「な、何なのあれ!?」
「
遊園地外周・正門付近。
背後からの轟音にカチューシャとクラーラが振り返ると、丁度丘から転がり落ちた巨大観覧車がラーテゾーンに突っ込むところだった。断末魔めいたオイ車の150mm砲の砲声が、ラーテ型建造物の崩壊する音にかき消される。
「……アンチョビさん、だよね?」
「多分そうでしょうね……無茶苦茶するわね、本当」
まるでスペクタクル映画の見せ場のシーンめいた現実の光景に、みほがおずおずと言うとエミが呆れたように返す。
「話はそこまでだ。敵の足並みが乱れた」
一方、西住まほは後背の轟音に耳を澄ませつつも視線は前方の敵部隊に向けられていた。今まで規律のとれた一定の間隔で撃ってきていた砲弾のリズムが乱れている。この事態に即座の判断ができないでいるか。
「敵の本命は通用門、こちらは足止めだ。ここで一気に決める。みほ、中須賀さん、合わせられるか?」
「了解!」
「了解! こっちも良い所、見せないとね!」
まほの問いかけにみほとエミは即座に返し、ティーガーを前進させてゆく。次第に上がる速度。まほはその二両と並ぶようにティーガーを進めさせつつ言った。
「カチューシャとクラーラはバックアップを。行くぞ!」
「これは……一体!?」
まほが見立てた通り、大学選抜・正門部隊の部隊長は遊園地内で暴走する観覧車を見て愕然としていた。
彼女ら正門部隊の役割は、T-28を前面に押し出した通用門部隊が敵の防衛線を突破するまでの間、大洗側の正門の部隊を足止めする事だ。相手がどのような行動に出るかは幾つか想定はしていたが、流石にこのような展開はどの想定にも無かった。
「通用門部隊に通信! 向こうの戦況を確認しろ!」
「待ってください! 敵ティーガー三両、来ます!」
通信手に指示を飛ばそうとした直前、操縦手からの声が届く。
「しまっ……!?」
観覧車に意識を持って行かれた数十秒の間。その隙を突かれた事を部隊長は悟った。
見れば、正門付近に展開していたはずの三両のティーガーは既に至近距離まで接近してきている。パーシングの優位性を保てない距離。逆に足回りではパーシングの方が不利でさえある。
「舐めるな! 各車装填、砲撃指示を待たず各自反撃! チャーフィーは撤退、隊長と合流し次の動きに移れ!」
流石にこの状況で呑気に状況確認をしてはいられない。通用門部隊や愛里寿への通信を一旦横へ置き、部隊長は僚機のパーシング2両とチャーフィーに指示を飛ばした。
『りょ、了解!』
チャーフィーの車長は即座に応答し、パーシングを盾にしつつ撤退してゆく。遊園地の内部が主戦場に移ると考えると、偵察車両であるチャーフィーの存在は貴重だ。
部隊長は眼前を見据えた。三両のティーガーは、速度に緩急をつけつつこちらに迫ってくる。
先頭に立つティーガーの砲塔からは一人の少女が身を覗かせている。“高校戦車道の怪物”と称される西住姉妹。その妹、西住みほ。
「西住姉妹か……面白い!」
部隊長は不敵に笑い、砲撃のタイミングを測る。
流石に愛里寿やメグミら中隊長には一歩譲るものの、大学選抜メンバーは各大学の戦車道選手から選ばれたエースの集まりである。その実力は高校戦車道の名選手に引けを取るものではない。
「装填完了!」
「砲撃待て、相手が撃つ瞬間に合わせる!」
パーシングをあえてティーガーに接近させつつ、部隊長は相手の動きを探った。
如何に優秀な戦車乗りでも、敵味方双方が動き回る中で砲撃を命中させるのは至難の業だ。例えるなら、お互いに全力で走りながらキャッチボールをするのが困難なようなものである。
故に、こちらに命中させようと思ったならば相手は必ず停止する。
それは照準から発射までのほんの数秒。しかし、その数秒があればこちらも命中させる事が可能だ。その時を部隊長は待った。
敵に先手を許した時点でこちらの損害は避けられない。
ならばせめて、西住姉妹を道連れにして大学側の流れを確かにする。部隊長はそう覚悟を決めていた。
みほのティーガーが迫る。エンジンの唸りは弱まる事無く、こちらに迫ってくる。
「………」
左右に微妙に揺れつつ、パーシング側もティーガーへの前進を行う。この状態で行進間射撃で命中させるのは至難。必ずどこかで停止する。
「………?」
部隊長の頬に汗が流れ落ちた。ティーガーが止まらない。もはや眼前と言ってよい距離まで近づきながら、まだ撃とうとしない。
車上のみほは、真っ直ぐにこちらを見詰めている。
「まさか……特攻か!?」
特攻による零距離射撃、確かにそれならば回避もへったくれも無い。
部隊長は自身が読み誤った事に気付き、砲手と操縦手に指示を出した。
「前方ティーガーに砲撃、直後に全速後退!」
その指示に即座に砲手は応え、トリガーを引いた。
同時に、みほのティーガーの履帯が地を噛んだ。轟音と共にティーガーが転回する。
直後、パーシングの砲撃が放たれた。
「ぐっ!?」
砲撃音と共に響いた、重い鉄塊が激突したような音が耳を貫く。同時に不意の衝撃を受け、部隊長は身体を支えつつ何が起きたかを確認した。
眼前にはみほのティーガー、放たれた筈のパーシングの砲弾は、至近距離での砲撃だったと言うのに命中していない。
「……馬鹿な!?」
部隊長は驚きの声をあげた。ティーガーに向けられていた筈の砲身が、あらぬ方向に向けられている。
直後、側面からの衝撃。こちらが動きを止めた一瞬を突き、別のティーガーが側面を突いたのだ。そちらに乗るのは赤髪の少女。確かベルウォール学園からの増援だったか。
その時、部隊長は何が起きたのかを理解した。
砲撃のタイミングを測っていたのはこちらだけでは無かった。西住みほもまた、こちらの攻撃の瞬間を狙っていたのだ。
パーシングが砲撃をしようとした瞬間、みほはティーガーを転回させ、88mmの砲身でパーシングの砲身を跳ね上げたのである。まるで、剣豪が相手の刃を切り返して弾くように。
理屈の上では単純な話だが簡単にできるものではない。操縦手の技量は勿論のこと、最良のタイミングで指示を出す車長の判断力と、敵の砲門に身を晒す度胸が無ければ不可能な戦法であった。
小銃の発砲音めいた白旗の射出音が鳴る。それに続き、周囲でも同様の音。僚機のパーシングもやられたか。
部隊長は苦渋の表情を浮かべつつ、愛里寿に最後の通信を開いた。
「こちら正門部隊! チャーフィーは撤退させましたが、自分を含めたパーシング三両が撃破されました、申し訳ありません!」
『了解。よくやってくれた』
そう答える愛里寿の声には焦りも動揺も無かった。落ち着いた口調で部隊長を労う。
『通用門は既に突破した。これより制圧に移る』
「……戦線を維持できるのも此処までかしらね」
『仕方ねえか……ああ畜生! 全然貫通しねえ!』
幾重にも重なった砲声が響くブラックプリンス車内、紅茶の入ったカップを手にダージリンが言う。音子はそれに応答しつつ、幾度もの砲撃にびくともしないT-28の装甲に悪態をついた。
現在、ダージリンを中心とした通用門部隊は大学側の進攻を許し、門から二ブロックほど離れた屋内型アトラクションが建ち並ぶ一帯で迎撃戦を行っていた。T-28を前面に押し出してくる大学側に押し切られた格好だ。
「やはり、こちらが本命だったようですね」
落ち着いた口調で砲手席のアッサムが言った。T-28に続いて侵入してきたパーシングの数はおよそ十数両。マーキングが施された中隊長車も確認できた。オイ車で内部を混乱させつつ正門の部隊には足止めを仕掛け、隠し球のT-28で狭い通用門から押し入る。実に島田流らしい、硬軟を組み合わせた戦術だ。
「(でも……センチュリオンの姿は確認できず。この状況においてなお、島田愛里寿は戦場を俯瞰して直接攻めてはこない。その理由は何かしら?)」
ダージリンは静かに思考を巡らせるが、どうやらゆっくりと考えている暇は無いようだ。
広く展開する事が可能になったパーシングが一斉に砲撃を仕掛けてきた。統制の取れた砲声が一斉に響き、ブラックプリンスが盾として利用していたお化け屋敷が粉々に吹き飛ぶ。唐傘お化けの模型が宙を舞った。
「こちらダージリン、このままでは包囲殲滅されるわ。散開しつつ撤退を」
『了解。それじゃ、足止めは私たちの役割だね』
ポルシェティーガーのナカジマからの声。ブラックプリンスと並び立ち、88mmの砲声を轟かせる。
『こちら正門側。敵パーシング3両を撃破したが……どうやら、間に合わなかったようだな』
その時、ブラックプリンスにまほからの通信が届いた。
「こちらは撤退を開始していますわ。散開した車両が包囲されないよう支援を」
そこまでまほに言うと、今度はラーテゾーン付近に居ると思われるアンチョビへの通信を開く。
「こちら通用門側、戦線は崩壊。現在、部隊は分散していますわ。ここからの作戦は、どうなさるおつもり?」
「………」
ラーテゾーンを見下ろす丘の上。CV38の車上、アンチョビは瞳を閉じていた。
『正門側の部隊に損害は無し。何処にでも行けるぞ』
まほからの声。アンチョビは少しだけ悩むように眉をひそめ──
「よしっ!」
決意するように膝を叩くと、通信機を手に取った。味方の全車両への回線を開く。
「こちらアンチョビ。次の作戦だが………」
その傍らのⅣ号戦車。砲塔から身を出す逸見エリカは、彼女の言葉を待った。
「……『無し』だ!」
『……はあ?』
エミが思わず呆れ声を漏らした。アンチョビは言葉を続ける。
「ここまでの戦闘で島田愛里寿は私の作戦を簡単に読んできた。それは当然だ。真っ当な戦術の読み合いで、天才と呼ばれる彼女に凡才の私が勝てる訳が無い」
素直に自身の非力を認める言葉。しかしその表情に浮かぶのは絶望でも敗北感でもない。
「だから、ここからは“普通の戦車道”は無しだ! 私たちは様々な学校の寄り合いだ、得意も、不得意も全て違う! そんなみんなを、一まとめの作戦で縛ったのは私のミスだ。お互いの位置の把握と連携だけは忘れず、各自、ここからは好き勝手にやってくれ! それが、最も相手に読まれず、かつ私たちにとって最強の戦術になるはずだ!」
「無手勝流か……ククッ、承知した! アンチョビ殿、我らの命、その言葉に預けよう!」
テケ車の車内、鶴姫しずかは愉快そうに笑うと鈴の背中に脚の指を這わせ、急発進の合図をかけた。
「『成功とは、失敗を重ねても勇気を失わないでいられる才能である』……私たちも、もうひと踏ん張りといきましょうか」
「チャーチルですね」
正面の敵部隊を見据えつつ呟くダージリンに、装填を行いつつペコが言う。
「おい安斎! お前、勝負を投げたんじゃないだろうな!?」
「いやあ、とんでもない事を言い出したねえ」
ヘッツァー内、露骨に動揺する桃を他所に杏が笑いつつ言うと、小さくそれに付け加えた。
「……でも、それが一番あんたらしいよ。アンチョビ」
「各車、定期的に現在の地点をⅣ号戦車のエリカまで報告し、状況を共有するように! それでは行くぞ、アーヴァンティ!」
そう言い終わると、アンチョビは通信を切った。
「……これで、本当に引けなくなったわね」
エリカが呟き、華に発進の合図を送る。
「ああ……だが、やるからには全力でやるさ」
「“好き勝手”に?」
皮肉交じりに言うエリカに、アンチョビは口元だけを上げて笑った。
「ああ。“好き勝手”に、皆の事を思いつつ、私に出来る全てをやる」
「……勝つわよ」
「当然だ」
短く言葉を交わし、二両の戦車は別々の方向へ丘を下って行った。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十九話 突撃砲はワルツを踊る
「ううむ、『好き勝手に』とアンチョビ殿は言ったが……!」
通用門からやや離れた、戦国時代を意識した古風な建物が並ぶ一帯。Ⅲ号突撃砲が土煙を上げつつ走る。その後方から飛んできた砲弾が、近くにあった柳の木を吹き飛ばした。
「くぅ……この状況では、どうにもならんぜよ!」
砲手席の左衛門佐の言葉に、操縦席のおりょうが悲鳴をあげる。
「ええい、回る砲塔が欲しい!」
後方を警戒しつつエルヴィンが言った。ダージリンたちの足止めが上手く行っているからか、追撃してきているパーシングは一両のみである。しかし、砲塔が回らない突撃砲であるⅢ突にとって『後背に付かれた』というのは反撃不能と直結する。転回できれば攻撃も出来るだろうが、その隙を与えてくれない。
「こちらⅢ突、現在戦国エリア東部で敵の追撃から逃走中! 援護可能な車両は無いか!?」
エルヴィンに代わりカエサルが通信を行うと、そこに僅かの時間も置かずに返答が来た。
『こちらセモヴェンテ! こちらも同じく戦国エリア西側で追撃から逃走中! たかちゃん、大丈夫!?』
「ひなちゃん!?」
古くからの親しい関係であカルパッチョの窮状に、思わずカエサルは普段の呼び名で問い返した。
『たかちゃん! ごめんなさい。位置的には近いけど、私も追われていて……!』
苦しそうな声。カエサルはそれを聞くと、咄嗟に遊園地の図面を広げた。
「ひなちゃん、今どの辺り!?」
『え? えっと……城が右手に見えていて……』
彼女の細やかな性格に依るものだろうか。追われつつも正確に説明される状況に、カエサルは互いの位置を確認した。
「これなら……ひなちゃん、次の角を右、それから左に! おりょう、今から言う動きに合わせて前進を!」
通信を保ったまま、カエサルは操縦席に向けて言った。
車長をエルヴィンが務めているため他メンバーからは誤解されがちだが、彼女ら歴女チームのリーダーはカエサルである。エルヴィンはカエサルの中で生まれた発想を信じ、何も言わず警戒を続ける。
「ひなちゃん、次は100m先を左に! 成形炸薬弾の装填準備をしておいて!」
『任せておいて、たかちゃん!』
強いGが車内を襲う。砲撃を回避するために急減速を行い、再度急加速をしたためだ。激しい揺れの中、カエサルはカルパッチョとの通信を続ける。
「ここだ! ひなちゃん、タイミングを合わせて!」
『了解、たかちゃん!』
「行くよ、3!」
やがて、Ⅲ突の眼前に細いT字路が見えてきた。しだれ柳や雑草が伸び放題になっていて、かなり視界は悪い。
『2!』
そのT字路を前にして、Ⅲ突は急加速を行った。可能な限り外角に車体を振り、減速を最低限に抑えようとする。
「1!」
角の向こうに見える、二両の戦車。
「『ゼロ!!』」
直後、Ⅲ突とセモヴェンテは紙一重の距離で交差し、同時に砲撃を放った。
逃げるだけと油断し、直線的な動きになっていたパーシングはこれを回避する間も無く正面から受けた。角を挟んだ二両のパーシングが同時に砲撃を受け、同時に白旗を上げる。
「よしっ! 流石ひなちゃん、良い腕だね!」
『たかちゃんの指示が正確だったお陰だよ!』
「そんな事は……それじゃ、次行こう!」
喝采をあげ、カルパッチョと楽し気に通信をするカエサル。
その様子を見て、エルヴィン、左衛門佐、おりょうの三人は視線で会話を交わした。
「(勝って喜ぶべきなんだが、何なのだろうな、この雰囲気は……)」
「(これは……アレぜよ)」
「(アレでござるな)」
『もうお前ら結婚しろ』そう言いたくなるのを懸命に三人は堪えた。
「……二両やられた?」
遊園地を俯瞰して見下ろす高地の上、センチュリオンの砲塔から小柄な身体を覗かせつつ島田愛里寿は損害の報告を受けていた。
『はい、駆逐戦車の後ろを取り追撃していたのですが、もう一両の突撃砲の追撃戦と交錯してしまったらしく……』
アズミの言葉に、愛里寿はごく僅かに表情を変えた。何かを考えるような顔に。
──この損害は、今までと何かが違う。
今までのアンチョビの仕掛けであれば、何らかの布石があり、それをダミーとして本命を狙ってくるのがパターンだった筈だ。
しかし今回の損害には、そういった積み木めいた組み立てが全くない。偶発的にも思える、しかしそれにしては綺麗な一撃。
「……ここからが奴らの本番かもしれん。油断するな」
愛里寿はそれだけ言うと通信を切り、更に暫く考えていた。
敵味方の車両も走り去り、ただ残る巨大な瓦礫の山。ほんの数分前までラーテゾーンと呼ばれていたエリアの、超巨大観覧車を受けた成れの果てである。
「あ”~~~~………どうしよ、ホント」
その瓦礫を前にして佇むT-34、その砲塔から出した半身を突っ伏すようにしてトウコは頭を抱えていた。
「ンモー。あの辻って子、偉そうに言ってた割にあっさりやられちゃって……これじゃ手綱どころじゃないって。ホントどーしよ、隊長、絶対怒るよコレ……」
ぐだぐだと言いつつ、面倒くさそうにトウコは身を起こした。
「……ん?」
ふと、その動きが止まる。首を45度に傾げ、何かを観察するように視線を動かす。
「……んんん?」
更に15度、首を傾げさせる。何に気付いたのか、口の端がにやりと上がる。
「……フヒッ」
トウコの口から、愉快そうな笑みが漏れた。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十九話 終わり
次回「高速戦車は迷宮を駆ける」に続く