カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十五話 奔走作戦(3)・眼鏡と悪魔と軍人と

───面白くない動きをしている。

 

 

 文科省・学園艦管理局長の辻廉太はその報告に眉を寄せた。

 戦車道連盟はあくまで民間のスポーツ振興団体ではあるが、歴史ある武道だけに文科省との関わりは深い。連盟の役員にも、文科省からの天下りが何人か名を並べている。

 

 「大洗女子学園の面々が各地に散り、短期転校の制度を利用して戦力を集めている」

 

 彼らから上がってきた報告は、辻が留意するに十分なものだった。

 初手こそ試合開催の誓約を結ばれてしまったが、試合会場やルールの設定は大学戦車道、ひいては文科省にその権利があった。

 そこで辻は、考え得る大洗にとって最も不利な状況を用意したつもりだった。10対30という絶望的な状況(無論、建前上は「30両での参加が望ましいが、困難な場合それ以下での車両数でも良い」という、あくまで大洗が30両を揃える前提での申し入れだ)を用意した時点でこちらの勝ちは確定。降伏もあり得ると考えていた。

 しかし、彼女らは諦める事無く試合に挑む事を選択したようだ。既に高校戦車道連盟には何校からかの転校申請が届いているらしい。

 これを握りつぶす事は実際困難だった。高校戦車道連盟の理事長はあの西住しほ。間違いなく認可を試合当日までに間に合わせるだろう。

 

「……念には念を入れて、か」

 

 辻は呟き、二の矢、三の矢について思考を巡らせる。

 正直なところリスクの高い方法ではあった。既に現時点でネット上などではこの試合について違和感を覚えている者も多い。これ以上の介入は余りに露骨と言えた。

 しかし、万一が有ってはならない。仮にこれだけの公の場で大洗が勝利した場合、今度こそ廃校撤回の決断を下さざるを得なくなる。それは辻自身の破滅と直結している。

 

 手元にある書類が二枚、ひとつは試合形式の変更申請。

 もう一つは、ある車両の認可申込書。

 

 もともと国際試合に向けてレギュレーション通過を目論んでいたものだが、前倒しせねばならないだろう。大学側にねじ込む形になるが、島田流家元は西住流への強い対抗心を持っている。そこをくすぐれば押し通す事は可能な筈だ。

 「カール自走臼砲」そう書かれた書類に視線を向けたまま、辻は電話に手を伸ばした。

 

 

劇場版 カタクチイワシは虎と踊る  第十五話 眼鏡と悪魔と軍人と

 

 

 とある病院の個室。

 

「……何だと?」

 

 ベッドから体を起こしている頭に包帯を巻いた少女と、その傍らで椅子に座るパンツァージャケット姿の少女。一見、普通のお見舞いに見える光景だ。

 しかしベッドの上の少女の瞳は病に苦しむ少女のそれでなく、静かな怒りと熱狂じみた盲執が見て取れる。傍らの少女の目にも、それに似た熱情が伺える。

「それは確かな情報か?」

「はい、戦車道ニュースでは連日報道され、既に界隈では大きな話題となっています」

「……クク」

 包帯の少女は口元に笑みを浮かべた。

「計画は変更だ。その祭りに加わるとしよう。組み上げの方はどうなっている?」

「既に大半の部分は完了しています。現地に輸送してから最終工程となりますので、試運転は難しくなりますが間に合わせる事自体は可能です」

「十分だ」

 そう言うと包帯の少女はベッドから降り、寝間着姿のまま立ち上がった。

「私の服は向こうで用意できているな?」

「は、全て滞りなく」

「ならばこのまま行くとしよう。その方が気付かれず抜け出せる」

 ベッドの横に置かれていた眼鏡を手に取り、彼女は思った。

 

 面白い事になってきた。

 優勝記念杯に乗り込むつもりだったが、更に良い舞台が来たようだ。

 戦車道の重鎮が揃う場であの力を見せつければ、今度こそ私の悲願は達成される。

 見ているがいい。私を見下した者たち、認めなかった者たち。

 

 知波単学園戦車道・前隊長の辻つつじは歪んだ笑みと共に眼鏡をかけた。

 

 

「よーし! いいぞお前たち! 次は七の型、鶴翼の陣からの突撃だ!」

 

 緑成す知波単学園戦車道演習場に、隊長の西絹代の声が響く。

『はい、隊長!』

 厳しい残暑の暑さの中ではあるが、知波単メンバーの士気は衰えない。他校をして「練度と士気の高さ“だけ”は高校戦車道で随一」と称される所以である。

 

「うむ、良い突貫だ! 次は参の型、魚鱗の陣からの突撃だ!」

『はい、隊長!』

 

 全国大会後、表向きでは勇退した辻に代わり副隊長から昇進したのが絹代である。彼女は先の試合での力に溺れた辻の姿や、それに怯む事無く打ち勝ったペパロニの姿に思う所があり、知波単の戦車道の改革に取り組んでいた。

 

「次、四の型! 鏃の陣からの突撃だ!」

『はい、隊長!』

 

「今後の知波単に必要なのは柔軟な発想と戦術である」という西の指針は知波単OG会からの一部反対はあったが、近年の低迷化を憂う者も多く全体としては受け入れられた。以降、知波単は他校との練習試合を積極的に行い、また新たな戦術の訓練に明け暮れている。

 

「よし、次で最後だ! 基本の型、突撃陣形からの突撃!」

『はい、隊長!』

 

 しかし───その改革は“何故か”思うように進んでいなかった。

 

 

「……よし」

 練習後のシャワーで汗を流した後、絹代は隊長室で日誌を書き終えた。艶やかな長い黒髪と整った顔立ちは、知波単の武骨なジャケット姿でなければ深窓の令嬢にも見えるだろう。

 少し腕を伸ばし、体をほぐす。隊長に就任してからひと月、ようやく務めに馴染めてきた。 

その時、ノック音が鳴った。続いてやや幼さを残す、しかし生真面目な響きの声。

『福田であります! 隊長殿、ご在室でしょうか!?』

「ああ、大丈夫だ」

 気さくに絹代は答えた。ドアが開き、子供のような身長の隊員・福田が入室してくる。

「失礼致します、西隊長殿!」

 折り目正しい敬礼。大きめのヘルメットにだぶつく知波単のジャケット姿は、どこか「着せられた」感がある。

 それを微笑ましく感じつつ、絹代は尋ねた。

「どうした、福田?」

「は! そ、その、差し出がましいとは思うのですが、隊長殿に伺いたい事があり、参りました!」

 相当の勇気を振り絞っているのだろう、福田は顔を赤くして言った。

「何だ? 気にせず言ってくれ」

 前隊長の辻つつじはメンバーからの意見は基本的に聞き入れず、自分の発想と発案に絶対の自信を持つワンマンな隊長だった。メンバーには未だに、上に意見具申する事に抵抗ある者も多い。その垣根を取り払う事も絹代の取り組みのひとつだった。

 微笑みを向けられ、それでも福田は緊張を解かずに言った。

「はい……隊長殿、我々はこれで良いのでありましょうか?」

「どういう意味だ?」

「確かに我々の士気は高く、また、大会後様々な陣形を研究し、それに取り組んでいます」

「うむ……」

「ですが、その……全く変わっていないように、自分には思えるのです! 些末なところは変わっても、根幹が変わっていないような……!」

 そこまで言うと福田は口を閉じ、絹代の反応を待った。

 絹代は福田の言葉に驚き、僅かな憂いを見せた。

「……やはりお前もそう思うか」

 それは絹代にとっても頭の痛い問題だった。

 積極的に対外試合を行うようになり、様々な試行をその中で行うようになれた事自体は問題ではない、初めて試してみた戦術が失敗に終わり、次の課題となるのも良い事だろう。

 

 ───だが、更にその課題の改善が幾つもの試合を経ても見込めていなければ?

 

「隊長も、気付かれていたのですか?」

 絹代の言葉に福田が尋ねる。

「ああ、知っての通り我々は様々な挑戦をここ一か月試みてきた。時間差突撃、全方位突撃、一点集中突撃……また、様々な陣形からの突撃もだ」

「はい、自分も西隊長殿の鍛錬により大きく鍛えられたと感じております! 他の隊員たちもより意気軒高であります!」

「しかし、それでも負け続けている。相手はこちらの戦術を完全に読んだ展開で我々を迎え撃ち、結果こちらは成す術なく練習試合で敗れ続けている。私の隊長としての未熟さが最大の要因とは思うが……」

「そ、そんな事はありません! 突撃の際に常に先頭に立つ西隊長殿の姿には、皆が認めております!」

「……では、何故勝てないのだろう?」

 絹代の疑問に、福田も腕を組み考える。やがて、彼女はハッと何かに気付いたように目を見開いた。

「まさか……!」

「何か気付いたのか、福田?」

「は……はっ! その、これは、あくまで仮定なのですが……」

 そこまで言うと、福田は息を呑んだ。

 

「『突撃』が悪いのではないでしょうか!?」

 

「……突撃が?」

 その言葉は完全に予想外だったのだろう。怪訝な顔をする絹代に福田は言葉を続けた。

「自分、不肖ながら考えてみたのですが……確かに陣形などの研究は進みましたが、毎回正面からの全軍突撃を敢行する箇所が変わっておりません。そこに問題があるのではと、そ、そのっ! 知波単精神をないがしろにする愚考かとも思うのですが!」

「……いや、確かにその可能性はある」

 今にも自分の意見を撤回しそうな福田に、絹代は頷いた。 

「だが、だとすればどうすれば良いか……」

 

 過去の全国大会でこの戦法で四強に食い込んだ時以来、突撃戦法は知波単にとって最も勝利に近い伝統の戦術となった。それから十数年経った現在でもその姿勢は変わっていない。

 高い練度と士気により相手の態勢が整う前に一気呵成に突撃し、その勢いを殺さぬままに敵フラッグ車に肉迫し必勝の一撃を決める。

 他校に比べ戦車のスペック的に大きく遅れを取る知波単学園戦車道にとって、この戦術自体は決して悪くはない選択と言えた。問題は、それ以外の選択肢を完全に除外してしまった事である。

 過去の隊長の言行から何か参考になるものを探ろうと絹代も試みたが、過去の全隊長が一律に突撃戦法の練度向上のみに専念しており、そこから得るものは無かった。

 ──いや、正確にはその知波単の在り方に前隊長の辻つつじも疑問を持ち、勝利のために知波単を変えようとしてはいた。その方針は絹代にとって同意しかねるものだったが。

 

 突撃以外の戦術の模索。それが知波単にとっては未曽有の大改革となる事は絹代にも容易に想像できた。今まで米のみ主食としていた人間に、今後はパンも食えと言うようなものだ。決して平易な道ではないだろう。

 だが、それが知波単の勝利の可能性を上げる事になるのであれば──

 絹代は無意識に息を呑み、福田に視線を向けた。

「福田、私は……」

 

『た、大変であります、隊長殿!』

 

 その時、悲鳴に近い声と共に扉が激しく叩かれた。ビクッと反応する福田。絹代は一旦言葉を収め、その声に答えた。

「どうした? 入ってきていいぞ、玉田」

「はっ!」

 息を切らし入室して来たのは、後ろに揺れる一本のお下げ髪が特徴の隊員の玉田だった。改めて直立不動の姿勢になり、絹代に報告する。

「西隊長殿、き、緊急事態であります! 封印されていた第壱拾参番倉庫が……」

「……壱拾参番倉庫が?」

 不穏な響きに絹代の顔に険しさが混ざる。

「はい! 第壱拾参番の封印が解かれており、その、中の戦車が……」

「何!?」

 絹代は驚き、咄嗟にその現象が意味するところを探る。

「福田、話は後だ。確認に向かう! 緊急招集! 手の空いている者は入院中の前隊長殿の所在の確認と、3年の勇退された先輩方への連絡を!」

 そう言うと早足に絹代は隊長室から倉庫棟へと足を向けた。

 単なる窃盗であればまだ良い、もしこれで彼女らへの連絡が繋がらなければ。

 最悪の事態を想定しつつ、絹代は早足を駆け足に変えて廊下を走り出した。

 

 

 30分後。知波単学園会議室。

 既に夜に近い時間ではあるが、知波単戦車道の主要メンバーはその大半が揃い状況の確認を行っていた。その表情は一様に緊張している。

「先輩方ですが、何名かは連絡のついた方もいましたが……失踪した辻前隊長と近かった三年生が十数人、所在が確認できないままです」

 ドーナツを乗せたような特徴的な髪型の隊員、細見が報告する。

「倉庫についてですが、分解されていたものを何回かに分けて持ち出していたようです。このような事態を想定していなかったため、倉庫の鍵の管理方法は先輩方が引退された後も変わっておらず、警戒もしていなかった事が原因になってしまったかと……申し訳ありません!」

「気にするな玉田。それを言い出したら、最も責められるべきは私だ」

 頭を下げる玉田に、議長席の絹代は優しく言った。しかし、その表情は暗い。

「……状況は最悪だな」

 

 今まで持ち出し後に再封印で偽装していたのが今回はそれもせず開放していた。その意味は確かだ。

 すなわち、もはや隠す必要が無くなったという事だ。

 だとすれば、彼女らは必ずどこかで姿を現す。最も自分たちを効果的に示せる、そんな時と場所で。ではそれは何処だ?

 

 封印などせず、素直に廃棄すべきだったか。絹代はそう後悔しつつも言葉を続けた。

「行き先は不明のままか?」

「それなのですが……本日、寄港中の我が知波単学園艦に接弦した輸送船のうち『アレ』を載せられる排水量の船舶は一隻しかありません。おそらくは、それに……」

 大きなリボンが特徴的な隊員、池田がそう言いつつ書類を差し出した。

 大型輸送船の運行情報。その進路は──

 

「……北海道?」

 

「北海道と言えば……」

「まさか、あの試合に?」

 絹代の呟きに、他の隊員も口々に声を漏らす。

 “あの試合”が何を意味するかは絹代にも分かっていた。あと数日まで迫った、大洗女子学園と大学選抜とのプロリーグを想定した演習試合。

「……辻隊長殿」 

 絹代は唇を噛み締め、かつて敬愛していた前隊長の名を言った。

 その時、会議室の扉をノックする音が響いた。

『会議中申し訳ありません、西隊長殿!』

 外で待機していた福田からの声である。

「大丈夫だ。入っていいぞ」

 絹代の言葉に、ゆっくりと扉が開き福田が入ってきた。

「どうした、福田?」

「このような時に申し訳ないのですが、ご来客であります! アンツィオ高校のペパロニ殿が……」

「……あれ? ひょっとして、マズいタイミングで来ちゃったッスか?」

 報告する福田の後ろから声。視線を福田の顔から上に向けると、絹代にも見覚えのある顔が覗いていた。

「あー……何か、マジな事を話してたっぽいッスね」

 ペパロニは会議室内をキョロキョロと見回し、気まずそうに呟いた。

「ちょっと、外で待ってるッス。長くなりそうなら出直すんで……」

「ペパロニ殿!」

 顔を引っ込ませようとするペパロニに、絹代は部屋を震わす程の声で呼び止めた。

「な、何スか!?」

「丁度良い所に来て下さった! 来度の大学選抜との試合、我々も参加できるようアンチョビ殿に掛け合っては下さいませんか!?」

「……へ? あ、ああ、いいッスけど?」

 自分が頼もうとしていた事を先に言われ、ペパロニは呆気に取られつつ答えた。

 

 

『……という訳で、よく分かんないんスけど知波単は協力してくれるみたいッス』

「何か事情があるっぽいな……まあ、後で聞くとするか」

『アタシはこのまま東京に戻るッス。姐さんの方はどうです?』

「こっちは一勝一敗って所だな。明日には戻る。お前はそのまま知波単の短期転校手続きを進めて、そこからはみんなの練習に付き合ってくれ」

『了解ッス、姐さんも気をつけて!』

 ペパロニとの電話を終え、アンチョビは安堵の息を漏らした。何とか戦力も集まってきた。これなら勝負になるかもしれない。

「……で、だ」

 

 アンチョビは首を上に向ける。木々の枝の間から見事な夏の星座が広がっている。

 

「……本当にここで寝るのか?」

「『泊めてくれ』と言ってきたのは君だと思ったんだけどね?」

 涼しい顔で焚火越しにミカは答え、毛布に包まると横になった。

 少し前に手渡された毛布を手にアンチョビはどうしたものか考えたが、結局同様に包まり横になる。継続高校にとって、大自然が寝床そのものらしい。

「虫よけの煙は交代で起きて交換するから、忘れないようにね」

 ひょっとしたらいいように扱われている意趣返しなのだろうか。ミカの声にそんな響きを感じつつ、アンチョビは眠りに落ちていった。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十五話 終わり

次回「奔走作戦(4)・鈴とソーセージ、虎とアリス」に続く


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