本来ならば4~5話辺りで入れるべき内容だったのですが、ちょっと補足を。
本作の大洗のチーム名は、既存メンバーのチームは原作ままのチーム名となっています。
例外はエリカのⅣ号戦車とアンチョビのCV33(38)で、エリカチームは「トラさんチーム」、アンチョビは「イワシチーム」となっています。
それでは引き続き、拙作ながら本編をお楽しみください。
「きっとヤツ等は言っている! ノリと勢いだけはある、調子に乗ると手強い!」
古代ローマ風の建造物が立ち並び、学生たちが自主的に営業する屋台が軒を広げる。
アンツィオ高校の学園艦の日常的な光景を見下ろし、大階段の壇上に立ったマント姿の新統帥・ペパロニは眼下の数十名のアンツィオ戦車道履修者に言い放った。
「強いってよー!」
「照れるなー!」
盛り上がる一同。白タイツに白のシャツにネクタイ、頭にはベレー帽という上品さを感じさせる制服と裏腹に、アンツィオの生徒は気性の荒い者が多い。
「でもペパロニ姐さん、『だけ』ってどういう事ッスか?」
一人が尋ねる。それに対してペパロニは皮肉めいて笑った。
「つまりこういう事だ。ノリと勢い以外は何もない。調子が出なけりゃ総崩れ!」
「ンだとー!?」
「舐めやがって!」
「戦車でカチコミ行かなくて良いんスか!?」
「みんな落ち着いて。統帥(ドゥーチェ)の推測だから」
声を荒げる面々に、ペパロニの傍らのカルパッチョが落ち着いた声で呼びかける。
「なーんだ」
「あくまで私の冷静な分析だ……だが、『ノリと勢いだけ』は悪い事ではないぞ!
次の二回戦の相手は知波単学園!」
「知波単学園! チハ乗りの突撃野郎共!」
「勢いなら負けないッスよ!」
「……でも、CVだけでチハの相手するのって厳しくないッスか?」
マントをはためかせて見栄を切るペパロニ。それに対し盛り上がるアンツィオ生徒。しかし中には知波単との戦力差を把握している者もいるようだ。
「心配するな! 何のために三度のおやつを二度にして貯蓄してたと思ってる!?」
「何ででしたっけー?」
「前に話しただろう!?」
呑気な会話。そこで一人の生徒が言った。
「話をしていたのはアンチョビ姐さ……」
その瞬間、ペパロニの背後のカルパッチョがその生徒に警戒の視線を送った。慌てて生徒は口を閉じたが、ペパロニの耳にそれは届き彼女の表情を一変して険しくさせた。
「あ”あ”? ……今、裏切者の名前を言ったのは誰だ?」
「誰も言ってないッス!」
「私らの統帥はペパロニ姐さんだけッス!」
失言した少女をフォローするように他の生徒が声を揃える。
「フフン。そうだろう、そうだろう! 話を戻すが、心配は無用だ。そのために用意した秘密兵器がどうにか二回戦に間に合った!」
機嫌を直したペパロニは、背後にある布を掛けられた巨大な物体を指し示した。
「見るがいい! これこそ新生アンツィオの必殺秘密兵器……!」
その時、時計塔の鐘が鳴り響いた。針は12時を示している。
「……昼飯の時間だー!」
「お、おい、ちょっと待て!」
「統帥も早く来た方がいいですよ、この時期、食堂のランチ売り切れ早いッスよー!」
秘密兵器に向けられていた生徒たちの視線がにわかに他所に向き、一斉に食堂に向けて移動を始めた。昼食の時間を告げる鐘の音は食を貴ぶアンツィオ生徒たちにとって福音にも等しい価値を持ち、その衝動はペパロニの制止程度では止められないものなのだ。
無人になった広場にペパロニとカルパッチョ、そして秘密兵器だけが残された。
「まあ、自分の気持ちに素直なのが多いのが、この学校のいい所なんだけどな……」
肩を落とすペパロニ。
―――よくもまあ、あの人は自分を含めたこんな連中をまとめ上げていたもんだ。
ペパロニはふっと考え、頭を振ってその思考を打ち消した。スルーはされたが、この秘密兵器があれば間違いなく二回戦は突破できる。大洗が継続高校に勝てさえすれば、準決勝で彼女らと戦えるのだ。
「……待ってろ、アンチョビ」
そう呟くとペパロニは振り返り、布に包まれた秘密兵器、二両のP40を見上げた。
カタクチイワシは虎と踊る 第九話 カンテレにイワシは凍る
大洗学園艦、生徒会室。
「ま、お茶でも飲んでってよ」
杏がそう言うと、柚子がテーブルに3つの湯飲みと干し芋を盛った小皿を置いた。
「すまないね、助けてもらった上にお茶まで出してもらって」
お茶を出された継続高校の三人のうち、中央に座るミカが頭を下げて湯飲みを手にした。
「……それを飲んだらさっさと帰ってもらうぞ。偵察行為は戦車道ルール上では禁止こそされていないが、発見時は偵察の中断を被偵察側は指示できる」
その正面に座る4人―――向かって右からエリカ、アンチョビ、杏、桃のうち、桃がミカにきっぱりと言った。
「プラウダとかだと、芋ほりの手伝いなどのペナルティがあるらしいね」
「ウチも次からはそういうの良いかもね。発見された偵察者にはアンコウ踊りとか」
涼しい顔で答えるミカ。笑いながら杏がそれに返した。
昨晩の騒動から一夜明け、継続高校の面々は改めて大洗生徒会に呼び出されていた。
一年生チームと沙織に継続高校の面々が付いてきた救出劇だが、収穫はそれだけではなかった。彼女らがいた学園艦最深部に、どうやって運び込んだのか戦車のパーツが一両分眠っていたのだ。現在は自動車部によるサルベージが進んでいるが、その戦車が使い物になるようであれば今回の捜索で戦車二両と新砲塔が入手できた事になる、
「……が、それはそれ、これはこれだ。まさか偵察に来るとは思わなかった」
アンチョビはそう言うと手元のお茶を飲んだ。
「本当にご迷惑おかけしました。ほら、ミカもちゃんと謝って」
保護者のような言い方でミカの右に座るアキが言った。ミカは部屋の中でも帽子とカンテレを手放さないまま頭を下げた。
「悪かったね……でも、誤解はしないでほしい。私達は偵察に来た訳じゃないんだ」
「何?」
怪訝な顔をする桃。ミカはアンチョビの方を向いた。
「私達……いや、私個人の要望だね。アンチョビ隊長、君に会いに来たんだ」
「……私に?」
「ああ。どうだろう、一度私と練習試合をしてくれないかな?」
「ちょ、ちょっとミカ!?」
突然の申し入れに驚くアキ、一方のミッコは事の流れを楽しむように笑みを浮かべながら双方の会話を見守っている。
「どういうつもり? わざわざこっちに手の内を見せてくれるって事?」
エリカが警戒したまま聞き返した。
継続高校のデータは実際少ない。公式戦の出場回数自体も少ないのに加えて、試合ごとの戦力も毎回バラバラ。主にプラウダ高校と胡乱な「鹵獲ルール」なる戦車交換戦を行って入手したソ連戦車を改造して使っているのが多少他校に知られている程度だ。その学校が自分から手の内を明かすという。
「アンタ達の車両はBT-42だけ。って事は、1対1の模擬戦って事でいいの?」
更にエリカは質問を重ねる。ミカは手元のカンテレを軽く鳴らしてからエリカを見た。
「ああ。できればアンチョビ隊長のCVと勝負したいね……それと私の目的だけど、多分、君なら試合を始めさえすれば分かると思うよ。逸見エリカさん」
それだけ言って、ミカは沈黙した。これ以上説明するつもりは無さそうだ。
一方、アンチョビは腕を組んでミカの意図を読もうとしていたが、早々に諦めていた。どうもこの隊長は駆け引きについては自分より一枚上手のようだ。
とはいえ、彼女は既に判断を決めていた。「羊のように振る舞えば狼に食われる」とはイタリアの格言である。ここで隊長である自分がミカの申し出から退けば、継続高校の面々に精神的な弱みを見せる事になるだろう。
「―――分かった。それじゃ受けさせてもらおうじゃないか」
「ちょ、アンタ!」
エリカが横から止めようとするが、先手を取るようにミカのカンテレの音を大きく鳴らした。思わず口を閉じてしまうエリカ。
「話が早くて助かるよ、試合方式は君に任せる。この番号に電話してもらえるかな? さて、それじゃ行こうか。ミッコ、アキ」
この場に残っていればエリカ他のメンバーから反対を受けると読んだのだろう。干し芋一枚を咥えるとミカはアンチョビに素早くメモを渡し、立ち上がって二人を促した。
「よしっ、やってやろうじゃないの!」
「もう、相変わらず強引なんだから……」
手を打ち合わせて立ち上がるミッコと、ぼやきながらも後を追うアキ。
「おい、待……!」
慌てて桃が止めようとしたが、その間もなく彼女らは風のように姿を消した。
「無視しましょう、会長!」
「んー……別にいいんじゃないの?」
強く訴える桃に、杏はあっさりと答えた。継続の三人が残した干し芋を手に取る。
「相手がこっちに手を見せてくれるって言うなら願ってもないし、それに……」
「それに?」
「ウチのCV33……あ、38になったんだっけ? アレがバレても大した事無いし」
「……確かに」
「そうね」
「そうですね」
「ちょっと待て、そこで納得するのか!?」
簡単な打ち合わせの後、試合形式が決められた。
場所は学園艦市街地。野試合に近い形式で行う。弾は実弾ではなくペイント弾を使い、先に車両の50%が塗り潰された方が負けとなる。このルールであれば洗い流すだけで済むのに加え火力差や装甲差を気にせず勝負する事ができるので、互いの機動力がものを言う展開となるだろう。
「50%と言われてもピンと来ないぞ」
「まあ、気にするな。どの道コイツで114mm榴弾砲を食らえば一発で100%だ」
「……結局一撃で敗けか。たまには余裕ある試合をしたいな」
大洗側スタート地点、学園艦商店街北口。CV38内のアンチョビと麻子は言葉を交わしながら開始時刻を待っていた。学園艦の市街地は縦に長く、横に短い。対する継続高校は商店街の南口に待機しているはずだ。
上空には以前のエリカとの試合でも使われたドローンが浮いており、学園のガレージに用意された中継席のスクリーンに映像を送っている。その画面を見守る大洗メンバー。
「逸見副隊長、この試合って組み合わせ的にはどうなんですか?」
高速戦車同士の勝負という事で興味があるのだろう。八九式中戦車・アヒルチームの車長である磯辺典子が手を挙げてエリカに尋ねる。
「一長一短……と言ったところかしらね。まずBT-42、これの最高速度は通常の状態で53㎞/h。これはアンチョビのCV38の最高速度42㎞/hを大きく上回るわ。搭載している114mm砲は本来は対戦車砲ではないんだけど、CV38の紙装甲じゃ関係なし」
「それじゃ一方的じゃないですか!?」
「問題点はそれ以外にあるの。まずBT-42の榴弾の所持数は僅か22発。それも分離薬筒型」
「分離薬筒?」
「弾頭と火薬が分離しているタイプの砲弾よ。だから装填の手間も二倍。あと榴弾砲の構造的に照準も砲塔回転装置も右側にあるけど発射装置は左にある。なので一発撃ったら次の装填までには時間がかかるし、弾数も少ないから乱発はできない」
「機動力では相手が上、でも上手く撃たせれば大きな隙を作れるって事ですね」
「そうね……」
そこまで説明してエリカはスクリーンを見た。今言ったような事は、当然継続高校の面々も理解しているだろう。その上でどう攻めてくるのか。
彼女がそう考える内に時計の針は進み、そして試合は始まった。
「……で、何処へ行く?」
「地の利はこちらにある。とりあえず、隠れやすいショッピングセンターを目指そう」
「了解」
『学園艦町内会の了解は貰ってるから、思いっきり動いて撃ってもらっていーよ』
杏から通信が入る。一部の人間しか未だ知らないが、学園艦の廃校はこの艦に住む者全てにとって人生のかかった問題である。敵の手札を知る好機だけに、杏もああ見えて方々に頭を下げて協力をお願いしているのかもしれない。
アンチョビはそう思いながらCV38から頭を出して周囲を見回した。
町は静寂に包まれ、並ぶ店にはシャッターが下ろされている。
「(相手の手を探るにしても、早めに決着を着けないとな……)」
前方に視線を向ける。正面に戦車。
「……う”おっ!?」
アンチョビが自身の見たものを理解する前に、麻子はCV38の操縦桿を素早く動かし車体を右に逸らした。直後アスファルトにペイント弾が撃ち込まれる。白い塗料の飛沫が車体に模様を作り上げた。
「ちょ、ちょっと待て! もうここまで接近してきたのか!?」
砲塔を回転させるBT-42を見てアンチョビは驚きつつ車内に戻った。
「おい、どうする」
「予定変更! そこの路地に入ってそのまま裏道を使って一旦退却! アイツの幅は2.3m、細い路地なら入れない!」
「分かった。逃げるぞ」
敵の二発目の装填を待たずCV38は咄嗟に一車線ほどの狭さの路地に逃げ込んだ。更にすぐに横道に入り狙い撃ちを防ぐ。
「BT-42……そりゃ最高速度はかなり出る機体だが、初めての地形で迷わず相手の動きを把握して向かってこれたのか? 何て土地勘だ!」
地図を広げ、自分たちの位置を把握する。流石に路地で速度は出せないが、ぐねぐねと幾度も曲がり複雑な動きで出現地点を読まれないようにする。
BT-42はCV38が入り込んだ路地の入り組んだ番地の外周を回り、こちらの出現地点を探ろうとしているようだ。だが、その時アンチョビの耳に微かな砲声が届いた。
「!? 麻子、停止!」
咄嗟に指示を飛ばしCV38を急停止させる。直後、眼前に放物線を描いて榴弾が着弾した。
「(最大俯角で外から撃ち込んできたか!)下がって転身、次弾を撃たれる前に出るぞ!」
「……おい、何で相手はここまで読めるんだ?」
「分からない、だが……」
アンチョビは何かを言おうとして、急に口を閉じた。言ってはならない事を危うく口に出しかけたからだ。
―――こいつは、私より強いかもしれないと。
「……うーん、当たらなかったみたい」
「そうだろうね。命中に期待はしていない」
BT-42の車内。着弾を確認するアキの報告にミカは車長席でカンテレを鳴らした。
彼女の膝上のカンテレの近くには、アンチョビの持つ地図と同じものが広げられている。
そこに幾つか立てられているピン。ミカの予測したアンチョビの行動ポイントであり、今のところそれに近い形で彼女らは動いているようだ。
プラウダのノンナが戦場全体を俯瞰する能力に長けているとするなら、ミカの隊長としての能力は例え初見の場所でもその地形を把握し、高低差や障害物、利用できる要素を即座に利用できる空間把握能力にあると言って良いだろう。
狭い所を移動しようと思えば、地図に乗らないゴミ集積所や電信柱、置物ひとつが戦車にとっては大きな障害となる。それは仮に無意識でも対象の行動を絞らせる。
そしてCV38が次に出現する場所は……
「……多分、ここかな。ミッコ!」
操縦席のミッコを呼び、カンテレを鳴らす。彼女にとってこの楽器の音が指示であり、ミッコもアキもどの音が何を意味するかを知っているのだ。
「あいよっ!」
元気な返事を返しつつミッコは操縦桿を握り、右回りに商店街のもう一本筋違いに向けBT-42を進ませ始めた。
「どうするの?」
「相手は多分後ろから出てくる。出てきたらそのまま目標ポイントまで連れてゆこう。……折角だから、プラウダ対策だったアレも見せてあげようじゃないか」
ミカがそう言い終わる前に、彼女らの背後からCV38が出現した。間を置かずに13.2mm機銃からのペイント弾が撃ち込まれる。CV38よりは大きいとはいえBT-42もチハよりやや背が高い程度のサイズである。何発も食らえば50%をじきに塗り潰されるだろう。
速度を上げ、CV38を振り切ろうとする。逆にCV38もこの好機を逃すまいと必死に追いすがり、銃撃を更に重ねてゆく。
「……やっぱりか」
そのアンチョビの動きに、ミカは少し笑った。
「やはり彼女には、自分の弱点を知ってもらう必要があるね。アキ、装填準備を」
「よしっ、いい場所に付けた! このまま撃ちながら追撃だ!」
「了解。追うぞ」
CV38車内、アンチョビは機銃を撃ちながら麻子に指示を飛ばした。
やや細めの道を抜け、彼女らは商店街のスーパーの正面に出た。三方を生垣と植樹によって囲まれた、袋小路めいた場所である。逃げるBT-42はそのままスーパーの左側に滑り込むように走ってゆく。それを追うCV38。
「ここなら行ける。麻子、振り切られるな。袋小路を出る前に相手を塗り潰す!」
「……分かった」
その挙動に何かしらの違和感を麻子は感じたが、アンチョビの指示に従い後を追った。
駐車スペースには数台の自動車が置かれているのみで、幅は広い。BT-42は左右に揺れながら少しでも回避しようとしているが、着実に被弾箇所は増えていっている。
スーパーの左側面の終わりまで来た。裏手の搬入口の前はトラック一両が停止できる程度の広さで、左右に振れるほどの幅は無い。
「あとちょっと、ここで決め……!」
勝負を決めようとアンチョビが構えた時、それは起こった。
前方を進むBT-42の両の履帯に小爆発が発生した。そのままパージされる履帯。
一瞬BT-42の車体が浮き上がり、転輪が直接接地する。バランスは崩れない。
直後、BT-42は今までの二倍近い速度となり一気にCV38を引き離した。そのままスーパーの裏手を抜け、右に曲がってゆく。
「……おい、聞いてないぞ今のは!?」
「まずい! 麻子、すぐにここから離脱……!」
思わず声を上げる麻子。眼前で起こった現象を理解したアンチョビは、それに答えず指示を出し撤退しようとした。
―――だが、遅い。
後退するCV38から後ろを見たアンチョビの正面。既に回り込んでいたBT-42の砲門が114mm榴弾を放ち、CV38を直撃していた。
「な、何ですか今の!?」
ドローンからの中継を見ていたガレージの一同が驚く中、柚子が悲鳴を上げた。
「……初めて見たわね。クリスティー式車輪走行を本当に戦車道で使う所なんて」
その光景はエリカにも意外だったようだ。口調こそ冷静だが、額に汗が浮かんでいる。
「クリスティー式?」
「さっき、BT-42の最高速度は『普通の状態で』53㎞/hと言ったわよね。あれがその普通じゃない状態。履帯を外し、転輪で直接走る事で速度を向上させるの。カタログスペック上での話だけど、最高速度は73㎞/hまで出せると言うわ」
「73㎞……!」
「でもこれはあくまで緊急退避用の手段。地形への対応力は大幅に下がるし、車輪が少しでも壊れれば走行不能で白旗が上がる。普通はできる手段じゃないわ」
そう、普通なら選択肢に入らない走行法。それを迷わず実行する継続高校。
車長も操縦手も、並みの練度で同じことをすれば只の自殺行為でしかない。もちろんその高速で動く車内で装填と射撃を行う砲手もだ。ならば可能な練度とは如何程か。
そしてエリカはもう一つ、試合開始前にミカが言っていた内容にも気付いていた。
「……これは、厄介になりそうね」
真っ白になりながらガレージに戻ってくるCV38と、それに続くBT-42の映像を見つつエリカは呟いた。
「いや、参った! これが継続高校か、良いものを見せてもらったな」
ガレージに戻り、戦車から降りたアンチョビは素直に負けを認めた。
車外に出たままペイント弾の飛沫を受けたので、その顔は塗料で真っ白だ。
「こちらこそ。普段CV38を相手にできる機会は無いから、良い経験をさせてもらったよ」
そう答えつつ、ミカはカンテレを鳴らした。
「それに……どうやら私達の目的も達成できたようだしね」
「……そういう事か」
「どういう事だ?」
二人の会話に、同じく車窓から少し入った塗料が顔に付いたままの麻子が尋ねる。
「……隊長の弱点よね?」
後ろから寄ってきた生徒の中からエリカが言った。。
「弱点?」
「そう。『ノリと勢い』隊長がいつも言っている事だし、アンツィオ戦車道を立ち上げた時の指針としていた事。でもそれは……」
「待ってくれエリカ。そこからは私が自分で言う」
エリカの言葉を制し、アンチョビは真面目な表情でミカに言った。
「……私は戦略的にも、戦術的にも守りが弱い。先手を取られれば次の手を打つ前に相手に次の手を許し、餌を釣られればそれに食いついてしまう」
「正解。だからこちらが背面を見せたらそれに安易に乗ってきた……『調子が出ないと総崩れ』アンツィオを評した言葉だけど、これはそのまま君の事でもあるんだね」
アンチョビの返答に満足したようにミカは頷くと、再びカンテレを鳴らした。
「しかし、何故それをわざわざ私に自覚させようとしたんだ?」
当然とも言えるアンチョビの質問。それに対しミカはエリカの方を見た。
「それについては、君なら気付いているよね。逸見エリカ?」
「まあ、ね」
話を振られたエリカが言いにくそうに答える。アンチョビの方を向いて彼女は言った。
「……つまりコイツは、私達を対西住みほの仮想敵として育てようとしているのよ」
「育てる?」
「自覚は無いかもしれないけど、隊長、貴方は西住みほにスタイルが似ているわ。奇抜な戦法で相手の意表を突いたり、戦車道に縛られない自由な発想を出してきたり」
「そ、そうなのか?」
「でも、彼女にあって隊長に無いもの。それが戦場で即座に戦況の立て直しが可能な現場力と守りの強さ。逆に言えば、その弱点を克服できれば継続高校は黒森峰と戦う前に西住みほに近い相手と戦う事ができる……ミカ、アンタ相当に食えないわね」
「私達も出るからには勝ちたいからね。成長した君たちに勝てば、きっと私達は黒森峰に勝つ為の大事な事を得られると思うんだ」
睨みつけるエリカに対し、ミカは涼し気に答えた。その真意は表情からは読み取れない。
「……そこまで買ってくれるなら、こちらも応えないとな!」
アンチョビは不敵に笑うと、ミカに手を差し出した。別れの握手を交わす。
「だが、こちらも負ける訳にはいかない。悪いが勝たせてもらう。でないと準決勝で待ってるペパロニを悲しませてしまうからな」
「……そうだね」
一瞬、ほんの一瞬だがミカの表情が曇った。その後ろのアキが躊躇いつつも言った。
「あ、あの!」
「アキ」
「ごめんミカ、でも、これ、ちゃんと言っておかないと……」
ミカの制止を聞かず、アキは言葉を続けた。
「その、私達は他校の偵察もしていたんだけど……多分、アンツィオは知波単に勝てない」
「……何だと?」
怪訝な顔をするアンチョビ。アキは緊張したまま言葉を続けた。
「ひょっとすると……私達でも」
薄暗い質素な木製の廊下を、二人の人影が歩いていた。
「……まだ迷っているのか、西?」
前方を歩く人影が後ろに声をかける。西と呼ばれた、長い黒髪をなびかせる長身の少女は深い悩みを湛えたままの顔で答えた。
「自分は……これが正しい事なのか分かりません」
「お前のその清廉潔白さは美徳であり弱点でもあるな」
前方の人影は彼女、知波単学園戦車道副隊長である西絹代の苦悩を嗤うように言った。
「例えばだ西、お前は黒森峰をどう思う? あいつ等は我々のチハでは至近距離でないと抜けないようなティーガーやパンターの数を揃え、果敢に突撃する我々を蹂躙してくる。それをお前は卑怯だと思うか?」
「それは……思いません。彼女らの車両は戦車道規約に乗っ取ったものです」
「ならば我々も問題は無いという事だ。まあ、多少強引な戦車道規定の検定通過を行ったのは事実だが、それは我々が今まで受けた苦渋に比べれば些末に過ぎん」
やがて二人は廊下を抜け、知波単学園車両庫にたどり着いた。
「むしろ光栄に思え。この日より、知波単は新たな時代を迎えるのだ」
前方の人影、知波単学園戦車道隊長である辻つつじはそう言うと両手を広げた。眼鏡の奥に見えるその瞳は、熱狂めいた輝きを放っている。
彼女らの眼前に鎮座する、戦車と呼ぶには余りに巨大な、三つ首龍を思わせる物体。
果たしてこれで試合に勝つ事が正しき知波単の姿なのか、絹代には答えを出せなかった。
二回戦・第一試合 アンツィオ高校 VS 知波単学園
カタクチイワシは虎と踊る 第九話 終わり
次回「鉄の悪魔とイタリア料理」に続く
という訳で、次回から少し大洗を離れてアンツィオ戦となります。
この試合は2~3話で完了して、そこから再び大洗VS継続に戻る予定です。
どんどんエピソードの文字量が増えているので、もっとコンパクトに話を纏められるようにならないといけませんね。
それでは、宜しければ引き続きお付き合いください。