カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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イワシとカンテレ編
第八話 強くなってもイワシはイワシ


【第63回高校戦車道全国大会、二回戦進出の八校揃う】

【プラウダ高校、熱砂に散る。まさかの一回戦敗退。戦力の温存が仇となったか】

【黒森峰、コアラの森学園を一蹴。次戦はマジノ女学院】

【知波単学園艦に謎の巨大搬入物。新戦車導入か】

【アンツィオ高校統帥ペパロニ、本誌インタビューに対し秘密兵器の存在を公表。 副隊長に強制退場させられ詳細は不明】

 

「……何をやってるんだか、アイツは」

 大洗戦車道ガレージ内、アンチョビはCV33の屋根に寝転がり、戦車道新聞を読みつつコッペパンを齧った。

「……隊長?」

 ガレージのドアを開け、逸見エリカが入ってきた。手には購買で買ったであろうパンの袋が持たれている。

「何だ、隊長もここで昼食?」

「まあそんな所だ。お前もか?」

 寝たままの姿勢で顔だけエリカに向ける。すると彼女の後ろから沙織が顔を出した。

「今日はみんなでガレージで食べようと思って。アンチョビも一緒にどう?」

「いいな……麻子はどうだ?」

 屋根をコンコンと叩き中に打診するアンチョビ。すると中から麻子の眠そうな声。

「……おお、もう昼か」

「あ、麻子、また授業サボったの!?」

「……隊長の分も含めて二人分睡眠を取っているだけだ」

「またお婆に怒られるよ?」

 沙織は小言をそこまでにすると、CV33の横のⅣ号戦車に上ってペーパークロスを広げて買ってきたパンとジュースを置いた。後から華と優花里も入ってくる。

 一回戦を終えて一日。次の試合までの数日間、大洗の面々はようやく一息をついていた。

 

 

第八話 強くなってもイワシはイワシ

 

 

「フフッ、隊長。また随分なところを写真に撮られたものね」 

 先程の戦車道新聞のプラウダ高校敗退の記事の写真を見てエリカが笑った。

 白旗を上げるT-34/85の奥に、仰向けになったままのCV33が写っている。

「何で起こした後の格好いいところを使ってくれないかな……」

 CV33の上で寝そべりつつアンチョビが言った。

「でも『地形が悪かった』とか、『戦力を温存していた』とか、何だか相手が勝手に負けたような感じに書かれてるのが納得できないなー。私達も大変だったのに」

 メロンパンを食べつつ沙織が言う。麻子がそれに返した。

「私たちはあくまで新設の弱小校だからな。そう思われるのは当然だ。それに実際、それらが無ければ負けてた可能性が高い」

「でもー……」

「……あ、あの、逸見殿!」

 その時、何か考えているようだった優花里が突然顔を上げてエリカに言った。

「どうしたの、秋山さん?」

 ハンバーグサンドを食べる手を止め、エリカが聞く。

「あの、こういう時に聞くべきではないのかもしれませんが……逸見殿、戦車に乗っている時、本当に楽しそうです。搭乗員への指示も適切ですし、気配りもちゃんとできる方だと思います」

「な、何よ、いきなり……」

「……だからこそ分からないんです。何故最初、あそこまで頑なに戦車に乗るのを嫌がっていたのか」

「あ………」

 急に褒められて赤面しかかっていてエリカの顔は、優花里の問いにその顔色を戻した。

「その、言いづらい事かとも思うんですが、不安になるんです。この大会が終わったら逸見殿が突然いなくなってしまうのではと……」

「……珍しくも、聞いて楽しい話でもないわよ?」

「……お願いします」

 以前のエリカであれば、おそらく一言で切り捨てて答えなかっただろう事。

 しかし今のエリカは、彼女らにならば話そうと感じていた。

 (やれやれ、私もあの隊長の影響を受けてるのかしらね)

 エリカは内心でそう思いつつ、口を開いた。

 

 

 そもそもの切っ掛けは中学三年の時に見た、黒森峰の試合だった。

 そこに、一年生ながら既に副隊長として毅然と指揮を執る西住まほの姿があった。

 中学戦車道で周囲に敵無しで少なからず天狗になっていた当時のエリカは、それを見て完全に打ちのめされた。自分が井の中の蛙であると知った。

 地元でもあったし黒森峰への入学は両親も反対しなかった。それから更に戦車道を学び、黒森峰戦車道の門を叩いた。彼女の支えになりたい。それを強く願っていたし、それができるだけの実力はあるという自信もあった。

 

 ―――だが、同期に彼女がいた。まほの妹、西住みほが。

 最初のうち、隊長の肉親という色眼鏡があった事はエリカ自身も否定しない。しかしその色眼鏡は早々に取り払われた。

 逐一変わってゆく戦場において即座に最適解を出し、迅速に指示を飛ばし勝利に貢献してゆく彼女はまほとは異なりながらも、間違いなく西住流の体現者だった。

 やがて、彼女は副隊長になった。その頃には既に黒森峰メンバーの大半は彼女の実力を認めており、それに異論を持つ者はいなかった。

 一方エリカもその実力が認められ、黒森峰の戦車でも最も強力なティーガーⅡの車長を任命された。事実上のNo.3の位置。しかし、エリカは満たされなかった。この位置は他のメンバーが務まらない訳ではない。まほの傍らで補佐できる存在になりたい。副隊長に。

 

 やがて、第62回全国大会が始まった。感情を横に置き、エリカも最善を尽くして勝利に貢献した。一回戦、二回戦、準決勝、そして決勝戦。

 結果的に優勝はしたが、みほの最後の行為については黒森峰内でも賛否はあった。だが、最終的には西住家の中での叱責に留まった。しばらくみほが落ち込んだ様だったあたり、母親にして西住流師範の西住しほから相当に色々と言われたのだろう。

 

 そして大会終了後の黒森峰で、全国大会での経験の総括を含めた殲滅戦方式の紅白戦が行われる事になった。紅組の隊長はみほ、白組の隊長はエリカ。

 エリカはこれが自身が副隊長になれる最後の機会だと感じていた。試合前に綿密に策を練り、みほの行動を予測し、万全の態勢で紅白戦に挑んだ。

 

 ―――結果は完敗だった。初手こそ白組が先手を取れたが、その後はみほの迅速な指揮によって紅組は態勢を立て直し、白組の車両は次々と撃破されていった。

 やがて最後の一両となったエリカのティーガーⅡも、敵ティーガーからの直撃を受けた。

 白旗を上げるティーガーⅡからエリカが顔を出した時、丘上のティーガーにみほがいた。

 あるいは、その時の彼女がいつも通りの少しはにかんだような笑みを浮かべていたり、汗をかきやりきったような表情をしていてくれれば、エリカは救われたのかもしれない。

 

 彼女は、申し訳なさそうな顔をしていた。

 カッとなった大人が、子供に本気を出してしまった直後のような、そんな顔だった。

 

 

「―――で、次の日に西住隊長のところに辞意を叩きつけて、戦車道の無い学校を探して……ここに来たってわけ。結局、私は一人で競っているつもりになっていただけで実際は彼女と同じ目線にすら立てていなかったのよ。それに耐えられなかった」

 そう言うとエリカはハンバーグサンドを一口食べた。

「……今は、どうなんですか?」

 優花里がおずおずと尋ねる。エリカは答えた。

「……戦車に乗る事は嫌いじゃないわ。仲間と一緒に戦う事も」

 そこまで言い、目を伏せる。

「でも……思い出すのよね。あの時の顔を。そうなっちゃうと、自分の実力とか、戦車道で戦う事とかが何だかバカバカしくなってきて……」

「そんな事はありません!」

 その時、優花里は周囲が驚くほどの大声を出した。

「逸見殿は凄いです! 最初に一緒に乗った時も、それからの練習試合や先の試合でも、逸見殿は十分な働きをされていました! 自分は、逸見殿を尊敬しています!」

 そこまで言って優花里は周囲が驚いているのに初めて気付き、人が変わったように萎縮すると皆に頭を下げた。

「す、すみません……その、生意気な事を言ってしまって……」

「ううん、ゆかりんの言う通りだよ! エリカは凄いよ、もっと自信持っていいって! 『今の男子は自信ある女子を魅力的に感じる』って雑誌にも書いてあったし!」

 沙織が同調して握りこぶしを作りつつ断言した。

「ねえ、華もそう思うでしょ?」

「はい……私は、西住姉妹のお二人がどこまで強いのかは分かりません。でも、戦車に乗られている逸見さんが、戦車道を愛しているのは分かります」

「……正面からそう言われるのは、思った以上に恥ずかしいわね」

 三人からそう言われ、エリカは少し赤面しつつハンバーグサンドを食べきった。

「そうなると、やっぱ強化は必要だな」

 そこまで無言だったアンチョビがむくりと体を起こした。エリカが聞く。

「強化?」

「何とかこの戦力で黒森峰を倒すプランを練っていたんだが、やっぱり難しそうだ。決勝戦の出場制限は20両。このままだと三倍の戦力差で勝負する羽目になる。本気であの西住姉妹と戦って勝つとなると、せめてあと数両は欲しい」

「アンタ……前々から思ってたんだけど、本気でウチが勝てると思ってるの?」

 今更な質問だと自分でも思いながらエリカは尋ねた。アンチョビはそれに対し、いつもの根拠があるのか無いのか分からない、しかし自信に満ちた笑みを浮かべた。

「勝ってみせる……いや、勝つ!」

 

 

「―――という訳で今日は練習をお休みで、全員で戦車捜索を行いたいと思う!」

 整列した戦車道メンバーを前に、アンチョビはそう宣言した。

「あのー、それらしいポイントってあるんですか?」

 梓が手を挙げる。アンチョビは腕を組んで答えた。

「とりあえず生徒会資料に、あと数台存在するとされる書類が残っていた。ただ戦車の名前も型番も不明。もちろん所在も不明……そこで、幾つかのチームに分かれてもらって、まだ捜索し切れていない場所を探してもらう予定だ」

「要は行き当たりばったりって事か」

 麻子が直球なツッコミを入れる。

「もうちょっと言葉を選んでくれ、麻子……それじゃ、振り分けるぞ」

 

 バレー部チームと麻子、エリカは旧部室棟。

 歴女チームと優花里は山岳方面。

 一年チームと沙織は学園艦内部。

 生徒会チームと華は過去の書類の整理と資料の捜索。

 

「これ……ちょっと待って、アンタは何をするの?」

 アンチョビが何処にも入っていないのを気付いたエリカが聞いた。

「ん、私か? 私は私で自動車部にコイツの強化をしてもらう。それの立ち合いだ」

 そう言うとアンチョビは傍らのCV33を軽く叩いた。

(それの何をどう強化するんだろう……?)

 その場の一同は全く同じ事を同時に考えたが、口に出すものはいなかった。

 

 

 旧部室棟。朽ちかけの古びた木造の建物が幾棟も並ぶ。バレー部チームの磯部典子が元気に声を出した。

「戦車なんだから、すぐ見つかりますよね!」

「だと思いたいわね……」

 その後ろのエリカがうんざりした口調で答える。

「何か手掛かりは無いのか?」

「冷泉先輩、刑事みたい!」

 更に後ろの麻子が尋ね、それに続く河西忍が彼女のクールさに感動する。

「それが、どうも当時と部室が違うみたい……地道に探すしかないわね」

 エリカが古びた地図を広げながら言った。

 

 校舎屋上。歴女チームと優花里は何やら奇妙な儀式を行っていた。

「………」

 カエサルは陰陽印が描かれた盤の上に立てた棒に指を置き、呼吸を整え集中していた。

 周囲の面々も緊張した面持ちでそれを見つめる。

「……ハッ!」

 気合と共に指を話す。棒は一瞬の停止の後、ある方向に倒れた。

「……東が吉と出たぜよ」

「これで分かるんですか!?」

 当たり前のように頷くおりょうに優花里が驚く。

「ウム、大地には龍脈と呼ばれる気の流れが……」

「その話は長くなるから後にするぜよ、カエサル」

 

 学園艦内。艦上とは打って変わって武骨なパイプが幾本も張り巡らされた通路を一年チームと沙織は進んでいた。

「何ここ、何~?」

「凄い、船の中っぽい!」

「……いや、船だもん」

 見慣れない光景に、一年チームの宇津木優季がきょろきょろと周囲を見回しつつ言った。

 口を開けて感心する坂口桂利奈に、その横の大野あやがツッコミを入れる。

「思えば、何で船なんでしょう?」

「大きく世界に羽ばたく人材を育てるためと、生徒の自主独立心を養うために学園艦が作られた……らしいよ?」

 その後ろを歩く梓の質問に、沙織が以前聞いた事をうろ覚えで伝える。

「無策な教育政策の反動なんですかね?」

 大人しそうな外見と裏腹に毒のあるコメントを返す梓。

 一同はぞろぞろとスチール製の階段を下りた。

「……うわ、誰か来た!」

「ちょっと、そんな言い方したら……お、お疲れ様でーす!」

 下りた先にジャージ姿の少女が二人いた。慌てる赤毛の少女と、焦りながらも一同に挨拶をするお下げ髪の少女。そのまま通り過ぎようとする二人を沙織は呼び止めた。

「あ、あの! 戦車知りませんか?」

「せ、戦車?」

「えっと、戦車なら、その奥の方で見たような……」

 二人はびくりとすると、お下げ髪の少女が通路の更に先の方を指さして言った。

「本当? ありがとー!」

 沙織の顔に喜色が差す。

「そ、それじゃ私達はこれで……」

 そそくさと退散する二人。

 一同の最後尾の丸山紗希はその二人の着るジャージが継続高校のものだと気づいていたが、それを口には出さなかった。

 

 ガレージ内、眼前の車両にアンチョビは満足そうに頷いた。

「よし、これで強化完了だ!」

「……えっと」

「あの……申し訳ありません、どこが変わったか分からないのですが……」

 コメントに困る柚子と、おずおずと尋ねる華。

 彼女らの眼前には、一見今までと全く変わらない豆戦車がある。

「何だと、分からないのか!?」

 その反応に素で驚くアンチョビ。

「ならば教えてやろう! これはCV33ではない。改修キットと自動車部のレストアによって、フィアット製8mm機銃からブレダ13.2mm機銃搭載に変わり、足回りは更に改良されたトーションバー・サスペンションを採用したCV38に生まれ変わったのだ!」

 言われてみれば、確かに今まで銃座に二門あった機関銃が一門になっている。

「……で、それでどの位強くなったんだ?」

 桃が冷静に質問する。

「……その、軽戦車の側面を頑張れば抜ける程度にはなったんだぞ」

「中戦車以上には?」

「………」

「………」

 

 旧部室棟。エリカ達の捜索はここまで実りは無かった。

「これで最後の部室ですよ? 手掛かりになりそうなもの、無いですねー……」

「これはお手上げかな……」

 流石に徒労感を感じているのか、典子と忍の声に張りは無い。

 麻子はスタスタと部室の窓に手をかけると、それを開いた。

「どこの部だ、こんな所に洗濯物を干したのは?」

「洗濯物?」

 エリカが後ろから除くと、確かに何処かの部活が干したであろうタオルやシャツが干され、風にそよいでいる。

「……これ、まさか」

 洗濯物が干されている物干竿代わりの鉄の筒。エリカはそれに見覚えがあった。

 その時、外からバタバタと足音が聞こえてきた。

「たっ、大変です、先輩!」

「せ……戦車、ありました!」

 棟の外周りを探していた妙子とあけびの二人が息を切らせて走ってきた。

「本当!?」

 砲身と思われる鉄の筒の事を一旦置いて、エリカは慌てて二人に聞いた。

「えっと、こっちです!」

 妙子がエリカの手を引き案内する。棟の一番奥の影に隠れるように、それはあった。

「……BT-42突撃砲?」

 連れられたエリカの顔には、喜びではなく疑問符が浮かんでいた。

 ロシアの高速戦車を鹵獲し改造された、フィンランド軍の突撃砲である。

 そして、その側面には「継」の一字が中にある盾形のマーキングが刻まれていた。

 

「そうか、分かった……カエサル達がルノーB1bisを発見したそうです」

「フランスの旧型戦車。ま、八九式よりはマシかもね」

 生徒会室内。桃の報告に杏が干し芋を齧りつつ言った。再び桃の携帯が鳴る。

「……ああ、逸見か。どうだそっちは? フム、物干代わりに使われていた長砲身と?え? 何だと? ……継続高校のマークの入ったBT-42!?」

 慌てて音声をスピーカーに切り替え、その場の杏やアンチョビにも聞こえるようにする。

『整備もされてるし油も残ってる。間違いなくウチで放置されていたものじゃないわ。おそらく数人、偵察が潜入しているわね』

 緊張感のあるエリカの声。

「ど、どうしましょう!?」

 慌てる柚子に対して、アンチョビは笑って言った。

「まあまあ、ウチに秘密兵器なんて無いし偵察されて困る事も無い。大丈夫だ!」

「とはいえ無視はできないよねえ……皆が戻ってきたら、一応注意はしておこうか」

 杏は困ったような、それでいて楽しそうな笑みを浮かべて言った。

 

 それから暫く後、捜索を終えたバレー部、歴女チーム、麻子、エリカ、優花里が戻ってきた。だが、一年と沙織だけは戻ってこなかった。

「……戻ってきませんね。沙織さんと一年生チーム」

 心配そうに呟く華。

 その時、麻子の携帯が鳴った。取り出し、送られてきたメッセージを見る。

「……遭難、したそうだ」

 淡々とした報告。優花里が驚いて聞いた。

「ええっ!? ど、どこでですか?」

「船の底だそうだが、何処にいるのか分からないと……」

 麻子が答える。その口調はいつもの麻子のそれだが、流石に幼馴染の沙織の困窮とあって表情には心配が見える。

「何か表示があるはずだ……それを探して伝えろと言え」

 頭を掻きつつ桃が指示を出した。沙織にメッセージを送る麻子。

「……アンチョビ、ほい」

 突然、杏は丸まった紙をアンチョビに突き出した。

「な、何だ?」

「これ船の地図ね、捜索隊行ってきてー」

 極めて軽い口調で、杏は言った。

 

 

 その数十分後、大洗学園艦最深部を進む数名の姿があった。

「……なんか、お化け屋敷みたいですね」

「そ、そうだな……」

 ライト付きヘルメットを着けた優花里の横でアンチョビが暗闇に怯えつつ答える。

 その時、どこからか金属の落下音が響いた。

「わあぁぁ!?」

「ひゃあぁぁ!?」

「……大丈夫ですよ」

 悲鳴を上げて抱き着く二人。その横を華が平然と進む。

「……五十鈴殿、本当に肝が据わってますね」

「って、おい、麻子、大丈夫か?」

 完全に硬直している麻子に気付き、アンチョビが声をかける。

「オ……オバケは早起き以上に無理……!」

 

 同階層、第17予備倉庫。暗闇の中で一年生と沙織は座り込み救援を待っていた。

「……おなか、すいたね」

 あやが細々と言う。同じく座り込んだままの桂利奈が答える。

「……うん」

「今晩は……ここで過ごすのかな」

 梓がぽつりと言った。その言葉に不安を掻き立てられたのか、すすり泣く声が一年の中から漏れ始める。

「……だ、大丈夫だよ! ほら、私チョコ持ってるから、みんなで食べよ!」

 沙織は内心の怯えを必死に抑え、明るく笑うと皆にポケットのチョコを差し出した。

 ―――その時、一同がいる更に奥から音が聞こえた。澄んだ弦楽器の音。

「きゃあっ!?」

「な、何!?」

「オバケだーっ!」

「………」

「み、みんな、私の後ろに隠れて! 大丈夫だから!」

 パニックに陥る紗希以外の一年。沙織は自身も叫びそうになっていた悲鳴を抑えて胸を張って音に向かい、一年の前に立った。

(うぅ……でも怖いよぉ……!)

 既に瞳は潤み、半泣きの状態だ。だがそれでも沙織は怯まなかった。

(ううん、先輩の私が守らないと!)

「だ……誰!?」

 闇の中、音の聞こえた方に向かって大声で言う。

「……ああ、すまないね。逆に驚かせてしまったかな」

 再び音。それと落ち着いた声。やがて、闇の中からジャージ姿の少女が姿を現した。頭にはチューリップ型の帽子を被り、手には見慣れない楽器を持っている。

「えっと……貴女は?」

「風の流れを追っていたら、こんな所まで来てしまってね」

 そう言うとその少女は、手にした楽器をまた鳴らした。

 

 学園艦最深部通路、アンチョビ達は更に進んでいた。

「第17予備倉庫だとすると、この先辺りの筈なんだが……」

 その時、突然砲撃音が鳴った。ビクリとするアンチョビと麻子。

「あ、カエサル殿からだ……はい!」

 それは優花里の携帯の着信音だった。ポケットから出し通話する優花里。

『西を探せ、グデーリアン!』

「西部戦線ですね、了解しました!」

「グデーリアン?」

「『魂の名前』を付けてもらいました!」

 携帯を切り、アンチョビの質問に答える優花里。かなり気に入っているようだ。

「それで、何で西なんだ?」

「『卦』だそうです」

「卦!?」

「当たるも八卦、当たらぬも八卦ですね」

 不安そうなアンチョビとは対照的に、華は微笑んで歩みを進める。

 果たしてその先には、周辺を伺う二人の少女がいた。

「うわっ!? どうするアキ、また見つかったよ!?」

「そんな事言ってる場合じゃないよ、救けてもらわないと……!」

 継続高校ジャージを着たその二人は、相当に焦っているようだった。

「だ、誰ですか!?」

「そのジャージ……まさか、お前ら継続の!?」

 予想外の人物に驚く優花里。それとは別の意味で驚くアンチョビ。その二人に向かい、お下げ髪の方の少女が言った。

「すみません、詳しい事は後でお話しさせてもらいますから……あの、この辺りで帽子を被って楽器を持った、背の高い女の子見ませんでしたか!?」

「いや、み、見てないが……と言うか、こっちも人探し中で……」

 

 ―――その時、どこからか弦楽器の音が聞こえた。

「!? アキ、今の音!」

「うん、聞こえた。行こうミッコ! 全くもう、迷子になったらいつもこれなんだから!」

 その音を聞くが早いか、二人の少女は身を翻して走り出した。足元を見るのも難しい暗闇の中だというのに、まるで気にせず駆けてゆく。

「ちょ、ちょっと待て!」

 慌ててアンチョビ達はそれを追った。次第に音は大きくなり、音は曲になってゆく。それと一緒に、複数の少女達の歌声が聞こえてきた。

(これは……一年生と沙織の声?)

「……何だか、雨の日のバス停でびしょ濡れオバケが出てきそうな歌だな」

 歌を聞いた麻子が呟く。

 やがて、一同はその場所へとたどり着いた。

 

「……はい、おしまい」

「すごーい! 何でも弾けちゃうんですね!」

「さて、次は何かリクエストはあるかな?」

「えっと、それじゃネズミー……」

 暗闇の中、少女達は車座に座り歌を歌っていた。帽子の少女が奏で、一年と沙織が歌う。

「……って、ちょっとミカ!」

 それを遮ったのはアキと呼ばれたお下げ髪の少女だった。怒り顔の彼女に気付きミカと呼ばれた帽子の少女は顔を上げた。

「やあアキ、遅かったね」

「『遅かったね』じゃなくて、何でこんな所にまで来て迷子になるのよ!?」

「潮風の流れを追っていたら、ここにたどり着いたのさ」

 涼しい顔でミカは言った。その後ろから現れるアンチョビ達。

「おーい、みんな無事かー?」

「隊長―!」

「救助隊だー!」

 救援の到着に一年チームが沸く。同時に沙織は肩の力を抜いた。

「よ、良かったー……」

「沙織、無事だったか」

 沙織の様子に麻子が安堵の表情を浮かべる。その後ろの華が沙織に尋ねた。

「ご無事で何よりです、沙織さん。それで、あの、こちらの方は……?」

「ええっと、何だかこの人も迷ってたみたいで……」

「ああ、大丈夫だ。もう見当は付いてる」

 それを遮り、アンチョビはミカに言った。

「偵察に来てるのは知ってたが……まさか隊長自身が来てるとは思わなかったな」

「はじめまして……かな。大洗隊長のアンチョビ……うん、やはり良い顔をしているね。今まで戦車道に良い形で触れてきたのが分かるよ」

 そう言うとミカはポケットに手を入れ、小さな黒い箱を取り出した。

「とりあえず、お近づきの印に」

「……サルミアッキはやめておくよ」

 二人の隊長は、互いに含みのある笑みを浮かべた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第八話 終わり

次回「カンテレにイワシは凍る」に続く


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