GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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ゴメン終わらなかった!(土下座)
CoDっぽさを詰め込みすぎた結果がご覧のありさm(以下略

推奨BGM:Arabian End Game



4:Ash to Ash/皇居前攻防戦(下)

<2017年夏/12:50>

 伊丹耀司

 皇居前・常駐警備車内

 

 

 

 

 伊丹には出来の良い短機関銃が1丁あるが、敵は銃を持たない代わりに万の軍勢を揃えている。

 

 手元にある装備で最大限の抵抗を行うにはある程度工夫を凝らす必要があった。

 

 

「そっちの用意はできた?」

 

 

 ひいひい言いながらもどうにかこうにか対爆スーツを着終えた伊丹が制服警官に尋ねた。

 

 

「できましたけど、こんな事して本当に使えるんですかこれ!?」

 

「さぁね、故障したり爆発を起こさない事を祈るよ」

 

 

 インパルス用の水タンクにガソリン携行缶の中身を(つまりガソリンである)詰め終えた制服警官が半信半疑で尋ねると、伊丹は肩をすくめてそう返した。

 

 制服警官の補助を借りて、水の代わりにガソリンで満タンの液体用タンクと発射用の圧縮空気タンクがセットになったバックパックをベルト部分を調節しながら背負う。1度に最大1リットルもの液体を霧状にして爆発的に放出する発射機の砲口には、何故か発煙筒がガムテープでぐるぐる巻きに固定されていた。

 

 対爆スーツだけでも総合計40キロを超える重量である。そこへバズーカじみた発射機とバックパック合わせて30キロオーバーのインパルス一式も追加すると、伊丹の足元が堪らずふらついた。

 

 スーツ自体の重みは全身に分散しているとはいえ、気分は昔のバトル漫画で修行に重りが仕込まれた衣服を無理矢理師匠に着せられた主人公になった気分である。

 

 更に右太腿には対爆スーツの上から無理矢理レッグホルスターを巻き付け、解体用道具を差したりポーチを追加できるようにストラップを備えた対爆スーツ前面の防護プレート部には、タクティカルベストから剥ぎ取った大型の多目的ポーチを追加。中身はありったけの弾薬と予備の拳銃だ。

 

 そこに手投げタイプの催涙弾とスタングレネードでパンパンのアモバッグを肩から提げ、トドメとばかりに両手にサブマシンガンとガス銃を持ち、最後にヘルメットを装着すれば、異様な組み合わせで完全武装した現代流重装甲歩兵の完成であった。

 

 ――――超国家主義派所属の部隊が暗躍する戦場では、時折対爆スーツを改造し追加の装甲と大量の武器弾薬で武装した特殊な兵が猛威を振るった。

 

『撃破するには対物ライフルか火砲が必要』とまで評された現代の重装歩兵を、直面した兵士達は『止めることのできない巨大な力』との意味を持つ単語になぞらえて『ジャガーノート』と呼んだ。伊丹がタスクフォース141の隊員として最後に加わったとある作戦で、彼の仲間も運用したその重装歩兵の概念を、伊丹も警備車に積まれていた装備で再現したのである。

 

 再現の代償として現在進行形で物理的な意味での重みに屈しそうになったが、そこは大勢の仲間の命がかかっている現実と提案した張本人としての意地もあり、崩れ落ちないよう伊丹はグッと堪えるのであった。

 

 

「爺さんもユーリもよくこんな格好で暴れられたなぁ」

 

 

 ボヤキながらも制服警官の手を借り、気密構造で(爆風が鼻や耳から侵入して負傷するのを防ぐため)空調装置が仕込まれた(気密構造に加えて爆発で生じた大量の一酸化窒素&炭素による中毒防止)バイク用のそれを2回りほど巨大化させたようなヘルメットを被れば、遂に出撃の準備が完了である

 

 

「準備は良いか?」

 

「準備はできましたけど、そんな装備で本当に大丈夫なんですか!?」

 

 

 外見の異様さに改めて制服警官が疑問を口にした。分厚いヘルメットに頭部全体がスッポリ包まれているせいで、彼の声はひどくくぐもって聞こえた。

 

 

「できれば軽機関銃にグレラン付きのアサルトライフル、破片手榴弾(フラグ)もあったら完璧なんだけどねぇ。それじゃあ行ってくるわ。そっちも人質の誘導よろしく!」

 

 

 伊丹だけでなく制服警官もまた装備を整えていた。とはいえ伊丹ほどの物々しさはなく、伊丹が使用していたボディアーマーを代わりに着込み、同じく催涙弾とスタングレネードを収めたアモバッグを提げガス銃を抱える程度に留まっている。

 

 

「まさかよりにもよって日本に戻ってから2人の真似事をする羽目になるなんてなぁ」

 

 

 そういえばあの最後の決戦を開始する直前、元SASの老兵は何か呟いていたのを思い出した。

 

 確かあの時老兵は『ソープに捧げよう』と言ったのである。そして彼は言葉通り、第3次世界大戦を引き起こした男の命を亡き戦友に捧げてみせたのである。

 

 どうせなので伊丹も老兵に肖ってみる事にした。要はゲン担ぎと同じようなものである。

 

 

戦友達(This is)(for)捧げよう(Brothers)――――なんてね。んじゃ行くぞぉ!」

 

 

 そうして伊丹は肩からぶつかるようにして警備車の後部ドアを押し開けると、異世界の軍勢へ単騎特攻を敢行したのであった。

 

 

 

 

 

 伊丹の出現はまず、警備車を取り囲んでいた兵士達の度肝を抜いた。

 

 彼らからしてみればつるつるとした青色の鋼鉄の箱に逃げ込んで以降、自分達の圧倒的な戦力に恐れをなして恐怖に震えながら閉じこもっているに違いないと傲慢な結論を下して放置に任せていたら、突如として革鎧の化け物じみた奇妙な装備で全身を覆った存在が勢い良く飛び出してきたわけである。不意を突かれたのもあって、驚愕した兵士達の対応が一瞬鈍る。

 

 そこへまず、伊丹はMP5の片手撃ちでもって掃射を行った。

 

 左手にMP5、右手にガス銃という組み合わせである。どちらもスリングを手首に巻き付ける事で、手放しても落ちないように工夫している。

 

 伊丹の利き手が右手なのもあり、ウィークハンドによる片手でのフルオート射撃という正確性に欠ける撃ち方の御手本のような有様であったが、敵は密集していたのでそれなりの数が9ミリ弾の雨に引っかかってくれた。

 

 細身のバナナ型マガジンに装填されている30発の内、半分ほど消費したところで射撃を止めた伊丹は、目標を目の前の敵集団から人質が集められている方向へと移した。

 

 機動隊員の1人の首元に剣の刃を当てて喚いていた勧告役の騎士もまた、いきなり暴れだした伊丹に対し驚愕をあらわにして身を強張らせており、それは伊丹からしてみればちょうど良い感じに人質から体を離す格好になっていたので、伊丹は右手に握ったガス銃を騎士へと向けた。

 

 普通の銃に比べれば、ガス銃の威力は格段に低い。しかしそれは亜音速もしくは超音速で鉛の弾丸を撃ちだし鉄板をも貫く威力との比較であって、人を傷つけられないほど弱いかはまた別の話なのだ。

 

 そもそも大量の催涙ガスを発生させるほどの薬品が詰まった缶コーヒーサイズの弾頭を数十メートル先まで飛ばすほどの勢いで射出するわけで、直撃すれば粉砕骨折や内臓破裂を起こすぐらいにはガス銃の威力は強力なのである(実際に左翼運動が盛んだった70年代後半、ガス銃の水平撃ちが直撃したデモ隊に死者が出ている)。

 

 かのように、機動隊では水平撃ちが禁じられているぐらいには威力があるガス銃であるが、伊丹はそんなの知ったこっちゃないとばかりに水平に持ち上げると、騎士めがけ催涙ガス弾を直撃コースでブチ込んだ。

 

 ベトナム戦争で活躍した米軍のM79グレネードランチャーを模したガス銃の砲弾は、騎士の兜に命中。鶏かモヒカンを思わせる羽飾りを生やした鉄製の兜へ握り拳大の凹みを生み出し、騎士を見事一撃KOに至らしめた。地面に落ちた弾頭からガスが発生し始める。

 

 人質となった負傷者多数の機動隊員達を逃がすには、まず彼らを包囲する騎士と兵士の大軍を混乱に陥らせ、人質から離れさせなければならない。

 

 

「フラッシュバン!」

 

 

 友軍へ警告してから、アモバッグからスタングレネードを取りだし、ピンを抜いて投擲。人質と敵集団の間に落ちる。

 

 爆音と閃光。視覚と聴覚への強烈なパンチに、敵集団に混乱が広がる。轟音に驚いた軍馬が暴れ、乗っていた騎士が次々と振り落とされた

 

 そこへ追撃の催涙ガスグレネードとガス銃の催涙弾をお見舞いすれば、まともに食らった兵の戦意はあっという間に萎えて烏合の衆へと変貌していくのである。

 

 

「援護する、今の内に逃げろ!」

 

「逃げるんだ、早く皇居へ退避するんだ!」

 

 

 伊丹に遅れて警備車から降りた制服警官も、手当たり次第に敵兵集団の中心へスタングレネードや催涙ガス弾を投げ込みながら、早く逃げるよう指示を飛ばす。

 

 人質という苦境から一転、たった2人の救援の出現という展開に機動隊員の間にも動揺が広がったものの、彼らの行動の意味を悟った彼らはすぐさま動けない負傷者を背負い、皇居の方向へと必死に走り出す。

 

 中には近くにいた敵兵を殴りつけ、激しい訓練で磨き上げた日本警察独自の格闘術である逮捕術でもって全身甲冑姿の騎士に投げをうち地面に叩きつけて鎮圧、武器を奪う猛者まで出現している。

 

 問題は満足に動ける者よりも怪我人の方が多い事であった。肩を貸りて移動できる余裕がある者は少なく、取り残されてしまった重傷者も少なくなかった。

 

 

「動けないやつが多過ぎる。早く救援を!」

 

『第一機動隊突撃! 仲間を見捨てるな、急いで負傷者を運び出せ!』

 

『うおおおおおおおおお!!』

 

 

 鬨の声を上げ、正門前に集まっていた皇居側の機動隊も救援に加わる。

 

 門上空を飛び回って牽制を行っていた竜騎士には、正門前から皇居前広場に繋がる道へありったけの催涙ガス弾や発煙筒を散布し、空からの目が届かぬ白い霧に隠れて突破するという力技で対処した。実際、人間よりも鋭敏な感覚を持つらしい竜は、ちくちくと目と鼻と喉を刺激する催涙ガスを嫌い、地上への降下を嫌がる素振りを見せていた。

 

 そこは機動隊員も同じ条件なのではあるが、彼らの場合は催涙弾を撃ち込んでからの鎮圧・検挙が職務の前提なわけで、まぁぶっちゃけ慣れと根性のお陰で見事、皇居前広場まで辿り着く事に成功する。

 

 救援に駆けつけた機動隊員は負傷した仲間を搬送する部隊と、敵を食い止める部隊に分かれて行動。

 

 鈍色に輝く鎧で全身を固めた騎士と、紺に黒の対暴徒用防護装備に身を包む機動隊による、局地的な大乱戦が勃発した。

 

長剣と警棒、槍と警杖、木製の盾とポリカーボネート製の盾によるぶつかり合いが入り乱れる。繰り広げられる激突音と殴打音の大合唱。

 

 そこに石垣上から援護射撃を行う皇宮警察が生み出す拳銃とサブマシンガンの発砲音も加わり、皇居前は今や混沌以外の表現が見つからない喧騒の一大コンサート会場と化した。

 

 その中で特に異彩を放つのは、やはり1人だけ対爆スーツ姿で暴れる伊丹である。向こうからしてみれば突然現れて催涙弾と9ミリ弾を手当たり次第にばら撒いたせいで兵達を混乱に陥れた張本人なだけに、それを見た他の兵が脅威を覚えて真っ先に最優先に排除すべき対象として判断するのも当然といえば当然なのであった。

 

 しかし兵の数は異世界側が圧倒的に上なのは変わらず、伊丹達の攻撃は届かないが状況の把握ができるという程よい位置に控えていた中堅の指揮官的騎士が、統率を回復すべく声を張り上げる。

 

 

『怯むな! あくまで敵は寡兵だぞ! 隊列を整え直せ!』

 

 

 号令を受け、重装歩兵が盾を並べて横列隊形を組んだ。このまま槍を構えて突撃し、物量差で押し潰そうという魂胆であろう。

 

 ガス銃は弾切れになったので既に手放し、MP5もちょうど最後のマガジンを装填したところである。

 

 だがサブマシンガン1丁では間違いなく弾も火力も足りない。そう確信できてしまうほどの数の歩兵がズラリと並び、伊丹を標的として見据えていたのである。

 

 

「突撃ぃ!」

 

 

 密着しあうほどギュウギュウ詰めに陣形を組んだ歩兵が一斉に伊丹へ迫る。その姿はまるで壁そのものが迫ってくるかのような光景であった。そうして盾ごと押し包んでから長柄の槍で袋叩きにするのである。よほどの規格外が相手でもない限り、数は最大の力なのである。

 

 重装歩兵の戦列が押し寄せてくる光景は圧巻ですらあった。焦らず慌てず騒がず、伊丹は冷静さを保つよう己に言い聞かせながら、ここまで1度も使っていなかったインパルスを左手にMP5をぶら下げたまま構えた。

 

 発射機には既にタンク内の中身を充填済み。砲口付近にテープで固定した発炎筒の先端を擦れば、ガスバーナーを思わせる勢いでオレンジ色の炎と煙が噴き出す。

 

 最後に安全装置を外せばようやく発射準備が整う。

 

 

「上手くいってくれよぉ……!」

 

 

 祈りながら旧式のバズーカじみた形をしたインパルスを戦列へ向けると、伊丹は迫る敵を十分に引きつけてから、とうとう引き金を引いた。

 

 さて、ここで考えていただきたい。伊丹はいわゆる銃器の弾倉にあたるインパルスの水タンクに、水の代わりにガソリンを詰めさせた。加えて発射機の砲口に火が着いた発炎筒が存在する状態でタンクの中身を発射すれば、どういう結果を生み出すのか。

 

 つまり即席の火炎放射器の完成であった。

 

 高圧空気により猛烈な勢いで噴射された霧状のガソリンに発炎筒の炎が瞬時に着火。巨大な火の弾が生み出され、紅蓮の炎が戦列を直撃した。

 

 これには士気を取り戻した歩兵達も流石に面食らった。よく分からない物を背負った異質な敵が抱えていた金属製の筒を構えたと思ったら、かの世界では生きた災厄の象徴である炎龍ばりの火炎を放射したのだから。

 

 発射機への充填の為に、若干の間を置いてから、再び即席火炎放射器が火炎を吐く。

 

 1発目の段階で火炎の熱と圧力に盾の隊列が崩れていたせいで生じた隙間から、侵入した2発目の火の玉が歩兵を数人まとめて焼いた。戦場の怒号とは別種の、断末魔の絶叫が轟き、すぐに消えた。気管まで焼かれたせいで悲鳴すら出せなくなったのである。

 

 伊丹は前進。インパルスは一見派手な発射であるが、実際の有効射程は数メートルもあれば良いレベルという短さなのだ(なお火炎放射器の大半は射程が非常に短いと思われがちだが、陸上自衛隊でも改良型が一部現役なM2火炎放射器は有効射程が30メートルと意外と長かったりする)。

 

 なので一旦距離を取られてしまうとこけおどし程度にしか使えなくなるので、むしろこうして相手がひと塊になって突撃してきた今こそ、即席火炎放射器の本領を発揮できるのだ。

 

 ここぞとばかりにMP5を盾の壁に向けて掃射。所詮は木製の盾、摩擦により若干弾道を変化させつつも9ミリ弾を防ぎきれず、向こう側の敵兵に命中する。

 

 弾丸に肉体を抉られて体勢を崩し、盾の壁が更に崩壊していく。そうしてできた隙間にインパルスの砲口を突っ込み、薙ぎ払うようにして火炎を複数の敵へブチ撒ける。それを繰り返す。

 

 中には伊丹が別の敵を狙おうと体を捻った瞬間を見計らい、背後から槍で攻撃した勇敢の兵士もいた。長柄独特のしなりと遠心力が加わった槍の一撃が伊丹の頭部を襲う。

 

 

「あいだっ」

 

 

 頭部を直撃した槍はガツン、と良い音をたてて直撃したが、成果はヘルメットに若干の傷をつけるに終わるのみであった。

 

 当然である。爆発から着用者を守るべく設計された対爆スーツの強度は、かの次元大介やダーティハリーでおなじみのマグナム弾のみならず、軍用のライフル弾すら通さないほどの頑丈さが与えられているのだから、刀剣や弓矢程度ではまず刃は通らないのだ(それでも現代のテロに使われる爆弾相手には気休め程度の装備でしかなかったりする)。

 

 とはいえ刃は通らなくても衝撃までは吸収しきれず、長柄の槍による攻撃は伊丹の頭部に対し硬い木の枝で小突かれたような痛みを与えた。逆に言えばそれだけである。

 

 

「痛いだろこのぉ!」

 

 

 お返しに伊丹もインパルスを振るう。合金製の筒で叩かれた敵の顔面から血と折れた歯が飛び、殴られた兵士は昏倒した。

 

 

「負傷者の搬送状況は!」

 

 

 何十人かの敵兵を焼き殺し、それ以外にも同じぐらいの規模の歩兵を蹴散らしたり撃ち倒しながら、対爆スーツの右脇腹付近のポケットに収まる通信機と接続したヘルメット内のマイクに伊丹が短く尋ねる。

 

 

『現在、負傷者の約半数以上を収容! 残りももう少しで完了します!』

 

「急いでくれ、敵が混乱から立ち直りつつある!」

 

 

 負傷者は最後の一団が足止め役の部隊共々、たった今正門前のスロープを登り始めたところだ。その中には警備車内で吶喊準備を手伝ってくれた制服警官もいた(残念ながら事故の時点で既に事切れていた機動隊員の死体は残すしかなかった)。

 

 機動隊が退却する中、唯一敵勢のど真ん中に留まっているのが伊丹であった。即席火炎放射器の射程距離が短い以上、より深く敵陣に食い込まなければ効力を発揮できなかったのだから仕方ない。

 

 MP5も撃ち切り、今は警備車で入手したS&W・M3913という機動隊の拳銃を使っている。サブマシンガンよりも小型な拳銃なのでまだ片手での射撃には向いているが、その分火力は格段に劣る。

 

 何度目かの火炎放射を行おうとしてインパルスの引き金を引く。勢い良く炎を吐き出していた筈の砲口からは、キレが悪い年寄りの小便のようにちょろちょろと少量のガソリンが漏れるにとどまった。

 

 改めて撃とうとしても異音を立てるばかりで発射されない。装薬の役目を果たす圧縮空気が尽きたのか、使用を想定されていないガソリンを使ったせいで内部機構に異常が出たのか。

 

 

「やっぱ無茶だったか!?」

 

 

 使い物にならなくなったインパルスは放棄する事にした。背負っていたガソリン入りのタンクと圧縮空気用ボンベを下ろす。

 

 タンクには幾分中身が残っているようなので、この際敵にプレゼントしてやる考えを思いついた。タンクを特に敵が集まっている辺りに投げ込み、それからM3913で撃つ。タンク本体やホースから漏れたガソリンに引火し、敵集団の中心にキノコ雲じみた火柱が生じた。

 

 

『負傷者ならびに機動隊全員の皇居への収容が完了! そちらも退却しろ自衛官!』

 

 

 負傷者や救援部隊も退却を開始した事により、広場側に残る日本側の戦力は今や単騎で突出していた伊丹だけになっていた。

 

 

「よし、俺も逃げる!」

 

 

 報告を聞くなり伊丹も回れ右して退却開始。敵への足止めと余計な荷物を捨てるのを兼ねて催涙弾とスタングレネードの置き土産を残しておく。

 

 200メートルかそこいら先の正門を目指すが、40キロを超える対爆スーツを着込んだ伊丹には遠い距離であった。

 

 一口に40キロ分の重石を背負っているわけではなく、重量が全身に分散する構造のため重みに引っ張られて転ばされる事例は意外と少ないのだが、それでも全力疾走をするのに向いていない格好なのは変わらない。自然とドタドタとした危なっかしい走り方を強いられてしまうのである。

 

 伊丹が逃げ出した事に気付いた敵兵が、一斉に後を追いかけだす。石垣上の警官隊が少しでも押し留めようと援護射撃を行う。足がもつれそうになりながらも必死に走る伊丹へ野次馬の声援が飛ぶ。

 

 騎馬に乗った騎士が追撃を試みるが、包囲からの袋叩きにしようと前へ出ていた歩兵の戦列に邪魔をされて馬を進めることができなかった。

 

 とうとう正門前の石橋へ続く緩やかな坂まで辿り着く。

 

 だがここ、爆風から着用者を守るべく耐久性を求めた分だけ視野を犠牲にした対爆スーツのヘルメットが災いを招いた。

 

 ヘルメットの死角となる斜め上から、まさに獲物へ襲い掛かる鷹の如く急降下してきた竜騎士の存在を、伊丹は激突の寸前まで察知できなかったのだ。

 

 

『危ない後ろだ!』

 

 

 警告を受けて反射的に振り返った伊丹の文字通り目の前をランスの切っ先がかすめた。

 

 直後、飛竜の体当たりによる直撃を食らった伊丹は対爆スーツごと何メートルも吹っ飛び、地面に叩きつけられ何度も転がりながら、最後は横転後放置されていた人員輸送車の車体に背中から激突したのであった。

 

 そこで伊丹の意識は一旦暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

『自衛官! おい自衛官、生きてるのか!?』

 

 

 伊丹を呼び起こしたのはヘルメット内蔵のヘッドセットからがなりたてる機動隊長の声であった。

 

 そのまま伊丹は、機動隊長からの通信に応答しないまま、背中をめり込ませていた輸送車の車体に手を置いて無理矢理体を立ち上がらせる。

 

 ほとんど交通事故の犠牲者じみた吹っ飛ばされ方をしたせいか、頭はふらつき視界はかすみ、全身が痛んだ。何かもう猛スピードで突っ込んできた大型トラックに轢かれた直後のような、散々な状態である。

 

 それでも伊丹は生きていた。対爆スーツの防護がなければ全身の骨が砕けるか内臓が破裂するか頭部強打で脳出血を起こしたか……ともかく死んでいてもおかしくない。

 

 でもって気絶慣れしているものだから、状況認識も迅速であった。

 

 そして伊丹は、すぐに気づいてしまった。

 

 

 

 

 

(―――-あ、これもう間に合わねーわ)

 

 

 

 

 

 正門石橋前の坂は這い出る隙間も無いほどに密集して伊丹を取り囲む敵軍によって完全に塞がれてしまっていた。

 

 元より対爆スーツを着込んでいるせいで素早く動けない上に、飛竜による轢き逃げを食らって体中を痛めた今の伊丹では、突破して正門まで辿り着ける可能性は皆無に近いであろう。

 

 だから伊丹は、無事だった無線でさっきから伊丹の安否を確かめようとがなりたてている機動隊長へ通信を繋いだ。

 

 

「こちら伊丹。機動隊の隊長さん、聞こえてます?」

 

『良かった聞こえていたか!ああ聞こえているぞ』

 

「悪いんですけど、正門を封鎖してもらえます? どうやら俺は間に合いそうにないみたいなんで」

 

 

 自分の命を切り捨てろと告げているにもかかわらず、伊丹の声色は妙に落ち着いていた。むしろ言われた機動隊長の方がショックを受けた様子だった。狭苦しいヘルメットを被っているせいで余計にやかましく感じた。

 

 

『待て諦めるんじゃない! 救援ももうすぐ来る筈だ! 今また救援部隊を編成して――――』

 

「それじゃダメなんですって。さっきはタイミング合わせて不意を突けたからともかく、武器も弾も戦力も減った今じゃ最悪敵が救援部隊を押し潰した勢いで皇居内への突破を許しかねない。それじゃあここまで戦ってきた意味がなくなっちまう。そうでしょ?」

 

『くっ!』

 

「敵は皆俺に集中して足を止めています。相手が気づく前に正門を封鎖するんです、今すぐ」

 

『……アンタはそれでいいのか』

 

「そりゃあ死にたかないですよ本当は。嫌々世界中の戦場を回らされた挙句、ようやく日本に生きて戻って念願の同人誌即売会に参加できると思ったら結局また殺し合いとか、あーやだやだ」

 

 

 ちょっと口が滑ってしまったが今わの際の愚痴なんだからこれぐらい許されると良いなぁ、などと思いながら、伊丹は少しずつ包囲網を狭めつつある軍勢と向き合う。

 

 

「あークソ、サンドマン達もこんな気分だったのかな?」

 

 

 口調は軽くても、やっぱり伊丹だって死ぬのは怖い。しかもこれから銃の代わりに剣と槍と弓を持つ大部隊に袋叩きにされるのだ。これが銃による一斉射撃なら苦痛も一瞬で済むのだが、刃物で切り刻まれて串刺しにされるとなると急所をしっかり破壊されない限り中々死ねず、余計な苦痛を味わいながらゆっくり死んでいく羽目になるという事を、伊丹は実地で知っていた。

 

 しかし人間の精神とは不思議なもので、自分が死ぬと分かるとせめて最後に一花咲かせてやろうと、方向が陰性か陽性か、また個人差もあるが急にやる気が湧いてきたりもする。伊丹のこの場合はむしろ殺る気と表現した方が正しかった。

 

 

「それで、俺1人の命と負傷者を含めた数百人の警察官と残ってる民間人の安全、どっちを優先するんです?」

 

『――――正門前、門を封鎖しろ』

 

 

 今にも血を吐き出しそうなほど苦しげに機動隊長が命令を下すのを聞いた伊丹の口元には、自然と苦笑が浮かんでいた。

 

 

『自衛官、最後に貴官の姓名を教えてくれないか』

 

「……陸上自衛隊、伊丹耀司。階級は3等陸尉」

 

『伊丹3等陸尉。貴官のこれまでの活躍と献身に、心から敬意を表する』

 

「ははっ、そりゃどうも――――んじゃ、もうひと暴れするとしますか」

 

 

 伊丹は対爆スーツ姿で仁王立ちになると、もう1丁ポーチに収納していたM3913を左手で抜き、右のレッグホルスターからベレッタ90-Twoを抜く。

 

 少しでも火力を求めての2丁拳銃であった。左手にもベレッタがあれば香港映画流の2丁拳銃として完璧だったのだが。

 

 異世界の軍勢は伊丹との間隔を10メートルほどまでに縮めてからは動こうとしていない。サブマシンガンに催涙弾、極めつけに火炎放射器と伊丹が手を変え品を変え暴れたものだから、不用意に近づけずにいたのであった。それだけ伊丹は異世界軍にほぼ1人で数多くのトラウマを刻んでいたのだった。

 

 対爆スーツのヘルメットは前面が大きく透明な防弾バイザーとなっており、異世界の兵にも伊丹の表情を窺うことができた。

 

 そして伊丹の顔を見た彼らは、冷たく鋭いまなざしの奥底で未だ盛んに燃える戦意を感じ取ったのであった。

 

 戦端を開いたのは伊丹からである。残っていた最後のスタングレネードを拳銃を握ったまま下手投げで、正面の敵集団のちょうど頭上辺りで炸裂するよう放り投げる。間近での閃光と轟音に脳が強烈なショックを受け、敵の陣形に動揺が走る。

 

 そこへ伊丹が2丁拳銃で撃ちまくる。正面に9ミリ弾を浴びせ、次に両腕を左右へ伸ばし両方向から突撃してくる敵を順番に仕留める。

 

 見栄えは良くても実際には射撃精度に難があって実戦では推奨されない2丁拳銃であるが、伊丹が放った銃弾は必ずと言って良いほど敵兵のどこかに命中した。それだけ伊丹の技量が優れていたと同時に、敵戦力が密集して伊丹個人に攻め寄せているのである。

 

 先に左手のM3913が弾切れを起こす。右手のベレッタ90-Twoと比べ小型のM3913はマガジン内の装弾数がベレッタの半分ほどしかない。

 

 伊丹は躊躇わずスライドが後退し切ったままのM3913を捨てた。左側からの攻勢が一気に倍増する。射程の長い槍持ちを優先的にベレッタで撃っていく間に、身軽な剣持ちの敵兵が間合いを詰めてくる。

 

 大上段に振り下ろされる敵の長剣を左腕で防御。どてらじみた太く分厚い袖もまた生半可な銃弾を通さない防御力を持つ。

 

 刃は通らなかったが金属バットを受け止めたような衝撃を左腕に感じたものの、伊丹は怯まず右手のベレッタを腰だめに構えて連射。どてっ腹に鉛玉を撃ち込んだ所でベレッタのマガジンも空になった。密着状態で事切れた敵兵の死体を盾代わりに攻撃を凌ぎつつ、新しいマガジンを装填する。

 

 盾にした敵兵は腰にサイドアームの短剣も持っていたので拝借する事にした。右手のベレッタはそのままに、左手に今度は短剣を握る。

 

 傷だらけになった盾代わりの死体を突き飛ばして何人かの敵兵を足止めすると、胴当てに守られていない首周りへ1発ずつベレッタを御見舞いする。銃弾に気管を破壊された兵が自分の血に溺れ死ぬのを見届ける事無く、次の敵を狙う。

 

 槍に剣に斧を携えた敵兵が3人、縦に並んで突撃してきたのを「ジ○ットス○リームアタックかよ」と思いながら伊丹も迎撃。

 

 突き出された槍を半身になって避けながら先頭の槍持ちの顔面をベレッタで撃ち、剣の横薙ぎを右手を使って槍持ちの死体で防いでから左手の短剣で大腿部の動脈を切り裂き、槍持ちと剣持ちの体が邪魔なので回りこんで唐竹割りをくり出そうと斧を振り上げた3人目にはあえて伊丹の方から懐に踏み込んでから股間に膝蹴り。股間を押さえて崩れ落ちたところに首筋へナイフを突き立てる。

 

 ベレッタの弾薬も残り少ない。取り囲んでくる敵の攻撃を対爆スーツの防御力で耐え凌ぎ、防御力と引き換えに身軽さを失った分を攻撃動作を最小限に抑えることでカバーする。

 

 敵の防具に守られていない首、脇、太股を短剣で切り裂き、突き立て、重要な動脈を切断するのを10人も繰り返した頃には血の海が伊丹の足元に出来上がっていた。

 

 周囲は今や敵兵が死屍累々となって転がっていた。もちろん押し寄せる大量の敵兵を相手にし続けた伊丹の消耗も激しいが、対爆スーツを突破するほどの攻撃が滅多にないお陰で命に関わる手傷は意外なほど負っていなかった。

 

 そこでとうとう業を煮やした敵軍は戦術を変える決断を下した。

 

 伊丹を包囲していた歩兵を一旦退かせたのである。入れ替わりに前に出るのは弓を持つ兵に杖を持ちローブを着込んだ集団、つまり弓兵と魔導師だ。

 

 

『弓、放てぇ! 魔導師部隊、ありったけの魔法で押し潰すのだ!』

 

 

 襲いかかる矢、そして多種多様な色の光弾に火球に水球の集中砲火。

 

 

「あだだだだだだだだだだったぁ!!?」

 

 

 矢はまだしも、着弾する度に衝撃や爆風を生み出す魔法攻撃は伊丹を苦しめるのに十分な威力を有していた。なまじ対爆スーツのせいで飛んで跳ねて回避行動を取るのは難しく、そうして魔法攻撃による袋叩きにあった伊丹は、遂にガックリと膝を突いてその場から動けなくなってしまう。

 

 しかも敵の攻撃はそれだけにとどまらなかった。

 

 

『バリスタを前へ!』

 

 

 クロスボウを運用するのに数人がかりで動かさねばならぬほど大型化させたような攻城兵器まで持ち出した異世界軍は『門』の向こうから複数運んできたそれを、更に兵員を裂き本来仰角が固定されているバリスタの後部を持ち上げさせる事で、無理矢理水平に撃てるようにするという荒業でもって伊丹に照準を合わせた。

 

 

『敵は足が止まっているぞ。よく狙え! ――――放てぇ!』

 

 

 巨大なてこの原理でバリスタから放たれたのは、細身の丸太に腕ほどもある巨大な金属製の杭を被せたような極太の矢である。

 

 堅固な城砦へ撃ち込むのが本来の使い方であるそれは伊丹の顔面へとまっすぐ飛来した。

 

 

 

 

 ――――そして見事に顔面部のバイザーを貫き、直撃を食らった伊丹の体は、そのままゆっくりと後ろへ倒れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『勇敢な男として生きろ。もしも運命が逆らおうとも、勇敢な心には逆らえない』 ――キケロ

 

 




サブタイはジャガノ繋がりでMW3ラストミッションと対比してチョイス。
即席火炎放射器はBOのドラゴンブレス弾のイメージで脳内補完お願いします。

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