑り落ちた。鉄パイプの一部は楔型に抉られていた。短剣の投擲によって大きく削られたのだ。
本来投げナイフという武器は、誇張された創作の表現とは違ってこうも深く肉に刺さりはしないし、鉄を大きく削るほどの威力もありはしない。
「痛ってぇつかそういうレベルじゃねぇぞこれぇ!」
「伊丹さん!?」
「ちょっと何よ急に、ってこれはナイフ!? 一体どこから!?」
「――ホウ。曲ガリナリニモ、アサシンデアル我ガ奇襲ヲ、察知スルカ」
新たな声が、ずるりと虚空から現れる。
「な、アサシンですって!?」
「ランサーだけでも手一杯なのにもう1体サーヴァントが……!」
川沿いの街灯の上に短剣を構えた黒衣に仮面のサーヴァント――アサシンが両腕から血を流して蹲る伊丹達を見下ろしていた。
これでサーヴァントの戦力比は2対1。歯噛みしたマシュが漏らしたように、ランサー単体だけでも不利だった状況が更に悪化した事になる。
「ダガ、幸運モソコマデダ」
黒塗りの短剣を構えてアサシンが告げる。アサシンの言う通りであるのは伊丹自身も理解していた。
両腕を短剣に貫かれ、傷口からは動脈もやられたのか鮮血が噴き出し足元に赤黒い水たまりが生じつつある状態。全身を脱力感と寒気が支配しつつある。大量出血によるショック症状の前触れだ。
自分達を庇ったせいで伊丹に命に関わる重傷を負わせてしまったのだと理解した立香とオルガマリーの顔から一気に血の気が引いた。
「クソッたれめ……!」
逃げる体力どころか立ち上がるだけの力すら急速に失われつつあっても、伊丹はそれでも立香とオルガマリーを背に、歯を食いしばって顔を上げた。
それこそが伊丹耀司という人間の本質。
立ち向かわなくても解決可能な物事であれば、どれだけ罵声や非難を浴びようとも逃亡を辞さない。
だが伊丹も履修済みのとあるむせるロボアニメ曰く『逃げた先がパラダイスとは限らない』。全ての物事がそれで解決出来る筈もないのが現実だ。
逃げられないなら立ち向かう。
どこまでも易きに流されたがる矮小な精神であったならばなりふり構わず土下座して命乞いでもしていただろう。
伊丹はしなかった。それが答えだ。
男としての意地か。成人すらしていない少女達への危害を与えまいという自衛隊員としての気概か。意識すら不鮮明になりつつあった伊丹としては具体的な理由など今更どうでもよかった。
立て。戦え。足掻き続けろ。
誰かの叱咤の声が聞こえる。立香とオルガマリーの声、マシュの盾とランサーの得物がぶつかり合う激しい金属音が遠のきつつあるのに、叱りつける声だけは不思議とハッキリと胸の奥へと響き渡る。
まともに動かない筈の血まみれの手が勝手に胸元へと伸び、伊丹は無意識に懐に収めていた物を握りしめていた。
そこにあるのは梨紗から渡され持ち歩いていたお守り。
「呼符!? どうして魔術師じゃない貴方がそんなものを!」
伊丹の血を吸った呼符が次の瞬間金色の閃光を放ち、膨大な魔力が渦を巻きながら集束していく。
マズい。直感的に判断したランサーが地面が砕ける程に強く踏み込んで伊丹へ吶喊する。マシュの反応すら間に合わぬ速度で光の向こう側にいる
果たして。
ランサーの両腕に伝わった感触は――