ブラック・ブレット もう一発の銃弾   作:八咫勾玉

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第六話

昼下がりの庁舎は閑散としていた。

黎たちが入口で名前を告げると、庁舎の中に案内され、清潔感のあるエレベーターがぐっと上昇する。

第一会議室と書かれた部屋の前で、案内した職員は一礼して去っていった。

木更に代わって扉を開けると、蓮太郎は思わず声を上げる。小さな扉からは想像できないほど部屋は広く、中央には細長い楕円形の卓、奥には巨大なELパネルが壁に埋め込まれていた。

問題は中にいる人間だった。

 

「木更さん、こいつは……」

 

「ウチだけが呼ばれたわけではないだろうと思ってだけど、さすがにこんなに同業の人間が招かれているとは思わなかったわ」

 

仕立ての良いスーツに袖を通した、おそらく民警の社長格の人間たちはすでに指定の席に座っており、その後ろに、見るからに荒事専門という厳つい連中が控えていた。彼らの手にはブラッククロームの輝きを放つバラニウム合金の武器。間違いなく蓮太郎や黎と同じプロモーターだ。彼らの傍には延珠や桜香と同じくらいのイニシエーターも幾人か控えているのが見える。

一体、これからここでなにが始まるんだ?

蓮太郎が部屋に足を踏み入れた瞬間、中にいた人間たちの雑談がぴたりと止まり、蓮太郎の後に入室した黎と桜香を見ると中の全員が一瞬息をのみ驚愕した。

その驚愕の後に一人のプロモーターがこちらに近づいてきた。そして……

 

「最近の民警はどうなってるだよ。ガキまで民警ごっこかよ。部屋ぁ間違ってる湯じゃないのか?社会科見学なら黙って回れ右しろや」

 

燃え上がるように逆立った頭髪に、口元はドクロパターンのフェイススカーフで覆っている……伊熊将監がつかっかってきた。その後少し口論になり蓮太郎に頭突きをしようと将監がモーションを起こす前に黎が将監の胸ぐらを掴み床に叩きつけた。

 

バタァァァン!!

 

その音に部屋の人間たちは驚き席から立ち上がった。蓮太郎と木更は何が起きたかさっぱり分からずポケーっとしていたが状況が少しずつ呑み込めてきた。黎が将監からの乱暴な『挨拶』を止めてくれたのだった。

一方蓮太郎に頭突きをしようとした将監は自分がなぜ床に倒れているのか一瞬分からなかった。がしかし自分の目の前で自分よりも圧倒的な力の前に押し潰されそうになっていた。その存在に一瞬目を向け、意識を落とした。

黎は将監を床に叩きつけたときやってしまったと思っていた。がやってしまったことはしょうがないと割りきり気分を切り替える。

他のプロモーターは今の一瞬のやり取りで黎の存在に驚くと共に自分達では到底敵わないとその肌で感じたのだった。彼の纏っているオーラはこの中の誰よりも圧倒的かつ静かであるからだ。

他のプロモーターや社長たちが唖然としているなか将監の所属している会社の社長が黎たちに近づき謝罪をしてきた。

 

「すまないね。あいつは短期でいけない」

 

「……しっかりと手綱握っとけよ。じゃないと……」

 

黎はそこまで言ってニヤリと口元をつり上げ席に向かう。三ヶ島はその顔を見て背筋に寒気が走り絶対に敵に回してはいけないと肌で感じたのだった。それから木更に向き直る。

 

「お綺麗な方だ。お初にお目にかかります」

 

「あら、お上手」

 

「ところでさっきの方は貴方の会社の方ですか?」

 

「ええ……でも最近入ったばっかりですけど」

 

「……そうですか…彼は『あの』無久羅黎ですよね?」

 

「『あの』?……よくわからないですが…はい彼は無久羅黎その人です」

 

木更は三ヶ島の言った『あの』の意味が分からなかったが今は気にしてもしょうがないと小さく首を降って気持ちを切り替えネームプレートがある末席へと向かっう。

 

「俺たち、末席だな」

 

「仕方ないわ。実績では、一番ウチが格下なんだから」

 

よく見るとこの場に招かれたのは、遣り手ですと言わんばかりの雰囲気を発散している大手ばかり。

その中で一席、個人の名で書かれている席がある。いうまでもない無久羅黎の名だ。彼は先の騒動の後すぐに自分の席があることを確認したためその席に座る。

木更と蓮太郎は、自分より上席の席にいる黎を見て改めて実感した。彼等は自分たちが何年かければ同じ舞台に上がれるのか、ということを。

 

「それよりなんで弱小の俺たちがいるんだ?」

 

「さあね、これからわかるんじゃないの」

 

蓮太郎は対面に座っているさきほどの連中を見ながら小さく耳打ちする。

 

「ちなみに里見くん、君と延珠ちゃんのIP序列覚えてる?」

 

「よくは覚えてねぇけど……十二万ちょいくらいだったか」

 

「私も端数は覚えてないわ、けどそのぐらいよ」

 

木更はチラリと蓮太郎の方を見ると、わざとらしく溜息をついて見せた。

 

「しかもあの会社、彼よりもまだ強いペアも抱えているのよ。私の事務所にもあれくらい強いプロモーターが欲しいものね。イニシエーターはとても優秀なのに、ウチのプロモーターはお馬鹿で甲斐性なしで私より段位が低くて、おまけにどうしようもなく弱いのよねぇ」

 

「木更さんそれだと黎にも言ってることに……」

 

「ならないわよ!!このお馬鹿!!」

 

蓮太郎は木更の揚げ足を取ろうとしたがってその前に木更に否定され聞こえなかったフリをした。

その時、制服を着た禿頭の人間が部屋に入ってきた。

木更を含む社長クラスの人間が一斉に立ち上がりかけた所で、それを男が手を振って着席を促す。遠くて階級章が見えないが、おそらく幕僚クラスの自衛官だ。

 

「本日集まってもらったのは他でともない、諸君等民警に依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

禿頭がなにかを含ませるように一拍置いて辺りを睨め付けた。

 

「ふむ、空席一、か」

 

その後すぐに話を再開した。

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることはできないことを先に言っておく」

 

黎は早く本題に移れよ、 と思いながら席で目を瞑っていた。

誰一人として立ち上がる者はいなかった。

 

「よろしい、では辞退はなしということでよろしいか?」

 

禿頭の男が念を押すように全員を見渡すと、「説明はこの方に行ってもらう」と言って身を引いた。

背後の奥の特大パネルに一人の少女が写し出された。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

次の瞬間勢いよく他の社長格の人間も立ち上がった。

そこに写された人物はそれほどの人物だった。

 

 

 


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