カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十六話 奔走作戦(4)・鈴とソーセージ、虎とアリス

「お願いします、隊長! 私もこの試合に加えてください!」

 黒森峰女学園の交換留学生・ツェスカは胸に手をあて、そう強く言った。

「分かった。だが、条件がある」

 その言葉を向けられた西住まほは僅かの時間考えると、鋭い視線を向けつつ答えた。

「試合において一切の私情を挟むな。もしお前が感情を優先して動くようであれば、それがどんな状況であれお前を車長から降ろす」

「……分かりました」

 口元を引き締め、ツェスカは答える。

 その光景を後ろから眺める三人の少女。エリカ、みほ、そしてエミ。

 ツェスカは彼女らの方に振り向くと、エミを睨みつけつつ言った。

 

「……という訳だから、よろしく」

 

「………」

 言葉とは裏腹の全く友好的でない態度に、エリカは横目でエミを見た。

(アンタ、この子に一体何やったのよ?)

(……アタシが聞きたいわよ)

 二人は視線を合わせつつ、同時にため息をついた。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る  

第十六話 奔走作戦(4)・鈴とソーセージ、虎とアリス

 

 

 このような状況になった数時間前。

 

「……で、何でアンタまで一緒に来てるの?」

「しょうがないでしょ。先輩たち、ああ言い出したら聞かないんだから」

 新幹線の三人席。中須賀エミは右隣のエリカからの問いかけに答えつつ手元の駅弁を開け、中のあなごを一口食べた。

「あはは……」

 エミの左隣、通路側のみほが苦笑する。

 

『五年ぶりの友だちなんだろ? 積もる話もあるだろうし、こっちは任せてお前は西住さんと一緒に行ってきな』

『試合に間に合うように、北海道にはちゃんとエミちゃんのティーガーも持って行っておくから!』

 

 そう言ってきた音子と瞳の姿をエミは思い出す。

「まあ、ドイツ戦車道の話は私も聞きたいところではあるけどね」

 エリカはそう言いながら自身の駅弁を広げた。エミのあなごめしに対し、こちらはしゃもじ型の容器のかきめしである。

「あの子たちから聞いたけど……アンタ、独戦車道で向こうの学校ではエースだったんでしょ?」

 何気ない質問。

「エースだったわよ。逃げてきたけど」

 しかし、エミは誇らしげとは程遠い寂しげな表情を浮かべる。

「逃げて……きた?」

 自分の幕の内に箸を入れつつみほが尋ねる。

 エミはまだ迷いがあるようだったが、やがて重い口を開いた。

「正直、聞いて楽しい話じゃないんだけど……一緒に試合をするんだし、言っておかないとね」

 その言葉にエリカはデジャヴを覚えた。かつて、自分も同じような事を言って自身の過去を優花里らに語った事を思い出す。

「……私がもともとドイツに居て、姉の都合で一年だけ日本に来てたのはみほも知ってるわよね?」

 新幹線の外の流れる景色に目を向けつつ、エミは語り始めた。

 

 

 エミの姉は独戦車道の中学生代表に選ばれる実力者で、小五でドイツに戻ったエミも彼女と同様に中学に上がってからは戦車道を修めた。

 ティーガーに代表される名戦車の発祥の地であるドイツでは戦車道も盛んであり、小学生の頃から戦車に親しむ少女も少なくはない。その中でもエミの戦車乗りとしてのセンスは抜きんでていた。中学で頭角を現し、高校戦車道の名門とされる学校に難なく上がった。

 しかし、ここで彼女は二つの壁にぶつかった。一つは「混血のエース」を認めないチームメンバー、そしてもう一つはエミ自身の意地を張る性分。

 「独戦車道はドイツ人のもの」それは民族主義とも言えない単純な気持ち。しかし同様の気持ちを持つ者が複数いれば、それは具体的な行動を伴う事もある。

 二年生にして同校の1軍隊長にまでなったエミには、様々な嫌がらせが仕掛けられた。指示を聞かずに独断で動く、あるいは指示をわざと間違える。ミーティングで試合の反省点を押し付ける。それらは眼に見える形、もしくは見えない形で彼女に向けられた。

 あるいはそこでエミが謙虚な態度をとり、少しずつでも理解者を増やしてゆくように努めていれば最悪の事態は避けられたのかもしれない。だが──エミの取った選択は、正面からの喧嘩であった。

 弁明の利かないようなエラーには容赦なく指摘を行い、メンバーを「仲間」でなく「駒」と割り切って指揮を執り、意地には意地をぶつけ合った。

 

 結果──チームは崩壊した。

 

 ドイツ高校戦車道全国大会において、優勝候補と目されていたエミのチームはまさかの初戦敗退。

 その後、エミと他メンバーとの軋轢は決定的なものとなり多くのメンバーが転校、もしくは戦車道を辞めた。

 日本のベルウォール学園から、戦車道経験者の留学のオファーが来たのは丁度その頃だった。エミの戦車乗りとしての素質を認めながらも、その孤立する姿に悩んでいた監督の教師はそのオファーを振り、エミを日本に送り出した。

 そして彼女はそこで破天荒なベルウォールの面々と新たな戦車道を始め──今に至る。

 

 

「……だから、正直エースだったからって褒められるような働きをしてた訳じゃないわ。それだけ、その、知っておいて」

 自分の恥を晒すようなものである。エミは僅かに赤面しつつ語り終えた。

「エミちゃん、大変だったんだね……」

 気遣うようなみほの言葉。

「何て言うか……腹の立つ話ね。戦車道で大事なのはどれだけ戦車が好きか、上手く戦車を扱えるか、それだけじゃない」

 一方、エリカは怒りを露わにしつつ牡蠣を頬張った。

「あ、今は別に彼女たちがどうこうとは思ってないの。今になってだけど、先輩や他の子たちも『自分の戦車道』を守ろうとしていただけだと思うから」

 その態度にエミは手を振り否定した。

 とはいえ、そう思えるようになったのもつい最近になっての事だ。おそらくあの環境の中に居続ければ、エミは気付く事なく孤立し続けていただろう。

「……ねえ、エミちゃん」

 何か考えていたみほが尋ねた。

「何?」

「今は……どうなの?」

「……分からない。ベルウォールのマネージャーになって西グロとの試合には勝てたけど、自分が成長したとか、自分の戦車道とか、そういうのはピンと来てない感じ」

「そっか……それじゃ、私と同じだね」

 そう言うと、みほはエミに笑いかけた。

「あ、ありがと……」

 思わずどもりながらエミは答える。

 その様子を見て、エリカは何となく考えた。

 

 自分も「私の戦車道」を見失って大洗に来て、アンチョビと出会って、色々な試合や出会いを経て、改めて今の仲間と共に鍛え戦う戦車道にたどり着いた。

 みほもまた、西住流のためや姉のためという柵を越え、自分の戦車道を見つけようとしている。

 自分とみほとエミ──共通項の無い三人と思っていたが、自分の戦車道を探している、探していたいう意味で私たちは似ているのかもしれない。

 

『間もなく、熊本に到着します。ご乗車の方はお降りの準備を……』

 チャイムと共にアナウンスが流れる。広島から熊本までは新幹線で二時間。外はもう夕方だ。夜行の連絡船で戻る事になるかもしれない。

 エリカは最後の牡蠣を口に入れ、弁当箱を片付けた。

 

 

「久しぶりだな、エリカ」

「はい、た、隊ちょ……いえ、まほさん」

 黒森峰女学園戦車道・隊長室。

 執務机から立ち上がり、手を差し出すまほにエリカは緊張しつつ握手を返した。未だに彼女を前にするとメンバーだった頃の態度に戻ってしまう。

「大まかな話はお母様からも聞いている……厳しい戦いのようだな」

 椅子に戻り、まほは三人を見た。頷くみほ。

「うん、何校かは協力してもらえる事になったんだけど、まだ、足りてなくて……」

「………」

「あ、あの!」

 その時、エミが一歩踏み出してまほに声をかけた。

 最初、まほは彼女が誰か分からないようだったが、やがて記憶の奥から何かを思い出したように小さな驚きを浮かべた。

「君は、確か小学生の頃のみほと……」

「……あの時は、すみませんでした」

 まほが自分の事を思い出した事が分かり、エミは謝罪の言葉と共に頭を下げた。

「あなたは厳しいけれど、優しい人だった」

その言葉に、まほは僅かに笑って答えた。

「昔の話だ。それに、私がやった事は事実なのだからな」

「……はい」

 エミは顔を上げ、改めてまほに向き合った。

 

「……あの二人、何かあったの?」

「その、ちょっと……中須賀さんのお姉さんと、お姉ちゃんとの試合で、色々とね」

 小声で尋ねるエリカに、みほは言いづらそうに答える。

 あまり良い思い出ではないらしい。エリカはそれ以上は聞かないようにした。

 

「ここに来た用件は大体分かっている。支援の要請だな」

 まほは簡潔に言った。相変わらず状況把握が早い。エリカは襟を正して言った。

「……はい。優勝記念杯で多忙な状況とは思うのですが、少しでも助力をお願いしたいんです」

 真っ直ぐにまほの目を見つつエリカは訴えた。僅かな沈黙の後、まほが口を開く。

「お前の言う通りだ。我々は現在、優勝記念杯に向けての演習に力を注いでいる。大洗の状況に同情はするが、総力を挙げてとはいかない」

「……分かっています」

「だが、最小限ではあるが支援はさせてもらう」

 そう言うと、既に用意されていたのだろう。短期転校手続きの書類と戦車レンタリースの書類を机から取り出し、まほはエリカの前に広げた。

 そこには「西住まほ」と書かれた名のほか、搭乗員数名分の名が並んでいる。

「私のチームとティーガー1両。あと、アンツィオに送っているみほ用のティーガーはそのまま大洗の試合に使って貰っていいい」

「……ありがとうございます」

 深々とエリカは礼をした。

 

「隊長、よろしいでしょうか?」

 

 その時、隊長室のドアがノックされた。

「ツェスカか。ああ、入っていいぞ」

 まほが答えるとドアが開き、黒森峰のパンツァージャケットに身を包んだ碧眼の少女が入室してくる。

「来客中に申し訳ありません、演習内容について報告が……!」

 だが、報告は部屋に居たエリカ達を確認する途中で途切れた。

「中須賀、エミ……!」

 驚きと怒りが入り混じった声。その瞳はエミを見詰めて──否、睨みつけている。

「え?」

 一方のエミは、少女の事が全く分からないようだった。戸惑いつつツェスカと呼ばれた少女を見ている。

『隊長、彼女たちは何のために!?』

『落ち着けツェスカ、お前も大洗と大学選抜との試合は知っているだろう。その支援要請だ』

 興奮しているのだろう、早口のドイツ語でツェスカはまほに尋ねた。平時と変わらぬ態度でまほもドイツ語で答える。

『支援……?』

『私が向かう予定だ。数日になるが、その間はお前や小梅、直下に……』

「お願いします、隊長! 私もこの試合に加えてください!」

 まほの言い終わるを待たず、ツェスカは胸に手を当て強く言った。

 

 

 

「……とまあ、そういう訳で黒森峰からはティーガーⅠとパンターG型の二両の支援を受けられる事になったわ」

 

 早朝のアンツィオ高校会議室。船旅で硬直した身体をほぐしつつエリカは言った。

「そのツェスカっての、何だか事情がありそうだな……中須賀さん、本当に身に覚えが無いのか?」

 腕を組みつつアンチョビは同席しているエミに尋ねた。

「思い出そうとしてるんだけど……ひょっとしたら、私がいた学校の二軍や三軍の子だったのかも」

「ま、戦力が増えるのは大歓迎だよ。交換留学に来てる子なら実力も確かだろうし」

 干し芋を齧りつつ杏が言った。

「……というか中須賀さん? 何で貴女、連絡船にまで一緒に乗ってきたの?」

 何故かアンツィオまで付いてきていたエミに、エリカが当然とも言える質問をかける。

「来るつもりは無かったのよ! でもまほさんが『今日は遅いから家に泊まってゆけ』って言ってくるんだもの……あそこで断るには、一緒に来るしか無かったの」

「何でそこまで……」

「……その、西住さんのお母さんとは子供の頃に色々あって、トラウマなのよ」

「ホント何があったのよ、アンタの子供の頃?」

 相当なトラウマなのだろう、顔を青くして言うエミに呆れるエリカ。

「ま、まあまあ……」

 おどおどしつつも、みほが両者の間に声をかける。

「えーと、ところでエリカ。頼んでいたのは書いて貰えたか?」

 アンチョビがエリカに尋ねた。思い出したようにエリカが鞄を探る。

「二つ返事で書いては貰えたけど……これでいいの?」

「助かる! こればかりは代筆では通らないからな」

 数枚の書類を取り出すと、アンチョビはその内容を確認し頷いた。

「これで継続・知波単・ベルウォール・黒森峰からの支援は確定……それなりにはなってきたッスね」

 指を折り、各自の結果を確認しながらペパロニが言った。

「ただ、大学選抜に戦力的に対抗するにはもう一息って感じだな……」

 エリカから渡された書類を自分の鞄に収めつつ、アンチョビが呟く。

「まあ、この短期間でみんなよくやってくれたよ! ごくろーさん」

 杏が笑いつつ手を叩き、皆を労った。懐からひとつの封筒を取り出す。

 

「学園艦の北海道への出航は明日だから、今日はみんなはしっかり休んで。ついては私からプレゼントを用意させてもらったよ」

 

「プレゼント?」

 小首を傾げるみほ。杏は彼女に笑いかけた。

「西住ちゃん、確か『ボコられクマのボコ』って好きだったよね?」

「え? は、はい……」

「だったら、喜んでくれると思うよ。ここからバスでちょっと行った所なんだけどね」

 そう言うと、杏は入場券らしきチケット数枚を封筒から出して広げた。

 

 

 

「ふわぁ……!」

 

『 ボ コ ミ ュ ー ジ ア ム 』 

 

 そう書かれたボロボロの看板を見上げつつ、瞳を輝かせてみほは声を漏らした。

「……本当にここ、営業してるの?」

 同行してきたエリカは、彼女と真逆の冷めた目でその『テーマパーク』らしき建物を見上げる。

 

 それは、どう控えめに見てもテーマパーク『跡地』だった。

 中世の城を思わせる巨大な建物の各所から、マスコットキャラである“ボコ”の包帯や眼帯、ギプスなどを付けた様々なバージョンが顔を出している。

 しかしまともに手入れされていないのか壁の塗装は半分以上剥がれており、更にヒビだらけ。よく見れば塔の先端などは崩れ落ちている。

 もともとボコは『ボコボコにされてなお立ち上がる』というキャラだけに、それらの一部は意図的に造られたものかもしれない。しかし、エントランスのタイルまで剥げ落ちているのは流石に演出ではないだろう。

 

「ふむ、ガイドによれば今日は開館日のようだぞ」

 エントランスの什器で埃を被っていたパンフレットを広げつつ、鶴姫しずかが言った。

「何だか、お化け屋敷みたいだね……」

 その後ろで不安そうにきょろきょろと周囲を見回す松風鈴。

「……私としては、何でアンタたちが来てるのかも気になるんだけど」

 エリカの問いかけに、しずかは平然と答えた。

「アンチョビ殿が『まだ出航前に行くところがある』と言って出て行く際に入場券をくれたのだ。浅識ながら『てーまぱーく』というものに私は行った事が無くてな。ご厚意に甘えさせていただいた」

「ペパロニさんも“姐さんが行かないなら、これあげるッス”って……」

 おずおずと鈴も言う。

「“ボコられクマのボコ”……日本ではこれが流行ってるの?」

 日本に戻って二ヵ月と経っていないエミが怪訝な表情でエリカに尋ねた。

「何年か前にはそれなりに流行ってた……らしいわ」

 そう答えるエリカも自信はない。

「と言うか、その辺りはみほに聞いた方が早いんじゃない?」

 逆に尋ねるエリカに、エミは気まずそうに言い返した。

「だって、ほら……」

 そう言いつつ前方を指さす。

 

『よう、お前ら! よく来やがったな、ボコボコにしてやるぜ!』

「生ボコだー!」

 エントランスに用意された小さなステージに、ロボットと思われるボコがポーズをとって強気な声を発している。そしてそれを興奮しながら見つめるみほ。

『うおっ!? 何をする! やめろ~!』 

 透明な敵に殴られているようによろめくボコ。

「可愛いー!」

 更に興奮して拳を握り締めるみほ。やがて、ボコは崩れ落ちるようにステージに倒れた。

『や、ら、れ、た~……覚えてろよ!』

 そして数秒後、何事もなく再度立ち上がり同じ動きと台詞を繰り返す。

『よう、お前ら! よく来やがったな!』

 その一連の動作を、みほは呼吸も忘れたように見入っていた。既に3ループ目である。

 

「……アレに声はかけられないわよ」

 エミの言葉にエリカは納得せざるを得なかった。

「とはいえここで一日過ごす訳にもいくまい、中のアトラクションも堪能するとしよう。西住殿!」

「え!? あ、ご、ごめん……」

 しずかの声に我に返ったみほと共に、一同は中へと入っていった。

 

 

「はぁ~……今のボコ、宇宙編で1カットしか出てこなかったバージョンのボコだったよ。憎い演出だよね、逸見さん!」

「……ええ、そうね」

 3つめのアトラクションを消化した時点で、既にエリカは限界に近づいていた。

 

 ジェットコースターとは名ばかりの、上下すらしないカートに乗って山道っぽい所を通りながらカウボーイ風のボコを眺める「ビッグサンダーボコンテン」。

 一昔前の赤と青のセロファンが貼られた眼鏡をかけ、飛び出す映像で殴られるボコを体験できる「キャプテンBO-KO」。

 宇宙空間をイメージしたらしい書き割りの中で、金魚鉢を頭からかぶったようなボコたちが出迎える「スペースボコンテン」。

 

 みほによればどれも『相当なボコマニアが手掛けた、細かなこだわりが光る良アトラクション』らしいのだが、エリカがその面白さを理解するには相当な努力が必要なようだった。

「ふむ……てーまぱーくと言うのは、なかなかにシュールなものだな」

「いや姫、ここは基準にしちゃいけない場所だから」

 素直に感心しているしずかに鈴がツッコミを入れている。

「あ!」

 その時、パンフレットを見ていたみほが何かに気付いた。

「あと10分でボコ・ショーが始まるみたい、見に行こうよ!」

 彼女らの様子に気付いていないのか、みほのテンションは更に上がってきたようだ。

「……ええ、そうね。見に行きましょうか」

 流石にその様子に水を差すのは気が引けるのだろう。振られたエミは多少ひきつりながらも笑顔で返した。

 

 

『オイ、お前ら! ぶつかったぞ気をつけろ!』

『何だテメエ!』

『生意気だ、ヤッちまうぞコラ!』

『やれるもんならやってみやがれ!』

 

 粗末なステージ上、ボコがすれ違う拍子にぶつかったネコやネズミに怒鳴りつけた。怒るネコたちはボコを囲んで殴り始める。

 

『オラオラ、どうした!』

『口だけじゃねーか!』

『畜生! やめろ~!』

 

 最初こそ反撃していたボコだったが、たちまち追い詰められて袋叩きにされる。それも漫画的な柔らかい表現でなく、突き蹴りや腰の入った拳など妙に生々しい攻撃。更にそれが数分間続く。

 

「……何コレ」

 眼前で繰り広げられるヌイグルミ達の生々しい私刑に、エリカは引きつつ呟いた。

「……変なのが流行ってたのね、日本」 

 同様の感想しか出てこないのだろう。死んだ魚のような目でエミもステージ上の光景を眺めている。

「へ、変じゃないよ!」

 その言葉を聞き留めたみほが必死に弁護する。

「ボコは、喧嘩っ早いのに弱くて、それでも挑み続けて、それでもボコられ続けて……やられても、やられても立ち上がるのが格好良くて、そこが、その、ボコなの!」

 その言葉には真剣な響きがあった。

「……?」

 ふと、エリカはみほの横に座るしずか達を見た。やけに静かだ。

「………」

 しずかは食い入るようにステージを見つめていた。横の鈴は、そんなしずかを苦笑しつつ見ている。

 やがて、ステージ上の演出は次の段階に進んだようだった。ボコられ続けていたボコが客席に顔を向け、叫び始める。

 

『ちくしょー! みんな、声援でオイラに力を貸してくれー!』

 

「え?」 

 思わずエリカは声を漏らした。

「がんばれ……ボコ」

 小さな声でみほが言う。

 

『もっとだ! もっと大きな声で言ってくれー!』

 

「頑張れボコ!」

 

『もっとだー!』

 

「頑張れ、ボコー!」

 みほは普段の彼女にとって精一杯であろう大声でステージに声援を送った。

「ええっと……これ、ひょっとして」

 エリカは助けを求めるように左右を見た。

 既に状況は分かっていた。ヒーローショーで、子供がステージに声援を送るアレだ。

「私たちも……やれって事?」

 エミも頬をひきつらせる。

「頑張れ、ボコー!」

 もはやみほはエリカ等に気を向けず、ステージに集中している。

「そんな、冗談でしょ……」

 

「頑張れ、ボコ殿おぉぉっ!」

 

 突然、しずかが席を立って声を上げた。拳を固め、まるで鬨の声を上げるように声援を送る。

「ちょ、鶴姫さん!?」

「頑張れボコ殿おぉぉぉっ!」

 やはりエリカの声は届いていないようだ。

「……あー、その。姫って、負け戦とか、漢の死にざまとか、そういうのに物凄い弱くって」

 エリカに近寄った鈴が小声で言う。

「ボコ殿おおぉぉぉっ!」

「……こういうの、どストライクだったみたい」

「ハァ……悪趣味ね」

 涙すら流しつつ応援するしずかの姿に、思わずエミの口から本音が漏れる。

 

「!?」

 

 その瞬間、エミは背後から強烈な殺気を叩きつけられた。

「な!?」

 同様の殺気を向けられたのだろう。エリカも焦りを露わにしつつ背後を振り返る。

 

「……悪趣味じゃ、ない」

 

 まだ13歳くらいだろうか。

 エプロンドレス姿の少女が、眉をハの字にして二人を見上げていた。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十六話 終わり

次回「そして役者は舞台に集う」に続く


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