映画「1941」。
1979年にスティーブン・スピルバーグが監督した、戦争コメディ映画である。
1941年の真珠湾攻撃直後のアメリカ西海岸を舞台に、本土襲撃に過剰に警戒する人々と羅針盤の故障で迷い込んだ日本の潜水艦が原因となり大騒動になるという内容だ。
本作を語るときに「日本軍人役で登場する三船敏郎は『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーやオビ・ワン役のオファーを断って出演した」というのが逸話として挙げられる。実際のところは連日大量のオファーが来る中で、ルーカスの事をよく知らなかった三船が断ったという程度の話のようだ。
商業的には前作「未知との遭遇」には及ばなかったものの利益は出た。しかしながら映画としての評価は決して芳しくなく、当時のスピルバーグは「僕はこの先の人生を、この映画についての弁明に費やす事になるだろう」と語っている(無論そんな事はなく、彼はこの先も傑作映画を作り続けるのだが)。
戦争映画だけに本作にも戦車が登場する。
時代に合わせてM3Leeが活躍するのだが、このM3Leeはシャーマン改造のため妙にデカい。とはいえその外観はかなり細かく再現されており、後にインディ・ジョーンズで戦車上での戦いを描く事になるスピルバーグの強いこだわりが表れている。
本当の意味での敵が日本の潜水艦しか無く砲撃の場面こそ少ないが、目的地へ急ぐためにペンキ工場に突入し、カラフルになりながらもドラム缶や壁を突破する姿はなどは非常に豪快で、戦車の逞しさを視聴者に伝えてくれる。
そのため、本作はウサギチームの面々が定期的に行っている「M3Leeが登場している映画を見る会」の対象作品のひとつとして選ばれ、この大学選抜戦前にも上映会が行われていた。
「……面白かったー!」
エンドロールまで見終え、DVDのメインメニューに画面が戻ると桂利奈が大声で言った。
「うーん、ちょっと笑いのツボが違ったかなー」
「えー!? 面白かったよ。家のところとか、パイロットの人とか……」
あやが少し首げると、それに桂利奈が言い返す、横のあゆみが少し顔を赤らめて言った。
「思ってたより際どいシーンも多かったよね……」
「爆撃機の揺れって、そんなに気持ちいいのかな~?」
優季がにこやかな笑みを浮かべつつ割と踏み込んだ事を言う。穏やかな表情のまま過激な事を言うのが優季のスタイルだ。
「さて! それじゃみんな後片付けして、明日に備えるよ」
梓がパンと手を叩き、場の空気を切り替える。机の上の麦茶やコップ、パーティー開けされたポップコーンの袋などを片づけ始めるウサギチームのメンバーたち。
「……あれ、紗希?」
「………」
ふと、梓は紗希が座ったままなのに気付いた。普段ならば無言で率先して片づけを始めている所である。作業の手を止めて桂利奈が尋ねた。
「どしたの紗希?」
「………」
「もう一回だけ見たいシーンがある?」
「………」
紗希は頷き、リモコンに手を伸ばした。
チャプターメニューからそのシーンを選択し、やがて再びモニターに映像が流れ始める。
夜の遊園地、止まった観覧車のカーゴから海辺の潜水艦を狙撃する二人の男と腹話術人形。それを迎撃する潜水艦の日本軍人、助けにきたという少年。操作を誤り煌々と照明が灯り始める遊園地。
「ああ、このシーン面白かったよね~」
「………」
「そうそう、この後!」
「でも、こんなに綺麗に当たるもんなのかな?」
「そこはやっぱり、映画だからじゃない?」
「もう、みんな……仕方ないなぁ、見終わったら片づけを再開するよ」
再び座り直し、モニターを眺め始める一同。
紗希は画面上で繰り広げられる大騒ぎを極めて静かに、しかし熱心に見入っていた。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十八話 回るウサギとイワシの決意
「マジですか!?」
遊園地北東部・名所エリア付近。
砲声が鳴り響くM3Leeの車内、紗希の提案にあやが思わず敬語で驚く。
「………」
あやの反応に対しての紗希のリアクションはあくまで本気だった。表情こそ変わっていないが、小さな拳を握り締めつつ頷く。
「……分かった。紗希、やってみよう」
梓が考えた時間は僅かだった。現状を打ち砕くには、確かにその位の無茶は必要か。
正門も通用門も撃ち合いが続いている。他方からの支援は期待できない。
その瞬間、M3Leeが盾にしていた東京タワーのレプリカが吹き飛んだ。
「きゃああっ!?」
激しい揺れがM3leeの車体を襲う。悲鳴をあげながらも梓は攻撃の方向を見た。鈍重な足でゆっくりと迫ってくる、オイ車の巨大なシルエット。
「桂利奈、全速後退!」
「あいーっ!」
瓦礫を踏み越え、後退してゆくM3Lee。
『こちらイワシ! ウサギチーム、大丈夫か!?』
通信機から聞こえるアンチョビの声。こちらの支援に向かっていたのが到着したか。
梓は口元を固く結び、車内のメンバーを見た。強く頷き返すあゆみ達。喉頭マイクに指を伸ばし、梓はアンチョビに言った。
「隊長、副隊長、提案があります!」
静かなどよめきが観客席に広がっていた。
「ここに来て大学側、手持ちのカードを全て投入してきました! 中にはオイ車、外にはT-28を前面に押し出し攻め入ってくるパーシング部隊! んん~……こ、これはどうなのでしょう、解説のケイさん、エクレールさん!?」
「うう、見てるだけで胃が痛くなってきました……」
「マズいわね……完全にペースを持って行かれてる。このままだと……正直、時間の問題ね」
緊張を隠せない王大河の振りに、顔を青くして腹を抱えるエクレール。険しい表情を浮かべるケイ。その二人の反応が戦況の厳しさを何より大河に伝えてくる。
「非常に厳しい状況! しかし、我々はこれを見守るしかありません! 応援を、我々はただ彼女らに届けとばかりの応援を送るしかないのです! 頑張れ大洗! 頑張れ大洗!」
「………」
「カール自走臼砲に、T-28に……オイ車」
大洗側の観客席から聞こえてくる声援が響く中、そこからやや離れた客席に座る二人の家元。
無言で扇子を揺らす千代にしほは言った。その表情は変わっていないが、言葉の端々には静かな怒りが滲んでいる。
「………」
「ここは島田流の兵器実験場だったかしら。次はパンジャンドラムでも?」
「あの実況の娘が言った通りです。こちらも隠し手駒はもうありません」
後ろめたさはあるのだろう。涼しい顔をしながらも、視線をしほと交わさぬまま千代は答えた。
西住しほは考える。思った以上に荒れた試合になってきた。
西住流の流儀でこの状況を打破するならば多少の犠牲を覚悟の上で後背を少数の部隊で足止めし、敵の主力部隊を一点突破。そこからは足回りに劣るパーシングを電撃戦で翻弄してペースを握るという流れになるだろう。相手が策を弄するならば、それをより強い力で打ち破るのが西住の戦である。
──ただ、これは黒森峰のような高い練度を持つ搭乗員とティーガー中心の強力な部隊あってこそ可能な戦術だ。
今の大洗連合で今の大学側に打ち勝つには、おそらくそういった「王道」では無理だろう。
島田愛里寿の想定を上回る「邪道」が必要だ。この状況を打ち破る何かが。
「……ふふ」
「?」
しほの口元が僅かに笑みを浮かべた。怪訝な顔をする千代。
「邪道」と忌避しつつも、私は彼女らが何かをしでかす事を期待しているのかもしれない。
そう思いつつ、しほは再びモニターに視線を向けた。
『……なんですけど、どうでしょうか!?』
「………」
「………」
遊園地北西部、ラーテゾーン付近。
中央広場からオイ車との交戦地点に向かっていたCV38とⅣ号戦車、それぞれから身体を出し状況を確認していたアンチョビとエリカは梓からの提案を聞いて無言で顔を見合わせた。
エリカの顔には激しい困惑が浮かんでいる。一方のアンチョビは──「きょとん」という言葉が似合う、呆気に取られたような表情だ。
「ええっと……それって、可能なの?」
『やった事はありませんけど……M3Leeなら二発同時に撃てますから、可能だと思います』
エリカの質問にそう答える梓の声には緊張こそあったが、不安は混じっていなかった。この作戦はウサギチームの紗希の提案だという。おそらくは彼女を強く信頼しているのだろう。
とはいえ、彼女が言い出した内容は相当に荒唐無稽だった。正直なところエリカにはそれが成功するイメージも、また失敗するイメージも思い浮かばない。
「……アンタはどう思う?」
エリカはアンチョビに尋ねた。
「………」
そう聞かれたアンチョビは顔を俯かせ、
──笑った。
「……ははっ」
「副隊長?」
「ははっ、ははははっ!」
『ふ、副隊長?』
「ちょ、大丈夫!?」
不安そうに声をかけるエリカに向き直ったアンチョビの顔は、実に愉快そうに笑っていた。
「そうだよ! ははっ、忘れてた忘れてた!」
何が“忘れてた”なのかエリカには全く分からないまま、アンチョビは何を納得したのか梓に言った。
「ありがとう梓、おかげで思い出した!」
『え? あ、は、はい……』
戸惑いながら答える梓に、アンチョビは言葉を続けた。
「思い切りやってくれ! 私達も支援する。オイ車をラーテゾーンにもう一度誘い出すんだな!」
『は、はい!』
『こちらペパロニ、クルセイダーと一緒に誘い込みをもう始めてるッス! って言うかアイツ、何も考えてないのかこっちのいる方向に真っ直ぐ向かって撃ってくるだけッスね!』
通信に割って入るペパロニの声。通信機越しにも激しい砲声が聞こえてくる。P40で懸命に回避しつつ引き付けてくれているのだろう。
アンチョビは地図を広げつつ、ラーテゾーンの縮尺を測っていた。
「あとは……相手を中で足止めする役が必要だな」
『それは私に務めさせて頂きたい!』
絹代の張りのある声が飛び込んできた。エリカが応答する。
「西さん?」
『元々は我々の身内が起こした不肖事! 矢面に立つのは我々が行うのが道理でしょう。チハの車体ならば、あの建物内でも比較的機敏に動けます。細見、行けるか?』
『はっ! 不肖細見、お供させて頂きます!』
『西隊長殿、自分もお供致します!』
もう一両のチハの車長を務める細見からの張りのある返事、それに福田も続く。
『いや、福田。お前は残れ』
しかし、絹代は福田を押し留めた。
『な、何故でありますか!?』
『この戦をお前は限界まで見届けろ。そこに知波単の未来がある。福田、お前にしか頼めない任務だ。受けてくれるか?』
『……承知しました!』
涙ぐみつつ福田が答える。アンチョビは地図を畳むと、通信機のマイクを握った。
「よし、それじゃ始めるか! “フェリス・ラ・ロータ”作戦開始だ!」
『はい!』
梓は元気よく答えると通信を切った。丘の方に遠く目を向けると、坂を上がってゆく小さな戦車の影。おそらくはM3Lee。
「……で、何を思い出したんだ? それとも緊張でアレになったか?」
CV38の操縦席、麻子が横に戻ったアンチョビに容赦ない言葉をかける。
「ア、アレって言うな!」
「正直怖かったぞ、横でいきなり笑いだされるのは」
淡々と言う麻子。しかしその手足はいつも通り細かく正確に動き、CV38の足回りに負担をかけないようにしつつ最短ルートで目的地に向かっている。
「それは……まあ、悪かった」
横目で見てくる麻子に、バツが悪そうに答えるアンチョビ。呼吸を整え、短く言う。
「……うっかりしてたんだ。“普通に戦おう”としていた」
「辻隊長殿。敵P40とクルセイダー、我々が伏せていた遊具地帯に逃げ込むようです」
「開けた場所では不利と判断したか? まあいいだろう。どの道、時間の問題だ」
事務所めいた広さのオイ車戦闘室。着弾を確認していた砲手の報告に包帯姿のつつじは頷き、操縦手にそれを追う指示を出した。
今度こそはオイ車の強さを示せる場所であった。
前回は電車の高架を利用されて上部を狙われたが、この遊園地においてそこまでの高度から全高3.6mのオイ車を狙える場所はほぼ無い。
オイ車の装甲を撃ち抜けるのもごく一部の車両のみ。P40やチハ程度であれば十分に蹂躙できる相手だ。
(まあ実際のところ、つつじの頭からはそういったヤークトパンターなどの“警戒すべき車両”の事はすっかり抜け落ちているのだが)
その時、激しい雑音と共に通信が届いた。
『あー、おーい、この周波数で聞こえてる?』
戦場でありながらどこか呑気な響きの声。つつじは試合前に紹介された大学側のメンバーの事を思い出した。確かT-34/85に乗っていた変わり者の車長だったか。
「こちらオイ車の辻、通信状況は悪いが聞こえている」
『その戦車の通信機、装甲に比べて出力が弱くない? まあいいや。こちらT-34のトウコ、そっちの支援と誘導に向かってる。今どこ?』
まるで遊びの待ち合わせ場所を決めようとしているような気楽さで尋ねてくる。
「こちらは“らーてぞーん”付近において敵のP40などを中心とした部隊と交戦中だ。間もなく片が付く。それから合流を」
『それじゃ遅いんだけどなー』
「時間はかけない。待っていろ」
大学戦車道の先輩に対しての態度としては些か横柄につつじは答えると、通信を切った。
正直なところ、つつじにとってこの試合の趨勢などはどうでも良かった。あくまで彼女が示したいのはオイ車の強さであり、大学側の勝利はそれに付随するものでしかない。
やがて前方に巨大な戦車を模した建物が見えてきた。構想上のみ存在した超巨大戦車・ラーテを模した大型建造物。
そこに逃げ込むP40とクルセイダー。散発的な砲撃がオイ車に放たれるが、それらはいずれも正面装甲に弾かれた。
「外野が煩い。早めに片づけるぞ」
つつじはそう言うと、オイ車をゲートに進ませた。大人数が出入りできるだけの大きさを備えたゲートではあるがそれでもオイ車には手狭だったらしく、壁を削りつつ内部に入ってゆく。
「……ふむ」
つつじはハッチを開け、車外に身を出した。大窓が幾つも作られた構造は屋内にも十分な日の光を届かせており、電気が通っていない状態でも周囲が見渡せる程度に明るい。
「………」
耳を澄ます。戦車の走行音は聞こえるが、その姿は見えない。内部には幾つもの遊具やボールプールなどが残っており、その陰に隠れているか。
「面倒だ。吹き飛ばせ!」
つつじは指示を出し、両の副砲を撃たせた。動物を模したボールプールが弾け、プラスチックのボールを無数に床に転がさせる。
「そこまでです、前隊長殿!」
その時、凛とした声がつつじの耳に届いた。視線を向けると物陰から直角に曲がり、至近距離からこちらに向かってくるチハが二両。
副砲の装填は間に合わない。二両のチハは平行に走りつつ至近距離まで肉迫してくる。
「履帯を破壊するつもりか!? 無駄だ、チハの47mmではこのオイ車の履帯すら撃ち抜けんぞ!」
それは実際事実であった。絹代の乗る新砲塔型でも、履帯の爪ひとつが60kgを超える鉄塊であるオイ車の履帯を破壊するのは難しい。
「元よりそんなつもりなど!」
絹代はそう叫ぶと、砲撃を放たずにそのままオイ車の履帯にチハを突っ込ませた。火花が散り、ガリガリという耳障りな音と共に履帯の動きが鈍る。反対側の履帯にももう一両のチハが突っ込み、同じような状態だ。
「……何だ?」
ここで初めてつつじは違和感を覚えた。例えこれでオイ車の動きを止めたつもりでも、それはほんの一時的なものだ。この状態を続ければ、数分も持たずに両のチハは白旗を上げるだろう。
「何のつもりだ、西!」
つつじは周囲を見回した。伏兵か? しかしオイ車を射抜ける車両はこの周辺には──
そこで、つつじは正面の窓を見た。何かが聞こえたという訳でも、何かが見えた訳でもない。
しかし曲がりなりにも戦車道において隊長を務めていた際に身に着けていた直感とでもいうべきだろうか。それがつつじの視線をそちらに向けさせた。
「な────」
その時、つつじは完全に言葉を失った。
つつじが言葉を失う数十秒前。
M3Leeは遊園地北西部の丘を上がっていた。その車体が停まる。
「……この辺りかな」
梓は桂利奈に停止の指示を出し、砲塔から身を出すと顔を上げた。
その視線の先には、直径120mの巨大観覧車。
『向きの修正はⅣ号でやるわ。澤さん、貴女たちは綺麗に壊す事だけ考えて。フレームに引っかかったらそこで終わりよ』
「はい、先輩」
エリカの落ち着いた声に頷き返す。梓はこの無茶な作戦に了承してくれたエリカとアンチョビに感謝した。
「あゆみは右、あやは左を狙って。タイミング合わせてね」
「了解!」
「りょうかーい!」
二人の砲手からの返事。梓は大きく深呼吸すると、正面を見据えた。
昨晩見た「1941」の1シーンを思い出す。
通電した海辺の遊園地をハリウッドと勘違いした日本軍の潜水艦が観覧車を砲撃し、固定を外された観覧車が大回転しつつ桟橋を転がり、海へと落下する壮大なシーン。
「……撃て!」
M3Leeから放たれる二発の砲弾。
それは狙い過たず、観覧車の軸を止めていた左右の固定部に撃ち込まれた。
爆発と共に金具が弾け、落下の拍子に観覧車のカーゴのガラスが割れて光の雨を降らせる。
「わ、こ、こっち来た!」
操縦席の桂里奈が焦りの声をあげた。当然ながら、両の固定部を撃つ為には観覧車の真正面に備えねばならない。転がってくるのも道理である。
『大丈夫よ』
しかし、M3Leeに転がろうとしていた観覧車は側面からの砲撃でその方向を変えた。Ⅳ号戦車の方向修正の砲撃だ。
「ありがとうございます、先輩!」
礼を言いつつ梓は観覧車の転がる方向を見守った。横からの攻撃で観覧車は若干バランスを崩したが、坂道を転がろうとする位置エネルギーが上回ったか横倒しになることなく転がり始めた。次第に勢いを増しつつ回転してゆく。
それは、真っ直ぐにラーテゾーンへと転がり落ちていた。
「な────」
ラーテ建造物内。窓から見える余りに馬鹿げた光景につつじは言葉を失った。巨大観覧車が、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「い、いかん、全速後退!」
「駄目です! どちらの履帯もチハが噛んでいて抜けられません!」
両のチハは全力で前進しつつ、オイ車の履帯の動きを止めようとしていた。白旗が上がり動きを止めたならオイ車でも抜けられるだろうが、その頃には──
「馬鹿な事はやめろ西! このままでは貴様たちまで巻き添えになるぞ!」
「元よりそのつもり!」
焦りを隠さずつつじは叫んだ。それに揺らぎもしない態度で答える絹代。既に覚悟は決まっているか。
「愚かな! 何故分からん!? ここでこのオイ車の功績を示せねば、知波単はまた元の貧相なチハと軽戦車ばかりの弱小校に成り下がるのだぞ!」
「違うのです、辻殿!」
「何が違う!?」
「戦車道は戦争にあらず、戦車を通じ、聡明かつ勇猛な女性を育て鍛えるもの! 貴女はそれを、只の功績を比べる“戦争”にしようとしているだけなのです! お気づき下さい!」
次第に音が近づいてきた。重々しく、しかし次第に激しさを増してゆく音が。
「その下らぬ思想が知波単に幾年もの苦渋を味合わせてきたのではないか! 私がそれを変えるのだ、このオイ車で!」
絶叫めいてつつじは叫ぶ。その叫びすらも次第に音でかき消されてゆく。
それに対しての絹代の声には諦めと怒りが込められていた。
「もはや知波単魂も失ったか、辻つつじ!」
「貴様ぁ!」
屋内が薄暗くなる。既に窓の外は転がる観覧車で一杯になり、日の光を遮っている。
「馬鹿な……」
小銃の発砲音めいた音が二つ鳴った。両のチハのハッチが閉じ、白旗が上がる。
「こんな、馬鹿馬鹿しい形で……!」
だが、それはつつじが期待していたよりも僅かに遅かった。天井に亀裂が走り、鉄塊が圧し掛かる。
「こんな──馬鹿なああっ!」
150mm砲が断末魔めいた砲声と共に放たれる。
直後、オイ車の上には崩落した建物と観覧車が降り注いだ。
「……パンジャンドラムを使ったのは、そちらでしたわね」
観客席の千代は思わず扇ぐ手を止めて呟いた。
「………」
しほは答えず、僅かに目を細めた。
「
ラーテゾーンを完全破壊しつつ更に勢いを止めない観覧車をCV38から眺めつつアンチョビは呟いた。
「それで、ここからはどう動くの?」
横に来たⅣ号戦車からエリカが尋ねる。
「ああ、それなんだが──」
アンチョビはエリカに自分の考えを伝えた。呆れ顔を浮かべるエリカ。
「……それ、本気で言ってるの?」
「今の梓の作戦で気付かされたんだよ、うっかりしてた」
答えるアンチョビの表情には、そこまでに見られていた悩むような様子が全く無かった。すっきりとした表情で、不敵な笑みを浮かべている。
「言っちゃあ何だが私は凡才だ。正面からの戦術勝負で、天才の島田愛里寿に勝てる訳がない……なのにここまで、普通に戦術で挑もうとしていた」
その表情にエリカは見覚えがあった。
プラウダのノンナ、継続のミカ、アンツィオ統帥の頃のペパロニ、そして黒森峰の西住姉妹。いずれも戦車乗りとしての能力で、執念で、そして才能でアンチョビのそれを上回る強敵だった。
しかし彼女はそれを乗り越えてきた。戦車道の枠を超えた数々の戦術と、この根拠があるのか無いのか分からない、しかし不敵な笑みで。
そしてエリカは、そんなアンチョビとここまで共に戦ってきたのだ。
「やるぞ、ここからは私“たち”の戦いだ」
「……一緒にしないで、馬鹿“隊長”」
エリカはそう言うと不敵な、しかし愉快そうな微笑を浮かべた。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十八話 終わり
次回「突撃砲はワルツを踊る」に続く