GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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CoDらしさを詰め込んだら銀座事件が終わらなかったでござる
次…今度こそ次で終わらせるから…(滝汗)


3:All or Nothing/皇居前攻防戦(中)

 

 

<2017年夏/12:40>

 伊丹耀司

 東京・皇居前

 

 

 

 

 皇居前広場に繋がる橋を舞台にした防衛戦は一段と激しさを増していた。

 

 伊丹の指示で構築された第2バリケードに陣取る伊丹と制服警官に私服の刑事・機動隊・皇宮警察の混成部隊、約100名前後の防衛側に対し、橋の上に詰めかけた異世界からの軍勢は万に達する数である。

 

 数十から100倍に達しようかという戦力差でありながら伊丹達が突破を許していないのは、拳銃やサブマシンガンといった火力の差に加え、水濠の存在によって侵攻ルートが限定されているおかげでバリケードを迂回し側撃や背撃ができないからであった。桜田門など他に皇居前へ繋がるルートでも他の各警官隊が奮戦して防衛中だという。

 

 主戦場である橋上はなんかもう、矢だの投石だの銃弾だの催涙ガス弾だの発煙筒だのが飛び交う、混沌とした場に一変していた。橋のあちこちで火に巻かれた放置車両が炎と煙を生み出し、油臭い黒煙を様々な飛来物が切り裂く。上ばかりに油断していると車両の合間を縫って接近してきた重装歩兵が長槍で突いてきたり、剣で切り込んできたりもする。

 

 護るは警視庁屈指の機動隊、それも近衛と称される第一機動隊の猛者である。透明だが拳銃弾の貫通を許さない強度を誇るポリカーボネート製盾で矢雨を凌ぎ、歩兵の一撃を受け止めると、逆に相手の懐へ踏み込んでお返しとばかりに警棒を叩きつける。

 

 機動隊員の中にはインパルスと呼ばれる高圧放水器を持つ者も混じっていた。背負い式のタンクと小型バズーカが合体したような見た目で、水の塊を高圧で発射する事で暴徒をノックアウトするのである。元々は消火用だが効果は覿面、催涙成分入りの薬品をぶつけられた兵は戦意を失って撤退するのである。

 

 だがしかし、肉弾戦はあくまで槍と剣の射程距離まで接近されてからの最後の手段だ。現代戦ではいかにして敵を近付かせないかが重要なのだ。爆薬を満載した自爆トラックが突撃してきても被害圏内に入る前に走行不能にしてしまえば良いのである。

 

 

「とにかくバリケードまで敵に近づかせるな! 1度突撃を許せば一気に押し込まれるぞ!」

 

 

 そんなわけで伊丹は警官隊へ叫んで回りながら手当たり次第に橋を渡ろうとする敵へ射撃を加え続けていた。MP5の弾薬は駆けつけた皇宮警察から補給できたが、それでも弾切れが近づきつつあった。それほどまでに敵の攻勢が激しく数も多いのである。

 

 橋の上も伊丹達が射殺した敵兵の死体で死屍累々である。仲間の死体を踏み越えて新たな敵の戦列が飛び道具の援護を受けながら絶え間なく押し寄せてくるのだ。足止めする為に手段は選んでいられなかった。

 

 

「追加の炎瓶をくれ!」

 

「機動隊に入ってよりにもよって炎瓶作りかよ!」

 

「左翼の過激派になった気分だ……」

 

 

 常駐警備車の陰ではグチりながらもせっせと広場の売店やらレストハウスから集めてこさせたガラス瓶にガソリンを詰め込む作業をしている機動隊員の姿がある。これも伊丹の指示であった。

 

 できたてホヤホヤの火炎瓶を手に取って返すと導火線を兼ねた栓代わりの布を発煙筒を使って着火し投げつける。第1のバリケードへガソリン携行缶をブチ撒けた時ほどの大規模な火球とまではいかないが、にじり寄っていた歩兵を慌てて退かせる程度の効果はあった。

 

 そこへ機動隊が持参した催涙ガス弾やスタングレネードも加わり、狭い室内でサンマを七輪で焼いているのかといわんばかりに橋上は濃密な煙に包まれていく。

 

 刺激成分を多分に含んだ白煙を不意に光弾が切り裂いた。光弾は紺色の出動服の上に黒塗りの防護装備に身を包んだ機動隊員が構える盾に当たるや否や、強化ポリカーボネートに大きな亀裂を刻んで機動隊員を吹き飛ばしたのである。

 

 

「衛生! 負傷者だ!」

 

「何だよ今の、魔法か、魔法なのか!?」

 

 

 光弾に続いて拳大のコンクリート片だの破壊された車の残骸の一部だのが次々と飛んできて、これには流石の機動隊員達も泡を食う。投擲物は人が投げたにしては軌道も飛翔速度が明らかにおかしく、何らかの手段によって意図的に加速が加えられているのは明らかであった。

 

 

「ガス銃だ! 向こう側で固まってる奴らのど真ん中にガス弾ブチ込んでやれ!」

 

「石垣や車両の上から撃つんだ。高所から視界を確保しろ!」

 

 

 指揮官の命令を受け、ガス筒発射機をもつ機動隊員が水濠の上にそそり立つ石垣や、第2バリケードの裏側に停車している装甲車の屋根によじ登って水濠の向こう側へ催涙弾を発射する。

 

 煙の尾を曳いて落下した弾頭から大量の催涙ガスが放出され、固まっていた一団が四散するとスピード違反な投擲物の雨が止んだ。読み通り魔法使いは歩兵の壁に守られながら攻撃を行っていたようだ。

 

 伊丹の腕時計が唐突に電子音を鳴らした。皇居前に集まった一般市民の収容まで30分と予想されていた。その30分がとうとう過ぎたのである。

 

 後部の扉から常駐警備車内に乗り込む。負傷者は人員輸送車の方に収容しているので車内に人気はない。乗員スペースには予備の火器弾薬(と言っても日本の警察なのでせいぜい拳銃とガス銃程度である)と催涙弾やスタングレネードを収納して携行するのに使うアモバッグが積んである。

 

 他にも撃ち切って放置されたインパルスや予備のガソリン携行缶、爆発物も警戒して持ってきたのか誰にも使われず放置されている対爆スーツやら(第一機動隊は爆発物処理班も保有している)といった品々を蹴飛ばしながら伊丹は運転席の無線機に飛びついた。

 

 

「避難誘導中の部隊へ! 避難状況はどうなっているっ!」

 

『こちら皇居正門。たった今避難民の収容が完了した!』

 

「了解した、こちらも撤退を開始するから門はまだ開けといてくれ!」

 

『皇居正門了解。東京駅方面で敵の別働隊を抑えていた部隊も皇居へ撤退を開始している。そちらも迅速に撤退を開始してくれ。以上だ』

 

 

 待ちわびた知らせである。

 

 伊丹は無線機のマイクを戻すと今度は「え~っと」と手探りでスピーカーのスイッチとマイクを見つけだし、スピーカーの音量ダイアルを最大に設定した。派手にドンパチをしている現状では無線だとコンバットハイになった警官が聞き逃す可能性がある。

 

 

「避難民の収容が完了した! 繰り返す、避難民の収容が完了した! これから我々も撤退に移るぞ! 皆車に乗るんだ!」

 

 

 銃声すらも上回りそうな大音量の効果は覿面であった。元より一旦命令が下れば愚直なまでに迅速かつ忠実に従ってこそ美徳とされるのが警官と軍人という仕事なのである。

 

 銃を持つ警官が追撃しようとする敵兵を足止めし、ガス銃や手投げ式の催涙弾、スタングレネードを置き土産に残して撤退に移る警官隊。

 

 機動隊員の中には伊丹を見習ったのか、余った未着火の火炎瓶をそこら中に放り投げた上でガソリン溜まりにスタングレネードを落としていった者がいた。単体では人命に関わる威力には及ばないが、音と光を生み出すのには火薬の反応が利用されている。ガソリンに引火させるには十分であった。

 

 催涙ガスの白煙と着火したガソリンが生み出すオレンジの炎と黒煙を背に、警官隊はガチャガチャと装備がぶつかり合う騒々しい音を伴いながらパトカーと大型車両に分乗する。

 

 

「全員乗ったか! 誰も残ってないな!?」

 

「これで全員です!」

 

「よし出すぞ、掴まってろ!」

 

 

 無線応答のために先に車内にいたため、自動的に常駐警備車の運転は伊丹が行う格好になった。

 

 まず小回りの利く皇宮警察のパトカーが先に出発する。次に車体が大きく、スピードが出るまで若干の時間が必要な輸送車と警備車も動き始めた。負傷者を含めた多数の人員を載せた輸送車を先に行かせ、最後が伊丹ほか数人の機動隊員と制服警官が乗った警備車である。

 

 バックミラーを見てみれば、催涙ガスと炎の壁を破って第2バリケードを乗り越えつつある多数の敵兵が映っていたので、被害を重ねてもいまだに戦意旺盛な異世界からの軍勢の逞しさに、伊丹は呆れるやら感心するやら嫌気が差すやらで大きく溜息を吐いた。

 

 車列は凱旋濠沿いに桜田門前で曲がり桜田濠に沿って正面石橋へ。ほんの数百メートルの道のりを終えれば皇居内に入り、他の警官隊とも合流して正門の守りにすれば良い。

 

 短くも濃密な激戦を一時的ながらも生き延びた警官達の顔には感情が抜け落ちた表情が張り付いていた。コンバットハイ終了後特有の虚脱感と気だるさに早くも襲われているのだと伊丹はバックミラー越しに見抜いた。

 

 後でフォローが必要だろうと考えたその時、別の警察車両の姿を捉えた。

 

 車体が青色に塗られ窓部分に投擲物防止用の金網が張られた大型人員輸送車である。無線で聞いた、東京駅方面を受け持っていた機動隊の車両だろう。

 

 向こうもこのまま皇居正面に向かうのかと思った次の瞬間、異変が起きた。

 

 空から突然、輸送車が攻撃を受けたのだ。

 

 

「何だありゃぁ!?」

 

 

 目撃した伊丹はその瞬間、素っ頓狂な悲鳴を叫んでしまったが、それもしかたあるまい。

 

 武装ヘリコプターや無人攻撃機による砲火は体験した事があっても、まさか小型のドラゴン――飛竜に跨った騎士が大の大人よりも長い円錐状のランスを構え、空から車両めがけて突撃するなど、サブカルチャー知識豊かな伊丹も実際に目の当たりにするとは想像だにしていなかったからである。

 

 ランスは大型輸送車の運転席を側面から直撃。視認性確保のため運転席周辺に金網が施されていないのが災いした。いや、突撃の勢いと鋭利なランスの質量を考えると金網で防げたかどうかも怪しいものだ。

 

 まさに鉄柱のような槍に貫かれた運転席が鮮血に染まる一部始終を伊丹は見てしまった。だが問題はここからであった。

 

 ハンドルを握ったまま即死したであろう運転手の死体がぐらりと傾くと、それに合わせてハンドルも回る。同時にアクセルも踏み込んだ状態になったのか、不安定に揺れながらも急激に加速しだした輸送車の鼻先が、伊丹達の車列へ向いたのである。

 

 暴走車両と化して松の木が点在する芝生を斜めに横断してきた人員輸送車の犠牲になったのは、伊丹達と共に橋上の防衛戦に加わった機動隊員を満載した大型輸送車である。

 

 斜め前方から車体側面に激突された輸送車は、巨体ゆえの車高の高さが仇となり、いとも呆気無く横転した。

 

 激突した車両もまた、衝撃で更にハンドルが回されバランスを崩した結果、後続の伊丹達へ屋根を向ける形で横倒しになると、慣性に従い横滑りしながら警備車の行く手を阻む。

 

 ブレーキを思い切り踏み込んでも間に合わないのは明白であった。

 

 

「やばい、掴まれ――」

 

 

 輸送車の屋根が視界いっぱいに迫り、警備車の鼻先が鋼鉄の壁へ突っ込んだ記憶を最後に、全身で衝撃を感じながら伊丹の意識は暗転した。

 

 皇居正門までほんの100メートル足らずでの距離での出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

『こちら皇居正門前。機動隊の輸送車が複数の横転! 今すぐ救援を!』

 

『大規模な敵集団が接近中です。一刻も早く救助に向かわなくては!』

 

『こ、こちら第1機動隊第2中隊長。横転により重傷者多数、大至急救援を求む……!』

 

『こうなったら俺達だけでも――チクショウ、何だよコイツら――』

 

『こちら正門前! 巡査長が竜に食われちまった! 連中わざと俺らの目の前で飛び回って、助けに向かわせないつもりだぞ!?』

 

 

 車内無線から発せられる怒号の応酬が耳朶を叩いたために、伊丹の意識は現世に引き戻された。

 

 意識を取り戻したらまず自分の体の容態を確かめ、強かにぶつけた額から少しばかり出血はしていたもののめまいや吐き気はないのでたいした怪我はしていないと把握すると次に現在の状況を素早くチェック。

 

 もはや慣れたものである。海外を転戦している間に散々対戦車ロケット弾や迫撃砲の爆発に巻き込まれたり、空爆に巻き込まれたり、建物から落ちたり滝からボートごと落下したりしたせいで気絶慣れしている伊丹であった。

 

 どうやら運転していた装甲車は横転した輸送車の屋根に鼻先を埋める形で停止しているようである。後部の乗員スペースを確認すると、座席から振り落とされた他の警官達も頭を押さえて呻きつつ、どこかしら打ちつけたようだが皆軽傷のようだ。

 

 

「ててて……い、一体何が起きたんです?」

 

 

 側頭部をさすりながら同乗していた制服警官が周囲に問うた。決定的瞬間を目撃した伊丹が問いに答えてやった。

 

 

「竜に乗って空から攻撃してきた敵に別の機動隊のバスが攻撃を受けて、それがこっちに突っ込んできたんだよ」

 

「りゅ、竜ですか!?」

 

「ブレスとか吐かれなかっただけマシかもしれないけどね。それよりも今の事故でかなり怪我人が出ているみたいだ」

 

 

 横転した人員輸送車は1個中隊を輸送可能であり、機動隊の編成単位は中隊1つにつき49名。それが2台激突し横転したのである。撤退の為に乗れるだけ乗っていたと考えると、単純計算だけでも合計100名近い機動隊員を巻き込む大事故であった。

 

 しかも乗っていた隊員の中には先の戦闘で重傷を負った者も混じっているのである。ただでさえ大怪我を負ったところへ多重事故に巻き込まれたとなれば死者も多数出ているのではないか、そんな嫌な推測が伊丹の脳裏に浮かんだ。

 

 

「俺達が退いて好機と思った敵が追ってきててもおかしくない。急いで負傷者を救助して皇居内に撤退しないと」

 

 

 伊丹に言われずとも警官達は最初からそのつもりであり、細長い車体中央部のドアから既に飛び出していくところであった。

 

 ちなみに常駐警備車の運転席と助手席にはドアが存在しない。なので運転席に座っていた伊丹が車外に出るためには、いちいち体を反転させて席の間にある隙間から乗員スペースに移らなくてはならない。必然、伊丹が警備車から出るのは最後になった。

 

 事故から意識を取り戻して行動に移るまでどれだけ貴重な時間を浪費してしまったのか考えた伊丹は、昇降用のステップに足を置きながら嫌な予感を覚え、自分達が撤退してきた方角へ視線を向けた。

 

 そして、馬にまで鎧を着せた中世風の甲冑姿の騎馬隊が猛烈な勢いでこちら目指して突撃してくるのに気付いたのである。

 

 

「やばい、戻れっ!」

 

「ええっ!?」

 

 

 とっさに目の前にあった制服警官の襟を引っつかむと、警備車の中に引きずり込んですぐさま側面ドアを封鎖した。騎馬隊が警備車を包囲したのは数秒後の事である。

 

 馬から下りた騎士が警備車のドアをこじ開けようとする。最初から暴徒対策を考えられて設計された警備車の側面は突起物がほとんどないので、手をかけようにもツルリと滑って力が込められない。

 

 ならばと剣をドアの隙間に挿し込んでこじ開けようにも入る隙間がなく、頭にきた騎士が剣を叩きつけても強固なドアはビクともせず、結局その騎士は意味不明な悪態を喚きながら諦めて警備車から離れた。格好の獲物が他にもいる事を思い出したのだ。

 

 警備車のみならず、横転した2台の大型人員輸送車、そこから這う這うの体で脱出してきた多数の負傷した機動隊員。

 

 彼らは数で大きく上回る規模の騎兵によって完全に取り囲まれた。皇居正門前の坂は人の壁に塞がれ、後方には水濠が広がるという、文字通りの背水の陣が機動隊員達の置かれた状況だった。

 

 加えて皇居側と広場側には高低差があり、水濠を超えてからも高さ数メートルの石垣を登らなくてはならないのだ。横転により満身創痍の機動隊員にはあまりに険しすぎる、近くて遠い絶望的な壁。

 

 傷ついた肉体と事故のショック覚めやらぬ精神状態が重なった第一機動隊およそ100名弱は、そうしてまともな抵抗もできぬまま騎兵と重装歩兵の軍勢の捕虜となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<2017年夏/12:50>

 警視庁/皇宮警察・混合皇居防衛部隊

 東京・皇居前

 

 

 

 

 皇居内の避難と警護を受け持っていた警官隊が石垣の上に集まりだす。野次馬根性を発揮して携帯電話やカメラを手に、こっそりと皇居前広場の状況を撮影しに来た市民も混じっていた。その中には伊丹が保護したデイビスも含まれている。

 

 皇居側の警官隊もまた拳銃やガス銃、一部はサブマシンガンも所持していたが、できたのは水濠の向こう側に集結した敵部隊によって事故現場から仲間が次々と引っ立てられる光景を、呆然と見つめるだけであった。

 

 なにせ、状況が状況である。大事故の現場が軍勢に包囲されるまではあっという間であり、射撃で援護しようにも敵の数が多過ぎて気圧され、横転した車内から味方が引きずり出されるのを阻みたくても誤射が怖くて撃てなかった。犯人と人質が近距離にいる状況で正確に犯人だけ撃ち抜く技量と精神力を養う訓練を積んだ警官というのは日本では希少なのだ。

 

 中には「あのままやらせていいんですか!?」と抗議する警官もいるにはいたが、

 

 

「耐えるんだ、下手にこちらから暴徒を刺激しては逆に人質となった隊員らが危険すぎる……!」

 

 

 との指揮官の判断により忍耐を余儀なくされた。

 

 一方、正門前に陣取っていた部隊の中には持ち場を離れ事故現場へ救助に向かおうとした勇敢な警官も複数いたのだが、輸送車の事故を招いた元凶である竜騎兵の襲撃を受けて先陣を切った警官が生きたまま飛竜に喰われるのを目の当たりにし、慌てて退却して以降は門の外へ出られずにいる。

 

 事故現場から引っ立てられた機動隊員らは、騎士や歩兵によって石垣上に集まった警官隊にもよく見えるよう横1列に並べさせられた。

 

 中にはピクリとも動かず、アスファルトに擦れてもまったくの無反応のまま引きずられた隊員もいた。とっくに事切れているのだ。防衛戦での負傷が悪化したせいか、それとも事故が原因なのかは不明であるが、とにかく死んでいるのは間違いない。

 

 人質となった機動隊員も、石垣上の警官隊も愕然と見つめる前で、異世界の兵士達は警官の死体をズタ袋でも扱うかのように手荒く積み上げていく。

 

 死者への経緯など微塵も感じられない光景に、仲間を喪った警官達の間には怒りと絶望が広がっていった。

 

 見物人もまたその光景にショックを受けながらもその場を離れようとしない。その辺り、愚かなほど気合の入った野次馬根性の持ち主ばかり集まっているようである。

 

 

『~~~~~~~! ……―――――ッ!!?!!』

 

 

 騎士の1人が何やら大声を張り上げた。もちろん警官隊も野次馬も単語の意味自体はちんぷんかんぷんであったが、口調や状況を踏まえると予想は付く。

 

 大人しく投降しろ、さもなくば隊員らを殺すぞと、ギラつく瞳が、傲慢な表情が、暴力の快楽に歪んだ口元が雄弁に語っていたのである。

 

 人質を取り、武器を振りかざして警官隊へ高圧的な物言いを喚き立てるその姿は、人質の命と引き換えに荒唐無稽な要求を行う犯罪者と何ら変わらないのであった。

 

 

『xtcrvbyuimop、@buinomp、@ctyvub-!!』

 

 

 また何事かがなり立てたかと思うと、勧告役を務める騎士が長剣を抜き、手近な位置にいた機動隊員の首筋に刃を当てた。これには堪らず、石垣上の警官達は動揺し、身を固くする。

 

 皇居へ籠城した警官隊がいともあっさりどよめくのを見た勧告役は嗜虐的な笑みを更に強くした。人質を包囲する他の騎士や歩兵も優越感に浸って愉快そうにしている一方で、見ている事しかできない警官達はいっそうの屈辱に苦しめられるのである。

 

 そんな折、無線の呼び出し音が彼らの間で鳴った。

 

 

『皇居正門前の部隊指揮官へ、この無線が聞こえたら応答してくれ』

 

「こちら正門前、第一機動隊長の長間警視正だ。聞こえているぞ、どうぞ」

 

『こちら陸上自衛隊の伊丹三等陸尉。現在警備車内にいる。そちらからも見えてる筈だ』

 

 

 確かに事故現場には横転した2台の人員輸送車以外にも片方の車両の屋根に突っ込んだ状態になっている常駐警備車が存在している。無線の相手はあの車内にいるようだ。

 

 通信に応えた第一機動隊長を務める警視正は、無線の相手が市民を皇居へ避難誘導するよう提案した張本人である事を思い出した。この自衛官もまた部下である機動隊員と共に、避難してきた市民を収容完了するまでの時間稼ぎとして最前線で戦っていた筈であった。

 

 どうやら敵に包囲されて引きずり出される前に警備車内への籠城に成功したようだが、このタイミングでの無線連絡はどういう意図があるというのか。

 

 

『今から10秒後に撤退支援の為の陽動を行うから、俺が動いたらそっちも部隊を派遣して迅速に負傷者の救援に当たって欲しいんだけど』

 

「ちょっと待て。 一体何をするつもりだ!? 勝手な行動をされては――――」

 

『言いたい事は分かるけど、相手さんらには言葉も通じなさそうだし、明らかに説得の余地もなさそうだからさ……でないとそちらのお仲間が更に死ぬ事になるけど』

 

 

 ガラリと変わった後半の声色に冷たい汗が機動隊長の全身に浮かんだ。経験豊富なベテラン刑事の背筋を凍らせる程の何かが、伊丹という自衛官の声から感じ取れたのである。

 

 そんな伊丹と機動隊長のやり取りは、交信に夢中になっている間に変化に気づいて背後へ忍び寄っていたデイビスのビデオカメラに記録された。

 

 状況も伊丹の言う通りであった。敵は今にも人質の処刑を始めてもおかしくないレベルで興奮した態度を取っている。かといって伊丹の指示に従うには取り巻く状況も敵との戦力差も危険であった。

 

 

「待ってくれ、たった1人で行動を起こすつもりなら無茶だ!」

 

『1人ってわけじゃないし、あいにく無理無茶無謀な事をやるのもこれが初めてじゃなくてね。俺だってイチかバチかに賭けるのはガラじゃないんだけど……ま、やれるだけやってみるつもりだから、こっちに合わせてアンタらもお仲間の救助に動いてくれ』

 

 

 無線の向こうから妙に重たい足音やら金属物同士がぶつかる音。

 

 

『そんな装備で本当に大丈夫なんですか!?』

 

 

 伊丹と名乗った自衛官とは別の人物が悲鳴じみた声を上げた。

 

 

『できれば軽機関銃にグレラン付きのアサルトライフル、破片手榴弾(フラグ)もあったら完璧なんだけどねぇ。それじゃあ行ってくるわ。そっちも人質の誘導よろしく!』

 

 

 スターが晴れの大舞台へ出ていく直前、最後の覚悟を決める時の如く深く息を吸う音も、機動隊長の耳へと届いた。

 

 水濠の向こう側で、警備車の後部ドアが勢い良く開いた。

 

 突然の事に機動隊長のみならず、石垣上に集まっていた警官隊と野次馬、皇居前に集結した異世界の軍勢の注目が、一斉に警備車から飛び降りてきた人物へと集まった。

 

 警備車から出てきた伊丹の姿は一変していた。着ぐるみじみた非常に分厚いオリーブ色のスーツとヘルメットで全身を包み、その上に背負い式のボンベとつながった巨大な水鉄砲じみた代物を胸元からぶら下げているのが見て取れる。

 

 

「あれは、対爆スーツ?」

 

 

 勝手に機動隊長の口から見ているものの正体がこぼれ出る。

 

 他にも機動隊が運用しているあれやこれやな装備を片っ端から持ち出したかのようなゴテゴテした姿となった伊丹は、たった1人で敵の大軍へと殴り込みをかけるのであった。

 

 

 

 

 ――――そうして『銀座事件』と呼称される異世界の侵略者との最初の戦闘、その中でも後々まで語り継がれる事となる、最も無謀で壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『英雄は普通の人間より勇敢ではないが、5分だけ長く勇敢でいられる』  ―― ラルフ・ウォルドー・エマーソン

 

 




CoDの乗り物は事故るもの。


※CoDを知らない人向けのCoDキャンペーンにおける乗り物の扱い:

車に乗る→事故る
ヘリコプターに乗る→対空砲火で撃墜される
飛行機→墜落する
船→沈没する
停車中の車→新車爆弾

結論:主人公が乗り物に乗ったら9割がた事故フラグ

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