カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十四話 奔走作戦(2)・二匹の虎に鐘は鳴る

 ベルウォール学園。

 広島近辺を拠点とする高校で生徒総数は約3000人、職員や艦上施設の従業員、及び生徒の家族を含めた搭乗者約1万5000人。総搭乗員数3万人の大洗学園艦に比べやや小型の学園艦である。

 主要な学科は普通科と工業科。施設自体も大きく二分されており、双方を分ける巨大な壁が特徴的な学校である──否、「で、あった」と言うべきか。

 

 現在、ベルウォールのこの壁は物理的な壁としての意味とは異なる意味を持つ。

 普通科は平均よりやや下程度の偏差値のごく普通の学校なのだが、工業科は全学園艦の高校の中でもあらゆる面で最底辺に位置する、文字通りの「不良の吹き溜まり」として知られている。

 その荒れっぷりは既に学校としての体を成しておらず、授業すらまともに行われていない半放棄状態。学園艦の側面にはどうやって書いたのか全長10m以上の『夜露死苦』の墨文字が書かれ、校舎にも「鐘壁!」「夜露死苦」「諸行無常」「喧嘩上等」などの文字がスプレーで吹き付けられている。

 そんな校舎に在籍する女生徒も当然ながら普通の生徒とは言い難く、校内での喧嘩は当たり前。拳だけなら可愛いもので、木刀での殴り合いすら平然と行われている。「かけ算九九ができて、トンカチを普通に持てれば入学できる」という工業科の噂はあながち嘘でもない。

 

 とはいえ、完全に工業科に取り柄が無いという訳でもない。その一つがベルウォール戦車道だった。

 その攻撃的なスタイルは「荒々しくも女性の強さを象徴している」と賞され、少数ながらティーガーやパンター、エレファント等の優秀な独戦車を所有していた事もあり、時としてジャイアントキリングすら起こしてきた程である。

 そして今、その工業科内にある戦車道ガレージに向かうために二人の少女が壁の前に立っていた。

 

 

「……本当にここでいいの?」

「そ、そうだと思うけど……」

 巨大な「鐘壁!!」のスプレー文字を顔をしかめながら見上げる逸見エリカに、傍らの西住みほは自信なさげに答えた。

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第十四話 奔走作戦(2)・二匹の虎に鐘は鳴る

 

 

「ギャハハ! 何言ってんだよお前!」

「っせーな! アンタこそどうなんだよ!?」

「ンなモン決まってんじゃねーか、アタシは……」

 廊下に胡坐をかいて座り込みながら大声で話をする少女たち。

 

 

「スゥーッ……ハァーッ……イヤーッ!」

 シャウトと共に拳が積まれた瓦に打ち込まれる。別の女子がその結果を確かめ、愉快そうに笑った。

「……5枚! 俺の勝ちだな」

「くそっ! 分かったよ、昼はこっちの奢りな!」

 

 

「あ! お前、春菊は最後に入れろよ!」

「細けーな、こんなの食いたいのをどんどん入れりゃいいんだよ」

「苦くなんだよ! ちょっと湯通ししたらすぐ食え!」

「へーへー、奉行様の仰る通りに」 

 教室内、カセットコンロで煮込んだ鍋を囲む女生徒たち。

 

 

「………」

「………」

 

 それらの光景を横目に、エリカとみほは汚れた廊下を歩いていた。

 夏休み中だというのに当たり前のように生徒たちが学校内で好き勝手に振る舞っている。既に彼女らにとってはここは学校でなく溜まり場なのかもしれない。ベルウォール学園工業科の噂はエリカも多少は聞いていたが、実際に来てみれば予想以上の酷さだ。

 ペパロニはベルウォールの戦車道は戦力として頼りになると言っていたが、こうして学校の様子を見ているとその情報の正確さすら不安になってくる。

「西住さん?」

「ふぇっ!?」

 エリカが声をかけると、後ろで不安そうに歩いていたみほが跳ねるように反応する。相変わらず戦車戦での豪胆さとは別人としか思えない大人しさだ。

「その……中須賀さん、だったかしら。どんな子なの?」

 

 広島までの道中「小学校の頃の友達」とみほは言っていたが、その本人かどうか怪しいという事もあり詳しくはエリカも聞いていなかった。既にエリカの中では『中須賀さん』のイメージがひと昔前の女番長に固まりつつある。

 

「うーん……もう五年も会ってないから、変わってるかもしれないけど……」

 尋ねられたみほは戸惑いつつ、手を頭の両側にあてて答えた。

「赤い髪をこんな感じで括ってて、お姉さん思いで、自分の気持ちに真っ直ぐな子」

「その頃から、中須賀さんも戦車道を?」

「本格的なのじゃなかったけど……他の友達と一緒に戦車に乗ったり、お姉ちゃんと勝負したり」

「まほさんと?」

「え? う、うん、その……色々あって」

 言葉を濁しながらも懐かしそうにみほは言う。

 エリカはその様子を意外に感じた。物心ついた頃から西住流を叩き込まれ、機械めいた幼少時代を送っていたと思っていた彼女にもそんな頃があったのかと。

「それで、ドイツに戻ってからは連絡も取れなくなって、それきりなんだけど」

「ドイツに?」

「うん、もともとお姉さんの日本への留学で一緒に来てて、それで帰っていったの」

 初めて聞いた話にエリカは眉をひそめた。

「……その子がドイツから日本に戻ってきて、『この』ベルウォールの戦車道で隊長をやってるって言うの?」

 何とも眉唾な話になってきた。やはりここは自分が交渉の矢面に立つしかないか。

 そう考え始めた時、

 

「……オイ、アンタ等」

 

 前方からの声と共に、複数の女生徒が廊下を塞いでいる事にエリカは気付いた。

「他所モンがウチに何の用だ?」

 グループのリーダーらしき女生徒がこちらを睨みつけている。エリカは目線を逸らさずに答えた。

「受付で訪問手続きは済ませてきたわよ?」

「そういう事を言ってるんじゃねえのは分かるよな?」

 背後からも気配。振り返ると、やはりそこにも数名の女生徒がこちらを伺っていた。

「え、え?」

 戸惑うみほを庇うように立ち、エリカは前方の不良グループに向き直った。

「ここはベルウォールのシマだ。余所者は『ちょっと』痛い目にあった上で帰ってもらってる」

「………」

 エリカは無言でポケットからハンカチを出し、細長く丸めると素早く手に巻き付けた。

「へえ……慣れてんな、アンタ」

「……ハァ」

 眼を細めるリーダー。その取り巻きが身構える。

 エリカは小さくため息をついた。一触即発の空気の中、思考を巡らせる。

 面倒な事になった。もう支援交渉は放棄するとして、とりあえずみほを逃がしてから包囲を抜けて───

 

「あっ、あのっ!」

 

 そこまでエリカが考えた時、背後のみほが周囲が驚く程の音量で声をあげた。

「な、何だぁ?」

 その勢いに驚く不良リーダー。みほは彼女に向かい尋ねた。

「わ、私たち、ここの戦車道の人に会いに来ました! 中須賀さんはいますか!?」

「ちょ……」

「戦車道……!?」

 エリカは慌ててみほを止めようとしたが、戦車道と中須賀の名が出た瞬間、不良グループ側の空気が変わった。

「アンタ、中須賀……さんの、知り合いか?」

「昔の友人です!」

 測るような不良リーダーの問いかけに、確証は無い筈のみほが堂々と答える。

 その言葉はグループに更なる動揺を与えたようだった。リーダーの背後の女生徒たちが言葉を交わす。

 

「お、おい、ヤバくねえ?」

「中須賀って、今の戦車道をシメてる奴だよな?」

「構わねえよ。ここで追い返せば……」

「バカ! 中須賀と言やあ、山守さんと土居さんのお気に入りだ! チクられたら半殺しじゃ済まねーよ……」

「あの“人食い鮫”と“殺人熊”の!?」

「ど、どうするよ……?」

 

「………す、」

 リーダーの頬に一筋の汗が流れ、

「スんませんしたァ!」

 直後、その場でエリカ達に彼女は土下座した。

「戦車道関係の方と気付かず、本当にスんませんしたっ! 案内するんで、どうかこの事はこの場だけに! 特に山守さんと土居さんにだけはっ!」

 その豹変ぶりに、エリカは安心しつつも背後のみほに小声で尋ねた。

「西住さん。本当に、貴方の知ってるその『中須賀さん』なのよね?」

「……ど、どう、かな?」

 校舎に入る前より更に自信なさげに答えるみほ。

 エリカの脳内での『中須賀さん』のイメージは、既に女番長で固定されていた。

 

 

 不良グループのリーダーが土下座した地点から北に数十m先、ベルウォール学園戦車道ガレージ。

「……ん? 今、何か聞こえなかったか?」

 ミーティング用の大机に両足を乗せ、椅子に半分寝た姿勢で呟くボア付きコート姿の少女。

 ベルウォール学園の二人のキャプテンの一角である“ベルウォールの鮫”こと山守音子がぴくりと頤を上げた。

「気のせいでしょ。一番騒がしいのがここに居るんだから」

 その乗せられた足を気にするでもなくもう一人のキャプテン、”ベルウォールの熊”こと土居千冬が机上の麦茶を口に運ぶ。

「言ってろ」

 千冬の皮肉を軽く受け流し、音子はそのままの姿勢でポケットから携帯を取り出す。

「……にしても、面白い事になってきたじゃねえか」

 戦車道サイトのニュース記事を見つつ、口元に笑みを浮かべる。

 

 大洗女子学園VS大学選抜チームのニュースは、高校戦車道界隈では既にそれなりの話題となっていた。全国大会初出場&初優勝の伝説を作った大洗と、社会人チームすら打ち破った大学選抜チーム。なかなか見られないカードである。

 そして、同時にこの演習試合自体の違和感も広まりつつあった。余りに急な告知と日程、大洗単独と大学選抜という戦力差、更にその試合決定前に当の大洗女子学園が廃校になり、既に学園艦から撤収させられているという事実。

 それらについて一切コメントしない文科省の態度もあり、告知から僅か数日ながらネット上では様々な憶測が飛び交い、大きな盛り上がりを見せている。

 

「どうだ、ウチもこの喧嘩に乗ってみねえか?」

 音子の言葉に千冬は首を横に振った。

「見ず知らずの私たちがいきなり押しかけて『戦力に加えてくれ』って言って加えてくれると思う? 少なくとも私なら、メンバーの実力も分からない相手を組み込もうとは思わないわね」

「ンな事ぁねえだろうよ、只でさえ大洗には戦車が足りてねえ。それに今の大洗の隊長は、この前試合したアンチョビなんだろ?」

「フフ。時々、貴女のその能天気が心底羨ましくなるわ」

「あ”あ”?」

 含み笑い交じりの、先ほどよりも直接的な揶揄。音子は首だけ傾けて千冬を睨みつけた。それを涼しく受け流す千冬。

「それに、優勝記念杯までのチーム運用はマネージャーに一任してるでしょ?」

「……まーな」

 それには音子も納得せざるを得ない。そもそも“彼女”が居なければ、千冬も音子もこうして戦車道を再開する事も出来ず、今でも互いの取り巻きと共に抗争を続けていただろう。

「そんで、そのマネージャーは?」

「外でその件について考え中。あの感じだと、今日はこのまま休憩で終わりそうね」

 クク、と千冬は含み笑いを漏らす。本人は含み笑いをしているつもりもないのだが、どうしても彼女は笑うと陰のある笑みになってしまうのだ。

「……らしくねェな」

 音子はそれだけ言うと、天井を見上げた。

 

 

「うーん……」

 ベルウォール戦車道ガレージの外のベンチに、その少女はいた。

 ツインテールに結わえた赤毛を揺らしつつ、腕を組み、何かを考えつつ。

「……やっぱり、厳しいかなぁ」

 ベルウォール学園戦車道のマネージャーである中須賀エミはそう言うと、ため息と共に空を見た。

 大洗と大学選抜との試合決定の一報を聞いてエミの頭に真っ先に浮かんだのは、先の練習試合が中断した時のアンチョビの焦りようと必死な表情、そしてその後のカルパッチョの話だった。

「大切なものが奪われようとしているんです。統帥にとって、大事なものが」

 そうカルパッチョは言い、突如決定した大洗の廃校について語った。

 慌ただしい状況の中でアンチョビやアンツィオ高校に連絡する事は控えていた。なのでその後の大洗の面々がアンツィオに一時的に転校し、更に大学選抜と試合をする運びになった事はニュースで初めて知った。

 

「………」

 

 何か彼女らの力になれる事はないか。あの時のアンチョビの必死な様子と、音子が助け舟を出した時の安堵の表情を思い出しエミは考える。

 現実的に考えると、戦車で増援に向かうとするなら相当にタイトなスケジュールになる事は容易に想像できた。広島から北海道まで戦車を輸送するなら、陸路で列車輸送するにしても海路で学園艦で向かうにせよ2日~3日は見ないと駄目だ。だとするなら、明日までには最終決定しないといけない。

 だが、エミの迷いの主な原因はそれとは別のところにあった。

 

 自分が大洗に増援に向かったとして、果たして戦力になるのか。

 単純な戦力的な意味でなく、自分の持つ「戦車道」という意味で。

 

 大洗女子学園。今年になって突然戦車道を復活させ、中小校が出場を控える事が暗黙の了解になっていた全国大会にいきなり乗り込み、優勝という伝説を作った学校。

 そして───あの、西住みほに勝った学校。

 かつての西住みほとの約束を思い出す。5年前、自分の乗る電車に戦車で追いかけてきた彼女と交わした言葉。

 

 

『お互い自分の“戦車道”を見つけたとき、また会お! 私たち、友達だもん!』

 

 

「……どうなんだろう、私は」

 ベンチに寝転がり、呟く。

 ドイツに戻ってからもみほの評判は海を越えて届いていた。日本戦車道の超新星。中学戦車道において無敗を誇る“西住姉妹”の妹。高校戦車道の怪物。

 そして、その華々しい評判と裏腹にその後の彼女が“自分の戦車道”を再び見失っている事も映像から伝わってきた。あの時の真っ直ぐ前を向く瞳ではなく、意思を一切感じない、機械めいた眼。彼女は結局、西住流の呪縛から逃れられなかったのだ。そんなみほの姿を見るたび、エミは胸が締め付けられた。

 

 ──だが、先の優勝記念エキシビジョンマッチで見た彼女の姿は明らかに変わっていた。

 

 輝く瞳で戦車から身を出し、時として笑顔を見せるみほの姿は確かにかつて自分と共に戦車に乗った時の彼女だった。

 彼女は再び自分の戦車道を見つけたのだ。おそらくは、大洗との試合の中で。

 それは同時に、大洗のメンバーがそれだけ確かな自分の戦車道を持っていたという事になる。だからこそみほは、彼女らとの戦いの中で戦車道の楽しみを再発見できたのだ。

 翻って自分はどうか。確かにドイツ戦車道で自チームのエースと呼ばれるようにはなった。だが結果としてチームから逃げるように此処に流れてきた今、それが本当に“自分の戦車道”だったのかと聞かれれば怪しいものだとエミは思う。

 そんな中途半端な気根で確かな戦車道を持っている大洗に合流しようとしても、逆に彼女らに迷惑なのではないか。エミが危惧するのはそこなのだ。

 それはある種の精神論めいたものかもしれない。だがそれは確かにそこにあり、一度緩んだものは簡単には戻らない。それをエミは自身の経験から知る。どれだけ技量と知識があろうとも、その行動の軸となるものが無ければそれは無用の長物でしかない。

 

「……?」

 

 歩み寄る音が聞こえる。誰かが呼びに来たのだろうか。

「ごめん瞳、もうちょっと考えさせてもらっていい?」

 友人にして自戦車の装填手である柚本瞳かと思い、エミはベンチ上で器用に寝返りを打ちつつ言った。

「え? えっと……」

 戸惑う声。それはエミにとってここで聞くはずの無い、しかし懐かしい声。

「……え?」

 エミは怪訝な顔で体を起こし、声の方を見た。

 

「……良かった! エミちゃん、日本に戻ってたんだね」

 

 西住みほがそう言って、こちらに笑いかけている。

「………」

 エミは数秒、フリーズしたかのように動きを止め、

「………!」

 更に数秒、言葉を発しようと口をパクパクさせ、

「……みほ」

 ようやく、名前だけが出た。

「どうやら、当たりだったみたいね」

 更にその後ろからの声。アンツィオの制服を着た、薄灰色の髪の吊り目がちの少女。直接ではないがエミは彼女にも見覚えがあった。何度も見た、大洗の試合映像。

「貴女……大洗副隊長の、逸見エリカ!?」

「良かった。普通に話が出来そうな娘で」

 良く分からない事をエリカは言ったが、どうやらエミを見て安心しているようだ。

「ごめんエミちゃん、休憩中に……ちょっと戦車道の事でベルウォールの人に相談したい事があって来たんだけど……いいかな?」

 まだ衝撃から立ち直れていないエミに、みほはおずおずと尋ねる。

「……え、ええ」

 エミは辛うじて、そう答えた。

 

 

「……まあ、確かに中須賀さんが西住さんの幼馴染本人だったら交渉は一任するつもりだったけど」

 出された麦茶を手に取りつつ、エリカは言った。

「これはどういう事なの?」

 

「へー、あれが西住みほを倒したってヤツ?」

「何と言うか、独特のオーラを感じるネ」

「ね、ね、大洗ってどんな訓練やってるの?」

「決勝戦恰好良かったよー!」

「戦車乗ってきてねーの? ウチのティーガー貸すから勝負してくんない?」

「……サイン、後で」

 

 ミーティング用の大机にはエミ以外の戦車道メンバーが集まり、エリカを興味深そうに眺めつつ口々に話しかけてくる。

「あはは……」

 エリカの真正面に座る亜麻色の髪のショートカットの少女、柚本瞳が苦笑する。

「折角の5年ぶりのご対面ってんだ。横からチャチャ入れんのは無粋ってモンだろ?」

「あら、貴女にも『無粋』って言葉の意味が分かるのね」

「あ”あ”?」

 瞳を挟んで右に座る音子がエリカに笑いかけると、左に座る千冬が皮肉混じりに言った。睨みつける音子。

「ん?」

 その時、エリカの携帯が震えた。

「ごめん、ちょっといい?」

 断りを入れて携帯を取り出す。アンチョビからの着信。

『おお、エリカか! まだ広島か?』

「ちょうどベルウォールのガレージに居るわ。例の中須賀さん、不安だったけど西住さんの幼馴染で正解だったみたい」

『そうか……なら、二つの意味で良かったな』

 嬉しそうなアンチョビの声。

「二つ?」

 エリカの問いかけに、アンチョビは思い出したように言った。

『そうそう、それなんだが……黒森峰に行く前に、もう一校寄ってもらっていいか?』

 

 

 ベルウォール戦車道ガレージからやや離れた草むら。

 

「へえ……それじゃ、大会が終わってから日本に戻ってきたんだ」

「まあ、そ、そんなところ。瞳が留学のオファーをくれたのが丁度ウチの学校で……」

「そっか。ちーちゃんは?」

「あの子はスポーツ特待で別の学校に行ったって。女子サッカー、また始めたらしいよ」

「そうなんだ。また会いたいな……」

 

 この五年のお互いの状況などを話しつつ、みほとエミはガレージを周回するように歩いていた。穏やかなみほの態度に対し、エミはまだどこか落ち着かない風である。

 エミも日本に戻ってきてみほと会わずに済まそうと思っていた訳では無い。自分なりの戦車道を見出した上で、ちゃんと彼女に向き直れるようになってから会おうと思っていた。しかし、その再開は予想以上に早く、そして唐突だった。正直心の準備ができていない。

「えっと、それで……エミちゃん。ここに来た理由なんだけど……」

 話がひと段落ついた所で、みほは改めてエミに言った。

「知ってるかな、今度、大洗と大学選抜が試合をするの?」

「……ええ、知ってるわ」

 エリカが同行している時点でその件である事は予測していた。しかし、一点だけ疑問があった。みほは言葉を続ける。

「10対30……正直、大洗のみの力だと勝つのは厳しい試合なの。ベルウォールも優勝記念杯への準備とかで大変だとは思うんだけど……助けてもらえないかって、思って」

 そうエミに頼むみほの表情は真剣そのものだ。エミは少し迷い、感じていた疑問を口にした。

「その……話は分かるけど、何でみほが? 交換訓練中と言ったって、あくまで貴女は黒森峰の副隊長なんでしょ?」

 確かに黒森峰としては負けたまま廃校になられては勝ち逃げされたようなもので、到底納得のいくものではないだろう。しかし、みほの態度はそういった体面を気にするようなものでなく、心から大洗を助けたいと思っているようにエミには感じられた。

 みほはエミにそう聞かれ、初めてその事に気付いたように小さく驚いた。

「え? う、うん、それはそうなんだけど……」

 自分の気持ちを整理しているのだろう。更に少し歩いてから、みほは言った。

「あの決勝で大洗の皆と試合をして、頑張ったけど負けちゃって……その時、負けたのに戦車道を『楽しい』って思えたの」

「………」

「その、上手く言えないんだけど……大洗のメンバーの人は、アンチョビさんも、逸見さんも、他のみんなも、全員が全力で戦車道を頑張っていて、楽しんでいて……そんな人たちが居る学校を廃校にしたくないって、そう思うから」

 たどたどしくみほはそう言い切り、エミの言葉を待った。

 

 ああ、やはり彼女はあの試合で“自分の戦車道”を見つけられたのか。

 

 その言葉に、エミは確信した。

「……分かったわ。少しと言わず、ベルウォールの全力を挙げて協力させてもらう」

 まだ自分は“自分の戦車道”を見つけられていない。

 だが、自分の友が見失っていたものを取り戻してくれた大洗女子学園、それが無為に潰されるのを黙って見送るか?

 それだけは駄目だ。

 ならば、私も精一杯の力を貸そう。それが拙い心構えの、頼りない力だとしても。少しでも助けとなるならば。

「それじゃ、早速準備に取り掛かるわ!」

 中須賀エミはそう言いつつ、静かに心を定めた。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十四話 終わり

次回「奔走作戦(3)・眼鏡と悪魔と軍人と」に続く


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