GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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7.5:The Reason/伊丹という男(3)

 

 

<イタリカ防衛戦から数時間後>

 柳田明 特地方面派遣部隊幕僚・二等陸尉

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地

 

 

 

 

 

 

「なるほど。イタリカへの救援は無事間に合ったんだな?」

 

「その通りです陸将。出撃した第4戦闘団は全機既に帰還の途に就いております。またイタリカ領主であるフォルマル伯爵家、ならびに帝国第3皇女ピニャ・コ・ラーダ閣下との間に交わした協定の協約書と少数の捕虜……盗賊集団の生存者も一緒だそうです」

 

 

 特地派遣方面隊方面総監――要は特知に派遣された自衛隊の総司令官である狭間陸将へ柳田は首肯した。

 

 柳田の言葉通り、救援に派遣された第4戦闘団指揮官の健軍一佐を代表とした自衛隊側とイタリカ領主のフォルマル伯爵家、また具体的な理由は不明だが現地で戦闘に参加していたピニャ帝国第3皇女を含む帝国側の間でつい先程協定を結んだばかりである。

 

 協定といっても具体的な内容はといえば、この度の戦闘で生き残った捕虜を数名自衛隊が連れ帰る事を求める許可だったり、救援に対する感謝の印として今後日本からの使節が送り込まれた際に帝国間との仲介役を求めるものだったり、避難民達が設立したアルヌス共同生活組合への便宜であったりと、比較的当たり障りのない内容ばかりであった。

 

 自衛隊からしてみれば「今回は話し合いのとっかかりと窓口作りだけで十分かなぁ。あとは避難民に余計な負担がかからないようにこれぐらいの便宜はしておこうか」という感じの意図であろうか。

 

 もっともピニャを筆頭に、自衛隊による盗賊殲滅作戦を文字通りの最前列で見せつけられた現時住民側からしてみれば「え? これだけ? 街占領して略奪して妾らを奴隷したりしないの?」と大いに戸惑わされるぐらいに勝者の権利を投げ捨てた協定内容だったりするのだが、現地側の困惑を自衛隊側は知るよしもない。

 

 隔絶された文明レベルから生じる両者間のギャップが埋まる日はまだまだ遠いのであった。

 

 

「そうか、なら捕虜の尋問用に警務官をスタンバイさせておいてくれ。それから法務官にも連絡して現地で結んだ協定に不備がなかったか、今後協定を履行する場合における抜け穴や活用法の分析を行うよう通達を」

 

「了解です」

 

「しかしなんだな。今回の救援によってイタリカという交易拠点の領主に恩を売れたのみならず、帝国の第3皇女という思わぬ重要人物とも知己を結べたのは、我々にとって大きな幸運だったな」

 

「この『門』の内側の覇権国家たる『帝国』、その中枢に近い人物に恩を売れましたからね。今後帝国と本格的な交渉を行う上での外交チャンネルとしてはまさにうってつけでしょう」

 

「まったくだ」

 

 

 座右の銘である『たたき上げ』という言葉のお手本のような、一目見ただけで苦労と忍耐の末に相応の地位を見事手にしてみせた人物であると万人が納得できてしまう月日を経た巌みたいな顔で柳田を見据えながら、狭間は続けてこう問いかけた。

 

 

「それで第3偵察隊……伊丹二尉も無事なのか」

 

 

 またこれか、と柳田の目尻が一瞬引き攣った。

 

 

「……ええ。部下と例のエムロイの神官とかいう少女共々、盗賊達のど真ん中に斬り込んで大暴れしていたそうですよ」

 

 

 大した意味もなくメガネをクイクイ指で押し上げながら皮肉気な口調でそう返す。

 

 このような振る舞いから分かる通り、柳田は伊丹を嫌っている、とまではいかなくとも、いささか好ましからざる感情を抱いている人物であった。

 

 何せ伊丹という男は銀座における獅子奮迅の活躍から英雄と称賛されてはいるが、その実態はグータラなオタクなわけで。

 

 一方で柳田は防衛大学校を優秀な成績で卒業した自他共に認めるエリートであり、勤勉な仕事ぶりを必死に上官へアピールする事で現在の階級を得た彼からしてみれば、「あんなグータラ野郎に……」なんて仄暗い思いを抱いてしまうのも仕方ないっちゃー仕方ないのであった。

 

 また伊丹は深部情報偵察隊として未開の異世界を走り回る現場要員であり、柳田は派遣部隊幕僚としてアルヌス駐屯地から外へほとんど出る事のない後方要員である。

 

 現場の状況を知らない後方が不十分な計画を立てたせいで前線の兵が苦労させられる話は創作では鉄板の話だが、現実には現場の無茶のせいで手配や根回しに関係部署との調整を担当する後方が尻拭いに奔走する事例だって珍しくないのだ。

 

 実際、伊丹が行き場のない避難民を勝手に連れて帰還した時、難民キャンプを設置する手配に柳田も不承不承携わっている。代わりに相応の厭味と仕返しはさせてもらったが、周囲に実害が出ない程度にちょくちょく仕事をサボる伊丹には良い薬だと思う柳田であった。

 

 そんな伊丹を毛嫌いしつつも何だかんだで彼の尻拭いをしてやっている柳田だからこそ、最近伊丹に対し疑問を抱きつつある。

 

 正確には彼らの上官である狭間、ひいては『門』の向こうから派遣部隊全体の方針と運営を取り仕切る自衛隊と防衛省の上層部による、伊丹の扱いに対してであった。

 

 

「狭間陸将、一つお聞かせ下さい」

 

「ああ構わないとも」

 

「では失礼ながら……何故、本国は伊丹二尉を特別扱いされておられるのですか」

 

 

 伊丹が要望した結果、最新鋭の輸送防護車や小銃てき弾が『門』の向こうから運び込まれ、彼が指揮する第3偵察隊にのみ配備される事となった。

 

 現地の部隊間で話が済んだのであればまだあり得る話だが、その要望が最後方の本国まで伝えられ、あまつさえたかがいち尉官の要望を本国が即座に認可したのである。何らかの裏があると勘ぐるのも当然であった。

 

 

「伊丹が英雄であるのは事実です。ですが、だからといって伊丹ばかりに上が便宜を図り過ぎては、派遣部隊全体に不和をもたらすのでは?」

 

「そうだな柳田二尉、貴官の言う通りだ」

 

 

 そして柳田に詰問された狭間の方もこの時が来るのを予想していたのだろう。階級や年功序列を振りかざして拒絶できる立場でありながら、探るような目つきではあるが穏やかさも含んだ視線で柳田を見据えるに留めた。

 

 

「伊丹の隊に輸送防護車が配備されたのが、実は今後の深部情報偵察隊の装備変更を考慮しての事だと言ったらどうするかね?」

 

「と言いますと?」

 

「実はアメリカから火器弾薬類以外の余剰装備の供与を打診されていてな。近々深部情報偵察隊が運用する車両を供与されたMRAPへ試験的に置き換えていく方針だ」

 

「『供与』ですか……いくら超大国とはいえ、あれだけの大戦が終わって1年ちょっとしか経っていないというのに、もう余ってしまうほどの兵器を生産しているんですか、アメリカは」

 

 

 驚くやら呆れるやら、柳田は嘆息するばかりである。

 

 

「覇権国家は伊達じゃないというわけだな。車両本体以外にも対市街地戦用の戦車改修キットなんぞも少数ながら既に供与され始めているぞ」

 

「なるほど。MRAPは深部偵察隊で現在運用している車種よりどれも大型なものが多いですから、その前に輸送防護車で感覚を馴染ませておこうという魂胆でしょうか」

 

「ぶっつけ本番で事故を起こしても面倒だからな。早いうちにサイズ感覚に慣らしておいた方が良いだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――などというおためごかしが聞きたいのではないのだろう?」

 

「ええその通りです」

 

 

 MRAPを筆頭とした余剰装備の供与そのものは事実である。だが伊丹への優先的なお目こぼしとはまったく関与していない。

 

 柳田の額には冷たい汗が浮かんでいる。狭間は決して居丈高な人柄ではないが、それでも特地派遣部隊の最高位である陸将―海外では中将に相当―という、尉官の柳田なんぞよりはるかに偉い存在なのである。怒鳴りつけられるどころか最悪処分を受けてキャリア剥奪、なんて展開だってあってもおかしくないのだ。

 

 それでも柳田は訊ねずにはいられなかったのである。

 

 ここまで来たら引き下がれないという意地と納得できるだけの答えが欲しいという欲求、何より伊丹に対する形容しがたい負の感情混じりの対抗心が、柳田から退却という選択肢を奪っているのであった。

 

 時にどれだけ有能な人物であっても、己が納得できる成果を得るためであれば、保身などうっちゃって愚かで無謀な行動に移してしまう。それもまた人の性であった。

 

 

 

 

 

 

 意固地になってるなぁ、と妙に力のこもった柳田の目つきから内心を見て取った狭間はゆっくりと息を吐き出した。

 

 さりげなく柳田の後ろにある扉が閉まっているのを確認してから、特地の自衛隊員で唯一上層部から伊丹の経歴を教えられている派遣部隊総司令官は重々しい口をとうとう開いた。

 

 

「柳田二尉。貴官は、自分がたった1人で世界の在り様を変える事が出来ると思うかね」

 

 

 問われた柳田は虚を突かれたかのようにレンズの向こう側で一瞬目を見開き、彼が答えを返すより早く狭間は続けた。

 

 

「一国を支配するほどの独裁者であれば可能かもしれない。世界の金融市場を牛耳れるほどの金持ちも可能かもしれない。世界有数の軍事力を持つ国の指導者ともなれば大いに可能性はあるな。もしくは豊富な資金源と武器、世界各国のテロ組織とつながりを持つ危険人物でもいけるな。というか、危うく実際にそうなるところだったわけだが」

 

 

 柳田の喉から唾を飲み込む音が生じた。狭間の言う通り、ほんの1年前の地球世界はたった1人の危険人物の企みによって、扇動された超大国同士の戦争により世界全体が灰燼と化す寸前まで追い詰められたのである。

 

 でもって狭間が語った内容を踏まえ、改めて本国が伊丹を特別扱いする理由を推察した……推察しちゃった柳田の顔は、傍目から見て分かるほど大量の脂汗に覆われていた。

 

 

「狭間陸将、まさかアイツが、伊丹が……」

 

「柳田二尉。歴史というのは、時にたった1人の人間の意思によって変わってしまう事もままあるのだよ」

 

「伊丹もまた個人で世界や歴史を変えてしまえる『何か』を握った存在であると、上は考えていると?」

 

「推測ではない。確信しているのだよ。そして私も上層部と全く同じ意見だ。

 だからこそ事情を知る本国の人間は伊丹の機嫌を損ねないように彼からの要望は出来る限り応えようとするだろう。もちろん、組織全体に実害が及んだり、あまりにも荒唐無稽な要求までされた場合はまた別の話だろうがね」

 

 

 狭間は大真面目な表情で語り終える。

 

 今や柳田はめまいすら覚えていた。

 

 しつこく狭間に詰問した柳田であったが、実のところ彼が予想していた伊丹が優遇される理由というのは、せいぜい本国の補給本部辺りに最新鋭装備の特地持ち込みを認可できるほど高い地位のお偉いさんと懇意だったり、もしくは弱みを握ってたりするのではないか、その程度に過ぎなかったのである。

 

 コネのおかげで昇進速度や待遇が優遇されるというのは、自衛隊内においても一般企業や役所と似たようなものである。

 

 時折有能な面を覗かせる時もあるが、基本グータラの見本のような伊丹が幹部自衛官になれたのもコネのおかげである、と正直に教えられていれば、思うところはあれど柳田も大人しく引き下がるつもりではあったのだが、ところがどっこい伊丹が優遇される背景は、柳田の想定をはるかに超越していたのであった。

 

 

(伊丹よぉ、お前さん一体何者だってんだ?)

 

 

 藪を突いてみたら蛇どころか偽装された核弾頭が出現してしまったかのように、事態を飲み込むのも必死な表情が柳田の顔に浮かんでいる。

 

 今にも胃が痛みだし、ストレスのあまり毛の10本や20本が抜け落ちてしまいそうな、そんな追い詰められた気分であった。

 

 そんな柳田の姿に狭間はほんの少しだけ口元を緩め、意識して明るい声でもって語りかけた。

 

 

「とはいえ伊丹の方もそれらの隠し事を言いふらすつもりはないようだし、二尉の方も伊丹の勤務態度を注意するのはどんどんやってかまわないが、隠し事については触れないでやってくれ。こちらとしても柳田二尉、君の職務への誠実さを信用した上で伊丹二尉の背景を教えた手前もあるんでな。

 それに今回の装備申請も胡散臭いやり取りは抜きにしても、仮称『ドラゴン』という当初の想定を大きく上回る脅威に対する備えという点では妥当だと上層部も判断したからこそ、あそこまでスムーズに許可が下りたわけだしな」

 

「は、了解です」

 

 

 心臓に悪い話はこれで終わりであった。上官の前で思わず安堵の溜息を吐いてしまう柳田。

 

 だが冷静な思考を取り戻した彼の思考は別の問題に気づいてしまう事となった。

 

 

「ちょっと待って下さい狭間陸将。伊丹がどデカい国家機密を握ってるっていうのであれば、参考人招致に出席するのはいささか問題なのでは?」

 

 

 炎龍の襲撃を受けた際には多数の避難民が犠牲となっている。

 

 犠牲者の話を聞きつけた野党とマスコミが「その原因と責任は自衛隊にあるのでは?」と騒ぎ立て、炎龍襲撃に遭遇した当時の現場指揮官や被災者を国会に連れてきて話をさせろと猛プッシュした結果、現場指揮官である伊丹と現地人代表を日本へ召喚する決定が既に下されてしまっていたのだ。

 

 

「それならいっそバカ正直に伊丹を送り出すのではなく、別の偵察隊の指揮官を代わりに送り出した方がよろしいのでは……」

 

「できればそうしたい所だがそれは無理な相談だ」

 

「何故です?」

 

 

 狭間はうって変わって深刻な表情で両肘をデスクに付き、組み合わせた両手で口元を隠すという姿勢をとった。いわゆるゲ○ドウポーズである。

 

 

「どういうわけか野党とマスコミ連中に当時の現場指揮官が伊丹であるという情報が漏れてしまっていてな。向こうもわざわざ名指しで伊丹を指定してきているんだ」

 

 

 偶然か、あるいは何者かの工作か。

 

 全ての発端である『銀座事件』での功績により伊丹の名前と顔は世間に広く知られてしまっている。『門』への派遣に合わせて姿を消していた英雄から異世界の話を聞ける絶好のチャンスとばかりに、気がつけば野党とマスコミのみならず、一般市民の間でも伊丹の参考人招致を求める流れが日本全体にできてしまっていたのだった。

 

 

「お偉いさんがたも支持率への影響を恐れて伊丹の参考人招致出席にOKを出してしまっている。イタリカから帰還次第、伊丹二尉には数名の現地人と一緒に日本へ行ってもらう――これは既に決定事項だ。思うところは大いにあるがな」

 

「怖いのは機密の流出より支持率の低下、というわけですか」

 

「政治家というのはそういう生き物という事なのだろうな」

 

 

 今度は2人揃って重たい溜息を漏らした、その時であった。

 

 

「し、失礼します! 緊急の報告です!」

 

「どうした、何があった?」

 

「帰還途中の第3偵察隊が帝国側と思しき部隊と遭遇し、指揮官の伊丹二尉が拘束され捕虜となったそうです!」

 

 

 息せき切って飛び込んできた隊員からの報告に、柳田と狭間は顔を見合わせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同日夕刻>

 カイネ フォルマル伯爵家メイド長

 フォルマル伯爵家の館

 

 

 

 

「なんて事をしてくれたんだっ!」

 

 

 絵に描いたような怒髪天ぶりであった。

 

 同時にピニャ殿下の怒りは至極当然の感情であると冷徹なまでに断じつつ、そのような内心を一片たりとも表情に出す事無くカイネは壁際でじっと控え続けた。

 

 事の発端はピニャ殿下の私兵部隊である薔薇騎士団、その本隊が『ジエイタイ』がイタリカから引き上げてしばらくしてようやくやってきたのが始まりだった。

 

 彼女らは『敵の斥候と思しき異国の者を捕らえて連れてきたのでご引見下さい』と、意気揚々とピニャの前へ捕らえた人物を連れてきた。

 

 問題は彼女らが捕らえた件の捕虜というのがほんの数時間前にイタリカを襲撃した盗賊集団を完膚なきまでに殲滅し、その上ピニャ自ら協定締結に関与したばかりの『ジエイタイ』の一員であった事である。

 

 

「結んだその日に協定破り。しかもよりにもよって……!」

 

 

 頭を抱えたピニャが見やったその捕虜は、よりにもよって混沌と化した東門での戦闘でエムロイの使徒と一緒に敵集団へ突貫して暴れまわってみせた緑色の戦士の片割れであった。確かイタミ、という名前であった筈である。

 

 でもってその伊丹の状態がまた酷い状態であった。盗賊との戦闘では傷らしい傷がなかった緑色の上下はボロボロでドロドロ、擦り傷や打撲痕も数えきれないぐらいで、ところどころから流血すらしている有様だ。

 

 表面的な傷だけでなく体力と精神も非常に消耗している様子である。意識すらおぼつかないのか、うずくまって「やめろぉ、○ョッカーぁ……ぶっとばすぞぉぉぉ……」などと異国の言葉で苦し気にうめき声まであげている始末だ。

 

 

「……メイド長、頼む」

 

「かしこまりました」

 

 

 ピニャが命じた事でようやく伊丹へ近づく許可が降りた。許されるならもっと早くイタリカの恩人であるイタミの手当てをしてやりたかったのだが、主人である現フォルマル伯爵家当主ミュイよりも更に遥か上の存在である帝国第3皇女らの前で無断で動く事は決して許されなかったのである。

 

 カイネ同様に壁際で控えていたメイド達総動員で伊丹を取り囲んで持ち上げる。部屋のすぐ外で控えていた残りのメイドも手伝いに入る。

 

 

「…………」

 

 

 その際に外で控えていたメイドの1人、ヴォーリアバニーというというウサ耳娘なメイドが、カイネに意味ありげな目線を向けて口をパクパクと動かした。

 

 

「――――っ」

 

 

 カイネも目線だけで頷きを返す。あえて室内のピニャ達には見えないように意識した上での無言のやり取りであった。

 

 部屋からメイドと伊丹の姿が消えた直後、再びピニャの怒声が響きだす。

 

 

『貴様ら、イタミ殿に何をしたっ!?』

 

『わ、私達はごく当たり前の捕虜として扱ったまでです!』

 

『ああなんて事を……いいか貴様ら、連中はだな――』

 

 

 盗賊ですら丁寧に扱えと言い出す上にしかも協定で妾が往来の自由を認めていたのだぞ。そんな協定なんて私達が知るわけが。彼の部下はどうした? あの者らは逃げおおせましたがもしや協定を守るために? そうだ貴様らどうせ臆病者と笑っていたのだろう等々……

 

 ピニャの叱責に男の声が加わる。今回は幸い死人が出ていないのだから、下手に策を弄されるより素直に謝罪なされましたら?

 

 それを聞いたピニャは皇女としてのプライドから頭を下げるのを拒否するが、男に自衛隊とエムロイの使徒相手に戦うのかと問われて黙り込んでしまった。

 

 自分は御免被ると男は言い、それからこう続けた。「どうなるかは伊丹の機嫌次第になるだろう」と――……

 

 

「と、このような会話をピニャ殿下と騎士の方々はなさっておられました」

 

 

 伊丹を運びつつ、ウサ耳を細かく震わせてピニャ達のやり取りに文字通り聞き耳を立てていたマミーナが小声で報告を終えた。

 

 兎系の亜人である彼女は特別聴覚が発達した種族であり、このような盗み聞きや不審な物音の探知にうってつけの人材であった。

 

 

「そうですか。おそらくイタミ様が意識を取り戻し次第、騎士団の方々が何らかの懐柔を行いにやってこられるかもしれませんね」

 

 

 部下からの報告にカイネも小声で返す。伊丹の身柄は客室用へ運ばれ、未だぐったりとし続ける彼の体はなるべく障らぬよう、メイド達の手によってゆっくりとベッドへ寝かされる運びとなった。

 

 

「モーム、アウレア、ペルシア、マミーナは部屋に残ってイタミ様の治療を。他は自分の仕事に戻りなさい」

 

 

 メイド長に指定された4人を残して他のメイド達が退室した。この内モームを除く3人が亜人である。同時にこの3人はフォルマル伯爵家に仕えるメイドの中でも特に戦闘能力が高かったり、極めて特殊な能力を有しているいわゆる荒事担当要員でもあった。

 

 マミーナが再び耳をひくつかせる事しばし、意識を聴覚に集中させた彼女はカルネに向けて頷きを送る。

 

 そして部下からの合図を受けたカルネは、ベッドに横たわらされた伊丹へ口を開いた。

 

 

「もう気絶の演技はなさらずともよろしいですよイタミ様。この部屋にいる我々以外、聞き耳を立てている者はおりませぬので」

 

「あ、バレちゃってました?」

 

 

 すると次の瞬間、ぐったりと身動ぎ一つせずに意識を失っていた筈の伊丹がむくりと体を起こしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまで気絶のふりをしていた伊丹は「おーいててて」と痣だらけの体を押さえて痛がった。相応の疲れも顔に浮かんでいるのだが、しかしとぼけた表情の下で伊丹が冷静に周囲の状況とメイド集団を観察しているのにカルネ達は気づいていた。

 

 

「いつから俺が気絶してるフリをしてるって気づいたんです?」

 

「ピニャ殿下と騎士団の方々がおられた部屋からイタミ様を運ぶ際に、マミーナから」

 

「心の臓の鼓動と息づかいが本当に気絶している者のそれとは違いましたので」

 

「へぇ、そこまで聞き分けられちゃうんだ。凄いねぇ」

 

 

 表向きは暢気に感心している伊丹を前に、カルネと様々な種族のメイド達は横に並ぶと一斉に深く頭を下げた。

 

 

「この度はこの街をお救い下さり、真にありがとうございました。

 このイタリカをお救い下さったのはイタミ様とその御一党であることは我らフォルマル家の郎党、街の者も全てが承知申し上げている事でございます」

 

「は、はぁ。そりゃどうも」

 

「そのイタミ様に対してこのような仕打ちをするなど許される事ではございません。もしイタミ様のお怒りが収まらず、この街を攻め滅ぼすと申されるようでしたら、我ら一同みなイタミ様にご協力申し上げる所存……」

 

 

 カルネ達フォルマル家のメイドは盗賊集団との戦闘に直接加わってはいないが、『ジエイタイ』が持つ鋼鉄の天馬(ヘリコプター)による盗賊集団への容赦なき爆撃は、屋敷にいても十分感じ取れるほど凄まじく、強大だった。

 

 またエムロイの使徒と肩を並べて盗賊相手に大回りを繰り広げた緑の戦士の片割れがこの伊丹である事も、戦闘に参加していた住民からの証言、そして怒り狂ったピニャの怒号の内容からメイド達は把握していたのである。

 

 今の伊丹はまさに捕虜となった敗残兵にしか見えない。しかし嬲られてズタボロにされながらも気絶したフリをして状況を見極め、演技を見抜かれてもしれっと冷静さを保つ姿を見せつけられては、やはりこの男只者じゃない改めて納得させられてしまうメイド達であった。

 

 でもって鋼鉄の天馬や伊丹のような優秀過ぎる兵士揃いの自衛隊の戦力を身をもって実感した彼女らからしてみれば、盗賊集団に苦戦するような戦力しか持たぬ帝国の皇女や一方的な勘違いでイタリカの恩人を嬲り倒したピニャの部下、それらのバックボーンである帝国よりも更に強力な力を持つジエイタイ側に就くのは、至極当然の選択だったのだ。

 

 何せメイド達が忠誠を誓っているのは、遠くの帝国ではなく身近なフォルマル家現党首である幼い少女なのだから。

 

 

「しかしフォルマル家のミュイ様に対してだけは、そのお怒りの矛先を向けられる事なきよう、伏してお願い申し上げます」

 

 

 ここまでの言葉には出さなかったが、ミュイの安全を自衛隊が保証してくれるのであればカルネ達はこの場で自ら喉を掻っ切ってみせても良い、それだけの覚悟を秘めた上で伊丹の前に立っていた。もしくはピニャの背中を刺して首を差し出しても良いだろう。

 

 もちろん伊丹や自衛隊がミュイを害そうというのであれば、帝国の代わりに彼らの背中を刺す事となる。

 

 メイド達の懇願に対し、伊丹の反応ははたして――――

 

 

「そんな畏まらなくても、今回の事はあくまで不幸な行き違いだったみたいですし、姫様の方は協定を守るつもりなのは分かりましたから、貴女達がそこまで頭を下げなくても大丈夫ですよ」

 

「おお……格別のご配慮、心から感謝申し上げます」

 

 

 今回の騒動における1番の被害者である伊丹直々に赦しの言葉を頂いたメイド達は安堵するやら感動するやらであった。怒鳴り散らすピニャの前でも無表情を貫いたカルネですら安堵のあまりホッと胸を撫で下ろし、頬を緩めたほどである。

 

 そんな喜びに顔を綻ばせるメイド達へ、おもむろに「ところで……」とちょっと気の引けた声で伊丹が声を発した。

 

 

「悪いんだけど怪我の手当てと、それから水を貰いたいんだけど構わないかなぁ」

 

「……大変失礼いたしました。今すぐ水と手当の道具をお持ちいたします」

 

 

 

 

 

 

 それから十数分後。

 

 

「じゃあ迎えが来たら起こして下さい。それじゃあおやすみ~……Zzzz」

 

 

 酷使のあまりボロボロに破けた迷彩服を脱がされ、体のあちこちに包帯を巻かれた伊丹は手渡されたコップの水を一気に仰いでから、伊丹は徹夜に加え戦闘とイタリカまでの強制マラソンで疲れ果てた心身を癒すべく、柔らかいベッドの中で今度こそ深い眠りに落ちるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

『才能はひとりでに培われ、性格は世の荒波に揉まれて作られる』 ――ゲーテ

 

 

 

 




伊丹「マカロフ追っかけたり追っかけられたりして世界中駆けずり回った時の方がしんどかったし…」

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