カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二十七話 嗤う悪魔とウサギの勇気

 

『こちら遊撃部隊のペパロニ! ラーテゾーンで敵が潜伏させていたオイ車と遭遇、これから交戦に入るッス!』

『何ぃ!?』

『ちょ、ちょっと待って。何で大学側がオイ車を?』

『我々知波単の前隊長が、オイ車を持ち出し大学側に参戦しておりました。申し訳ありません!』

『西さん、謝るのは後だ! CV38とⅣ号もそちらに向かう!』

 

 通信機から聞こえる、遊撃部隊のペパロニ達と中央広場のアンチョビ達の声。

「……!」

 西住まほはそれを聞き、険しい表情を浮かべた。

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第二十七話 嗤う悪魔とウサギの勇気

 

 

 遊園地外周・正門付近。

「とんでもない隠し球を用意してくれてたものね! まほさん、私たち……」

 エミがまほに尋ねようとした瞬間、彼女らの前方の地面が爆ぜた。

「ッ!? 敵襲!?」

「お姉ちゃん……!」

 みほのティーガーが素早く攻撃方向に転回し、車上のみほが双眼鏡を構える。

 

「……やるものだな」

 

 まほは小さく呟くと、自身も双眼鏡を手に相手を確認する。

 何両かの戦車がこちらに向かいつつ砲撃を行っている。視認できるのはパーシングとチャーフィー。愛里寿のセンチュリオンの姿は無い。

 敵ながら良い合わせ方だ。まだ攻撃が届く距離ではないが、向かってきているのが分かった以上こちらは正門から離れる事が難しくなった。今見えるのは数両だが、あれが威力偵察のための先遣隊で本隊が続く可能性もある。

「敵部隊の接近を確認。砲撃可能距離まで接近するのを待って迎撃する」

「で、でも……逸見さん達が」

 不安そうにみほが言った。そわそわと後方の、中央広場の様子を伺っている。

「………」

 

 まほはみほのその姿に少しの困惑と喜びを感じた。

 かつてのみほであれば、このような場面なら迷う事無く後方を気にする事無く迎撃に徹し、自分の危険も厭わず突撃していたろう。

 しかし今のみほは周囲の仲間の事を気にかけつつ動こうとしている。それはまだ不器用で、時には彼女にとって不利な状況を引き起こすかもしれない。だがそれで良いと、まほは思った。それがみほを最後には必ず強くするという確信があった。

 

「彼女たちは強い。私達二人を倒した程にな。それを信じてやれ、みほ」

 その感情を表には出さず、まほは静かに言った。

「……うん、お姉ちゃん」

 落ち着いたまほの言葉に、自身が焦っていた事に気付いたのだろう。みほは大きく息を吸いコンセントレーションを行うと、改めて敵部隊の方を見た。

 

「(さて……これが果たして本命か、あるいは陽動か)」

 

 まほは考える。おそらくは、この正面からだけの攻撃という事はあるまい。間違いなく別方向からの攻撃も始まっているはず。それは裏門か、通用門か───

 

 

 

 遊園地外周・通用門側周辺。

 通用門の扉へと続く細い搬入口。その出口にあたる広場に何両もの戦車が並び、砲口を扉へと向けている。

 

「……なかなかに、面倒な相手が出てきたものですわね」

 

 その一両であるブラックプリンス車内、カップに注がれた琥珀色の紅茶に視線を落としつつダージリンが言った。ひと口飲み、その風味を確かめる。

「……今日はフルーティな味わいね。レディグレイかしら」

「気持ちが落ち着くかと思いまして」

 ダージリンの言葉にペコが答える。

「さて……」

 目を閉じ、ダージリンは現在の戦況を考察する。

 

 現在、オイ車の相手をしているのは知波単のチハ2両と九五式軽戦車、ペパロニのP40にしずかのテケ車、それとローズヒップのクルセイダー。オイ車の重装甲を相手取るには正直なところ力負けしているのは否めない。

 

「……どうしたものかしら?」

『だあぁ、面倒くせえ!』

 早くも我慢の糸が切れたのだろう。傍らのヤークトパンターの音子が声を荒げた。

『オイ車の150mm装甲なんざ、アタシの88mmなら一撃だ! ヤークトパンター、遊撃隊の支援に向かうぜ!』

 その時、ぴくりとダージリンの眉が動いた。

「お待ちになって、山守さん」

『あン?』

 ティーカップの中の紅茶に波紋が生じる。

 僅かな振動をダージリンは感じ取った。次第にこちらに向かってくる、幾両もの戦車が作り出す震動。

 

「……来ましたわ」

 

 次の瞬間、砲声と共に閉じられていた通用門の扉が弾け飛んだ。

「全車砲撃準備。装填済み次第、各車個々に攻撃。ここで止めますわよ」

『言うに及ばず!』

 Ⅲ突のエルヴィンから張りのある声が返ってくる。

 一方、ダージリンの言葉が終わるのを待たずペコはブラックプリンスの装填を始めていた。

「やはり重いですね、17ポンド砲は」

 そう言いつつも、小柄な身体には不釣り合いな程に大きい砲弾を事もなく持ち上げ、砲身に押し込む。

「装填完了です」

「撃て!」

 轟音と共にブラックプリンスが火を吹いた。

 同世代の戦車と比べ機動性こそ大幅に劣るものの、搭載されているのはセンチュリオンと同じ56.8口径76.2mm砲。装弾筒付徹甲弾(APDS)であれば1000mの距離から200mmの装甲を貫通させる事が可能だ。

『とっとと片づけるぞオラァ!』

 一手遅れながら音子のヤークトパンターも砲撃を行った。こちらも搭載されている長砲身88mm砲は西住姉妹らの乗るティーガーⅠのそれを上回り、1000mで190mmの装甲を撃ち貫く事ができる。

 その他の車両も一斉に攻撃を行った。ヘッツァー、セモヴェンテ、ポルシェティーガー。それらの強力な砲撃が狭い搬入口に叩き込まれる。

 

「………?」

 

 ダージリンは僅かに眉根を寄せた。今の一斉攻撃で、切り込んできた相手がパーシングであってもほぼ確実に白旗が上がる筈である。

 しかし、射出音が聞こえない。

 

 重々しい駆動音と共に、砲煙が燻る中から一両の戦車が姿を現した。

 

「あれは……!」

 砲手席のアッサムが驚きの声をあげた。

 四本の履帯がコンクリートの破片を踏みつぶす。ゆっくりと、しかし着実に中へ侵入してくるその戦車には砲塔は無く、横に広い車体は通用門への通路をほぼ埋めるようにして後続のパーシング達の盾となっていた。前面には幾つもの砲撃を受けた跡こそあるが、貫通した砲弾は無かったようだ。

『おいおい、効いてねえぞ! 何だありゃあ!?』

 音子の焦る声が聞こえてくる。

「T-28……まあ、確かに使うのであればここが最適の場面でしょうね」

 あくまで落ち着いた口調で、ダージリンが言った。

 

 

 T-28重戦車。

 WWⅡ末期にアメリカで開発された、ドイツ防衛線突破用の超重戦車である。

 『ティーガーを上回る重装甲・高火力によって、ドイツ防衛線を突破する』という目的に特化されたその車体の特徴は極めてシンプルだ。前面装甲厚は最大300mm、側面でさえ150mmという重装甲はティーガーの88mmすら弾き返し、また搭載された105mm砲は2000m近い距離からティーガーを破壊できる。

 その重さ故に速度こそ19㎞/hと鈍重ではあるが、それを補って余りある堅牢さを誇る「移動要塞」とでも呼ぶべき戦車なのだ。

 

 

 重々しく前進しつつT-28が砲身を下げた。

「来ますわよ。各車、回避しつつ攻撃を継続。相手の履帯や前面下部を狙い、少しでも足止めを」

 ここで侵入を許せば、中のオイ車と外のT-28との内外から掻き回される。せめて内憂のオイ車を味方部隊が片づけるまで、何とか持ちこたえなければ。

 砲撃が放たれる。幸いにして直撃こそしかなったが、T-28の105mm徹甲弾は広場の奥のアトラクションに命中し、一撃で建物を粉砕した。

 更にその後ろから、散発的ながらパーシングの攻撃が撃ち込まれる。T-28はほぼ通路を埋めるようにして前進してくるが、その隙間を利用して撃ってきているようだ。

「流石は大学選抜。容赦ありませんね」

 装填を行いつつペコが言う。

 

「……『逆境が人に与えるものこそ美しいではないか。それはガマガエルに似て醜く、毒を含んでいるが、その頭には宝石を含んでいる』」

 

 周囲を砲弾が飛び交い、轟音が響く戦場においてダージリンはそこがサロンの一室であるかのような落ち着きで紅茶を飲み、格言を口にした。

「シェイクスピアですね」

 さらりとペコが答える。ダージリンは揺れる車内で紅茶を零す事無く考える。

 この通用門と、西住姉妹たちが守る正門、どちらが本命か。そして裏門は?

「いずれにせよ……ここは、踏みとどまらなければいけませんわね」

 紅茶を飲んだばかりだというのに、唇が渇くのをダージリンは感じていた。

 

 

『こちらカバチーム! 大学選抜はT-28を先頭に立てて通用門から進攻中。どうにか進攻を遅らせてはいるが……正直、厳しい状況だ』

『攻めてくるなあ、もう! 了解。こっちは増援は送れない、何とか持ちこたえてくれ! ただ無理はするな。少しずつ迎撃ブロックを後退させて、大規模な展開が出来ないように抑えていてくれればいい』

『分かりました。統帥もお気をつけて』

 

 素早く交わされるエルヴィン、アンチョビ、カルパッチョの通信。

「……先輩」

 その言葉の端々から感じる戦況の厳しさに、M3Lee車上の梓は表情を凍らせた。

 

 遊園地外周部、裏門側。正門に比べてやや簡素な飾り付けが施されたゲートと、場内周回用に使われていたであろう古びたバス数両が残されたままになっている。

「こっちには……来ないのかしら?」

 裏門の警戒に回っていたもう一両、カモチームのB1bisからそど子が身を出して周囲を見回す。

 ほか二つの防衛線と異なり、裏門は接近する戦車もなく静寂を保っていた。近づいてくる土煙も無ければ、攻撃が撃ち込まれる事も無い。

「……あの、園先輩」

 梓はおずおずとそど子に声をかけた。

「どうしたの、澤さん?」

「あの、私たちも他の支援に向かった方がいいんじゃないでしょうか?」

 そう言われ、そど子は少し考えた後に答えた。

「そうね……持ち場を離れるのは風紀委員的にどうかと思うけど、この状況なら貴女達だけならいいかもしれないわね。分かったわ。隊長たちには報告しておくから、M3は支援に回って。私達はここで見張っておくから」

「ありがとうございます、先輩! とりあえず、オイ車とペパロニさんたちが戦っている所が近いので、そちらに向かってみます!」

 ぱっと梓の表情が明るくなった。他の戦況の事がそれだけ心配だったのだろう。早々にM3Leeは裏門からラーテゾーンへと続く人工池の橋へと向かってゆく。

 それを見届け、そど子は喉頭マイクに手を添える。

「こちらカモチーム、裏門への接近する車両なし。ウサギチームを支援に回しました。こちらは引き続き裏門からの侵入が無いか監視を続けます」

 

 ──そうしてそど子の視線が園内へ向いた隙に、一両の戦車が入り込んだ事に彼女は気付かなかった。

 

 

「フヒヒッ、大丈夫……かな」

 裏門の端、チケット売り場の影からバスの隙間へとT-34/85を潜り込ませつつ車長席のトウコは呟いた。

「こちらトウコ。裏門からの侵入に成功。このままオイ車と合流するよ」

『分かった。思ったより敵の抵抗が激しい。正門、及び通用門からの侵入にアズミ達は手間取っているようだ。お前はオイ車の進攻方向を制御し、奴らを後ろから崩せ』

 いつもと変わらぬ口調で愛里寿が答える。彼女のセンチュリオンは前線に出てきてはいない。おそらく、戦場を俯瞰できるような遠方から戦況を確認しているのだろう。

 トウコは耳を澄ました。遠雷めいた砲声が、各所から僅かに届く。心地よい音だ。血を滾らせる、戦場の楽しい音だ。

「……フヒッ」

 アンテナめいた髪飾りを揺らしつつ、トウコは楽し気に笑った。

 

 

 ここで改めて、遊園地の大まかな構造を解説しておこう。

 敷地はやや縦長の楕円形。外周は厚い壁に包まれている。

 その作りは二重円によって区分けされた中央広場周辺と、それ以外の各エリアに大きく分けられる。

 南の正門から長いメインストリート抜けた先にある中央広場には富士山を模した見晴らし台、メリーゴーランドやフリーフォール、バイキング等の遊具の数々、そしてそれを囲むように各種売店跡が並んでいる。その広さは、そこだけでちょっとした遊園地と比べられる程だ。

 

 西とペパロニ達がオイ車と遭遇したラーテゾーンは、その中央広場から見て北西に位置する。その周辺には太陽の塔などの日本各地の名所を模した建造物などが並び、また釣り堀なども用意されている。

 そこから西に向かうと動物の模型が並ぶ動物ゾーン、更に人工池の橋を越えて裏門へと至る。

 この人工池は広さはそれなりにあるものの、深さは2mほども無い。チハ程度の車高でも砲塔を突き出して走行できる程度である。

 

 人工池から視線を左、北西部にやると小高い丘の上にジェットコースター乗り場と観覧車が見える。

 ジェットコースターは園内を半周する程長いレーンが組まれており、観覧車も直径約120m超。開園当時は“国内最大級の観覧車”として有名になったほど巨大なものだ。その大きさは、南端の正門からでも確認できる。

 丘の向こうには野外音楽堂があり、屋外コンサート等に使用されていたようだ。

 

 逆に人工池から右、南西部を見るとそこにはヨーロッパの城砦をイメージしたアトラクション「ニュルンベルグの城砦」や西部劇の世界を再現したウェスタンゾーン、江戸時代の下町を再現した江戸エリア、イベント用のコンコルド広場などの各エリアが広がっている。江戸エリアを越えると、最初にアンチョビ達が入って来たメインストリートへと戻る。

 

 そのままメンストリートを跨ぎ、遊園地の南東部に踏み入ると昭和40年代の街並みを再現した「なつかし横丁」、廃園後もなお青々とした木々が茂る巨大迷路「ボガージュ迷路」、子供向け戦車アニメ“せんしゃトータス”をテーマとした小型テーマパーク「トータスランド」等が出迎えてくれる。

 特にボガージュ迷路の広大さは遊園地の当時の目玉のひとつで、本当に遭難者が出たという都市伝説が生まれたという。

 

 ボガージュ迷路を横目にそのまま外周をぐるりと回り北東部に向かうと、大きな城が出迎える。こちらは江戸エリアと異なり戦国時代を意識したようだ。それでもテーマが微妙に被っているアトラクションが点在しているのは、当時の大らかさならではと言えるだろう。

 その城を越えたところに、現在エルヴィンやダージリン達が迎撃を行っている通用門がある。主に搬入出に使われるだけに周辺にはそれ以外のアトラクションや遊具は多くはないが、それでもホラーハウスやミラーハウス等の屋内系遊具が用意されていたようだ。

 

 

 その遊園地西部、人工池の橋を越えたM3Leeは単騎でラーテゾーンを目指していた。

 

「ペパロニさん、西さん、こちらウサギチーム。今からそちらの支援に向かいます!」

『助かるッス!』

 ペパロニの声が即座に返ってくる。直後、そこにしずかが割って入った。

『ウサギ殿、今どこにいる!?』

「え? い、今、動物エリアの近くを……」

 

『下がれ! 150mm砲がそちら方面に向けられている!』

 

 それを聞いた瞬間、梓は操縦席の桂里奈に叫んだ。

「ッ!? 桂里奈、後退!」

「あいっ!」 

 気合の声と共に操縦桿を動かす桂利奈。急ブレーキがかかり、強烈なGがかかる。

 

「………!」

 

 主砲に装填をしようとしていた紗希がバランスを崩した。危うく車内に頭をぶつけるかと思われたが、「ぽふっ」と音が出そうな柔らかな感触が彼女を支える。

「わっ! 紗希、大丈夫!?」

「………」

 主砲の砲手席から身を起こしかけていたあゆみの胸に顔を埋めつつ、紗希は首を縦に振る。

 その次の瞬間、M3Leeの先にあったシマウマの群れが粉々に吹き飛んだ。

「シマウマがー!」

「あれ模型だよ、あや~」

 悲鳴をあげるあやに優季がツッコミを入れる。

「くっ……!」

 梓は警戒しつつ砲塔から身を出した。砲撃の方角を見て、その表情に戦慄が浮かぶ。

「あれが……オイ車!」

 

 それは、梓には怪獣に見えた。

 “見張り塔”とも呼ばれるM3Leeの車高の高さをして、なお見上げねばならない巨体。そこから突き出た150mm砲と副砲の二門の47mm砲がそれぞれ包囲するペパロニ達の車両に向けられ火を放つ様は、三つ首竜を思わせる。

 無論、彼女がこの戦車を見るのは初めてではない。

 しかし、モニターの映像と実際に相対するのではここまで違うものか。

 

「あ……」

 その威容に、梓は思わず言葉を失った。

「梓、どうする!?」

 胸元に紗希を置いたまま、あゆみが尋ねる。その言葉で、ようやく梓は我に返った。

「え!? あ、こ、このまま前進! 射程に入ったら砲撃!」

「了解! 紗希、頼んだよ!」

「………」

 身を起こし、紗希は再び装填に取り掛かった。

 周囲の景色が変わる。動物ゾーンを抜け、日本各地の名スポットを再現した建造物エリアに入る。

「きゃ……!」

 西郷隆盛像のレプリカが土台ごと吹き飛ぶ。その粉塵の中から、後退してきたP40の姿が現れる。

「ペパロニさん! 戦況はどうですか!?」

「見ての通りの大苦戦ッスよ!」

 車上のペパロニに梓が叫ぶ。ペパロニは視線を前から逸らす事無く答えると、頬を流れる汗を拭った。

「ひるむな! 一斉砲撃!」

 西の号令で、チハと九五式、テケ車が呼吸の合った砲撃を放つ。しかし道いっぱいに広がり、正面をこちらに向けたオイ車には全く通用せず弾き返される。

 

「ハハハハハッ! どうした、さっきまでの威勢は!?」

 

 そのオイ車の上から届く哄笑。辻つつじの勝ち誇る声だ。

「梓、装填完了!」

「こっちも完了ー!」

 下からのあゆみとあやの声。梓は間髪入れず指示を出した。

「撃て!」

 M3Leeが装備する75mm砲と37mm砲、二本の砲門から同時に放たれる砲撃、それは狙い過たずオイ車に撃ち込まれた。

 

だが───

 

「新手か……クク、しかし無駄だ! その程度の攻撃で我がオイ車が倒れるものか!」

 

 しかしオイ車は、まるで何も無かったかのように前進を続ける。47mm副砲が、竜が首をもたげるようにM3Leeの側に向いた。

「桂利奈、回避行動っ!」

「あいーっ!」

 47mm砲が放たれる。桂利奈は咄嗟に回避を試みる。

「くっ!?」

 しかしそれは命中した。51mmの前面傾斜装甲が何とか防いでくれたが、弾痕が痛々しく装甲に残る。

 

「(駄目だ……これじゃ勝てない!)」

 

 梓は絶望感と共に、埋めようのない性能差を痛感した。正門側のみほやエミはまだ撃ち合いを続けている。通用門側のダージリン達はT-28とパーシング部隊の相手で手一杯。少なくともあと暫く、何とか自分たちだけでこのオイ車を相手取らないといけない。

 だが、どうすればいい? どうすればこの圧倒的質量を相手に勝てる?

 

「………」

 ぴくり、と紗希が首を上げた。装填の手を止め、覗き窓へと向かう。

「ちょ、紗希!?」

 あゆみの声を聴いているのかいないのか、紗希は首を横に振ると窓から外の光景を見た。

 蹂躙するオイ車、焦るペパロニ、懸命に敵の攻撃を引き付けるしずかのテケ車とローズヒップのクルセイダー。

 そして、その更に向こうの光景を。

 

 

「……かんらんしゃ」

 

 

 紗希は小さく呟き、梓のところへと上がっていった。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第二十七話 終わり

次回「回るウサギとイワシの決断」に続く


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