カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十八話 結集

 北海道、苫小牧港。

 戦車道連盟・北海道演習場を利用する試合の場合、学園艦はここに寄港してから陸路で向かう事になる。そこに就航しているアンツィオ学園艦。

 西住みほを含めた逸見エリカら大洗戦車道メンバーとペパロニ達アンツィオの面々、楯無高校の鶴姫しずかと鈴、それにベルウォール学園の中須賀エミを加えた少女達は翌日の試合に向けてここに到着していた。

 

「……は?」

 

 彼女らを出迎えた人物の言葉に、エリカは表情を強張らせた。

 

「はい。殲滅戦でお願いします」

 

 その反応は予想の範疇だったのだろう。学園艦管理局長・辻廉太は欠片も表情を動かす事無く、もう一度同じ言葉を口にした。その横ではつるりとした頭を汗で光らせながら、戦車道連盟理事長である児玉七郎が申し訳なさそうな表情で様子を伺っている。

「殲滅戦って何だっけ?」

「フラッグ戦は相手のフラッグ車を倒せば勝ちだけど、殲滅戦は相手を全部倒さないといけないんだよ」

 桂利奈の呟きに、横のあゆみが答える。

 エリカはようやく我に返り、慌てつつ辻に問い返した。

「ちょ、ちょっと待ってください! 只でさえ数で負けている大学側に、フラッグ戦でなく殲滅戦でやれって言うの!?」

「プロリーグを想定した演習のため、勝利条件についてもそれに準じたものにしたいと大学側から要望がありました」

「もうプロリーグの試合は殲滅戦で決定しているんだって……」

 理事長がため息と共に言う。既に連盟への根回しは終わっているようだ。

 

「(全く、本当に手段を選んでこないねえ)」

 

 エリカの一歩後ろで不敵な笑みを表向き保ちつつ、杏は辻の言葉の裏側を探った。

 プロリーグのレギュレーションについてはともかく、おそらく「大学側が~」というのは建前であろう。何らかの代償を条件に、大学側に泥を被せていると考えるべきか。

 

「試合を辞退する場合は、早めに申し出るように」

 そう言い残すと、辻は彼女らに背を向けた。理事長はそれに続く直前、素早くエリカに近づくと小声で言った。

「提出のあった短期転校の書類の認可印は全て押しておいたよ。すまない、私にはこの程度しか……」

「……いいえ、ありがとうございます」

 その言葉に、エリカは落ち着きを取り戻し頭を下げる。理事長は汗を拭きながら、こちらの様子を気遣うように何度も振り向きつつ辻の後ろに続いた。

 文科省との板挟みで様々なしがらみが有る中、大洗側に利する行為をするだけでも大変だったろう。学生の身ではあるが、その大変さはエリカにも理解できた。

 

「逸見殿」

 その時、黙って一連の流れを見ていたしずかが険しい顔でエリカに声をかけた。

「今ならまだ間合いだが……あの役人、斬るか?」

「それはやめて」

 本気の響きがあったので、流石に即答で制止する。

 

「し、しかし逸見……大丈夫なのか?」

 殲滅戦への変更でまた心が折れたのか、へたへたと腰を落とした桃が言った。少しだけ迷いかけ、エリカは首を振ると振り返って手を叩いた。パンという鋭い音が室内に響く。

「みんな! やれるだけの事はやるわよ。全員、各車両の整備に取り掛かって!」

 迷っている時間も、悩んでいる時間も惜しい。今は自分たちのできる行動を、全力でやる。それだけだ。

 

 

 そう、迷っている時間など無いのだ。

 泣こうが喚こうが、明日の朝には試合が始まるのだから。

 

 

「(なのに……)」

 皆に号令をかけつつ、エリカは内心でため息をついた。

「(……何であの馬鹿は、ここに居ないのよ?)」

 

 

 ───アンチョビは、未だに戻ってきてはいなかった。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第十八話 結集

 

 

『お掛けになった電話は電波の届かない所におられるか、電源が入っていないため……』

 

「……駄目ッスね」

 アンツィオ高校戦車道ガレージ、何度目かの自動メッセージが流れるのを確認してペパロニは受話器を置いた。

「ダージリンとの話はついて、試合には間に合わせるって言ってたわよね?」

 腕を組みつつ椅子に座ったエリカが言う。その言葉の端には抑え切れない焦りと苛立ちが滲んでいる。

 各メンバーには車両の整備と明日への準備を振り、エリカら主要なメンバーはそれ以外の対応と状況の確認のために机を囲んでいた。

「ま、チョビ子ならだいじょーぶでしょ」

 組んだ足をぶらぶらさせつつ杏は言葉を挟み、何処からか取り出した干し芋を一枚咥える。

「ごめん、ウチも到着は明日ギリギリになりそう……」

 少し離れた所で電話をしていたエミが戻り、頭を掻きつつ言った。

 

 ベルウォール学園のある広島から北海道に向かうには、無数の島が点在する瀬戸内海を抜けて太平洋回りで向かうルートになる。全長10数km、全幅数kmの学園艦にとっては瀬戸内海を抜けるだけで半日を要する。

 ベルウォールの瞳たちは準備を整え翌日の午後には出発したとの事だが、それでもエミの予想通り相当にタイトなスケジュールになった格好だ。

 まあ、逆に言えばあそこでエミが迷っていれば確実に間に合わなかったという事でもあるのだが。

 

「そう言えば、継続高校はどうした?」

「あそこも音信不通。まあ元々マイペースな連中だから……」

 桃の質問にエリカが首を振る。

「失礼致します! アンツィオ高校戦車道はこちらで宜しいでしょうか!」

「よっ、宜しいでありましょうか!?」

 

 その時、ガレージの外から聞き覚えのある大声が投げ込まれた。

「おっと、来たみたいッスね」

 エミと入れ替わるようにペパロニが席を立ち、入口に向かう。

「お待たせ致しました! 西絹代以下30名、10両の鉄獅子と共に推参です!」

「す、推参であります!」

 そこには知波単学園戦車道隊長・西絹代と隊員の福田が並び立ち、一部の隙も無い敬礼と共に直立不動で立っていた。

「……いや、10両はいらないッスよ?」

 

「遅くなった。ティーガーは既に輸送車両に搭載済だ」

「……よろしくお願いします」

 

 ツッコミを入れるペパロニに、横から別の声がかけられた。

「へ? う、うわっ、西住まほ!」

「すまない、驚かせたか……みほは、居るか?」

 不意の登場に驚くペパロニに、黒森峰女学園戦車道隊長・西住まほは少し頭を下げると中の様子を伺った。その背後ではツェスカが緊張を解かず控えている。

「お姉ちゃん!」

 それに気付いたみほが席を立ち、彼女の方に向かった。慌ててエリカもそれを追う。

「これで……何両だっけ?」

 その背中を視線で追いつつ、杏が何となく言った。しずかの横に座っていた鈴が指を折りつつ数える。

「えーっと……元々の大洗の車両が9両、アンツィオからはペパロニさんのP40とカルパッチョさんのセモヴェンテ、姫と私のテケ車、黒森峰からまほさんのティーガーと、ツェスカさんのパンター。知波単の西さんのチハと何両かだから……20両弱ってところかな」

「もし統帥やベルウォールが間に合わなければ、CV33で補う事も考えないといけませんね」

「とは言っても、数だけ揃ってもねえ……」

 カルパッチョの言葉に苦笑を浮かべつつ、杏はガレージの古びた天井を見た。

 

 確かに知波単の持ってきてくれたチハやアンツィオのM41、もしくはCV33で補えば数の上では30両を揃える事は可能だろう。しかし、大学側が主戦力として揃えているパーシングは大戦末期に製造された優秀な戦車だ。それに劣る戦車で数だけ揃えたとしても文字通りの数合わせにしかならない。

 

「……頼むよ、チョビ子」

 天井を見詰めたまま、他人に聞こえないほどの小さな声で杏は呟いた。

 

 

「……殲滅戦に?」

 大学選抜側の戦車道施設、戦車の輸送準備に取り掛かっていた愛里寿はその急な変更に小首を傾げた。

「何だか、大洗の子たちが可哀想になってくるわね」

 そう言ってアズミは肩をすくめた。

 只でさえ大幅に高校生側が不利な条件の中、一発逆転の要素を見込めたフラッグ戦から殲滅戦への変更。これで本当に相手側に勝算は無くなった事になる。

 

「え~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 恐ろしくつまらなさそうな、間延びした声が背後から届く。

 愛里寿が振り返るとT-34/85のハッチからトウコが顔を覗かせ、声の通りの失望をありありと顔に浮かべながらこちらを見ていた。

「隊長ー、そんなのつまらなくない? 言って断っちゃいなよ」

「こ、こら、トウコ!」

 継続高校OGの先輩にあたるルミが慌てつつ叱る。彼女は一年生にして大学選抜に食い込むだけの力量を持つ反面非常に気まぐれかつ不遜で、隊長である愛里寿にも歯に衣着せぬ物言いで発言をする。それがルミには気が気でない。

 

「不要だ。どんな形式になろうとも我々はすべき事を行い、やるべき試合をするだけだ」

 

 しかし、愛里寿は全く表情を変える事無くトウコに答えた。

「……そう言うんじゃ仕方ないねー」

 数秒、トウコは沈黙していたがやがて諦めたように車体に引っ込んだ。

「手は抜くな」

「分かってるよ、隊長ー!」

 車内からくぐもった声が返ってくる。

「むしろ、この条件だからと気の抜けた試合をする方が相手に失礼だ。全力で相手をしよう」

「分かりました、隊長」

 メグミが深々と一礼する。彼女自身としてはこの急な変更に違和感を覚えなくはないが、愛里寿がそうすると決めたのであれば、それが大学選抜の選択だ。それをメグミは疑わない。

「……行こう」

 最後にそう言い残すと、愛里寿は自身の搭乗する巡航戦車・センチュリオンに歩みを進めた。

 

 

「おいおい、本当に間に合うのか!?」

「大丈夫。苫小牧港に着いてから茶会を一席設けてお釣りが来ますわ」

「……頼むから本当にしてくれるなよ?」

 

 

「よーっし! 手前ら、行くぞぉぉ!」

「鐘壁ぇぇぇ!」

「行くぞーッ!」

「おーッ!」

「行くぞーッ!」

「おーッ!」

『ッしゃああぁっ!』

「(エミちゃん居ないと歯止めが効かなくなるんだよね。先輩たち……)」

 

 

───そして、次の朝が来た。

 

 

 戦車道連盟公認・北海道演習場。

 

 朝もやが漂う、森と丘陵を望む広大な草原に二組の少女の集団と戦車が並んでいた。

「両チーム代表、前へ!」

 東西に分かれた陣営のちょうど中央に立つ審判団。その審判長を務める蝶野亜美が号令をかける。

 西側の陣営からは愛里寿が小さな歩幅で、しかし悠然とした足取りで進み出た。

 東側の陣営からはエリカが遅い歩みで、まるで時間を稼ぐようにおずおずと進み出た。

「(ええっと、この際、足りない分はアンツィオのCV33と知波単のチハで埋めるとして、パーシングとの正面の撃ち合いはできないから……)」

 歩きながら、エリカは必死に頭を回転させていた。

 未だにアンチョビもベルウォールも到着していない。試合開始の宣言がされてしまえば、そこからの補充は不可能になる。相手側へのオーダーの提出はギリギリまで待たせる事が出来たが、それも始まる前には提出せねばならない。

「(そうなると、みほとまほさんのティーガーを盾として、装甲の薄い車両は側面に回りこませて奇襲を……いえ、それでも攻撃が通るかどうか……)」

 一歩足を踏み出すごとに手に汗がにじむ。考えれば考えるほど、戦力の絶望的な違いに心が折れそうになる。

 しかしそれでもエリカは何とか中央まで歩き、愛里寿と向かい合った。

 

「………」

「………」

 

 無言で視線を交わす。

「(この子……!?)」

 そこでエリカは初めて、彼女が数日前のボコミュージアムで会った少女である事に気が付いた。同時に、彼女から放たれる刺さるような戦意にも。

 それは、かつてのみほのような機械めいた意思でもなく、かといってまほが放つ静かに燃えるような闘志でもなかった。

 まるで透き通るほどに研ぎ澄まされた刃を思わせる澄んだ、洗練された戦意。

 

「(……今度ばかりは、駄目かもしれないわね)」

 

 エリカは内心でそう思い、初めて敗北の予感を感じた。

 両者を確認した亜美が手を挙げる。

「それではこれより、大学選抜チーム対大洗女子学園の……」

 

 

『待ったぁぁぁ!』

 

 

 草原に、大音響の叫びが響いた。

「!?」

 その声にエリカが驚いて振り向く。草原の彼方からこちらに向かってくる二両の戦車。前方の戦車はおそらく全速力なのだろうが、それでも高速とは言えない速さで後ろに続くクルセイダーがもどかしそうに左右に揺れている。

「……ブラックプリンス?」

 英国戦車の中でもレアな、見慣れない戦車にエリカの顔に疑問符が浮かぶ。

 

「その試合開始、待ったぁぁぁ!」

 

 そのブラックプリンス上でソ連のタンク・デサントのように車体にしがみつきながら叫ぶ、ツインテールの灰緑色の髪の少女がひとり。

「た、隊長!?」

 背後の集団の中、それに気付いた梓が驚きの声を上げる。

 やがて、その二両の戦車は彼女らの近くで停車した。よろけつつ車上のアンチョビが降りてくる。慌ててそれに駆け寄るエリカ。

「やれやれ……何とか間に合ったか」

「『間に合ったか』じゃないわよ! アンタ今まで何やって……」

「いや、それが『茶葉を仕入れないといけませんの』って言って、予定の航路から外れて外洋の交易船と……」

「はあ!?」

 そう言う間にブラックプリンスのハッチが開いた。そこから姿を現す金髪の少女と、それに続く小柄な栗色の髪の少女。

 

「西呉王子グローナ学園、キリマンジァロ以下10名。この度大洗女子学園に転校させて頂きました。この試合に参戦させていただきますわ。ペ……いえ、モカ。書類を」

「はい。短期転校の書類は全て用意してあります」

 

 そう言うと、栗色の髪の少女は小脇に抱えていた書類の束を広げた。確かに一枚目の紙には「西呉王子グローナ学園・キリマンジァロ」と書かれている。しかし──

 

「キリマン……ジァロ?」

「ダージリン……ッスよね?」

「ええ、私にもそう見えますが……」

「……ねえお姉ちゃん、あの人ってダージリンさんだよね?」

「ああ、間違いない」

 

 エミやペパロニ、みほやまほが背後で小声で言葉を交わす。

 確かに西呉王子のキリマンジァロが大のダージリンファンなのは高校戦車道界隈では有名な話だが、だからと言って彼女自身がダージリンと瓜二つという訳ではない。精々芸能人と、地方芸人のそっくりさん程度の似方だ。

 故に、ダージリンの顔を知る者たち全員が、今眼前に居るのが本物のダージリンであると認識していた。

 無論、その間近にいたエリカも。

「……何やってんのよ、ダージリン」

「今の私は『キリマンジァロ』。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

 すまし顔でキリマンジァロ──否、ダージリンは答えた。

 その後ろのクルセイダーのハッチが開き、こちらからは赤毛の少女が元気よく顔を出す。

「お待たせしましたわ! タンザニア改めローズヒップ、参戦させていただきますわ!」

「……逆よ、タンザニア」

 

 これが、アンチョビがダージリン達の手を借りる為の手段だった。

 島田流との縁のある聖グロリアーナとしては動きづらい。ならば直接は関係の無い西呉王子グローナの“キリマンジァロ”とその戦車ならばどうか。

 ブラックプリンスの貸与は二つ返事で受ける事ができた。今頃、聖グロリアーナの学園艦では本物のキリマンジァロが“ダージリン”として過ごしている事だろう。

 

 

「よーっし! 間に合ったな!」

 

 

 また別方向からの大声。見れば数両の戦車が同様にこちらに向かってくる。その車体には「鐘壁!」「夜露死苦!」などのスプレー文字。何人かの搭乗員は暴走車のハコ乗りよろしく車体から半身を出し「戦車道」「怒根性」などの文字が書かれた旗を振っている。

「すまねえ、遅くなった! ベルウォールから戦車5両と搭乗員二十数名転校だオラァ!」

「ウチのバカが寝坊してね、悪かったわ」

 先頭のヤークトパンターから身を出す音子と、それに続くエレファントから顔を覗かせる千冬がそう言いつつ手を振る。

 

 

『えー……すみません、皆さん。継続高校から転校してきました』

 

 

 拡声器からの声。

 声の方角を見れば、ゆったりとした足回りでこちらに向かってくるBT-42。

 その車内、装填手兼砲手のアキは一息つくとマイクを戻した。

「ふぅ、何とか間に合ったね」

「ふふ、風の機嫌が良かったみたいだね」

「……ミカが『弦の調子が悪い』って言って、調律に時間を使わなかったらもっと余裕だったんだけど」

「………」

 無言で車長のミカがカンテレを鳴らす。

「ミカ! 面倒なのがいるよ!」

 操縦席のミッコが背後のミカに声をかけた。指を止め、尋ね返すミカ。

「面倒?」

「トウコ先輩!」

 その名前に、ミカの顔にごく僅かな緊張が浮かぶ。

「トウコ先輩……って、あの人まだ一年だよね? もう大学選抜に入ったの!?」

「まあ、あの人なら入れるだろうさ」

 驚くアキに涼しい顔で答え、ミカは再度カンテレを鳴らした。

「……確かに、面倒になりそうだね」

 

 

「おお……これなら、何とかなるかもしれん!」

 半ば諦めかけていた桃の瞳に輝きが宿る。

「そうだね。あと二、三両はチハで補って……」

 杏が頷き、そう言いかけた時、

 

 

「待ったぁぁぁ!」

 

 

 四つ目の声が響いた。

「へ?」

 予想外の声に、杏は思わず声を漏らす。

 見れば、二両のT-34/85と一両のIS-2がこちらに物凄い勢いで向かってくる。

「あれって、まさか……」

 杏がそう思う間にも、戦闘を走るT-34/85のハッチが開き小さい影が姿を現した。

 

「人の庭の近くで好き勝手やってくれるわね! 高校戦車道・青森義勇軍『礼儀正しい少女たち』。この試合に加わらせて貰うわよ!」

 

 そう言う覆面の少女は、顔こそ隠れているものの声と身長からプラウダ高校戦車道副隊長・カチューシャである事は明確だ。しかし本人は隠しきれていると思っているのか、堂々とした風格で小さな胸を張っている。

「……どうやら、彼女を“英雄”にする事を諦めていなかったようだな。あの隊長は」

 カチューシャの後方、おそらくはノンナが搭乗しているであろうIS-2を見つつアンチョビは言った。予想外の増援だが、これで更に戦力を増強できる。

 ふと、エリカは相対していたアリスの事を思い出し、彼女の方に向き直った。

 

「………」

 

 愛里寿は無言でそれらの光景を見ていた。

 そこには一片の動揺も、また驚きも浮かんではいなかった。まるでそれらの事柄が起きる事が初めから分かっていたように。

 

「(……いいえ、違う)」

 

 そこまで考え、エリカは愛里寿の目を見てそうでない事に気付いた。

 彼女は今来たばかりの増援を既に「起きた後の事」として受け止め、彼女らが加わった大洗とどのように試合を展開させるかを考えているのだ。

 

 島田流は奇襲戦法を得意とする。それに必要とされるのは、戦車を的確に運用する技術と相手の裏をかく素早い思考だ。

 あらゆる不測の事態に備え、かつ対応できなければ相手の思考の裏を取る事はできない。

 それをこの弱冠13歳の少女は知り、実践してきたのだ。

 

「おお、アンタが島田流の天才少女か」

 彼女に気付き、アンチョビは前に出ると彼女に手を差し出した。

「アンツィオ高校……じゃなかった。今は大洗のアンチョビだ。今日はよろしく頼む」

「よろしく……うっ」

 アンチョビの手を握り返す愛里寿。その眉が僅かに動いた。顔が少し青くなる。

「トマトとチーズとアンチョビとオリーブオイル臭い……」

「ん? ああ、そりゃまあ毎日アンツィオでは作って食べてるからな。苦手か?」

「……全部苦手」

「そ、そうか……」

 一歩引く愛里寿に、アンチョビは残念そうに言った。少しヘコんだようだ。

「(……味覚は子供のままなのね)」

 エリカはそう思ったが、口には出さなかった。

 

「……はい? はい……『直前の参戦はルール違反ではないのか』ですか? 異議を唱えられるのは、相手チームだけです。ええ、ですから第三者からの試合中止はできません」

 

 一方、亜美は誰からかの電話を受けていた。どうやらダージリン達飛び込みの増援に対して、辻が異議を唱えているようだ。それに対し、涼しい顔で対応している。

「『では、大学選抜の方から異議は無いのか?』ですか……そうですね」

 応対しつつ、亜美は愛里寿の方を見た。まだ少し青い顔ながら、首を横に振る。

「構いません、このまま試合を行います」

「……だそうです」

 悪戯っぽく微笑み、亜美は携帯を切った。ふたたび手を高く掲げ、両陣営と増援に来た戦車から身を出す少女達を見渡す。

 

 

「では、改めて……これより、大学選抜対大洗女子学園の試合を開始します! 両校、礼!」

 

 

『よろしくお願いします!』 

 

 

 

【両陣営オーダー】

 

○大学選抜チーム

・A41センチュリオン(愛里寿)

・M26パーシング×22両(メグミ/アズミ/ルミ他)

・M24チャーフィー×3

・T-34/85(トウコ)

・T-28

・シークレット枠×2(???)

 

 

○大洗女子学園連合

・Ⅳ号戦車H型(トラチーム)

・CV38/20mm機関砲搭載型(イワシチーム)

・ヘッツァー(カメチーム)

・三号突撃砲F型(カバチーム)

・M3Lee(ウサギチーム)

・B1bis(カモチーム)

・八九式中戦車(アヒルチーム)

・三式中戦車(アリクイチーム)

・ポルシェティーガー(レオポンチーム)

・P40(ペパロニ)

・M41(カルパッチョ)

・ティーガーⅠ×3(みほ/まほ/エミ)

・パンターG型(ツェスカ)

・ブラックプリンス(“キリマンジァロ”ダージリン)

・クルセイダー(“タンザニア”ローズヒップ)

・T-34/85×2(カチューシャ/クラーラ)

・IS-2(ノンナ) 

・テケ車(しずか) 

・ヤークトパンター(山守)

・エレファント(土居)

・T-44(南)

・Ⅱ号戦車(柏葉姉妹)

・BT-42(ミカ)

・チハ新砲塔型(西)

・チハ旧砲塔型×2(細見・玉田)

・九五式軽戦車(福田)

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十八話 終わり

次回「踊る会議とムカデの献策」に続く


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