カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二十四話 別れの暴君、アヒルの死闘

「流石ね、高校戦車道の怪物と言われるだけの事はある」

 

 丘の南側、白旗を上げるパーシングを視界に収めつつ中隊長のメグミは言った。雨が強くなってきた。被るポンチョに雨粒が跳ねる。

 姉のまほが先行して砲撃、そちらに敵の意識を向けさせたところで妹のみほが正確な砲撃を仕掛ける。みほの砲撃の精度も驚きに値するが、それ以上にまほの守りの硬さと高校生とは思えない胆力にメグミは敵ながら感心した。

 パーシングの52.5口径90mm砲は1800mの距離で112mmの装甲を貫く。対してティーガーの正面装甲は100mm。

 無論これはカタログスペック上での話であり、砲撃の角度や防御側の体勢などでティーガーでも防衛は可能である。だからといって、攻撃に身を晒すのには当然リスクが伴う。それを迷いなく行えるのは搭乗するティーガーの性能を完全に把握しているのと同時に、妹のみほを厚く信頼しているのだろう。

「……とはいえ」

 

 爆発、蒸気と共に雨水を吸った土砂が数m跳ね上がる。

 

 それに合わせて扇状に展開したパーシングが一斉に攻撃を仕掛けた。前進しようとしていたティーガーの動きが止まり、後退を余儀なくされる。

 カール自走臼砲の砲撃は、牽制として東西に少し撃ちながら主に丘上を狙っている。頂上付近は遮蔽物も少なく、遠距離砲撃には絶好の場所だ。

 これがある限り、彼女ら中央の部隊は一気に進む事はできない。

 西側のルミの部隊は広く展開し、隊長車のⅣ号戦車を中心とした部隊の足止めに成功している。アズミが相手をしていた東側の部隊は消耗が激しく、再合流を優先したのか戦線から一旦離れているようだ。

『こちらアズミ中隊。丘の北側に回り込んだわ。このまま敵背面から攻撃を行います』

 アズミからの声。メグミは頷き、僚機に通信を送った。

「各車広く展開。無理に突出せずゆっくりと包囲、足止めを行え」

 これでほぼ趨勢は決した。隊長の逸見エリカや副隊長のアンチョビは健在とはいえ、彼女らの戦力として大きなウェイトを占める西住姉妹を中心とする部隊が全滅すれば総崩れは時間の問題だ。

 メグミは静かに笑みを浮かべ、パーシングを前進させ始めた。

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第二十四話 別れの暴君、アヒルの死闘

 

 

 観客席に無数の傘が広がる。

 その傘の下、大型モニターを見詰める観客の表情には驚きと戸惑いが見え隠れする。原因は言うまでもなくカール自走臼砲という規格外の車両の存在だ。

「……あの車両を急に認可させたのは、この試合のためだったんですな?」

 戦車道連盟のテント内。湿った空気を扇子で散らしつつ理事長・児玉七郎は横に座る辻に尋ねた。

「言いがかりはよして頂きたい」

 涼しい顔で答える辻。

「しかし、オープントップを戦車と認めて良いのですか?」

「考え方次第ですよ。それに、戦闘室は密閉型に改造しています」

 

 文科省の息のかかった連盟役員が、彼らにとって都合の良いレギュレーションを設定したり、通常であれば認可の難しい車両を認可させたりしようとする事自体は珍しくはない。幸いにして連盟内は西住しほを筆頭に良識派が一定数存在しており、それらの可否はしっかりと吟味された上で判断される。

 しかし、このカール自走臼砲の認可通過については今までになく性急で、かつ強引だった。「世界大会で各国が使用してくる特殊車両に対抗するため」という名目で、僅か数日で過半数の役員の承認を得て認可のハンコを理事長に押させたのだ。おそらく、一部の役員には何かしらの働きかけもあったろう。

 

このまま丘中央の部隊が挟撃で全滅でもすれば、確実に大洗は総崩れとなるだろう。

それを阻止するには、何とかカールを撃破せねばならない。

「……すまない」

 誰にともでもなく呟く。例え戦車道連盟の理事長だろうと、試合中は只の観客に過ぎない。

 モニターの映像が両戦力の動きを示す図面に移り変わる。丘の中央の大洗の部隊に、南北から挟み込みにかかる大学側の部隊。

 祈る事しかできない自身の無力さに歯噛みしつつ、それでも理事長は大洗の勝利を祈った。

 

 

 雨中を走るT-34/85に至近弾が撃ち込まれた。

「ちょ、ちょっと、もうここまで来たの!?」

 車中のカチューシャが焦りの声をあげた。

 雨が視界を妨げこちらの味方をしてくれているが、それを差し引いてもパーシングの90mm砲は脅威だ。T-34の装甲は砲塔こそ最大厚90mmだが、車体は最大厚45mm。一発食らえば白旗が上がる。

 既に彼女らカマンベール中隊は丘を降り、山道をゆっくりと進んでいた。西住姉妹が前方の敵陣に隙間をつくり、そこに滑り込もうとする格好だ。

 しかしその進みは遅い。決して積極的に攻めようとせず、こちらの足止めを狙ってくる前方の部隊の牽制もさることながら、それ以上に何時、何処に降ってくるか分からないカールの砲撃が彼女らに警戒を余儀なくさせていた。

「このっ!」

 撃ってきた方向に向けて、カチューシャのT-34の85mm砲が火を吹く。

 しかし走行中に大体で撃って当たるものではない。数秒後、統制のとれた一斉砲撃がT-34の周囲に立て続けに撃ち込まれた。

「わああっ!?」

 思わず悲鳴を上げるカチューシャ。

『無暗に撃つな。逆に位置を知らせるだけだ』

「わ、分かってるわよ!」

 まほからの通信に、精一杯の強気を込めて答える。

『私と中隊長でもう一両撃破して、前方の道を作ります! 上空からの砲撃に注意しつつ、一気に抜けてください!』

 続けてみほからの声。その間も周囲には絶えず着弾音が響き、状況の厳しさを車内にも伝えてくる。

 

 部隊最後尾、IS-2の砲塔を90mm徹甲弾が掠め火花を散らす。

「………」

 その車内、ノンナは砲手席に座りつつ大きく息を吸った。IS-2は車体の搭載の狭さから28発しか砲弾を装備していない。ノンナは隊長兼車長として平時は車長席に座るが、勝負所ではその弾数の少なさを補うため自ら砲手となるのだ。

「どうやら、ここまでですね」

 いつもと変わらない落ち着いた口調。しかし、それはノンナが戦車乗りとして、またプラウダの隊長として身に着けた鉄の仮面だ。内面には焦燥、そして覚悟が渦を巻く。

 彼女、ノンナは戦場を俯瞰し把握する能力に長ける。プラウダ屈指の狙撃手として、敵の動きを読む中で磨かれた能力だ。そしてその能力は、非情な結論を叩き出していた。

 

 西住姉妹が前方の敵陣を切り開き、退路を確保するまでどんなに早くても数分~十数分。

 後方の敵部隊は推定6両、チャーフィーはチェダー中隊に撃破されたので、全てパーシング。数分もあれば、あと数回の一斉砲撃をかける事は可能だ。雨の障害があるとはいえ、既に相手はこちらを見下ろしている。

 一方、カールからの砲撃を警戒してこちらは最大速度を出せていない。このままでは脱出までに数両が犠牲になる。

 

 それを阻止するには───

 

 ノンナは砲手席に通信を回させ、マイクを手に取った。

「中隊長、こちら最後尾のIS-2。これより北側の敵部隊に突撃を敢行、足止めを行います。その間に撤退を」

『のんな隊長?』

『ちょ、ノンナ!?』

 IS-2の前方を走る2両のT-34/85から、クラーラとカチューシャがそれぞれ驚きを返してくる。そこに込められているのは、動揺と拒否の響きだ。

 本当に良い同志だ。ノンナはそう思いつつ言葉を続ける。

「それが我々の被害を最小限に抑える唯一の手段です」

『だったら私がやるわ!』

「カチューシャ、貴女のT-34単騎ではパーシングを止められません」

 あえてノンナは切り捨てるように言った。普段のカチューシャであれば、こう言えば引き下がる。

『2,3発堪えられれば十分! ノンナ! プラウダの隊長としての責務を、貴女が果たさないでどうするのよ!』

 しかし、カチューシャは下がらなかった。何時になく強く、ノンナに訴える。

 

 

 ──ああ、やはり貴女は隊長になるべき人だった。

 

 

「……隊長だからですよ、カチューシャ」

 内心の思いを表に出さず、静かにノンナは答えた。衝撃がIS-2を揺らす。より砲撃が近くなってきた。

「私は前の大会まで、仲間を使い捨ての駒としてしか扱っていませんでした。それが結果として、あの時の敗北に繋がりました」

『ノンナ……!』

「カチューシャ、貴女はこの戦いに欠けてはいけない存在です。貴女のウラル山脈より高い理想とバイカル湖より深い思慮が、この先に必要になります」

『………』

「この試合に挑もうと決めたのは貴女です……隊長として、せめてそれを見送らせてください。だから早く、撤退を」

『……分かったわ。ノンナ、待っていて』

 カチューシャは震える声で答えた。僅かに鼻をすする音。泣いているのかもしれない。

 ノンナは一旦通信を終え、今度はカチューシャの傍らを進むもう一両のT-34へ指向性の通信を送った。流暢なロシア語でクラーラに声をかける。

 

「聞こえますか、クラーラ?」

『聞コエテオリマス。のんな隊長』

「残念ですが、私はここまでです。貴女の務めは分かっていますね?」

『ハイ、オ任セ下サイ。何ガ有ロウトモ、かちゅーしゃ様ヲ最後ノ戦イマデ送リ届ケマス』

「美味しい役を回すのです。頼みますよ?」

『……コノ身ヲ犠牲ニシテデモ』

 

 そう答えるクラーラの声に迷いは無い。ノンナは頷くと通信を終え、搭乗員に言った。

「後顧の憂いは無くなりました。これより敵陣に突撃を敢行、相手の砲撃を集中させます」

Да(了解)

 特攻という指令に対し、当たり前のように短く答える操縦手。ノンナはその無表情に僅かな申し訳なさを浮かべた。

「……すみません、皆さん」

 その言葉を受け席を彼女に譲っていた砲手、そして装填に取り掛かっていた装填手は一瞬きょとんとして、やがて苦笑した。

「らしくないですよ、隊長」

「カチューシャ副隊長を好きなのは、皆同じですから」

「……ありがとうございます」

 頭を下げつつノンナは思う。かつて強権を振りかざしていた頃、こんな風にメンバーと話をする事があったろうか。大洗との戦いでの敗北は、自身が思っていた以上にプラウダと自分を変えたのかもしれない。ノンナにはそう思えた。

「行きます!」

「……お願いします」

 操縦手の声に応え、ノンナは照準に顔を近づけ、トリガーに指を沿えた。

 

 エンジンが唸る。

 雨に濡れる地面に履帯の跡を深く残しつつ、カマンベール中隊の進行方向とは逆に向けてIS-2は走り出した。至近にパーシングの砲撃が撃ち込まれ、土砂を巻き上げさせる。

 相手も動いている。そう簡単に直撃はしない。ノンナは呼吸を整えつつ攻撃が来た方向に砲塔を回転させた。雨によって視界は悪い。だがこの程度、時として豪雪が降るプラウダ演習場の悪環境に比べれば。

 

「……ひとつ」

 

 僅かに見える影に向けて、IS-2の122mm砲が火を吹いた。数秒後、微かに聞こえる小銃めいた白旗の噴出音。

 大学側の動きが変わった。侵攻の足がやや遅くなり、標的がノンナのIS-2に向けられるのを感じる。

 ノンナは装填を待ちつつ周囲の地形を探った。パーシングの砲撃で大きく抉られ、即席の塹壕となっている所を見つけ出す。

「右手前の窪みに車体を隠してください」

「了解!」

 滑り込むようにIS-2の下半分をそこに突っ込ませる。直後、IS-2の砲塔に90mm徹甲弾が直撃した。車内を激しい衝撃が揺らすが、160mmの防盾はそれに耐えきった。

「後退!」

 ノンナは素早く指示を飛ばしつつ、再び照準を合わせる。如何なIS-2でも側面や後背は弱い。もっと時間を稼がなければならない。あと一分でも、二分でも。

 直撃させてきた車両は垂直に近い角度から撃ち込んできていた。ならばその位置の把握は容易。

 

「……ふたつ!」

 

 再びIS-2が吼える。パーシングの正面は最大厚112mm、IS-2の122mm徹甲弾でも些か厳しいが、それでも貫通不能な厚さではない。白旗の音。

 遠くで別の砲声が聞こえる。ティーガーの88mmだろうか。こちらに攻撃が集中した事で、部隊は速度を上げる事ができたようだ。あの西住姉妹なら、問題なく撤退させうるだろう。

 幾つもの砲門がこちらに向けられているのを感じる。ノンナは僅かに額に汗を浮かべつつ、次弾装填を待つ。

 これで後方の追撃部隊は残り4両。おそらく、全ての車両の攻撃をこちらに向ける事が出来ている。

「くっ……!」

 激しい横揺れ。側面に食らったか。まだ、まだあと少し。

 

Для правды.!(プラウダの為に)

Для правды.!(プラウダの為に)

 

 ノンナの叫びに搭乗員が唱和する。

 装填が完了した。後方から山を下りつつ向かってくるパーシングの中から、中隊長が搭乗する車両を探る。 

「……あれですね」

 部隊の中央、他の車両が無意識に守ろうとしているパーシング。それをノンナは見定め、砲塔を回転させる。

 その時、弾けるような音と共に車体が大きく揺れた。履帯をやられたか。

 しかしその中で、ノンナは微動だにせず照準を合わせ標的を見据えていた。砲塔の転回が止まる。

「これで……!」

 

 直後、耳を裂くほどの爆発音。

 今までと比較にならぬ程の衝撃。46tの重量のIS-2が僅かに浮き上がる。

 数秒の静寂の後、IS-2は三度目の砲撃を行えぬまま白旗を上げた。

 

「怪我は、ありませんか?」

 衝撃が治まるのを待ち、ノンナは搭乗員の安全を確認した。

「……全員大丈夫です、隊長」

 僅かの間を置いて返ってくる応答。しかし、その表情は重い。

 何なのかは考えるまでもない。カール自走臼砲の600mmコンクリート貫通弾が直撃したのだ。内部に損傷が達していないのは、流石は連盟自慢のカーボンコーティングと言ったところか。

「………」

 ノンナは考える。やはり、このカール自走臼砲の攻撃を何とかしない事には体勢の立て直しも難しい。先に部隊から抜け出したあのⅡ号戦車、喧しい双子は他の車両と無事に合流できただろうか。そして──果たして、カールを撃破できるだろうか。

 ともあれ、自分はここまでだ。

「……貴女の勝利を信じます、カチューシャ」

 ノンナはそう言うと、大きく息を吐きシートに身体を預けた。

 

 

「ちょっと、本気で言ってるの!?」

「私たちだけに危険な役を回してるでしょ!?」

「……ふーん、それじゃ『私たちの腕じゃ出来ない』って事?」

「「出来るに決まってるじゃない!」」

 Ⅱ号戦車のハッチから顔を出す柏葉姉妹の抗議に、杏はあえて挑発的に尋ねた。即座に強気な返事が返ってくる。

 カールの砲撃位置からやや離れた林の中、ヘッツァー、九五式軽戦車、Ⅱ号戦車、八九式中戦車で編成された彼女らリコッタ小隊は木陰で雨を避けつつ作戦の確認を行っていた。

 その間にもカールは数度の装填と発射を行っていた。時間は無い、各自の役割を即座に割り振り、間を置かずすぐに実行に移さねばならなかった。

 

「さて、それじゃ始めようか! 近藤ちゃん、これって作戦名は?」

「“ダブル時間差”作戦でお願いします!」

「了解であります!」

「アンタたち、ちゃんと仕事しなさいよ!」

「こっちがちゃんと仕事しても、アンタ達がダメなら意味無いんだから!」

 

 杏の問いかけに典子は間を置かず答えた。元々考えていたのかもしれない。福田は敬礼と共に九五式の車内に戻り、移動を開始する。柏葉姉妹は口々に言うとハッチを閉じ、Ⅱ号戦車のエンジンを唸らせ始めた。彼女ら姉妹がこの作戦の切り込み役だ。

「よろしくお願いします!」

 発案者である典子は深々と頭を下げ、自身も八九式の車内に戻った。

 それを確認し、杏が改めて通信機のマイクを手に取る。

「……ダブル時間差作戦、開始ーっ!」

 

 

「ああもう! これってあの干し芋女にいい様に扱われてない!?」

「大洗の生徒会長だか何だか知らないけど、本っ当に偉そうにしてさ!」

 髪を右に小さく結わえている方、柏葉剣子が言うと左に結わえている方、柏葉金子がそれに同意して悪態をつく。

 

「………」

「………」

 

 僅かの沈黙。木々の間を走るⅡ号戦車の前方が開け始めた。その先には河川跡の中央に位置する中洲の高地が見える。

 

「……でも、負けるのはもっと腹が立つわよね」

「……当たり前じゃない」

 

 小さな声で言葉を交わす。

 実のところ、彼女ら柏葉姉妹は戦車道に関してはずぶの素人である。

 むしろ当初、彼女らはベルウォールの戦車道を潰そうとしていた存在だ。同校の自動車部で部長&副部長をしていた彼女らは戦車道の演習で利用している敷地を狙って様々な嫌がらせを仕掛け、結果エミのティーガーと戦車道の廃止を賭けたレース勝負を行い、負けた事で半ば強引に戦車道に協力する事になったのだ。

 故に彼女らは戦車道での戦いの駆け引きなどは全く知らない。戦車の性能も含め、1対1の勝負においては今回の大洗勢では最弱であろう。

 

 しかしそれは、彼女らが「無能」である事と直結するか?

 

 それは「否」である。

 確かに彼女ら姉妹は「戦車」を知らない。

 しかし彼女らは「車」を知る。

 気難しいエンジンの機嫌の取り方を。どうすれば自分の乗る車が最大のパフォーマンスを発揮できるかを。

 それが例え、戦「車」であろうとも。

 

 川べりの土が盛り上がった所に向けてⅡ号戦車が全速で進む。

「あそこから行くわよ!」

「了解!」

 剣子の声に、金子は身を低くして衝撃に備える。

 直後、Ⅱ号戦車は宙を舞った。

 

 

「何!?」

 眼鏡をかけた、カール護衛小隊の部隊長は突如として現れたⅡ号戦車に驚きの声をあげた。

 川べりから中洲まで飛び込んできたⅡ号戦車は、そのまま走りながら闇雲な銃撃を仕掛けてきた。パーシングの表面に火花が散る。 

 それに護衛の三両のうち一両が反応した。

「こ、このおっ!」

「まっ、待て! 挑発に乗るな!」

「大丈夫です、すぐ仕留めます!」

 Ⅱ号戦車の20mm機関砲ではパーシングの装甲を抜く事はできない。慌てて部隊長が制止しようとするが、相手が弱敵という事もあるのだろう。撃たれたパーシングの車長は既にⅡ号戦車を追い、中洲を下り始めていた。

「陽動の可能性がある。周囲を警戒しろ!」

『了解!』

 僚機に指示を送り、砲塔から身を出しつつ周囲に視線を向ける。

 

 直後、中洲を挟んだ左右の川岸から2両の戦車が走り出してきた。九五式軽戦車と、八九式中戦車。

 

「やはり陽動か! カールを撃たせるな!」

 カールを守るように二両のパーシングはその巨体の付近で備えた。対して二両の日本戦車は砲撃を始めた。最大速度で走りながら撃っているのだろう。中洲に何発かは届かず、その届いた砲弾もパーシングに弾かれる。

 それぞれの貫通力は九五式で最大42mm、八九式に至っては25mm。パーシングの最も薄い所で51mmなので、余程当たり所が悪くなければ撃破はされない。

 当然ながら相手も分かっている筈だ。しかし、それでもなお九五式と八九式は更に撃ち続けている。発砲音と炸裂音が間断なく響き、雨に濡れた土砂を巻き上げる。駒かな狙いをつけてもいないのだろう。命中率は相当に悪い。

 その無為の努力とも言っていい攻撃に、部隊長は違和感を覚えた。

「……まさか、これも陽動か?」

 左右の二両の動きを探りつつ、部隊長は周囲に警戒を向けた。弱まりつつある雨の中、双眼鏡を構えて一帯を見回す。

 

「……?」

 

 何かが見えた。更に目を凝らす。

 カールの正面から続く陸橋。その先に何かが……

 

「あれは……!」

 

 木々の隙間、小柄な戦車がこちらに砲門を向けていた。ヘッツァーの75mm。

「まずい! カール正面にヘッツァー!」

『自分が行きます!』

 部隊長の声に、咄嗟に防衛していたもう一両のパーシングがカールの正面に回る。ほぼ同時にヘッツァーから放たれる75mm徹甲弾。

『くっ……!』

 それを車体側面から受けたパーシングは、大きく揺れると白旗を上げた。ヘッツァーの75mmは1000mの距離から85mmの装甲を貫通する。流石に相手が悪い。

 しかし、これで相手の奇襲は潰せた。部隊長のパーシングは砲塔を回転させるとヘッツァーに向けて90mm砲を放った。慌てて下がり、林へ隠れるヘッツァー。

 

「敵の伏兵のヘッツァーだ! 一両やられた。Ⅱ号を追いかけず、こちらに戻れ!」

『わ、判りました!』

 

 流石に優先順位を間違えていた事に気付いたのだろう。Ⅱ号戦車を追いかけていたパーシングの車長が慌てて答える。だが、部隊長がそちらを見た時にはⅡ号戦車と共に相当に遠くまで行ってしまっていた。すぐには戻れないか。

 とはいえ、既にカールの正面は撃破されたパーシングが蓋となって塞いでいる。相手は軽戦車三両に砲塔の回らない駆逐戦車。パーシング二両であれば十分勝てる相手だ。

 その間も、九五式と八九式は果敢な攻撃を仕掛けてきていた。奇襲の失敗の連携が取れていないのだろうか。相変わらず乱れ撃ちめいた雑な発砲を続けている。

 部隊長はヘッツァーに向けて榴弾を撃ち続ける。その側面を八九式の弾が掠めた。先ほどからカールには一発も当たっていない。発砲音は更に続く。

 ふと、部隊長は先程とは別の違和感を覚えた。

 

 

 ──幾ら何でも、外しすぎじゃないか?

 

 

「キャプテン、これ以上は危険です!」

「離脱しないと、私たちまで巻き込まれます!」

「まだだ! 気付かれる前に全弾打ち込むぞ! 根性ーっ!」

 あけびと妙子の悲鳴に典子の激が飛んだ。拳で徹甲榴弾を押し込み、即座に次弾の準備を行う。

「はっ、はいっ!」

 その叱咤に、あけびは答えつつ照準を合わせ「あえて」カールを外した砲撃を中洲に打ち込んだ。既に十数発は撃ち込んでいる筈だ。

 

 

 確かに彼女ら四両の戦力で、カールと護衛を撃破するのは難しいだろう。

 しかし、その124tの巨体を支える、雨を十分に吸った不整地の土台ならば?

 一発一発は小さなヒビしか作れまい。だが、ヒビは繋がれば亀裂となる。

 

 

「根性……!」

 更に装填、榴弾を撃ち込む。

「根性っ……!」

 更に装填、榴弾を撃ち込む。

「超っ……!」

 更に装填、榴弾を撃ち込む。

「超、根性ーっ!」

 渾身の叫びと共に、典子は弾を込め続ける。

 その耳に、地崩れが始まる音が伝わる。

 

 

 ──ヒビが、繋がった。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第二十四話 終わり

次回「イワシの敬意と笑う道化師」に続く


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